• 検索結果がありません。

中澤高志著『住まいと仕事の地理学』

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "中澤高志著『住まいと仕事の地理学』"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

- 87 - 地域経済学研究 第38 号 2020 年

1.本書の概要

本書は、明治期以来の日本の「住まい」と「仕事」 の空間の形成過程とその今日的特徴を、地理学の立 場から考察したものである。著者による前著『労働 の経済地理学』は、同じく地理学の視角から、主に 2000年代以降の日本の労働市場の特徴を考察したも のであったが、本書では考察対象が住宅市場にまで 拡張され、さらに対象とする時期も両市場の成立期 から現代までを包含するものとなっている。大学の 講義の教科書としても準備されたという性格上、全 体として平易な叙述が心掛けられているが、前著と 同様に地理学の方法に対する課題意識が鮮明であり、 テキストという枠に収まらない知的刺激に富む著作 となっている。以下、まずは本書の概要を紹介する ことにしたい。 本書は全13章からなるが、第1章「住まいと仕事 の地理学へ」では著者自身の地理学の方法的立場と、 本書の分析視角が示されている。著者の立場とは、 「空間―社会弁証法」であり、人間と環境あるいは主 体と構造の関係を、いずれかが一方を規定する関係 ではなく、相互に制約し合う関係、すなわち「環境 は人間の行為なくしては存在しないのではあるが、行 為の前提として環境の制約があり、さらにそのなか での人間の行為の結果として生み出される環境が、 人間の行為を制約する」関係としてとらえる考え方 のことである。著者はとりわけ人間の行為主体性に 注目し、ある社会制度や都市構造のもとでの諸主体 の行動・行為が、社会制度や都市構造を作り出し、ま た作り変えていくそのあり方をとらえようとする。本 書のタイトルに「住宅」や「労働」ではなく、「住ま い」と「仕事」という用語があてられているのも、物 としての住宅や人間から抽象された労働ではなく、具 体的な人間の営みとしての「住まい」と「仕事」に 焦点を当てたいという著者の問題意識によるもので ある。 また、こうした方法のもとで住宅市場や労働市場 の形成過程を考察するにあたり、著者が援用してい るのが「空間的組織化」論の考え方である。これは 所得機会、消費機会、共同生活機会の3つの機会の 確保とその編成が、資本主義の発展とともに歴史的 にどのように変遷してきたかを一般的に理解しよう とする枠組みであり、本書では要所で同視点にもと づく考察が行われている。 以上の分析視角を確認した上で、2章以降では日 本における住まいと仕事の空間としての生活圏、あ るいは都市圏の形成過程とその変遷が、ほぼ時系列 に沿って考察されている。 第2章「住所の歴史学」は、日本における「住所」 の成立過程についての考察である。現存する「戸籍」 の起源は律令制にもとづく戸籍制度であるが、それ は空間的組織化論でいえば、3つの機会が未分化の 状態で共同体の内部に存在している段階に対応して いた。戸籍制度はまもなく形骸化し、時を経て明治 政府のもとで復活するが、出稼ぎ等による人口移動 の増加は「寄留制度」による人口把握を不可避とし、 それが現在の届出主義による住民基本台帳のルーツ となる。そして、近代統計として整備された国勢調 査では、職住分離を前提とした実質主義(常住地主 義)が採用されることになるが、今日では未回収率 の上昇により、その実用性が揺らいでいるとされて いる。 第3章「都市から都市圏へ」は、大都市圏の成立 について論じている。著者は「近代都市の第一義的 な機能は労働市場」であり、同市場の成立によって 人口規模が拡大し、交通手段の発達とともに職住分 離が生じるとする。また、都市への人口集中が住環 境の悪化をもたらし、資本家階級や新中間層の住宅 地の郊外化を促したこと、日本では1910~20年代 書評

中澤高志著『住まいと仕事の地理学』

中澤高志著『住まいと仕事の地理学』

(旬報社、

2019 年)

豊福 裕二

(三重大学)

(2)

- 88 - 地域経済学研究 第38 号 2020 年 にかけて、新中間層の形成と郊外化が進展したこと が述べられている。 第4章「新中間層と理想の住まい」はこうした郊 外住宅地の形成についての考察である。日本の郊外 住宅地の開発は、イギリスの田園都市構想の影響を 強く受けたが、日本では居住環境の改善という社会 的課題に対する理念は換骨奪胎され、「田園都市」と いうイメージだけが流用されたとされる。また、郊 外住宅地では家父長制的な「家」家族から近代家族 としての「家庭」家族への移行がみられるが、それ は新中間層にのみ限定されたものであったと指摘さ れている。 第5章「住宅政策の誕生から戦時体制へ」および6章「戦後住宅政策の始まり」では、日本におけ る住宅政策の成立過程について論じている。都市へ の人口集中と第一次大戦後の社会運動の高揚は、社 会政策の一端としての住宅政策を不可避とし、「公益 住宅」、「住宅組合」、「同潤会(住宅営団)」といった 制度や組織を生み出した。これらは政策の担い手の 理念が先行した結果、かえって不完全な政策にとど まったが、戦後、日本国憲法の生存権を基礎とした 「公営住宅」「住宅金融公庫」「住宅公団」の3本柱へ と引き継がれることになる。著者は、こうした戦後 住宅政策の確立はまた、「20世紀型近代家族」ある いは「家庭」家族の規範化・標準化を意味していた と指摘している。 第7章「向都離村と集団就職の時代」では、高度 成長期における非大都市圏から大都市圏への人口流 入の背景が考察されている。高度成長期に大都市圏 に流入したのは、1930~50年生まれの多産小死世代 であり、非大都市圏では跡継ぎになる見込みが薄い 「潜在的他出者」であった。一方、大都市圏では深刻 な人手不足が生じていたが、著者は、こうした労働 力需給の空間的ミスマッチを解消する役割を果たし たのが「集団就職」という制度であったとしている。 なお、向都離村の流れは1970年頃に急速に収束に向 かうが、その要因として、著者は人工妊娠中絶の一 般化による少産少死への移行を指摘している。 第8章「多産小死世代のライフコースと郊外化」 は、こうして大都市圏に流入した人々がたどったラ イフコースについての考察である。大都市圏に流入 した多産少子世代の多くは、持家主義の住宅政策と 企業内福利に支えられ、賃貸から戸建て持家へとい う「住宅双六」をたどったが、それは空間的には郊 外住宅地の外延的拡大をもたらした。しかし、こう した「従業員としてのライフコース」の可能性は女 性には開かれず、また男性の中にも「自営業主とし てのライフコース」をたどった人もいた。著者は国 勢調査の分析をもとに、東京都では、両コースの卓 越空間が前者の「郊外」と後者の「下町」とのコン トラストとして明瞭に表れることを明らかにしてい る。 第9章「安定成長期・低成長期の非大都市圏」で は、高度成長終焉後の非大都市圏における労働市場 の特徴が「地域労働市場」の概念を用いて考察され ている。安定成長期における非大都市圏への製造業 の展開は、企業内地域間分業と地域的生産体系、お よびそれに対応した地域労働市場の編成をもたらし た。著者は、農業所得と農外所得を組み合わせた多 就業構造の形成は、大手企業の進出に対応した全く の受動的なものではなく、農家世帯や地域の主体的 な意思決定の結果でもあったことを強調している。 また、バブル崩壊以降の低成長期には、製造業の空 洞化によって多就業構造の条件は失われたこと、今 日では介護保険制度にもとづく医療・福祉分野の雇 用によって非大都市圏の所得機会がかろうじて支え られていることを指摘している。 第10章「戦後住宅政策の変質」は、住宅政策の3 本柱の解体について論じている。1990年代後半以 降、公営住宅は縮退し、公団住宅は新規開発を停止 し、住宅金融公庫は廃止された。著者は、住宅政策 が最小限のセーフティネットに成り代わった結果、憲 法の生存権規定にもとづく福祉政策としての住宅政 策はほぼ失われたと批判している。 第11章「間接雇用がもたらすリスク」は、派遣労 働という間接雇用の制度化についての考察である。 派遣労働の解禁は、「中間労働市場論」によれば労働 力需給の空間的、時間的ミスマッチを解消しつつ、労 働者の失業リスクを緩和するはずであったが、著者 は、リーマンショック後の「派遣切り」は「その保 証が全くの空手形であった」ことを証明したと批判 している。また、大分県の緊急雇用対策の検証にも とづき、その地域を「根付きの空間」とみなさない 間接雇用労働者に対し、ローカルなセーフティネッ トで対応することの限界を指摘している。 第12章「少産少死世代の都市社会地理」は、比較

(3)

- 89 - 地域経済学研究 第38 号 2020 年 的単線的なライフコースをたどった多産小死世代と の対比で、少産少死世代のライフコースの特徴が考 察されている。著者はウルリヒ・ベックの「個人化 社会」論を土台としつつ、個人化社会のもとにある 少産少死世代のライフコースは多様化するが、それ は自由度の拡大の一方でリスクの拡大を意味し、個 人間の格差拡大にもつながるとする。そして、社会 経済的地位と家族的地位との関連性の強まりは社会 構造の「固化」を意味するとし、東京圏における世 帯内単身者率およびブルーカラー従業者率と都心距 離との回帰分析をもとに、それらが同心円構造を強 めつつあること、すなわち、ホワイトカラーの都心 回帰が進む一方で、地代負担力の低いブルーカラー や親と同居する若者の郊外転入(残留)が進みつつ あることを指摘している。 第13章「地方創生の政治経済学」は、日本創生会 議の「地方消滅」論と、その提言に対応した「地方 創生」政策についての考察である。著者は、「地方創 生」を地域政策の1つととらえたとき、そこに地域 間格差の是正という社会正義の理念が欠落している こと、またそれが合理的な資源配置を通じて経済や 人口の成長を達成することのみを最重要課題として いることを批判する。その上で、「消滅可能性」自治 体の苦悩に対し、地理学者はどのように向き合うべ きか、問題提起とともに本書を締めくくっている。

2.本書の意義と若干の論点

以上、やや詳しく概要を紹介したが、冒頭でふれ たように、本書は教科書にありがちな概説的なテキ ストとは一線を画し、コンパクトな叙述の中にも、随 所で地理学の到達点や通説的理解の限界が意識され、 その論点に沿って著者のこれまでの実証研究の成果 が多数盛り込まれており、全体を通して論争的、問 題提起的な著作となっている。本書を読めば、地理 学を学ぼうとする学生は、住まいと仕事という身近 なテーマを入り口にしながら、地理学の知的営みの 最前線にふれることができるであろうし、研究者は、 著者の方法論や実証研究の成果から、さまざまな論 点や示唆を汲み取ることができるであろう。評者は 地理学を専門とする者ではないが、土地・住宅経済 論を研究領域とする者として、本書から多くの示唆 を得ることができた。例えば、多産小死世代におけ る「従業員としてのライフコース」と「自営業主と してのライフコース」との分化が、東京圏では空間 的には「郊外」と「下町」とのコントラストとして 明瞭に表れることの指摘や、こうした東京圏での居 住分化が、少産少死世代においては都心を中心とす る同心円構造の強まりとして現われつつあるという 指摘は興味深かった。評者はこれまで主に、住宅の 供給主体の分析に重きを置いてきたが、バブル崩壊 後の低成長期における労働市場の構造変化と、それ が少産少死世代の住居選択や居住意識に及ぼした影 響についてあらためて目配りする必要性を感じたと ころである。以下ではこの点も含めて、評者の研究 領域に関わる点を中心に、本書に対する若干の論点 を述べておくことにしたい。 第1は、著者のいう「空間―社会弁証法」における、 空間形成に対する人々の主体性についてである。居 住空間の形成に関して言えば、本書では、第4章にお いて、戦前の郊外住宅地の形成に際し、理想の住ま いを求める新中間層の欲求が果たした役割や、第7章 において、大都市圏の外延的拡大という都市構造の 変容に関して、ライフコースの進展に伴ってより広い 居住空間を求める人々の欲求が果たした役割などが 指摘されている。たしかに、日本の郊外住宅地の形 成には、近代家族の形成要求を伴った戸建て持家へ の根強い志向があったことは事実であり、そこに人々 の主体性を見いだすことは可能であろう。しかし一 方では、人々の主体的実践はあくまでミクロな空間 としての「住まい」にとどまり、それを取り巻くよ りマクロな空間の形成、とりわけ都市計画や都市景 観といった領域に関しては、主体性を発揮する機会 はきわめて限られていたともいえるのではないだろ うか。これは欧米の諸都市と比べたとき、なぜ日本 の都市景観はかくも画一的で没個性的なのか、とい う問いにもつながる。その背景としては、第1に、中 央集権的で画一的な都市計画制度と、用途転換の容 易な緩やかなゾーニング規制、計画決定手続きへの 住民参加の契機の欠如といった日本の都市政策、都 市計画法制の問題、第2に、そのもとで高度成長期 からバブル期まで継続した土地利用の高度化要求、 すなわち地代負担力の高い工業的、商業的土地利用 を優先し、住宅的、農業的土地利用を都市の外延へ と追いやってきた経済的圧力の存在などが指摘でき るであろう。住宅という商品は土地との一体性、固 定性を特徴とするが、土地という商品は労働生産物

(4)

- 90 - 地域経済学研究 第38 号 2020 年 ではなく、その供給を自由に増やすことはできない。 したがって、土地の供給と利用には独自のルールが 求められるが、それは各国の歴史を反映して多様で あり、そのことが各国の都市景観形成のあり方にも 強い影響を及ぼしている。「住まい」という空間の形 成における人々の主体性を考える上では、やはり住 宅政策のみならず、都市計画法制や都市政策のあり 方にも一定の目配りが必要ではないだろうか。 第2は、著者がコックスから援用している「根付 きの空間」概念に関わる論点である。第11章では、 大半が域外出資者からなる間接雇用労働者にとって、 勤務先の工場所在地は「根付きの空間」とはなりえ ず、「関与の空間」を構築するような主体的な実践が 生まれにくいことが指摘されているが、こうした「根 付きの空間」意識の低さは、程度の違いはあるもの の、ある意味では少産少死世代に共通する特徴とも いえるのではないだろうか。例えば、都心回帰をも たらしているタワーマンション居住の増加は、バブ ル崩壊後の工業的、商業的土地需要の減退により、 都心での住宅的土地利用が可能になったという条件 に支えられているが、一方で、大企業ですら長期的 な雇用の安定性が見通せないもとで、ホワイトカラー 層が比較的資産価値が安定し、売却や転貸が容易な タワーマンションという居住形態を選好している、と いう側面もあるように思われる。都心回帰の背景と して、「終の棲家」として退職後の住居をタワーマン ションに求めるという需要も一定数あると言われて いるが、いずれにせよ、完全オートロックで隔離さ れ、管理会社によって管理されるマンション居住に おいては、「根付きの空間」の基礎となるような地域 コミュニティとのつながりは生まれにくい。ハーヴェ イは、資本主義の蓄積体制が「フォーディズム」か ら「フレキシブルな蓄積」へと移行するもとで「時 間-空間の圧縮」が生じ、それが人々に対し、普遍 的なもの、永遠のものへの信頼を失わせ、はかなさ と断片化を永遠の真理とみなす傾向をもたらすと指 摘しているが(Harvey 1989)、低成長期における雇 用のあり方が、居住空間に対する人々の意識にどの ような影響を及ぼしているのか、ということは、さ らに深められるべき論点であると思われる。 以上、評者自身の問題関心に引き付けて思うとこ ろを述べたが、本書が対象としている問題領域は、あ る時代、地域における人々の仕事(生産)と住まい (再生産)のあり方、すなわち生活様式と建造環境の 総体であり、その読者は狭い意味での労働や住宅の 分野に限られるべきではない。空間形成の地域的な あり方を考究している幅広い領域の研究者にお薦め したい1冊である。 参考文献

Harvey, David (1989) The Condition of Postmodernity, Basil Blackwell(吉原直樹監訳(1999)『ポストモダニ ティの条件』青木書店).

参照

関連したドキュメント

3月6日, 認知科学研究グループが主催す るシンポジウム「今こそ基礎心理学:視覚 を中心とした情報処理研究の最前線」を 開催しました。同志社大学の竹島康博助 教,

地域の中小企業のニーズに適合した研究が行われていな い,などであった。これに対し学内パネラーから, 「地元

機械物理研究室では,光などの自然現象を 活用した高速・知的情報処理の創成を目指 した研究に取り組んでいます。応用物理学 会の「光

いない」と述べている。(『韓国文学の比較文学的研究』、

「社会人基礎力」とは、 「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な 力」として、経済産業省が 2006

・この1年で「信仰に基づいた伝統的な祭り(A)」または「地域に根付いた行事としての祭り(B)」に行った方で

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

性別 迷いを感じた理由 改札を出たとき 年齢 迷った後とった行動 職業 迷いを感じた理由 個人属性 移動経験 移動中 居住地