Author(s)
伊良波, 剛
Citation
教職実践研究(6): 31-41
Issue Date
2016-03
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/21848
第6 号 , pp.31-41
<実践報告>
北方領土問題の授業開発
-興味を高め他者とともに対話し考える言語活動の創造-
Class development of the Northern Territories issue
―Creation of language activities to think and interact with others increase the interest― 伊良波 剛 浦添市立港川中学校 Tsuyoshi Iraha(Minatogawa junior high school) キーワード:貝殻島昆布,つぶやき,関係性,言語活動,子どもから学ぶ 1.問題の所在 平成23 年度沖縄県学力到達度調査の「北 方領土」が解答である記述式の問題は,正答 率34.8%,無答率 36.0% であった。知識以上 に記述することに興味を覚えないことが読み 取れる。ただ「北方領土」と解答している生 徒でも,「領域」だけに傾注して理解しては ないか。「平和」や「ひと」の視点の意味に 気づきながら理解し,自分のものとしている 生徒がどれぐらいいるのだろうか。また,記 述式による問いや課題について,それを苦手 としている生徒が多いとよく耳にする。生徒 が「苦手」というよりは,そういう言語活動 をあまり実践してこなかった教育活動への示 唆的数字であるという解釈もできる。 他方で学力格差は,「つながり格差」とい う言葉がある。「友人や教師・家族・地域社 会などと『つながる』質の高い子どもほど高 い学力を有する」という志水や,「考えを話 したり書いたりする学習は,無答率の低さに つながっている」という阿部の調査結果があ る。それを踏まえるならば,教育実践の場, 特に教室で創り出す「知」は,自分の考えと 他者の考えを共有し新たな知を創り出す「知 の営み」の場として認識し実践する必要があ るのではないか。 本稿は,上記の問題意識をもちながら,北 方領土問題について興味を高め,他者ととも に対話しながら手段としての「言語活動」を 行い,より豊かな学びを創造していくことを 目的としている。表現内容は,物語的な文脈 構成とした。反省的実践として,具体的な生 徒の文章表現や他からのコメントを中心とし た授業プロセスを明示し、その中から課題を 見いだし,次の授業づくりへ学びを「つなげ る」ことを意識した。 2.教材の価値 日本南北の沖縄と北海道は,気候・自然環 境・産業・外国との関わりや歴史などにおい て,地域的特色がある。この2 つの地域的特 色を踏まえ,その「つながり」を焦点化する 教材を通して,興味をもたせ,自分なりの考 えを他者とともに考える教材として歯舞群島 の「貝殻島昆布」を教材化する。 「貝殻島」は,納沙布岬から一番近い島で あり,無人島でもある。その周辺海域には良 質の長昆布が生育し,食用昆布として出荷さ れている。特に沖縄への出荷割合が高く長寿 の要因の一つとして生徒にとっては馴染みの 食材である。しかし,戦後は旧ソ連 ( ロシア ) が不法占拠したために,その管理下におか れ,他方で昆布漁の漁民たちの拿捕者が急増 し,その「安全操業」が叫ばれた。そこで, 日ロ民間貝殻島昆布協定が結ばれ,採取権料 を支払う代わりに昆布漁が再開され,現在に 至っている場所である。 北方領土問題について,その「貝殻島昆
布」を取り上げることより,昆布の生産地 「北海道」と消費地「沖縄」,「昆布ロード」 と琉球王国の「昆布座」の歴史的な資料は, 生徒にとっては地理的に遠い「北海道」と身 近な「沖縄」を結ぶもので,身近な食材とし て,興味が高まることが予想される。拿捕の 実態,日ロ民間貝殻島昆布協定 ( 採取権料 ) は,生徒は皆無と言っていいほど知らない。 普通に食していた昆布の向こう側で起こって いる拿捕の実態から,北方領土問題について 興味を高め,自分なりの考えをもつことを期 待した。さらに,他者とともに対話すること により,思考を深め関係性も広げることによ り,言語活動の充実を図り,平和的市民の育 成にもつながる教材であると考えた。そこ に,社会科教育の実践的な教育価値があると 考え「貝殻島昆布」の授業実践をすすめてみ た。 3.授業実践 (1)対象 授業実践は,中学地歴並行学習で,2 年生 (6 クラス 240 名 ) を対象にした。教材資料 には,文献資料の他に,根室市及び歯舞の現 地での聞き取り調査も含め自作資料として用 いた。 (2)授業プロセス ①不十分であった 「貝殻島の昆布は誰のもの?」という問い 筆者は,北方領土の地図を示し,地図帳か ら北方領土の四島の名前と位置を調べさせ確 認した。そして,戦前の貝殻島の昆布と昆布 漁,戦後の旧ソ連の管理下と拿捕についてス ライドで説明した後,自作資料の会話文 ( 資 料① ) を読ませ,「貝殻島の昆布は,誰のも のか」という問いを投げかけ考えさせる授業 を2クラスで実施した。 すると,ロシアのもの (11 名 ),日本のも の (33 名 ),日本のものだったが途中でロシ アのものになった (33 名 ),その他 (3 人 ) であった。その理由を聞くと,ロシアのもの と選んだ生徒の理由としては,「戦争末期に 占領し,北方四島にはロシア人が住んでいて 今も不法占拠しているから」が多かった。日 本のものを選んだ生徒の理由は,「貝殻島は 北方領土にあるし,貝殻島を含めた水域は日 本の領海と言っているから」が多かった。途 中からロシアのものになったと選んだ生徒 は,「ロシアが不法占拠していて料金も払っ ているから」が多かった。その他を選んだ生 徒は,「アイヌの人は自分のものと思わない で協力して住んでいたんだな」というもの だった。 そして,生徒の中には,「もっと日本が強 気で主張すればいい」「ロシアは金をとって ひどいね」「日本のものなのに勝手にロシア が支配していてひどいね」「日本は逆にお金 を支払っているからやさしいね」という感情 論が多く,「武力行使もやむを得ない」とい うつぶやきまで出てきた。筆者は,その声を 聞いて,この問いが十分ではないと思い新た な問いづくりが課題であると感じた。他方 で,「みんなが仲良くなって欲しい」という つぶやきもあった。 授業後の「貝殻島昆布」の授業について 「興味」についてのアンケートを集計する と,「非常に興味がもてた (57% )」「興味 がもてた (23% )」と 80%の生徒が興味がも てたと示した。身近な昆布であったことが興 味を示す最大の要因であったと考えられる。 ただ,「普通 (15% )」,「興味があまりも てなった」「興味がもてなかった」が5%い た。その生徒に聞くと,「文章が難しかった」 「時間がなかった」という声があった。その 点も次の授業づくりの課題となった。 ②生徒のつぶやきから気づいた 「貝殻島昆布の平和的な解決策」という問い 先の生徒のつぶやきから,問いを次のよう に変え,考える時間も長くするため会話文で はなく資料として短く再構成して授業実践し てみた。
北方領土問題の授業開発 伊良波 短い資料 ( 資料② ) を範読して,ロシアに とっても,日本にとってもよい「貝殻島昆布 の平和的な解決策」を考えるよう指示した。 すると,支払い額に注目した生徒からは, 「支払い額を減らしてもらう」「お金を払わ ない代わりに少し昆布をロシアに分ける」と いうものや,管理面に注目した生徒からは, 「日本とロシアの共同で使う」「日本人とロ シア人が仲良くして貝殻島をどこの国の島と か決めずに平等に使えるようにする」「日本 とロシアで共同で使う」「一緒に昆布漁をす る」など,共同管理の視点に気づいた意見が 多かった。これは,「ロシアにとっても」「日 本にとっても」「平和的」という問いの中か らそう導き出したと考えられる。 また,誉めながらコメントするよう指示し 交流の機会をつくると,「ロシアと一緒に昆 布漁をする」という友達の意見に対し,別の 生徒からは「仲良く昆布漁を行ったり交流を 増やしたり,一人占めしないような気持ちが いいと思った」とする意見があった。 授業後の「興味」についてのアンケートで は,「非常に興味がもてた (61% )」「興味 がもてた (29% )」で 83%と高率で推移した。 これは,国としての立場で平和的に解決して いこうとする内容が多かったことから,考え やすかったと思われる。「普通 (10%)」,「あ まり興味がもてなかった (4% )」「興味がも てなかった(3% )」であった。7%の生徒に 聞くと「国としての立場で何をどう書けばよ いかわからない」が多かった。それは,内容 的なものとして,国としての立場が多く, 「ひと」としてのリアリティが不十分である からではないかと筆者は考えた。 ③生徒から学ぶ 漁師にとっての 「貝殻島昆布の平和的な解決策」の問い 「ひと」としてのリアリティをもたせるた めに,漁師の立場という視点で考えさせてみ た。具体的には,拿捕件数 ( 資料③ ),歯舞 の人達の声 ( 資料④ ) と再構成した会話文 ( 資料⑤ ) を読ませ,貝殻島付近の海を「平 和的な海にするために」下記の5 つの視点を 参考に考えるよう指示した。 ア ロシアにとっての貝殻島とは何か。 イ 日本にとっての貝殻島とは何か。 ウ 拿捕の危険性をどうするか。 エ 採取権料の値上がりをどうするか。 オ ロシアとの交渉を続けるためにはどう するか。 また,それをもとに,友達と共有し「誉め るようなコメント」をもらうよう指示した。 これは,先行研究の下地・里井実践を参考に した。その後,最終的な自分の考えを書くこ とも指示した。 すると,生徒からは,次のような意見が出 てきた。▲は,他の友達からのコメントと し,◆は、その後の生徒本人の最後の考えで ある。●以降は,筆者の考えである。 A さん 「貝殻島の昆布を全部採って北海道の海に 植え付けて養殖する」▲「発想がいいね。具 体的に考えてみたらもっといいね」 ◆「北海道は土地も広いので養殖場をつくっ て昆布を全部育てるのがいいと思う。そした ら,採取権料が養殖費になって生活も安定す ると思う」。 ●この「人工養殖」という視点は,大石著「昆 布の道」で紹介している北海道伊達市が「バ イオトピア2000 構想」でおこなったものに 近づき,そのことに気づいた生徒がいたこと は驚きであった。 Bさん 「採取権料をお金ではなくて昆布をあげ, 一隻の船の大きさを大きくする。また昆布を 品種改良してもっと長くする」▲「船を大き くするのはとてもいいと思う。船に多くの人 がのったら昆布も多く採れるからね」◆「他 の人の意見も聞いてみて,船を大きくして, 出す船の数を減らして採取権料の一部は国が
払って,また一部は昆布にしたらいいと思 う」。●この「物納」という視点は新鮮であっ た。「船の大きさ」は規定があり,人数も2 人までと決められているが「物納」とともに ロシアとの交渉の視点としては良いところに 気づいている。 Cさん 「採取権料をなくして,お互いにアイヌの ような考えで自由に漁をする。日本とロシア との間にアメリカが仲直りのキューピットと し活躍してもらう」▲「アイヌみたいに自由 に漁をするということはイイと思う。一番自 然な理想的な手段です。また,第三者を入れ るというアイディアは国対国の対策としては よいですね」◆「『北方領土』という4文字 を『皆のもの』という4 文字に変えられるよ うな解決策が今一番必要だと感じた。やっぱ り,採取権料などが,両国に影響していると 思う」。●私有から共有への視点は,会話文 や歯舞の人たちの資料からのヒントではある が,その4 文字ということばの表現の仕方は その子なりの表現の仕方であり,豊かであ る。 Dさん 「33 万円分の昆布をロシアにあげる」▲ ( ロシアにも昆布を普及させるのもプラスさ れていてすばらしい」◆「友達の解決策を聞 いてとてもおもしろいなと思った。品種改良 をして昆布を長くして拿捕されない水域で採 るとか,根っこから採って移植する意見は, とってもいい意見だなぁと思った」。●他と 共有することで,自分とは全く別の解決策に 気づき,それに対して肯定的に表現している ところが,人からコメントをもらいつつ,人 から学ぶ要素があり,「つながり格差」を是 正していく表現部分だといえる。 Eさん 「北海道にロシア人を招いて昆布の料理と かを振る舞ったりして昆布の良さを伝えるよ うな交流会をする。そしたら,地元の人たち だけでも仲良くなれると思う」▲「民間人同 士で交流をもつという発想がすばらしい」◆ 「ロシア人と仲良くするのが一番良い方法だ と思う。また,昆布を長くするのもいいと思 うし,ロシア人も好きな昆布の味付けを考え て,昆布の味を広める。また,他の人が言っ ていたように,ロシア人と日本人とのハーフ を多くつくるようなこともいいと思った」。 ●「ひと」との交流は,日本人だからとかロ シア人だからとかではなく,同じ「ひと」と して料理の味や国境や国籍を越えて,お互い 仲のよい「関係づくり」をしていことうする ことに気づいた表現であることがわかる。実 際に北方領土に関して,元住民や関係者など の「ビザなし渡航」が許可されたり,「北方 四島交流センター」では,ロシアの文化を中 心とした展示コーナーがあるなど,その「関 係づくり」をしている現実があり,説得的な 内容であることがいえる。 (3)「北方領土問題」とは何か 授業後,「北方領土問題」とは何かという テーマで400 字以内でまとめるよう指示し た。その文章を読むと,子どもから学ぶ「北 方領土問題」の解決策の視点が提供されてい る。●以降は筆者。 ①「条約」が大事なSさん 「まず貝殻島とは北方領土の歯舞群島に位 置していて,もともとアイヌの人々が住んで いました。貝殻島では長昆布が採れます。江 戸時代には薬売りが欲しがっていた中国の漢 方薬の代物として琉球王国を経由して昆布と かえる貿易をしているなかで沖縄は昆布消費 量1 位となりました。ところが現在は,食生 活の影響で昆布消費量1位は富山県へと変化 していて,「長寿県沖縄」の地位は危ぶまれ ているのが現在です。北方領土問題は,ロシ アと日本との間に平和条約が結ばれていない ことが一つの落とし穴だと考えました。けれ ども,今すぐに両国で話し合うということが
北方領土問題の授業開発 伊良波 国の立場で無理なら,アメリカの手助けを求 めてもいいと思います。これこそ,色んな国 あってこそできる条約の結び方だと思いま す。そして,ロシアと日本との間に,平和条 約をしっかりと結ぶことが,両国の平和な海 への第一歩だと思います。 ●Sさんは,沖縄との関係をよく理解した上 で,平和条約が締結されていないところに大 きな問題が潜み,かつ,その点を解決の糸口 にしようと,他の国の手助けで,締結しよう とする所に特徴がある。北方領土問題が日ロ 間の問題として捉えるのではなく,国際的な 視野で,「色んな国が参加しながらの平和条 約の締結」をしようとするところが,Sさん から学ぶ視点なのである。 ②ロシアとの交流を提案するNさん 北方領土の問題点は,日本の土地なのに, ロシアの人が「自分のもの」と主張している 点です。ロシアの人がいなければ,貝殻島の 昆布漁もしやすかっただろうし,今でもよく 採れていただろうと思います。沖縄との関係 では,以前は昆布消費量全国1 位の県だった けど,今はもう食生活の影響で富山が1位に なっています。最近の沖縄は,ファストフー ドを食べる人が増えてきたと思います。長寿 県沖縄の地位が危ぶまれているのもそのため だと思います。私は,北方領土問題の平和的 解決策について,北海道の最北端に,北方領 土に住むロシア人の方をお招きして,貝殻島 で採れた昆布を料理して食べさせてあげて, “ 貝殻島ではこんなに美味しい昆布が採れる んですよ” って教えてあげたらいいと思いま す。そうすれば,一部のロシアの人でも,貝 殻島のことをもっと深く考えてくれるかもし れないからです。そして,採った昆布をロシ アの人にもおすそ分けしたらいいと思いま す。 ●Nさんは,不法占拠しているロシア人に対 し,昆布の価値を知らせるような料理を通し て,少しずつその関係をよりよくしていこう とするところに特徴がある。「ひと」に注目 し「交流」するところが,Nさんから学ぶ視 点なのである。 ③3つの提案をするEさん 「北方領土問題とは,ロシアが日本の水域 を不法占拠している事です。その中で貝殻島 では長昆布が採れます。江戸時代は富山の薬 売りが欲しがっていた中国の漢方薬の代物と して,琉球王国を経由して昆布とかえる貿易 をしていました。貝殻島の昆布漁をするため には採取権料をロシアに払わなければいけま せん。それも毎年値上がりして昨年は一隻約 33 万円になっています。昆布漁が漁師にとっ て安全で平和な海にするために私はこう考え ます。1 つ目の案は,採取権料をお金ではな く昆布にしてロシアと仲良くする方法です。 2 つ目の案は,長昆布を超長昆布に品種改良 して納沙布岬の方まで成長させて漁をする方 法です。3 つ目の案は,1隻の船の大きさを 大きくして,2 隻,3 隻ぐらいに減らして採 取権料を削減する方法です。この3 つの方法 が,実際に北方領土問題で生かせる平和な海 になってくれたらいいなと思います。」 ●このEさんの文章は,北方領土問題の歴史 的経緯をよく理解し,漁師の立場で3 つの代 案まで考えまとめているのが特徴である。単 なる「領域」としての「北方領土問題」とし て捉えるだけでなく,「採取権料」「品種改 良」「船の大きさ」のキーワードを含めて, 「平和な海になって欲しい」という「思い」 を伝えようとしている。その「思い」つまり 「平和」ということが,Eさんから学ぶ視点 なのである。 4.研究の成果 (1)80% ( 最初の問い )→83% ( 2回目の 問い )→94% ( 最後の問い ) と「興味」が高 まった
全体的には,「興味」に関しては80%の 高率で北方領土問題について興味を示した。 身近な「昆布」と「会話文」「資料」などが 有効であったことやスライドなど視覚的にす すめたのも効果的だったと考えられる。最後 の問いに関しては,「非常に興味がもてた (62% )」「興味がもてた (32% )」で 94%と 高率で推移した。これは,「漁師」の立場に 限定をかけ,具体的な資料を提示しただけで なく,他者と共有させることにより,身近 に考えやすかったと思われる。また,「普 通 (6% )」,「あまり興味がもてなかった (0% )」「興味がもてなかった (0% )」であ り,先の2 つの問いや実践でみられた生徒が 克服したことは成果であった。 (2)80% →78% →90%と「自分の考えを もつことができた」生徒が増えた 授業後のアンケートで「自分の考をもつこ とができたか」という項目に対し,最終的 には90%の生徒が「もてた」と評価してい る。興味の項目同様,高率であるが,2 回目 の問いや簡易な資料にしたことにより,2% 下がっているが,「普通」は13%から 17% と上がり,さらに,「あまり考えをもつこと ができなかった」「できなかった」も7%か ら5%に下がっている。最後の問いの実践に 関しては「普通 (9% )」であり,「あまり考 えることができなかった (2% )」であった。 内容的に,最初の問いよりも最後の問いが深 まっていったことが上述した①~⑤の文脈か ら推察できる。 (3)74% →79% →80%と「他人をほめる ことができた」生徒が増えた 授業後のアンケートで,「他人をほめるこ とができたか」という項目に,「よくできた」 「できた」の最終的な問いで80%と高率で あった。「普通 (17% )」であり,「あまり できなかった (0% )」「できなかった (3% )」 であった。ただ,「興味」「考えをもつ」の 項目の比べて,低い数値なので,今後,この 点を中心に授業実践の積み重ねが課題として 残った。 (4)肯定的な同僚の声 授業を多くの同僚が参観してくれた。授業 後の声として資料⑥がある。まとめてみる と,「資料の充実」「言語活動」「興味・関 心」「ICT」「キャリア教育」「支持的風土」 「沖縄との関わり」などの視点で語られ,肯 定的な声が多いのに気づく。課題としては, 最後のまとめ方を含めた「時間配分」があっ た。次の実践につなげていきたい。 5.おわりに 本実践は,中学校地歴並行学習の北海道地 方の単元で実践したものである。本実践で生 徒から提供された学びの視点が意味を見いだ していくことを願っている。 <参考文献> 大石圭一 1988 「昆布の道」 第一書房 里井洋一 2012 「体験琉球大学 知の営み を協同で構成する楽しみ」 琉球大学「普 遍への牽引力」 沖縄タイムス社 日本教育方法学会 2011 「教育方法学研 究」第37 巻 日本教育方法学会
北方領土問題の授業開発 伊良波剛:第伊良波6 号
資料①「
会話文」(最初) ●貝殻島ってどこにあるの。 ▲北方領土の歯舞群島にあるの。 ●そこには,もともと誰が住んでいたの。 ▲明治時代以前はアイヌの人だよ。アイヌの考えでは,人間をとりまくすべてに魂があると考え,その大自然の 中で生活する彼らにとっては,「自分のもの」という考えがなかったんだ。 ●地名の由来は何。 ▲ロシア語地名は,シグナリヌイ島(灯台島の意),アイヌ語で「カイ・カ・ラ・イ(波の・上面・低い・もの < 岩礁>)」からきているの。 ●どうして,ロシア語地名があるの。 ▲ロシアも,そこの水域は,自分のものと主張しているからだよ。 ●どうして。 ▲戦争末期に占領し,北方四島にはロシア人だけが住んでいて,今も不法占拠しているからだよ。 ●貝殻島では何が捕れるの。 ▲長昆布だよ。江戸時代は,富山の薬売りが欲しがっていた中国の漢方薬の代物として,琉球王国を経由して昆 布とかえることを行っていたんだ。 ●よくニュースで沖縄は長寿で昆布消費量全国1位とよく聞くからね。 ▲違うよ。今は食生活の影響で沖縄は一位ではなく富山なんだよ。それも原因の一つなのかわからないけど,長 寿県沖縄の地位も危ぶまれているだよ。 ●ところで,貝殻島の昆布漁をみると,昆布漁をしている日本の船の近くに,ロシアの警備艇がいるのはなぜ。 ▲ロシアは貝殻島をロシア領としているので,ロシアの領海内で入る昆布漁の船を監視しているためだよ。 ●日本は貝殻島を含めた水域は日本の領海と言っているし,北方領土についてロシアが不法占拠しているとして いるが,その点はどうなっているの。 ▲その点はお互いの国益があるので一歩も譲らずじまいで交渉中なんだよ。 ●でも,貝殻島で昆布漁をしている人たちはどうなっているの。 ▲零細漁民が多いので,戦後は,昆布漁をして,ソ連の警備艇に拿捕されたケースが多かったんだ。 ●拿捕されてどうなるの。 ▲昆布漁の船の半数弱が没収され,乗組員は平均2~3 年はロシアに身柄を拘束されるんだ。 ●それじゃ,昆布漁の漁師の安全はどうなるの。 ▲そうだね。そのことが問題になって,1963 年から採取権料として,日本の民間とソ連(ロシア)政府との間で 貝殻島昆布協定が結ばれ,その後毎年交渉しているんだよ。その後,一隻あたり12,000 円を支払って,貝殻島で 昆布漁を行っているんだよ。 ●貝殻島は日本の領海なんだよね。日本政府はなんて言っているの。 ▲この協定の6条には,「昆布採取に従事する日本漁民はソ連のきまりを守らなければならない」という規定が あり,その「ソ連のきまり」という点が日本政府は「日本の主権が侵害されている」という立場で受け止めてい るんだよ。だから,日本政府とソ連政府とのきまりではなく,日本の民間とソ連政府とのきまりなんだよ。 ●つまり,日本の立場で言うと,貝殻島昆布の水域は,日本の領海だけど,お金を払って,昆布を採っていると いうこと。 ▲そういうことになるね。 ●1977 年から 4 年間は,採取権料は支払っていないのはなぜ。 ▲この年はソ連が200 海里経済水域を設定した年なんだ。昆布協定の交渉が中断されたんだ。 ●だから,この年から4 年間は貝殻島昆布の採取量がなかったんだね。でも,その貝殻島昆布を買っている那覇 市は昆布を買っているけど,どこから昆布を入手したの。▲貝殻産の長昆布ではなく,釧路産の長昆布を購入したんだよ。 ●どう違うの。 ▲貝殻島昆布は,食用として最もやわらかいんだよ。水で戻せばそのまま食べられるけど,釧路産昆布は,少し 堅い。だから,蒸して柔らかくして調理して食べるようになったんだよ。 ●貝殻島昆布について地元の人はどう思っているの。 ▲知人の漁師や中学生に聞くと「貝殻島だけは早く日本に返してほしいことと,採取量にあった採取権料を支払 うものにして欲しいこと」「日本とロシアとの間に平和条約がないこと」「大国の都合や立場があるので,ロシ アとアメリカの関係をよくすること」「ロシアの立場も考えることが大事だよ」と言っていたよ。 ●採取権料も毎年,値上がりして,昨年の2011 年は一隻約 33 万円(約 27 倍)になっているけど,地元の人はど う思っているの。 ▲値上がりはしているけど,その一方で拿捕者も少なくなっていて,ここ数年はいないことにとても安心してい る。ロシアとの交渉を続けていくことにより,より安全な昆布漁が続くと思うよ。 資料②「貝殻島について」 ①「貝殻島」は,北方領土内の歯舞群島の中にある。アイヌ語で「岩礁」,ロシア語では「灯台の島」の意味が あり,多くの日本人が住んでいた。この周辺では,とてもやわらかい昆布が採れる場所であり,古くから富山の 薬商人を経て琉球へ伝わった歴史をもつ。 ②1945 年 8 月 9 日,ソ連は当時有効であった中立条約を無視して日本と戦争を始めた。ここ貝殻島がある歯舞群 島も9 月 4 日までにソ連に占領された。長崎に原爆が投下された約1ヶ月後のことである。日本政府はこの点に 関して中立条約を無視して北方四島を占領したことは有効ではないとしているが,ソ連は有効として交渉中であ る。現在,北方四島にはロシア人(旧ソ連)が住み,日本人は1人もいない。 ③戦後,貝殻島付近では,細々と昆布漁を営む日本の漁師たちが,昆布を採るために,ソ連(今のロシア)の領海 を侵したとして捕まった人や(拿捕),亡くなった人もいる。そのことが問題になって,1963 年,日本の民間とソ 連(ロシア)政府との間で「貝殻島昆布協定」が結ばれた。そのきまりで,日本の漁師がお金(採取権料)をソ連 に支払って,貝殻島で昆布漁をしている。日本政府はこのきまりの中に「貝殻島近くで昆布を採る時は,日本漁 民はソ連のきまりを守らなければならない」という文書があり,「ソ連のきまり」という点が,貝殻島は日本の 固有の領土であるという日本政府の立場と対立している。 ④1977 年から 4 年間は,ソ連が 200 海里経済水域を設定した年で,貝殻島昆布協定の交渉が中断され,貝殻島で の昆布漁ができなかった。1981 年には交渉が再開され,ロシアに支払うお金(採取権料)も毎年値上がり続けてい て,日本の昆布漁をしている漁師の生活が脅かされている。 資料③「貝殻島昆布の採取権料と拿捕件数の移り変わり」(スライド資料) 生徒配布資料は年度ごとの ものである。 協定締結前0 円→3 人~677 人(1946~1962) 12,000→144 人~335 人(1963~1976) 交渉中断0 円→74 人~85 人(1977~1980) 20,000 円から 38 万円→0 人~136 人(1981~2011) 出典:根室市総務部北方領土対策課「北方領土関連資料」及び北海道水産部資料より
北方領土問題の授業開発 伊良波 伊良波剛:第6 号 資料④「歯舞の人の声」 昆布漁をしている漁師の声 私は以前,昆布漁をする前は,さけ・ます漁船の船長として,ロシア沿岸などに行き,北洋漁業を行っていた。 しかし,ソ連が200 海里経済水域を設定したため,「減船」などの影響でこれまでの北洋漁業が厳しくなった。 その為,生活をするため昆布漁をすることになった。これまでの北洋漁業にくらべ,給料も10 分の1に減った。 後継ぎの息子もいるが,6 月~10 月までは,昆布漁を行い,11 月以降は,根室の街の酒づくりの工場で働いてい る。生計を維持するためである。 貝殻島産の長昆布は,流氷の影響で,毎年,根こそぎ昆布を根元から切り取られる為,昆布は新しくやわらか い。一方,釧路産の長昆布は流氷が接岸しないので,育ちすぎて枝分かれするので全体的に堅い。だから,貝殻 島産のものが品質的に良い。流氷が少ない時は昆布は豊漁で,多い時は不漁だが翌年は豊漁になる。昆布は漁業 協同組合にすべて買い取られ,いちじ問屋を通して各地の問屋に流通されるので価格はなかなか下がらない。む しろ,今は高くなっている。また,生産者価格よりも,消費者に届くまでに5倍の価格で売られているそうだ。 組合に入ることにより,昆布を買い取ってくれたり,もし拿捕された時に没収された船の代用を融通してくれた り,残された家族への配慮などがあり,少しは安心である。 北方領土に関しては,ロシアの不法占拠が続いているが,貝殻島だけは早く日本に返して欲しい。「安全操業」 の為に採取権料を支払ってやむを得ず支払っているが,それも,現在の1隻いくらというような取り決めではな く,採取量に応じた採取権料を支払うようなものにして欲しい。食生活の変化で昆布を食べる習慣が減っている 今,もっと,昆布を食べて欲しい。 歯舞のある中学生の声 私の父は6 月~9 月は昆布漁を行っている。10 月からは,根室市内の知人のほたて漁をしている。男性は昆布 漁を行い,女性は干場やその他の手伝いをする。学校の休みの日には,朝10 時から 1 時間程度干場で昆布を干し, 12 時くらいから,乾燥機で翌朝まで乾燥させる。天気のいい日には,堅くなるまで干し,堅くなった昆布はのこ ぎりで切り,品質ごとに品分けする。中学校を卒業したら,普通高校に通い,卒業したら家業の昆布漁を手伝い たい。 北方領土については,島から一番近い貝殻島にいけない悔しさが正直ある。ロシアにとっての島の価値は何か ということを考えることもある。私は,日本とロシアがまだ平和条約が結ばれていないので,両国間は平和でな いという大国ロシアの都合のよさがあると思う。また,北方領土を日本に返還すると,大国ロシアが領土を無く すことになり,その弱さをロシアの国内外に露呈することになると思う。だから,ロシアとアメリカの関係をよ くすること,ロシアの立場も考えることが必要ではないか。 2012 年8 月14日 根室市歯舞にて筆者聞き取り 資料⑤「会話文」(最後の●19・●20 を主に再構成) ●1貝殻島ってどこにあるの。 ▲北方領土の歯舞群島にあるの。 ●2そこには,もともと誰が住んでいたの。 ▲明治時代以前はアイヌの人だよ。アイヌの考えでは,人間をとりまくすべてに魂があると考え,その大自然の 中で生活する彼らにとっては,「自分のもの」という考えがなかったんだ。 ●3地名の由来は何。 ▲ロシア語地名は,シグナリヌイ島(灯台島の意),アイヌ語で「カイ・カ・ラ・イ(波の・上面・低い・もの < 岩礁>)」からきているの。 ●4どうして,ロシア語地名があるの。 ▲ロシアも,そこの水域は,自分のものと主張しているからだよ。
●5どうして。 ▲戦争末期に占領し,北方四島にはロシア人だけが住んでいて,今も不法占拠しているからだよ。 ●6貝殻島では何が捕れるの。 ▲長昆布だよ。江戸時代は,富山の薬売りが欲しがっていた中国の漢方薬の代物として,琉球王国を経由して昆 布とかえる貿易をしていたんだ。 ●7よくニュースで沖縄は長寿で昆布消費量全国1位とよく聞くからね。 ▲そうだね。でもそれは今は違うよ。今は食生活の影響で沖縄は一位ではなく富山なんだよ。それも原因の一つ なのかわからないけど,長寿県沖縄の地位も危ぶまれているだよ。 ●8ところで,貝殻島の昆布漁をみると,昆布漁をしている日本の船の近くに,ロシアの警備艇がいるのはなぜ。 ▲ロシアは貝殻島をロシア領としているので,ロシアの領海内で入る昆布漁の船を監視しているためだよ。 ●9日本は貝殻島を含めた水域は日本の領海と言っているし,北方領土についてロシアが不法占拠しているとし ているが,その点はどうなっているの。 ▲その点はお互いの国としての考えや主張で現在交渉中なんだ。 ●10 でも,貝殻島で昆布漁をしている人たちはどうなっているの。 ▲細々と昆布漁をしている人が多いので戦後は,昆布漁をして,ソ連の警備艇にだ捕されたケースが多かったん だ。 ●11 だ捕されてどうなるの。 ▲昆布漁の船の半数弱が没収され,乗組員は平均2~3年はロシアに身柄を拘束されるんだ。 ●12 それじゃ,昆布漁の漁師の安全はどうなるの。 ▲そうだね。そのことが問題になって,1963 年から採取権料として,日本の民間とソ連(ロシア)政府との間で 貝殻島昆布協定が結ばれ,その後毎年交渉しているんだ。その後,一隻あたり12,000 円を支払って,貝殻島で昆 布漁を行っているんだ。 ●13 貝殻島は日本の領海なんだよね。日本政府はなんて言っているの。 ▲この協定の6条には,「昆布採取に従事する日本漁民はソ連のきまりを守らなければならない」という規定が あり,その「ソ連のきまり」という点が日本政府は「日本の主権が侵害されている」という立場で受け止めてい るんだ。だから,日本政府とソ連政府とのきまりではなく,日本の民間とソ連政府とのきまりなんだ。 ●14 つまり,日本の漁師の立場で言うと,貝殻島は日本の領海だけど,お金を払って,昆布を採っているという こと。 ▲そういうことになるね。 ●15 1977 年から4年間は,採取権料は支払っていないのはなぜ。 ▲この年はソ連が200 海里排他的経済水域を設定した年で,昆布協定の交渉が中断されたんだ。 ●16 だから,この年から4年間は貝殻島昆布の採取量がなかったんだね。でも,その貝殻島昆布を買っている那 覇市は昆布を買っているけど,どこから昆布を入手したの。 ▲貝殻産の長昆布ではなく,釧路産の長昆布を購入したんだ。 ●17 どう違うの。 ▲貝殻島昆布は,食用として最もやわらかいんだよ。水で戻せばそのまま食べられるけど,釧路産昆布は,少し 堅い。だから,蒸して柔らかくして調理して食べるようになったんだ。 ●18 貝殻島昆布について地元の人はどう思っているの。 ▲知人の漁師や中学生に聞くと「貝殻島だけは早く日本に返してほしいことと,採取量にあった採取権料を支払 うものにして欲しいこと」「日本とロシアとの間に平和条約がないこと」「大国の都合や立場があるので,ロシ アとアメリカの関係をよくすること」「ロシアの立場も考えることが大事だよ」と言っていたよ。 ●19 採取権料も毎年,値上がりして,昨年の 2011 年は一隻約 33 万円(約 27 倍)になっているけど,地元の人 はどう思っているの。 ▲値上がりで生活が苦しくなったり,別の仕事をする人たちもでてきているんだ。一方で,だ捕者も少なくなっ ているのも事実で,ここ4年間はいないんだ。
北方領土問題の授業開発 伊良波 伊良波剛:第6 号 ●20 貝殻島付近の昆布漁が,漁師にとって生活ができて,安全で「平和な海」にするための解決策は具体的にど うすればいいの?。 ▲・・・。(ワークシートへ記入) 資料⑥「授業を参観した同僚の声」 「生徒の想像力を出していく様子はよかった」「平和的な解決策を具体的に考えるための視点が提示され,ど うとりかかかればよいかわかりやすかった」「沖縄の食文化とも関わりがある題材を取り上げているのが生徒の 興味・関心をひいていてよい」「資料をもとに生徒間で話し合いが自然にできていた」「生徒の自然で豊かな発 想が出ていてよかった」「授業の先生も楽しそうだった」「読む資料も充実していて対話など工夫が見られた」 「多くのスライドと細かい資料を含めてとてもわかりやすかった」「写真やデーターを使った授業で興味をもら いやすい」「生徒の小さなつぶやきを見逃さない」「自分なりの解決に他の人からコメントをもらうので,どの 生徒も授業に参加していた」「明るくテンポのある授業でのめりこんで聞けた」「教師自身が生徒の意見を“い いね~”“なるほど~”と認めていたので活発な雰囲気になっていた」「貝殻島の存在を初めて知った生徒にと って,電子黒板で視覚でとらえさせたことは貝殻島をイメージしやすかった」「現地の人の話について,キャリ ア教育の視点で語られておりよかった」「教材がタイムリーで日本の領土について考えるいい機会になっている」 「視聴覚機器を使った資料,実際に足で運んだ内容の資料がとてもおもしろかった」「子供達のどんな発言も誉 めてアイディアが出やすい雰囲気をつくっている」「自分の意見のコメントをもらいながら自分の考えを整理す る所がよい」「時間的に厳しいと思うが,最後に自分の意見を書くだけでなく,他の人の意見を聞いて,自分が どう思ったかを書く時間があった方がよい」など。