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M.M.トマスの初期宣教思想の展開とP.D.デヴァナンダンの影響

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M.M.トマスの初期宣教思想の展開とP.D.デヴァナン

ダンの影響

著者

宮本 憲

雑誌名

キリスト教論藻

37

ページ

51-83

発行年

2006-03-10

URL

http://doi.org/10.14946/00001608

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M.M.ト

マ ス の 初 期 宣 教 思 想 の 展 開 と

    P.D.デ

ヴ ァ ナ ン ダ ン の 影 響

宮 本

1  は じ め に

WCCウ

プラサ総会 の宣教論

  20世 紀 エ キ ュ メ ニ ズ ムの神 学 や 宣 教 学 に対 して ア ジ ア 出 身 の キ リス ト者 が 行 っ た貢 献 は多 大 で あ る。 特 に イ ン ド亜大 陸 の キ リス ト者 達 の貢 献 は 目覚 ま しい。 しか し、残 念 な こ とに、 日本 で は彼 らの 貢 献 へ の 関心 が 非 常 に 限 られ て い る よ うに思 わ れ る 。   イ ン ドの 神 学 者 の エ キ ュ メ ニズ ムへ の貢 献 を物 語 る一 例 は 、1968年 に ウ プ サ ラで 開催 され たWCC第4回 総 会 に見 る こ とが で きる 。   言 う まで も な く、 この総 会 は20世 紀 の キ リス ト教 宣 教 思 想 史 にお い て一 時 代 を画 した会 議 で あ り、平 和 ・社 会 正 義 ・反 差 別 の ため の 闘 争 な ど、 政 治 や 社 会 へ の キ リス ト者 の ラデ ィ カ ル な参 与 を前 面 に打 ち 出 して 、 大 き な論 争 を 呼 び起 こ した。 この 総 会 は報 告 「宣教 の更 新 」 の 中で 、 キ リ ス ト教 宣教 を次 の よ うに語 っ て い る。 今 日、 我 々 の 参 与 して い る神 の 宣 教 を、古 き もの の根 底 的 な更 新 で あ る新 しい創 造 の賜 物 と して 、 そ して また新 しい 人 イ エ ス ・キ リ ス トにお い て完 全 な 人 間性 へ と成 長 す る よ う に との 人 々へ の 招 き と し て説 明 す る こ とは 、極 め て適 切 な こ とで あ るω。   こ こで 用 い られ て い る 「神 の 宣教 」 とい う表 現 は 、 これ が ミ ッシ オ ・デ イ 神 学 に立 つ 宣 教 思 想 で あ る こ とを示 して い る。 「ミ ッ シ オ ・デ イ」 は20世 紀 後 半 の 宣教 思 想 にお い て重 要 な役 を担 う よ うに な っ た概 念 だ が 、1952年 の 国

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際 宣 教 協 議 会 αMC)ヴ ィ リ ンゲ ン大 会 で初 め て浮 上 した と され る。 当 時 、 欧 米 の宣 教 学 界 で 進 行 して い た キ リス ト教 宣 教 の神 学 的基 盤 につ い て の論 争 へ の 回答 と して 、 この 大 会 は宣 教 の基 盤 を三 一 神 の 派遣 行 為 に求 め 、教 会 の 宣 教 は この 世 に対 す る この 「神 の 宣 教 」 へ の参 与 で あ る と規 定 した(2)。しか し、1960年 代 に な る と、J, C.ホ ー ケ ン ダ イ ク の 宣 教 論 の 影 響 の 下 で ミ ッ シ オ ・デ イ の 強 調 点 が 、宣 教 の 根 拠 と して の三 一 神 か ら宣 教 の対 象 と して の 「こ の 世 」 へ と移 る こ と にな る。 い わ ゆ る 「神 中心 型 」 ミ ッシ オ ・デ イ概 念 か ら 「世 界 中 心 型 」 ミ ッ シオ ・デ イ概 念 へ の移 行 で あ る 。上 記 ウ プサ ラ 総 会 の 宣 教 理 解 は こ の線 上 に理 解 され るべ きもの で あ る。   以 上 は 、 こ の 時期 の 宣 教 思 想 史 につ い て の 基 本 に属 す る事 柄 で あ る が 、 こ れ に対 して 、 ウ プサ ラの 宣 教 理 解 に も う一 つ の 思 想 的系 譜 が流 れ 込 ん で い る 事 実 は ほ とん ど注 目 され て こ な か っ た。 こ の思 想 的 系 譜 とは イ ン ドの キ リス ト者 た ち に よ っ て展 開 され て きた宣教 理 解 で あ っ て、 上 記 引用 に お け る 「新 画 しい創 造 」 「新 しい 人 」 「完 全 な人 間 性」 とい う言 葉 の使 用 が これ を端 的 に表 して い る。   こ の イ ン ド系 宣 教 論 の 主 唱 者 は、 ウ プサ ラ総 会 でWCC中 央 委 員 会 議 長 に 選 出 さ れ 、 次 の ナ イ ロ ビ総 会(1975年)ま で の7年 間 この 職 に あ っ たM.M, トマ ス(1916∼1996)で あ っ た。 トマ ス は南 イ ン ドの ケ ラ ラ州 の 生 ん だ独 創 的 な信 徒 神 学 者 で あ り、 そ の 思 想 的貢 献 は イ ン ドの教 会 、 ア ジア の エ キ ュ メ ニ ズ ム 、WCCと い う3つ の レベ ル にお け る神 学 ・宣 教 論 ・社 会 思 想 に 及 ん で い る。 我 が 国 で は ほ とん ど注 目 さ れ る こ とが ない よ うだが 、20世 紀 後 半 の エ キ ュ メ ニ カル な宣 教 神 学 の 展 開 は トマ ス 抜 き に語 る こ とはで きな い(3}。   本稿 で は 、 この よ う な トマ ス の宣 教 思 想 の 形 成 過 程 を検 討 した い。 しか し、 彼 の思 想 形 成 の 特徴 はそ の 時代 時代 の状 況 との対 話 を経 て な され て い る点 に あ りzそ の 結 果 、 同 じと こ ろ に長 く留 ま る こ とは な い。 激 し く変動 す る 時 代 の 宣教 学 的 状 況 に応 答 して 変 わ っ て い くの で あ る。 本 稿 の 中 で 、彼 の 生 涯 全 体 に わ た る思 想 展 開 を論 じる こ とは で き ない 。従 っ て 、特 に上 記 の 「新 しい 創 造 」 「新 しい 人」 とい っ た 概 念 が 登 場 す る1960年 代 初 頭 ま で を一 応 の 上 限 と した い 。 そ の 過 程 にお い て 、 特 に、 トマ ス が 師 ま た友 と呼 ぶ 神 学 者P.D.デ

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ヴ ァナ ン ダ ンの 思 想 が どの よ うな役 割 を演 じたか に注 目 したい 。 こ う して 、 ウプサ ラの宣 教 論 に流 れ込 む イ ン ドの宣 教 思 想 の 形 成 過 程 、 お よび20世 紀 エ キ ュ メ ニ ズ ム に お け る イ ン ド神 学 の 意 義 を明 らか に した い。

2  トマ ス の初 期 の 思 想 形 成

  マ ダ テ ィパ ラ ム ピ ル ・マ メ ン ・ トマ ス(Madathiparamp;il.  Mammen  Thomas)、 通 称M.M,ト マ ス は1916年 、 独 立 後 ケ ラ ラ 州 に 統 合 さ れ る こ と に な る 南 イ ン ドの 旧 トラ ヴ ァ ン コ ー ル 藩 王 国 中 央 部 の 小 村 に 生 ま れ た 。 家 族 は こ の 地 域 固 有 の 「マ ル トマ ・シ リ ア 教 会 」(以 下 、 マ ル トマ 教 会)ω に 属 す る 中 流 家 庭 で あ っ た 。 学 校 教 育 も マ ル トマ 教 会 に 属 す る学 校 で 受 け た が 、 個 人 的 な 宗 教 体 験 に よ っ て 自 覚 的 キ リ ス ト教 信 仰 を持 っ た の は 大 学 時 代 で 、 彼 の 思 想 形 成 も こ の 時 期 に始 ま る よ う で あ る 。   トマ ス の 初 期 の 思 想 形 成 に は3つ の 時 期 が 区 別 さ れ る 。 第1期 は1940年 頃 ま で 、 第2期 は1940年 頃 か ら1949年 ま で 、 第3期 は1949年 以 降 で あ る 。 大 ま か で は あ るが 、 神 学 的 観 点 か ら は そ れ ぞ れ 自 由 主 義 時 代 、 新 正 統 主 義 時 代 、 ポ ス ト新 正 統 主 義 時 代(な い しポ ス ト ・ク レー マ,.__時代)、 イ デ オ ロ ギ ー 的 観 点 か らは そ れ ぞ れ ガ ン デ ィ ー 主 義 時 代 、 マ ル ク ス 主 義 時 代 、 社 会 民 主 主 義 時 代 と呼 ぶ こ と が 可 能 で あ ろ う 。 以 下 、 こ れ ら の 時 期 を 順 に 見 て い く こ と に した い 。 2.1  第1期   第1期 は、敬 度 主 義 的信 仰 体 験 に よ っ て 自覚 的 キ リス ト者 と して の 歩 み を 始 め た トマ ス が 、 社 会 活 動 へ の 関 わ りを通 じて 社 会 や 政 治 の 問 題 に 目覚 め、 さ らに昂 揚 す る イ ン ド独 立運 動 へ の 応 答 と して キ リス ト教 と ガ ンデ ィー 主 義 の統 合 を考 え た時 期 で あ る。   トマ ス は専 門 的 な神 学 教 育 を受 け て い ない。1931年 か ら35年 まで 現 ケ ラ ラ 州都 トリ ヴ ァ ン ドラム(テ ィル ヴ ァナ ン タ プ ラム)の 大 学 で 学 ん だが 、 専 門 は化 学 で あ っ た 。 しか し、 この 時 期 、 学 生 キ リス ト教 運 動(SCM)な どの

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活 動 に 関 わ る一 方 、 トマ ス ・ア ・ケ ン ピス 『キ リス トに倣 い て』、 フ レー ル ・ ロ ラ ン 『神 の 臨在 の 実 践 」 な どの読 書 を通 じて深 い信 仰 体験 を持 っ た 。 トマ ス は 晩 年 に当 時 を回顧 して 、 自分 の信 仰 の 出発 点 は 「福 音 的 で サ ク ラ メ ン タ ル な信 仰 」 で あ り、 そ れ は今 も 自分 の 「霊 的 生 活 の基 本 構 造 」 で あ る と書 い て い るが 、 この こ ろ の神 秘 的 な信 仰 体 験 が 彼 の キ リス ト信 仰 の原 体 験 とな っ て い る よ うで あ る㈲。   大 学 卒 業 後 、彼 は北 部 トラ ヴ ァン コ ー ルの 高 校 で化 学 を教 え る か た わ ら、 マ ル トマ 教 会 の伝 道 ・教 育 活 動 に 関 わ った 。 そ の後 、1938年 に トリ ヴ ァ ン ド ラム に戻 り、SCMと 協 力 して 孤 児 や ホ ー ム レス の 支 援 活 動 に従 事 す る。 こ の よ う な活 動 を通 して、 トマ ス は イ ン ド社 会 を蝕 む貧 困 、抑 圧 、 宗 教 的 「コ ミュ ー ナ リズ ム」 とい っ た 問題 を 自覚 す る よ う に な る。 2.1.1  ケ ラ ラ 青 年 キ リ ス ト者 行 動 評 議 会(YCCA)   青 年 トマ ス に と っ て 一 大 転 機 と な っ た 出 来 事 は 、 新 し く創 設 さ れ た 「ケ ラ ラ青 年 キ リ ス ト者 行 動 評 議 会 」(youth  Christian Council  of Action in Kerala, 以 下YCCA)へ の 参 加 で あ っ た 。 YCCAと は 、 国 民 会 議 派 の 指 導 す る イ ン ド 独 立 運 動 へ の 応 答 と し て 、 ケ ラ ラ の 若 い キ リス ト者 に よ っ て 作 ら れ た 組 織 で あ る ㈲。 そ れ ま で 国 民 会 議 派 の 影 響 の さ ほ ど見 ら れ な か っ た トラ ヴ ァ ン コ ー ル で も 、1938年 に な る と 同 派 の 不 服 従 運 動 が 開 始 さ れ る 。YCCAは こ れ に 呼 応 して 同 年8月 に結 成 さ れ た が 、 トマ ス も最 初 か ら こ れ に 参 加 、 以 後 数 年 間 書 記 と して 指 導 的 な 役 割 を 果 た した 。   こ の 活 動 が 内 外 の 政 治 や 社 会 の 問 題 につ い て 熟 慮 す る機 会 を トマ ス に提 供 し た 。 彼 は 思 想 面 で もYCCAに お い て 指 導 的 役 割 を演 じた ら しい 。 YCCAが 最 初 の 会 合 で 採 択 した 宣 言 文 に は 、 既 に トマ ス の 影 響 が 見 ら れ る と推 察 さ れ       の   ロ   の    ゆ   の   サ る が 、 そ こ に は 次 の よ う な 思 想 が 表 明 さ れ て い る 。 第1に 、 「神 は こ の 世 に      ら    り    り    の    コ    コ    ロ       り    の お い て積 極 的 に働 い て お られ 、 すべ て の 人 々 、特 に この 世代 の青 年 を、 御 自 身 と共 に危 険 を 冒 し、真 理 と正 義 と愛 へ の奉 仕 の た め に命 とす べ て を賭 け る よ うに と招 い て お られ る」 とあ る よ う に、 世界 史 にお け る神 の 臨 在 が 明言 さ れ て い るω。 第2に 、 「キ リス トの福 音 は 、 人 間 生 活 全 体 に対 す る順 い の 提

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供 で あ る 。 我 々 が失 敗 す る の は、 個 人 と社 会 の 問 に線 を引 き、 個 人 を社 会 関 係 か ら隔 離 して精 神 化 して しま うか らで あ る。 す べ て の 生 は ひ とつ で あ る」 と述 べ 、 腰 い の 包 括 性 を強 調 して い る㈲。 こ の2つ の思 想 は 、 後 の トマ ス 神 学 の特 徴 とな る もの で あ る。 このYCCAの 宣 言 が トマ ス 自身 の 手 に な る にせ よそ うで な い にせ よ、 これ らが この 宣 言 に入 り込 ん だ経 緯 の 解 明 は 、 トマ ス の思 想 の 由来 を知 る上 で重 要 なポ イ ン トで あ ろ う。な お 、本 稿 で は前 者 を「内 在 論 的神 観」、 後 者 を 「包括 的(holistic)救 済観(ま た は購 罪 観)」 と呼 ん で お く。 2.1.2  イ デ オ ロ ギ ー対 立 とYCCAの 分 裂   YCCAは 結 成 当初 か ら内 部 に イ デ オ1コギ ー上 の対 立 を抱 え て い た よ うで 、 これ が 原 因 とな っ て数 年 で分 裂 す る こ と にな っ た。   イ ン ドで も特 に教 育 水 準 が 高 く、 人 々 の政 治 意 識 も強 い とい わ れ る ケ ラ ラ で は 、 マ ル ク ス 主 義 の影 響 が1930年 代 か ら現 れ て い た 。YCCAも 当初 か ら ガ ンデ ィ ー主 義 とマ ル クス 主 義 の 間の 緊 張 が あ っ た ら しい 。 キ リス ト教 ガ ン デ ィー 主 義 者 は、 神 の 国 を 「サ テ ィヤ グ ラバ 」(非 暴 力 不 服 従 運 動)に よ っ て 達 成 す べ き目標 だ と考 え た。 トマ ス も当 初 ガ ンデ ィー主 義 に傾 い て い た よ う で あ る。 彼 は1939年 のYCCA夏 期 修 養 会 で の発 題 の 中 で 、 イ エ ス と ガ ンデ ィ ーの 倫 理 を比 較 して 、 サ テ ィ ヤ グ ラバ の キ リス ト教 的解 釈 を試 み 、 「神 は 「超 越 的 サ テ ィヤ グ ラバ 』 に よ っ て悪 に応 答 して い る。 こ れ が キ リス ト教 的非 暴 力 理 解 の 根 本 的 基 盤 で あ る」 と述 べ た(9)。   これ に対 し、 マ ル ク ス 主義 に傾 い た 「トリ ヴ ァ ン ドラ ム ・グ ル ー プ」 と呼 ばれ る グ ル ー プが あ っ た。 当初 ガ ンデ ィー主 義 に傾 い て い た トマ ス も、 間 も な くマ ル クス 主 義 を受 け入 れ、 トリヴ ァ ン ドラ ム ・グル ー プ の 一 員 とな った 。 この イ デ オ ロギ ー対 立 の 結 果 、YCCAは ユ943年 に分 裂 し、 トマ ス もYCCAを 辞 め る 。彼 は共 産 党 との協 力 を掲 げ て 「国 民 キ リス ト者 青 年 評 議 会 」 とい う 新 しい組 織 を創 設 した が 、 この 組 織 は短 命 で 、彼 が1945年 にマ ル トマ教 会 の 青 年 書 記 に任 命 され る と消 滅 した。   トマ ス の神 学 的 思 索 は、 この よ うに ケ ラ ラ にお け るイ ン ド独 立 運 動 へ の キ

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リス ト者 の 応 答 とい うコ ンテ クス トの 中 で始 め られ た。 そ れ は 当初 か ら イデ オ ロ ギ ー 的 な思 索 と深 く結 び つ い てい た。 こ の事 実 は 、以 後 の トマ ス の 神 学 の発 想 ・手 法 ・性 格 を決 定 す る こ とに な る。 これ につ い て彼 自身後 に次 の よ うに 述 べ て い る。 私 が キ リス ト教 伝 道 とキ リス ト教 神 学 に興 味 を持 つ よ う に な っ た の は イ ン ドの 政 治 と社 会 的変 化 を学 ん だ こ と、 い いか え れ ば、 知 的 に も感 情 的 に もナ シ ョナ リズ ム の 問 題 に あ る程 度 関 わ っ た か らで あ り ます 。 そ れ ゆ え に 、私 は キ リス ト教 よ りもむ しろ 世俗 世界 か ら出発 しよ う とい う非常 に 強 い傾 向(ま た は偏 見)を 持 って い ます゜④。 2.2  第2期  以 上 の 第1期 は短 い。 トマ ス はか な り早 い時 期 にガ ン デ ィー主 義 か らマ ル クス 主 義 へ 転 向 した よ うで あ る が 、彼 の思 想 形 成 にお け る第2期 は この マ ル クス 主 義 受 容 と共 に始 まる 。 2.2.1  「こ の世 」 へ の 関 心 とマル ク ス 主 義 の 受 容   1939年 夏 、 上 述 のYCCA夏 期 修 養 会 の 後 に 、 トマ ス は トリヴ ァ ン ドラ ム で 開 か れ た マ ル トマ教 会 青 年 修 養 会 で も発 題 を行 っ た 。 そ の 中 で彼 は 、教 会 こ そ が神 の 国 と世 界 の 蹟 い の 主 た る担 い手 で あ る との立 場 を明確 に して 、 ガ ン デ ィー主 義 者 と は一 線 を 画 し始 め て い る⑳。 しか し、 こ の教 会 中 心 主 義 に も か か わ らず 、現 実 の 教 会 に は 非 常 に批 判 的 で あ った 。 す な わ ち、 ケ ラ ラの教 会 に存 在 した 二 元 論 的 傾 向、 特 に福 音 を私 的 ・霊 的 領 域 と社 会 的 ・物 質 的領 域 と に二 分 す る傾 向 を包 括 的視 点 か ら強 く批 判 し、教 会 は個 人 の魂 の救 い だ け で な く、 社 会 正 義 に対 して も関心 を持 つ べ きだ と して 、次 の よ う に述 べ た。 人 間 は極 め て 獣 的 で あ り、 そ れ故 、我 々は 神 の 国 を来 た らせ る た め に、 自分 自身 へ の あ らゆ る信 頼 を捨 て て 、 た だ神 に の み頼 る ほ うが よい 。 しか し、 も しそ ん な意気 揚 々 と した信 仰 が 社 会 に対 す る冷 淡

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な無 関 心 へ と堕 して しまい 、 人 格 へ の畏 敬 の 念 に基 礎 を置 き、 人 間 的必 要 を満 た す よ う に組 織 され た正 しい社 会 ・経 済 ・政 治 秩 序 を求 め る我 々 の 渇 望 を減 じさせ 、教 会 の 目 を この 世 か ら反 ら して空 へ と 向 か わせ る の で あ れ ば 、私 は教 会 を空 中心 で な く地 中心 とす る た め に 、終 末 論 的信 仰 を捨 て て しまい た い。 なぜ な ら、 最 も大 切 なの は 、 地 上 に神 の 国 を打 ち立 て る とい う教 会 の務 め だ か らで あ る⑱。   こ こ に は、 トマ ス の 生 涯 を貫 くこ とに な る 「この世 」 に対 す る強 い 関 心 が 表 明 され て い る 。彼 は特 に人 間社 会 を導 く主 要 因 と して の経 済 に注 目 し、教 会 の 道義 性 が 明 らか に な るの は 、誤 った 現行 の経 済制 度 を克 服 しよ う とす る 時 だ け だ と考 え た。 そ して、 キ リス ト教 マ ル ク ス主 義 者 レナ ー ド ・シ フ神 父 (Leonard  Schiff)の 影 響 下 にマ ル クス 主 義 を受 け入 れ 、 教 会 に対 して もマ ル クス主 義 を受 け 入 れ る よ うに呼 び か け た 。 シ フ は ア ング ロ ・カ トリ ック系 の 聖 公 会 司 祭 で あ り、YCCAの 青 年 達 に大 き な影 響 力 が あ った とい う。 こ う し て 、以 後 の トマ ス はマ ル クス主 義 イ デ オ ロギ ー との 関 わ りにお い て キ リス ト を証 し しよ う と の試 み に乗 り出 す こ とに な る⑬。 2.2.2  ベ ル ジ ャ ー エ フの 影 響   トマ ス の思 想 形 成 で は 、常 に イ デ オ ロギ ー 的 関 心 と神 学 的 関 心 とが 密 接 に 連 携 し合 って い る。 ガ ンデ ィー 主 義 に傾 い て い た 時期 の彼 は 、神 学 的 に は 自 由主 義 的立 場 を と って い た とい え よ う。 と ころ が 、 マ ル クス主 義 に接 近 す る と共 に 、神 学 的 に はい わ ゆ る新 正 統 主 義 神 学 に接 近 す る。この1940年 か ら1948 年 まで の時 期 を 回顧 して 、後 に彼 は 「カ ー ル ・バ ル ト、 ライ ン ホ ル ト ・ニ ー バ ー、 ニ コラ イ ・ベ ル ジ ャーエ フの新 正 統 主 義 の 内側 で カ ー ル ・マ ル ク ス の 弁 証 法 を再 定 義 しよ う と試 み た」 時 代 と語 っ て い る⑯。 ベ ル ジ ャ ーエ フ の 正 教 的 ・神 秘 主 義 的 キ リス ト教 思 想 を新 正 統 主 義 に含 め る の に は 問題 が あ ろ う が 、 こ こ で は こ の ロ シ ア人 思 想 家 の トマ ス に対 す る影 響 を見 て み た い 。 この 時期 の トマ ス が 、特 にベ ル ジ ャー エ フ に 関す る長 文 の論 文 を書 い て い る か ら で あ る。

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  この 論 文 は1941年 か ら翌 年 に か け て書 か れ た もの で 、 「キ リス ト教 と イ ン ドの 状 況     ニ コ ラ イ ・ベ ル ジ ャ ーエ フ とガ ン デ ィ ー主 義 」 と題 さ れ て い る㈲。 この 中 で トマ ス はベ ル ジ ャー エ フに依 拠 しつ つ 、 ガ ンデ ィ ー の 非 暴 力 主 義 思 想 や ヒ ン ドゥー教 に対 す る批 判 を展 開 してい る。 トマ ス の 思 想 形 成 を 理 解 す る上 で 特 に重 要 な の は ベ ル ジ ャー エ フの 「悲 劇 的」 人 間 観 お よび 人格 主 義 で あ ろ う。 悲 劇 的 人 間 観   ガ ンデ ィー の 非 暴 力 主 義 が イ ン ドの伝 統 的 宗 教 だ け で な く、 トル ス トイ の キ リス ト教 平 和 主 義 か ら も霊 感 を受 け て い る こ とは周 知 の通 り だ が 、 トマ ス に よれ ば 、 ヒ ン ドゥー教 、 ガ ンデ ィ ー主 義 、 トル ス トイ主 義 は 人 間 は本 来 的 に善 で あ る との信 仰 を共 有 して い る 。 こ れ に対 し、 ベ ル ジ ャー エ フの人 間観 は人 間 の罪 と受 肉 に よ る贈 い に立 脚 して お り、人 間 の本 来 的 善 性 を認 め て は い な い とい う。 ベ ル ジ ャ ーエ フは、 神 の似 姿 で あ る人 間 は 自 由 か つ 創 造 的 な存 在 で あ り、 そ れ故 、神 の創 造 の御 業 へ の 参 与 とい う崇 高 な使 命 が賦 与 され て い る と考 え る。 しか し、 人 間 の 運命 は悲 劇 的 で あ る。 なぜ な ら、 人 間 の創 造 的 自由 が 真 の 自由 であ る た め に は 「悪 を行 う 自由」 を も含 ま な け れ ば な ら な いが 、 人 間 は神 に背 い て堕 落 して お り、 そ の結 果 、 絶 えず 悪 を選 択 して止 ま な い か らで あ る。 自 由主 義 者 は人 間 の 進 歩 を信 ず る が 、 これ は虚 偽 で あ る 。 堕 落 した 人 間 に とっ て は 「悲 劇 的 な 意 味 に お け る進 化 」、 す な わ ち 「善 悪 の ア ンチ テ ー ゼ 、 神 と悪 魔 の ア ンチ テ ー ゼ の進 歩」 の み が存 在 す るか らで あ る㈲。   この よ うなベ ル ジ ャー エ フの 人 間 観 を受 け て 、 トマ ス は 人 間 の か か え る こ の 悲劇 的 な矛 盾 を次 の よ うに述 べ て い る。 自 由主 義 者 は善 の増 大 に伴 っ て悪 が 減少 す る と考 え た… … しか し、 キ リス ト教 の 教 理 は異 な る図 を提 示 す る。 善 な る もの はすべ て 、 原 罪 す な わ ち傲 慢 に感 染 す る悪 と化 す … …悪 か ら善 へ の進 歩 を歴 史 の 中 に認 め る こ とはで きな い 。 唯 一 の進 歩 は悪 の 増 大 を伴 う善 の増 大 で あ る。 そ れ故 に、 善 悪 の抗 争 の激 し さだ けが 進 歩 す る … …人 間 の

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善 は 人 間 の 中 の 悪 を破 壊 す る こ とは で きな い。 何 故 な ら、 ま さに悪 に対 して 善 が行 使 され る と き、善 は悪 に変 容 す るか らで あ る。1つ の 善 が1つ の悪 を破 壊 した とき、 ま さに善 そ の もの が 悪 と して現 れ る の で あ る(17>。 トマ ス は 、 この よ うな悲 劇 性 の故 に、 人 間の 蹟 い は あ らゆ る 善 悪 の原 理 を超 え た と こ ろ に求 め な け れ ば な らな い と考 え た。 購 い とは キ リス トの恩 寵 に お い て善 と悪 の ア ンチ テ ー ゼ そ の もの か ら解 放 され る こ とな の で あ る。   この よ う な人 間 理 解 に基 づ い て 、 トマ ス は地 上 にお い て善 の 実 現 を企 て る ユ ー トピァ主 義 を否 定 す る。 彼 に よれ ば 、 ガ ンデ ィー 主 義 の根 本 的欠 陥 は そ のユ ー トピ ア主 義 的性 格 に あ る 。非 暴 力 主 義 は確 か に崇 高 で は あ るが 、 人 間 の運 命 に内在 す る根 本 的 な矛 盾 に気 が つ い て い な い。 現 実 の 人 間社 会 は罪 の 支 配 の 下 にあ っ て 諸 力 が 激 し く抗 争 す る場 な の で あ る。 実 際 に フ ァ シズ ム 、 ス ター リニ ズ ム 、 帝 国 主 義 な どの政 治 勢 力 が 相 互 に激 烈 な 闘争 を繰 り広 げ る 当時 の 世界 にあ っ て 、 こ の よ うな 「悲 劇 的 リア リズ ム」は 、 トマ ス を して 「イ ン ドに お け る社 会 正 義 を め ざす 政 治 行 動 の た め に必 要 な イ デ オ ロ ギ ー 的 基 盤 」 と して マ ル クス 主 義 的 な歴 史理 解 を採 用 す る必 要 性 を確 信 させ た㈹。   とは い え、 彼 は マ ル ク ス主 義 の 内 に も強 いユ ー トピァ 主 義 的傾 向 が 潜 ん で い る の を知 って い た 。 こ れが 圧 政 の源 とな っ て 、平 等 な 社 会 の 実 現 をめ ざす マ ル クス 主義 者 の 闘 い を全 体 主 義へ と変 質 させ る危 険 性 が あ る と恐 れ て い た 。 彼 に と って 、 神 の 国 の 実 現 は あ る特 定 の 社 会秩 序 を神 の 国 と同 一 視 す る こ と で は な か った 。 マ ル ク ス主 義 的 闘争 へ の コ ミッ トメ ン トの枠 内 で キ リス ト者 に与 え られ た 課 題 は、 キ リス トに お い て 神 が ユ ー トピア 主 義 に対 して下 され た裁 き と赦 しを証 しす る こ とに よ って 、 マ ル ク ス主 義 者 の 闘 い を堕 落 や 逸 脱 か ら腰 うこ とに あ る と考 えた の で あ る。   しか しなが ら、 後 で 見 る よ うに マ ル クス主 義 に対 す る トマ ス の 危惧 は や が て 的 中 す る こ と に な る。 そ の結 果 、彼 は マ ル ク ス主 義 と決 別 す る こ とに な る。 人 格 主 義   後 の トマ ス の 思 想 で は 、 「完 全 な 人 間 性 」(full  humanity)、 「よ り

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完 全 な 人 間性 」(fuller humanity)と い う概 念 が 際 立 つ よ うに な る。 しか し・ 「人 間 」 ま た 「人 間性 」 とい う概 念 は彼 の最 初 期 の 思 索 にお い て も認 め る こ とが で きる。 最 初 の 著 書 で あ るr十 字 架 の 理 解 』(1937年)は 、 「神 の 目的 は、 神 の 中 に だ け あ る真 の 人 間性 の栄 光 を反 映 す る男 や女 の 家族 を作 り出 す こ と で あ る」 とい う文 章 で始 ま っ て い る が 、 こ こで は神 の営 み が 「人 間性 」 とい う概 念 に よ っ て定 義 され て い る⑲。 トマ ス の こ の よ うな 人 間 また 人 間 性 へ の 関心 は 、 ベ ル ジ ャ ーエ フの 人 格 主 義 との 出 会 い を通 じて深 め られ た よ うで あ る。   ベ ル ジ ャー エ フ に よれ ば 、 「人 格 」 とは人 間 に お け る神 の 似 姿 で あ り、 そ れ ゆ え 人 間 の 「道徳 的 原 則 」 と され る 。神 は 自由 な創 造 主 で あ るが 、 そ の似 姿 で あ る人 格 の本 質 も 「自由 な創 造 性 」 で あ る。 既 に触 れ た この 「自由 な創 造 性 」(な い し 「創 造 的 自 由」)と い う概 念 は ベ ル ジ ャー エ フの 人 間 理 解 の 要 で あ る。   ベ ル ジ ャ ー エ フは2種 類 の 自 由 を区 別 す る。1つ は 「選 択 の 自由 」、他 は 「創 造 の 自 由」 で あ る 。前 者 は所 与 の道 徳 的 価 値 や 目 的 を受 け入 れ る か拒 む か とい う 自由 にす ぎず 、真 の 自由 とは言 い難 い 。真 の 自由 とは 、 自 ら実 現 し よ う とす る価 値 や 目的 を 自 らの た め に創 り出 せ る 自 由 、 す な わ ち創 造 の 自由 で あ る。 ベ ル ジ ャー エ フは 、 人 格 的 存 在 と して の 人 間 に よる この創 造 の 自由 の行 使 、 つ ま り自由 で 創 造 的 な 自己 実 現 を人 間 の最 高 の道 徳 的価 値 と考 え る。 言 い か え れ ば 、 「汝 自 身 で あ れ。 汝 自 身 に対 して真 実 で あれ 」 一一  こ れ こ そ が 最 高 の 道 徳 的 原則 な の で あ る。 この原 則 は 人 間 に最 大 限 の個 性 と独 自性 を 要 求 す るが 、 最 後 まで 人 格 を追 求 し、 これ を裏 切 っ て は な らな い の で あ る㈲。   この よ うな ベ ル ジ ャ ーエ フの 人 格 主 義 を受 け て 、 トマ ス は 、 人 間 の 自由 の 本 質 は 「形 式 的 な選 択 の 自由 」 に あ る の で は な く、 人 が 「自由 に選 び と る 目 的」 に あ る と考 え る。 そ して 次 の よ う に述 べ る 我 々 は真 の 目的 を選 ぶ べ きで あ る。 言 い換 えれ ば、 本 当 の 人 間 の 自 由 は 、 本 当 か つ真 実 に人 間 自身 の もの で あ る と こ ろ の 目的 を選 び 取 る こ とに あ る。 そ うす れ ば、 自 由 の行 使 は 人 間 の 本 来 的 ・本 質 的 特

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性 の 自発 的表 現 を意 味 す る こ とに な る。 我 々が 自 由 なの は 、 生 まれ つ きの特 性 に起 因 す る我 々 の本 質 的 な姿 を我 々が 自発 的 に表 す 時 の み で あ る … … 我 々が 自由 な の は、 我 々 の追 求 す る 目 的が 我 々 の持 つ 目的 に_.__致す る と きな の だ 。 自 由が 人 格 の本 質 な の だ か ら、 我 々 は 同 じ真 理 を次 の よ う に言 い換 え る こ と もで きる:我 々 は我 々が 事 実 あ る とこ ろ の もの で あ る と きに入 格 なの だ 、 と⑳。   トマ スが ベ ル ジ ャー エ フに お け る2つ の 自由 の 区 別 を正 し く伝 え て い る か ど うか は議 論 の余 地 が あ ろ う。 しか し、彼 の 関 心 はベ ル ジ ャー エ フの思 想 を 正 確 に理 解 す る こ とで は な く、 こ れ を 自分 の 思想 形 成 の素 材 とす る こ とで あ っ た。 こ こで重 要 なの は 、 トマ ス が この 人 間 の 「真 の 目 的」 を創 造 論 的 に理 解 し、 「神 お よ び 隣 人 との交 わ り」 と考 え た 点 で あ る。 神 の似 姿 と して の 人 格 の本 質 と して の 自由 な創 造 性 は 、神 の そ れ とは異 な り、無 限 で は な い 。 人 間 は神 お よび 隣 人 との 関係 の 中 で 生 きる よ う に創 られ て お り、 そ れ故 、 入 間 の 自由 な創 造 性 は あ くまで有 限 で あ る 。 この 人 間本 来 の あ り方 を主 体 的 に受 け入 れ 、神 お よ び隣 人 との正 しい 関係 に お い て 自由 な創 造 性 を行 使 す る 時 に の み 、 人 間 の真 の 目的 が成 就 さ れ 、真 の 人格 が 実 現 す る の で あ る。   と こ ろが 、 現 実 の人 間 は神 に反 逆 し、神 との 正 しい 関係 を拒 ん だ結 果 、 隣 人 との 関係 も崩 壊 し、自己疎 外 ・敵 意 ・圧 政 に支 配 され る結 果 とな った 。こ う して 、人格 性 を喪 失 して しま っ た。こ れ が 聖 書 の い う 「原 罪 」で あ っ て 、善 を 求 め る人 間 の 努 力 は罪 の 現 実 の 中 で必 ず失 敗 す る定 め と な って しまっ た の で あ る。しか し、神 は こ の 悲 劇 的状 況 か ら人 間 を救 い 出 す べ く行 動 を起 こ し、実 にキ リス トにお い て御 自分 と和 解 させ 給 うた。 トマス に よれ ば 、瞳 い とは人 間 が神 お よび 隣 人 との 正 しい交 わ りを回復 し、 本 来 あ る べ き関 係 の 中 で 、 人 格 の本 質 で あ る創 造 的 自由 を今 一 度 行 使 す る よ う に な る こ と な の で あ っ た幽。   なお 、1940年 代 の トマ ス は 、 こ の よ うな人 間 本 来 の あ り方 の 回復 を教 会 に 連 な る こ と と同 一視 して いた よ うで あ る 。 しか し次 第 に 、現 実 の教 会 は 曖 昧 な世界 で あ って 、 罪 と救 い が 混 在 し共 存 す る場 で あ る こ とを 自覚 す る よ う に な る。

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3  エ キ ュ メ ニ ズ ム神 学形 成 の試 み

  1947年 、 トマ ス は世 界 学 生 キ リス ト者 連 盟(WSCF)か らの招 聰 に よ り、 ス イ ス に移 り住 ん だ 。 以 後6年 間、WSCF幹 部 と して彼 は様 々 なエ キ ュ メ ニ カ ル な 会 議 に 関 与 す る こ とに な る。1948年 のWCCア ム ス テ ル ダ ム総 会 に 向 け た総 会 主 題 研 究 委 員 会 に も唯 一 の 非 西 欧 メ ンバ ー と して参 加 す る。 こ う し て 、生 涯 続 くこ と にな るエ キ ュ メニ カ ル運 動 へ の トマ ス の献 身 的 な貢 献 が始 まっ た。 3.1  マ ル ク ス 主義 との 決 別    第3期 の始 ま り   1948年 、 トマ ス に そ れ まで の イデ オ ロ ギ ー的 立 場 の再 考 を迫 っ た事 件 が2 つ 発 生 した。1つ は、 イ ン ド共 産 党 が ネ ル ー を 「イ ン ド独 立 の 裏 切 り者 」 と 弾 劾 し、彼 に反 対 す る 政 策 を打 ち出 した こ と、 も う1つ は、 チ ェ コス ロ ヴ ァ キ ア共 産 党 が ク ー デ ター に よっ て 政権 を奪 取 した こ とで あ っ た。 トマ ス は こ の2つ の 事 件 に、 内的 な ユ ー トピ ア主 義 に よっ て マ ル クス 主 義 が 圧 政 へ と堕 落 す る の で は な い か とい うか ね て か らの 懸 念 が 現 実 と な っ たの を見 た 。 そ し て、 マ ル クス 主 義 と決 別 し、 政 治 的 イ デ オ ロギ ー と して社 会 民 主 主 義 を選 ぶ こ とを決 意 した 。 社 会 民 主 主 義 で は 国家 や社 会 に対 す る 人 間の 運 命 の超 越 性 や 人 間 の 尊厳 が 自覚 され て い る と考 え た か らで あ る㈲。   こ う して トマ ス の 思 想 形 成 の 第3期 が 始 ま っ たが 、 イ デ オ ロ ギ ー面 で の 再 考 は神 学 面 で の 再 考 を伴 った 。 そ れ まで の マ ル クス 主 義 の 選択 は神 学 的 に は 原 罪論 に拠 っ て い た。 つ ま り、 原 罪 に よ る人 間 性 の堕 落 の ため に政 治 権 力 は 不 可 避 的 に圧 政 と化 す 運 命 にあ る。 そ して、 圧 政 と化 した権 力 が他 の 力 に よ っ て粉 砕 され る こ と、 つ ま り革 命 は神 学 的 には 歴 史 に お け る神 の 裁 きで あ る。 キ リス ト者 の 務 め は歴 史 に対 す る この神 の裁 きを宣 べ 伝 え る こ とで あ る。 こ の よ う な理 解 に よ って 、 トマ ス は英 国 の植 民 地 主 義 支 配 と闘 う共 産 党 との連 携 を図 った の で あ る。 歴 史 は 人 間 の罪 と神 の裁 き との 抗 争 の場 で あ り、 そ の 究極 的 な 意味 は歴 史 を超 えた と ころ に求 め られ る と考 え たの で あ り、 キ リス ト教 宣教 とは この歴 史 の究 極 的 意 味 を指 し示 す こ とで あ った 。

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  これ に対 して 、 マ ル ク ス主 義 との決 別 と共 に 、 トマ ス は歴 史 の 究極 的意 味 を歴 史 の 内側 で 問 お う と考 え る よ う に な る。 そ の 際 に 、 原 罪 や 堕 落 に代 わ っ て強 調 され る よ う に な っ た の が 、 次 の 引 用 に見 られ る通 り、 「順 い」 で あ る。 キ リス トは政 治 を裁 き得 るだ け だ ろ うか。 今 こ こ に お い て 、 あ る程 度 そ れ を瞭 う こ とは で きな い の だ ろ うか。 社 会 にお け る集 団 的 ・制 度 的 な人 間生 活 の 構 造 の 中 で 、赦 しを力 と して 実 現 す る こ とは で き ない だ ろ うか … … 私 は 、政 治 そ の もの が 、福 音 の 力 を認 め て これ を 受 け入 れ る な ら、 極 端 な逸 脱 か ら賑 わ れ て 、 多少 と も人 間 的 な もの とな る可 能 性 を信 じる⑳。 す な わ ち 、福 音 に は世 俗 的 イデ オ ロ ギ ーや そ れ に基 づ く運 動 を裁 くだ け で は な く、 これ を非 人 間 的 な歪 曲や 逸 脱 か ら 「賦 い 」 出 し、 人 間 の 「真 の 目的 」 を実 現 す る力 と して再 生 す る能 力 が あ るの で は な いか 。 キ リス ト者 の務 め は こ の こ と を証 しす る こ となの で は な い か 。 トマ ス はそ の よ う に考 え 、 マ ル ク ス主 義 、 ガ ンデ ィー主 義 、 自 由主 義 な どの 政 治 イ デ オ ロ ギ ー を現 実 主 義 的 な キ リス ト教 的 人 間理 解 の枠 組 み の 中 で新 た に定 義 し直 す こ とを宣 教 の 目標 と 見 なす よ うに な っ た㈲。 3.2  歴 史 の 内 な る神   歴 史 的現 象 に神 の贈 い の働 き を認 め よ う とす る新 た な神 学 的 姿 勢 に特 徴 づ け られ る この段 階 はrポ ス ト瓢 正 統 主 義 時代 」 と呼 ぶ こ とが で き よ う。 この 段 階 の トマ ス の 思 想 は、1940年 代 末 期 に彼 が作 成 ない し作 成 に 関与 した複 数 の文 書 に初 め て 表 現 され た㈲。 そ こ に は 、 以後 の トマ ス に お い て 中心 的 とな る2つ の神 学 的 テ ーマ が 明瞭 に現 れ て い る。1つ は 、人 間 生 活 の全 領 域 が 全 世界 の 主 で あ る神 の 購 い の働 きの 下 に あ る とい う包 括 的 救 済 観 、他 は 、 全 世 界 の 主 な る神 は歴 史 の 中 に 臨在 し、世 界 の 賭 い の た め に こ れ に積 極 的 に関 与 し給 う とい う内在 論 的神 観 で あ る。 既 に見 た 通 り、 この2つ は共 にYCCAの 宣言 に含 まれ て い た。 しか し、 新 正統 主 義 時代 の トマ ス か らは姿 を消 して い

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た。 こ れ が 今 、再 浮 上 した わ け で あ る。   トマ ス は神 の 主権 の 包 括 性 を確 信 して い た 。1949年 バ ンコ クで 開催 され た 東 ア ジ ア ・キ リス ト教 会 議 に よ って採 択 され た 声 明 「社 会 ・政 治 生 活 にお け る教 会 」 は、 冒頭 で 「神 の主 権 は生 の全 領 域 に及 ん で い る」 と語 っ て い るが 、 これ は トマ ス 自身 の確 信 を表 現 して い た㈲。 主 権 者 で あ る神 の 支 配 の外 側 に あ る生 の 領 域 は な い の で あ る。 同様 に、 神 の,一い も包 括 的 で あ り、 生 の 全 領 域 に及 ん で い る。 使 徒 パ ウ ロが 「神 は キ リス トに よっ て世(cosmOS)を 御 自 分 と和 解 させ た 」(2コ リ ン ト5:19>と 証 言 して い る通 り、神 の 順 い は 全 コス モ ス を包 含 す る もの で あ り、 当然 の こ と なが ら我 々 の社 会生 活 ・政 治 生 活 を も覆 って い る 。神 の 照 い は宇 宙 的 な広 が りを持 つ 一 方 で 、現 在 の 我 々 の 社 会 や 政 治 の 動 静 と深 く関 わ っ て い る。 言 い換 えれ ば、20世 紀 後 半 の 全 世 界 を席 捲 す る ラ デ ィ カル な社 会 革 命 も神 の 主 権 の下 にあ り、 キ リス トに お い て こ の世 を御 自分 に和 解 させ よ う とす る神 の腰 い の御 業 の 内 にあ るの で あ る。   次 に 、 トマ ス は20世 紀 後 半 の 時代 状 況 を定 義 す る キ ー概 念 と して 「革 命 」 概 念 を採 用 した。 マ ル クス 主 義 との連 携 を試 み た トマ ス に と って 、 こ の概 念 は特 に新 しい もの で は なか っ た が 、彼 は これ をマ ル クス 主 義 的 な 「政 治 革 命 」 で は な く、 よ り広 義 の 「社 会 革 命 」 と して定 義 した。 す な わ ち 、 トマ ス にお け る 「革 命 」 とは労 働 者 階 級 の 前 衛 政 党 で あ る共 産 党 に よる政 権 奪 取 で は な く、 「運 命 の改 善 だ け で な く社 会 生 活 の全 領 域 へ の参 与 を要 求 す る、 そ れ ま で 表 面 下 に 隠 れ て い た 階 級 ・国 民 ・人 種 の 登 場 」㈱で あ っ々 。 こ れ は20世 紀 後 半 の 非 西 欧 世 界 を襲 っ た広 範 な社 会 変 革 の波 で あ り、 人 間 の尊 厳 の担 い手 と して ふ さわ しい社 会 的 ・政 治 的 影 響 力 を要 求 す る民 衆 の 闘争 、社 会 生 活 へ の 責 任 あ る参 画 を求 め る抑 圧 され て きた大 衆 の 闘争 で あ っ た。 トマ ス は この よ うな 革 命 も神 の主 権 の 下 に あ り、購 い の御 業 の 内 にあ る と言 う。 そ れ 故 、 こ れ こ そ が そ の 中 で教 会 が 神 へ の応 答 を求 め られ て い る宣教 の コ ンテ ク ス ト な の で あ る㈲。 なぜ な ら、 神 は そ の 「背 後 と内 部 で」働 い て お られ る か らで あ る 今 日の社 会 革 命 の背 後 と内 部 に… … キ リス ト者 は信 仰 に よ って神 の

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義 な る御 手 を見 る 。 最悪 の 人 間状 況 の 中 に お い て さ え、 神 の創 造 と 順 い の御 意 志 は働 い てお り、信 仰 に よ って 把 握 され るの を待 ち、 神 とお 互 い に対 す る 責任 あ る 関係 の 中 へ 人 々 を導 こ う と され て い る⑳。   この よ うな内 在 論 的神 観 は これ以 後 さ らに考 え抜 か れ 、10年 後 ク ア ラル ン プ ー ル で 開催 され た東 ア ジ ア ・キ リス ト教 協 議 会(EACC>創 立 大 会(1959 年)が 採 択 した 公 式 文 書 「社 会 変 革 の 中 に お け る教 会 の証 し」 の 序 文     こ れ は トマ ス 自身 が 書 い た もの で あ る    で は次 の よ うに語 られ て い る。 キ リス トは現 代 ア ジ ア の革 命 の 中 で 働 い て お られ る。 新 しい創 造 力 を解 き放 ち 、偶 像 礼 拝 や 偽 りの神 々 を裁 き、御 自身 を受 け入 れ る か 拒 絶 す るか との 決 断 へ と諸 国 民 を導 き、信 仰 にお い て御 自 身 に応 答 す る 人 々 を、 そ の 王 権 の証 人 と して世 界 に送 り返 す た め に御 自分 の 下 に集 め て お られ る の で あ る。教 会 は 変化 して い く生 活 の 中 にキ リ ス トを見 極 め る だ け で な く、 キ リス トに応 答 し、 キ リス トの現 臨 と 主 権 を知 ら しめ る た め に、 こ の変 化 す る生 活 の 中 に あ らね ば な ら な い ㈱o こ れ は1948年 以 降 の トマ ス の 思 想 展 開 の ひ とつ の結 論 だ と言 え る だ ろ うが 、 こ こ に は1960年 代 にWCCで 激 しい 宣 教 論 争 を引 き起 こす こ と に な る 世 界 中 心 型 ミ ッシ オ ・デ イ思 想 の見 事 な先 取 りが 認 め られ る。 また 、 これ は以 後 の ア ジ アの エ キ ュ メ ニ カ ル な宣 教神 学 の基 盤 とな っ て い く考 え方 で もあ る。   こ れ 以 降 、 トマ ス の 関 心 は 「識 別 」(discemment)の 問 題 に 移 行 す る。 す な わ ち、 ア ジ ア にお け る社 会 革 命 の 中 に神 が 現 臨 し給 う とい う徴 を、 具 体 的 に どこ に 、 どの よ うに見 い だす か とい う問 題 で あ る。 ク ア ラ ル ンプ ー ル大 会 で 、 トマ ス 自 身 、 「も し我 々 の 神 学 的 ア プ ロ ー チ が正 しい な ら、 我 々 が 問 わ な けれ ば な ら ない の は 『ア ジ ア の 国民 運 動 に お い て 、 また そ れ を通 して神 は 何 を して お られ る の か』 とい う 問 い で あ る」勧と述 べ て い る が 、 こ の 問 い は トマ ス の思 想 形 成 にお け る新 しい段 階 の 開始 を告 げ てい る とい え よ う鰯。 さ

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らに、1970年 代 に登 場 し、C, S,ソ ンな ど に よっ て展 開 され る ア ジ ア の 文脈 化 神 学 も、 基 本 的 に は この トマ ス の提 起 した問 い に答 え よ う とす る神 学 的試 み と見 な す こ とが で き よ う。   そ して 、 ア ジ ア革命 に お け る神 の 臨在 の識 別 の た め に トマ ス が 導 入 したの が 、 デ ヴ ァナ ン ダ ンか ら受 け継 い だ 「新 しい創 造 」 な い し 「新 しい 人 間性 」 とい う概 念 で あ っ た。 こ の概 念 を考 察 す る前 に、 次 の節 で はデ ヴ ァナ ン ダ ン の 人 と思 想 を簡 単 に見 て み よ う。

4  ポ ー ル ・D・ デ ヴ ァナ ン ダ ンの 宣 教 思 想

  こ れ ま で1930年 代 末 か ら1950年 代 末 に 至 る トマ ス の 宣 教 思 想 の 展 開 を 段 階 を 追 っ て 検 討 し て き た が 、50年 代 に は トマ ス に と っ て極 め て 重 要 な 出 来 事 が あ っ た 。 彼 が 師 ま た 友 と 呼 ぶ よ う に な る ポ ー ル ・D・ デ ヴ ァ ナ ン ダ ン(Paul David  Devanandan,1901∼1962)と の 緊 密 な協 力 で あ る 。 こ の 協 力 関 係 は 年 下 の トマ ス に 深 い 知 的 痕 跡 を残 す こ と に な っ た 。 4.1  デ ヴ ァナ ン ダ ンの 略歴   南 イ ン ド教 会 の 牧 師 で あ った デ ヴ ァナ ン ダ ンは 、 タ ミル 人 牧 師 を父 と して マ ドラ ス に生 まれ た 。ハ イ デ ラバ ー ドの 大 学 で学 び、 さ らにマ ドラス 大 学 で 修 士 号 を取 得 。 若 い 頃 か ら、 ガ ンデ ィー の友 人 で もあ っ た著 名 な キ リス ト者 K.T.ポ ー ル の 影 響 下 に入 り、1924年 に は そ の個 人 秘 書 と して訪 米 す る。 以 後7年 間 米 国 に留 ま って 、 バ ー ク レー の 太 平 洋 神 学校 、 イ ェ ー ル大 学 で神 学 を学 ん だ 。 イ ェ ー ル で は 、後 に 「マ ー ヤ ー の概 念 』(1950年)㈱ と して 出 版 さ れ た ヒ ン ドゥー教 に 関す る博 士 論 文 を執 筆 して博 士 号 を取 得 。 帰 国後 、 バ ン ガ ロー ル の 合 同神 学 大 学 で17年 間 にわ た っ て哲 学 と宗 教 史 を教 え た(1932∼ 50年)。 デ ヴ ァナ ンダ ンの 弟 子 で あ る ス タ ン リ ・サ マ ル サ は 、 バ ル ト神 学 の 影 響 で 欧 米 の神 学 校 で宗 教 史 学 が軽 視 さ れ て い た 時期 に、 第2次 大 戦 をは さ む17年 間 に わた っ て デ ヴ ァナ ン ダ ンが これ を教 え 、宗 教 研 究 の必 要 性 を説 き 続 け た こ と は注 目に値 す る と指 摘 して い る㈲。

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  トマ ス と デ ヴ ァ ナ ン ダ ンの 協 力 関係 は1952年 に 始 ま っ た 。こ の 年 、イ ン ド ・ キ リス ト教 協 議 会 が 社 会 問 題 に 関 す る 委 員 会 を設 置 し、 デ ヴ ァ ナ ン ダ ン を議 長 、 トマ ス を書 記 に 任 じた の で あ る 。 トマ ス が ニ ュ ー ヨ ー ク の ユ ニ オ ン神 学 校 で 一 年 間 の 研 究 生 活 を 送 り(こ れ が 彼 が 神 学 校 で 学 ん だ 唯 一 の 機 会 で あ る)、 1954年 に 帰 国 した 後 、2人 の 協 力 は 一 層 緊 密 に な っ て い っ た 。 特 に 、 イ ン ド に お け る 宗 教 研 究 の 重 要 性 を確 信 して い た デ ヴ ァ ナ ン ダ ン が 、1957年 自 ら を 所 長 、トマ ス を 副 所 長 と して バ ン ガ ロ ー ル に 「キ リス ト教 宗 教 ・社 会 研 究 所 」

(Christian Institute for the Study of. Religion and Society,以 下CISRS)と い う機 関 を創 設 して か ら、1962年 に デ ヴ ァ ナ ン ダ ン が 心 臓 病 で 急 逝 す る ま で の5年 間 は 、2人 の 問 で 実 り多 い 密 接 な 共 同作 業 が 進 め られ た 。 サ マ ル サ は トマ ス を 「デ ヴ ァ ナ ン ダ ン の 精 神 に他 の 誰 よ り も親 し く接 した 人 物 」 と呼 ん で い る が ㈲、 こ の よ う な2人 の 共 同 の 下 で 、CISRSは イ ン ド社 会 に お け る キ リ ス ト教 宣 教 や 宗 教 問 対 話 を促 進 す る た め 、 宗 教 と社 会 に 関 す る 多 くの 書 物 を公 刊 した 働。 4.2  デ ヴ ァナ ン ダ ンの 思 想   トマ ス の思 想 を時代 を追 っ て見 て きた本 稿 の 性 格 か らす れ ば 、 デ ヴ ァナ ン ダ ンの思 想 も同様 の 扱 い をす べ きで あ ろ う。 しか し、 こ こで は彼 の 晩 年 の思 想 の特 徴 の幾 つ か を指 摘 す る に と どめ た い 。 トマス との共 同作 業 が そ の 最 晩 年 にお こな わ れ た 点 を考 え る と、 こ の時 期 の デ ヴ ァナ ン ダ ンの 思 想 を吟 味 す る こ とで 、本 稿 で の 目的 は果 た され る だ ろ う。 4'.2.1  キ リス ト者 の証 しの4つ の 特 徴   デ ヴ ァナ ン ダ ンの思 想 は宣 教 論 的性 格 が 濃 厚 で あ る。 イ ン ドとい う広 大 な 異教 世 界 に お い て キ リス トを証 しす る とは ど うい う こ とか とい う差 し迫 っ た 具 体 的 な問 い が彼 の思 索 の根 幹 にあ った か らで あ ろ う。 この 点 は 、変 動 す る ア ジ ア社 会 にお け る証 しの あ り方 を 問 い続 け た トマ ス の場 合 と共 通 で あ る。   デ ヴ ァナ ン ダ ン は キ リス ト者 の証 しに は4つ の 基 本 的特 徴 が あ る と考 え る個。 まず 第1は 、 そ れ が 宇 宙 的 プ ロセ ス だ とい う点 で あ る 。 コ ロサ イ の 信 徒 へ の手 紙1:16∼20に 拠 りなが ら、 彼 は次 の よ うに述 べ て い る

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キ リス トは初 め か ら、 私 た ちが 被 造 物 と呼 ぶ ものす べ て に順 い主 と して関 わ って お られ る。 万 物 が キ リス トの支 配下 に入 る と聖 書 的信 仰 の 語 る終 末 の 時 まで 、 そ うで あ る。神 の造 られ た 万 物 の この完 全 な 変 容 が 平 和 の 実 体 、す な わ ち 全 体 性(wholeness)な の で あ り、 こ れが 、 キ リス トに お い て この世 を御 自分 と和 解 させ よ う と して お ら れ る神 の働 きな の で あ る鋤。 す な わ ち、 デ ヴ ァナ ン ダ ンに よれ ば、 神 の創 造 行 為 は今 も継 続 して お り、 創 造 は万 物 を包 含 す る プ ロ セ ス で あ る。 究 極 的 に は被 造 世 界 の全 領 域 が キ リス トに お い て神 の 直接 的 支 配 の 下 に置 か れ る時 、 新 しい天 地 す なわ ち 「新 しい 創 造 」 が 実 現 す る。 人 間 の 蹟 い も この よ う な世 界 の全 的 な変 容 が あ って こ そ 真 に実 現 す る。 キ リス ト者 の 証 しとは この よ うな宇 宙 的 プ ロセ ス に根 拠 を持 ち 、 同 時 にそ れ を指 し示 す行 為 な ので あ る。   第2に 、 キ リス ト者 の 証 しは歴 史 的現 実 に関 わ っ て い る 。 キ リス ト教 的 歴 史 観 で は、 た と え歴 史 上 の個 々 の事 象 が 人 間 の 欲 望 や 野 望 に起 因 す る よ うに 見 え よ う と、 人類 の 歴 史 は な お も世 界 の購 い をめ ざす 神 の支 配 と働 きの 下 に あ る。 世俗 の 歴 史 は常 に神 の 救 済 の歴 史 と共 にあ るの で あ って 、 キ リス トの 受 肉 は 、 罪 と死 に支 配 され て い る か に見 え る人 類 史 の 内側 で起 こ っ た の で あ る。 宣 教 は こ の歴 史 的 現 実 と深 く関 わ る もの で あ る。   第3に 、 キ リス ト者 の 証 しは 人 間で は な く神 の 事 業 で あ る。 歴 史 的 にい っ て 、 宣 教 は復 活 したキ リス トが 弟 子 た ち に聖 霊 を与 え る こ とで 開 始 され た。 す な わ ち 、真 の 宣教 者 は神 で あ り、 宣 教 は本 質 的 に 「神 御 自身 の 宣 教 」 なの で あ る 。 教 会 の 宣教 は人 間 の手 で人 間 の た め に行 われ る 。 しか し、 そ れ は受 肉 した 主御 自身 の 宣教 の 延 長 上 にあ る の で あ る。   第4に 、 証 しは本 質 的 に神 御 自身 の事 業 で あ りなが ら も、真 実 の意 味 で 民 衆 の運 動 で もあ る。 た だ し、 そ の ダイ ナ ミズ ム は人 間 に依 拠 しな い。 聖 霊 の 賦 与 と弟 子 の 派 遣 の 問 に は密 接 な 関係 が あ り、 派 遣 され た の は キ リス トに全 面 的 に 依 存 す る信 徒 の 共 同 体 で あ っ た。 宣教 とは その よ うな信 仰 共 同体 の働 きな の で あ る。

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  以 上 か らわ か る よ う に、 デ ヴ ァナ ン ダ ンの 宣教 理 解 は、 トマ ス の 場 合 の よ うに 、極 め て 包 括 的 な瞭 罪論 の 上 に成 り立 っ て い る。 そ れ は ま た彼 の 歴 史 理 解 とい っ て よい で あ ろ う。 す な わ ち、彼 の 宣教 神 学 は歴 史神 学 で あ り、 この 神 学 的枠 組 み の 中 で 、彼 は イ ン ド社 会 の現 実 を理 解 しよ う と した の で あ る。   また 、 「神 の 宣 教 」 とい う概 念 の使 用 か ら、彼 の 宣 教 理 解 が 基 本 的 に ミ ッ シオ ・デ イ神 学 で あ る こ と も見 て取 れ る。 トマ ス とは異 な っ て職 業 神 学 者 で あ っ た彼 は、 ヴ ィ リン ゲ ン大 会 以 来 の1950年 代 の 宣教 論 争 に通 じて い た の で あ ろ う。 しか しな が ら 、宇 宙 論 的視 野 を持 っ た彼 の 宣教 理 解 は 、50年 代 の エ キ ュ メ ニ カル な ミ ッ シ オ ・デ イ神 学 を超 え て 、60年 代 の 世 界 中心 型 ミ ッ シ オ ・デ イ理 解 を指 向 す る もの で あ った 。 4.2.2  「キ リ ス トに お け る 新 しい 創 造 」   さ て 、 以 上 の よ う な 理 解 に基 づ い て 、 デ ヴ ァ ナ ン ダ ン は 宣 教 を次 の よ う に 定 義 し て い る 。 キ リス ト者 の 証 し とは 、世 界 史 の 運 命 を 自分 の好 む 目的へ 反 らそ う とす る人 間 の 試 み に よ って 生 み 出 さ れ た混 乱 や 無秩 序 に もか か わ ら ず 、世 界 史 にお け る 唯 一 の 決 定 要 因 と して 、 これ に意 義 と意 味 と を 賦 与 す る 、 キ リス トにお け る新 しい創 造 の 現 実 を証 しす る もの で あ る㈹。 こ こ で 、 宣 教 は 「キ リ ス トに お け る 新 しい 創 造 の 現 実 」 を証 しす る こ と と定 義 さ れ て い る 。 トマ ス に よれ ば 、 この 「新 しい 創 造 」 と い う概 念 は デ ヴ ァ ナ ン ダ ン の 思 想 に お い て 中 心 的 で あ り、 彼 に と っ て 福 音 と は イ エ ス ・キ リ ス ト に お け る 「新 しい 創 造 」 に 関 す る 良 き 知 らせ で あ っ た 。 トマ ス は ま た 、 デ ヴ ァ ナ ン ダ ンが パ ン デ ィ ペ ッ デ ィ ・チ ェ ンチ ア(Pandipeddi  Chenchiah,1886∼ ユ959)の 影 響 を 受 け て い る と も指 摘 して い る 。 チ ェ ン チ ア は 、 イ エ ス ・キ リ ス トを 創 造 の プ ロ セ ス に お け る 新 段 階 と し て の 「新 し い 創 造 」、 人 間 の 進 化 の 新 段 階 と し て の 「新 し い 人 」 と考 え 、 人 は 「キ リス ト教 ヨー ガ 」 に よ る こ

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れ との合 一 に よ って神 の 国 の命 に預 か る こ とが で きる と した イ ン ド人 神 学 者 で あ る㈲。   上 述 の通 り、 デ ヴ ァナ ン ダ ンに よれ ば 、創 造 とは宇 宙 的 プ ロ セス で あ って 、 古 い創 造 は未 だ 完 成 して い な い 。 歴 史 を通 して 、神 は そ の完 成 の ため に現 在 も働 き続 け て お られ る の で あ る。歴 史 の終 わ りで あ る終 末 に神 は全 被 造 物 を 完 全(whole)に し、 「新 しい 天 地」 へ と究 極 的 に変 容 させ る 。 これ が 「新 し い創 造 」 で あ っ て、 古 い創 造 の 究極 的 目標 で あ る。 しか し、 一 方 で 、 こ の終 末 論 的 現 実 は イエ ス ・キ リス トにお い て既 に現 実 とな っ て い る 。 キ リス トと は 、 そ こ にお い て神 が こ の世 を御 自分 に和 解 させ 、 ま た現在 も和 解 させ よ う と して お られ る新 しい 現 実 で あ り、 「新 しい 人 」 で あ る。 チ ェ ンチ ア の場 合 、 人 は キ リス ト教 ヨー ガ に よる合 一 を通 して そ れ に預 か れ る とさ れ た が 、 デ ヴ ァナ ン ダ ンは 回心 の 重 要 性 を強 調 す る。 た だ し、 回心 と は他 宗 教 か らキ リス ト教 へ の 単 な る改 宗 で は な く、 新 し く生 まれ 変 わ る こ とで あ る。 す な わ ち、 キ リス トの招 きへ の応 答 と献 身 を通 じて 、 人 間 は 「今 、 こ こで 」 新 しい創 造 とな り、神 の 創 造 の御 業 に参 与 で きる者 とな る の で あ る。新 しい創 造 と は、 終 末 的 現 実 で あ りなが ら も、 この よ う に キ リス トにお い て歴 史 の 中で 世 界 を 変 革 して い く原 理 で もあ る㈲。   そ れ故 に、 新 しい創 造 は 「世 界 史 に お い て 、 これ に意 義 と意味 を賦 与 しう る唯 一 の 決 定 的 要 因」 な の で あ る。教 会 は応 答 と献 身 を通 して この 終 末 論 的 リア リテ ィに参 与 す る人 々 の 共 同 体 で あ り、 世俗 ・宗教 の両 者 を含 む今 日の 諸 問 題 の ただ 中 にお い て 、 この ダ イ ナ ミ ック な神 的 リア リテ ィ を証 言 す る よ うに と招 か れ て い る の で あ る 。 4.2.3  「新 しい創 造 」 と しての ヒン ドゥー ・ル ネサ ンス   か つ て ヒ ン ド ゥー教 研 究 に よ って学 位 を取 得 したデ ヴ ァナ ン ダ ンに とっ て、 近 代 イ ン ドの 宗 教 情 勢 は常 に 関 心 の 的 で あ っ た。 欧米 で 近代 化 や 世俗 化 の 進 行 に よ る ア ジ ア の伝 統 宗 教 の死 滅 が預 言 され て い た 時期 に、彼 の燗 眼 は近代 精 神 の 影 響 で む しろ活 性 化 した伝 統宗 教 の復 興 運動 に注 が れ た。 そ して 、 ラ ム ・モ ハ ン ・ロ イ か ら ガ ンデ ィー や ネル ー に至 る近 代 ヒ ン ドゥー教 改 革 運 動

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の展 開 に関 す る多 くの研 究 を残 した。 こ の よ う な改 革 運動 は 、 近 代 とい う新 時代 の 要 請 に応 じて伝 統 的 な神 理 解 や 世界 理 解 を新 た に定 義 しな お うそ う と す る伝 統 宗教 の 側 の運 動 で あ っ た が 、 デ ヴ ァナ ンダ ンは、 そ の よ うな覚 醒 し た ヒ ン ドゥー教 とい う コ ンテ クス トの 中 で キ リス ト教 会 が 語 る べ き福 音 は何 か を問 い 続 け た の で あ る。   デ ヴ ァナ ン ダ ンの 独 自性 は 、 「キ リス トに お け る新 しい創 造 」 を具 体 的 な 歴 史 的現 象 と して の伝 統 宗 教 の復 興 運 動 の 中 に見 極 め よ う と した こ とで あ ろ う。彼 は次 の よ う な問 い を提 起 す る キ リス ト教 信 仰 は そ の よ う な[伝 統 宗 教 の]再 生 の 中 に 、 他 宗 教 の 人 々や 無 宗 教 の 人 々 を、今 日の人 間 世 界 を扱 う神 の や り方 に つ い て の 新 しい 理 解 へ と導 く神 の 霊 の内 的 な働 きを見 分 け る こ とが で き る だ ろ うか 。 も しす べ て の 「新 しい創 造 」 が た だ神 に の み 由 来 す るの で あ れ ば、 人 々 の 考 え や 生 活 にお け る他 の 宗 教 の 「新 しい 」 局 面 は 他 の ど こか ら生 じ得 よ うか㈹。 デ ヴ ァナ ン ダ ンは この 問 い に 自 ら答 え て 、 や や躊 躇 気 味 に で は あ るが 、 「[他 宗 教 に お け る]人 間の 霊 の この よ うな深 く内 的 な掩 絆 が 、聖 霊 の創 造 的 な活 動 に対 す る応 答 で あ る こ とを、 キ リス ト者 が 否 定 す る の は 困難 で あ ろ う」 と 書 い て い る㈱。そ して 、キ リス ト者 の証 し とは、他 宗 教 あ る い は無 宗教 の 人 々 との対 話 を通 して 、 そ の 「新 し さ」 に秘 め られ た真 の意 味 を指 し示 して い く こ とな の だ と考 え たの で あ る。 ロ ビン ・ボ イ ドは 、 この よ う な デ ヴ ァナ ン ダ ンの ア プ ロー チ の 中 にあ る原 則 を次 の よ うに要 約 して い る 。 キ リス トは、 聖 霊 を通 して 、教 会 の 内 部 だ け で な く、 そ の 外 部 で も 働 い て お られ る。 キ リス トは ヒ ン ドゥー教 の改 革 に お い て 、 す な わ ち伝 統 的 正 統 主 義 の 欠 陥 お よ び新 しい神 理 解 と世 界 理解 の 必 要 を明 らか にす る そ の あ らゆ る近 代 的展 開 にお い て 、働 い て お られ る㈲。

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 前 節 の 末尾 でEACCク ア ラル ンプ ー ル 大 会 公 式 文 書 「社 会 変 革 の 中 に お け る教 会 の証 し」 の 一 節 を 引用 したが 、 そ こ に表 現 され て い た トマ ス の思 想 と こ の デ ヴ ァナ ン ダ ンの ア プ ロ ーチ とは 、神 と世 界 との 関 係 に つ い て基 本 的 に 同一 の 認 識 を示 して い る 。 す な わ ち、 内在 論 的神 観 で あ り、 世 界 中心 型 ミ ッ シ オ ・デ イ思 想 で あ る。

5  トマ ス に対 す る デ ヴ ァナ ン ダ ンの影 響

  1962年 の デ ヴ ァナ ン ダ ンの死 に よ り、10年 に及 ぶ彼 と トマ ス の連 携 は終 わ りを告 げ た。 しか し、彼 の思 想 は 、 以後 の トマ ス の考 え方 に大 き な痕 跡 を残 す こ とに な っ た 。 ま た、 デ ヴ ァナ ン ダ ン没 後 の トマ ス はエ キ ュ メ ニ ス トと し て の 円 熟 期 を迎 え、 エ キ ュ メ ニ カル運 動 の指 導 者 と して神 学 者 と して多 くの 成 果 を上 げ て い っ た。 こ の 円熟 期 の トマ ス の 思想 は別 の機 会 に ゆず り、 本 稿 で は最 後 に、 前 節 で見 た よ うな デ ヴ ァナ ン ダ ンの思想 が トマ ス に どの よ うな 影 響 を与 え た か を検 討 したい 。 5.1  近 代 社 会 にお け る宗 教 の意 義   まず 、 宗教 に対 す る トマ ス の 認 識 の変 化 が 指 摘 で きる。 青 年 時 代 か ら トマ ス の 関 心 は主 に社 会 や 政 治 に向 け られ て お り、宗 教 に は あ ま り興 味 を持 た な か っ た 。 イ ン ドの キ リス ト教 神 学 者 と して は例 外 的 と思 わ れ るが 、 出 身地 ケ ラ ラの 人 々 の 政 治 意 識 の 高 さ、 マ ル クス 主 義 の影 響 な どの 理 由が 考 え られ る。   デ ヴ ァナ ン ダ ン との仕 事 は 、 そ ん な トマ ス に イ ン ド社 会 にお け る宗教 の重 要1生 を教 え る こ とに な っ た。 後 年 、 「当初 、私 は 宗教 研 究 を過 度 に強 調 す る と社 会 の研 究 をお ろ そ か にす る こ とに な らな い か との疑 念 を持 って い た」 と 自 ら書 い て い る よ う に㈲、 トマ ス は デ ヴ ァナ ン ダ ンが 宗 教 を重 視 す る こ とに 最 初 は 疑 問す ら抱 い た。 しか し、次 第 に、彼 も宗 教 の 重 要 さ を悟 る よ うに な る。 次 の言 葉 に こ の 間 の 事 情 が うかが え る。 しか し、 彼[デ ヴ ァ ナ ン ダ ン]と の 同 志 づ き あ い の 中 で 、 私 は イ ン

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ドの 社 会 問 題 の ヒ ン ド ゥー 的 ・宗 教 的 次 元 を 新 しい 形 で 自 覚 し、 新 し い 社 会 の た め の 共 通 の 闘 い と い う コ ン テ ク ス トに お い て 、 キ リス ト教 と再 生 宗 教 、 特 に ネ オ ・ヒ ン ド ゥー 教 と の 間 の 対 話 に 関 わ る よ う に な っ た ㈲。   トマ ス の 宗 教 理 解 に こ こ で 立 ち 入 る余 裕 は な い 。 しか し、 デ ヴ ァ ナ ン ダ ン の 死 の7年 後 に 公 刊 さ れ た 大 著 『イ ン ド ・ル ネ サ ン ス の 承 認 さ れ た キ リ ス ト』(1969年)㈹ に お い て 、 トマ ス は 、 ラ ム ・モ ハ ン ・'ロイ 、 ヴ ィ ヴ ェ カ ナ ン ダ か ら ガ ン デ ィ ー に至 る ヒ ン ドゥ ー ・ル ネ サ ン ス の代 表 者 た ち に 関 す る 詳 細 な 研 究 を 行 っ て い る こ と を指 摘 して お き た い 。 ま さ に デ ヴ ァ ナ ン ダ ン の 遺 志 を 継 い だ研 究 で あ り、 トマ ス が 彼 か ら学 ん だ もの を 雄 弁 に物 語 っ て い る と言 え よ う 。 5.2  「キ リス トに お け る新 しい創 造 」 ま た は 「新 しい 人 間 性 」   「新 しい創 造 」 とい う概 念 は 、 トマ ス に とっ て必 ず し も新 しい もの で は な い。 この こ とは 、1939年 の論 文 に彼 が 「キ リス ト教 とは 新 しい宗 教 体 系 で も 新 しい 共 同体 で もない … … そ れ は本 質 的 また根 本 的 に、 古 い組 織 や 古 い 国 民 の 中 に キ リス トお よ び キ リス トの 生 を実 現 す る新 しい霊 を伴 っ た新 しい創 造 で あ る」 と書 い て い る こ とか ら も うか が え る㈲。 こ こ にチ ェ ンチ ア な ど の 影 響 が 何 らかの 形 で あ っ たか ど うか に関 して は検 討 が必 要 で あ ろ う。 いず れ に せ よ、彼 の 思想 形 成 第2期 に な る と、 この概 念 は トマ ス の 語 彙 か らは消 えて い た。 そ れが デ ヴ ァナ ン ダ ンの 影 響 下 で 再 浮 上 し、 以後 、 トマ ス の 思 想 に と っ て も 中心 的 な概 念 と な っ てい っ た。   け れ ど も、 トマ ス は こ れ を デ ヴ ァナ ンダ ンか ら機 械 的 に受容 したの で は な い。 逆 に、 既 に検 討 した彼 自身 の ベ ル ジ ャー エ フ的 人格 主 義 に従 っ て独 自の 解 釈 を ほ どこ した 。   第1に 、 トマ ス は 「キ リス トに お け る新 しい創 造 」 を、 堕 落 に よ っ て失 わ れ る以 前 の 、 本 来 的 な人 格 性 を回復 した 人 間性 が 新 た に我 々 に提 供 され る こ とで あ る と考 え た。 そ して、 「人 は 瞑想 や努 力 に よっ てで は な く、 キ リス ト

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に お け る神 の新 しい創 造 の 賜 物 を 『謙 虚 に認 め る こ と』 に よっ て人 格 と共 同 体 へ と生 まれ変 わ る」 と考 え た㈹。 デ ヴ ァ ナ ン ダ ンは 「新 しい創 造 」 を 「新 しい 人 間性 」(New  Humanity)と 言 い換 え る こ とが あ った が 、 トマ ス で は 、 新 しい 創 造 を本 来 の 人 間性 の 回復 とみ なす た め 、 後 者 の 「新 しい人 間性 」 と い う表 現 の方 が よ り頻 繁 に用 い られ て い る。 そ して 、 人 格 性 の 回復 とは 、す な わ ち神 と人 の 共 同体 性 の 回復 で あ り、 現 実 の人 間社 会 に存 在 す るあ らゆ る 敵 意 や分 裂 を超 克 した 人 間 同士 の 共 同体 性 の 回復 で あ る と され る。 「キ リス トに お け る新 しい 人 間性 」 と トマ ス が い う時 、 「新 しい 人」 で あ る キ リス ト に お い て、 この よ う に更 新 され た神 と人 の 関係 お よ び人 と人 との 関係 、換 言 す れ ば 、 「完 全 な 人 間性 」 が 我 々 に提 供 され て い る とい う意 味 で あ る。   第2に 、 トマ ス は デ ヴ ァナ ン ダ ンに 従 っ て、 「新 しい創 造 」 は 宇 宙 的 性 格 を持 ち、 そ れ ゆ え、 決 して教 会 内 に 限定 され た もの で は な く、 む しろ教 会 の 外 の領 域 に も及 ぶ もの で あ る と考 え た。 トマ ス 自身 が以 前 か ら包 括 的救 済 論 を主 張 して い た の だか ら不 思議 は な い。 す な わ ち 、 キ リス トにお い て この 世 を御 自分 に和 解 させ 給 う神 は 、教 会 内外 の あ らゆ る社 会 的 関係 を変 革 し、万 人 に共 通 の 人 間性 に立 脚 した新 しい社 会 観 や 新 しい社 会 的現 実 を出現 させ つ つ あ る とす る 。 そ して 、 ア ジ ア の 革命 的 状 況 の 中 で生 まれつ つ あ る人 間 の尊 厳 や 自 由 に対 す る覚 醒 は 、 現代 史 の直 中 で 働 い て お られ る神 の 臨 在 を信 仰 に よ って 識 別 す る 際 の鍵 と な りう る と考 え る。 こ う して トマ ス は 、 「変 革 され た 個 人生 活 の 中 だ け で な く、社 会 ・文 化 ・宗 教 の構 造 を更 新 し、 人 間 の尊 厳 と運 命 の名 にお い て 天 地 を変 革 しよ う とす る 人 間の 闘 い と 目的 の 中 に、 キ リ ス トにお け る神 の 新 しい 創 造 の 徴 」㈱を信 仰 に よ っ て 見 極 め よ う と した の で あ っ た。   第3に 、 トマ ス は、 キ リス トに お け る人 間性 の 回復 とは 、 共 同体 性 ば か り で な く、 人 格 の本 質 で あ る人 間 の 自由 と創 造 性 の 回復 で もあ る と考 え た 。 す な わ ち 、 罪 か らPわ れ て本 来 の 姿 を回復 した人 間 は、 神 の似 姿 と して の 自由 で創 造 的 な存 在 と して 、神 の パ ー トナ ー と しての 地位 を取 り戻 す の で あ る。 言 い か えれ ば 、 歴 史 を通 して全 宇宙 の全 体 性 の 回復 をめ ざす神 の新 しい創 造 の業 に参 与 す る 、 自由 で 創 造 的 な神 の代 理 者 と して の 姿 を、 キ リス トに お い

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て 回復 す る の で あ る。 トマ ス は次 の よ う に言 う 人 間 は創 造 の プ ロセ ス に参 与 し協 力 す る よ うに招 か れ て い る。 も ち ろ ん、神 と人 の平 等 に基 づ い て で は ない 。 神 は無 限 な 自 由 で あ り、 人 間 の 自由 は有 限 だ か らで あ る。 に もか か わ らず 、 人 間 の 自由 な創 造 性 、つ ま り新 しい生 活 秩 序 や 生 の価 値 、 換 言 す れ ば新 しい文 明 を 創 造 す る 能 力 は人 間性 の本 質 的 な部 分 と見 な さな け れ ば な らな い餌。 す な わ ち、 歴 史 にお け る神 の 贈 いの御 業 へ の 参 与 の根 拠 かつ 源 泉 で あ る人 間 の創 造 的 自由 が 、 キ リス トにお い て 回復 され る と考 え るの で あ る 。   以 上 の よ う に解 釈 され た チ ェ ンチ ア 以 来 の 「新 しい創 造 」 の 概 念 は 、 トマ ス に と って 、歴 史 の 中 に働 き給 う神 の 臨在 を識 別 す る た め の キ ー概 念 とな っ た。 デ ヴ ァナ ン ダ ンは伝 統 宗 教 の再 生 や改 革 運 動 の 中 に神 の新 しい創 造 の御 業 が見 出せ ない か と問 い か け 、 自 ら肯 定 的 に答 え た。 と ころが 、彼 に は まだ 躊 躇 が あ り、仮 説 の域 を 出 て い ない か の よ うで あ った。 これ に対 し、 トマ ス は肯 定 的 答 え を確 信 して い た。 そ して 、 人 間 の 尊 厳 と 自 由の 拡 張 をめ ざ して 伝 統 的 な杜 会 ・文 化 ・宗 教 を構 造 的 に変 革 しよ う とす る 運動 、 す な わ ち 「よ り完 全 な人 間性 」 を実 現 しよ う とす る ア ジ ア民 衆 の広 範 な闘 い の 中 に 、 「新 しい人 間性 」 の 成就 に向 け て働 き給 う神 の臨 在 を見 出 そ う と した 。 そ して 、 イエ ス ・キ リス トにお い て、 神 は 「よ り完 全 な 人 間性 」 の た め の 闘 い に参 与 す る よ うに我 々 を招 い て お られ る と考 え たの で あ る。   た だ し、 トマ ス は依 然 と して 人 間 の 運 命 の 悲 劇 性 を確 信 して お り、 ユ ー ト ピァ主 義 には 批 判 的で あ った 。 そ の た め 、 人 間 の 尊 厳 や 自由 の 拡 張 を神 の 臨 在 の 「徴 」 で は な く、 そ の確 実 な証 拠 と考 え た り、民 衆 の 闘 い の 目標 とさ れ た特 定 の社 会 シ ス テ ム を 「新 しい 創 造 」 と同一 視 した りす る こ と は、 注 意 深 く避 け た。 こ れ らの歴 史 的現 象 は、 あ くまで も神 の 臨在 を指 し示 す 「新 しい 創 造 の徴 」、 完 全 な 人 間 性 を約 束 す る神 の 「約 束 の徴 」 にす ぎ な い と考 え た の で あ る。 こ の よ うな慎 重 さが 、 トマ ス の思 想 に ダイ ナ ミズ ム と柔 軟 性 を賦 与 して い る よ う に思 わ れ る。

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