乳母子伊賀平内左衛門家長 : 理想化された知盛の
死
著者
辻本 恭子
雑誌名
日本文藝研究
巻
56
号
4
ページ
69-87
発行年
2005-03-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/10204
乳
母
子
伊
賀
平
内
左
衛
門
家
長
│
│
理
想
化
さ
れ
た
知
盛
の
死
│
│
辻
本
恭
子
は
じ
め
に
壇 ノ 浦 合 戦 で 平 家 は 義 経 率 い る 源 氏 軍 に 大 敗 し 、 や が て 源 氏 の 世 が 幕 を 開 け る こ と に な っ た 。 こ の 海 戦 で は 多 く の 平 家 の 武 将 が 討 死 あ る い は 入 死 水 し て い て 、 そ の 中 に は 清 盛 の 四 男 平 知 盛 の 姿 も あ っ た 。 清 盛 亡 き 後 、 兄 で あ る 宗 盛 と 共 に 一 門 を 率 い た 武 将 は 、 最 期 に め の と 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 と 鎧 二 領 を 着 て 手 を 取 組 み 、 海 中 に 沈 ん だ と 物 語 は 伝 え る 。 と こ ろ が 、 こ の 場 面 で 家 長 を ﹁ 知 盛 の め の と 子 ﹂ と す る の は 主 に 覚 一 本 、 そ し て そ れ 以 降 の 本 で あ り 、 他 本 の 多 く は そ の よ う に は 書 い て い な い 。 後 世 に も っ と も 享 受 さ れ た と い え る 覚 一 本 の 影 響 で あ ろ う か 、 こ の 伊 賀 家 長 な る 人 物 は 一 般 に 平 知 盛 の 乳 母 子 で あ る と 認 識 さ れ て き た 。 し か し 、 諸 本 を 読 み 合 わ せ て 考 え る と 、 こ の 人 物 は 知 盛 配 下 の 武 士 で は あ っ て も 乳 母 子 で は あ り え な い の で は な い か と 思 わ れ る 。 本 稿 で は 、 こ の 人 物 を ﹁ 平 知 盛 の め の と 子 ﹂ と す る 点 に 、 覚 一 本 に よ る 知 盛 の 死 の 理 想 化 を 考 え た い 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 六 九一
、
平
家
諸
本
に
描
か
れ
た
家
長
物 語 に お い て 、 諸 本 共 通 し て 家 長 が 登 場 す る の は 壇 ノ 浦 合 戦 の 知 盛 入 水 死 の 場 面 で あ り 、 ま た 、 室 山 合 戦 の 場 面 に も 多 く の 本 に 家 長 が 描 か れ る 。 こ の 他 、 本 に よ っ て は 一 の 谷 合 戦 後 の 知 盛 の 述 懐 中 や 、 敦 盛 の 遺 体 返 還 の 記 事 中 に 家 長 の 名 が 出 る が 、 諸 本 に よ る 記 事 の 有 無 、 あ る い は 人 名 の 異 同 が あ る の で 、 は じ め に 壇 ノ 浦 と 室 山 の 記 事 を 確 認 し 、 続 い て そ の 他 の 場 面 を 把 握 し て お き た い 。 A 、 壇 ノ 浦 合 戦 知 盛 入 水 戦 の 頷末 を 見 届 け た 知 盛 が ﹁ 見 る べ き 程 の 事 は 見 つ ﹂ と 入 水 を 決 意 し た 場 面 で 、 知 盛 の 側 近 く に 控 え 共 に 海 中 に 沈 む 武 士 と し て 、 諸 本 に 共 通 し て ﹁ 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 ﹂ が 登 場 す る 。 覚 一 本 は こ の 人 物 を ﹁ 知 盛 の め の と 子 ﹂ と 書 く 。 こ こ に そ の 本 文 を 挙 げ 、 該 当 す る 諸 本 の 記 事 を 分 け て お く 。 新 中 納 言 ﹁ 見 る べ き 程 の 事 は 見 つ 。 い ま は 自 害 せ ん ﹂ と て 、 め の と 子 の 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 を め し て ﹁ い か に 、 約 束 は た が う ま じ き か ﹂ と の 給 へ ば ﹁ 子 細 に や 及 候 ﹂ と 中 納 言 に 鎧 二 領 き せ 奉 り 、 我 身 も 鎧 二 領 き て 、 手 を と り く で 海 へ ぞ 入 に け る 。 ︵ 覚 一 本 巻 第 十 一 内 侍 所 都 入 ︶ こ の 場 面 で 、 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 を ﹁ め の と 子 ﹂ ︵ 乳 母 子 、 乳 人 子 ︶ と す る の は 、 他 に 長 門 本 、 南 都 本 、 城 方 本 、 米 沢 本 、 流 布 本 な ど で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 延 慶 本 、 盛 衰 記 盧、 四 部 本 、 屋 代 本 、 百 二 十 句 本 、 鎌 倉 本 な ど に は め の と 子 と い う 言 葉 が な い 。 延 慶 本 で は ﹁ 中 納 言 ノ 御 命 ニ モ 替 奉 ム ト 云 契 シ 侍 五 六 人 ﹂ の う ち の 一 人 と し て 描 か れ る が 、 乳 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 〇母 子 と は 書 か れ な い 。 ま た 、 め の と 子 と 書 く 本 も 、 こ こ 以 外 の 箇 所 で は 家 長 に ﹁ 知 盛 の め の と 子 ﹂ と い う 表 記 は な い 。 B 、 室 山 合 戦 物 語 で は 法 住 寺 合 戦 よ り も 前 の こ と と さ れ 、 義 仲 を 避 け て 西 に 向 か っ た 行 家 が 、 義 仲 の 勘 気 を 和 ら げ る た め か 、 平 家 が 布 陣 す る 室 山 に 向 か っ て 戦 を し た と す る 。 平 家 は 陣 を 五 手 に 分 け て 行 家 ら を 陣 の 奥 へ と お び き 寄 せ 、 取 り 籠 め て 戦 っ た 。 戦 は 行 家 軍 の 敗 北 に 終 わ り 、 行 家 は 死 地 を 逃 れ て 逃 走 し た と い う 。 こ の と き の 平 家 軍 の 布 陣 に つ い て 、 覚 一 本 は 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 が 二 陣 を 二 千 余 騎 で 固 め た と し 、 延 慶 本 、 長 門 本 、 盛 衰 記 、 南 都 本 で は 、 家 長 は 四 陣 の 大 将 に な っ て い る 。 鎌 倉 本 は 二 陣 に ﹁ 家 永 ﹂ の 名 が あ る 。 こ こ で 鎌 倉 本 は 知 盛 を ﹁ 朝 盛 ﹂ と 表 記 し て い る こ と な ど か ら 、 家 永 は 他 本 で い う ﹁ 家 長 ﹂ で あ る と 考 え る 。 源 平 闘 諍 録 は 室 山 合 戦 の 五 陣 の 内 に 家 長 の 名 は 記 さ れ ず 、 屋 代 本 、 城 方 本 、 鍋 島 文 庫 本 な ど は 五 陣 の 大 将 を 記 さ な い 。 C 、 殿 上 の 闇 討 ち の 際 、 庭 に 伺 候 し て い た 忠 盛 の 郎 等 忠 盛 が 昇 殿 を 許 さ れ た こ と を 快 く 思 わ ず 、 こ れ を 討 と う と す る 策 略 が め ぐ ら さ れ る が 、 忠 盛 自 身 と 郎 党 家 貞 の 機 転 に よ っ て 難 を 免 れ る 場 面 で あ る 。 覚 一 本 を 含 め 、 多 く の 本 で は 、 こ の と き 庭 に 控 え て い た 郎 党 を 家 貞 一 人 と す る が 、 読 み 本 は 二 人 の 郎 党 が 控 え て い た と 書 く 。 延 慶 本 は 家 貞 と ﹁ 弟 薩 摩 平 六 家 長 ﹂ 、 長 門 本 は 家 貞 と ﹁ 舎 弟 薩 摩 の 平 六 家 房 ﹂ 、 盛 衰 記 は 家 貞 と ﹁ 子 息 平 六 家 長 ﹂ と す る 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 一
D 、 一 の 谷 合 戦 後 の 知 盛 述 懐 一 の 谷 の 合 戦 で 、 子 息 知 章 の 犠 牲 の 上 に 辛 く も 命 を 長 ら え た 知 盛 が 、 兄 宗 盛 の 前 で 述 懐 す る 場 面 に 、 読 み 本 は 家 長 の 名 を 記 す 。 延 慶 本 で は 、 知 盛 は ﹁ 家 長 モ ヨ モ 生 候 ワ ジ ﹂ と 述 べ 、 続 く 文 中 に 家 長 と い う 人 物 の 説 明 が ﹁ 伊 賀 ノ 平 内 左 衛 門 、 是 ハ 新 中 納 言 ノ 一 二 ノ 者 ナ リ ケ レ バ 、 命 ニ モ カ ワ リ 、 一 所 ニ テ 何 ニ モ 成 ム ト 、 契 深 カ リ ケ ル 者 共 也 ﹂ と 書 か れ る 。 長 門 本 も 同 様 に ﹁ 家 長 も よ も い き 候 は じ ﹂ ﹁ 家 長 は 伊 賀 平 内 左 衛 門 也 、 是 は 新 中 納 言 の 近 習 な り 、 命 に も か は り 一 所 に て い か に も な ら ん と 、 契 ふ か か り し も の な り ﹂ と し 、 盛 衰 記 は ﹁ 家 長 、 有 国 ナ ド モ ヨ モ 生 侍 ラ ジ ﹂ ﹁ 家 長 ト ハ 伊 賀 平 内 、 左 衛 門 有 国 ト ハ 武 蔵 三 郎 左 衛 門 也 。 此 等 ハ 新 中 納 言 ノ 一 二 ノ 者 ニ テ 、 命 ニ モ 替 、 一 所 ニ テ 如 何 ニ モ ナ ラ ン ト 契 深 カ リ ケ レ バ 、 中 納 言 モ 子 息 ノ 武 蔵 守 ト 同 惜 ミ 給 ケ ル 侍 共 也 ﹂ と す る 。 E 、 一 の 谷 合 戦 後 の 敦 盛 遺 体 返 還 同 じ く 一 の 谷 合 戦 後 の 描 写 に 、 読 み 本 で は 、 語 り 本 に は な い 敦 盛 の 遺 体 返 還 の 記 述 が あ る 。 敦 盛 を 討 っ た 熊 谷 直 実 が 平 家 の 陣 に 近 づ き 、 書 状 の 遣 り 取 り の 後 、 敦 盛 の 遺 体 と 遺 品 を 返 す と い う も の で あ る 。 源 氏 の 陣 か ら 小 舟 が 近 づ き 、 平 家 軍 が 何 事 か と 慌 て る 中 、 知 盛 は 使 者 を 遣 っ て 事 の 次 第 を 確 認 し よ う と す る 。 延 慶 本 で は そ の 様 子 を ﹁ 新 中 納 言 、 家 長 ヲ 召 テ 、 ア レ ホ ド ノ 小 舟 ニ 如 何 ナ ル 樊 会 張 良 ガ 乗 タ リ ト モ 何 事 カ 可 有 。 家 長 見 テ 参 レ 、 ト 宣 ヘ バ 、 家 長 、 郎 等 二 人 ニ 腹 巻 キ セ テ 、 吾 身 ハ 木 蘭 地 ニ 色 々 ノ 糸 ニ テ 、 師 子 ニ ボ ウ タ ム ヌ イ タ ル ヒ タ ヽ レ ニ 、 ワ キ ニ 小 具 足 計 ニ テ 、 ハ シ 舟 ニ 乗 テ コ ギ 向 タ リ ﹂ と 書 く 。 長 門 本 は ﹁ 新 中 納 言 の た ま ひ け る は 、 い か な る 樊 靠張 良 が 乗 た り と も 、 か 程 の 小 船 に 何 事 の あ る べ き ぞ 、 平 内 左 衛 門 は な き か 、 行 向 ひ て 事 の 仔 細 尋 ね よ か し 、 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 仲 は 、 木 蘭 地 に 色 々 の 糸 を も て 、 獅 子 に 牡 丹 を ぬ ひ た る ひ た ゝ れ 、 こ し あ て 小 具 足 ば か り に て 、 郎 等 二 人 に 腹 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 二
巻 さ せ 、 は し 船 に と り 乗 り 、 熊 谷 が 使 の 船 に お し む か ひ て 、 事 の 様 を 尋 ね け る ﹂ と し 、 延 慶 本 で の ﹁ 家 長 ﹂ が ﹁ 家 仲 ﹂ に な っ て い る 。 し か し 、 ど ち ら も ﹁ い へ な か ﹂ で あ り 、 先 の B の 場 合 と 同 様 、 ま た 平 家 物 語 に お い て は ﹁ 伊 賀 平 内 左 衛 門 ﹂ は ﹁ 家 長 ﹂ 以 外 に い な い こ と か ら 、 こ の ﹁ 家 仲 ﹂ は ﹁ 家 長 ﹂ と 考 え て も 良 い で あ ろ う 。 盛 衰 記 は こ の 場 面 を 簡 略 化 し 、 鍋 島 文 庫 本 も 書 状 以 外 を か な り 省 略 し て い る が 、 平 家 の 陣 か ら の 使 者 を 迎 え た 熊 谷 が 託 し た 書 状 を 確 認 し て お く 。 末 尾 を 見 る と 、 延 慶 本 ﹁ 進 上 平 内 左 衛 門 尉 殿 ヘ ﹂ 、 長 門 本 ﹁ 進 上 平 内 左 衛 門 尉 殿 ﹂ 、 盛 衰 記 ﹁ 進 上 平 左 衛 門 尉 殿 ﹂ 、 鍋 島 本 ﹁ 進 上 伊 賀 平 内 左 衛 門 殿 ﹂ と な っ て い る 。 こ の 書 状 に 対 し て 敦 盛 の 父 で あ る 経 盛 が 返 書 を 遣 わ す が 、 そ の 末 尾 は 延 慶 本 ﹁ 左 衛 門 尉 平 奉 家 長 熊 谷 二 郎 殿 ノ 御 返 事 ﹂ 、 盛 衰 記 ﹁ 左 衛 門 尉 平 公 朝 熊 谷 次 郎 殿 御 返 事 ﹂ で あ り 、 長 門 本 と 鍋 島 本 は 経 盛 か ら 熊 谷 へ と す る 。 盛 衰 記 の 仲 介 者 ﹁ 平 公 朝 ﹂ に つ い て は 後 述 す る 。 F 、 一 の 谷 合 戦 の 死 者 一 の 谷 の 合 戦 で は 、 平 家 軍 に 多 数 の 死 者 が 出 た 。 そ れ ら 敗 者 の 首 は 都 で 獄 門 に 懸 け ら れ た と 物 語 は 記 す 。 延 慶 本 、 長 門 本 は 一 の 谷 で 戦 死 し た 侍 と し て 、 越 中 前 司 盛 俊 、 筑 前 守 家 貞 の 名 を 挙 げ 、 都 で 渡 さ れ た 首 の う ち 、 侍 の 首 は 、 越 中 前 司 盛 俊 の 首 な ど と す る 。 盛 衰 記 で は 一 の 谷 の 死 者 に 、 越 中 前 司 盛 俊 と 共 に ﹁ 伊 賀 平 内 左 衛 門 尉 家 長 、 武 蔵 三 郎 左 衛 門 有 国 已 下 、 京 都 辺 土 ノ 輩 、 四 国 西 国 ノ 者 共 ﹂ を 書 く が 、 都 で 晒 さ れ た 首 の 名 は ﹁ 盛 俊 、 家 貞 、 侍 此 人 々 の 頸 也 ﹂ と あ っ て ﹁ 家 長 ﹂ の 名 が 消 え 、 延 慶 本 、 長 門 本 の 一 の 谷 戦 死 者 に 名 前 の あ っ た ﹁ 家 貞 ﹂ に な っ て い る 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 三
G 、 壇 ノ 浦 合 戦 前 、 武 士 ら を 鼓 舞 壇 ノ 浦 合 戦 を 前 に 知 盛 が 武 士 ら を 鼓 舞 す る と 、 こ れ を う け て 侍 ら が 、 陸 戦 に 比 べ て 海 戦 は 自 軍 が 有 利 で あ る こ と や 、 敵 の 大 将 義 経 の 風 体 な ど を 言 い 合 う 。 こ こ で 延 慶 本 は ﹁ 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 ガ 申 ケ ル ハ 、 世 ハ 不 思 議 ノ 事 哉 。 金 商 人 ガ 所 従 ノ 、 源 氏 ノ 大 将 軍 シ テ 、 君 ニ 向 奉 テ 弓 ヲ 引 、 矢 ヲ 放 ツ 事 ヨ 。 御 運 ノ 尽 サ セ 給 ト 云 ナ ガ ラ 、 心 憂 ク 安 カ ラ ヌ 事 哉 ト テ 、 ハ ラ ! "ト ゾ 泣 ケ ル ﹂ と し 、 ま た 盛 衰 記 も ほ ぼ 同 文 を 載 せ る 。 H 、 平 家 残 党 、 頼 朝 を 狙 う 建 久 六 年 に 、 頼 朝 が 大 仏 供 養 の た め 上 洛 し た と こ ろ 、 こ れ を 狙 っ た 平 家 の 残 党 が 捕 え ら れ た 。 こ の 残 党 を 、 延 慶 本 は ﹁ 薩 摩 平 六 家 長 ﹂ と す る 。 同 じ 人 物 は 覚 一 本 ﹁ 薩 摩 中 務 家 資 ﹂ 、 長 門 本 ﹁ 薩 摩 中 務 丞 宗 助 ﹂ 、 四 部 本 ﹁ 薩 摩 中 務 丞 家 祐 ﹂ 、 鎌 倉 本 ﹁ 薩 摩 中 務 家 助 ﹂ 、 平 家 以 外 で は 保 暦 間 記 に ﹁ さ つ ま の 中 務 ﹂ と 書 か れ て い る 盪。 こ の 人 物 に つ い て は 、 既 に 、 ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ 建 久 六 年 四 月 一 日 の 記 事 に あ る 平 家 家 人 の ﹁ 前 中 務 丞 宗 資 父 子 ﹂ か と い う 指 摘 が あ る 。 角 田 文 衛 氏 は こ の 場 面 の 延 慶 本 の ﹁ 平 六 家 長 ﹂ を 、 ﹁ 薩 摩 平 六 こ と 前 中 務 丞 ・ 平 家 資 ﹂ で あ る と さ れ て い る 蘯。 以 上 、 諸 本 の ﹁ 家 長 ﹂ 登 場 箇 所 を 比 較 し て 見 て き た 。 は じ め に 述 べ た よ う に ほ ぼ 共 通 す る の は 壇 ノ 浦 合 戦 知 盛 入 水 記 事 、 次 い で 多 く の 本 に 見 え る の が 室 山 合 戦 記 事 、 そ の 他 、 主 に 読 み 本 に 数 箇 所 の 記 載 が あ る こ と が わ か っ た 。
二
、
主
な
系
図
に
見
る
家
長
で は こ の ﹁ 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 ﹂ と は い か な る 人 物 で あ っ た の か を 、 主 な 系 図 資 料 で 確 認 し て み た い 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 四﹃ 尊 卑 分 脈 ﹄ に は 家 長 の 名 は な い 。 ま た 、 通 説 で は 家 長 の 父 で あ る と さ れ て い る ﹁ 家 貞 ﹂ 自 体 に 系 図 上 の 曖 昧 な 部 分 が 見 ら れ る 。 ご く 近 く に ﹁ 家 貞 ︱ 貞 能 ﹂ が 二 度 出 て く る の だ が 、 貞 季 ︱ 範 季 ︱ 家 貞 ︱ 貞 能 と ︵ 漓︶、 貞 季 ︱ 正 季 ︱ 範 季 ︱ 季 房 ︱ 家 貞 ︱ 貞 能 ︵ 滷︶ を 見 た 場 合 、 貞 季 の 孫 で あ る 漓の 家 貞 は と も か く 、 忠 盛 の 郎 党 で あ り 清 盛 の 代 に も 仕 え た と い う こ と を 考 え 合 わ せ る と 滷の 家 貞 で は 年 齢 的 な 不 整 合 が あ る と 考 え ら れ る 。 こ の 系 図 に 漏 れ た 人 物 を 記 載 し た 、 続 群 書 類 従 所 収 の ﹁ 尊 卑 分 脈 脱 漏 ﹂ の ﹁ 平 氏 系 図 ﹂ 盻に は ﹁ 家 貞 ﹂ の 子 と し て ﹁ 家 長 ﹂ の 名 が あ り 、 ﹁ 平 六 ﹂ と い う 添 え 書 き が あ る 。 し か し こ の 系 図 も 家 貞 自 身 に 曖 昧 な 部 分 が あ る 。 ま た 、 ﹁ 家 長 平 六 ﹂ は 管 見 の 限 り で は 他 資 料 に 確 認 が で き ず 、 先 に あ げ た 平 家 物 語 記 事 の C 、 H が 典 拠 に な っ て い る 可 能 性 が 排 除 で き な い と 考 え る 。 ﹃ 寛 政 重 修 諸 家 譜 ﹄ 眈で は 、 服 部 氏 の 内 に 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 の 末 裔 と す る 家 が あ る が 、 庶 流 の 呈 譜 に 家 長 末 孫 と あ る こ と に つ い て 、 ﹁ い ま さ ゝ ぐ る と こ ろ の 譜 、 其 祖 の 出 る と こ ろ は 少 し く 異 な り と い へ ど も み な 平 氏 な り と い ひ て 一 も 服 部 氏 所 見 な く 、 し か れ ど も 一 家 の 説 に し て 他 證 を 得 ざ れ ば み だ り に あ ら た め が た し ﹂ と あ り 、 江 戸 期 に 末 孫 を 称 す る 家 に も 諸 伝 の あ っ た こ と が 伺 え る 。 服 部 氏 の う ち の い く つ か の 家 が 祖 を 家 長 と す る こ と に つ い て は 、 物 語 中 の ﹁ 元 は 平 家 に 伺 候 し て い た 服 部 平 六 ﹂ が ﹁ 服 部 ︵ 伊 賀 国 ︶ の 地 を 返 さ れ た ﹂ と い う 記 事 と 関 わ り が あ る か も し れ な い 。 こ の ﹁ 服 部 平 六 ﹂ は 他 本 に も 登 場 す る 。 ﹁ 伊 賀 ﹂ に ゆ か り の ﹁ 平 六 ﹂ と 、 延 慶 本 や 盛 衰 記 で ﹁ 平 六 ﹂ 家 長 と も 書 か れ た ﹁ 伊 賀 ﹂ 平 内 左 衛 門 が 混 同 さ れ た と い う こ と も あ り え る の で は な い か 。 ﹃ 系 図 纂 要 ﹄ 眇は 家 貞 の 子 に 家 継 、 貞 能 、 家 長 、 家 実 と あ っ て 、 家 長 に は ﹁ 平 内 左 衛 門 仕 知 盛 鑄﹂ と 書 く 。 ま た 家 長 の 子 に 家 清 、 そ の 子 に 宗 清 が あ っ て 柘 植 家 の 祖 と す る が 、 ﹃ 寛 永 諸 家 系 図 伝 ﹄ 眄で は 柘 植 の 祖 の 宗 清 は 民 部 鑄信 実 の 子 と し て い る 。 家 貞 や 、 そ の 子 と し て 系 図 に 記 さ れ る 貞 能 ︵ 物 語 で は 清 盛 、 重 盛 の 腹 心 と し て 活 躍 ︶ は 、 系 図 に は 疑 問 も あ る も の 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 五
の 外 部 の 資 料 に 名 が 見 え る こ と も あ っ て 眩、 そ の 実 在 を 認 め る こ と が で き る 。 し か し 、 家 長 に つ い て は 、 系 図 資 料 上 で の 確 定 も 難 し く 、 外 部 資 料 に も そ の 名 を 確 認 で き な い 。 本 稿 は 史 実 上 の 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 を 特 定 す る こ と が 主 旨 で は な い 。 た だ 、 系 図 資 料 か ら は 把 握 の 難 し い 人 物 で あ る と い う こ と は 確 認 し て お き た い 。
三
、
物
語
に
書
か
れ
た
知
盛
の
め
の
と
で は 、 家 長 と い う 人 物 が 平 家 軍 の 知 盛 配 下 の 侍 で あ っ た と し て 、 ﹁ 乳 母 子 ﹂ と い う 点 は ど う で あ る の か 考 え て み た い 。 石 井 由 起 夫 氏 は 家 長 に つ い て 、 乳 母 子 で あ る に も か か わ ら ず 一 の 谷 の 合 戦 と い う 重 要 な 場 面 に 登 場 し な い と い う こ と と 、 ﹃ 健 寿 御 前 日 記 ﹄ の 記 述 の 二 点 か ら 、 ﹁ 知 盛 の 乳 母 子 ﹂ で あ っ た こ と を 否 定 さ れ て い る 眤。 一 点 目 に つ い て 、 石 井 氏 は 覚 一 本 に つ い て 論 じ ら れ て い る の で 、 確 か に 一 の 谷 合 戦 に ﹁ 家 長 ﹂ は 登 場 し な い と い う こ と に な る 。 し か し 先 に 見 た よ う に 、 読 み 本 で は 、 合 戦 の さ な か の 様 子 で は な い も の の 、 知 盛 の 述 懐 の 中 に ﹁ 新 中 納 言 ノ 一 二 ノ 者 ﹂ 、 ﹁ 近 習 ﹂ と 語 ら れ 、 敦 盛 の 遺 体 返 還 の 仲 介 も し て い る ︵ D 、 E ︶ 。 ま た 、 覚 一 本 に お い て も 室 山 合 戦 に は 登 場 し て い る の で ︵ B ︶ 、 重 要 な 場 面 に 登 場 し な い と は 言 い 切 れ な い 。 二 点 目 に つ い て は 、 ﹁ 家 貞 は 家 長 の 父 で あ る ﹂ と い う 前 提 に 疑 問 は あ る も の の 、 ﹃ 健 寿 御 前 日 記 ﹄ の ﹁ 紀 ﹂ に つ い て は 氏 の 御 指 摘 の 通 り で あ ろ う と 考 え る 。 ﹃ 健 寿 御 前 日 記 ﹄ の 、 い わ ゆ る 女 房 揃 の 記 述 の 中 に 、 ﹁ 紀 武 蔵 中 将 知 盛 の め の と ご と ぞ 聞 き し 。 髪 よ か り き ﹂ と い う 記 述 が あ る 。 こ こ か ら 石 井 氏 は 、 そ の 候 名 か ら 察 す る に ﹁ 紀 ﹂ は 紀 氏 あ る い は 紀 伊 守 に 関 係 の あ る 父 兄 を 持 つ 女 性 で あ る は ず だ と さ れ た 。 し か し 、 家 長 も 家 貞 も 紀 氏 で は な く 、 紀 伊 守 と も 縁 が な い よ う で あ る 。 ま た 、 も し ﹁ 紀 ﹂ も 家 長 も 知 盛 の め の と 子 だ と す る と 、 二 人 は 兄 妹 ︵ 姉 弟 ︶ で な け れ ば な ら ず 、 そ う な る と 家 長 の 母 が 建 春 門 院 の 女 房 の 母 と 同 一 人 物 、 も し く は 、 家 貞 の 妻 に 建 春 門 院 の 女 房 の 母 が い た 、 と い う こ と に な る 。 石 井 氏 は 、 家 貞 は 平 氏 と は い 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 六え か な り 昔 に 家 人 化 し た 低 い 身 分 の 者 で あ り 、 そ れ が 建 春 門 院 の 女 房 の 母 を 妻 と し て い る と は 考 え に く い と 論 じ ら れ た 。 こ こ で 注 目 さ れ る ﹁ 紀 氏 ﹂ に 関 し て は 、 知 盛 の 子 息 知 忠 に つ い て 注 目 す べ き 記 述 が あ る 。 知 忠 は 、 幼 か っ た た め に 平 家 一 門 の 都 落 ち の 際 に は 伴 わ れ な か っ た 。 平 家 が 壇 ノ 浦 で 敗 れ 、 源 氏 に よ っ て 平 家 の 残 党 狩 り が 行 わ れ て い た 頃 、 伊 賀 大 夫 と し て 隠 し 育 て ら れ て い た 知 忠 が 反 乱 を 起 こ し て 討 ち 取 ら れ た こ と 、 そ の 首 を 、 壇 ノ 浦 か ら 生 還 し た 知 盛 の 妻 治 部 鑄局 が 確 認 し た こ と は 、 い く つ か の 平 家 物 語 に 書 か れ て い る 。 こ の 、 知 忠 を 平 家 都 落 ち の 時 に 預 か っ た 人 物 を 、 覚 一 本 は ﹁ め の と 紀 伊 為 教 ﹂ と す る 。 ま た こ の 記 事 を 持 つ 本 は 、 文 字 に 異 同 は あ る が す べ て ﹁ 紀 伊 た め の り ﹂ あ る い は ﹁ た め な り ﹂ が 知 忠 を 預 か っ て 養 育 し た と す る 。 こ こ で は 覚 一 本 の 本 文 を 引 く 。 新 中 納 言 の 末 の 子 に 、 伊 賀 大 夫 知 忠 と て お は し き 。 平 家 都 を 落 し と き 、 三 歳 に て す て を か れ た り し を 、 め の と の 紀 伊 次 郎 兵 衛 為 教 や し な い 奉 て 、 こ ゝ か し こ に か く れ あ り き け る が 、 備 後 国 太 田 と い ふ 所 に し の び つ ゝ ゐ た り け り 。 ︵ 覚 一 本 巻 第 十 二 六 代 被 斬 ︶ こ の 記 述 か ら は 紀 伊 為 教 を ﹁ 知 忠 の め の と ﹂ と 読 む こ と も で き よ う が 、 本 来 こ こ は ﹁ 知 盛 の め の と ﹂ で あ る べ き 人 物 で は な い の か 。 屋 代 本 は 、 知 忠 を 預 け た 相 手 を ﹁ 乳 人 の 夫 紀 伊 為 成 ﹂ と し 、 前 述 の よ う に 壇 ノ 浦 で の 家 長 に は ﹁ 乳 母 子 ﹂ の 言 葉 が な い 。 紀 伊 為 教 は 、 読 み 本 で は は っ き り と 知 盛 の 乳 母 人 と 書 か れ て い る 。 鹿 ケ 谷 で の 謀 議 が 露 見 し た と き 、 連 座 し た 者 共 は 清 盛 に 捕 ら え ら れ て 処 罰 さ れ た が 、 そ の 中 に 西 光 法 師 が い た 。 西 光 は 捕 え ら れ た 後 も 清 盛 を の の し り 、 清 盛 の 怒 り に ふ れ て 口 を 裂 か れ た 上 で 殺 さ れ た と さ れ る 。 こ こ で 読 み 本 は 、 西 光 の 処 刑 に 際 し て 知 盛 が 助 命 嘆 願 を し た こ と 、 し 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 七
か し 聞 き 入 れ ら れ な か っ た こ と を 描 く 。 西 光 ハ 、 三 位 中 将 知 盛 ノ 乳 母 人 紀 伊 二 郎 兵 衛 為 範 ガ 舅 ナ リ ケ レ バ 、 知 盛 二 位 殿 に 付 奉 テ 、 タ リ フ シ 被 申 ケ リ 。 為 範 モ ﹁ 人 手 ニ 懸 候 ハ ン ヨ リ モ 、 申 預 候 テ 誡 候 ハ ン ﹂ ト 、 再 三 申 ケ レ ド モ 、 終 叶 ハ ズ 、 切 レ ニ ケ レ バ 、 三 位 中 将 モ 為 範 モ 世 ヲ 恨 テ 、 サ バ カ リ ノ 騒 動 ナ リ ケ レ ド モ 、 指 モ 出 給 ハ ザ リ ケ リ 。 ︵ 延 慶 本 第 一 末 西 光 頸 被 切 事 ︶ 西 光 法 師 ハ 、 入 道 ノ 三 男 ニ 三 位 中 将 知 盛 ノ 乳 人 ニ 、 紀 伊 次 郎 兵 衛 為 範 ト 云 者 ガ 舅 也 ケ ル ニ 依 テ 、 為 範 ガ 主 ノ 三 位 中 将 ニ 歎 申 。 中 将 又 様 々 ニ 預 リ 候 ハ ン ト 被 申 ケ レ 共 、 入 道 不 用 給 、 責 テ ハ 手 ニ 懸 ン ヨ リ 、 聟 ニ テ 侍 ベ レ バ 為 範 ニ 預 給 候 ヘ ト 、 低 臥 被 申 ケ レ 共 、 種 々 ノ 悪 口 申 タ リ ケ ル ニ 依 テ 、 入 道 終 ニ 聞 入 給 ズ 。 ︵ 盛 衰 記 巻 第 六 西 光 父 子 亡 ︶ 長 門 本 は 、 延 慶 本 と ほ ぼ 同 文 で あ る 。 こ こ で は 、 西 光 の 娘 を 妻 と し て い る 紀 伊 為 範 ︵ 覚 一 本 は 為 教 ︶ が 、 知 盛 の 乳 母 人 で あ っ た と す る の で あ る 。 先 に 、 石 井 氏 が 、 家 貞 が 身 分 的 に 建 春 門 院 の 女 房 の 母 の 夫 に ふ さ わ し く な い と 御 指 摘 に な っ た こ と を 述 べ た 。 読 み 本 系 の 物 語 が 書 く よ う に 、 知 盛 の 乳 母 人 の 舅 が 西 光 、 す な わ ち 知 盛 の 乳 母 が 西 光 の 娘 だ っ た と す れ ば 、 西 光 の 乳 母 子 で あ っ た 信 西 眞の 妻 が 後 白 河 の 乳 母 で あ る と い う 点 か ら 考 え て も 、 知 盛 の 乳 母 の 娘 ︵ つ ま り 乳 母 子 ︶ が 建 春 門 院 の 女 房 で あ る こ と に は 何 ら 違 和 感 が な い 。 ま た 、 平 家 一 門 が 都 を 落 ち て 屋 島 に や っ て 来 る 場 面 で 、 知 盛 の 知 行 国 で あ る 長 門 国 の 目 代 と し て も 紀 ︵ 紀 伊 ︶ 氏 が 登 場 す る 。 覚 一 本 、 延 慶 本 、 長 門 本 、 百 二 十 句 本 、 源 平 盛 衰 記 な ど に お け る こ の 紀 氏 は 、 南 都 本 、 源 平 闘 諍 録 な ど で は ﹁ 橘 ﹂ 氏 に な っ て い る 。 し か し 、 ﹁ 立 花 ﹂ 氏 で は な く ﹁ 橘 ﹂ 氏 で あ る こ と か ら 、 ど こ か で ﹁ き い ﹂ と ﹁ き つ ﹂ の 混 同 が あ っ た と は 考 え ら れ な い だ ろ う か 。 な お こ の 目 代 は 、 紀 も 橘 も 諱 は ほ ぼ ﹁ み ち す け ﹂ に あ た る 文 字 に な っ て い る 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 八
た だ し 、 ﹁ 橘 ﹂ と 知 盛 に も 物 語 上 で は 関 係 が あ る 。 壇 ノ 浦 合 戦 で 生 け 捕 ら れ た 宗 盛 父 子 は 鎌 倉 に 送 ら れ 、 後 に 京 都 に 送 ら れ る 途 上 で 斬 首 さ れ る 。 こ の と き の 斬 り 手 を 、 覚 一 本 や ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ で は ﹁ 橘 公 長 ﹂ 、 延 慶 本 、 長 門 本 な ど は 、 そ の 公 長 の 三 男 ﹁ 橘 公 忠 ﹂ と し て い る 上 、 公 長 は 知 盛 の 侍 で あ っ た と 書 く の で あ る 。 覚 一 本 で は 別 の 場 面 に も ﹁ 公 長 ﹂ の 名 前 が 出 る が ︵ 巻 九 落 足 ︶ 、 そ こ で も ﹁ 新 中 納 言 の 侍 清 衛 門 公 長 と い ふ 者 ﹂ と さ れ て い る 。 清 衛 門 な ら ば 、 清 原 氏 か と も 思 う が 、 き い ・ き つ と 同 様 の 混 乱 は 想 定 で き な い で あ ろ う か 。 ま た 、 ﹁ 公 ﹂ の 片 諱 は 橘 氏 に 散 見 す る が 、 一 の 谷 合 戦 後 の 敦 盛 の 遺 体 返 還 仲 介 役 を 盛 衰 記 は ﹁ 平 公 朝 ﹂ と し て い る こ と 、 こ の 使 者 は 延 慶 本 、 長 門 本 で は 知 盛 配 下 で あ る こ と も 何 ら か の 関 係 を 考 え さ せ る 。 さ ら に 、 壇 ノ 浦 で 生 け 捕 ら れ た 捕 虜 の 中 に も ﹁ 橘 ﹂ 季 康 、 と い う 名 前 が 見 え る 。 平 家 方 の 武 士 と し て 、 最 後 ま で 離 反 せ ず に 壇 ノ 浦 ま で 付 き 従 っ て い た 者 の 中 に 橘 氏 が 居 た こ と に 留 意 し た い 。 こ こ で 再 び 紀 氏 で あ る が 、 覚 一 本 も 読 み 本 も 、 室 山 合 戦 で の 知 盛 の 侍 に 紀 七 、 紀 八 、 紀 九 郎 な る 人 物 を 記 す ︵ 覚 一 本 で は 討 死 し た と す る ︶ 。 こ の 、 兄 弟 ら し き 三 人 に つ い て 、 角 田 文 衛 氏 は 、 知 盛 が 息 子 知 忠 を 預 け た 乳 母 の 夫 が ﹁ 兵 衛 尉 橘 為 範 ︱ 通 称 紀 次 郎 兵 衛 ﹂ で 、 室 山 で 討 ち 死 に し た 紀 七 な ど を 彼 の 息 子 ︵ つ ま り 知 盛 の 乳 母 子 ︶ と さ れ る が 、 石 井 氏 は 、 室 山 で 死 ん だ 紀 の 某 と い う の も 、 家 長 の 場 合 と 同 様 、 知 盛 の 乳 母 子 と は 考 え ら れ な い と さ れ て い る 眥。
四
、
家
長
は
知
盛
の
乳
母
子
で
あ
り
え
た
か
以 上 、 物 語 内 部 で ﹁ 家 長 ﹂ が 記 さ れ た 箇 所 を 確 認 し 、 ま た ﹁ 知 盛 の め の と ﹂ の 記 述 を 比 較 し て み た 。 そ の 結 果 、 以 下 の 点 か ら 、 家 長 は 知 盛 の 乳 母 子 で は あ り え な い と 考 え る 。 一 、 女 房 の 日 記 に 、 建 春 門 院 の 女 房 ・ 紀 が 知 盛 の め の と 子 で あ る と い う 記 述 が あ る 。 家 長 が 建 春 門 院 の 女 房 と き ょ 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 七 九う だ い で あ る に は 不 自 然 な 点 が あ る 。 二 、 物 語 に 、 知 盛 の 遺 児 を 養 育 し て 源 氏 に 反 乱 を 起 こ し た 知 章 の ︵ あ る い は 知 盛 の ︶ め の と 紀 ︵ 橘 か ︶ 為 教 と い う 名 が 挙 が っ て い る 。 読 み 本 で は こ の 人 物 を 知 盛 の め の と と し 、 ﹁ め の と の 舅 西 光 の 助 命 嘆 願 す る 知 盛 ﹂ が 描 か れ る 。 西 光 の 娘 が 知 盛 の 乳 母 な ら ば 乳 母 子 に あ た る 女 性 が 建 春 門 院 の 女 房 で あ る こ と は 妥 当 。 ま た 、 紀 、 あ る い は 橘 は 、 物 語 に お い て 知 盛 の 知 行 国 の 目 代 で あ っ た り 、 知 盛 配 下 の 侍 で あ っ た り す る 記 述 が 随 所 に 見 ら れ る 。 三 、 家 長 を ﹁ 乳 母 子 ﹂ と す る の は 壇 ノ 浦 の 一 箇 所 だ け で 、 物 語 内 部 の 他 の 記 述 や 外 部 資 料 に は こ れ を 裏 付 け る も の が な い 。 ま た 、 家 長 は 家 貞 の 息 子 で あ る と い う 説 は 、 系 図 な ど で は 不 確 か な 把 握 し か で き ず 、 あ る い は 系 図 が 物 語 に 依 拠 し て い る こ と も あ り 得 る と い う 点 か ら も 、 確 証 が な い と 言 わ ざ る を 得 な い 。 仮 に 家 長 が 家 貞 の 子 で あ る と す れ ば 貞 能 の 兄 弟 に な る は ず だ が 、 物 語 あ る い は 記 録 類 に お い て 、 貞 能 周 辺 に 一 度 も 言 及 が な い こ と に も 留 意 し た い 。 さ ら に 、 ﹁ 物 語 内 部 で の 不 整 合 ﹂ と い う 点 も 指 摘 で き る 。 紀 や 橘 や 、 あ る い は 系 図 な ど 、 物 語 外 部 の 事 を 度 外 視 し 、 諸 本 の 物 語 内 の 記 述 を 連 関 さ せ て 考 え る と し て も な お ﹁ 家 長 = 知 盛 乳 母 子 ﹂ に は 疑 問 が 残 る 。 そ も そ も 、 ﹁ め の と ご ﹂ と い う の は 、 ﹁ め の と の 子 供 ﹂ で あ る 。 母 親 が 仕 え た 者 と 特 別 な 主 従 関 係 を 持 つ 者 を 乳 母 子 、 父 親 が 仕 え た 者 と 特 別 な 主 従 関 係 を 持 つ 場 合 を 乳 人 子 、 傅 子 と 書 い て 区 別 す る 場 合 も あ る よ う だ が 、 平 家 諸 本 で は こ の 通 り の 文 字 の 区 別 は な い よ う で あ る 。 し か し 、 い ず れ に せ よ 本 来 は ﹁ 乳 母 の 子 ﹂ 、 つ ま り 同 じ 母 の 乳 で 育 っ た 擬 似 兄 弟 の よ う な 間 柄 を 意 味 す る 言 葉 で あ る こ と は 確 か だ ろ う 。 例 え ば 木 曾 義 仲 と 、 今 井 兼 平 を は じ め と す る 中 原 兼 遠 の 子 息 ら の 例 を み て も 分 か る よ う に 、 同 じ 女 性 を 母 ・ 乳 母 と し て 育 っ て い る 以 上 、 乳 母 子 同 士 に は 年 齢 に 極 端 な 開 き は な い は ず で あ る 。 つ ま り 、 家 長 が 知 盛 の 乳 母 子 で あ る た め に は 、 た と え 形 式 的 に で も 家 長 の 母 親 の 乳 で 知 盛 が 育 っ て い な け れ ば な ら ず 、 両 者 は あ ま り に も 年 齢 が 開 き 過 ぎ て い て は お か し い と い う こ と に な る 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 〇
こ こ で 諸 本 の 記 述 を い さ さ か 無 理 な が ら も 連 関 さ せ て 考 え て み る と 、 ま ず 、 忠 盛 の 殿 上 の 闇 討 ち の 場 面 で 、 家 貞 と 共 に 子 息 家 長 を 登 場 さ せ る 盛 衰 記 で は 、 家 長 の 年 齢 を 十 七 歳 と し て い る 。 天 承 二 年 に 十 七 歳 な ら ば 、 壇 ノ 浦 で 入 水 す る と き に は 七 十 歳 に な っ て お り 、 知 盛 よ り も 三 十 六 歳 年 上 に な る 。 こ れ で は 、 ﹁ 乳 人 ﹂ で は あ り え て も 、 ﹁ 乳 母 子 ﹂ で は あ り え な い 。 次 に 、 壇 ノ 浦 合 戦 に 先 立 つ 屋 島 の 戦 い で あ る 。 こ の と き 、 那 須 与 一 が 見 事 に 扇 を 射 た の を 見 て 踊 り 出 し 、 そ の 後 源 氏 に 射 殺 さ れ た 平 家 の 侍 を 、 盛 衰 記 は ﹁ 伊 賀 平 内 左 衛 門 尉 の 弟 、 十 郎 兵 衛 尉 家 員 ﹂ と す る 。 物 語 で は 、 家 長 の 他 に 伊 賀 平 内 左 衛 門 と 称 さ れ る 人 物 は い な い の で 、 こ れ は 家 長 の こ と と み て 良 い で あ ろ う 。 こ の 、 源 氏 に 射 殺 さ れ た 武 者 を 、 延 慶 本 は ﹁ 年 五 十 余 リ ナ ル 武 者 ﹂ 、 覚 一 本 も ﹁ と し 五 十 ば か り な る 男 ﹂ と し て い る 。 年 齢 五 十 余 の 人 間 の 兄 な ら 、 最 低 で も 家 長 は 五 十 半 ば 以 上 と な り 、 や は り 知 盛 の ﹁ 乳 母 子 ﹂ に な る に は 年 齢 が 開 い て い る と 考 え ら れ る 。 な お 、 系 図 資 料 に よ っ て は こ の ﹁ 家 員 ﹂ を ﹁ 家 長 ﹂ の 弟 と し て 書 く も の が あ り 、 系 図 が 依 拠 し た も の が 平 家 物 語 な の で は な い か と 推 測 す る 。 さ ら に 、 通 説 で 家 長 の 父 と さ れ る 家 貞 は 、 忠 盛 や 清 盛 に 仕 え た 平 家 の 重 臣 で 、 一 一 六 七 年 に 亡 く な っ て お り 、 享 年 は 八 十 四 歳 で あ る 。 こ の 年 、 知 盛 は 十 六 歳 な の で 、 仮 に 家 長 が 知 盛 よ り 五 歳 上 だ と 考 え て も 、 家 長 は 家 貞 六 十 三 歳 の 時 の 子 に な り 、 や や 不 自 然 に も 考 え ら れ る 。 た だ し 、 先 ほ ど の 、 盛 衰 記 に 基 づ い た ﹁ 家 長 は 、 壇 ノ 浦 の と き 七 十 歳 。 知 盛 よ り 三 十 六 歳 上 ﹂ と い う こ と な ら 、 家 長 は 家 貞 三 十 二 歳 の と き の 子 に な る 。 そ し て 、 そ の 場 合 、 知 盛 の 乳 母 ﹁ 子 ﹂ で は あ り え な い こ れ ら の こ と か ら も 、 家 長 と い う 人 物 は 平 家 軍 で 知 盛 配 下 に 属 し た 有 力 な 侍 で あ っ た と し て も 、 乳 母 子 と す る に は 無 理 が あ る と 考 え る の で あ る 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 一
五
、
﹁
乳
母
子
﹂
に
よ
っ
て
理
想
化
さ
れ
た
知
盛
平 家 諸 本 の う ち 、 古 い 形 を と ど め る と い う 延 慶 本 、 語 り 本 で 古 態 を 残 す と さ れ る 屋 代 本 、 あ る い は 古 態 性 が 指 摘 さ れ た こ と の あ る 四 部 本 で は 壇 ノ 浦 の 知 盛 入 水 に 従 っ た 家 長 を ﹁ め の と 子 ﹂ と は し な い 。 こ の 場 面 で こ の 人 物 を め の と 子 と 書 く の は 覚 一 本 と 、 八 坂 流 の 本 と さ れ る 城 方 本 、 語 り 本 系 の 古 本 と も 交 流 が 深 い と さ れ る 南 都 本 、 読 み 本 の 中 で 比 較 的 遅 く に 成 立 し た と 考 え ら れ て い る 長 門 本 な ど や 、 そ の 他 覚 一 本 よ り 後 に 成 立 し た 本 で あ る 。 城 方 本 が ﹁ め の と ご ﹂ と 書 い て い る こ と に 関 し て 、 本 稿 で は 平 曲 の 流 派 の 問 題 と 関 連 さ せ て 述 べ る こ と は で き な い 。 し か し 、 八 坂 流 の 屋 代 本 、 百 二 十 句 本 、 鎌 倉 本 な ど は め の と ご と 書 か な い こ と 、 ま た 、 こ の 部 分 で 知 盛 か ら ﹁ 日 来 の 約 束 は い か に ﹂ と い う 内 容 の 問 い か け を す る の は 覚 一 本 、 長 門 本 、 南 都 本 と 共 通 し て お り 、 屋 代 本 な ど は 家 長 の 方 が 日 来 の 約 束 を 口 に し て い る と い う 違 い が あ る こ と は 指 摘 し て お く 。 ま た 長 門 本 、 南 都 本 に 関 し て も 、 も ち ろ ん こ の 一 点 の み を 以 て 覚 一 本 と の 先 後 を 考 え る わ け で は な い 。 し か し 長 門 本 は 西 光 被 斬 で 紀 伊 為 範 を 知 盛 の め の と と 書 き 、 一 の 谷 の 述 懐 中 で は 家 長 を 近 習 と 書 く こ と な ど か ら 、 壇 ノ 浦 知 盛 入 水 死 に 従 う 人 物 を ﹁ め の と 子 ﹂ と す る こ と は 、 覚 一 本 の 意 図 的 な 造 形 で あ る と 考 え た い 。 そ れ は 覚 一 本 に よ る ﹁ 知 盛 の 死 の 理 想 化 ﹂ で あ っ た の で は な い だ ろ う か 。 重 盛 亡 き 後 、 清 盛 の 後 継 と し て 一 門 の 中 心 と な っ た の は 、 時 子 の 子 ら す な わ ち 宗 盛 、 知 盛 、 重 衡 で あ っ た だ ろ う 。 同 腹 の 建 礼 門 院 徳 子 は 安 徳 天 皇 の 母 親 で あ る 。 物 語 の 記 述 を 見 て も 、 宗 盛 が 一 門 の 総 帥 の 立 場 に あ り 、 知 盛 が 軍 事 面 で は 実 質 的 な 統 率 者 で あ っ た こ と が 読 み 取 れ る 。 し か し 、 や が て 一 門 は 都 を 落 ち 、 戦 乱 に 身 を 投 じ て ゆ く こ と に な る 。 時 子 の 子 ら も 例 外 で は な く 、 建 礼 門 院 は 入 水 の 後 引 き 上 げ ら れ て 大 原 で 余 生 を 過 ご し た が 、 宗 盛 、 重 衡 は そ れ ぞ れ 戦 の 場 で 生 虜 と な り 、 斬 首 と い う 最 期 を 迎 え 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 二た 。 彼 ら の 、 戦 場 で の 乳 母 子 と の 行 動 が 、 物 語 に 記 さ れ て い る 。 人 々 は か 様 に し 給 へ ど も 、 大 臣 殿 お や 子 は 海 に 入 ら ん ず る 気 色 も お は せ ず 、 ふ な ば た に 立 い で ゝ 、 四 方 み め ぐ ら し 、 あ き れ た る 様 に て お は し け る を 、 侍 ど も あ ま り の 心 う さ に 、 と ほ る や う に て 大 臣 殿 を 海 へ つ き 入 奉 る 。 ︵ 中 略 ︶ 伊 勢 三 郎 義 盛 、 小 船 を つ と こ ぎ よ せ 、 ま づ 右 衛 門 督 を 熊 手 に か け て 、 ひ き あ げ た て ま つ る 。 大 臣 殿 是 を 見 て 、 い よ ! "し づ み も や り 給 は ね ば 、 お な じ う と り た て ま つ り け り 。 大 臣 殿 の 御 め の と 子 、 飛 騨 三 郎 左 衛 門 景 経 、 小 船 に の て 義 盛 が 舟 に の り う つ り 、 ﹁ 我 君 と り 奉 る は 何 物 ぞ ﹂ と て 、 太 刀 を ぬ い て は し り か ゝ る 。 ︵ 中 略 ︶ 景 経 う ち 甲 を ゐ さ せ て ひ る む 處 に 、 堀 弥 太 郎 の り う つ て 、 三 郎 左 衛 門 に く ん で ふ す 。 堀 が 郎 等 、 主 に つ づ い て の り う つ り 、 景 経 が 鎧 の 草 摺 ひ き あ げ て 、 二 刀 さ す 。 飛 騨 ノ 三 郎 左 衛 門 景 経 、 き こ ゆ る 大 力 の が う の も の な れ ど も 、 運 や つ き に け ん 、 い た 手 は を う つ 、 敵 は あ ま た あ り 、 そ こ に て つ ゐ に う た れ に け り 。 大 臣 殿 は 生 な が ら と り あ げ ら れ 、 目 の 前 で め の と 子 が う た る ゝ を 見 給 ふ に 、 い か な る 心 地 か せ ら れ け ん 。 ︵ 覚 一 本 巻 第 十 一 能 登 殿 最 期 ︶ 本 三 位 中 将 重 衡 鑄、 生 田 森 の 副 将 軍 に て お は し け る が 、 其 勢 み な 落 う せ て 、 只 主 従 二 騎 に な り 給 ふ 。 ︵ 中 略 ︶ め の と 子 の 後 藤 兵 衛 盛 長 は 、 し げ 目 ゆ い の 直 垂 に 、 ひ お ど し の 鎧 き て 、 三 位 中 将 の 秘 蔵 せ ら れ た り け る 夜 目 な し 月 毛 に の せ ら れ た り 。 ︵ 中 略 ︶ 梶 原 源 太 景 季 、 あ ぶ み ふ ば り 立 あ が り 、 も し や と 遠 矢 に よ ひ い て ゐ た り け る に 、 三 位 中 将 馬 の さ う づ を の ぶ か に ゐ さ せ て 、 よ は る と こ ろ に 、 後 藤 兵 衛 盛 長 、 わ が 馬 め さ れ な ん ず と や 思 ひ け ん 、 鞭 を あ げ て ぞ 落 行 け る 。 三 位 中 将 是 を み て 、 ﹁ い か に 盛 長 、 年 来 日 ご ろ さ は ち ぎ ら ざ り し も の を 。 我 を 捨 て い づ く へ ゆ く ぞ ﹂ と の 給 へ 共 、 空 き か ず し て 、 鎧 に つ け た る あ か じ る し か な ぐ り す て 、 た ゞ に げ に こ そ 迯 た り け れ 。 ︵ 中 略 ︶ 後 藤 兵 衛 は 、 い き な が き 究 竟 の 馬 に は の た り け り 、 そ こ を ば な く 迯 の び て 、 後 に は 熊 野 法 師 、 尾 中 ノ 法 橋 を た の ん で ゐ た り け る が 、 法 橋 死 で 後 、 々 家 の 尼 公 訴 訟 の た め に 京 へ の ぼ り た り け る に 、 盛 長 と も し て の ぼ り た り け れ ば 、 三 位 中 将 の め の と 子 に て 、 上 下 に は お ほ く 見 し ら れ た り 。 ﹁ あ な む ざ ん の 盛 長 や 。 さ し も 不 便 に し 給 ひ し に 、 一 所 で い か に も な ら ず し て 、 思 ひ も か け ぬ 尼 公 の 共 し た る に く さ よ ﹂ と て 、 つ ま は じ き を し け れ ば 、 盛 長 も さ す が は づ か し げ に て 、 扇 を か ほ に か ざ し け る と ぞ 聞 え し 。 ︵ 覚 一 本 巻 第 九 重 衡 生 捕 ︶ 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 三
知 盛 の 兄 、 そ し て 弟 の 、 乳 母 子 と の 別 れ で あ る 。 宗 盛 は 、 物 語 に お い て し ば し ば そ の 不 甲 斐 な さ が 強 調 さ れ る 人 物 で あ る 。 最 後 の 合 戦 で あ る こ の 壇 ノ 浦 で も 、 宗 盛 は 侍 の 手 で 海 中 に 突 き 落 と さ れ 、 し か も 沈 み き れ ず に 敵 に 引 き 上 げ ら れ る と い う 醜 態 を 見 せ る 人 物 に な っ て い る 。 そ し て 、 主 君 の も と へ 駆 け つ け て 奮 戦 す る 乳 母 子 は 、 そ の ま ま 主 の 目 前 で 打 ち 倒 さ れ る 。 最 後 ま で 総 大 将 に あ る ま じ き 振 る 舞 い で あ っ た 主 君 へ の 乳 母 子 の 心 情 、 そ の 乳 母 子 が 殺 さ れ る の を 間 近 で 目 撃 し な け れ ば な ら な か っ た 宗 盛 の 胸 中 、 そ れ ぞ れ に 立 ち 入 っ た 描 写 は な い も の の 、 主 従 の 悲 劇 的 な 幕 切 れ で あ る 。 片 や 重 衡 は 、 死 ぬ と き は 一 所 と も 誓 い 合 っ た は ず の 乳 母 子 に 裏 切 ら れ 、 自 害 も で き ず 、 生 虜 の 憂 き 目 に 遭 う 。 こ ち ら は 主 君 で は な く 乳 母 子 の 方 を 卑 怯 者 と し て 描 き 、 重 衡 の 受 け た 衝 撃 、 焦 燥 、 そ し て 悲 嘆 が 、 読 み 手 に も 強 く 実 感 さ れ る 場 面 で あ る 。 主 君 を 捨 て て 生 き 延 び た こ の 乳 母 子 を 後 に 人 々 が 憎 々 し げ に 評 す る こ と か ら も 、 乳 母 子 が 主 君 を 見 捨 て る こ と は 、 一 般 の 郎 党 が 離 反 す る よ り も 格 段 に 憎 ま れ る べ き 行 為 で あ っ た の だ ろ う こ と が 分 か る 。 一 門 の 中 心 で あ る 三 兄 弟 の う ち 、 こ の よ う に 二 人 は 乳 母 子 と の 最 後 を 理 想 的 に 終 え る こ と が で き て い な い 。 こ こ に 、 知 盛 入 水 死 に 従 っ た 侍 を ﹁ め の と 子 ﹂ と し た 理 由 が あ る の で は な い か 。 一 門 の 最 後 を 見 届 け 、 敵 の 手 に 掛 か る こ と も な く 自 害 す る 人 物 に 、 物 語 は 理 想 の 死 と し て 乳 母 子 と の 一 所 で の 死 を 描 こ う と し た の で は な い だ ろ う か 。 清 盛 の 子 ら 三 人 と そ の 乳 母 子 と の 有 り 様 を 三 者 三 様 に 描 き 分 け る と 共 に 、 源 平 最 後 の 合 戦 を 締 め く く る 人 物 を 、 そ の 死 ま で 武 人 と し て 理 想 的 に 描 こ う と し た も の と 読 む こ と も 可 能 だ ろ う 。 ま た 、 知 盛 の 最 期 に 乳 母 子 を 配 し た の は 、 一 方 で は 木 曾 義 仲 、 今 井 兼 平 の 死 と の 対 比 と い う 意 図 も 含 ま れ て い た の で は な い か 。 こ れ に つ い て は 既 に 高 木 信 氏 の 御 指 摘 が あ る 眦。 氏 は 平 家 物 語 に し ば し ば 登 場 す る ﹁ 乳 母 子 と 一 所 で 死 ぬ と い う 契 約 ﹂ を ﹁ 遂 行 ﹂ し よ う と し ﹁ 不 発 ﹂ に 終 わ っ た 義 仲 、 兼 平 の 物 語 に 対 し て 、 知 盛 、 家 長 の 死 を 以 下 の よ う に 論 じ ら れ た 。 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 四
と い う 物 語 ︵ 引 用 者 注 ︱ 覚 一 本 の 知 盛 入 水 死 ︶ は 、 ︿ 契 約 遂 行 の 物 語 ﹀ で あ る 。 ︿ 知 盛 ︱ 家 長 ﹀ の 関 係 は 、 ︿ 義 仲 ︱ 今 井 ﹀ の 関 係 の 反 復 な の で あ る 。 ﹁ 反 復 ﹂ と い う い い 方 は 正 確 で は な い 。 ︿ 義 仲 ︱ 今 井 ﹀ 関 係 の 可 能 性 の 一 つ を 示 し た も の だ と い う 方 が よ り 正 確 で あ ろ う 。 ︿ 義 仲 ︱ 今 井 ﹀ が 成 し 遂 げ ら れ な か っ た 物 語 を 達 成 し た の が 、 ︿ 知 盛 ︱ 家 長 ﹀ な の で あ り 、 ︿ 義 仲 ︱ 今 井 ﹀ 関 係 が 産 み 出 す 物 語 の ヴ ァ リ ア ン ト に 過 ぎ な い 。 ︿ 知 盛 ︱ 家 長 ﹀ 関 係 は ︿ 結 末 ﹀ の 物 語 で あ る 。 具 体 的 な 契 約 の 内 実 も 契 約 の な さ れ た こ と の 確 認 も な い ま ま 、 ﹁ 約 束 は た が ふ ま じ き か ﹂ と い う 形 で の み 契 約 の 存 在 が 示 さ れ 、 契 約 が 遂 行 さ れ る 。 契 約 が 果 た さ れ る ま で の プ ロ セ ス を 欠 く の で あ る 。 彼 ら の 行 為 が 批 判 の 対 象 と な ら な い の は 、 ︽ 乳 母 子 と 一 所 で 死 ぬ ︾ と い う 契 約 ︵ 以 下 ︿ 乳 母 子 契 約 ﹀ と 称 す る ︶ を 遂 行 す る べ き だ と い う コ ー ド が 存 在 す る か ら に 他 な ら な い 。 氏 の 御 指 摘 の と お り 、 知 盛 の ﹁ 乳 母 子 と の 死 ﹂ は 、 義 仲 、 兼 平 の 物 語 と の 関 連 を 考 え さ せ る 。 し か し そ れ は 成 し 遂 げ ら れ な か っ た 契 約 を 補 完 す る 物 語 と し て 構 築 さ れ た と い う よ り も 、 死 な ば 一 所 の 約 束 の も と で 最 後 に は 主 従 二 騎 に な っ て 戦 い 、 そ し て 相 次 い で 死 を 迎 え る 源 氏 側 の 武 将 の 物 語 に 対 応 す る よ う に 、 平 家 の 側 に も 敗 戦 の 果 て の 死 を 乳 母 子 と 迎 え る 武 将 を 造 形 し た と い う こ と で は な い か 。 源 氏 、 平 家 の 対 比 に お い て は 一 方 に 義 仲 、 兼 平 、 も う 一 方 に 知 盛 、 家 長 の 死 を 置 き 、 平 家 の 中 で そ れ ぞ れ の 乳 母 子 と 主 の 有 様 を 描 く 中 で は 、 特 に 清 盛 後 継 の 三 兄 弟 の そ れ を 鮮 や か に 書 き 分 け る 。 宗 盛 は 、 例 え ば 盛 衰 記 で は 取 替 子 と さ れ る な ど 、 物 語 に お い て 低 い 評 価 を 担 わ さ れ る 傾 向 が あ る が 、 逆 に 知 盛 は 、 武 略 に も 秀 で 、 一 門 の 統 率 者 と し て 無 闇 に 情 に 任 せ た 判 断 は せ ず 、 し か し 子 息 の 死 に は 率 直 な 述 懐 と と も に 涙 す る な ど 、 す ぐ れ た 武 人 と し て 、 ま た 人 間 的 な 人 物 と し て 造 形 さ れ て い る 。 こ の 、 知 盛 の ﹁ 理 想 化 ﹂ は 、 た と え ば 古 態 を と ど め る と さ れ る 延 慶 本 で は 建 礼 門 院 の 六 道 語 り の 畜 生 道 を ﹁ 宗 盛 知 盛 一 船 ヲ 棲 ト シ テ ﹂ 過 ご し た こ と で 、 人 の 口 さ が な さ が 聞 き 難 い 名 を 立 て た こ と と さ れ 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 五
る も の が 、 盛 衰 記 で は ﹁ 兄 ノ 宗 盛 ニ 名 ヲ 立 ト 云 ﹂ と 、 知 盛 の 名 が 削 除 さ れ て い る こ と か ら も 伺 え る 眛。 か つ て 冨 倉 徳 次 郎 氏 は 覚 一 本 に は ﹁ 武 人 的 な も の の 定 型 化 が 目 に つ く ﹂ と さ れ 、 壇 ノ 浦 合 戦 前 の 知 盛 の 武 士 ら を 鼓 舞 す る 言 葉 を 例 に 、 こ れ を 覚 一 本 の ﹁ 意 識 的 な 改 訂 ﹂ と 論 じ ら れ た 眷。 こ の 改 訂 に よ っ て 作 り 上 げ ら れ た 武 人 の 死 は 、 や は り そ れ に ふ さ わ し い 死 で あ ら ね ば な ら ず 、 覚 一 本 は こ こ に 乳 母 子 を 登 場 さ せ る こ と で 他 本 よ り さ ら に 知 盛 と い う 人 物 を 理 想 化 し て い る と 考 え る の で あ る 。 註 盧 た だ し ﹃ 参 考 源 平 盛 衰 記 ﹄ は 乳 母 子 と 書 く 。 盪 ﹃ 保 暦 間 記 ﹄ 第 三 ︵ ﹃ 新 校 群 書 類 従 ﹄ 20︶ 蘯 ﹃ 平 家 後 抄 ﹄ 下 ︵ 一 九 八 一 年 / 朝 日 新 聞 社 ︶ 盻 ﹃ 続 群 書 類 従 ﹄ 第 五 輯 眈 ﹃ 寛 政 重 修 諸 家 譜 ﹄ 第 十 八 眇 ﹃ 新 版 系 図 纂 要 ﹄ 第 八 冊 上 眄 ﹃ 寛 永 諸 家 系 図 伝 ﹄ 第 七 、 第 十 四 眩 忠 盛 が 家 貞 に 下 し た 文 書 が 残 っ て お り ︵ ﹃ 平 安 遺 文 ﹄ 第 五 巻 ︶ 、 ま た ﹃ 玉 葉 ﹄ ﹃ 吉 記 ﹄ な ど に は 貞 能 に つ い て 書 か れ た 箇 所 が あ る 。 眤 石 井 由 起 夫 氏 ﹁ 壇 之 浦 合 戦 の 知 盛 に つ い て ﹂ ︵ ﹁ 國 學 院 大 學 大 学 院 紀 要 ﹂ 第 七 巻 一 九 七 六 年 三 月 ︶ 眞 ﹁ 伺 候 院 之 入 道 法 師 名 西 光 左 衛 門 入 道 也 故 信 西 乳 母 子 云 云 ﹂ ︵ ﹃ 玉 葉 ﹄ 承 安 三 年 三 月 十 日 ︶ 眥 前 掲 注 眄 眦 高 木 信 氏 ﹁ 男 が 男 を ︿ 愛 ﹀ す る 瞬 間 ︿ 女 の 物 語 ﹀ と し て の ﹃ 平 家 物 語 ﹄ は 存 在 す る か ? ﹂ ︵ ﹃ 王 朝 の 性 と 身 体 │ │ 逸 脱 す る 物 語 ﹄ 一 九 九 六 年 / 森 話 社 ︶ 眛 長 門 本 は こ の 部 分 を 覚 一 本 と 同 様 に 書 く 。 す な わ ち 、 龍 宮 城 の 夢 を 畜 生 道 に な ぞ ら え る と い う も の で あ る 。 延 慶 本 、 盛 衰 記 は 、 六 道 語 り の 畜 生 道 と は 別 に 建 礼 門 院 の 龍 宮 城 の 夢 を 書 く 。 苦 患 は な い か と い う 徳 子 の 問 に 対 し 、 延 慶 本 は ﹁ 一 日 三 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 六
時 ノ 患 ﹂ が あ る と 答 え る が 、 盛 衰 記 は そ れ は ﹁ 龍 軸 経 ﹂ に 説 か れ て い る と し 、 覚 一 本 も ﹁ 龍 畜 経 ﹂ の な か に 見 え る と す る 。 眷 ﹃ 平 家 物 語 研 究 ﹄ ︵ 一 九 六 四 年 / 角 川 書 店 ︶ 平 家 物 語 の 本 文 は 、 そ れ ぞ れ 以 下 の 本 を 参 照 し た 。 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 龍 谷 大 学 善 本 叢 書 / ﹃ 平 家 物 語 長 門 本 ﹄ 名 著 刊 行 会 / ﹃ 南 都 本 南 都 異 本 平 家 物 語 ﹄ 汲 古 書 院 / ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 国 民 文 庫 刊 行 会 / ﹃ 平 家 物 語 全 注 釈 ﹄ / ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 講 談 社 文 庫 、 角 川 古 典 文 庫 / ﹃ 延 慶 本 平 家 物 語 ﹄ 勉 誠 出 版 / ﹃ 源 平 盛 衰 記 慶 長 古 活 字 版 ﹄ 勉 誠 社 / ﹃ 改 定 史 籍 集 覧 本 参 考 源 平 盛 衰 記 ﹄ 臨 川 書 店 / ﹃ 訓 読 四 部 合 戦 状 本 平 家 物 語 ﹄ 有 精 堂 / ﹃ 屋 代 本 平 家 物 語 ﹄ 貴 重 古 典 籍 叢 刊 / ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 新 潮 古 典 集 成 / ﹃ 享 禄 書 写 鎌 倉 本 平 家 物 語 ﹄ 原 装 影 印 古 典 覆 製 叢 刊 / ﹃ 小 城 鍋 島 文 庫 本 平 家 物 語 ﹄ 汲 古 書 院 ︵ つ じ も と き ょ う こ ・ 関 西 学 院 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 研 究 員 ︶ 乳 母 子 伊 賀 平 内 左 衛 門 家 長 八 七