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七巻本『世俗字類抄』にみられる出典注記

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を持って成立していた色菓字類抄は、 日本語を主体とする辞中口の原典とも .. 一�1 うべき存在として注Hされている。 脱形本;鎌倉時代中期の苫写になるという苓木。 恋義分類の部数・掲載語放数共に少ない。 しい点をもつ。 節用文字こ一巻本『色葉字類抄』を平安時代末期(川瀬一馬閲士御説)あるいは録Q時代(山111孝雄閲七御説) に害写したという苓本。 意義分類の部数は「姓氏」・「名字」を欠さ一九。 各部未に削袖甜始を加え、 木賂郎の状 二巻本色弟字類抄こ段認元(-―六三)年までに改絹された、 三巻本色葉字類抄二内膳典膳橘忠兼編。 捉和(一ー八一)頃の叩写か。 声点をもつ。 ――一の各 5 鼻義分類内部が語 本中最も整理されている,. ただし、 前田家本は欠本。 欠けた中な及び下なの一部は、 転写本である黒川家本で 補う 花山院家本こ江戸時代中期の密 写。 二巻本と十巻本との合冊本。 ことができる。 態をホしている。 その現存する諸本には 平安時代末期、 天投(

七巻本

一四四)以前、 既に「いろは」四ヒ篇による分類とニ一部の忍義分類とを併川した 形式 はじめに

『世俗字類抄』

上下二務四冊本。 5 屈義分類の部数ニ―°

にみられる出典注記

‘、

-I 7― -ヽ

(2)

古辞害索引設刊 。r節用文字渓字索引」 。「節用文字」 山田孝雄解説 島田友啓脱 古辞巾ば収刊刊行会 白帝社 0●世俗字類抄い 調査に使用した文献 にみられる出典注記を取りあげることにする。 昭和38年 昭和37年 昭和48年 伊呂波字類抄"鎌倉時代初期に哨補された十在、 完本。 最も流布している。 などがある。 色染字類抄はさらに、 同系異称の巾〕として世俗字類抄をもつ 。 そ の現存本は、 二務本llt俗字類抄こ江 二巻本世俗字頬抄こ礼戸時代中期以後の困写か。 識語等はない。 音義分類の部数ニ―。 『節用文字』. 『色業字類抄』 ・三巻本『色葉字類抄』に比ぺて語棠数が少ない。 ‘ 七 巷本世俗字類抄?又明九(-四七七)年頃の害写と言われる。 序は仔しない。 磁義分類の部数ニ一。 大梱な補 修本。 悌三務を欠き、 他巻の一部、 奥苫きにも拍低のみられる六冊本。 現存するこれら諸異本の相互関係がまず問起になっているわけであるが、 現状では論拠ゎム分類埜準や配列に骰< ことが多い。 色姐字類抄、 特に三巻 本『色葉字類抄』については、 用字法ゃ決字音を或いは骰 字部の語紋群を取り あげてかなりの研究がなされているが、 その他の諸本については、 ほとんど手がつけられていないと直っても良い ような状態である。 そこで、 世俗字類抄の内容にふれて行くための第一段階として、 今回は七巻本『世俗字類抄』 沼経閣文印蔵本複製版 雄松堂*口店 である。 二巻本

(3)

-18-本朝式 医菩 太鐙 滋野物語 七代集 佃馬楽 古今 関白家ノ 五十番ノ斑合 源氏物語 万菓集 太平記 吾衷鋲 25 古 今注 定家仮名逍 伊努物語

-=

o .「世俗字類抄」 天理図困館蔵本 33 風凋害房 昭和46年 。r伊呂波字類抄 J 正宗敦夫編 出典注記の概要 本密における掲載語の総数は、 延ペー一、000以上に及ぶ。 そのうらで、 典拠を示す注記を持つ面呪菜はニパーセ ント余りを占めている。 これら を 引用典節別に賂理すると、 次の二0稲となる。 名称並びに表記は、 本苫中の代表 的な注記の形式に従い、 引用回数の多い順序に記すことにする。 節用数字は引用回数を 示す。 なお表ーは、 各引用 典節における注記が意義分類別にはどのような顛向を示すかをも把梱するた めに作成したものである。 8 6 風圃宙房 昭和39年 。「色策字類抄研究並びに索引本文索引編」 中田祝夫・峯岸明絹 -I 9-2 3 3 5' 6 7 2 2 3 S 7 9 3

(4)

�I

定 伊 吾 古 ガ 太 源

七 催 太 滋本医 毛 六 礼遊総^ 家五 野 仮 ム7 平 本 馬 朝 (山 分 物 + 物 は` 名 物

迅 語 錢 注 集 紀 語 記

7

ロ 集 楽 鋭語式困 詩 帖 記 窟数-引用回数168 33 25

7 7 6 5 5 3 3 3 3 2 2 2 2 1 1 1 272(16) 天象 IO l l 1 地儀 19 3 l l 1 25 植物 9 I 2 I 2 15 動物 6 l 1 I 1 10 人倫 9 2 3 1 l 16 人体 3 3 分 人堪 24 l 1 3 2 l 1 33 ' 飲食 7 I 1

雑物 34 I 1 1 l 1 2 l 42 光彩 3 3 方角 り1 員数 辞字 18 7 I 1 1 1 29 直点 )191\字: 17 3 I 1 2 2 1 1 I 29 諸社 2 2 1 5 数 諸寺 国都 6 15 1 l 1 24 官職 姓氏 I 25 5 3 34 名字 |

月9i

と. 宅

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てて て て し、し、 \ヽ し‘ し‘ し‘ 考 るる

注注 3 l 5 I 2 I I 1 '| l -2 0-直 典 勢 複 藉 除 < 名

I

没 別 回

I

.. .., し て

I

(5)

(佃馬楽 ー) (遊仙窟 ー) (日本記 2) (毛詩 爽言甜 医密 猿楽記 唱和集 本草 史記 文巣 長恨歌 百詠 月令 名例 律 法華経 或困 孝経 左伝 式 ―つの掲出語に注記が重複している場合も一 4 ハ例認められるので、 出典注品をもつ掲出詔はニヒ 1 一である。 その うち約六割がr定家仮名辿しで占められていることは注目に値する。 注1 三巻本『色葉字頚抄』にみられる出典注記を峯岸明氏が濶貸しておられるの で、 比倣のため次に引用させて戯く。 ただし、 丸括弧内に示した数並びに甜名は今回の調査によるものである。 1(5)本朝式

(5)文選

(2)春秋文 新撰万渠渠 扶桑略記ー(2)日本私記 礼記 遊仙掘 毛詩 六帖 ー)

(2) 2(l) ー2 1 -I -I I I 2 3 I 2 l I I I J I I 2 I I

(6)

定家仮名迎・紐涙鉛・古今注・太平記•関白家五十番埒合 ◎直接的に引用したと考えられるもの いも のも多いが、 一応次のように整理することができそうである。 向を強く持っていたと考えることができそうである。 波字類抄し 字類抄 j 「遊仙窟」は黒川本の用例° 「私云: ·· : (伊勢物語・古今・ 七代集・大鋭・滋野物語) 「伊呂 → 」とあることから、 後人の視き込みと考えられる。 「伊呂波字類抄」にみられる引用典箱は、 ざっと見ただけでも百種を越えるが、 中心になるのは本草困の類、 令 ・式の 類 、 歴 史巾口の類、 詩文集 ・韻古の類である。 和歌・物語関係の古としてはr万葉集い ・ 「 新撰万策染」 古今注」の名が見えるが、 その引用回数も決して多いとは言えないようである。 この比較によって、 三巻本『色葉 ー2 2-・ 「 伊呂波字類抄」の引用典笥が放籍や汲文体の国忠を中心として いる のに対し、 七巻本『 世俗字類抄』 は、 国苔といっても『色葉字頬 抄 』系とは全く煩向を異にして、 和歌・物語捌係の困を中心としていることが明らかと なった。 出典注記がないからといって、 七巻 本『世俗字類 抄』に一 _一巻本『色葉字類抄』におい て出典注記を施され た語砒が収録されていないわけではない。 とすると、 領向の迎いは単に出典注記の表記の問阻 で、 内容にはかかわ らないのであろうか。 そこで次に、 三巻 本 『色葉字類抄』において出典注記が施された掲出語四五の有無を「伊呂 ・ニ巻本『 世俗 字類抄 』 ・ 七巻本『世俗字類抄』について淵査してみた。 するとf伊呂波字類抄いには 引き継がれているのに、『世俗字類抄』系には掲載されていないと いう語娘が一―-•六割を占めることがわかる。 波字類抄』にあり二巻本『世俗 字類抄 』にない、 が、 七巻本 『 世俗字類抄』が欠本であるため確認できない語も あ る。 この『世 俗字類 抄』系には掲載されなかった可能性のある五語を総数中に残したままでさえこの割合であ る。 従っ て内容的にも、『世 俗字 類 抄 』系に比べ『色業字類抄』系の方が、漠藉や漠文体の国計に用いる語銚を中 心とするという傾 本宙に示された引用典箱―10種の引用態度に治目すると、 用例が少ないことや調査不足であるこ とから明確でな 注 、

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0 比較的古く、 所収語 5屎 の少ない、 文明 語波数約一0八0 諸寺・官眺・名字を除いた一五部にまでわたっている。 の典笥を怠味するものと考えられる。 (_)定家仮名辿 慈義分類別にみると、 三、 出典注記の詳細 語放数約 注記の形式は「定家仮名辿」・「定家1ー_ 」 .「定家泌」・「定家1本」・「定家御本」 等、 さまざまであるが、 後述するように、 いわゆる「定家仮名辿」によって確認可能な却呪染がiii.ハ!セントに近いことから、 すべて同一 この也を引用典焙 と する語は、 雑物34、 人事24 地儀19、 辞字18、 府字17、 天象10、 柏 物・ 人倫各9、 飲食7、 動物・国郡各6、 人体・光彩各3、 諸社2、 姓字ー、 普通●定家仮名辿 」 と称されているのは、 貞治二(ニニ六三)年以後に若わされたと推定されている、 r仮名文字逍」である。 この宙には語紋数のかなり異なる諸本が存在しているので、 そのうちから (一四七九)年本 0没長頃の最も古い版本で、 かなり広く用いられたと考えられている、 天文ニ― (一五五二)年本 根拠については、 後に述べるつもりである。 本朝式·保ャロ・ 礼記 (遊仙窟) 0先行の字類抄からそのまま受け継いだと考えられるもの 万浜集・ 源氏物語・ 日本記・拙馬楽・毛詩・ 六帖 。r定家仮名辿」による間接的引用と考えられるもの ◎刷接的に引用したと考えられるもの と、 ニ一部から方角・ 貝数・頂点・ 行阿の -2

(8)

3-ゆふつくよ ター伎・タ附仮 伺由・天糾月夜ユウックヨ ていわう 帝 王 0且・倫 帝測 いうしょく 右族・布戦 いましむ ⑥為.

m

右織ィウシロク

I

③伊・辞 固ィマシム ゐてたてまつる 科将 り伊・辞 将イテタテマツル 桜字表記が一致しない語 .ヲ.ンヒ0ケ・ヲ.ンヒラク 左.柏 若惹サシモクサ 三本のどれにも見あたらない紺 推窮ヲ.ンクッロクル 波・雑 r定家阪名逍しを典拠とする掲出面一六八のうち、 四) 0何度か手を加えられ祈懇塁の培した、 文禄四(一 三本と照合してみたところ、 罪氣数約一九四〇 一八八〇 ー2

4-.

(9)

天文本 はうかしは 朴拍 ⑨保・拍 厚朴ホウカシハ 仮名辿の一致しない甜呪菜数は、 全体のほば二割にあたることに注目したい。 残る._ 天文本・文禄本 唯イラへ 天文本・文禄本 いらへ いらふとも 碓 文明本 いらへ 文禄本 ③伊・事 あすか井 飛烏井 洛中名所其一也 文朋本 あすか井 飛烏井 洛中名所 の安•国 飛島井アスカイ ・ 洛 中名所其 i 也 ヒイロ かいねり 掻辣緋色也 ⑱ 加・ 光 掻棟カイネリ ・緋色也 って注品にいたるまでの一致がみられるのである。 久・動 熊111クマノイ くまのゐ 等、 辿・雑 虎子ヲホッホ おほつは 仮名辿が一致しない甜

占・事 心厳コ 、ロヲキ 辿・雑 御博七ヲンハヵ叫 おんは か U. 心うつくしう 茄みの一致しない5 叫 -0 等 、 このうちい・⑥.0に関しては、 単純な誤写と考えるととも可能で あろう。 一七語については、 場合によ ―-2

(10)

5-無得ムトク {?とくとも ⑦他本に比べ文禄本との一致度が寓い、 ⑨文禄本の薔き込み部分に一致す る、 囮文禄本のみに見られる語梨に 一致する、 のような例が多いことから、 七巻本『世俗字類抄 』の増補にあたっては「定家仮名逍」のうちで文禄本 あるいは文禄本に近いものを利用したと考えられる。 現形の文禄本が成立した時期はいつか。 奥菩きによると現形 文禄本は、 文明·IO (一四七八)年、 天文ニー 年と四度の転写・校合を経ているという。 流布本である天文本と現形文禄本とでは語致数・語順などに異同もある が、 かなり近い開係にあったようだ。 以上の諸要素から現形文禄本の成立は、 天文ニ― できる。 従って 巻本 世俗字類抄』も又、 天文ニ― 所収語の多い篇の中から任意に「伊」箭を調査しただけではあるが、 のうちには、 典拠を示す注記は施されていなくても「定家仮名過」に一致する語があること(例、 「俳佃浪ィサヨ ウナミ」と「いさよふなみ俳四浪」 . .「主人女ィヘトウシ」と「いへとうし主人女」等)、 『定家仮名過」のうち の頭文字が「い」である語梨の八割余りが、 巻本『世俗字類抄』に収められている ことにも留窓すべきであろう。 元来は仮名逍を示すために絹まれたはずのr定家仮名迪」を、 それ以上に漢字表記に有用な密として認め、 より利 用しやすくするために、 るのである。 (二)伊勢物語 文禄本 むとく ⑩無・登 文禄本 ほうかしは 「いろは」引きである七巻本 世俗字類抄』に取り込んで行ったのではないかと考えられ 無得 (厚朴 朴柏 七巻 『世俗字類抄』のみに見られる語菓 (一五五二)年以降の増補かということになる。 (一五五二)年以降と推定

(一五五二)年、 天正年圃(-五七三ー九一)、 文禄四(-五九四) -2

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6-数例が られるの である。 真名本 水垂神河 等、 r· 美•国 .御手洗川ミタラシカハ 真名本 美家思・美家志 美・歴 仮名本 にくし 左.辞 このうち漢字表記をも含めて、 原典と照合確認できたのは次の一例のみである。 索引は「伊勢物語に就きての研 注2 究」を利用させて戴いた。 御酒ヲミキ 御酒おんみき 宅クタ クタカケノ時也 悪サカシ クシ 御衣ミケシ r定家仮名過」の場合と同様先行字類抄との照合も行ったが、 それらに収録されてい るのは六例「禍ヮサワイ」・「濡サテ」等すべて国郡 の部以外の部に屈する語であった。 残る多くの語菜は何に基 真名本 久宅鶏くたかけ 久・辞 真名本 垣間見かいはみる 加・昼 垣間見カナハム カキノヒマヨリミルト云 読みや表記等に問題がある例を加えてさえ 真名本 遠・飲 に施されている。 「伊勢物語在之」・「伊勢物語語在」という出典注記は、 「定家仮名逍」の比ではないものの次いで多い三三語 -2 1-ヽ

(12)

出典注記のあるもの 一四 づい て注記されたものなのだろう か 。 こ こでは、 古 代 歌 謡や 「 万 策 集 」 に詠まれて い る「神 南 岩瀕 森 」 ・ 「信 土 山 マッチヤマ和州」・「佐檜隅サヒノクマ和州」・「象山キサノヤマ和州」・「吉志義我高倣キシミカタケ和州」を はじめとして国郡部が多く15、 その他辞字7、爪皿字3、 人倫・諸社各2、 植物・・人狙・飲食・雑物各ーの九部にわ たっている語にしても「豊岡姫トヨヲカヒメ」・「巻向マキモク」・「百枝槻モ 、エッキ」等、 古くからみられる 語位が多いという特徴を報告するのみで、 今後の課題としたい。 (三)吾衷鉛 「吾安鎖在之」あるいは「吾炭鐙在」と注記された二五例全てが姓氏部である。 注3 原典との照合にはr吾安築人名索引」を利用させて蛾いたc「OO雲ゥミクモ」・「菊キク」 志沖田」・「稲尾」 注4 吾妥錢究永版彩印Jを用いたが、 そこに 示された究永年閥のものと読みを異にしている例があったので、 参考まで 郡下セモト (稲毛はある)を除くニー例はその存在が確認できた。 本文との照合確認には「振り仮名つき 吾妻鋭寛永本 吾妻鋭究永本 rg汲鋭」を典拠とするこれら二五の姓氏は、 先行字類抄には見られない七巻本『世俗字煩抄』初出のものであ る 。 七 巻本『世俗字類抄』では、 掲載紺秘数にはほとんど異同をみせない他三本に比較し て、 姓字部が大幅に増補 されているという事が一つの特徴となっているが、 それらの増袖にあたりどの程度r吾妻鋭」が利用されたのであ ろうか 。 七 巻本『世俗字類抄』初出の姓氏ニーニ に ついてみると、 四方出`ンハウタ に次に記しておく。 セシタ ヨモタ (菊地はある) •「

-28-.

(13)

巻二0 妹卜吾卜:·:古歌ニハ我ヲパアレトモヨメリ ②伊・辞 妹我ィモトアレト 巻 イハシ水 ①伊・地 意勝水ィハシミッ いう状態である。 定家仮名辿 出典注記のないもののうちにもf吾哀鏡」の中に見られる、 従って『吾安鋭 J から引用した可能性のある姓氏「 伊佐イサ」・「壬生ニフ」・「甘稽アマカス」・「塩飽」・「比企ヒキ」等が三ii、 二割足らずは含まれていると (四)古今注 「古今注在之」・「古今注在」という注記は、 地俊の部に3、 _例ずつ存在し、 特徴と言えるようなかたよりは示していない。 古今注と称される掛は多いが、 現存する写本の種類の多さから考えると顕昭の手になるものが一番一般的であっ たようである。 古 今の註釈を多く収録した上で、 私見をも加えた集大成的作品であり、 成立年代も七巻本『世俗字 注5 類抄」に最も近い。 そこで続々群菩類従第一五に収められたr顕昭古今渠註」にあたってみた。 九例中四例まで 出典注記のないもの 一七八 大鋭 太平記 五 吾安鏡 二 五 あ とは天象・ 人事・雑物・辞字・牡字・国郡に各 ー2

9--

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(14)

説文の中に「 (仮名表記)ハ (仮名表記)トハ (戦字表記) ナリ」、「ーートハ ト云 ⑱加・雑 好士 掻細 ⑮仁・地 庭泉 療 ⑥遠・天 潮光 〇伊 ・ 地 意勝水 岩沌水 と、 撲宇表記の一致しない形が二例見られるのみであり 『定家仮名辿」中にみられる四例にしても、 二世・三色・伊 於辞泥屋・押照 と、 漢字表記が一致しない。 先行の字類抄から引き継いだのでもなく「定家仮名逍」でもないとすると、 やはり解 (漢字表記)也」、 ---, 也」等と七巻本『世俗字類抄』に取り入れやすいパターンを多く用いている古今註に注目し て、 それを増補に利用 潔ニハタッミ 伺仁・ 地 庭泉ニハタッ`ミ 一色 妙美井イハシミッ い伊・ 地 意勝水ィハシミッ にも 又云「

......

と、 相当語を見つけることはできたが、 炭字表記を考える時該当するのは③・切のみである。 しかし、 先行字類抄 振放ミレパ 」フリハナットカキテフリサクトヨメリ 巻九 振離卜密タルハフリアフグ心ナリ。 ぃ不・姪 振雛フリサケ 巻一七 喜撰式ニモ甕海ヲパヲシテルヤトイフトアリ ⑥遠・天 潮光ヲシテル -3 0-: : : :

(15)

④波・倫 祝子ハフリコ 赤土小屋 はにふのこや醤小屋 万巣 い波・地 赤小屋ハニフノコヤ r定家仮名逍」にはその三語 低いと思われる。 「万菓集」を典拠とする七語のうち三語は コ正家仮名逍 9 をも典拠として記されている。 ③宇・倫 等許奈都・登己奈部 ②登・栢 と一例のみで、 他の二語の表記は万痕仮名によっている。 り波・地 赤土屋ハニフノコヤ定家11赤土小屋 したと考える方が妥当であろう。 今後、 他の写本或いは同名の異本等にあたってみることにしたい。 (五)万災渠 「月菓渠在之」・「万策在之」という注記は人倫3、 柏物2、 地倍•国郡各ー、 計七語に施されている。 注6 これらについてr万簾集大成」の索引により服査してみると、 そのうち三紺の存在が確認できるが、 敵字表記に 関辿性がうかがえるの は 、 四時花トコナツ滋野物語在之 菫子女ウナイヲトメ 斑名日底女・災会虞女・宇余比虞女 このように確認可能な語の少ないこ と、 渓字表記が異なることを考えると、 『万弟染 9 を直接引用した可能性は ―-3

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1-(六)太平記 えあるまい。 ゐしまかさき猪蝸崎 り伊•国 鬼志許草オニノシコクサ 窟子女ウナイヲトメ うなゐこ童子 淫子女ウナイオトメ しつのを賤男・婢男 猪嶋崎イシマカサキ 万菓二見 を所収しており、 誤写かと思われる0以外は漢字表記が一致し、 その上り以外の話の注には典拠として

2n

瑣集」 の名が記されている。 先行の字類抄にはみられないこれらの語をf定家仮名辿」により増袖したと考えてさしつか 「定家仮名迪」にも見られない③には「滋野物語在之」という注が並記されている。 同じ注記をもつ 話としてもう一例、 「諏防スハ」という神社名があるが、 これも②と同様先行字類抄にもr定家仮名辿しにもみら れない語である。 従って「滋野物語」なる書から直接引用した可能性が高い が、 明らかにし得ていない。 「太平記在之」・「太平記在」という注記は、 姓氏5、雑物・昼字各ー、 計七例に施 されている。 万栞 ⑱志・倫 婢男同(シッノヲ) 万業在之 ③宇・倫 はもちろん、 他に をにのしこくさ鬼志許草 @於 ・植 はふりこ 祝子 万葉有之 --3

(17)

2-い伊・事 メク" 「目眩オクレ・メクル」が「眩目」として三巻本『色葉字類抄』「メ」篇に収められている他は、 先行字類抄. r定家仮名過」には掲載されていない。 従ってまず『太平記」による増補語恨と考えて間違いないだろ う。 七例中 五例までを占める姓氏が「金谷カナャ」・「規矩キク」・「擁モタイ」・「衣摺キヌスリ」・「船〇」と、 も「吾妻鏡」に見られないものであることから、 新しい姓氏として更に増補の必要を認めたものと思われる。 (七)源氏物語・毛詩「源氏物語在之」・「源氏物語 在」・「源氏物語」等と注記された、 人事3、 登字2、 辞字ーの語と原典との 注8 照合をr源氏物語大成」によって試みると、 六例中四例が解認できる。 衷健々イトスクスクシ 巻二八 甕モタヒ

..

瑾モタイ 於・昼 目眩オクレ 則外ぃ足モナヘテ

流ル、血二目昏テ 太平記舟在之 メクレ 笠験・笠璽・笠符 加・畳 左意又笠印カサシルシ (誤写か) どれらのうち欠損のある「す」篇の姓氏「船

o

(I 字かもしれない) いて確認できた。 そのうちに表記の一致しないものが三例ある。 いずれ 注1 」以外の六語が、 日本古典文学大系本にお

(18)

3-源氏物語在之 (誤写か) ③伊・辞 将イテタテマツル しかしr万策渠」の楊合と同様、 六例中の五例までに「定家仮名逍 j も典拠として示されており、 より残る一例も「定家仮名辿」中に次のように収められている。 笈健々イトスクスクシ 源氏物語在 痴氏物語ニアリ いとすく/\し寂健々 い伊・出 背表紙本 るれは 河内本 わらひなとそほれゐたり 伺和・事 咲戯ワライソ*レヰタリ 百表紙本 河内本 おかしうすさひかいたり ④迫・笠 風吹荒ヲカ・ソウスサヒカヒタリ ゐて奉る ③伊・辞 将イテタテマツル 青表紙本 4ノ 河内木 いとす</\しく申し給へば いとす</\しくけだ それらはもと -3

(19)

4-加氏物語―ーアリ これによって、先行字類抄には収録されていないこれらの語鋲を「定家仮名辿」により増補したと考え られる。 ここで、用例の便宜上r毛詩」を典拠とする二例、削出例④といま一例「主人女ィヘトヲシ」を取りあげてみる。 ⑱和·翌 伺和・事 い辿.橙 わうかんとほり王家無等倫 源氏物語在之 咲戯居 源氏物語在之(殴写か) わらひそひれfたり 源氏物語二在之 風吹荒 毛詩云 諒氏物語ニアリ おかしうすさひかひたり にくいけしたる憎亜疾 (誤写か) ③仁・事 増亜ニクイケシタル源氏二在 ゐてたてまつる奉将 二 源氏物語 在之 源氏ニアリ 風吹流同上(ヲカシウスサヒカヒタリ)毛詩云 咲戯ワライソホレヰタリ 王家無等倫ヮウカムホリ 痴氏物語 -3

(20)

5-る 。 於・昼 於・地 加・盗 安・事

於.m"

おほち御路 日本紀 からうして辛苦 日本紀 等〕 (八)日本記 「日本記在」・「日本記」・「日本記有之」と注記された、 盈字・ 人事各2、 地儀ー、 引五例の照合をr定 本日 注9 本宙紀辞典・索引 J によって試みると、 うち三例が確認できる。 みち〔御路・路〕 雄板ォ*シク ヲヲシ〔雄抜・雄壮〕 無為アチキナウ ぁぢきなし〔無道,・無状 しかし、 五例中二例が同時に典拠としてあげている『定家仮名辿」において は、 淡字表記上五例すべ てが一致す 辛苦カラフシテ日本記 御路オホ`:チ日本記 雄萩ォホシク日本記在 於・ 地 御路ォホミチ はり「定家仮名逍」による補入語鋲と考えられるのである。 するとこれも先行宇類抄には収録されておらず 一方「定家仮名逍」には「主人女 毛詩」と記載されている。 や -3 6-ヽ

(21)

⑥左・地 25.171等 わかせこか り和・倫 仮名序 たかき山もふもとの座ひぢよりなりて ⑱知•国 腹土山チリヒチノヤ.マ ①伊・辞 ③伊・登 •平イサ 65.77等いさ 454いささめに 「古今集」を注記にもつ五例 七代渠 (九)古今集•関白家'五十番U班合 無常 日本紀 安・事 末・事 参マシラヒ日本記 ましらひ参 無為アチキナウ日本記有之 あちきなう無為 従ってr日本記」を引用典籍として示すこれらの語も 、 実は「定家仮名辿」に基づく引用と考えられる 。 只暫イサAメニ 若男賀ワカセコカ 細石サ、レイシ 史記 日本紀 交 源氏物語二在 おほしく雄祓 日本紀 -3

(22)

7-(一ー)催馬楽・六帖 は「吾妾鎖」にも見える姓氏であることのみ毅告しておく。 惹 10 そのうち⑥を除く四例が、「剥白家ー五十番ー斑合」を注記にもつ三例すべてが、 確認可能であ た。 ⑱波・雑 御元服ハツモトユヒ “番(題)御元服(歌)はつもとゆひ 朝飽アサカレイ 先行字類抄に収録されていないこれらの語磁を、『槻白家ー五十番ー而合伝の場合は直接、 の点から考えて、例えば古今注のような注釈聾を通して増補したものではないだろうか。 ただし『顕昭古今集註」 「七代集」とはどのような醤を言うのか。それもまだ明らかにし得てい (l 0)大鋭 注11 「在太鋭」の注記をもつl-_例は、共に姓氏部しかも「遠」筒に続いて記載されている。日本古典文学大系本によ って照合したが、 「小野寺」・「小田切」・「小代ヲシロ」すべて未だ確認し得ていない。「小野寺」・「小代」 し‘ との照合を試みた限りでは未確認である。 1番(題)賑給(歌)恵 ⑱女・事 賑給メク`く り安・飲 晶天夫題)朝餡(歌)あさかれゐ 仮名序 さされ石 「古今集」の場合は表記 -3

s-な

(23)

二世 蛭娘イモシリ 伊・動 蛸娘イホムシリ礼記云仲夏ーー生人同(サネ)医審 左・植 色 支子同(クチナシ)用之 人同(サネ)医書 二世 支子伺(クチナシ 医習用之 久・植 三色・伊 支子クチナシ医街 阻巾 (ハ 、キ)本朝式用之 二世 耗巾ハ 、キ 波・雑 腟巾ハ 、キ本朝式用 三色・伊 腹赤同(ハラカ)出本朝式 波・動 腹赤ハラカ出本朝式 類抄に記載されている。 「本朝式」 「医術」を注記にもつ各二例 (―二 本朝式・医密・礼記・遊仙窟 r礼記」 「遊仙窟」を注記にもつ各一例、 計六例はすべて先行字 r催馬楽」の注記をもつ li} 例中の一例、 及びr六帖」の注記を持つ一例には、 いる。 その上「催馬楽」の残る二例も「定家仮名遣」中に収録されてい る。 先行宇類抄には収められていないこれ らの掲載語を補うにr定家仮名遣」をもってしたものと考えられる。 「定家仮名逍」の注記が施されて -3

(24)

9-応仁大乱之制自都或方能(欠)囲之所望 注12 r遊仙窟」の場合のみは出典注記がなく 、 蔵中進氏の「色菓字類抄・遊仙窟関係一覧表」にもあげられておらず 、 未だに原典にも見出せないので疑問が残るが 、 他の語については先行字類抄を引き継いだものと考えて良いのでは 四 、 おわりに 以上の調査から 、 重要な二点についての示唆を得ることができたと思う 。 その一っは 、 七巻本『世俗字類抄』の成立時期に関する示唆である 。 この西の奥害きに 、 (マ、) 文永三年丙寅五月十日加雙紙修鋪之由在之 而 貞和一_一年丁亥十一月日重 致修裂之旨在之 (マ、) 形部少輔藤原朝臣在判 本云 建保三年乙亥六月廿三日於テ吉水御所宙写畢 本苔云 ないだろうか 。 t` 似宿ウ タタ ネ遊仙堀在之 二世・三色窯か、タタネ吸宜也 籟ゥタタネ仮窄 宇 .H 娘ィホウシリ礼記云仲夏さ ヽ生 一色 螺娘ィホムシリ

4 0-伊 =

(25)

弘安五 表 " -n'』 28『顕昭古今集註 J 侍従雅有校了。

為幼学(下欠) 伍本書世為(下欠) 両帖者般若(下欠) 餘文明第九之比(下欠) 用したと考えられる「定家仮名逍」 に示された引用典筋が、 漢矩や漢文体の国書を中心に 今―つは、『世俗字類抄』という辞督の性格に関する示 奥書きにみえる汲後の年、 文明九(-四七七)年との (一五 前述のように「定家仮名逍」のどの写本に基づいた引 一三六八)年より早くはないと推定できる。 しかし 七巻本『世俗字類抄』の大幅な増補の時期は応安 注13 とあることから、 川顧一馬洒士は『古辞害の研究」において「大体文明九年頃の世写にかかるものと認め」ておら 注 14 れる。 それに先立って山田孝雄博士もr国語学史」において、 「吾炭鏡、 太平記、 定家仮名逍などの名も見ゆ 0 之を 以て推すに文明の頃に増補せられしもの」であろうと指摘なさっている。 確か に、 表llで明らかなように、 直接引 •「OO白家ノ五十番ノ班合」・ 「太平記 J の成立時期という条件のみを考える時、 『吾炭鏡」の記事この年で終わる。 用かということまでを問題にする時、 天文ニー 五二)年より早くはなかったと推定できる。 とすると、 七五年もの淵きをどう考えれば良いのだろうか。 更に 詳細な検討を加えてみたい。 唆である 。 三巻本『色葉字類抄』・「伊呂波字類抄」 ー4

(26)

1-天文 文明 。

^a

文明―

o-14

永和 応安 貞治五 貞治 I 55 2 H79 I 315

~

13 68 13 66 天文本 「定家仮名辿 J 三条西公條 r定家仮名逍」文明本 r定家仮名辿 j 廿蕗寺親艮 r太平記」が成立する。 『OO白家ノユ十番品褐合」が成立する。 3 36 こ の年以後「定家仮名辿」が成立する。 注2 大律有一他篇 底本品仮名本 昭和52年8月 限川本・彩印筒,解況

n

ページ 風側巾1房 注ー コ熙染字類抄研究並びに総合索引 後の諌題としたい。 字類抄と称される辞t"の性格をさぐること、 それを今 しているのに対し、 七巻本『世俗字頬抄』では『定家,. 仮名逍』をはじめ和歌関係の四を中心にしている。 そしてそれはそのまま、 所収ili,染の差となり辞杏 の 性 格にまで及んでいる可能性が弥いのである。 二巻本 『世俗字頬抄』の面から所収柏故に伯向の迎いがあった 可能性もある。『世俗字類抄』が『色栞宇類抄』と同系の祖 でありながらも、呼称を異にしているということは、 単 に形態に注目した呼称、 内容に注目した呼称というだ けの迎いではなく、 やはり何か、 そのものの特性を表 わしているのではないだろうか。 今回の出典注記の調査で明らかにな J た七巻本『世 俗字類抄」独自の語梨領向を手がかりにしながら、 増 袖された語致全体に調杏範囲を広げてゆくと共に、 二巻本『世俗字類抄』の段階にまでさかのぱって、 世俗 天拙寺本系、 -i

2-4

4

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1

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. , . , 一

(27)

注1 神戸外大論汲16 . l「色菓字類抄と遊仙窟」所収 附和40年6月 注11 底 本こ采松 本 岩波杏店 昭和44年8月 岩波古店 昭和朽年9月 注 J r古今集総索引し西下経 明治内院 注9 丸山林平 底本ぶ此文版本 購談社 昭和れ年6月 附和"年IO月 注8 池田也鑑紺 中央公論社 昭和28年6月 注1 底本:本文 裂長八年古活字本、 振仮名 . 泥 沢貞夫紺 r古今和歌集 」 日本古典文学大系 底本こ一条家相伝本 群苫類従第六紺巻第八十じr年中行巾歌合� 窃永無刊記整服本 岩波甚店 昭和35年ー月 注6 底本り究永版本(流布本) 平凡社 昭和28年8月 昭和44年1月 注5 庇本"内廂文叩蔵占写片仮字本 文禄四 昭和51年5月 159 � 「定家仮名逍』文禄本 注1 阿部隆一解題 底本;北条本 汲古"汀院 1591~1573 昭和46年3月 「定家仮名辿 J 細IIf幽斎 注3 後家人制研究会 底本;吉川本 吉川弘文館 貞名本 究水版本 昭和36年1月 ―-4

3-.

一 , J

(28)

御指導下さいました大友信一先生をはじめ、 何かと力になって下さった方々に感謝致します。 注14 宝文館152ベージ 昭和18年7月 注1 大日本雄弁会講談社 359 ペ I ジ 昭和30年11月 (岡山大学大学院文学研究科) 一4

表 ー �I  定 伊 吾 古 ガ 太 源 日 古 悶 七 催 太 滋 本 医 毛 六 礼 遊総^ 用 家 氏 家五 野 仮 妻 ム7  菓 平 本 代 馬 朝 (山 分 物 +  物 は` 名 物 迅 語 錢 注 集 紀 語 記 ^7  魯^ロ 集 楽 鋭 語 式 困 詩 帖 記  窟数-引用回数 168  33  25  , 7  7  6  5  5  3  3  3  3  2  2  2  2  1  1  1  272(16)  天象 IO  l  l 1  地儀 19  3  l  l  1

参照

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