幼稚園内で発生した微小事故「ヒヤリハット」について
-事故防止をめざした組織的な対応の試み-
Development of Practical Usage of Minor Incident Reports as an Effective Way of Preventing Accidents and Injuries in Kindergarten Education
野 田 多佳子*
荻 原 ひろみ*
NODA Takako OGIHARA Hiromi
要約:2017(平成 29)年3月に幼稚園教育要領が改訂され、園児に対する安全上の配 慮が強調された。山梨大学教育学部附属幼稚園では、園内で発生した微小事故「ヒヤ リハット」を共有して、事故防止をめざす組織的な取り組みを、2018(平成 30)年9 月から試み的に開始した。本稿は、「ヒヤリハット報告書」の様式と、2018(平成 30) 年9月から 2019(令和元)年7月までに職員会議で共通理解した全 25 件の分析を報告 するものである。分析の結果、園児に関しては、とくに年少児が関係する事例が多く、 原因は幼児期の発達上の特性によるものが多かった。大人が引き起こしたヒヤリハッ ト事例の原因は、焦りや慣れによる失念と違反によるものが約半数を占めていた。以 上の結果を踏まえて、対園児および対大人に関する事例防止のための基本戦略や、安 全上の配慮のための様々な工夫について、いくつかの提言を行った。 キーワード:幼稚園、安全上の配慮、ヒヤリハット報告書、事故防止、職員会議
Ⅰ.はじめに
1.幼稚園教育要領が示す安全な保育環境について 2017(平成 29)年3月に幼稚園教育要領が改訂され、2018(平成 30)年度から実施された。この 改訂によって、安全上の配慮として、「第1章 総則」「第3 教育課程の役割と編成等」「4 教育課 程の編成上の留意事項」の(3)に以下のように明記された。 幼稚園生活が幼児にとって安全なものとなるよう、教職員による協力体制の下、幼児の主体 的な活動を大切にしつつ、園庭や園舎などの環境の配慮や指導の工夫を行うこと。 幼稚園教育要領(2017(平成 29)年3月告示)に、このような記述が追加される以前から、山梨 大学教育学部附属幼稚園(以下、本園)を含めて、どの幼稚園でも、このような安全上の配慮はな されてきたはずである。 本園では、例えば、全教職員が分担し、年3回の安全点検を行って園内全体に危険箇所がないの かを点検したり、園児が登園する前に園庭の遊具の安全点検を行ったりしてきている。また、園庭 の遊具に関する専門業者による年1回の安全点検などを通して、危険箇所があった場合には早急に *附属幼稚園改善している。さらに、園児の目の高さや視野を踏まえながら、保育室や園庭等の環境を整えるよ うにし、例えば、角が鋭い部分にガードテープを貼ったり、高い場所に重い物や落下の恐れがある 物を置かないようにしたりするなど、園児が大きな怪我をしないような工夫をしてきている。 2.ハインリッヒの法則について ただ、本園でこれまで実施してきた安全上の配慮が万全であったという保障はない。小松原 (2003)は、重大事故の背景にある軽微な事故の莫大な数を指摘したハインリッヒの法則について、 次のように紹介している。 1:29:300 の法則ともいわれます。米国の安全技術者ハインリッヒが見出したもので , 大事故 は何の前触れもなく突然起こる、というものではなく、1件の大事故が起こるまでには、29 件 の中程度の事故があり、300 件の微小事故があったというものです。大事故になるか微小事故に なるかは、まさに神様の微笑み次第。微小事故だからよかったと、安穏と構えていてはいけな いと戒めています。たしかに、機械からの飛来物が、日の前を通っていけばヒヤリハット、頬 をかすめれば微小事故、頼に刺されば中程度事故、そして目や頭に突き刺されば重大事故です。 そして飛来物がどのような軌跡を通るか、そのとき作業者がどこに位置しているのかは、まさ に神様の思し召し次第です。小松原明哲(2003)ヒューマンエラー. 丸善株式会社. p.2 本園の場合、この指摘の「大事故になるか微小事故になるかは、まさに神様の微笑み次第。微小 事故だからよかったと、安穏と構えて」いたことが、度々あったかもしれない。 中程度の事故が起きてから慌てて環境を改善してきたことがこれまで事実あった。例えば、以下 のことがあった。 ウサギ小屋に入った年少児が「目がかゆい」と訴え、目をこすって、腫れてしまった。受診 の結果、原因はウサギアレルギーの可能性が高かった。寒い時期であったので、ウサギ小屋の 換気がされていなかったことも原因として考えられる。 子ども自身が、小動物に触れた経験がなく、また保護者も動物アレルギーの存在そのものを 知らないことがある。 その後の対策として、「ウサギ小屋は冬でも換気」「年少児はウサギ小屋に入らない」「もしも、 ウサギに触れたら、直後の手洗いを徹底」「ウサギの毛が服に付いたら粘着ローラーで教職員が 速やかに除去」など、「慌てて」行った。 微小事故や実害がない事例の場合は、本園の教職員間でその状況や原因などを共有する努力を積 極的に行ってきたとは言えない。大きな事故につながりかねない、多くの微小事故を「事故」とし て明確に自覚せずに、放置したこともあったかもしれない。
をあらためてやりなおした。その検討の結果、「未然事故事例(ヒヤリハット)」を、園全体で共有 していくことにした。具体的には、「ヒヤリハット報告書」を作成し、職員会議で共通理解するよう にした。より簡便な書式にし、実害がなかったとしても、報告書を作成し共有することで、事故を 未然に防げるように保育環境を見直していくようにした。
Ⅱ.目的
そこで本稿では、新幼稚園教育要領(2017(平成 29)年3月告示)で追加された「安全上の配慮」 に組織的に対応するために、2018(平成 30)年9月から試み的に導入した「ヒヤリハット報告書」 の活用の実際について報告することを目的とする。Ⅲ.方法
1.本園の「ヒヤリハット報告書」の書式について 本園で 2018(平成 30 年)9月から活用し始めた「ヒヤリハット報告書」の書式は以下の項目で構 成されている。書式の全体像は図 1 に示す。印刷はA4判横置き1枚である。 ・When(いつ) ・Where(どこで) ・Who(誰が) 教職員、園児、実習生、保護者、その他(記述方式) ・What(何を) 園児の場合:選択肢:転倒、転落、衝突(対人)、衝突(対物)、はさむ、誤食や異食、アレ ルギー反応誘発、行方不明、切る、虫に刺される / 噛まれる、異物が鼻腔・外耳 道に、やけど、その他(記述方式) 大人の場合:(記述方式) ・Why(なぜ) 錯誤(考え違い)、失念(うっかり)、能力不足(身の丈を超えた努力)、知識不足(そもそも 知らなかった)、違反(焦りや慣れによる手順の省略や手抜き)、生物学的限界(そもそもそ うなる)、その他(記述方式) ・想定される対策 物的環境調整(具体的な提案を記述) 人的環境調整(具体的な提案を記述) ルールの徹底や変更(具体的な提案を記述)2.その作成と職員会議での共通理解について 未然事故事例を経験した教職員が「ヒヤリハット報告書」を作成し、職員会議(2018(平成 30) 年度は原則、月1回開催。2019(令和元)年度は原則、週1回開催。)で報告し、全教職員で共有す るようにしてきた。その際、改善案を検討し、再発防止に努めた。なお、本稿執筆(2019(令和元) 年7月末)で、「ヒヤリハット報告書」について、審議した職員会議(2018(平成 30)年9月~ 2019 (令和元)年7月)は、以下の 10 回であった。 2018(平成30)年9月25日15:00~16:30 8件 11月5日15:00~16:30 4件 12月7日16:00~17:00 1件 2019(平成31)年2月7日15:00~17:00 1件 3月5日15:00~17:00 3件 2019(令和元)年5月7日15:00~15:40 3件 5月14日15:00~16:00 1件 図1 本園のヒヤリハット報告書の様式
Ⅳ.結果と考察
2018(平成 30)年度9月以降の職員会議全9回中5回でヒヤリハット(全 13 件)および、2019(令 和元)年4月から7月までの職員会議全 15 回中5回でヒヤリハット(全 12 件)、合計 25 件の協議を 行った。以下、主に園児が引き起こした事例と、主に大人(教職員や実習生等)が引き起こした事 例とに分けて、集計とその考察を行う。 1.主に園児が引き起こしたヒヤリハット事例について (1)集計結果からわかること 主に園児が引き起こしたヒヤリハット事例は、全 25 件中、12 件であった。項目ごとの集計を表 1 に示す。 表1 主に園児が引き起こしたヒヤリハット事例の集計「1.誰が」の項目においては、年少児の割合が約 57%を占めている。この結果は、文部科学省 (2018)の「特に、年少児は危険に気付かずに行動したり、予想もしない場で思わぬ動き方や遊び方 をしたりすることから、年少児の動き方や遊び方に沿った園庭や園舎全体の環境を工夫する必要が ある。(p.82)」の指摘に一致しており、年少児の行動を中心に安全上の配慮を行う必要性が再確認 できる。 原因としては、「3.なぜ」の項目から、「知識不足」と「生物学的限界」が、85%を占めている ことから、入園したばかりの年少児にとって、園での生活に不慣れであったり、初めて出会う環境 の中で関心が高かったり、危険であることを知らなかったりしたことで、ヒヤリハットにつながっ てしまっているということがわかる。そのため、保育者は、園児の行動を予測し、触れても危険が ないような環境設定を工夫したり、危険なものを園児たちに伝えたりするなどして、事故防止に努 める必要がある。 1.主に園児が引き起こしたヒヤリハット事例について (2)事例からわかること 年少児の2事例を挙げ、詳細について分析を加えた。 ・Who(誰が):年少児 ・What(何を):アレルギー反応誘発 園庭に落ちている銀杏の実を手で拾い、集めていたら、指や手のひらが赤くなった。 ・Why(なぜ):知識不足(そもそも知らなかった)と生物学的限界(そもそもそうなる) 保育者はギンナンの実で手が荒れる可能性を知りながら、園児に触れないように伝えていな かった。 ・想定される対策:ルールの徹底や変更 保育者は、園児に、ギンナンの実に直接触れないように伝えていく。 ・Who(誰が):年少児 ・What(何を):その他 オタマジャクシの入ったガラスの水槽が倒れて割れてしまった。近くにいた保育者が気付き 園児を遠ざけたため、けがはなかった。 ・Why(なぜ):知識不足(そもそも知らなかった)と生物学的限界(そもそもそうなる) (事例1)2018(平成 30)年9月6日、10 時 00 分頃、園庭(自由遊び)で発生 (事例2)2019(令和元)年 6 月 3 日、10 時 00 分頃、保育室前の水道付近(自由遊び)で発生
事例1「ギンナンの実で手が荒れる可能性を知りながら」、 あるいは、事例2「子どもが触れる状 況であるのに不安定な台にガラスの水槽を置いてしまった。」という記述からは、今回が初めてでは なく、過去においても類似した事案が起きていたヒヤリハットであったことがわかる。これまでは、 その都度、何らかの対応を行ってきたものの、記録はしていなかったため、あいまいな記憶による 確認しかできないが、この2つの事例からは、ヒヤリハット事案にくりかえし発生してきた「再発 事例」があることが、読み取れる。 2.主に大人が引き起こしたヒヤリハット事例について (1)集計結果からわかること 主に大人が引き起こしたヒヤリハット事例は、全 25 件中、12 件であった。項目ごとの集計を表2 に示す。 表2 主に大人に関係したヒヤリハット事例の集計 「2.なぜ」の原因としては、「失念」が約 31%であり、「違反」も含めると約 48%を占めている。 この結果から、大人は毎日の繰り返しの保育の中で、慣れによる注意散漫が生じて「うっかり」し てしまったり、「焦りや慣れによる手順の省略や手抜き」があったりしていたことがわかる。大人は、 園児の安全を守るために、日々、保育環境の見直しをしたり、同じことの繰り返しの中でも、より 意図的な安全確認を怠らずにいることが必要不可欠である。そのために、「物的環境調整」または 「ルールの徹底や変更」など、全教職員で共有していくことの必要性を改めて感じた。
2.主に大人が引き起こしたヒヤリハット事例について (2)事例からわかること 大人が引き起こした2事例を挙げ、詳細について分析を加えた。 ・Who(誰が):保育者 ・What(何を): 子どもとかかわっている間に入園式並び順の名簿を投げられてしまい、紛失してしまった。 ・Why(なぜ):失念(うっかり)と違反(焦りや慣れによる手順の省略や手抜き) 入園式が始まる時間になってしまい、子どもの方を優先していたため、名簿を投げられた自覚 はなかった。「個人情報の扱いは慎重に」というルール認識の一時的低下。 ・想定される対策:物的環境調整とルールの徹底や変更 使用する名簿は台紙を張るなど、紛失防止に努める。名簿印刷の際にはナンバリングをし、使 用後は回収するなど、管理を徹底する。 ・Who(誰が):保育者 ・What(何を): 風がふき、簡易テントが飛びそうになった。近くにいた職員が手で抑え、すぐにテントをたた んだ。 ・Why(なぜ):失念(うっかり)と知識不足(そもそも知らなかった) 朝は風がふいていなかったため、テントの脚に砂袋を設置していなかった。強風がもたらす 諸々の危険性に関する認識不足。 ・想定される対策:物的環境調整とルールの徹底や変更 簡易テントの脚には、必ず砂袋を設置する。 (事例1)2019(平成 31)年4月 11 日、10 時 00 分頃、園舎内で発生。 (事例2)2019(令和元)年5月7日、12 時 15 分頃、園庭(自由遊び)で発生。 保育場面では、個々の子どもの様子、子ども同士のかかわり、それに加えて周りの状況の把握な ど保育者には様々な配慮が求められる。事例1は年中児担当の保育者、事例2は年少児担当の保育 者からの報告である。その中で、共通しているのは、新学期が始まったばかりの時期であったとい う点である。この時期は、子どものみならず大人にとっても 、 新しい幼稚園生活が始まり、一人ひと りの子どもに充分な配慮をしようとするあまり、「焦りや慣れによる手順の省略や手抜き」が増加し がちということが読み取れる。この時期は、焦りという心理的な緊張が引き起こす 「 違反 」 を起こし
Ⅴ.まとめと今後の課題
1.主に園児が引き起こしたヒヤリハット事例を踏まえた事故防止のための基本戦略について 考察でも記したとおり、文部科学省(2018)の「特に、3歳児は危険に気付かずに行動したり、 予想もしない場で思わぬ動き方や遊び方をしたりすることから、3歳児の動き方や遊び方に沿った 園庭や園舎全体の環境を工夫する必要がある。(p.82)」という指摘と本園のヒヤリハット事例の傾 向は一致していた。このことから、とくに入園当初から、子ども一人ひとりの身体的な特性や行動 における特性等の丁寧な把握と全教職員での情報共有を行うことが、まずは必要となる。その上で、 子どもの行動をいたずらに禁止や規制をするのではなく、個々に応じたわかりやすい指示や表示な どの援助や子どもの動線や遊びに応じた保育環境の再構成を行うことで、子どもが自ら危険を回避 し、安全な行動をできる力を育むことを目指していきたい。 2.主に大人が引き起こしたヒヤリハット事例を踏まえた事故防止のための基本戦略について 大人のヒヤリハットの原因は、「 失念 」(うっかり)が多く、場合によっては、本人にはヒヤリハッ トの自覚がなく、他の保育者の指摘によって気づくということもあった。これは、「「何が危険なの か」自体を知らない教職員が多い。」との添田・石井(2015)の指摘の通りであろう。 ヒヤリハットを報告し合い、その分析を重ねることは、「 私達の園」の保育環境における危険を多 くの目で客観的に自覚し、その保育環境の特性を知ることであるともいえる。保育者が、一つ一つ の事例を自分のこととして学ぶことを通して、子どもの実態に即した 「 私達の園 」 の保育環境の質を より向上させていきたいと考えている。 3.本園に求められる今後の工夫や改善について 本園では 2018(平成 30 年)9月から「ヒヤリハット報告書」を活用してきている。記録をしてき たことにより、1(2)の(事例2)のような再発事例を、すなわち過去にも類似した事案がおそ らく発生していたということを組織的に確認することが可能になった。まずは、ヒヤリハット発生 時にその検証を行い、再発を予防することが求められる。 また、同時に、再発事例を見逃さず、そのデータを蓄積し見直しを行うことも必要となるであろ う。先にも述べた通り、ハインリッヒの法則によると、重大事故の背景には、莫大な数の軽微な事 故があることが指摘されている。このことから、本園において今後のヒヤリハット事例のデータを 定期的に見直していくことが、重大な事故の予防につながるのではないかと考えられるのである。 文部科学省(2018)は「幼児の事故は、原因は様々だが、そのときの心理的な状態と関係が深 い(幼稚園教育要領解説p.88)」と指摘している。子どもにとっても、保護者や保育者などの大人に とっても 、 安全で心地のよい保育環境が 、 保育の質の向上につながる。今回、ヒヤリハットを捉え 、 分析したことにより、保育環境の構成や、子どもの援助を考える上での様々な視点を与えてくれる ことがわかった。 今後もデータを蓄積し、定期的に分析をしていくことで、子どもにとって、より安全で豊かな環 境を創り出していきたいと考えている。 付記 この論文は、本園の園務分掌(教務)の一業務として、2018(平成 30)年9月から開始した取り 組みをまとめたものである。執筆の分担は、野田(教務主任)がⅠからⅣ、荻原(副園長)がⅤお よび全体調整、である。文献
1)小松原明哲(2003)ヒューマンエラー.丸善株式会社.
2)文部科学省(2018)幼稚園教育要領解説(平成 30 年3月).フレーベル館.