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音楽取調掛から東京音楽学校にかけての伝習・教育の実際 : 文書・楽譜・証言をもとに

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Academic year: 2021

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氏 名 丸 マ ル 山 ヤ マ 彩 ア ヤ 学 位 の 種 類 博 士 ( 学 術 ) 学 位 記 番 号 博 音 第 2 3 1 号 学 位 授 与 年 月 日 平 成 2 5 年 3 月 2 5 日 学 位 論 文 等 題 目 〈 論 文 〉 音 楽 取 調 掛 か ら 東 京 音 楽 学 校 に か け て の 伝 習 ・ 教 育 の 実 際 - 文 書 ・ 楽 譜 ・ 証 言 を も と に - 論 文 等 審 査 委 員 ( 主 査 ) 東 京 芸 術 大 学 教 授 ( 音 楽 学 部 ) 佐 野 靖 ( 副 査 ) 〃 准 教 授 ( 〃 ) 山 下 薫 子 ( 〃 ) 〃 教 授 ( 〃 ) 塚 原 康 子 ( 〃 ) 〃 〃 ( 〃 ) 杉 本 和 寛 ( 論 文 内 容 の 要 旨 ) 本 研 究 は 、 音 楽 取 調 掛 及 び 開 校 期 の 東 京 音 楽 学 校 の 伝 習 ・ 教 育 の 内 容 を 研 究 対 象 と し た 歴 史 研 究 で あ る 。 そ れ ら を 明 ら か に す る た め に 、 文 書 、 楽 譜 、 証 言 と い う 3 つ の 形 態 の 史 料 を 扱 っ て い る 。 文 書 史 料 は 、 従 来 の 研 究 で も 用 い ら れ て き た 音 楽 取 調 掛 時 代 の 文 書 史 料 に 加 え 、 東 京 音 楽 学 校 時 代 の 公 文 書 、 京 都 の 行 政 文 書 を 用 い た 。 楽 譜 史 料 は 、 伝 習 生 及 び 生 徒 が 遺 し た 写 譜 、 音 楽 取 調 掛 時 代 の 楽 譜 、 明 治 期 に 刊 行 さ れ た 唱 歌 集 、 音 楽 取 調 掛 及 び 東 京 音 楽 学 校 が 所 蔵 し た 楽 譜 を 用 い た 。 証 言 は 、 東 京 音 楽 学 校 で 学 ん だ 生 徒 の 人 物 像 を 明 ら か に す る た め に 、 岩 原 愛 ( 明 治 24年 専 修 部 卒 業 、 ヴ ァ イ オ リ ン 専 攻 ) の 息 子 が 記 し た 回 想 に 加 え て 、 遺 族 か ら 聞 き 取 り を 行 っ た 。 こ れ ら 三 者 が 補 完 し 合 う こ と で 、 一 面 か ら 見 た 歴 史 で は な く 、 多 角 的 な 史 実 の 構 築 が 可 能 と な っ た 。 第 1 章 「 明 治 16年 頃 の 音 楽 取 調 掛 に お け る 伝 習 内 容 」 で は 、 伝 習 生 の 伊 藤 よ ね ( 京 都 府 女 学 校 教 員 ) が 遺 し た 筆 写 譜 で あ る 「 譜 面 」 か ら 、 明 治 16( 1883) 年 頃 の 音 楽 取 調 掛 に お け る 伝 習 の 実 際 を 明 ら か に し た 。「 譜 面 」 か ら は 、『 小 学 唱 歌 集 』 で は 単 旋 律 で あ る 唱 歌 が 重 唱 や 和 声 の 伴 奏 に 合 わ せ て 歌 わ れ て い た こ と 、 翌 年 に 刊 行 さ れ る 『 小 学 唱 歌 集 第 三 編 』 の 唱 歌 が 試 作 段 階 で 用 い ら れ て い た こ と 、 風 琴 用 に 唱 歌 が 編 曲 さ れ て い た こ と 、『 小 学 唱 歌 集 』以 外 の 唱 歌 も 伝 習 に 用 い ら れ て い た こ と が わ か っ た 。さ ら に 、 『 小 学 唱 歌 集 初 編 』が 箏 用 に 編 曲 さ れ て い た こ と や 、『 バ イ エ ル ピ ア ノ 教 則 本 』が 洋 琴 だ け で な く 風 琴 の 伝 習 に も 用 い ら れ て い た こ と が 、「 譜 面 」 に 収 め ら れ て い た 筆 写 譜 か ら わ か っ た 。 第 2 章 「 音 楽 取 調 掛 伝 習 生 に よ る 唱 歌 教 育 の 展 開 ― 明 治 10年 代 末 期 か ら 同 20年 代 前 半 の 京 都 を 事 例 に 」 で は 、 第 1 章 を 踏 ま え て 、 音 楽 取 調 掛 で 伝 習 を 受 け た 教 員 が 、 地 方 の 唱 歌 教 育 導 入 に 際 し て ど の よ う な 役 割 を 果 た し た の か 、 京 都 を 事 例 に と り 明 ら か に し た 。 京 都 府 女 学 校 に お い て は 、 明 治 17( 1884) 年 よ り 、 幼 稚 園 と 小 学 校 へ の 唱 歌 教 育 導 入 の た め の 唱 歌 伝 習 を 実 施 し た 。 さ ら に 、 明 治 19( 1886) 年 夏 に は 、 小 学 校 に お け る 唱 歌 教 育 実 施 を 目 指 し た 唱 歌 講 習 会 を 実 施 し 、 閉 会 後 は 京 都 婦 人 唱 歌 会 と し て 活 動 を 継 続 し た 。 こ れ ら を 主 導 し た の は 、 音 楽 取 調 掛 の 伝 習 生 た ち で あ っ た 。 第 3 章 「 明 治 10年 代 後 半 の 幼 児 教 育 に お け る 唱 歌 導 入 の 試 み 」 で は 、 伊 藤 が 遺 し た 「 譜 面 」 と 同 様 の 筆 写 譜 で あ る「 幼 稚 園 譜 面 」の 内 容 を 扱 っ た 。「 幼 稚 園 譜 面 」は 、明 治 20( 1887)年 に 刊 行 さ れ る『 幼 稚 園 唱 歌 集 』 の 唱 歌 が 大 半 を 占 め て い る 。 東 京 女 子 師 範 学 校 附 属 幼 稚 園 に お い て は 、 明 治 17年 よ り 『 幼 稚 園 唱 歌 集 』が 稿 本 の ま ま 用 い ら れ て い た こ と は 従 来 知 ら れ て い る と こ ろ で あ る 。「 幼 稚 園 譜 面 」の 存 在 か ら 、『 幼 稚 園 唱 歌 集 』 の 唱 歌 が 同 時 期 の 京 都 に 既 に 伝 わ っ て い た こ と が 明 ら か と な っ た 。 第 4 章 「 東 京 音 楽 学 校 開 校 期 に お け る 教 育 内 容 と 地 方 に お け る 音 楽 教 育 の 展 開 ― 明 治 20年 代 の 京 都

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を 事 例 に 」 で は 、 開 校 期 す な わ ち 明 治 20年 代 前 半 の 東 京 音 楽 学 校 に お け る 教 育 内 容 を 扱 っ た 。 当 時 の 東 京 音 楽 学 校 専 修 部 で ヴ ァ イ オ リ ン を 専 攻 し た 岩 原 愛 を 事 例 と し て 取 り 上 げ 、 彼 女 が 筆 写 し た 楽 譜 や 所 有 し た 輸 入 版 楽 譜 と 東 京 音 楽 学 校 所 蔵 楽 譜 を 比 較 し 、 初 期 の 専 門 教 育 の 具 体 的 内 容 を 提 示 し た 。 さ ら に 、 岩 原 の 遺 族 か ら の 聞 き 取 り を 通 し て 、 明 治 期 に 音 楽 の 専 門 教 育 を 受 け た 女 性 に と っ て の 音 楽 と は 何 か を 考 察 し た 。 そ し て 、 地 方 に お け る 音 楽 教 育 展 開 の 事 例 と し て 、 岩 原 が 赴 任 し た 明 治 20年 代 の 京 都 府 高 等 女 学 校 に お け る 音 楽 教 育 を 取 り 上 げ た 。 以 上 か ら 明 ら か に な っ た こ と を 結 論 と し て 、「『 譜 面 』 及 び 『 幼 稚 園 譜 面 』 か ら 見 る 音 楽 取 調 掛 の 伝 習 内 容 」「 音 楽 取 調 掛 か ら 東 京 音 楽 学 校 へ の 変 遷 」「 音 楽 取 調 掛 及 び 東 京 音 楽 学 校 が 果 た し た 役 割 」 と い う 点 か ら 提 示 し た 。 音 楽 取 調 掛 の 伝 習 生 が 遺 し た 楽 譜 史 料 か ら は 、 公 的 な 文 書 か ら は わ か ら な い 、 具 体 的 な 伝 習 の 内 容 を 知 る こ と が で き た 。 音 楽 取 調 掛 で は 、 唱 歌 教 育 の 導 入 に 向 け た 教 員 養 成 に 重 き が お か れ て い た の に 対 し 、 東 京 音 楽 学 校 で は 、 師 範 部 と 専 修 部 を 設 置 し 、 音 楽 教 員 と 音 楽 家 の 養 成 に 着 手 し た 。 し か し 、 当 時 の 社 会 状 況 か ら 見 て も 、 音 楽 家 に な る こ と は 難 し く 、 東 京 音 楽 学 校 の 卒 業 生 の 多 く は 音 楽 教 員 と し て 地 方 の 中 等 学 校 に 赴 任 し た 。 こ れ は 、 地 方 の 側 か ら も 、 東 京 音 楽 学 校 卒 業 生 を 教 員 と し て 求 め て い た た め で も あ り 、 東 京 音 楽 学 校 は 地 方 に お け る 音 楽 教 育 の 発 展 に も 寄 与 し た の で あ っ た 。 本 研 究 は 、 指 導 者 側 か ら 語 ら れ る 傾 向 に あ っ た 教 育 史 を 、 受 け 手 の 視 点 に 立 っ て 捉 え た 試 み と し て 、 意 義 が あ る と 考 え る 。 ( 総 合 審 査 結 果 の 要 旨 ) 本 研 究 は 、 音 楽 取 調 掛 及 び 開 校 期 の 東 京 音 楽 学 校 に お け る 伝 習 ・ 教 育 内 容 の 実 際 、 さ ら に は そ れ ら が ど の よ う に 地 方 の 唱 歌・音 楽 教 育 へ 展 開 し て い っ た の か を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し 、当 時 の 伝 習 生・ 生 徒 が 残 し た 楽 譜 や 関 連 文 書 、遺 族 の 証 言 を 史 料 と し て 、史 実 を 多 角 的 に 構 築 し よ う と し た も の で あ る 。 特 筆 す べ き は 、 京 都 府 よ り 音 楽 取 調 掛 に 派 遣 さ れ た 伊 藤 よ ね や 、 開 校 期 の 東 京 音 楽 学 校 専 修 部 で ヴ ァ イ オ リ ン を 専 攻 し た 岩 原 愛 が 筆 写 し た 楽 譜 ・ 文 書 史 料 を 発 掘 し 、 そ れ ら を 刊 行 さ れ た 楽 譜 と 丹 念 に 比 較 検 討 し な が ら 、 学 び 手 の 側 か ら 当 時 の 伝 習 ・ 教 育 の 実 際 に ア プ ロ ー チ し た こ と で あ る 。 本 研 究 の 学 術 的 な 成 果 を 論 文 の 構 成 に 照 ら し て 概 括 す る と 、 伊 藤 よ ね が 残 し た 「 譜 面 」「 箏 譜 扣 」「 幼 稚 園 譜 面 」 を 手 掛 か り に 検 討 し た 第 1 章 及 び 第 3 章 で は 、 す で に 刊 行 さ れ た 『 小 学 唱 歌 集 』 の 唱 歌 に 和 声 づ け や 伴 奏 な ど が 試 み ら れ た り 、 試 作 段 階 の 唱 歌 が 教 材 と し て 適 当 で あ る か が 試 さ れ た り し て い た こ と 、 保 育 唱 歌 の 一 部 が 五 線 譜 化 さ れ 、 小 学 校 用 の 唱 歌 と し て 適 材 で あ る と 考 え ら れ て い た こ と 、 箏 ・ 風 琴 用 に 唱 歌 が 編 曲 さ れ て い た こ と 、 刊 行 前 の 『 幼 稚 園 唱 歌 集 』 の 多 く が 京 都 に 持 ち 帰 ら れ て い た こ と な ど が 明 ら か に な っ た 。 ま た 、 第 2 章 で は 、 京 都 を 事 例 に 、 音 楽 取 調 掛 の 伝 習 生 が 地 方 の 唱 歌 教 育 導 入 に 果 た し た 役 割 の 具 体 が 浮 き 彫 り に さ れ て い る 。 さ ら に 、 第 4 章 で は 、 岩 原 愛 が 筆 写 し た 楽 譜 や 所 有 し た 楽 譜 、 遺 族 の 証 言 な ど を 通 し て 、 初 期 の 音 楽 専 門 教 育 の 具 体 的 内 容 が 明 ら か に さ れ る と と も に 、 当 時 の 音 楽 専 門 教 育 に 携 わ っ た 女 性 の 人 物 像 も 描 き 出 さ れ て い る 。 こ う し た 成 果 の 一 方 で 、 課 題 も 残 さ れ て い る 。 最 も 大 き な 課 題 は 、 伝 習 生 ・ 生 徒 の 残 し た 文 書 史 料 に 基 づ く 解 釈 の 論 証 が 、 必 ず し も 十 分 で は な い 点 で あ る 。 楽 譜 と 伝 習 ・ 教 育 の 実 際 を 短 絡 的 に 結 び 付 け る こ と は 避 け る べ き で あ り 、 楽 譜 の 解 明 に は 、 な お 一 層 の 研 鑽 と 研 究 の 継 続 が 求 め ら れ る 。 ま た 、 リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン の 焦 点 化 、 資 料 提 示 の 改 良 な ど も 今 後 の 課 題 で あ る 。 以 上 、 総 合 的 に み れ ば 、 音 楽 教 育 史 研 究 の 分 野 に 新 た な 知 見 を も た ら し た 本 研 究 は 、 博 士 学 位 論 文 と し て 十 分 な 価 値 と 内 容 を 持 つ も の と 評 価 で き る 。 よ っ て 「 合 格 」 と 判 断 す る 。

参照

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