氏 名 柳場 まな 博士の専攻分野の名称 博士(医工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第450号 学 位 授 与 年 月 日 平成31年3月20日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 人間環境医工学専攻 学 位 論 文 題 目 脂質蓄積酵母Lipomycesを利用した再生可能資源からの 脂質生産に関する研究 論 文 審 査 委 員 主査 准教授 新 森 英 之 教 授 鈴 木 俊 二 准教授 大 槻 隆 司 教 授 黒 澤 尋 准教授 野 田 悟 子 山梨大学生命環境学部生命工学科研究員 長 沼 孝 文
学位論文内容の要旨
我が国、日本において自給率の低い植物脂質は、二酸化炭素蓄積抑制に有効なバイオデ ィーゼルの原料としても利用できる。しかし、今後、国内における油糧作物からの脂質供 給量や輸入量の増大は望み薄い。一方、再生可能資源と微生物を利用した脂質生産は油糧 作物の代替ができることで注目されている。その理由として、タンク培養が可能なため小 面積で脂質を生産でき、且つ環境制御下で脂質の安定供給ができるため日本においては有 効な方法と言える。 本論文では、再生可能資源-脂質高蓄積菌株の組み合わせの選抜と効率良く選抜を行うた めのスクリーニング法の開発、再生可能資源-選抜菌株のための液体培地・培養方法の開発、 およびベンチスケールパイロットプラントでの実証試験を行い、油糧作物代替の脂質生産 手段としての可能性を検討した。 序論では、本研究の背景、意義ならびに研究目的について述べた。 第1章では、再生可能資源に対応して中性脂質を菌体内脂肪球として高蓄積する Lipomyces 菌株のスクリーニングを行った。木質系、デンプン系、糖系バイオマスおよびグ リセリンを再生可能資源に選択し、各資源に対応して脂質を高蓄積する菌株が得られるよ うに多数菌株を使用した。菌株性質のバラエティーを増やすため培養温度を 3 段階に変えた結果、培養系列は13,392 に及んだ。多系列実験を迅速・簡便に行うための菌体の脂質蓄 積量の判定方法を検討し、本酵母の形態的特徴である菌体内脂肪球に着目した脂肪球体積 測定法を開発した。本方法は、僅かな菌体量で測定可能なことから、同時に多数系列の培 養が行える固体培養法が利用可能であり、様々な性質の再生可能資源の培地化にも有利で あった。脂肪球体積値におけるスクリーニングでは、全スクリーニング系列(13,392)に対し て 5%(669 系列)が脂肪球体積の測定が可能であり、脂質高蓄積系列(121)と判定できたのは 1%に満たなかった。従って、本論文で多数の組み合わせ系列を用いたことは、再生可能資 源対応型の脂質高蓄積菌株の取得において有効であった。脂肪球体積測定法 (μm3)と煩雑な 操作で得られる定量的数値の脂質蓄積量 (mg/108cells)との関係を調べると、33 μm3以上の脂 肪球体積値は脂質定量値とみなせることが分かった。 天然物を供試して得られた脂質を高蓄積する再生可能資源-菌株の系列は、天然物中の夾 雑物にも対応して脂質を高蓄積することから、実用化が期待できた。また、脂質高蓄積菌 株は再生可能資源を脂質生合成に効率的に利用できることや、脂質回収に有利な菌体内脂 質が漏出しやすい性質を有していることが分かった。 第2章においては、固体培養で得た脂質高蓄積菌株を実用生産で用いる液体培養への適 応に関する検討を行った。固体培養で選抜された脂質高蓄積菌株を液体培養すると、脂質 蓄積量の低下が起こるため、液体培地における脂質蓄積量低下の要因について調べた。液 体培地では、固体培地に比べて培地成分濃度の菌体への影響が強いことが推測され、定性 的実験において確認された。定性実験の結果をもとに、培地窒素濃度を低減すると、高い 脂質蓄積量を示すことが明らかとなった。 第3章では、廃棄モモと選抜された野外菌No. 347 の液体培養時の培地・培養条件に関す る検討を行った。廃棄モモ果汁培地への成分添加は必要なく、貧栄養状態で脂質高蓄積を 示した。培地の廃棄モモ果汁濃度を検討したところ、高濃度添加では培地粘度上昇による 物質移動の抑制で脂質生産量の低下が引き起こされた。5-L ジャーファーメンターを用いて 0.4 vvm の条件下で撹拌速度と脂質蓄積量の関係を調べると、150 rpm が脂質高蓄積には最 適であることが分かった。一方、150 rpm の菌体増殖量は、200 rpm より低かったことから、 150 rpm における菌体への酸素供給では、取り込んだ糖は脂質生合成側に多く利用されてい ると示唆された。次いで、ベンチスケールパイロットプラント(90-L ジャーファーメンター) で条件を40 rpm(0.4 vvm)とし、廃棄モモ果汁と野外菌 No. 347 の脂質生産液体培養を実施し た。その結果、固体培養でのスクリーニング時の85%の脂質蓄積量を示し、設定した培地・ 培養条件は、実用生産にも適応できることが分かった。90-L ジャーファーメンターの結果 をもとに5 kL 培地(1 ha × h 0.5cm に相当)における年間 24 回培養の脂質生産量を試算すると、
1 ha に栽培された大豆と同等の生産量が得られることが分かった。 第4章では、残炊飯米液体培養に対応して脂質高蓄積を示す野外菌No. 8 変異株の脂質蓄 積・生産に関する検討を行った。炊飯米培地には、栄養分として米糠の添加が必要であっ た。炊飯米の高濃度化と高い振盪条件下の組み合わせは脂質蓄積量の増大を導いた。残炊 飯米培地と野外菌No. 8 変異株を 160 rpm(0.4 vvm)の培養条件でベンチスケールパイロット プラントにおける実証試験を行うと、固体培養でのスクリーニング時の約1.7 倍の脂質蓄積 量が得られ、この時の脂質生産量は8.4 g/L であり、廃棄モモ果汁-野外菌 No. 347 の約 2 倍 量であった。実証試験の結果から5 kL 培地を用いた場合の年間脂質生産量を試算すると、 大豆栽培の2.5 倍量を得られることが示された。 第5章においては、脂質生産量増大のために年間の培養回数を増やしてタンクの利用効 率を上げる方法を検討した。Lipomyces が長時間の培養にわたって高い生菌率を維持する性 質を利用し、本培養菌を次の本培養の種菌として使うバッチ式連続培養法を考案し、利用 可能であることを実証した。 以上のように、再生可能資源である廃棄モモ果汁と固体培養でスクリーニングされた野 外菌No. 347 および残炊飯米と野外菌 No. 8 変異株の組み合わせで高い脂質蓄積量・生産量 を得られることが判明し、実用利用への可能性が強く示唆された。 又、本論文の最後には総合考察を行い総括し、脂質蓄積酵母Lipomyces を利用した再生可 能資源からの脂質生産に関する有効性を明らかにした。
論文審査結果の要旨
植物脂質は食糧、界面活性剤、バイオディーゼルなど用途が広い。特にバイオディーゼ ルへの利用は二酸化炭素蓄積を低下させ地球温暖化抑制への近道となる。しかし、我が国 における脂質自給率はカロリーベースで3%と極めて低く、また自国生産量を増やすことは 簡単ではない。日本での植物脂質生産の一部を脂質蓄積酵母Lipomyces に委ねることは可能 であるのかを、様々な角度からの研究課題と綿密な実験とをもってシステマティックに追 及したのが本論文である。 そこで本論文提出者は、油糧作物に代わる脂質生産を微生物で行うことを目的とし、多 種類の再生可能資源と多数の菌株の最適な組み合わせを選抜し、再生可能資源液体培地か らの脂質の実用生産に関して検討を行っている。主な成果は以下の通りである。 (1)再生可能資源からの脂質高蓄積 Lipomyces 菌株のスクリーニングにおいては、資源の現在 の利用や廃棄状況からの低価値性を見極めると共に微生物培養に利用する際の問題点とそ の解決などを明確にした。出来るだけ多くの菌株を供試し、更に菌株性質のバラエティーを増すため培養温度も変え、再生可能資源×菌株×温度=13,392 の系列を実験対象として、 最終的に1 資源-1 菌株を得ることに成功した。 (2)多系列を対象とするため、スクリーニングでは煩雑で多数の使用器具や高コストの定量 的脂質蓄積量判定法に代わる、Lipomyces が菌体内に脂肪球を形成する特徴を活かした固体 培養-顕微鏡写真-脂肪球体積による脂質蓄積量判定法を開発して実際に使用した。これによ りデータ取得速度が飛躍的に向上した。定量的脂質蓄積量と脂肪球体積値の両判定値にお ける信頼限界を明確にした上で、脂質高蓄積菌株と対消費糖脂質変換効率および菌体内脂 質回収性を調べた。高蓄積菌株はいずれも高い値を示した。ただし、回収性においては菌 体の膜性質の影響もあることを明らかにした。 (3)固体培養で得られた脂質高蓄積菌株は液体培養では蓄積量が低下したため、適応する培 地組成や培養条件などの環境条件を詳細に検討する必要があった。実用生産に利用する再 生可能資源として廃棄モモ果汁を用いた場合、培地成分の添加は効果的ではなく、また培 地粘度の関係から果汁は低濃度にする必要があることが判明した。粘度が培地中の物質移 動に影響した結果の解析から、ジャーファーメンターの撹拌に着目し、脂質高蓄積にとっ て最適な撹拌速度を明らかにした。また、残炊飯米培地においては米糠を栄養補助成分と して添加し、培地炊飯米濃度を高くして培養するには振盪数を高くする必要があることを 明らかにした。 (4)ベンチスケールパイロット(90-Lジャーファーメンター)における実証試験では、廃棄 モモ果汁-野外菌 No. 347 および残炊飯米-野外菌 No. 8 変異株の組み合わせにおいて小面積 で大豆の脂質生産量に匹敵あるいは二倍以上の生産量が得られることを示した。また、高 効率培養法として本培養菌を前培養菌として使い廻すバッチ式連続培養法を開発した。 以上、要するに本論文は、Lipomyces 酵母の脂質蓄積に関する能力を遺憾なく発揮させる ことで、油糧作物に匹敵する植物脂質を小規模条件下で効率良く安定的に得る方法の確立 に成功している。成果は今後の日本における植物脂質供給への希望を与え、脱化石エネル ギー問題や地球温暖化による環境悪化を改善する一助となることが大いに期待出来る。 よって、本論文は博士(医工学)の学位に値するものと認める。