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武庫川女子大学紀要 68巻

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Academic year: 2021

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I S S N 2435 - 4848

武 庫 川 女 子 大 学 紀 要

第 68 巻

武 庫 川 女 子 大 学

2020

武 庫 川 女 子 大 学 紀 要       第 六 十 八 巻 令 和 二 年 度 D12256-73000860_表紙.indd 1 2020/12/24 9:35:58

(2)

THE BULLETIN OF MUKOGAWA WOMEN S UNIVERSITY

LX

目     次

CONTENTS

『新可笑記』巻二の三「胸を据ゑし連判の座」の検討 羽生 紀子  ―戦国武将徳川家康と小早川秀秋寝返り事件―

A Study of “Shin Kashoki” 2–3:Tokugawa Ieyasu as a military commander and

Kobayakawa Hideaki s breach of faith Noriko HANYU   ( 1 )

留学中の日本語学習者の情意要因の観察 野畑 理佳

 ―コミュニケーション意欲の変化とその要因―

A study on affective factors of the language learner studying in Japan

 ―Focusing on Willingness to Communicate in Japanese language― Rika NOHATA   (11)

稼得とケアの調和に向けた政策評価に関する一考察 田中 弘美

Evaluating social policy in Japan: Moving towards an earner-carer society Hiromi TANAKA   (21) ソーシャルワークの視座に立ったケアマネジメント実践の実態把握と今後の方向性 増田 和高

 ―介護支援専門員による高齢者福祉領域でのケアマネジメントに着目して―

Understanding the actual situation of care management practice based on social work and

future direction ―Focused on care management for the elderly― Kazutaka MASUDA   (29)

中原中也「一つのメルヘン」における宮沢賢治との関わり 山口 豊

Nakahara Chuya's Relationship with Kenji Miyazawa in Hitotsu no Meruhen Yutaka YAMAGUCHI   (39)

保育現場での身体表現に活かす運動分析に関する一考察 山 ゆかり

 ―ケステンバーグムーブメントプロフィールにおけるテンションフロー特性に着目して―

A Study of Movement Analysis for Application in Physical Expression in Early Childhood Care and Education

(3)

糖尿病誘発性慢性腎疾患モデル動物

 ―尿細管障害バイオマーカーによる検討―

保井 俊英・花岡 智子・高田 義弘・竹下 大輔      鷲尾 弘枝・進藤 大典・中谷 昭・坂田 進      An animal model of diabetes-induced chronic kidney disease

 ―Study with special reference to tubule injury biomarkers―

Toshihide YASUI, Tomoko HANAOKA, Yoshihiro TAKADA, Daisuke TAKESHITA      Hiroe WASHIO, Daisuke SHINDO, Akira NAKATANI and Susumu SAKATA   (55) 生化学(代謝領域)の成績に対する性格特性の影響

安井 菜穂美・三浦 健・中村 一基 Relationships between academic performance and personality traits

Naomi YASUI, Takeshi MIURA, Kazuki NAKAMURA   (63) Technology Affordances Identification: A Netnography Study of Digital Nomads (Part 1)

Tingting HUANG   (69) Technology-triggered Social Affordances: A Netnography Study of Digital Nomads (Part 2)

Tingting HUANG   (79)

綾部市への人口移動における移住、定住政策の評価 藤井 善仁

Evaluating the Migration and Settlement Policies in the Population Shift toward Ayabe City

Yoshito FUJII   (89)

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『新可笑記』巻二の三「胸を据ゑし連判の座」の検討

―戦国武将徳川家康と小早川秀秋寝返り事件―

羽 生 紀 子

(武庫川女子大学文学部日本語日本文学科)

A Study of “Shin Kashoki” 2-3:

Tokugawa Ieyasu as a military commander and

Kobayakawa Hideakiʼs breach of faith

Noriko HANYU

Department of Japanese Language and Literature, School of Letters Mukogawa Women’s University

Abstract

This paper reviews sections 2-3 of Shin Kashoki, an ukiyo-zoshi published in 1688 by Ihara Saikaku. The source of this chapter has been regarded as Hojo Godaiki, but new sources clarify that it is two anecdotes of the famous samurai Kimura Shigenari in the early modern period.

One anecdote states that Shigenari burned incense of aloeswood and painted his teeth black when he died at the Summer Battle of Osaka. The other, which was told in later years, describes Shigenariʼs visit to Tokugawa Ieyasuʼs headquarters after the Winter Battle of Osaka. Saikaku created a story using these sourc-es.

Furthermore, in the third level of the stratified world, it was revealed that the betrayal involving Hideaki Kobayakawa and the Mikawa Ikko ikki was layered. By developing such topics, Saikaku wrote the right way for the samurai.

はじめに:素材の指摘の重要性

私は、これまでに『新可笑記』巻 1 の 1 ~ 5、巻 2 の 1・2・5・6 の 9 章について検討し、その三層構 造について論じてきた1)。第一層は故事や伝説・逸話などの素材(従来典拠や素材として指摘されてき た類のもの)、第二層はさまざまな素材を自在に駆使して創作した具体的な話、第三層が重層世界で、 西鶴の最も描きたかった話である。重層世界は創作の根本的な発想と言えるものであり、各章の主題と 大きく関わっていた。しかし第一層の素材を指摘しなければ、素材・本話・重層世界という三層構造の 説明は、不十分なものとなる。すでに取り上げた 9 章について、従来指摘されていた素材についてはそ の妥当性を検討し、新たに多くの素材の指摘を加えて第一層を検証してきたのは、三層構造を明確にす るためであった。 『新可笑記』において、西鶴は第一層の素材を駆使し、第二層である本話において改変・省略・付加な どの換骨奪胎を行っている。その具体相を明確にしなければ、本話の主題が把握できないのは当然であ る。第一層と第二層のあり方が明確に把握できてこそ、西鶴がさらにその上に重ねた第三層の重層世界 を理解し、西鶴が構想した「武将逸話列伝」としての全体像にまで到達し得るのである。 すでに論じた 9 章においては新たに多くの素材を指摘した。西鶴は前後の章を関連させて創作してお

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(羽生) - 2 - り、その繋がりに着目することで、素材のみならず、重層世界・創作主題の理解が容易になったのであ る。本話には素材や重層世界を示す多くのシグナルが嵌め込まれていた。それは本話に対して感じる違 和感や不可解さ、少し特異な表現やことさらな数字、何かを匂わす語句や事柄、俳諧の付合い的なもの など、多岐に渡っている。その連続性に気が付くことで、作品世界を解明しえたのである。 連続性とは、具体的には巻 1 の 1、2 は『太平記』の複数の章、巻 1 の 3、4 は珍談・奇談・霊験譚、巻 2 の 5、6 は東方朔・季札、仲麻呂や真備などの中国関連の故事・逸話であった。それぞれの 2 章は、 素材自体が何らかの関連性を持っており、また重層世界の関わりからも、2 話セットともいうべき形を とっていたのである。『新可笑記』の元来の巻 2 は、現在の巻 1 の 5 と巻 2 の 1、2、3、4 であったこと についてはすでに論じたが2)、元巻 2 の巻頭から連続する 3 章は、仮名草子『是楽物語』を素材の一部と して取り込んでいた。『是楽物語』の中心人物是楽の何某は巻 1 の 5 の大工で、中巻の陶朱公の故事は巻 2 の 1 の有馬の分限の逸話に相当する。『是楽物語』中巻の玄宗と楊貴妃の逸話は、陶朱公の故事の前に 長々と語られており、それは巻 2 の 2 の武烈と暁の少納言の逸話に相当していた。 以上のような各章の素材の関連性を考慮すると、元巻 2 の残る 2 章である巻 2 の 3 と巻 2 の 4 におい ても、関連する素材が取り上げられていると推測できる。このような見通しのもと、本稿では、巻 2 の 3「胸を据ゑし連判の座」の素材を明らかにし、さらにその主題、重層世界について検討する。

巻二の三のあらすじ:紅の小旗・紅影、伽羅、鉄漿、連判

前章巻 2 の 2 は、仏師の冤罪を晴らし、道理に遵うことが武士の正しいあり方であるということを主 題としていた。本話も、偽証によって褒賞を得た侍の不正を連判によって糾弾し、正道に導き道理を通 そうとする話となっている。先の論考で論じたように、前章巻 2 の 2 の重層世界は、織田信長の比叡山 焼き討ち事件であった。前々章巻 2 の 1 の重層世界は豊臣秀吉の逸話であり、それを受けて巻 2 の 2 が 信長の逸話に展開していたわけである。元巻 2 が、戦国を勝ち抜いた武将の逸話列伝となっているとい う連続性からは、巻 2 の 3 の重層世界は、信長の同盟者であった徳川家康の逸話であると推測しうる。 そのような関わりを考慮し、次に少し詳細なあらすじを、冒頭文と①②に分けてとる3) 「古代、戦場に帥すいなる武士の伝へられしは、「鎧・指物は人の目立たぬこしらへよし。いろどりはなは だしきは、駆ける時潔く、引くとき勝すぐれて見苦し。敵もこれを目当てにして、何の益なき事ぞかし」。 ① ある家中は、この秘伝によって武具を揃えたが、何なにがし某一人は「万をでかし立てに、一人抜きんで、 紅の小旗、縅をどし過ぎたる具足」を用いたので、「人皆これを指差し」て笑った。その頃は関ヶ原の合 戦で、家中のものは一人残らず手柄を立てた。中でも長柄槍を使う小男は、6、7 人を突いて仕留 めたので「軍中にこれを褒め」た。ところが、1 人の老武者には槍合わせもせず逃げ帰ったので、何 事かと尋ねると、あれは若年の時の手習いの師匠だからと答えた。人々は「一戦のせはしき時節に、 眼 まなこ の正しき事」と感心した。 「かの色よき鎧武者」は人が進む時も退き、退却するときも一番乗り、その「紅影ゆゑ危ふき事度々」 で自然と気後れし、敵に出会うことも手柄を立てることもなく、人の感状を羨ましがった。長柄槍 の小者の突き捨てた敵の中から、「乱れ髪に伽羅かをりて、歯を染めたる首」を拾い、こっそりと「軍 帳に留め置き」、「重ねてその名知るるべし」と「御前よろしく手柄に披露」した。長柄槍の小男がそ の首を見て、これは自分が 4 人目に突きとめた人だ、「縮み頭の赤眼」で間違いない、と何心なくそ の人のために題目を唱えた。「拾ひ首」の男は「時の権威に任せ」て、「証拠もなき虚言 ( きょごん )」「不 届き千万」だと、諸役人も一緒になり、御前に自分たちのいいように申し上げたところ、「後代の掟」 と、長柄槍の男は首を打たれてしまった。人々は不憫に思ったが、この男の威勢に恐れて静まった。 ② 若手の武者仲間は、「何とぞこの非義大殿へ通じ、悪人切腹させ」と内談するが、相手は「一ひとかた方の家 老職にもなりぬべき出頭時を得たれば」、後日の災難を思いやって、「連判の発端」になることを躊 躇した。知恵ある者が、「訴訟の名書き、前後知れざる仕立てあり」と、一通をしたためた。 それ勇士一戦に及び一心を立つる則ときんば、勝利を得ること速やか也。…義を守りて戦ひ、功以て勝 D12256-73000860_羽生紀子.indd 2 2020/12/24 9:30:12

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つ者、これ武ぶ勇ようの道に非ず乎や。ここに逆げき士し有りて、…窃かに衆の功を奪ひ、将の眼を陣所に瞢くらます。 …還つて功士を非義の罪に陥れ、誅戮せしむる事…冀こひねがはくは侫士の実否を糾ただしたらば、当家の掟、 後代の警いましめなるもの也 「時に訴訟の連判三十八人、一命捨てての願ひ、一大事」である。老中・諸役人は真偽を詮議し、「拾 ひ首」であったということで、出頭男の切腹で決着した。家中親類は「堪忍なりがたくて」暇乞いをし、 報復しようとしたが、申し出しの張本人が知れず、報復のしようがなかった。 人々はその連判を吟味して、署名を念入りに書いたのが発起人だとか、墨の薄い濃いで初筆だ、二番 目だ、書き納めだとあれこれ理屈を出し合ったが、結局慰みの詮議に終わった。

巻二の三の素材:木村重成の逸話、拾い首・連判の座

本章について浮橋康彦氏は、『北条五代記』巻 2 の 2「敵一人を三人して討捕事」・巻 6 の 3「百姓気な げをはたらく事」が典拠であろうと指摘した4)。それは『新可笑記』(「決定版対訳西鶴全集」9)の注にも 引かれている。『井原西鶴集④』(「新編日本古典文学全集」)が触れていないのは、典拠とみなしていな いからであろう。それに代えて、頭注に可児才蔵の逸話を紹介し、そのエピソードに示唆されたかとい う。ただ「歯を染めたる首」の頭注に「小田原北条家の侍は歯黒をす」(『北条五代記』巻 5 の 2)を引いて いるので、ここは単なる事実の指摘であるとしても、『北条五代記』が関連するかのような印象を与える が、巻 5 の 2「関東昔侍形義異様なる事」は、その軍装の異様さに焦点が当てられており、本話とは取り 上げられ方の観点が異なっている。 これら従来の指摘について検証すると、『北条五代記』巻 2 の 2 は、1 人の敵を 3 人で討ち取ったため にその手柄の順位をつけるものであり、巻 6 の 3 は百姓の「気なげ」な働きを褒賞するものであった。ま た可児才蔵の逸話も、槍の名手として褒賞されたというものである。才蔵が討ち取った首の切り口に笹 を差し込んで目印にしたのは拾い首を避けるためであるが、具体的な拾い首事件があったわけではない。 本話の拾い首や偽証とはつながらず、これらを本話の素材とはしがたいのである。 あらすじ①は、関ヶ原の戦い(慶長 5 年〈1600〉9 月 15 日)の最中に起きた事件から始まる。大名家の 名は明かされていないが、軍装について、冒頭文に「いろどりはなはだしきは…何の益なき事ぞかし」と ある。それは井伊の赤備えに関わることを暗示しているのである。 赤備えは武田軍団の特徴であったが、武田滅亡後にその家臣の多くは井伊に引き継がれた。関ヶ原の 戦いでは井伊直政の赤備えであった。本話では後述するように、時代前後して大坂夏の陣(慶長 20 年 〈1615〉5 月。7 月に元和と改元)の井伊直孝の軍団をあてて、あえて赤備えとはしていない。「武芸を励み、 軍法を修練」した軍団としているが、実際に直孝が着用した薫くすべ革がわおどし威段だん替がえ胴どう具ぐ足そくは赤具足で、簡素で実戦 向きに作られ、機能美にも優れている(彦根城博物館)。本来「いろどりはなはだしき」は、精鋭部隊であ ればこその武具・具足で、そのことによって敵に恐怖心を抱かせ、戦いを有利にするためのものである。 精鋭でもない出頭人・臆病者の「いろどりはなはだしき」は、「何の益なき事」なのである。本話ではこの 出頭人の臆病者を「紅の小旗、縅し過ぎたる具足」の人物とし、「人皆これを指差しける」と、嘲笑の対象 として登場させている。「かの色よき鎧武者」「紅影ゆゑ」とも描かれる。井伊軍団の赤備えの現状を揶 揄する意図を読み取ることも可能で、実際に大坂夏の陣の井伊軍団には、そんな赤備えの新参者も加わっ ていたのであろう。その「紅の小旗」の人物が、長柄の者が突き捨てた「乱れ髪に伽羅かをりて、歯を染 めたる首」を拾い、軍帳に留め置き、「重ねてその名知るるべし」と、御前に手柄を披露したのである。 ①の本文をここまで読み進めると、西鶴は例によって時代前後して、関ヶ原の戦いを大坂夏の陣にあ て込んでいることに気付く。そして井伊の家臣が木村重成を討ち取った著名な逸話が、①の素材である ことに思い至るのである。 木村重成は大坂夏の陣の若江の戦い(慶長 20 年 5 月 6 日)において討ち死にした。その事件について、 「大日本史料」(東京大学史料編纂所)には、多くの記事がみられるが、その記述内容は大きく 2 つに分 かれる。A・B に分けてみてみる。

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(羽生) - 4 - A :木村重成の討ち死にを安藤長三郎の手柄とするもの。『難波戦記 五』(寛文 12 年〈1672〉頃成立)に代 表される。 (井伊直孝勢に攻め立てられ、木村の郎等が重成に引くように諫言するが)、木村兼テヨリ討死ト思 定メケレハ、一足モ不引掛入々々戦テ、終ニ討死シテケレハ、首ヲハ掃部頭カ郎等安藤長三郎取ニケ リ、…木村、内藤、山口カ首ヲ持セ、平岡一里程前迄持セ進シケレハ、大御所御駕籠ヲ被立、有上覧 ケルニ、長門守カ首甚タ薫シケレハ、若輩ナル木村カ如斯ノ行跡希代ノ勇士ナリ、不便ノ次第也ト被 仰ケリ、…安藤長三郎御褒美トシテ黄金十枚、…平岡ニテ近臣等評シケルハ、長門守カ討死ハ兼テ思 ヒ定メタルニハアラシ、月額ヲ不剃ト口々ニ申ケレハ、大御所聞召、月代ニハ不可依、冑ヲ取寄テ忍 ノ緒ヲ可見トアリケレハ、則冑ヲ見ルニ、緒ヲ結テ端ヲ切タリ、是二度著マシキト思ケル故ナレハ、 渠カ討死ハ思儲タリト被仰シカハ、皆人公ノ御思慮ノ遠キ事ヲ感シケリ。 『井伊家文書』には簡略な記事しかない。『井伊年譜』はかなり詳しく、庵原助右衛門の働きにも触れて いるが、安藤長三郎の手柄として褒賞のこと、重成の首の薫香のことを記している。 B:庵原助右衛門の働きを重視するもの。『慶長見聞書 五』に代表される。 木村長門、山口左馬助も、今日を最期と存、甲の忍ひの緒を切罷出候間、一足も引ましと敗軍を下 知して、入替り入替り防戦す、山口左馬助は八田金十郎と云者是を突伏、首を取、木村長門は掃部先 手の大将庵原助右衛門と鑓を合、助右衛門、長門を突伏候処ニ、長門起あかり立向ふ、安藤長三郎と 申者、助右衛門かたはらニありしか、此敵ハ我等可申請候、助右衛門殿今朝より度々鑓を御合、我等 ハ手ニ合不申候間、是非我等ニ可被下由申、終ニ長三郎首を打取申候、助右衛門も長門を見知不申、 長三郎ニとらせ、後悔の気有といへとも、助右衛門武勇たしなみふかき者ニて、此事を深くかくし、下々 迄申付、終ニ後迄沙汰いたさす、掃部家中にてはしはし存候者も有之候て、皆々助右衛門を感申候、 …木村長門、山口左馬も掃部手ニて打取進上申候、長門守首ハよこれ申候をあらはせ御覧被成候、去 年より相煩、さかやき長く候へ共、伽羅の匂ひふかくかねを付申候、 『寛政重修諸家譜』、『山口家伝』、『大坂御陣覚書(中)』などもかなり詳しく庵原助右衛門に触れており、 安藤長三郎の手柄とはみていないようである。『慶長見聞書』で特に注目すべきは、「去年より相煩、さ かやき長く候へ共、伽羅の匂ひふかくかねを付申候」とあることで、「かねを付」は他の史料には見えない。 ただし『慶長見聞書』はさほど伝本の多くはない写本であり、西鶴が実見しえたかどうかは不明である。 西鶴は、『難波戦記』の記事内容を非難の対象とし、その拠り所に『慶長見聞書』を直接の、あるいはそれ に類する資料を素材として用いたと考えておきたい。 ②の素材も、木村重成の逸話である。章題は「胸を据ゑし連判の座」とある。本話では若手仲間は連判 の発端になることを躊躇しており、「胸を据ゑし」とはいささか趣が異なっている。「連判の座」の「座」と いう表現にも違和感が残る。本章の挿絵には傘連判(車連判)の連判状が描かれているが、本文には連判 とあるのみである。挿絵の「傘連判」は、後述する重層世界に関わるもので、素材の連判は傘連判とは異 なる。「連判の座」は、大坂冬の陣の和睦が成立し(慶長 19 年〈1614〉12 月)、秀頼、家康の双方が誓紙を 取り交わすことになり、木村重成らが家康の本陣へ出向いて家康と対座し、胸を据えて血判を要求した 逸話を踏まえるのであろう。 ただし、重成らが家康の本陣へ出向いたとするのは歴史的な事実ではない。事実は、慶長 19 年 12 月 20 日、常高院、二位局、饗場局の 3 人が家康から誓紙を受け取っており、重成は秀忠の陣所に出向き、 秀忠から誓紙を受け取っている。その内容は常高院らが受け取ったものと同内容で、『大阪冬陣記』12 月 21 日の記事には次のようにある。 …将軍家亦令書誓紙給之由云云、件案文之趣、昨日大御所書給、同文体也。 一 今度籠城諸牢人已下、不可有異儀事 一 秀頼御知行、如前々不可有相違事 一 母儀在江戸之儀不可有之事 一 大坂開城有之者、雖何国、望次第可替進事 一 対秀頼、御身上不可有表裏事 D12256-73000860_羽生紀子.indd 4 2020/12/24 9:30:13

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重成と家康の対座は歴史的事実としては虚偽ということになるが、実録には大きく取り上げられ、重 成の逸話として広く知られていた。『翁物語 前集三』(小早川能久、承応元年〈1652〉~明暦 2 年〈1656〉 成)に次のように見える(「大日本史料」)。 或人語テ曰、摂州大坂冬陣之刻、家康公ト秀頼公ト御和談之御神文ノ御取替シ之時、秀頼公ヨリ、 大野修理、木村長門守ヲ被差越、家康公御神文被遊、御血判ヲ被加、右之両人江渡シ玉フ、大野修 理、畏リ存候由申達ニ、木村長門守カ曰、大野修理ハ、此神文請取申共、木村長門守ニ於テハ、是 ヲ請取奉テ罷帰、秀頼ニ可申聞様ナシ、其子細ハ、御血判ヲ疑奉ニアラサレトモ、願クハ御筆本ヲ 不奉見シテハ、秀頼ニ御血判頂戴被申候へと申儀罷成間敷ノ由申ケレハ、家康公之家老衆、色々ア シライ被申ケレトモ、木村長門守、兎角合点不申ニ付テ、其趣ヲ家康公ヘ家老衆被申達シカハ、家 康公立腹マシマシテ、何レノヤツラガ左様ノ推参ヲ申スソト宣ヒテ、主殿エ出サセ玉ヒ、長門守、 ナンヂハ世忰ノ何ヲ知テ推参ヲ申ゾトシカラセ玉ウ、長門守謹而申上ケルハ、御定ニテハ御座候ヘ 共、致證拠御神文之儀ニ候ヘハ、乍恐御血判之御筆本ヲ不奉見シテハ、罷帰、秀頼ニ申聞様ナシ、 縦ヒ如何様ニ御立腹アリ共、達而御理申上、直之御筆本可奉見ト再三申上ニ付テ、御計策之為ト被 思召、長門守ニ御筆本ヲ見セ玉ヒ、御血判ヲ被遊シトナリ、両人退出之後、家康公、木村長門守、 今之代ニハ、珍敷若キ者ナリト誉サセ玉フト也、 高橋圭一氏は、実録中の木村重成について、『翁物語』以下、『難波戦記』『元和老花軍記』『浪速軍記 全解』『厭蝕太平楽記』『本朝盛衰記』などに、木村重成の逸話が誇大化している具体相を論じている5) 他に下川雅弘氏にも同様の指摘がある6)。『翁物語』で繰り返されている「御筆本ヲ不奉見シテハ」の部分 が、『難波戦記』以下では、さらに強調されて尾鰭が付いていく。重成が当時大きく取り上げられ、この 逸話が好まれたものであったことを示すものであるが、西鶴に具体的に関連するのは、『翁物語』『難波 戦記』であろう。高橋氏が『厭蝕太平楽記』(明和 9 年〈1772〉成)以前とする『元和老花軍記』『浪速軍記全 解』は成立が確認できず、おそらく西鶴以後の実録であろう。 『難波戦記』では、血判の血の出方が取り上げられる7) 其後大御所誓紙ニ御判形遊ハサレン為御指ヲ刺セ玉ヘトモ血出サリケレハ年老ヌレハ血虚シケル ト仰ケル時ニ長門守御血判ニ及ハセ玉フ間鋪御事ト御挨拶申上ント諸人心ヲ付テ見居タル所ニ長門 守偶然トシテ耳聞ヘサルカ如シ兎角スル内ニ御判形出来シケレハ即請取テ御前ヲ退出ス 重成の執拗な血判要求は、誓紙内容が確実に実行されることを期待し、豊臣家の存続を実現するため のものであった。重成はまさに「胸を据ゑ」て家康と対峙したのである。 本話で、連判の書き出しについて墨の濃淡を論議しているのは、この血判の血の出方を踏まえたもの といえる。あらすじ①と同様に『難波戦記』の記事内容が素材とされているとみるべきである。

巻二の三の解釈:褒賞の不公正を糾し、御家の掟とする話へ

次に、素材を A ~ D、本話を A ⅰ~ D ⅰとして対比してみたい。 A 大坂夏の陣若江の戦い、冬の陣の和睦。 A ⅰ 関ヶ原の合戦。 B 井伊家の家臣、安藤長三郎と家老庵原助右衛門。 B ⅰ 出頭人の色よき鎧武者と長柄槍の小男。 C  安藤長三郎が木村重成を討ち取ったとして褒賞を受ける。しかし、事実は庵原助右衛門が長三郎 に手柄を譲ったもので、長三郎は偽りを言上して褒賞を受けていた。 C ⅰ 出頭人の色よき鎧武者は長柄槍の小男が討ち取った首を拾い、手柄を横取りし、逆に長柄槍の 小男 を罪に落とし処刑した。 D 冬の陣の和睦に際して、木村重成は「胸を据ゑ」て家康に誓紙血判を迫り、大坂方の安泰をはかる。 D ⅰ 連判状によって長柄槍の小男の汚名をはらし、出頭人の色よき鎧武者を罪科に処し、「家の掟、 後代の警いましめ」とした。

(9)

(羽生) - 6 - A の大坂冬・夏の陣を時代前後して A ⅰ関ヶ原の合戦に改変したのは、後述するように、本話の重 層世界である関ヶ原の合戦での小早川秀秋の寝返り事件を想起させるシグナルで、周到な設定である。 B 安藤長三郎と家老の庵原助右衛門をそれぞれの立場を逆転させ、B ⅰ出頭人の色よき鎧武者と長柄槍 の小男に設定したのは、権威ある者による「拾い首」の偽証・非道を強調するためで、やはり重層世界を 想起させるシグナルでもある。C では安藤長三郎は褒賞を請けるが、庵原助右衛門は殊更に不当な扱い を受けているわけではなく、その手柄が正しく扱われなかったということであった。しかし C ⅰでは、 首を打たれるという、見過ごすことの出来ない、許容の範囲を超えた不正が行われたことにしている。 D から D ⅰへの改変が本話の最も重要な作意である。D は不正を糾弾するという話ではなく、血判 を避けたり、ごまかしたりさせないという話である。豊臣の存続のために覚悟を定めて血判を取りに乗 り込んできた重成の逸話は、本来は「拾い首」とは別の話である。その覚悟を定めてという「胸の据ゑ」方 と、主家の存続のために命をかけるという点で、D ⅰに取り込んだのである。単に連判によって長柄の 槍の小男の汚名を晴らすという話ではなく、不正糾弾、武士の掟の問題に大きく改変している。 目録副題には「武士は一戦の働き第一の事」とある。挿絵の傘連判には「またぬに至極是非の御吟味あ そばしけるにひろいくびに治定して即座に切腹口をしき心底武の」とあって、本文の一部がそのまま引 かれている。あらすじ②では、それとは異なった長文の連判状を取り上げているのである。 「それ勇士一戦に及び一心を立つる則ときんば、勝利を得ること速やか也。…義を守りて戦ひ、功以て勝つ者、 これ武ぶ勇ようの道に非ず乎や」は、副題「武士は一戦の働き第一の事」を言い換えたものであろう。しかし、「こ こに逆げき士し有りて、…窃かに衆の功を奪ひ、将の眼を陣所に瞢くらます」とあるところは、一個人の不正が及 ぼす影響の大きさを取り上げているように見える。「還つて功士を非義の罪に陥れ、誅戮せしむる事」は、 また個人の問題に戻っているようにも見えるが、「冀こひねがはくは侫士の実否を糾ただしたらば、当家の掟、後代 の警いましめなるもの也」と結ばれる。色よき鎧武者も「後代の掟」として長柄槍の小男を処刑した。それを受 けて「当家の掟、後代の警め」としているのであるが、当家・掟・後代・警めなどからは、この連判状は、 個人の汚名を晴らすにとどまらず、大きく武士のあり方を取り上げたものと考えなければならない。② に殊更に長文の連判状が記されているのは、「義を守り」「功を以て勝つ」ことこそが第一で、武士は不 正を犯してはならない存在であるという本話の主題を明示したものなのである。

巻二の三の重層世界:小早川秀秋の寝返り事件、三河一向一揆

以上のように、第二層である本話は、素材である木村重成の 2 つの逸話を繋ぎ合わせ、武士の不正を 糾弾し、正義を武士の掟とする話へと換骨奪胎した興味深い話となっていた。しかし先に触れたように、 素材の大坂の陣の出来事を関ヶ原の合戦に置き換えたのは、第三層である重層世界を示すシグナルであ る。関ヶ原の合戦において、素材の安藤長三郎・本話の出頭人の色よき鎧武者に相当し、「拾い首」に相 当する、それ以上の大きな「義」に背く行為をしたのは、小早川秀秋である。秀秋の寝返り事件を、素材 の A から D、本話の A ⅰから D ⅰに対応させると、重層世界は次のような A ⅱから D ⅱの形となる。 A ⅱ 関ヶ原の合戦 B ⅱ 出頭人である小早川秀秋、関ヶ原の合戦当時 19 歳であった。 C ⅱ  秀秋の東軍への寝返り、西軍の大谷吉継軍を攻撃し東軍を勝利に導く。戦後の論功行賞で岡山 五十五万石に移封される。 D ⅱ  三河一向一揆。家康の家臣の半数に及ぶ一向宗徒が一揆を起こす。家康は何とか円満に一揆を 収め、徳川軍団の結束を固めた。 秀秋の軍事行為を歴史的背景の中でどのようにとらえるかは、議論されるところであり、大坂方の内 部事情が関係していたと考えられる。しかし、当時の公家や僧侶の日記などに伝えられる伝聞などが、 秀秋の軍事行為に対する世俗的な認識であったと思う。西鶴の小早川秀秋の寝返り事件に対する見方も 似通ったものであったのだろう。 白峰旬氏は、慶長 5 年(1600)の関ヶ原合戦についての在京公家・僧侶などの日記の記事を時系列に整 D12256-73000860_羽生紀子.indd 6 2020/12/24 9:30:13

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理している8)。9 月 15 日の小早川秀秋の裏切りについては、次のようにまとめている。 『舜旧記』では「余(金カ)吾殿、依反逆也」、『言継卿記』では「内府勝也、筑前中納言同心也」、『時 慶記』では「金吾手返ニ付而、天下騒動」、『中臣祐範記』では「至手前、羽柴金吾殿ウラカヘリ」と記 されていて、「反逆」、「手返」、「ウラカヘリ」といった表現が目立つ。 『中臣祐範記』の記事が少し詳しいが、それでも歴史的事実の詳細な記事というものではなく、出来事 の要点の伝聞程度に過ぎない。噂、伝聞の典型として次に引用する。白峰氏論文に掲載されるのは現代 語訳なので、史料原文を引用する9) 十五日、尾州ニテ家康方ト上方衆ト合戦度々、尽々上方衆得理ヲ処ニ、至手前羽柴金吾殿ウラカ ヘリ、ウシロヨリ一万五千余ニテ切テ懸ル間、無了簡廃軍了、大谷刑部少輔、石田治部少輔以下過 半謝(討)死了、即時ニ家康入京了、此金吾殿者幼少ヨリ太閤秀吉為御養子出頭之仁也、今度之仕合、 武勇ノ上ト云、旧孝ト云、比興之所行世間之嘲嘍也、 豊臣秀吉の養子として B ⅱ「出頭之仁」であるにもかかわらず、C ⅱ「ウラカヘリ」という「比興之所行」 に及んだことが、「世間之嘲嘍」を受けているとしているのである。本話では、B ⅰ「色よき鎧武者」の装 いを「人皆これを指差し」笑ったが、B ⅰ「時の権威に任せ」「出頭時を得たれば」、C ⅰ卑怯にも拾い首 を「軍帳に留め置き」、「御前よろしく手柄に披露」したと描いていた。西鶴は、当時の一般的な秀秋への 見方を、そのまま取り込んでいるといえる。「色よき鎧武者」の行為は、重層世界としての秀秋の裏切り 事件を想起させるシグナルであった。 ここまでは、本話 A ⅰから C ⅰと重層世界 A ⅱから C ⅱは完全に重なると言ってよい。D ⅰと D ⅱ は秀秋の裏切り行為が糾弾されたわけでないので、対応していないかのように見える。素材 C で安藤 長三郎は処罰を受けたわけでなく、木村重成の大坂方の安泰のための血判要求事件に転換され、武士は 不正を犯さないという掟の問題が取り上げられていた。重層世界においても、同様に秀秋の問題を離れ て、徳川家の団結と掟の問題に転換されているのである。D ⅱの三河一向一揆は、徳川家にとって個人 の問題ではなく、徳川の家の存続にかかわる大事件であった。三河一向一揆は連判状によっても想起し うるが、西鶴は B ⅰにその伏線を嵌め込んでいる。B ⅰには 6、7 人を突き止めた長柄槍の小男が、老 武者と出会い鑓を合わせず逃げ帰ったという、本話から脱線するような話題が記されていた。そこに不 可解さを抱くが、それは連判状に加えて、三河一向一揆が重層世界であることを示すシグナルなのであ る。それは一向一揆における蜂屋半之丞と家康の逸話である。次のようなものである10) 御味方の勢我先にとすゝむ。その勢ひ甚強し。これにより賊徒等と縄手路を経て退むとす。水野 藤十郎忠重これを追ふ。半之丞鎗をとつて向はむとす。東照宮御馬を馳て追せたまへば、頭を伏せ 鎗を引て退く。松平金助某かへしたゝかへとよぶ、これを見て我はこれ君威を畏るゝなり、なむぞ 汝等をものの数とせむやとて、鎗をとりて金助を突其首をとらむとす。東照宮御馬をかけよせ、こ れを叱りたまひければ、また驚き畏れてすみやかにしりぞく。 本話 D ⅰでは長文の連判状が出てくるが、それが傘連判かどうかは記されていない。「前後知れざる 仕立てあり」とあるだけで、挿絵によって傘連判だと判断できるのであり、その挿絵の連判の文章は、 長文の連判とは異なっている。その不可解さからは、素材は重成の血判の座、本話はそれを受けて覚悟 を決めた連判状の提示、そして挿絵によって重層世界の三河一向一揆を想起させるという構造になって いることを推測させる。B ⅰの長柄鎗の小男の話題が、それをより明確なものとしているのである。 挿絵では署名するのは 16 人であるが、本文では「連判三十八人」となっている。それは慶長 5 年(1600) の関ヶ原の合戦から足かけ 38 年前の事件である、永禄 6 年(1563)に起こった三河一向一揆を匂わせた ものであろう。三河一向一揆は、家康の家臣団の半数にも及ぶ一向宗徒が謀反し、家康を窮地に追い込 んだものである。その時傘連判状が用いられたという史料は見出せていないが、一向一揆に傘連判があっ ても不思議ではない。西鶴は三河一向一揆を匂わすために傘連判を嵌め込んだのであろう。傘連判は西 鶴の作意であったと想像されるが、後述するように、その署名のあり方に工夫しているのである。 家康は三か条の起請文を与えて一揆側と和睦する。『武徳編年集成』巻 7 に、次のようにある11) (吉田太左衛門は、本多弥三郎正信、蜂屋半之丞、渡辺半蔵守綱等を諫めて「降ヲ請ヒ、忠戦ヲ遂

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(羽生) - 8 - テ、先非ヲ償フヘキ旨」を告げる。本多は「即承服」したが、蜂屋は縁昵の大久保弥三郎忠政に仲立 ちを依頼する。弥三郎は嫡家新八郎忠俊入道浄玄、その子五郎右衛門忠勝に告げ、両人は岡崎に行っ て家康に会う。) 神君ヲ諫ル処御許容アリ、弥三郎則此由ヲ蜂屋ニ告ル。蜂屋ハ石川善五左衛門、同源左衛門、同 半三郎、本多甚七郎等ト相議シ、又弥三郎ニ告テ曰、君、仁心ヲ以テ凶徒ノ罪ヲ宥シテ玉ハハ、三 ツノ願ヒアリ。其一ニ曰、徒党ノ諸士、其采邑ヲ没収セラル事勿レ。其二ニ曰、僧侶安住シテ寺塔 元ノ如ク成ヘシ。其三ニ曰、賊徒ノ張本人カ罪科ヲ免レシメン。此三事ヲ以テ、嘆訴セン事ヲ請フ。 (家康は張本人は許せないと主張したが、浄玄が大久保一族の功にかえてでも許してほしいと諫言し、 結局 3 人ともに許された。) 『武徳編年集成』の著者は幕臣木村高敦で、成立年は元文 5 年(1740)である。流布している説の誤りを 正すなどの訂正が行われているといい、三河一向一揆の伝聞としては、かなり正確なものであったと思 われる。他にも軍記物的資料に『参州一向宗乱記』がある12)。ここには、「右原本、三河国岩津の処士中 村左仲蔵書」を、文化 4 年(1807)に鍋田三善なる人物が借りて写したという識語がある。その内容は『武 徳編年集成』とほぼ類似しており、『集成』の記事内容を取捨して簡略化し、軍記風の読み物として書き 直したようである。いずれも西鶴よりも後の資料ではあるが、三河一向一揆に関わる三か条の誓約その ものは、人口に膾炙していたと考えられる。西鶴は、そのような伝聞、あるいは『集成』等が拠った資料 に依拠したものであろう。 この三か条の誓約は、素材 D において家康が木村重成に大坂方への五か条の血判誓紙を与えたのと 重なる。その後、一揆側が武装を解除、一向宗寺院の破却、僧徒追放を断行し、領内の一向宗を禁止し ているのは、大坂方の結末と同じであるが、家康は一向一揆に加わった家臣を罰していないのである。 D ⅰ連判状の武者仲間側が認められたという結末は、D ⅱ家康が徳川軍団から宗教色を排除して領国支 配の地盤を固め、その後の徳川氏の発展をもたらしたことに重なるのである。三河一向一揆は、徳川氏 の掟を作り、基盤を固めたという重要な契機となったものでもあった。 傘連判状は、戦国時代の武将連合の起請文に始まり、江戸時代には百姓の上訴や一揆の際に多く作ら れたという。例えば、防長を制圧して大大名となった毛利氏は、配下の国人衆と盟約を結び結束を固め た。毛利元就は弘治 3 年(1557)2 月 2 日、12 月 2 日に、それぞれ備後、安芸の国人と連署起請文を取 り交わしている。その時の 2 通の傘連判状には、元就は毛利右馬頭元就と署名し、他の人物も苗字・官 名・名乗りで署名している。安芸の国人との連署には、12 人中 9 人に花押まである13) 武士の連判状と異なり、農民一揆などでは名前だけが記されるのは当然であるが、押印されているも のもある。挿絵の傘連判は本文の 38 人と異なって、16 人の署名しかないが、何太郎、何次郎、何兵衛、 何七、何吉などとあって名前だけであるが、「何〇〇」という不可解な署名となっている。いかにも農民 一揆や一向一揆の連判状のようであるが、何之丞、何左衛門、何十郎などの署名は、農民らしくないイ メージともいえる。一揆に加わった本多正信は弥八郎、本多正重は三弥・三弥左衛門、渡辺盛綱は半蔵・ 忠右衛門、蜂屋貞次は半之丞などの別名・通称をもっていた。そのような武士の別名や通称を交えて、 武士と農民宗徒の混じり合った三河一向一揆の内実を示そうとしたのであろう。

おわりに:次章の素材へのシグナル「堪忍」

本章は前章巻 2 の 2 とプロットが類似していることが指摘できる。「武烈(信長)―勘違いの証拠―冤 罪―くもらぬ心による訴え―名誉回復、正道へ導く」に対して、「家康―偽証―間違った褒賞―武者仲間 の傘連判―名誉回復、不正を犯さないという国の掟を定め発展へ導く」となる。木村重成の 2 つの逸話 を換骨奪胎して、そのようなプロットに嵌め込んでいるのである。その上で武士の不正を糺す話とし、 さらに重層世界に、小早川秀秋の裏切り事件と三河一向一揆を重ねたのである。 第一層の素材を念頭に、それを自在に駆使した改変、付加、削除の具体相としての第二層である本話 を読むと、実に興味深い話となっている。さらに第三層に思い至ると、一見単純に見えた本話が、複雑 D12256-73000860_羽生紀子.indd 8 2020/12/24 9:30:13

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に作意の凝らされた面白さを持っていることに気付くのである。本話、重層世界の面白さが実感できる のであるが、その面白さは、第一層の素材そのものの面白さにもよっているのである。 巻 2 の 3 の素材は、木村重成の 2 つの逸話であった。重成の逸話は、今ではそれほど注目されるもの ではないが、西鶴当時の大坂においては、その実録物の多さなどからも、大いに好まれた逸話であった ことがわかる。本話のあらすじ②の終わりの部分に、出頭人の「色よき鎧武者」の親類が「堪忍なりがた くて」暇乞いをして、連判の張本人に報復しようとする記述がある。あえて「堪忍なりがたく」という語 句を出しているのは、木村重成のもう一つの著名な「堪忍袋」の逸話を想起させるためのものであろう。 続く巻 2 の 4「兵法の奥は宮城野」が、連続して木村重成の逸話を取り上げていることを示すシグナルで もあるのである。

1) 羽生紀子①「『新可笑記』の重層性―巻頭章と草薙の剣盗難事件―」(『日本語日本文学論叢』第 14 号、2019 年 3 月)・ ②「『新可笑記』巻一の二「一つの巻物両家にあり」の読み―南北朝正閏争いと「二つの笑い」の内実―」(『武庫川 女子大学紀要 人文・社会科学編』第 66 巻、2019 年 3 月)・③「『新可笑記』巻一の三「木末に驚く猿の執心」の検 討―家光・忠長の将軍位継承争いと武士のあり方―」(『武庫川国文』第 85 号、2018 年 11 月)・④「『新可笑記』 巻一の四「生き肝は妙薬のよし」の構造―夢幻能の利用と家光・正之の主従関係―(『武庫川国文』第 86 号、 2019 年 3 月)・⑤「『新可笑記』巻二の五「死出の旅行く約束の馬」の検討―章番号の齟齬と武田信玄の上洛宣言―」 (『武庫川国文』第 87 号、2019 年 11 月)・⑥「『新可笑記』巻二の六「魂呼ばひ百日の楽しみ」の検討―戦国武将武 田信玄の上洛作戦と挫折―」(『日本語日本文学論叢』第 15 号、2020 年 3 月)・⑦「『新可笑記』巻一の五「先例の 命乞ひ」の検討―戦国武将豊臣秀吉の生き方と千利休切腹事件―」(『武庫川女子大学紀要』第 67 巻、2020 年 3 月)・ ⑧「『新可笑記』巻二の一「炭焼きも火宅の合点」の検討―戦国武将豊臣秀吉と秀次切腹事件―」(『武庫川国文』第 88 号、2020 年 3 月)・⑨「『新可笑記』巻二の二「官女に人の知らぬ灸所」の検討―戦国武将織田信長と比叡山焼 き討ち事件―」(『武庫川国文』第 89 号、2020 年 11 月) 2) 注 1 の⑤参照。 3) 『新可笑記』本文は『井原西鶴集④』(「新編日本古典文学全集」広嶋進校注・訳、小学館、2000 年)による。  4) 浮橋康彦「西鶴の文体の一原型―『北条五代記』と『日本永代蔵』」(『西鶴』(「日本文学研究資料叢書」有精堂出版、 1969 年、初出・『国文学攷』第 43 号、1967 年 6 月)・「『新可笑記』の構造をめぐって」(森山重雄編『日本文学  始源から現代へ』笠間書院、1978 年) 5) 高橋圭一「実録の中の木村重成」(『大阪大谷国文』第 38 号、2008 年 3 月) 6) 下川雅弘「大阪の陣豊臣方関連史跡の創出―真田幸村(信繁)・木村重成を中心事例に―」(『戦国期政治史論集  西国編』岩田書院、2017 年) 7) 国文学研究資料館鵜飼文庫所蔵本。 8) 白峰旬「在京公家・僧侶などの日記における関ヶ原の戦い関係等の記載について(その1)―時系列データベー ス化の試み(慶長 5 年 3 月~同年 12 月)」(『別府大学紀要』57 号、2016 年 2 月)。「在京公家・僧侶などの日記 における関ヶ原の戦い関係等の記載について(その 2)―時系列データベース化の試み(慶長 5 年 3 月~同年 12 月)」(『史学論叢』第 46 号、2016 年 3 月) 9) 『中臣祐範記』は、「史料纂集 古記録編」(八木書店、2015 年)による。 10) 『寛政重修諸家譜』巻第 294(第 2 輯、国民図書、1923 年) 11) 国文学研究資料館所蔵本。句読点を補った。 12) 『参州一向宗乱記』は、『蓮如 一向一揆』(「日本思想大系」17、岩波書店、1972 年)による。 13) 『毛利家文書之一』225・226(「大日本古文書 家わけ第八」、東京大学史料編纂所、1997 年) 受理日 2020 年 11 月 27 日

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- 11 - Bull. Mukogawa Women’s Univ. 2020, 68, pp.11-19.

武庫川女子大学紀要

留学中の日本語学習者の情意要因の観察

―コミュニケーション意欲の変化とその要因―

野 畑 理 佳

(武庫川女子大学短期大学部日本語文化学科)

A study on affective factors of the language learner studying in Japan

―Focusing on Willingness to Communicate in Japanese language―

Rika NOHATA

Department of Japanese Language, Junior College Division Mukogawa Women’s University

Abstract

The purpose of this article is to report how affective factors including anxiety, self-confidence, risk-taking and inhibition change and how Willingness to Communicate in Japanese outside the classroom is affected by those factors while studying in Japan. The data was collected by interview and questionnaires to two ad-vanced learners and analyzed by qualitative data analysis method. The results show that opportunities to per-ceive language competence, experiences of communication, features and participants of communication, and learnersʼ beliefs affect Willingness to Communicate. Successful communication enhance self-confidence and decrease language-use anxiety. Self-confidence influences Willingness to Communicate with significant oth-ers in the target language society. Experiences of failures in communication causes language use anxiety and decrease Willingness to Communicate with others. Conditions of communication also impacts their willing-ness to communicate, especially with significant others in the target community. The implication of the find-ings suggests Willingness to Communicate is concerned with the desire to establish a relationship with others as a member of the target community.

1.はじめに

日本国内における留学生数は増加しつつあるが、現在多くの大学において協定校からの短期留学生を 受け入れ、日本語学習や文化学習を中心とした様々なプログラムを展開している。竹田(2013)1)による と、日本語学習を中心とするプログラムの参加者は、帰国後も日本語や日本文化の学習を継続するといっ た理由により、留学の目的が明確化しており学習に対して積極的である。このような安定的な学習動機 を持つと考えられる学習者は、留学先での経験を通じて自信を得て、さらに学習動機を高め帰国後の継 続的な学習につながるという例が想像できる。学習動機には段階的な変化のプロセスが存在し、連続的 に変化するものであることから2)、留学に際し生じる学習環境の変化、留学中の様々な経験は、学習動 機を含む学習者の情意的側面に何らかの変化をもたらすと考えられる。第二言語でのコミュニケーショ ン意欲も学習者の情意的側面の一つである。留学中にコミュニケーション能力が高まることを期待する 学習者は少なくないが、積極的にコミュニケーションをとるという行動につながる場合とそうでない場 合がある。第二言語におけるコミュニケーション意欲に影響を及ぼす様々な要因について知ることは、 留学の受け入れ側としての環境を考える上で重要であると考えられる。 D12256-73000860_野畑理佳.indd 11 2021/03/05 17:26:31

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Willingness to communicate(以下、WTC)は「第二言語を用いて他者と対話する意思」3)であり、第二言 語学習の最終目標を「コミュニケーションを行う意思」とする考え方によるものから学習動機の一側面を 形作る4)。日本語学習者を対象としたコミュニケーションを行う意思についての調査は少ないが、小林 (2008) 5)は国内の留学生を対象とした日本語学習や授業に対する内発的興味に加え、就職・起業のため という外発的動機付けが WTC を促進する可能性を示している。筆者は、留学中の学習者の学習動機お よびコミュニケーション意欲を含む情意面の変化について調査を行っている。小論ではその結果の一部 として、留学中の教室外場面における日本語コミュニケーションを行う意思が、関連する情意要因によっ てどのように影響を受けるのか分析した結果を報告する。第二言語学習における情意的側面に関する調 査は統計的調査が中心であるが、留学という一定の期間における情意要因の変化を詳細に捉えるため、 質的分析を採用した。

2. コミュニケーション意欲と情意的側面

第二言語における WTC のモデル6)においては、WTC に影響する様々な変数により、コミュニケーショ ン意欲を高め実際に行動としてコミュニケーションが促されるまでの仕組みが示されている。影響する 変数にはグループ間の関係や対グループへの態度といった社会的要因も含まれ、認知的側面としてコ ミュニカティブ・コンピテンスや社会的状況の認知、心理的側面としては自信や個人的な性格要因、対 グループへの態度として学習動機などが含まれている。自信はその場の状況的な自信と第二言語におけ る自信に分かれるが、第二言語における自信は第二言語スキルの自己評価という認知的側面と言語不安 を含む概念である。MacIntyre and Charos (1996)7)においても、WTC に第二言語不安および第二言語能

力の認知が関連していることが報告されている。 Brown (2014) 8)は言語習得の情意要因として、自尊感情、WTC、危険負担(間違うリスクを恐れずに 推測し試してみる意思)、抑制(自己を意識し守る気持ちであり、抑制が強いと危険負担を避ける傾向に ある)、不安、共感、外向性と内向性、性格的特徴および動機を取り上げている。本研究で取り上げる 情意要因は、WTC の変数となる「不安」、及び「自尊感情」である。「自尊感情」には「自己肯定感」「自己 効力感」といった近い概念が存在するが、本稿では「自信」(分析では「自信感」)を使用する。さらに「危 険負担」及びそれに関わる「抑制」を取り上げる。「危険負担」は教室内の文脈において教室不安との関連9) また自発的なクラス参加との関連10)が示されており、教室外の文脈においても WTC モデルの最終段階 である実際のコミュニケーション行動へと結びつくのに重要な要因であると考えられる。 本稿では、上記に示した不安、自信、危険負担、抑制および WTC を観察し、留学中の教室外場面に おいて日本語 WTC(日本語で他者とコミュニケーションする意思)の変化にどのように影響しているか について報告する。なお WTC はライティングや読解といった 4 技能に関連するが、本研究では口頭で やり取りを行うコミュニケーションに焦点を当てている。

3.調査方法および分析方法

3-1.調査方法および調査参加者 調査参加者は国内の大学に交換留学生として約 10 か月間滞在した、アジア出身の国籍の異なる 2 名 の女子学生 A、B である。調査時期は 2017 年~ 2018 年(学習者 B)、2018 年~ 2019 年(学習者 A)である。 2 名はいずれも出身国の大学で日本語を専攻しており、大学 3 年次での日本留学であった。日本語能力 は来日時点で A は日本語能力試験 N2 レベル、B は N1 レベルであり、日本語そのものの授業に参加す るだけでなく、日本人学生を対象とした複数の講義にも出席し、専門科目等を学ぶいわゆる上級レベル であった。この 2 名に対し、留学期間の中盤(来日 5 か月目)、帰国直前となる終盤(10 か月目)の計 2 回、 50 分程度の半構造化インタビュー、および質問紙によるアンケート調査を実施した。インタビューと

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留学中の日本語学習者の情意要因の観察 - 13 - ともにアンケート調査を行った目的は、「不安がなくなった」や「自信が出てきた」といった語りをより具 体的かつ客観的に把握するため、また 2 回目のインタビュー時に、1 回目とのアンケート結果の違いを 調査参加者・調査者ともに確認しながらインタビューを実施するためである。 アンケートは荒木(2014)11)を参考に、自信、不安、危険負担、抑制、WTC について問う項目を作成し、 それぞれ 4 件法で選んでもらった1。2 回目のアンケートでは学習動機と WTC の変動を可視化したもの と合わせて語りを解釈するため、「日本語でコミュニケーションしたい気持ち」(WTC)、「日本語でコミュ ニケーションすることについて、不安な気持ち」(不安)について、来日時から帰国までの変動を手書き の折れ線グラフで示してもらった2 インタビューでは、(1)上記アンケートの記述(1 回目:留学前と変わった項目があるかとその理由  2 回目:1 回目と変化した項目とその理由)について確認し、(2)アンケートの折れ線グラフについて変 化した時期とその理由について確認した。さらに、(3)日本語の教室外のコミュニケーションで楽しさ、 不安や緊張を感じるときの場面とその理由、(4)教室外で日本語を使用する頻度や相手の有無、(5)留学 中の経験による日本の社会文化に対する考え方の変化の有無と、学習に対する影響、(6)日本語学習の 開始時の学習動機、留学の動機、留学中の目標や学習動機の変化、2 回目は帰国後の学習動機や目標、(7) 留学中を含む過去の日本語学習経験において楽しさや辛さを感じた経験とその理由について質問した。 3-2.分析方法 インタビューデータは筆者が文字化し、SCAT による分析を行った。SCAT はマトリックスの中にセ グメント化したデータを記述し、4 段階のコーディングとそのテーマ・構成概念を紡いでストーリーラ インを記述し、そこから理論を記述する手続きからなる分析方法である12)。SCAT の分析手法は一つだ けのケースや比較的小さな質的データの分析にも有効な手法とされているため13)、本研究において SCAT を採用した分析を行う。分析したデータは 2 名の学習者のそれぞれ 2 回ずつの計 4 つのインタ ビューデータであり、データの解釈はアンケートを参照しながら行った。SCAT ではまずデータの中の 着目すべき語句を書き出し、次にそれを言い換えるためのデータ外の語句を記入し、さらにそれを説明 するための語句を記入し、そこから浮き上がるテーマ・構成概念を記述する。分析に至っては大谷(2008, 201114), 2019)を参照し、中盤・終盤で得られたデータ全体のテクストから、テーマ・構成概念までを往 還しつつ脱文脈化と再文脈化によって解釈を行い、ストーリーラインと理論記述を行った。終盤で得ら れたデータの解釈は、中盤で得られた分析結果を踏まえて行った。

4.分析結果と考察

学習者(A、B)について 2 回のインタビューを合わせて作成したストーリーラインを報告する。テーマ・ 構成概念は【 】内に記述している。紙幅の制限により SCAT の分析例は一部のみ掲載する。 4-1.学習者 A A はコミュニケーション意欲についての折れ線グラフにおいて、留学直前から高まり、そのまま留学 の終わりまで変化のない一本の線で示した。つまり WTC は高いまま安定していたということである。 1 アンケートの調査項目のうち、本稿で取り上げた情意要因に関連する項目として「日本語に上手になる自信があ る」「人前で日本語を話すのは恥ずかしい」「自分が話す日本語が正しいか、よく考えて慎重に話す」「間違うこ とは恥ずかしいことだと思う」「日本人が私の日本語を下手だと思わないか不安だ」「誰とでも恐れずに、気軽に 話ができる」「初めて会った日本人と話すとき、うまく話せるか不安に思う」「できるだけ多くの日本人と会話し たいと思う」「友人など特定の人と日本語で会話したいと思う」「知らない日本人でも機会があれば会話したい」 を含んでおり、参考のためにその他の情意要因である共感、外向性、寛容性、性格特性に関する質問も加えてい る。それらの各項目を「全然そう思わない」「あまりそう思わない」「まあまあそう思う」「強く思う」から選択し てもらった。 2 本調査は学習動機の変容についても行っているが、本稿では WTC のみに焦点を当てて報告する。 D12256-73000860_野畑理佳.indd 13 2021/03/05 17:26:32

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しかしながらインタビューにおいてはWTCが変化する語りが見られた。一方で、不安の折れ線グラフは、 来日時点は高く、来日後 2 か月間で急降下し、その後徐々に僅かに下降するグラフであった。図1は A のストーリーラインである。 <留学生活前半> A は【長期的学習経験による第二言語使用の自動化】(抑制の低さ)を有するが、同時に【日本語能力認知による第二言語不安】、 【正確さに対するビリーフによる第二言語不安】【コミュニケーションの失敗の経験による第二言語不安】を持つ。A は留学に際 し【必然性によるコミュニケーション意欲】を持つが、【重要な他者とのコミュニケーションに対するポジティブ感情】【重要な 他者との関係性欲求実現に対する困難の認知】を経験している。また【文化的差異に基づくネガティブ感情】を経験したことから 【コミュニケーション失敗の経験】に対して【重要な他者との関係性阻害要因としての認識】を持っており、【文化的差異に基づく コミュニケーション失敗の予期によるコミュニケーション不安】を持つ。A は【日本語能力向上の認知による自信感の獲得】を経 験している。 <留学生活後半> A は留学終盤においては【コミュニケーションの成功体験による自信感の獲得】【日本語能力向上の認知】、【コミュニケーショ ンに伴うポジティブ感情】(不安の減少)および【重要な他者との日本語コミュニケーション意欲の高まり】【内発的動機の意識 化による日本語コミュニケーション意欲】が見られ、【一時的な第二言語不安の解消】や【第二言語不安の段階的な減少】へとつな がっている。しかし、【コミュニケーション失敗の経験】【L2 理想自己と現実との差に基づく誤りに対する否定感】(抑制の高 まり)を有していた。加えて、【運用知識の獲得による抑制の高まり】【危険負担の減少】を経験していた。一方で【コミュニケー ション時の意識変化(構造から文脈へ)】により、【危険負担への意義の認知】が見られる。また【自信感の獲得】【日本語会話能力 向上の認知】のため【コミュニケーションに伴うポジティブ感情】が起こり、【重要な他者との日本語コミュニケーション意欲の 高まり】が見られる。一方で、【コミュニケーションの失敗の経験による第二言語不安】を持ち、【重要でない他者とのコミュニケー ション意欲の減退】につながっている。 A は【重要な他者とのコミュニケーション】による【コミュニケーション時の言語調整の有無】について【コミュニケーション 失敗の経験との関連付け】を行っている。特に【難易度の高いタスク】での【コミュニケーション失敗の経験】が起きるが、それは 【失敗経験による自己の能力の内省】のきっかけとなる。また【コミュニケーション時の言語調整の有無】の【コミュニケーション 意欲への影響】が見られる。さらに【重要な他者との関係性維持の阻害要因としての誤りへの不安】が起こる。 図 1:A のストーリーライン A は WTC について安定的であると述べた。その理由は長期にわたる日本語への興味と学習経験、自 身の努力により安定的な自信感を持っていたからである。しかし来日後には自身の能力不足を知るコ ミュニケーションの失敗経験をすることで、正確さや意思疎通に対する不安を持つことになった(【コ ミュニケーションの失敗の経験による第二言語不安】。しかし WTC には大きく影響せず、友人コミュ ニケーションにおいて難しさを感じつつも、楽しさを実感している(【重要な他者とのコミュニケーショ ンに対するポジティブ感情】)。A はコミュニケーションの成功体験から自身の日本語能力が向上してい ると認知する機会があり、自信が芽生え、(【日本語能力向上の認知による自信感の獲得】)、第二言語不 安を一時的あるいは段階的に減少していく。 表 1 は A の SCAT の分析例である。表中の発話者Iはインタビュアーを示している。

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留学中の日本語学習者の情意要因の観察 - 15 - 表 1 学習者 A の SCAT の分析例(一部) A は留学生活後半において、コミュニケーションにおける成功体験などにより自信感を持ち、それは 不安の解消につながっているが、コミュニケーションが常にうまくいったわけではなく、接触機会の多 5 A は留学生活後半において、コミュニケーションにおける成功体験などにより自信感を持ち、それは 不安の解消につながっているが、コミュニケーションが常にうまくいったわけではなく、接触機会の多 番 号 発話 者 テクスト <1>テクスト中の注 目すべき語句 <2>テクスト中の語 句の言いかえ <3>左を説明するよ うなテクスト外の概 念 <4>テーマ・構成概 念(前後や全体の 文脈を考慮して) 1 A なんか多分、たぶん他の寮の友達も、私の意味、私の言 葉の意味がわからないときがいっぱいある、ありますけ ど、でも何かほかの寮の友達が、なんか優しく他の言葉 に言い換えた話で、私に意味を確認してくれます。でもR はえって感じで私に意味を確認してくれなかったですか ら、それがちょっと、あー失敗したねっていう感じです。 寮の友達、わから ないとき、優しく、他 の言葉に言い換え た話、意味を確認し てくれなかった、失 敗したね 友人、コミュニケー ションの失敗、言語 調整、コミュニケー ションストラテジー コミュニケーション に非協力的な他 者、重要な他者、コ ミュニケーションスト ラテジー、言語調 整、自己否定 重要な他者とのコ ミュニケーション、コ ミュニケーション時 の言語調整の有 無、コミュニケーショ ン失敗の経験との 関連付け 2 I そうか、なんかもうちょっと、お互いにこう?こうって聞いて してくれたらいいけどそれをしてくれないから、ああ、なる ほど、それはどうなりましたか、解決できた、それとも、も う仕方がない 3 A 仕方がない、もともと私は留学生としてなんか、話す言葉 が変だったかも知れません。だから相手から、そういう理 解しようとする気持ちがもともと少ないかもしれません。で もそれも仕方がありません。ただ自分はもともと使ってい る言葉が変ですから。 仕方がない、話す 言葉、変だった、相 手、理解しようとす る気持ち、少ない、 間違い、コミュニ ケーションの失敗の 原因 諦め、日本語の自 己評価、自己否定 失敗経験による自 己の能力の内省 4 I 変だったかもしれないということね。 5 A はい、相手から理解しようと思っていたとしても、その面 倒くさいですから、相手にとって面倒くさいですから、仕方 がないです。 面倒くさい、相手に とって コミュニケーション の失敗の原因 コミュニケーション の相手の態度 コミュニケーション 失敗の経験 6 I そっかそっか、でもちょっとやっぱりそれ聞かされると、な んかちょっと、嫌になってしまった。 7 A はい、あーまた失敗したっていう感じです。えーわからないの?まじっすか?という感じです。 また失敗したってい う感じ、わからない コミュニケーション の失敗の原因 特定の相手、失敗 の経験の繰り返し コミュニケーション 失敗の経験 8 I あ-そっかそっか。はい。今もありますか。 9 A 今もありますね。はい。両方はアニメが好きなので、あの 時々何かおすすめしたいアニメがあったとき、なんかRに 何か薦めましたけど、そのストーリーの展開が話したと き、まあ、Rがわからないときがたくさんありました。後は どういう状況?になりました。 アニメが好き、薦め ました、わからない とき、たくさんありま した 共感、難易度の高 いタスク、失敗の繰 り返し、 難易度の高いタス ク、コミュニケーショ ン失敗の経験 10 I I:なるほど、そういうふうに何か伝わらなかったとき、そう いうときって自分の勉強しようとか、コミュニケーションし ようという気持ちに影響がありますか。何か勉強したいと かコミュニケーションをもっとしたいという気持ちに影響が ありますか。 11 A えー、そうですね。もっとなんか、長い言葉をあの短い言 葉に、その、切りたいです。長い言葉を話したとき、私自 身の何か話すスピードがもともと遅いですから、あの長い 言葉を話したとき、必ず相手に何か迷惑をかけると思い ます。短い言葉になったら、多分相手にとっても、その何 かもっと、もっとわかりやすくなると思います。 長い言葉、相手、何 か迷惑をかける、 短い言葉、わかり やくなる 会話スタイル、発話 調整 日本語能力の認 知、発話調整、日 本語母語話者との コミュニケーション、 意思疎通、自身の 日本語の内省 失敗経験による自 己の能力の内省 12 I そういうこと。自分のその話し方を変えようと思う。 13 A はい 14 I そういうことか。じゃあ勉強はしたい気持ちがもっと話した いという気持ちがもうなくなったりとかそういうことはない ですか。話したいと思ったけどなんか、あんまりえ?え? と言われて、ああもうやめようかなとか、そういう気持ち はありますか。 15 A えー何か留学生に対して、何か留学生の言葉を、早く理 解できる人もいれば、理解できない人もいます。はい。だ から日本の方全部じゃなくて、特定な相手に、何か話さな くなりました。何か相手にも、もうなんか面倒くさいことに なってると思いますから、 留学生の言葉、理 解できる人、理解で きない人、特定の 相手、話さなくなり ました、面倒くさい コミュニケーション に協力的な相手、コ ミュニケーションの 相手の特定化、コ ミュニケーション意 欲 コミュニケーション への能動的参加、 失敗の経験、特定 の相手、コミュニ ケーション意欲の低 下 コミュニケーション 時の言語調整、コ ミュニケーション意 欲への影響 16 I なるほど。人を選んで、でも話したい人に話すということですね。 17 A はい ストー リー・ライ ン Aは【重要な他者とのコミュニケーション】による【コミュニケーション時の言語調整の有無】について【コミュニケーション失敗の経験との関連付 け】を行っている。特に【難易度の高いタスク】での【コミュニケーション失敗の経験】が起きるが、それは【失敗経験による自己の能力の内省】 のきっかけとなる。また【コミュニケーション時の言語調整の有無】の【コミュニケーション意欲への影響】が見られる。 D12256-73000860_野畑理佳.indd 15 2021/03/05 17:26:32

Table 2  Factor of Tension Flow Attributes in KMP
Figure 1 Example of situations in passing a pencil to the next by using Tension Flow Attributes
Table 3 Examples of typical animalsʼ images and their concrete physical expressions
Table 4 Examples of variations of physical expressions by Tension Flow Attributes in KMP
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参照

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