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特集にあたって (特集 選挙の風景)

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Academic year: 2021

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特集にあたって (特集 選挙の風景)

著者

川中 豪

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

251

ページ

2-3

発行年

2016-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00002883

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アジ研ワールド・トレンド No.251(2016. 9)

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特集

選挙の風景

  私が直接、日本以外の国の選挙 の 風 景 を み る 機 会 を 得 た の は、 一九九八年に実施されたフィリピ ンの総選挙である。マニラから飛 行機で一時間ほど離れた地方都市 で地方政治の調査をしていたおり、 六年に一度の正副大統領選挙、上 下両院選挙、地方政府選挙の同時 投票が行われた。私はある下院議 員候補者の選挙運動に同行させて もらい、また、投票当日には投票 所(小中学校)のなかをいくつか みせてもらった。そこでは、投票 日にも多くの人々が街中にあふれ かえっていた。投票終了と同時に 開票が行われる投票所の教室では、 多くの人々がひしめきあいながら 見守るなか、担当者によって票が 大声で読み上げられるたびに壁に 貼られた紙に票数を記録する線が ひ と つ ひ と つ 書 き 込 ま れ て い た。 その騒然とした雰囲気は日本でみ る 選 挙 の 風 景 と は か な り 異 な る。 もちろん、日本でも選挙期間中は 候補者や運動員が多数街頭に繰り 出し、拡声器を通してウグイス嬢 たちの声が響き渡るが、投票日に は穏やかな空気のなか整然と投票 が行われ、開票結果もテレビを通 じて確認するのが基本だろう。   選挙は人々が政治をもっとも身 近に感じる瞬間である。政治が日 常レベルに持ち込まれるがゆえに、 それぞれのお国柄をみることので きる機会でもある。そこにはそれ ぞれの国の歴史の流れのなかで生 み出されてきた独特の作法や社会 のあり方を反映させた仕組みが存 在している。本特集ではそうした 作法や仕組みを取り上げ、各国の 「 選 挙 の 風 景 」 を 描 く こ と で、 そ れぞれの国の人々が体験している 身近な政治を紹介したい。

  政治学は選挙制度について多く の研究を積み上げてきた。小選挙 区制や比例代表制の区別、その違 いがもたらす効果などについては かなりのことがわかってきている。 小 選 挙 区 制 が 二 大 政 党 シ ス テ ム、 比例代表制が多党的なシステムを 生む、という議論は良く知られた ものである。また、各国がどのよ うな制度を採用しているのかを分 類し紹介しているものも多い。選 挙区の定数の大小、票数を議席数 に変換するやり方の違い、個人へ の投票か政党への投票かの違いな どが、各国の選挙制度の形態を分 類する基準として使われている。   こうした制度が注目されるのに は当然理由がある。それは、こう した制度が政治家の当選するため の戦略に影響を与え、政党と政治

特集

家個人の関係のあり方を決め、さ らには政策の方向性までも決めて い く か ら で あ る。 簡 単 に い え ば、 政治の動きがこうした制度によっ て決まるからである。一方、政治 の動きに直接つながっていくとは 考えられない制度や慣習にはあま り関心が払われてこなかった。政 治家や政党の戦略とは関係のない 事柄に詳しいことは、ただの「物 知り」でしかないとみなされるか らである。   にもかかわらず、選挙の現場で の運営のされかた、すなわち選挙 の「お作法」をみるのは意味があ ると考える。そこにはそれぞれの 社会が政治をめぐってどのような 信頼関係を作り上げることができ ているのか、あるいは、できてい ないのかがわかるからである。結 局のところ、選挙を支えるのは信 頼である。選挙の手続きに人々の 信頼がおかれなければ、その結果 に対する信頼は生まれない。選挙 結果に信頼がなければ民主主義は なりたたない。選挙結果が公正に 導き出されたものでなければ、そ の結果に不満を持つ人たちはそれ を受け入れないだろう。暴力的な 抗議行動や力による権力奪取の動 きが生まれるかもしれない。各国 02_特集にあたって.indd 2 16/08/02 10:36

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アジ研ワールド・トレンド No.251(2016. 9) の選挙の「お作法」は、そうした 選挙に対する信頼を確保するため の様々な苦心の表れである。

  投票所にどうすれば入れるのか、 投票用紙はどのような形をしてい るのか、誰が票を数えるのか、日 本人にとっては当たり前のことが、 他の国においても同様に当たり前 となっているわけではない。   投票所入場券が各家庭にハガキ で送られてきて、たいした本人確 認の手続きもなく投票できる、と いうことは、他の国では普通のこ とではない。自分の名前が有権者 名簿にあるかを必死に探し、身分 証明書を提示して自分であること を証明するところから始まる国は 多い。そもそも、それ以前に、投 票するために事前に有権者として 登録手続きをとって、投票する権 利を確定させなければならない国 も少なくない。投票所に現れた人 に投票する権利があるかどうかは、 本人の申告だけでは判明しないの である。   また、支持する候補者や政党の 名前を投票用紙に書く日本のやり 方も、識字率の低い国では採用さ れない。字を書き込むことを要求 することが実質的に投票する権利 を多くの人たちから奪うことにな るからだ。投票用紙に示された政 党のシンボルマークを釘で刺して 穴を開けたり、投票用紙に候補者 の顔写真を入れて識別ができるよ うにしたり、あるいは電子投票マ シンのボタンを押したり、それぞ れの国の事情のなかから生まれた さまざまな方法がある。できるだ け 人 々 の 意 向 を 選 挙 に 反 映 さ せ、 選挙結果と国民の支持の乖離を小 さくし、選挙結果への信頼を確保 するための工夫である。   他にも、投票が終わってそのま ま会場を後にする日本とは異なり、 投票した印 しるし として手の指に消えな い(といわれる)インクをつける 国もある。インクをつけることで その人が再びどこか他の投票所で 投票することができないようにす るための方策である。これも選挙 結果への信頼と大きく関わってい る。   こうした選挙の信頼と密接に関 わる選挙の「お作法」それぞれに その社会のあり方や歴史に根ざし た 信 頼 醸 成 の た め の 工 夫 が あ る。 逆にいえば、 「お作法」を鏡として、 その社会のあり方や歴史的な背景 をみることができるだろう。

  一方で、選挙の「お作法」は選 挙の信頼性を高める以外の理由に よってそのあり方が決められるこ ともある。   選挙をめぐる技術は急速に進展 している。もっとも顕著なのが電 子投票の導入である。電子投票と いってもその形態はさまざまであ るが、これまで手作業で行ってい た手続きの効率性を上げるととも に、集計段階での不正を防止する ことができると考えられている。   技 術 の 進 歩 で 効 率 性 が 高 ま り、 それが結局のところ選挙の信頼性 を高めることにもつながるという ことになると、技術が各国に伝播 して、選挙の「お作法」はどこで も同じ形になるだろうか。つまり、 選挙の「お作法」は国際的に標準 化されることになるだろうか。こ ればかりはよくわからない。投票 の仕方そのもの、選挙の運営の仕 方そのものに価値をみいだし、そ れを守っていこうとする動きもあ ると思われるからだ。   たとえば、投票用紙を機械で読 み込むことが効率的だという理解 が進み、日本で投票の方式が記名 式からマークシート方式に変更が されることになるだろうか。候補 者や政党の名前を書く行為自体に 価値があるのだという議論は生ま れないだろうか。こうなると選挙 の信頼を確保する、ということに とどまらない価値が認識されるこ とになる。どこまで選挙の「お作 法」自体に人々が意味をみいだす のかは興味深い。   もしかしたら、民主化されて間 もない国々では、投票後に再投票 防止のためのインクを指につける ことで民主主義を体感していると いう人たちがいるかもしれない。 ( か わ な か   た け し / ア ジ ア 経 済 研究所   地域研究センター) 02_特集にあたって.indd 3 16/08/02 10:36

参照

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