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第31回発展途上国奨励賞受賞記念講演 -- タイの30バーツ医療制度 -- 地域研究、ディシプリン、そして実践

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Academic year: 2021

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全文

(1)

第31回発展途上国奨励賞受賞記念講演 -- タイの30

バーツ医療制度 -- 地域研究、ディシプリン、そし

て実践

著者

河森 正人

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

181

ページ

36-41

発行年

2010-10

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004404

(2)

  皆様、本日はお集まりいただき ま し て あ り が と う ご ざ い ま し た。 たいへん名誉ある賞を頂戴しまし た こ と を 光 栄 に 思 っ て お り ま す。 私は二五年前にアジア経済研究所 に入所いたしました。こちらにい らっしゃる望月研究支援部長と同 期入社ということになります。当 時、 研究所は市ヶ谷にありまして、 動向分析部という部署に配属にな りました。そこから自衛隊 ︵当時︶ の敷地が見えまして、自衛隊員の 人たちが訓練に励んでいるのを横 目に見ながら、タイの政治経済の 動向を追いかけておりました。本 の あ と が き に も 書 い た の で す が、 アジ研での当時の日課は、まずタ イの新聞を毎日二、三時間かけて 読み、日誌をつけることから始ま りました。入りたての頃は、終業 後に三鷹にある語学学校に通いタ イ語を勉強しました。私自身、地 域研究者を目指してやって参りま したが、アジ研で地域研究の手ほ ど き を 受 け た と 思 っ て お り ま す。 そ の ア ジ 研 か ら こ の 賞 を い た だ き、この歳にしてようやく合格点 をいただいたと思っております。

、デ

、実

  私 は タ イ の 地 域 研 究 者 で す が、 絶えず頭の中で地域研究とは何か ということで悩んできました。ま た一方で、ディシプリンとは何か ということも考えてきました。私 の い る 大 学 で も そ う な の で す が、 とかく地域研究というのはその国 の言語を駆使し、歴史とか文化に 精通した、いわばタイおたくのよ うな人間がやっている研究だろう という印象で見られているのでは ないかと思うのです。そういう側 面は確かにあるかと思います。し かし、地域研究はディシプリンと 対峙するものであり、ディシプリ ンという厳然としたものに対して 問題を投げかけて、ディシプリン にどういう風に修正をせまってい くのか、そういう機能を地域研究 はもっているのではないかと思う のです。私の場合、ディシプリン は、社会福祉学ないし社会保障論 です。地域研究には、ディシプリ ンが看過してきた事柄に対して気 付きを与えるという、問題発見的 機能があると思っています。よく 言われることですが、ディシプリ ンは基本的に西洋の歴史や風土の もとで発達して洗練されてきたも のが多い。それに対しアジアを含 め、西洋以外の国々から問題提起 をしていくとことが必要なのでは ないでしょうか。そういう意識の も と で 微 力 な が ら 研 究 し て お り、 その成果が今回の受賞につながっ たと考えております。   さて、今申しましたように、地 域研究とディシプリンの関係は極 めて奥の深い問題ですが、それに 加え私が重視しているのは実践す るということです。実践というの は課題解決ということです。タイ の農村の場合で言いますと、日本 でも最近、限界集落という言葉が 言われておりますが、同じような 状 態 が タ イ に も 起 こ っ て い ま す。 つまり限界集落という問題は地域 を越えて現れてきています。農村 ではお年寄りをはじめ困っている 人がたくさんおります。そうした 実状に対して地域研究は何ができ るのか。国際協力と地域研究が協 働して解決していくという方向性 がでてきていますが、これからも その側面を重視して行かなければ ならないと思います。特に高齢化 という問題︱二年前に大泉啓一郎 さんが﹃老いてゆくアジア﹄で発 展途上国研究奨励賞を受賞なさい ましたが︱この目前にある問題に 対して地域研究者として何かでき ないかという思いが頭の中にあり ました。この地域研究、ディシプ リン、実践︵課題解決︶の三つが 頭の中で常にぐるぐると回ってお り、そのなかで研究を行ってきま した。さきほど絵所先生からもご 紹介いただきましたが、本書の半 分は制度形成の歴史に関する研究 途上国研究の優れた著作に与えられる 発展途上国研究奨励賞(アジ研主催)は2010年度で 第31回目をむかえる。審査の結果、 河森正人氏の著になる 『タイの医療福祉制度改革』(お茶の水書房)の受賞が決まった。 7月1日に研究所で表彰式の後に行われた記念講演会の内容をお伝えする 第31回発展途上国研究奨励賞受賞記念講演

タイの30バーツ医療制度

河 森 正 人

―地域研究、ディシプリン、そして実践

(3)

であります。歴史研究は地域研究 の得意とするところですが、それ だけに終始してはならないという 思いをしております。

して

〇バ

医療制度

  三〇バーツ医療制度というのは 税金で賄われている制度です。整 形手術などは問題外ですが、基本 的に風邪の治療からから重い心臓 病の手術まですべてただでカバー されるという制度です。総枠予算 制で年間の予算総額、そして各病 院に下りてくる金額が決められて おり、その中でやりくりしなけれ ばならなりません。各病院は、あ まり高度な手術ばかりやっている とお金がなくなって続かなくなる という仕組みでもあります。三〇 バーツ医療制度はこのサグアン医 師が主に考案されたのですが、二 年前に若くして五五歳で亡くなっ てしまいました。 はっきり言って、 この方がいなかったら三〇バーツ 医療制度はなかったでしょう。も ちろんタクシン元首相のゴーサイ ンがなければ制度の実現はなかっ たのでしょうが、それよりもまず このサグアン医師がいなかったら 制 度 の 発 想 自 体 が 存 在 し な か っ た。それほど重要な人=アクター だと感じています。この方はタイ で一九七三年に学生革命が起こっ た時︱その当時は世界中で学生運 動が盛んだったのですが︱マヒド ン大学医学部におり、共産党へ入 党 す る か ど う か 迷 っ て い ま し た。 実 際 に は 入 ら な か っ た の で す が、 当 局 か ら 眼 を つ け ら れ て、 ノ ル ウェーへの亡命を企てました。そ の後、ベルギーやイギリスに留学 します。そこでヨーロッパの社会 保障制度に接したことが後の思想 に大きな影響を与えました。   タイは L 字型の低い山脈が国の 真ん中を走っています。バンコク から見てその向こう側が東北タイ といわれる地域です。最近、例の 赤いシャツを着てデモに参加した 人たちはこの東北タイ出身の人た ちが多いのですが、かつて一九七 〇年代、タイ共産党は L 作戦とい う戦略にでまして、その L 字型の 山脈の向こう側をインドシナの共 産主義運動と連動させようとした のです。一九七〇年代、東北タイ というフィールドにおいて資本主 義陣営と共産主義陣営が人民争奪 戦を演じたわけです。そのような 状況においてサグアン医師は大学 を 卒 業 し、 イ ン タ ー ン で シ ー サ ケートというカンボジアに近い貧 しい県の小さな病院を任されるこ とになりました。   保健省にはサグアン医師のよう な農村医師官僚といわれる人たち がいます。タイの場合、保健省の お役人はお医者さんが多く、上に 昇格していくのは主にお医者さん です。六〇年代以降、国立大学の 医 学 生 が 卒 業 し ま す と、 事 実 上、 まずは保健省の傘下にある地方の 国立病院に入ることになっていま した。その保健省のなかに、農村 医師官僚と保守官僚という二つの 思想グループがありました。サグ ア ン 医 師 は 農 村 医 師 官 僚 の リ ー ダーの一人でした。この農村医師 官僚が自らを組織化しつつ、タク シン元首相に働きかけて三〇バー ツ 医 療 制 度 を 実 現 さ せ た の で す。 つまり、保健官僚のなかには高度 な医療技術を追求したいという強 い 欲 求 を 持 っ た 人 た ち が い ま す。 しかし他方で、医療を受けられな い貧しい人々がたくさんいるのだ から、そういう人々のために集中 的に資源を投入する必要があると いう意見の人もいました。そして 後者の意見の人たちが三〇バーツ 医療制度を実現させたのです。   スライドを見ていただきたいの ですが、これが保健所で一番末端 レベル︱郡の下のタムボンという 行政レベル︱の医療機関です。一 方、これはコミュニティ病院で郡 のレベルの病院です。サグアン医 師のような農村医師官僚といわれ る人たちは、このタムボンおよび 郡のレベルに集中的に資源配分を しようという目的で推進したのが 三〇バーツ医療制度です。すでに 申しましたように、制度はすべて 税金で賄われています。なお、か つてイギリスに第三の道という路 線があり、そのときに国の公的部 門 を 購 入 者 と 供 給 者 と に 分 離 し、 かわもり まさと/大阪大学大学院人間科学研究科教授 1959年富山県生まれ。アジア経済研究所研究員、タマサート大学タイ研究所客員研究員、 在タイ日本国大使館専門調査員、大阪外国語大学教授を経て現職。 主著に『タイ―変容する民主主義のかたち』などがある ラーチャブリー県の保健所 ラーチャブリー県のコミュニティ病院

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公共部門のなかに市場的な要素を 取り入れる動きがありました。そ れに習って制度を作っているので す が、 タ イ に は 余 り 合 わ な い で しょう。都市部ではまだしも、と く に 農 村 部 で は 難 し い で し ょ う。 ですが一応、そのようなイギリス の 仕 組 み を ベ ー ス に し て お り ま す 。

  配付資料に﹁ディシプリンとの 間のジレンマ﹂とありますが、私 がこの本を書く前の二〇〇三年か ら二〇〇四年にかけて、東アジア の社会保障に関する本が五、六冊 出ています。これらの本は近代雇 用部門の被雇用者を対象とした国 家による社会保障に言及していま す。これに対し、農民の近代雇用 部門への吸収が依然として低位な 中国や東南アジア諸国のそれを考 える上で、これらの既存研究は必 ずしも適当な準拠枠ではなく、 ﹁排 除された多数者﹂のための社会保 障という視点が必要であると本書 で主張しました。 ちなみに、日本の場合、民間事 業所従業員を対象とした健康保険 法ができたのは一九二二年で、国 民皆保険が実現したのが一九六一 年でした。タイの場合は一九九〇 年に一〇人規模の事業所を対象と した健康保険が法制化され、二〇 〇二年に三〇バーツ医療制度が始 まったということで、一二年で皆 保険を達成したのです。この二〇 〇二年時にタイの第一次産業の割 合はどのくらいだったかというと 四六 % です。韓国の場合は一九八 九 年 に 皆 保 険 を 達 成 し ま し た が、 その時点での第一次産業の割合は 一〇 % に満たない程度でした。タ イ を は じ め と す る 東 南 ア ジ ア の 国々は、農村部にまだ多くの人口 が残っている段階で社会保障に対 する要求が高まっているという状 況にあります。インドや中国も同 じような状況かと思います。農村 後背地を抱えた段階でどのような 社会保障制度の仕組みを構想でき るか、これこそが途上国がこれか ら直面する大きな課題だと思って います。そういう意味でタイは先 駆的な試みを行っているといえる でしょう。   地域研究はディシプリンに修正 を迫っていくものだと申しました が、国家がメインとなって社会保 障の供給者になるというのは一九 七〇、八〇年代の考え方です。そ れを修正しなければいけないとい うのが私の考え方です。図にあり ますように、社会保障を説明する ために四つのアクターを設定する ことができます。国家、コミュニ ティ内住民組織、市場、それから 家族です。それぞれがサービス供 給の機能とファイナンスの機能を 持っています。どのアクターもそ れぞれの特性を活かしてサービス を供給します。タイの場合はたま たま国家が三〇バーツ医療制度と いう租税を基盤にした制度を作り ましたが、途上国のなかにはそれ ができない国もありますから、住 民組織や家族や市場がサービスを 供給します ︵市場は途上国の場合、 あまり機能しないかもしれません が ︶。 そ れ ぞ れ 独 自 の 組 み 合 わ せ でやっていく必要があると思いま す。具体的には、疾病の予防、緊 急搬送、治療、リハビリ・介護と いう段階毎に、様々なアクターの 組 み 合 わ せ で サ ー ビ ス を 供 給 し、 ファイナンスを行っていくことが 可能であり、その現状ないし可能 性を比較研究してみることが必要 なのではないかと思っています。   例えば緊急搬送に例をとってみ ますと、タイの田舎に救急車はま ずありません。これまで農村では どうしてきたかといいますと、村 の中で車を持っている人に五〇〇 バーツ払うから病院まで運んでく だ さ い と い っ て お 願 い す る の で す。ただ、状況は少しずつ改善さ れてきており、救急車を持つ自治 体も出てきましたし、救急救命士 もボランティア・ベースで活動し ています。数年前のスマトラ沖大 地 震 の と き に タ イ が 防 災 ボ ラ ン ティアを一〇〇万人育成したので すけれども、その一部を救急救命 士 と し て 育 成 す る と い う こ と を やっています。リハビリ・介護で は ボ ラ ン テ ィ ア が 活 躍 し て い ま す。タイの場合は、一つのタムボ ンで四〇人の高齢者在宅福祉ボラ ンティアを育成するようにという お達しが上から降りてくるわけで す。特に高齢化が進んでおります 農村部でのリハビリ・介護でどの ような仕組みを作っていくかが重 要です。   例えば、リハビリ・介護サービ ス の た め に、 国 が 作 っ た ボ ラ ン ティアの仕組みとは別に、村で独 自のファンドを作るという実践例 もあります。タイには三万三〇〇 〇の寺があります。村の数が七万 余りですから二つの村にひとつの 割 合 で お 寺 が あ る こ と に な り ま す。その実践例ですが、お寺の住 職 が 村 人 に 声 を か け 音 頭 を と っ て、 自分たちが出せるだけのお金、 例えば一〇〇バーツでもいいし二 〇〇バーツでもいい、それをファ ンドにするのです。いってみれば お寺を中心とした補完的な小規模 の健康保険の仕組みが一部ででき ていると聞いています。他にもお 寺を活用しようという話がありま

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タイの30バーツ医療制度 ―地域研究、ディシプリン、そして実践 す。お坊さんがリハビリの講習を 受 け て、 寺 の 境 内 に 施 設 を 作 り、 病院から退院してリハビリしなけ ればいけない人を受け入れている という事例があります。このよう に、地域の特性に合った仕組みを どう作ったらいいのかについて知 恵を出し合い、情報交換しながら 問題を解決していくという仕組み 作りを是非やったほうがよいと思 います。研究者の立場からこうし た試みをしていきたいですし、政 府もこういった問題について情報 交換する仕掛けを作って頂きたい と思います。   タイの三〇バーツ医療制度は国 家のリーダーシップで作りました が、遅かれ早かれ、財政的に大変 な こ と に な っ て く る と 思 い ま す。 そうした条件下で、国家には福祉 社会への橋渡し的な役割を担うと い う 側 面 が あ る と 考 え て い ま す。 つまり、いろいろな供給者すなわ ち市場、家族、コミュニティ内住 民組織︱途上国の場合、 NPO は ほ と ん ど 存 在 し な い ︱ が あ る 中 で、それぞれの賦存状況と特性を 判断しながら福祉や医療の供給の 組み合わせを作っていく必要があ りますが、国家にはそれを調整す るという役割が求められてくると 思います。福祉、医療について四 つの供給者があるなかで、いろい ろ な 組 み 合 わ せ が 出 て く る の で す。フィリピンならフィリピンな りの、インドネシアならインドネ シアなりの、ベトナムならベトナ ムなりの組み合わせのバラエティ が出てくる。そこでは、地域研究 というものが重要な役割を持って くると考えます。   さて、高齢化の問題が深刻とな る中で、高齢化先進国である日本 がモデルを作り出す必要があると 同 時 に、 こ れ が 日 本 の 産 業 界 に とって将来の外需になっていく可 能性が高いようというようなこと が言われています。しかし、ここ で想定されているのは、都市部に 住 む 団 塊 の 世 代 の 高 齢 化 で あ り、 官民を挙げて大規模な投資を行う の で あ れ ば、 医 療、 介 護、 交 通、 住宅を高齢者標準で整備しなおす べ き だ と い う、 い わ ば 高 齢 者 ニ ュ ー デ ィ ー ル 政 策 の 提 唱 で す。 一方、農村人口が相当残っている 段階で高齢化がどんどん進んでい るというのが東南アジアの特徴で すから、日本の高齢化を取り囲む 環境とは全く異なります。必要な のは都市モデルではなく農村モデ ルなのですが、この農村モデルと は、むしろ日本が皆健康保険を達 成 し た 一 九 六 〇 年 前 後 の そ れ で す。もちろん現代における日本農 村の経験の一部分も参考になるか もしれませんが。

︱ 実 践 と の 関 わ り で   賞を頂いたこの本は、基本的に 制度研究です。他方、すでに述べ ましたように、ボランティアを上 か ら 強 制 的 に 育 成 す る 方 針 を 受 け、住民の側がいろいろやってい るのですが、主体としての住民が こ の 制 度 を い か に ア レ ン ジ し た り、あるいはこれに抵抗したりす る試みを行っているかということ を調べるのが私に課せられた今後 の課題です。いま注目しているの はバンコクの西隣のノンタブリー という県です。これはルアック寺 というお寺ですが、境内の一角に デイケアセンターがあります。お 寺の中には火葬場があったりしま す が、 そ の そ ば に デ イ ケ ア セ ン ターがあり、 そこでおじいちゃん、 おばあちゃんがカラオケを歌って います。この人は交通事故で怪我 を負ったのですが、病院ではちゃ んと診てくれないのでここでリハ ビリをしています。隣にいる人は ボランティアで朝から晩まで面倒 をみていますが、その甲斐あって この人は自分で歩けるようになり ました。竹を切ってこのように組 み合わせて器具を作り、歩行訓練 をしています。二〇〇七年からは J IC Aの援助が入っています。   これから私は、こういったボラ ンティアの人たちが制度をどのよ うに改良しながら日々悪戦苦闘し ているのかについての事例を集め ていきたいと思っています。 今後、 どの国でも余りお金や資源を使わ ないで高齢者のケアをどのように 作っていくかが重要になってきま す。おそらく程度の差はあるかも ルアック寺のデイケアセンター ノンタブリー県のルアック寺

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しれませんが、日本でもそういう 仕組みを作っていく必要がありま す。 国の財政が厳しい中、 各コミュ ニティでそれぞれ工夫しながら手 作りのケアシステムを作っていく 必要があろうかと思います。おそ らく中国やベトナムでも同じで共 通の課題を抱えています。そのな かで地域研究というのは、一定の 役割を果たすことができると思っ ています。大概、医療や福祉の制 度を国が作る場合はヨーロッパを 始めとする先進国の制度をモデル にしがちで、タイの場合も、イギ リスとかベルギーの制度を相当程 度移植しようとしました。 しかし、 なかなかうまくいきません。それ は 当 然 の こ と な の で す。 例 え ば、 地域ごとにお寺さんとの関係を利 用しながら自分たち独自の仕組み を作っていくことができるだろう と思います。   日 本 も 高 齢 化 が さ ら に 進 行 し、 いろいろ問題がでてくると思いま すが、さてこれからどうするかと いった場合、例えば北欧モデルに 見習うべきだとの主張がなされる かもしれません。しかし、やはり タイなど同じアジアの国々に目を 向けることも必要です。福祉、医 療を、心の問題まで含めて考えた 場合、たとえばお坊さんとの関係 で つ く る 福 祉 の 仕 組 み と い う の は、やはり我々も勉強できるので はないかと思うのです。日本にも た く さ ん の お 寺 さ ん が あ り ま す が、そういう活動をしてがんばっ ているお坊さんも何人かいると聞 いています。日本人のほうもヨー ロッパばかり見ているのではなく て、アジアにも眼を向ける、例え ばタイの高齢者に学ぶ、という考 え 方 も 必 要 か と 思 い ま す。 今 後、 たとえば日本の高齢者とタイの高 齢者が意見交換をする場を設定す ることができればよいと思ってい ます。   最後のスライドに書いたのです が、コミュニティをどういうふう にこれから作っていくのか、構想 していくのかというのが日本を含 め 大 き な 課 題 だ と 思 っ て お り ま す。つまり、二一世紀のコミュニ ティ像です。高齢化に関わる様々 な問題があるなかで、一度壊れか けたコミュニティをどういう風に 作り直していくのかがアジア共通 の課題かと思います。この問題を こ れ か ら 見 て い き た い と 思 い ま す。 コミュニティに関わる問題は、 社会学の永遠の課題だと思うので すが、社会学というディシプリン に対して、地域研究の立場から何 か貢献することができればと思っ ています。 ■   ■   ■

質疑応答

Q   最 近、 ア ジ ア 経 済 研 究 所 で は 地 域 研 究 と デ ィ シ プ リ ン に 関 す る 議 論 が 盛 ん に 行 わ れ て お り、 昨 日 も 多 く の 研 究 者 の 参 加 の も と に 討 論 が 行 わ れ ま し た。 河 森 さ ん の お 話 で、 地 域 研 究 者 が ど う い う 風 に 問 題 を 組 み 立 て て 練 り 上 げ て い く か と い う 典 型 的 な プ ロ セ ス を 聞 か せ て い た だ き ま し た。 昨 日、 私 が コ メ ン テ ー タ ー と し て 問 題 提 起 し た こ と は、 地 域 研 究 側 か ら 出 し た 問 題 あ る い は 新 し い 考 え 方 と、 デ ィ シ プ リ ン 側 で 積 み 上 げ て い く 知 識 の 深 ま り と が、 必 ず し も 予 定 調 和 的 に 合 致 す る 保 証 が な い の で は な い か と い う こ と で す。 河 森 さ ん が 行 わ れ て い る デ ィ シ プ リ ン に 対 す る 問 い か け は、 デ ィ シ プ リ ン 側 に ど の よ う な、 あ る い は ど の 程 度 の イ ン パ ク ト を 与 え て い る と お 考 え で し ょ うか。 河 森   た い へ ん 難 し い ご 質 問 で す。 こ の 本 を 出 し た の は 昨 年 の 一 〇 月 で す が、 そ の 後、 デ ィ シ プ リ ン の 専 門 の 方 々 と 議 論 し た こ と は ま だ な い の で、 ど う い う 反 響 な の か む し ろ 知 り た い と い う 状 況 で す。 個 人 的 な 意 見 で す が、 地 域 研 究 は デ ィ シ プ リ ン を 研 究 し て い る 人 か ら は 下 に 見 ら れ て い る と い う 思 い が 絶 え ず あ り ま し た。 そ れ に 関 し て、 地 域 研 究 の 立 場 か ら は、 立 本 成 文 先 生 が﹃ 地 域 研 究 の 問 題 と 方 法 ﹄ と い う 本 を 出 さ れ て お り、 地 域 研 究 を め ぐ る 立 場 に つ い て 五 つ ぐ ら い の モ デ ル を 示 さ れ て い ま す。 一 番 極 端 な の は デ ィ シ プ リ ン の メ イ ン ス ト リ ー ム に 位 置 す る 研 究 者 で、 地 域 研 究 は 便 宜 的 な も の で 学 問 的 に は 存 在 し が た い と い う 考 え 方 で す。 地 域 研 究 は 対 象 地 域 を 既 存 の 様 々 な デ ィ シ プ リ ン で 切 っ て い く 単 な る ア リ ー ナ で あ る と い う 人 た ち も い ま す。 そ し て、 も う 一 方 の 極 に、 地 域 研 究 は 既 存 の デ ィ シ プ リ ン に 還 デイケアセンター内の施設 デイケアセンターでの歩行訓練

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タイの30バーツ医療制度 ―地域研究、ディシプリン、そして実践 元 で き な い 独 自 の 方 法 論 を 持 つ と す る 立 場 が あ り ま す。 私 自 身 は、 メ イ ン ス ト リ ー ム の デ ィ シ プ リ ン に 対 し て 修 正 を 迫 っ て い く も の と い う 立 場 を 強 く 意 識 し て い ま す。 具 体 的 に 言 い ま す と、 こ れ ま で メ イ ン ス ト リ ー ム の 社 会 保 障 論 と い う の は 都 市 化 と 産 業 化 を 前 提 に 組 み 立 て ら れ て き ま し た が、 農 村 人 口 が 相 当 残 っ た 段 階 で 社 会 保 障 を や ら な け れ ば い け な い と い う 状 況 が 中 国 や 東 南 ア ジ ア で 出 てきています。 私はこれに関して ﹁排 除 さ れ た 多 数 者 ﹂ と い う 言 葉 ︱ こ れ は も と も と I L O が 使 っ て い た 言 葉 を 拝 借 し た も の で す ︱ を 使 っ て い ま す が、 メ イ ン ス ト リ ー ム の デ ィ シ プ リ ン が﹁ 排 除 さ れ た 多 数 者 ﹂ を 組 み 込 む 議 論 を 深 め る よ う、 こ ち ら か ら も 働 き か け て い き た い と 思 っ て い ま す。 Q   私 は、 キ ッ ク ボ ク シ ン グ の ジ ム を や っ て い る 関 係 で 年 に 五、 六 回 タ イ に 行 っ て お り ま す。 ム エ タ イ ジ ム に 行 く と 孤 児 が 半 分 以 上 い ま す。 こ の 前 も 医 療 機 関 に 行 っ て き た の で す が エ イ ズ に か か っ た 孤 児 が 結 構 い ま し た。 小 児 医 療 制 度 と い う の が ど う な っ て い る の か 知 り た い た め に 本 日 参加いたしました。 河 森   三 〇 バ ー ツ 医 療 制 度 で は、 ま ず 住 民 登 録 し て い る 地 域 の 医 療 機 関 に 登 録 を し、 カ ー ド を も ら い ま す。 そ れ で も っ て た だ で 治 療 を 受 け ら れ る 仕 組 み で す。 で す か ら 住 民 登 録 を せ ね ば な り ま せ ん。 確 か に 貧 し い 恵 ま れ な い 子 ど も 達、 例 え ば 住 所 が 定 ま ら な い、 住 民 登 録 を し て い な い と い う 子 ど も 達 が た く さ ん い ま す。 た だ、 国 民 健 康 保 障 事 務 局 は 二 〇 〇 七 年 以 降、 三 万 人 と も み ら れ る 身 寄 り の な い 孤 児 た ち も 制 度 の 対 象 と す る という方針をとっています。 Q   ア ジ ア で は メ デ ィ カ ル・ ツ ー リ ズ ム を 推 進 し よ う と し て い る 国 が あ り ま す。 タ イ の 場 合、 先 生 が お 話 し さ れ た 実 践 と い う 観 点 か ら、 メ デ ィ カ ル・ ツ ー リ ズ ム に 対 し て ど の よ う な政策的アドバイスをされますか。 河 森   メ デ ィ カ ル・ ツ ー リ ズ ム に つ い て い う と、 ア ジ ア で は タ イ が 大 変 進 ん で お り、 日 本 の 病 院 が む し ろ タ イ に 視 察 に 行 く ほ ど で す。 い ま 問 題 に な っ て い る の は、 若 い 医 師 が、 多 額 の 税 を 投 じ て 運 営 さ れ て い る 国 立 大 学 の 医 学 部 を 出 て 数 年 で 都 市 の 私 立 病 院 に 移 っ て し ま う こ と で す。 都 市 の 先 進 医 療 と 地 方 の 遅 れ た 医 療 と い う 二 極 構 造 は 大 き な 問 題 で、 都 市 の 大 き な 私 立 病 院 が 何 ら か の 名 目 で 外 国 の 患 者 か ら 治 療 費 の 何 パ ー セ ン ト か を 取 っ て、 そ れ を 三 〇 バ ー ツ 医 療 制 度 の 方 に 振 り 向 け て い く と い う よ う な 是 正 措 置 を 考 え て い く 必 要 が あるかと思います。 Q   私 は あ る N P O の 代 表 と し て 働 い て お り ま す。 簡 単 な 質 問 二 点 と、 難 し い 質 問 を 一 点 さ せ て い た だ き ま す。 ま ず、 タ イ が 一 二 年 で 国 民 皆 保 険 を 達 成 し た と い う こ と で す が、 一 九 九 〇 年 を 開 始 年 と し た と い う こ と は 国 が 検 討 を 始 め た 年 で し ょ う か。 ま た、 日 本 が 国 民 皆 保 険 を 達 成 し た と き、 農 業 等 の 第 一 次 産 業 の 割 合 は どのくらいだったのですか。 河 森   こ こ で は、 都 市 の 民 間 事 業 所 従 業 員 向 け の 医 療 保 障 制 度 が で き て か ら 三 〇 バ ー ツ 医 療 制 度 成 立 に い た る ま で の 期 間 を 皆 保 険 達 成 に 要 し た 年 数 と し て い ま す。 制 度 が 一 二 年 間 で で き た と い う 意 味 で は あ り ま せ ん。 タ イ に は 一 九 七 〇 年 代 か ら 低 所 得 者 医 療 扶 助 制 度 と い う 制 度 が あ り ま し た。 こ れ は、 資 力 調 査 を 伴 う 医 療 保 障 制 度 で す が、 こ れ を 基 盤 に 三 〇 バ ー ツ 医 療 制 度 を 構 築 し た の で す。 ま た、 日 本 が 国 民 皆 保 険 を 達 成 し た と き の 第 一 次 産 業 の 割 合 は 三 二 % で し た。 そ の こ ろ の 日 本 の 経 験 が ア ジ ア の 国 々 に と っ て 勉 強 に な る の で は な い か と い う こ と を、 広 井 良 典 先 生 が﹃ 日 本 の 社 会 保 障 ﹄ と い う 本で指摘されています。 Q   最 後 は 抽 象 的 な 質 問 に な り 恐 縮 で す が、 私 は 西 ア フ リ カ の シ エ ラ レ オ ネ と い う 国 に 時 々 行 っ て お り ま す。 保険制度が整っていない国です。 そ こ で は イ ス ラ ム 教 徒、 キ リ ス ト 教 徒 の 人 口 が お よ そ 半 々 で、 白 人 つ ま り ヨ ー ロ ッ パ 系 の 方 々 が 司 祭 と し て や っ て き て は パ ン と か を 住 民 に 与 え て い る よ う な コ ミ ュ ニ テ ィ が あ り ま す。 住 民 自 ら が 宗 教 施 設 を 中 心 に し て 保 健、 福 祉 等 の シ ス テ ム を 構 築 す る こ と は、 タ イ の よ う に お 寺 を 中 心 と し て 構 築 す る の と 違 い 難 し い の か な と イ メ ー ジ し て 聞 い て い た の で す が、 そ う い う ア フ リ カ の よ う な 本 当 の 後 発 途 上 国 で ど う し た ら よ い か、 何かお考えを伺いたいと思います。 河 森   一 九 六 〇 年 代 の 東 北 タ イ の 例 を 挙 げ ま す と、 そ の 当 時 は 田 舎 に 行 く と ト イ レ も な い 状 態 で、 そ こ ら 辺 で 用 を 足 し て い た わ け で す。 そ れ に 対 し て 役 人 が、 衛 生 上 悪 い か ら ト イ レ を 作 り な さ い と い っ て 指 導 し て ま わったのです。 ところが農民からは、 ト イ レ を 作 る の に は セ メ ン ト や ト タ ン 板 な ど 資 材 が た く さ ん い る、 そ ん な も の ど う し て わ ざ わ ざ 金 を 使 っ て 作 ら な け れ ば い け な い の だ と い う 反 論 が 起 こ り ま し た。 で す か ら 物 的 な も の を ま ず 保 障 す る こ と も 必 要 な の だ ろ う と 思 い ま す。 そ れ か ら タ イ の 場 合、 一 九 七 〇 年 代 に や っ た の は、 村 毎 に 薬 基 金 を 作 っ て、 村 人 が す こ し ず つ お 金 を 出 し あ っ て 薬 を 常 備 す る よ う に し、 病 気 に な っ た ら そ れ を 使 う と い う こ と で す。 そ れ ま で は 病 気 に な っ て も な す す べ が な か っ た の で す が、 基 金 が で き て か ら は、 あ そ こ に 行 け ば 薬 が あ る と い う こ と で 少 し ず つ 疾 病 が 減 少 し て い き ま し た。 住 民 た ち に も 若 干 の コ ス ト を 払 っ て も ら い、 一 緒 に な っ て 何 か を や れ ば か な ら ず 自 身 の 健 康 に と っ て も 見 返 り が あ る の だ と い う こ と を き ち ん と 理 解 し て も ら う こ と が 手 始 め で は な いかと思います。

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