「日 系 力 ナ ダ 人 の デ ィ ア ス ポ ラー-Joy
Kogawa's
Obasan」
新
井
透
要 旨 Joy KogawaのObasanは 第 二 次 世 界 大 戦 の最 中 の 日系 カナ ダ人 の 強 制 収 容 体 験 を描 い た 最 初 の 本 格 的 な 小 説 で あ る。 本稿 で は 、 家 族 の 分 断 や 離 散 を経 験 した 日系カ ナ ダ人 の デ ィア ス ポ ラ の 記 憶一 集 団 的 記 憶 と小 説 の 主 人 公 の 沈 黙 の背 後 に あ る抑 圧 さ れ た記 憶 とを結 びつ け る もの を明 らか に す る。 そ れ は戦 争 に よっ て家 族 か ら引 き離 され た 主 人 公 の 精神 的 な 探 求 の 旅 、 す なわ ち ア イ デ ンテ ィテ ィの探 求 を 通 して これ まで 忘 却 され て きた 、 あ るい は語 る こ との で きな い 記 憶 を蘇 らせ る の で あ る。 グ ロ ーバ ル化 して い く現 代 、 多 くの 人 々 が さ まざ まな 理 由 で 国境 を越 え て 行 き 来 して い る が、 人 種 ・民 族 の軋 轢 、 文 化 変容 の 問 題 、 文化 的 差 異 をめ ぐる葛 藤 な ど社 会 問 題 化 し て い る なか で 、Kogawaの 小 説 は大 きな 役 割 を 果 たす で あ ろ う。 キ ー ワ ー ド:日 系カ ナ ダ人 、 デ ィアス ポ ラ、 記憶 、 ア イデ ンテ ィテ ィ は じめ に 文 化 の混 交 と文 化 的 ア イ デ ンテ ィ テ ィの 問 い 直 しの 時代 に あ っ て 、新 た な主 体 性 の産 出 を理 解 す る た め の道 の一 つ は、 移 民 作 家 た ち の言 葉 、 よ り正 確 に は移 動 す るエ ク リチ ュ ー ル に耳 を傾 け る こ とで あ る(オ リ ヴ ィエ32)。Joy Kogawa(1935∼)は1981年 にObasan出 版 した。 こ れ は第 二 次 大 戦 中の 日系 力 ナ ダ人(帰 化 して い な い 日本 人 も含 む)の 強 制 収 容 の 体 験 を扱 っ た最 初 の 小 説(Willis239,Kanefskyl1)で あ り、 また 日系 ア メリカ 人 を含 め 、 北 ア メ リカ に在 住 す る 日系 人 の強 制 収 容 の体 験 につ い て の最 も重 要 な小 説 で あ る とい え る だ ろ う。 『お ば さん 』とい う 日本 語 の タ イ トル は 、 これ ま で他 者 化 され 、 周縁 的価 値 を強 い られ て きた マ イ ノ リ テ ィ の言 語 が い ま まで 隠 蔽 され て きた 日系 カナ ダ人 の歴 史 を明 らか に し、 過去 と未 来 の 間 で 引 き裂 か れ た流 浪 の 苦 しみ の 現 在 、 デ ィ アス ポ ラの 物 語 を語 る(ホ ー ル92)。 諸 言語 が 混在 す る こ と に よ って 、よ り豊 か な表 現 形 態 を作 り出 して い る(注1)。 デ ィア ス ポ ラ とは、 ギ リ シア語 が語 源 で あ るが 、 歴 史 的 には バ ビ ロ ン捕 囚後 の ユ ダヤ 人 の 離 散
状 況 を意 味 した 。 しか しなが ら グ ロ ーバ ル 化 の 現 在 、 移 民 、 難 民 、 外 国 人 労 働 者 等 、 広 い 意 味 で 用 い られ る よ うに な っ て い る(載ll3、 ク リ フ ォー ド120)。 コガ ワの 自伝 的 小 説 『お ば さん 』に は カ ナ ダ西 海 岸 に住 む2万1千 人 もの 日系 人 の 財 産 の 没 収 や 強 制 立 ち退 き にサ バ イバ ル して きた 姿 が 描 か れ て い る。 この 小 説 の 主 人 公 は 家 族 分 断 や 離 散 を体 験 し、 そ れ は心 の 傷 と して 刻 印 され 長 い 間沈 黙 を強 い られ た。 しか しこ う した 沈 黙 を破 る こ と に よ り、 す な わ ち過 去 の記 憶 に向 き合 う こ と に よ り自 己 を 回復 して い くの で あ る。 コ ガ ワ は、1935年 バ ンク ー バ ー 生 ま れ の 日系カ ナ ダ 人2世 で あ る。 父 は 力ナ ダ 聖 公 会 の 司 祭 を務 め 、 母 も伝 道 師 で あ り、 敬 凄 な ク リ ス チ ャ ンの 両 親 の も と に育 っ た。 ち な み に 兄Tim Nakayamaも 現 在 シ ア トル で監 督 派 教 会 の聖 職 者 に就 い て い る(注2>。また小 説 『お ば さん』に登 場 す る 中 山 牧 師 は コガ ワの 父 を モ デ ル に して い る。 『お ば さん 』に も描 か れ て い る よ うに 、コ ガ ワ の家 族 もま た戦 時 中、 バ ンク ーバ ーか ら立 ち退 か さ れ、 ヘ イ ス テ ィ ング スパ ー ク の仮 収 容 所 に収 容 され た。 そ の後 ブ リテ ィ ッシ ュ ・コ ロ ン ビア州(以 下BC州 と記 す)内 陸部 の ゴー ス トタウ ンに 転 居 し、 戦 後 も家 に戻 る こ とが 許 さ れず 、 ロ ッキ ー 山脈 東 側 の ア ルバ ー タ州、 コー ル デ イ ル に て キ ャ ンプ生 活 を送 らな け れ ば な らな か っ た。 小 説 の 主 人公 ナ オ ミは5歳 に な っ て い るが 、 当時6 歳 で あ っ た作 者 の 実体 験 が 投 影 され て い る。 また 力ナ ダ 国立 公 文 書 館 に保 存 さ れ て い た 書類 や 、 女 性 ジ ャー ナ リス トMuriel Kitagawaが 弟 に あ て た 手紙 な どが使 用 され て お り、 史実に 基 づ く 自 伝 的 要 素 の色 濃 い作 品 で あ る(Wayne23,Cheung131,Peterson141)。 日系カ ナ ダ人 た ちの 離散 や 分 断 の 経験 は 、植 民 地 主 義 や 奴 隷 制 を体 験 した ア フ リ カ系 ア メ リカ 人 や 、 強 制 移 住 を強 い られ た アメ リ カ先住 民 、 さ ら に はナ チ ス ・ドイ ツ に よ る強 制 収 容 所 を体 験 した ユ ダヤ 人 、 あ るい は 日本 帝 国 主 義 に よ つて 強 制 連 行 され た朝 鮮 半 島 の人 々 と同 様 、 悲惨 な体 験 を潜 り抜 け た生 存 者 の 「トラ ウマ 的記 憶 」(鹿 島46、カ ル ー ス7)を 引 きず っ てい る。 彼 らの 体 験 は、 強 制 され た デ ィ アス ポ ラの 歴 史(ホ ー ル92)と して考 え る こ とが で きる で あ ろ う。 カ ナ ダ で は 、1971年 トル ドー 首 相 が 「多 文 化 主 義 」(Multiculturalism)と い う政 策 を発 表 した。 こ れ は ケ ベ ッ ク州 の フ ラ ンス系 の 住 民 の 言 語 文 化 の 保 持 を強 調 した 「二 言語 ・二 文 化 主 義 」に反 発 す る、 ウ ク ラ イ ナ系 や ユ ダ ヤ系 な ど の 白 人 マ イ ノ リテ ィ集 団 の不 満 に答 え よ う とす る統 合 政 策 で あ っ た。 そ の後1980年 代 に な る と多 様 な移 民 、 難 民 の増 加 に よっ て多 文化 主義 政 策 は発 展 ・変 容 して い っ た。 こ れ ま で不 可 視 的存 在 で あ っ た有 色 人 マ イ ノ リテ ィの 可視 化 、 と くに ア ジ ア系 移 民 に対 す る長 年 に わ た る不 平 等 や格 差 の是 正 、 す な わ ち 人種 的偏 見 な ど さ ま ざ まな 差 別 的 障 害 を 取 り除 き、 カ ナ ダ社 会 に完 全 に参 加 し、平 等 の権 利 を認 め る方 向 へ 移 って い っ た(飯 野159)の で あ る 。 こ う し た時 流 の 中 で 日系 人 た ち は、 過 去 の 人 権 侵 害 に対 す る政 府 の謝 罪 と 「金 銭 的補 償 」を求 め る リ ドレス 運 動 を展 開 し、 多 文 化 主 義 政 策 は そ の 運 動 の 進 展 に大 き な影 響 を与 え た。 コ ガ ワ 自身 も リ ドレス 運 動 に積 極 的 にか か わ った とい わ れ て い る。 彼 女 は トル ドー首 相 の も とで 秘 書 と して
働 い た こ と もあ る(長 岡463)。1980年 代 、 そ う した状 況 の な か で、 日系 カ ナ ダ人 に対 す る迫 害 を 描 い た 『お ば さん』は 日系 人 コ ミュ ニ テ ィだ け で な く、 カ ナ ダ社 会 全 般 に も影 響 を 及 ぼ した とい え る だ ろ う(注3)。つ ま り一 世 た ち の 多 くはす で に世 を去 って 、 二 世 も中 高年 に さ しか か り、 戦 時 中の 記 憶 が 薄 れ か け て きた と き に コ ガ ワ は 『お ば さん』を発 表 し、 大 きな反 響 を呼 ん だ の で あ る。 『お ば さん 』は、 カ ナ ダは も と よ りア メ リ カ や イ ギ リ ス な ど英 語 圏 だ け で な く、 ドイ ツ語 や フ ラ ンス 語 、 ヘ ブ ライ 語 な どに 翻 訳 され 、 またカ ナ ダ文 学 賞 を始 め ア メ リ カ図 書 賞 な ど数 多 くの 文 学 賞 を受 賞 し、 内外 の 注 目を 浴 び た作 品 で あ る(Cheung129-30、Willis239、 長 岡461-65)。 日本 で は1983年 に 『失 わ れ た 祖 国』 とい う邦 題 で 長 間沙 里 に よ って 翻 訳 され て お り、 さ らに98年 に は 文 庫 版 が 出版 され 、歴 史家 の猿 谷 要 が 巻 末 の解 説 で 絶 賛 して い る 磁)。 E.Kimは 、 ア ジア系 ア メ リカ 文 学 を理 解 す るの に社 会 史 的 コ ンテ キ ス トの理 解 が必 要 で あ る と 述 べ て い る(xviii)。 す な わ ち 多 くの ア ジ ア系 ア メ リ カ人 の作 品 に は、 ア フ リ カ系 ア メ リカ 人 や ア メ リカ先 住 民 な ど他 の マ イ ノ リテ ィ文学 と同様 、排 除 と破 壊 に よつ て 引 き裂 か れ た歴 史 の 記憶 が含 ま れ て い るか らで あ る。 そ れ ゆ えRay Chawが 指 摘 して い る よ うに 、北 ア メ リ力 で は ア ジ ア 系 文 学 の研 究 を ア ジ ア系 移 民 の歴 史 に 関す る知 識 と切 り離 す こ とは不 可 能 で あ る(224)と い え る か も しれ な い。 ま た猿 谷 は、 コ ガ ワ の小 説 を読 む上 で、日 系 カ ナ ダ 人 の歴 史 的背 景 につ い て の知 識 が 必 要 で あ る と指 摘 して い る(468)が 、 同 様 の 理 由 に よ る もの で あ ろ う。 本 稿 で はそ れ ゆ え、 まず 日系カ ナ ダ人 の移 民 の歴 史 につ い て概 観 し、 こ の小 説 の背 景 を理 解 し て い き たい 。 次 に これ まで 隠 蔽 され 抑 圧 され て き た もの、 歴 史 叙 述 の 中 に埋 没 され て しま っ た も の(オ リ ヴ ィエ33)一 日系カ ナ ダ 人 の デ イ ア ス ポ ラの 記 憶 一 を、 主 人公 ナ オ ミ を通 して 明 らか に し よ う と思 う。 そ れ は 戦 争 に よ って 家 を失 い家 族 が 離 散 し、 忘 却 さ れ た過 去 を巡 る ナ オ ミの精 神 的 な探 求 の 旅 、 す なわ ち ア イデ ンテ ィ テ ィの 探 求 で も あ る。 グ ロー バ ル化 され た 現 代 社 会 にお い て 、 多 くの 人 々が さ ま ざ ま な理 由 で 国 境 を越 え て行 き来 して い る が 、 文化 変 容 の 問 題 や 人 種 ・ 民 族 間 の 軋轢 、 文化 的差 異 をめ ぐ る葛 藤 な ど、 欧 米 先 進 諸 国 だ けで な く日本 で もた くさ んの 問題 を抱 え て い る。 コガ ワの小 説 は そ う した 問 題 に真 摯 に立 ち向 か った 作 品 と して 評 価 で き る。 1、 日系 カ ナ ダ人 の苦 闘 の歴 史 カ ナ ダ に最 初 に入 国 した 日本 人 は長 崎 県 出 身 の 永 野 万 蔵 で、1877年 の こ とで あ る。 彼 はBC州 で鮮 魚 や 沖仲 仕 の仕 事 に従 事 した 後 、 日本 物 産 店 を経 営 し、 日本 へ の 鮭 の 輸 出 や 旅 館 経 営 に ま で 事 業 を拡 大 して 、 日系 人 社 会 の 名士 に まで な った とい わ れ て い る(飯 野3)。 当初カ ナ ダ に入 国 し た 日本 人 た ち は 、安 価 な労 働 力 と して 漁 業 や 炭 鉱 、 山林 伐 木 、 鉄 道 敷 設 な ど過 酷 な筋 肉 労 働 を提 供 す る 出稼 ぎ労 働 者 で あ っ た。 や が て こ う した 一 匹 狼 の よ う な生 活 か ら 同郷 人 同士 が 集 ま り、 県 人 会 な どを組 織 して定 住 す る よ うに な っ た 。 そ の 結 果 、 勤 勉 な 日本 人 に仕 事 を奪 わ れ るの で は な
い か と不 安 を感 じた 白人 の 間 に反 日感 情 が 生 まれ 、1907年 に はバ ン ク ーバ ーで 暴 動 が 起 きた 。 商 店 主 や 組 合 の 指 導 者 た ち に よ っ て先 導 され た 約1500人 も の ヨ ー ロ ッパ 系 カ ナ ダ人 の群 集 が 、 中国 人 や 日本 人 居 住 区 を行 進 し た後 、 暴 徒 と化 して 襲 撃 した(Adachi63-85)。 ま た隣 国 ア メ リ カの 西 海 岸 地 域 と呼応 す るか の よ うに、 カ ナ ダ にお い て も 日本 人 移 民 を排 除 し よ う とす る 「黄 禍 論 」が 広 が った 。 これ は、 ア ジ ア系 の 人 々 との 経 済 競 争 に対 して脅 威 を抱 くヨ ー ロ ッパ 系 の人 々の 人種 感 情 に よ る も ので あ っ た。 日本 政 府 は こ う した 排 日運 動 に 憂慮 し て、 ア メ リカ 政 府 と 「紳 士 協 定 」を結 ん だ よ う に、 カナ ダ政 府 と も ル ミ ュー 協 約 を結 んで 、日本 か らの男 性 労 働 者 お よび奉 公 人 へ の旅 券発 行 を制 限 した。 これ まで 移 民 の大 半 は独 身 男 性 で あ っ たが 、 や が て家 族 を 日本 か ら呼 び寄 せ 、20世 紀 初 め に は ル ミ ュー協 約 の 制 限 を免 れ た多 くの 「写 真 花 嫁 」が移 民社 会 に 入 っ て きた 。 そ の 結 果 、BC州 の 排 日 運 動 はそ の 後 も衰 え る こ とが なか った 。 そ の 根 底 に は ア ジ ア系 カ ナ ダ人 に対 す る人 種 的 偏 見 を見 逃 す こ とが で き ない 。 白人 た ち は 日系 人 の土 地 所 有 の禁 止 を求 め る土 地 法 の制 定 や 、 漁 業 ラ イセ ンス の 削 減 を求 め る運 動 な ど、 生 活 基 盤 を脅 か す 法 的 措 置 を政 府 に求 め た(飯 野77-98)。 1930年 代 に な る と、 満 州 事 変 の 報 道 に触発 され た 反 日感 情 が 高 ま る 中、 日本 帝 国主 義 が 太 平 洋 岸 に住 む カ ナ ダ人 た ちへ の脅 威 に な る と い っ た 「黄 禍 論 」が 再 び浮 上 して きた 。 そ して1941年12 月7日 、 日本 軍 が 英 米 に対 して 開 戦 す る と、 カ ナ ダ は直 ち に対 日戦 線 を布 告 した。 カ ナ ダ政 府 は 日本 人 、帰 化 人 、カナ ダ生 まれ の 日系 人 の す べ て を 「敵 国 人 」と規 定 し、日本 語 学 校 は 閉鎖 され 、『大 陸新 報 』な ど 日本 語 新 聞3紙 は 発 行 停 止 と な っ た。 扇 動 的 な 地 元 の 新 聞 や 野 心 的 な政 治 家 た ち は、 BC州 内 の 日系 人 に よる 第5列 活 動(ス パ イ活 動)の うわ さや 憶 測 を駆 り立 て 、排 日感情 を煽 っ た。 W.F.マ ッケ ン ジー 首 相 は、1942年2月24日 内 閣令 を発 令 し、BC州 内 の5つ の 『防衛 地域 』か ら 約21,000人 の 日系 カ ナ ダ 人 の 立 ち 退 き を命 じた。 彼 らの多 くは 、 ヘ イス テ ィ ングパ ー ク仮 収 容 所 へ 強 制 的 に収 容 され 、 さ らにそ の後 、BC州 内 陸 部 お よび ア ルバ ー タ州 や マ ニ トバ 州 へ 移 動 させ られ 、 日系 人 コ ミュ ニ テ ィは分 断状 態 に な っ て し ま った 。 また 彼 らが 残 して い った 農場 な どの不 動 産 や、1200隻 に お よぶ漁 船 な どの動 産 は 政府 に よっ て 不 当 に売 却 され た 。 こ う した集 団 的 な 強 制 移 住 は人 種 的偏 見 に基 づ い て い た こ とは 言 う まで もな い 。 戦 後 、 日系 ア メ リ力 人 は西 海岸 に戻 る こ とが 許 され たが 、 日系 カ ナ ダ 人 は ア ング ロ ・サ ク ソ ン文化 に同化 して ロ ッキ ー 山脈 東 側 に再 転 住 す るか 、 そ れ と も 日本 に帰 国 す るか の 選 択 を迫 られ た の で あ る(Weglyn190-91)。BC州 に 帰 還 す る こ とが 許 され た の は、1949年 に な っ てか らの こ とだ っ た。 カナ ダ政 府 は1960年 代 に な る と再 び 日本 人 に 門戸 を 開 く よ うに な り、 少 しず つ で は あ るが 、 新 た な移 民 が 入 国 を始 め た。そ して1977年 の カ ナ ダ移 住100周 年 を機 に 、全 加 日系 市 民協 会(NJCCA) の 全 国大 会 で 賠 償 請 求 運 動(リ ドレス 運 動)が 取 り上 げ られ 、3世 を 中心 に運 動 が 進 め られ た。 初 め は戦 時 中 の 体 験 を恥 と感 じて 、 運 動 に消 極 的 な 日系 人 が 多 か っ た。 しか しや が て 彼 らの 沈 黙 は 怒 りに変 わ り、 これ まで の 主 流 社 会 の 不 正 を是 正 す る こ とを訴 え る よ う に な った 。 粘 り強 い 運
動 の結 果 、1988年 に マ ル ル ー ニ首 相 が 議 会 で 日系 人 に 対 して 公 式 に 謝 罪 し、 生 存 者 一 人 当 た り 2万1千 ドル の 個 人 賠 償 を認 め た。 コガ ワの 『お ば さ ん』は、 カ ナ ダ政 府 の こ う した 政 治 的 判 断 に対 して、 大 きな影 響 を与 えた と い わ れ て い る(Willis239)。 運 動 の成 功 に よっ て 、 日系 カナ ダ 人 は 自信 や 誇 りを取 り戻 し、 経 済 的 ・社 会 的 地 位 の 向 上 につ なが った 。 ま た彼 女 は この 小 説 の 姉 妹 編 で あ るItsuka(1992)の な か で 、 リ ドレス 運 動 に揺 れ る 日系 人 コ ミュ ニ テ ィ につ い て書 き記 して い る。 2.沈 黙
There is a silence that cannot speak.
There is a silence that will not speak.
Beneath the grass the speaking dreams and beneath the dreams is a sensate sea. The speech that frees comes forth from that amniotic deep (71:5)
小 説 『お ば さん』は1972年8月9日 、 主 人 公 ナ オ ミが お じ と二 人 で ア ルバ ー タ州 グ ラ ン トン の谷 間 に い る場 面 か ら始 ま っ て い る。 この 直 後 の9月13日 にお じは 突 然 亡 くな る。 巧 み な フ ラ ッ シ ュ バ ッ ク に よ っ て時 間 は1954年8月9日 に遡 り、 ナ オ ミが18歳 の と き、 お じ と初 め て こ の谷 間 に来 た と きの こ とが 語 られ る。 コ ガ ワ は直 線 的 な時 間の 流 れ を断 片 化 し、 そ れ に よ っ て重 層 的 な イ メー ジ を創 り出す こ と を可 能 に して い る。 8月9日 はヽ コ ガ ワ は こ こで は説 明 して い な いが 、1945年 ヽ 長 崎 に原 爆 が 投 下 され た 日で あ り、 最 後 に 明 らか に な る よ う にナ オ ミの母 が被 爆 した運 命 の 日で も あ る。 した が っ て お じが そ の後 、 毎 年 この 時期 にナ オ ミ を この場 所 に連 れ て くる よ う に な った 理 由 は、 彼 女 には 知 ら され て は い な い が 、 ナ オ ミの母 の墓 参 り(鎮 魂)が 目的 で あ る と考 え る こ とが で きる だ ろ う。 果 て しな く広 が る ア ルバ ー タの草 原 は太 平 洋 の大 海 原 を想 像 す る こ とが で き、 そ の 向 こ う岸 には彼 女 の母 が 眠 る 日本 が あ る。 ここ に は時 空 を超 え た イ メ ー ジ の広 が りが み られ る。、この小 説 の重 要 な テ ー マ の ひ とつ は探 求 で あ り、そ れ はナ オ ミの 母 の不 在 の 意 味 につ い て 、す な わ ち ナ オ ミの ア イ デ ンテ ィテ ィ に もつ なが る探 求 で あ る。 こ の小 説 に は題 名 に あ る よ うに 、 二 人 の 対 照 的 な 「お ば さ ん」が 登 場 す る。 ナ オ ミの 父 の 異 母 兄 弟 、 イ サ ムお じ さん の 妻 で あ る ア ヤ お ば さ ん の こ とを"obasan"と 呼 び、 一 方 で エ ミ リー お ば さ ん は ナ オ ミの 母 の妹 で 、"aunt Emily"と 呼 ば れ て い る。 異 な る 表 現 は 、 二 人 の ア イ デ ンテ ィ テ ィの 差 異一 前 者 は ホ ス ト国 に い て伝 統 的 な 日本 文 化 を固 守 して お り、 後 者 は二 世 で カナ ダ社 会 に 同化 し よ う とす る一 を 強調 して い る 。 また ア ヤ お ば さん は 一 世 で あ り、 カナ ダに 帰化 す る こ と の で きな い 日本 人 で あ っ た。 彼 女 は ナ オ ミに とっ て 母 と同様 、 日本 人 女 性 の イ コ ンで あ る(Willis
240)。
次 の 引用 は 、 エ ミリー が トロ ン トか ら初 め て ナ オ ミ た ち の とこ ろへ や っ て 来 て2ヶ 月 後 の こ と で あ る。 実 は ナ オ ミの母 の死 を知 らせ る た め で あ っ た こ とが後 に 明 らか に な るが 、 こ の と きは あ ま りに も悲 惨 な事 実 で あ っ た た め に結 局 こ ど もた ち に は伝 え られず 、 お じが 亡 くな る ま で18年 間
もの あ い だ封 印 さ れ る こ と に な っ た。 つ ま りそ れ は 「語 る こ と の で き な い沈 黙 」で あ る。
The first time Uncle and I came for a walk was in 1954, in August, two months after Aunt Emily's initial visit to Granton. For weeks after she left, Uncle seemed distressed, pacing back and forth— Then one evening we came here (3) .
上 記 の 引 用 に はお じが 突 然 動 揺 す る様 子 が 描 か れ てい るが 、当 時18歳 の ナ オ ミに は理 解 で きな い。 語 り手 で あ る主 人 公 が まだ 若 す ぎ る た め に、大 人 た ち の 心 情 を理解 す る こ とが で きな い の で あ る 。 ナ オ ミが なぜ 毎 年 こん な場 所 につ れ て くるの か と訝 っ てお じに尋 ね る と、 彼 は何 か 言 い た そ う な 様 子 なの だ が 、 沈 黙 を守 る。
King-Kok Cheungは そ の 著Articulate Silencesのな か で 、 コ ガ ワ やMaxine.HongKingston、 Hisaye Yamamotoら ア ジ ア 系 ア メ リカ 人作 家 た ち の作 品 につ い て、 さ ま ざ ま な タ イ プ の沈 黙 と
い う観 点 か ら論 じて い るが 、 沈 黙 を否 定 的 、 消 極 的 な態 度 だ と考 え る欧 米 文化 と は対 照 的 な、 日 本 人 や 中 国 人 の 沈 黙 に対 す る積 極 的 な意 味 を指摘 して い る(127-28)。 アヤ お ば さん の 沈 黙 は 、 日 系 人 た ち が 強 制 収 容 の歴 史 につ い て 長 い 間 沈 黙 して き た こ と と密 接 につ なが って い る。 つ ま り彼
女 の沈 黙 に は 人種 差 別 や 強制 収 容 、 貧 困 とい った 過 去 の 体 験 の 記 憶 が 内 面 に抑圧 され て い る。
The memories that are left seem barely real. Gray shapes in the water•- Passing shadows (25) .
The memories were drowned in whirlpool of a protective silence I could hear the adults whispering, "Kodomono tame" (26) .
語 る こ と が で き な い 過 去 に つ い て の 「トラ ウ マ 的 記 憶 」 を ナ オ ミ は 少 し ず つ 解 き ほ ぐ し て い か
な け れ ば な ら な い の で あ る 。"Only fragments relate me to rhem now, to this young woman,
my mother and me, her infant daughter … Parts of a house, Segments of stories"(64).
小 説 の な か で 写 真 は 過 去 と現 在 を 結 ぶ 断 片 的 な 手 が か り、 こ こ で は 「家 族 の 物 語 の 断 片 」(テ ッ
サ ・モ ー リ ス102)と し て 重 要 な 役 割 を し て い る 。 ナ オ ミ に と っ て 、 写 真 は 母 の 不 在 を 埋 め る
唯 一 の も の 、 つ ま り母 と の 記 憶 の 断 片 を 重 ね 合 わ せ る も の と し て 機 能 し て い る 。 た と え ば 兄 ス
及 され て い く。 ナ オ ミの 両 親 は 共 同 体 で 初 め て 見 合 い 結 婚 で は な く、 恋 愛 結 婚 で 結 ばれ た とされ て い る(24)。 当 時 、 日系 人 社 会 で は見 合 い 結 婚 の 変 形 で あ る写 真 婚(注6)が一 般 的 で 、 両 親 の 恋 愛 結 婚 は夫 婦 愛 の絆 の 強 さを象 徴 して い る 。 また 同 時 に 、 二 世 で あ る彼 らが い か に カナ ダ社 会 に同 化 しよ う と して い た か を示 して い る。 ち な み に お じ夫 婦 は、 伝 統 的 な見 合 い 結 婚 で あ る 。 ス テ ィ ー ヴ ンや ナ オ ミが 生 ま れ た1930年 代 は、 日系 人 た ちが さ ま ざ ま な差 別 、偏 見 を乗 り越 え て 、 よ うや くカ ナ ダ社 会 に着 実 に根 をお ろ しは じめ た時 期 で あ る。 ナ オ ミの母 方 の祖 父 は カ ナ ダ に来 て 医 学 を学 ん で 医 者 に な り、 父 方 の 祖 父 は西 海 岸 で も指 折 りの 船 大 工 と して認 め られ、 ボ ー トシ ョ ップ を開 業 し繁盛 して い た 。 前 述 の 家 族 の 集 合 写真 は、 移 民 と して成 功 した人 々 の記 録 で あ る。 しか し この よ うな 日系 人 た ち の幸 福 な 生 活 は 長 くは続 か なか った 。 コ ガ ワ は、 戦 争 と い う 運 命 の い たず らに よっ て翻 弄 され て い く家 族 の様 子 を写 真 を 手 が か りに して 明 らか にす る。 も う1枚 の 写 真 、 す な わ ち1941年9月 、 バ ンク ー バ ー の港 で家 族 た ち が東 京 へ 向 か うナ オ ミの 母 と祖 母 を見 送 る写 真 で あ る。 目前 に迫 っ て い る戦 争 に よっ て家 族 が 引 き裂 か れ て し ま う こ とな ど、 当 時 誰 も予 測 す る こ とはで きなか っ た。 写 真 は過 去 の記 憶 、 つ ま り人 間 の運 命 の皮 肉 を記 録 して い る と と も に、 時 間 の 不 可 逆 性 を表 して い る。 読 者 は写 真 に映 っ て い る家 族 の満 面 の笑 顔 と は 裏腹 に 、 戦 争 の 悲 劇 が 迫 って い る こ と を痛 ま し く感 じるで あ ろ う。 戦 争 に よっ て ナ オ ミの 家 族 は 離 散 を余 儀 な くされ るが 、 一 方 で 精 神 的 に母 と娘 を引 き裂 く出来 事 が起 きる 。 隣 に住 む 白 人 の ガ ウ ワー 老 人 が 、 卑 劣 に も幼 い ナ オ ミ に性 的 ない たず らを繰 り返 し た こ とが 述 べ られ て い る。 ナ オ ミは 母 に 語 る こ との で きな い秘 密 を持 つ こ と、 す なわ ち ガ ウ アー 老 人 とあ る種 の 「共 犯 関係 」(Magnusson 64)が で きて し まっ た と思 い 悩 み 、 深 い 罪 悪 感 に と らわ れ る。 レイ プ の被 害 者 の多 くは、 ナ オ ミの よ うに 自分 に過 失 が あ っ た の で は な い か とい う罪 悪 感 か ら、 自 己 を 責 め る よ うに な る と い わ れ て い る(注7)。コガ ワは3作 目の 長 編 小 説he Rain Ascends (1995)で 、 聖 職 者 に よ る児 童 へ の性 的 虐 待 を テ ーマ に して話 題 に な っ た。 ナ オ ミ は、 これ まで 一 体 感 を感 じて い た母 が い な くな っ て しま っ た の は、 自分 が 母 を裏 切 っ た こ と に よ る罰 で あ り、 そ の た め に母 との 絆 が 失 わ れ て し まっ た の で は な い か と思 うよ うに な る。 彼 女 に とっ て夢 の 中 に現 れ る大 審 問 官 は ガ ウ ワー 老 人 の 化 身 で あ り、 自分 を苦 しめ断 罪 す る の で あ る。 また別 の夢 の 中 で は 、 若 い 女性 が 兵 士 に よつ て 脚 を切 断 され て しま うが 、 そ れ は性 的 虐 待 を受 け た こ とが 原 因 だ と思 わ れ る ナ オ ミの 精 神 的 な不 具 を 象 徴 し(Harris 53)、 同時 に 母 と娘 の 関係 の切 断、 つ ま り絆 の喪 失 を 意 味 して い る。 そ れ は ナ オ ミに とっ て 、 ア イデ ン テ ィ テ ィの 危 機 につ なが る の で あ る。 ア メ リ カや カ ナ ダの 太 平 洋 岸 に 住 む 日系 人 た ち に とっ て 、 日本 軍 の 開 戦 直 後 に 「敵 性 外 国 人 」 と して市 民 権 の な い 一 世 だ け で な く、 市 民 権 を有 す る 二 世 た ち ま で 強 制 的 に立 ち 退 か さ れ た こ とは 終 生 忘 れ る こ とが で き な い心 の 傷 とな っ た。 コ ガ ワが 『い つ か 』の なか で 述 べ て い る よ う に、 そ れ は レイ プ され た よ う な屈 辱 的 な体 験 で もあ っ た(注8)。した が っ て 白 人 に よ る性 的 陵 辱 の被 害
者 で あ る ナ オ ミは、 日系 カ ナ ダ人 た ち の 集 団 的体 験 の 隠喩 と して 考 え る こ とが で きる 。 第 二 次大 戦 前 の 中 国系 ア メ リカ 人 の男 性 の多 くが 、 白 人 に よる 人種 差 別 や 身体 的 、精 神 的暴 力 に よっ て去 勢 さ れ た よ う な意 識 を 持 って い た とい わ れ る(Eng21)。 性 的 虐 待 や 政 治 的 抑圧 の 犠 牲 者 の多 く はPTSD(心 的外 傷 後 ス トレス 障 害)と 呼 ば れ 、彼 らの 心 の傷 は癒 され ず 、 言 語 化 さ れ る こ と な く個 人 の記 憶 の 中 に封 印 され る(下 河 辺14)の で あ る。 人種 差 別 的偏 見 に も とづ く日系 人 に対 す る強 制 移 住 の体 験 は 、 集 団 的 トラ ウマ と して 長 い 間 語 る こ とが で きず に 、記 憶 の な か に留 め られ て きた 。 敵性 外 国 人 と して烙 印 を押 され た 日系 人 が 長 い 間抱 い て い た罪 悪 感 や 自己 嫌 悪 、 自尊 心 の 喪 失 とい っ た 感 情 は ナ オ ミ も共 有 して い る。彼 女 の 受 け た性 的 陵辱 も また癒 す こ との で きな い トラ ウマ とな っ て 内 面 に抑 圧 され 、 沈 黙 を余儀 な くさ れ る こ とに な っ た 。 こ う した 集 団 の歴 史 的体 験 と個 人 の体 験 の 記憶 は 分 節化 され 、 テ クス トは よ り複 雑 に交 錯 す る。 ナ オ ミは お じが 亡 くな った こ とが き っか け に な り、 自分 を含 め 日系 人 が 被 った 悲惨 な体験 につ い て、 エ ミ リー の 日記 か ら断 片 的 な記 憶 をた ど って い こ う とす る。
Ghost towns such as Slocan—those old mining settlements, sometimes abandoned, sometimes with a remnant community—were reopened, and row upon row of two-family wooden huts were erected. Eventually the whole coast was cleared and everyone of the Japanese race in Vancouver was sent away- Wars and rumors of wars, racial hatreds and fears are with us still (93) .
ア メ リカ で は不 毛 な砂 漠 地 帯 や ロ ッキ ー 山 脈 の 寒 冷 地 に10箇 所 の 収 容所 が 建 設 され た が 、 カナ ダ で も人里 離 れ た 内 陸 部 の ゴー ス トタ ウ ンが 日系 人 の 収 容 所 と して 利 用 され た(Ikeda120-28)。 バ ンク ーバ ー の 日系 人 コ ミ ュニ テ ィが 完 全 に消 滅 した状 況 が 上 記 の 引 用 に記 され て い る。 コ ガ ワ は こ の小 説 を通 して 、 戦 争 とか 人種 的憎 悪 とい っ た こ とが 今 もな お 世 界 か ら払拭 す る こ とが で きな い と訴 え て い る の で は な い だ ろ うか 。 200l年9月11日 の ア メ リ カ に対 す る テ ロ事 件 を機 に 、 ア メ リ カ国 内 に お け る ア ラ ブ人 へ の偏 見 や 暴 力 が 問題 に な り、 戦 時 中 の 強 制収 容 の体 験 か ら こ う した 人種 差 別 的 な 報復 を危 惧 す る 日系 人 も少 な くな い。 した が っ て コガ ワの作 品 も含 め て 、 日系 ア メ リカ 人 や 日系 カナ ダ人 た ち が 強 制 収 容 を描 い た 文 学作 品 は 、忘 却 され る こ とな く今 後 も読 み継 が れ てい か なけ れ ば な らな い で あ ろ う。 前 述 の 日系 ア メ リ カ人 二世 作 家 の ヤ マ モ トは 、 同世 代 の 日系 ア メ リ カ人作 家 た ち に とっ て 、 第 2次 世 界 大 戦 時 にお け る 強 制 収 容 の 体 験 の認 識 は絶 対 的 な も の で あ る と述 べ て い る(Yamamoto 69)。Monica SoneやJohn Okada、Mitsue Yalnadaと い っ た 二 世 作 家 の み な らず 、Lawson InadaやJannice Mirikitaniの よ うな 三世 た ち もま た 、過 去 の不 幸 な体 験 の記 憶 を封 印 して きた 日
系 人 た ち につ い て描 い て い る。 ナ オ ミた ち が 暮 ら して い た ス ロー カ ンの ゴー ス トタ ウ ン は か つ て ゴ ー ル ドラ ッ シ ュ に沸 い た が 、 今 で は住 む人 も少 な い こ の 町 の周 囲 に は 日系 人 が 多 く住 む よ うに な っ た 。 しか し1945年 、 日 本 が 戦 争 に敗 れ た後 も彼 らはバ ンク ーバ ー に は戻 る こ とが で きな か っ た。 そ れ ど ころ か 日本 に帰 国 す るか 、 ロ ッキ ー 山脈 の東 部 の平 原 州 に移 動 す るか の選 択 を迫 られ た の で あ る。 多 くの 日系 カ ナ ダ人 に とっ て祖 国 とは 日本 で は な く、 バ ンクー バ ー とそ の周 辺 地 域 で あ っ た。 住 み 慣 れ た土 地 や 家 に戻 る こ とが彼 らの 願 望 で あ っ たが ヽ 戦 後 そ う した望 み は 叶 わ ず 、 家 族 が 離 散(デ ィ アス ポ ラ的 経 験)す る こ と も少 な くな か っ た 。小 説 の なか で も本 国送 還 拡 散 政 策 は 残 酷 極 ま りない 結 果 を 日系 カナ ダ人 に もた ら した と、 当 時 の 宣 教 師 た ちが カナ ダ政 府 に抗 議 して い る(220)。 次 の 引 用 は 、エ ミ リーが ナ オ ミに送 っ た新 聞 の切 抜 きの抜 粋 で あ る。日系 人 の家 族 の 写 真 とキ ャ プ シ ョンが掲 載 され て い る。
There is a folder in Aunt Emily's package containing only one newspaper clipping and an index card with the words "Facts about evacuees in Alberta."
The newspaper clipping has a photograph of one family, all smiles, standing around a pile of beets. The caption reads: "Grinning and Happy."
Find Jap Evacuees Best Beet Workers
Lethbridge, Alberta. Jan. 22 (231)
エ ミ リー は、 当 時 の 日系 カナ ダ人 の 資 料 と して 客 観 的 に分 類 して い る よ う に思 われ る。 しか し新 聞 の 「見 出 し」に あ る よ うに、 日系 カ ナ ダ 人 に対 す る あ か らさ ま な 人種 的偏 見 に基 づ く まな ざ し、 す な わ ち"grinning"と い う英 語 に含 意 され て い る よ う な、 メデ ィ ア に よっ て歪 め られ た 他 者 の イ メ ー ジが あ る。 支 配 的 な 白 人 の視 線 は真 実 を歪 曲 し、従 順 で働 き者 とい うス テ レオ タ イ プの 日本 人 像 をつ く りあ げ て い る。 コガ ワは、 こ う した 白 人 中心 主 義 的 な メ デ ィ ア に よ る身体 的 表象 を強 烈 に批 判 して い る。 実 際 に ビー ト畑 の労 働 を体 験 し た ナ オ ミは 、 「思 い 出 す の さ えつ ら くて耐 え られ な い」、 「悪 夢 」で あ り、 「苦 難 」とい う言 葉 が ぴ った り くる もの で あ った と語 って い る(232)。 これ は当 時 ビー ト畑 で 働 い た多 くの 日系 人 の真 実 の声 を反 映 した もの で あ る。 エ ミリー は、 強 制 立 ち退 きの 際 に は父 親 と一 緒 に トロ ン トの知 人 の とこ ろ に世 話 に な る。 それ ゆ え 人 種 的 偏 見 が 少 ない 都 市 の 比 較 的 恵 まれ た 環 境 に安 住 して きた彼 女 に は、 ア ルバ ー タ州 の農 村 に お け る ビー ト畑 の 過 酷 な 労 働 や 冬 の 寒 さ に凍 えた 体 験 につ い て 、 実 感 で き ない とナ オ ミは暗 に批 判 して い る 。 つ ま りエ ミ リー は 公 的 な 歴 史 に と らわ れ 、 ナ オ ミの よ う な身 体 化 され た 記 憶 に 耳 を傾 け て い な い 。 エ ミ リー は 、典 型 的 な 二 世 と して ナ イ ー ヴな くらい 純 粋 に カナ ダ国 家 に 対 し て忠 誠 を示 し、 白 人主 流 社 会 に 同化 し よ う と した が、 人種 的偏 見 の た め 裏切 られ て し まっ た とい
う感 情 を抱 い て い る。 彼 女 は 『いつ か』に も登 場 し、 リ ドレス運 動 に 身 を さ さ げ、 戦 時 中 の カ ナ ダ政府 の 日系 人 に対 す る不 正 を追 及 す る姿 が 描 か れ て い る。 前 述 の よ う に彼 女 は 日系 カ ナ ダ人 の 活 動 家 で あ り、 ジ ヤー ナ リス トで もあ っ た キ タ ガ ワ をモ デ ル に して い る と言 わ れ て い る。 ち なみ に キ タガ ワ も実 際 に、特 別 の 許 可 を得 て トロ ン トに転 住 して い る(Miki 44)。 キ タガ ワは、トロ ン トで 医学 を学 ん で い た弟 に宛 て た手 紙 で、家 畜 品 評 会場 で あ っ た ヘ イス テ ィ ング スパ ー ク の不 衛 生 な施 設 や 、 また 人 権 を無 視 した プ ライ バ シー の ない 生 活 状 況 を厳 し く非 難 して い る(Kitagawa l14-15)。 同 様 に コ ガ ワ もエ ミ リー を 通 して 、 女 性 の 視 点 か ら強制 収 容所 の 様 子 を記 して い る。 エ ミ リー とは対 照 的 な の が お じ夫 婦 で 、彼 らは抗 議 す る こ と もな く黙 々 と生 き る。彼 らの 沈 黙 の 中 に、 キ リス ト教 的 な 忍 耐 と寛 容 さ をみ る こ とが で き る(Cheung 145)か も しれ な い 。 しか し そ れ よ りも文 化 的、 世 代 的 差 異 に よ っ て 、 カナ ダや ア メ リ カ に移 住 した 日本 人(一 世)た ち の多 くは、 沈 黙 を守 っ て きた と考 え る こ との ほ うが 自然 で は な い だ ろ うか。 また二 世 と違 って 、 カナ ダ に帰 化 す る こ とが 許 され な か っ た 一世 の社 会 的 立場 も大 きな 要 因 に な っ て い る。小 説 の な か で 繰 り返 さ れ る伝 統 的 な 日本 文 化 を表 現 して い る 「仕 方 が な い」とか 「こ ど もの た め 」とい う 日本 語 は、 消 極 的 な諦 め を表 す 言葉 で あ る とい う よ り も、 人種 差 別 とい う抑 圧 の 下 で生 きる 日系 人 た ち の強 靭 な忍 耐 力 を示 して い る。 つ ま りそ れ は悲 惨 な状 況 の な か で サ バ イ バ ル し よ う とす る強 固 な 意 志 で もあ る(Kawamoto 71)。 ま た 同時 に こ う し た 日本 語 に は 、 英 語 で は 表現 す る こ との で き ない ほ ど複 雑 な思 いが 込 め られ た重 層 的 な意 味 を含 ん で い る の で あ る。 3、 不 在 の 母 こ の小 説 は 円環 構 造 に な っ て い て、 最 終 部 分 は 冒頭 につ なが っ て い る。 ナ オ ミは お じの 葬儀 の 直 後 に初 め て母 の死 の真 相 を知 ら され 、 あ る 意 味 で ク ライ マ ック ス を迎 え る。 お じは か つ て 船 大 工 と して 海 の 世 界 に生 きて き たが 、 太 平 洋 戦 争 の 勃 発 に よっ て 船 は没 収 さ れ、BC州 沿 岸 部 に居 住 す る こ とが で きな くっ て し ま っ た。 彼 は 内 陸 部 の 大 草 原 で 、 「い つ か 」バ ン ンク ー バ ー に戻 れ る こ と を夢 見 なが ら、 結 局 夢 は実 現 す る こ とが な か っ た の で あ る。
Once, years later on the Barker farm, Uncle was wearily wiping his forehead with the palm of his hand and I heard him saying quietly, "Itsuka, rata itsuka. Someday, someday again." He was waiting for that "someday" when he could go back to the boats. But he never did (26)
彼 の 言 葉 の 奥 に秘 め られ た無 念 の想 い は簡 単 に は言 い尽 くせ な い もの で あ り、 こ こで も 日本 語 を 交 え る こ とに よっ て 当 時 の多 くの 日系 カナ ダ人 の 感 情 を代 弁 して い る。"Itsuka"と い う語 は 、 前
述 の よ う に続 編 と もい うべ き小 説 の タ イ トル に な って い る。 コ ガ ワ に とっ て意 味 深 い こ と ば で あ る。 一 世 た ち に と って 実 現 で き なか った こ と一日 系 カナ ダ人 の 名 誉 回復 や 償 い一 が こ め られ てい る 。彼 らは住 み慣 れ た家 を失 い 、 同 時 に 職 も失 っ て 見 知 らぬ 内 陸 部 の ゴー ス トタ ウ ン に移 住 させ られ 、 戦 後 も1949年 ま でBC州 に戻 る こ とが か な わ なか つ た の で あ る。 ロ ッ キ ー 山脈 の東 側 に 移 動 を 強制 され、 ナ オ ミた ち の よ うに ア ルバ ー タ州 な どの平 原 諸 州 に 移 るか 、 トロ ン トや モ ン トリ オ ー ル な ど東 部 の大 都 市 に再 定 住 す る こ とに な る。 お じは 決 して ナ オ ミに不 満 を こぼ した こ とは なか っ たが 、 そ の沈 黙 の 中 にす べ て を失 っ た悲 しみ が 顕 在 化 す る こ とな く埋 もれ て い る。 ナ オ ミの 兄 で あ るス テ ィー ヴ ンは、 両 親 に代 わ っ て育 て て くれ た お じ夫 婦 の伝 統 的文 化 に根 ざ した 日本 的 な心 情 を理 解 で き ない 。 彼 は 典 型 的 な 日本 人 気 質 のお ばや 、 ピジ ン語 の よ うな英 語 を 話 す お じをあ か ら さ ま に軽 蔑 す る よ うに な る 。 彼 は 支 配 文 化 の なか で 文 化 的剥 奪 を受 け、 ま た否 定 的 な 自己 意 識 を植 え つ け られ 、 自分 の エ ス ニ ッ ク ・ア イデ ンテ ィ テ ィ に対 す る劣 等 意 識 が 染 み 付 い て し まっ て い る 。彼 は音 楽家 と して世 界 を また に して 活 躍 して い る に もか か わ らず 、 ナ オ ミ の視 点 か ら倭 小 化 され て描 か れ て い る。 ナ オ ミは兄 とは対 照 的 に、 母 や ア ヤ お ば さ ん の影 響 を 受 け 、伝 統 的 な 日本 文 化 を受 け 容 れ る こ とが で きる 。 しか し彼 女 は二 人 の 「お ば さん 」に代 表 さ れ る 語 り と沈 黙 、 中 心 と周 縁 と い っ た 二 項 対 立 的 な思 考 か ら脱 却 しよ う とす る。ス テ ィー ヴ ンの あ か ら さ ま な 日本 文 化 へ の嫌 悪 は世 代 的 、 文 化 的 ギ ャ ップ に よ る もの で もあ るが 、 ナ オ ミは複 数 の文 化 に跨 っ た、 文化 横 断 的 な 第 三 の道 を 模 索 す る よ う に な る。 ナ オ ミ は カナ ダ生 まれ の 三 世 で あ るが 、周 縁 的(マ ー ジ ナ ル)な 存 在 と して 、 アイ デ ンテ ィテ ィの 問 題 に悩 ま され て きた 。 ナ オ ミは 、 戦 後 にな っ て 主 流社 会 の 自 人 た ち が これ まで の 人 種 主 義 につ い て他 人 事 の よ う に語 り、 あ る い は カナ ダ生 まれ の 日系 人 に対 して旅 行 者 か 、 一 時 滞 在 者 とみ なす 言 葉 に憤 慨 す る。 そ う した 言 説 の な か に、 植 民 地 主 義 の 残 照 で あ る ポ ス トコ ロ ニ ア ル な 「ま な ざ し」が 潜 ん で い るか らで あ る。
"It was a terrible busines
s what we did to our Japanese," Mr.Barker said. Ah, here we go again. "Our Indians." "Our Japanese." "A terrible business." It's like being offered a pair of down the street. The comments are so incessant and always so well-intentioned. "How long have you been in this
country? Do you like our country? You speak such good English- • -Have you ever been back to Japan?" (270-71)
上 記 の 引用 に は 過 去 の 過 ち に 対 して加 害 者 と して の 記 憶 を忘 却 して お り、 日系 カ ナ ダ人 が 戦 時 中 隔離 され た 記憶 を 踏 み に じる もの が あ る 。 日系 人 の よ うな マ イ ノ リ テ ィ を不 可 視 的 な存 在 と して 周 縁 化 、他 者 化 し よ う とす る 白 人 中心 主義 の 言 説 に対 す る 批 判 が こめ られ て い る(灘 。
そ の よ う な 白人 とは対 照 的 な のが 先 住 民 の ラ フ ロ ック で あ る。彼 はナ オ ミが7歳 の と き湖 で溺 れか け て い る とこ ろ を救 っ て くれ た命 の恩 人 で もあ る 。彼 の語 りに は 人種 に よる差 異 の 二項 対 立 的な 思 考 に対 す る批 判 が こ め られ て い て 、多 くの 白 人 や 日系 人 の子 供 た ち に み られ る肌 の色 の違 い に よ る カ テ ゴ リー化 を超 越 し よ う とす る多 文化 主 義 的 な 言 説 が表 現 され て い る。
"Don't make sense
, do it, all this fuss about skin?"—"Well this here is an Indian brave."-• "Long time ago these people were dying
, All these people here. Don't know what it was Smallpox, maybe. Tribe wars. Starvation. Maybe it was a hex, who knows? But there's
always a few left when something like that happens (172.) .
疫 病 や 飢 餓 、 白人 に よ る組 織 的暴 力 に もか か わ らず 生 き残 っ た 先住 民 の歴 史 は 、 日系 カ ナ ダ 人 の 迫 害 や サ バ イバ ル の歴 史 を 分 節化 して い るの で は な い だ ろ う か ㈱ ゜)。こ の よ うに、 コ ガ ワ は必 ず し も現 状 を悲 観 的 に考 え て い る の で は な く、 上 記 の 引用 の イ タ リ ック 部 分 に あ る よ うに 、絶 望 的 な状 況 下 に あ って も、 生 を肯 定 的 に捉 え よ う とす る姿 勢 を見 る こ とが で き る。Willisは ラ フ ロ ッ クが ナ オ ミを精 神 的 に も救 っ て くれ た と指摘 して い る(246)。 つ ま り第37章 で ナ オ ミの母 の悲 劇 的 な死 が 明 らか に な る が 、 ラフ ロ ック の語 り と同様 、極 限 的 状 況 に もか か わ らず 、 生 の可 能性 が語 られ て い る 。 そ れ ゆ え 戦 争 の悲 惨 さ 、残 酷 さ を訴 え な が ら も感 情 を 抑 え た語 りに な っ て い る。 母 の長 い 間 の不 在 の 謎 が 明 か さ れ 、 す べ て は 「子 供 の た め 」 に大 人 た ちが 沈 黙 を守 っ て い た こ とが初 め て読 者 に も知 ら され る 。 中 山牧 師 に よ る と、3月10日 の 東 京 大 空 襲 で 母 の 実 家 で あ る加 藤 家 の 人 々 は帰 らぬ 人 とな り、 そ して8月9日 の長 崎 の 原 子 爆 弾 投 下 の 際 、 た ま た ま 長 崎 の 親 類 の家 に来 て い た 母 は、 被 爆 して 重 傷 を負 っ た こ とが ナ オ ミの祖 母 の 手紙 か ら明 らか に な る 。 原爆 で醜 い 姿 に な っ た母 は 、根 源 的 生 命 の象 徴 で あ る大 地 の 陵辱 を意 味 す る の で は な い だ ろ うか 。 ナ オ ミ と母 は あ る意 味 で 、 と もに 身体 的 陵 辱 を受 け た こ とに な る。 過 去30年 もの 間 、 日本 に里 帰 り した ま ま消 息 を絶 っ た母 の不 在 と沈 黙 の 意 味 を ナ オ ミは理 解 す る の で あ る 。 東 京 大 空 襲 か ら はや60年 が た っ た今 日、 数 多 くの被 災者 た ち は い ま だ に過 去 の 出来 事 を鮮 明 に 覚 えて い て 、 語 る こ とす らで きな い で い る とい う記 事 が 新 聞 に掲 載 さ れ て い た(『毎 日新 聞』2005 年3月16日)。 一 晩 で10万 人 もの 生 命 が奪 わ れ た 「あ の苦 しみ を 誰 か と分 か ち合 い た い 」と共 感 を 求 め なが ら も、 あ き らめ 続 け て き た人 々 が数 多 くい る そ うで あ る。 そ う した人 た ち の多 くは 当時 戦 争 に直 接 関 与 しない 民 間人 、特 に女 性 や 子 供 た ちで 、これ まで トラ ウマ 的 記憶 を封 印 して きた 。 しか し こ う した 悲惨 な体 験 を した人 た ち は、 苦 しみ を分 か ち合 う、 す な わ ち過 去 の悲 惨 な 出来 事 を語 り合 う こ と に よ っ て 、 「大 きな 荷 物 を 降 ろ した よ うな 」安 らか な気 持 ち に な っ た の で は ない だ ろ うか 。
ナ オ ミと母 は、 と も に暴 力 に よ っ て沈 黙 を余 儀 な くさ れ た の で あ る。 母 は原 子 爆 弾 とい う大 量 殺 戮 兵 器 に よ って 傷 つ き、 ナ オ ミは性 的暴 力 に よ っ て、 と もに心 を 閉 ざ して しま っ た。 前 述 の大 審 問 官 に問 い た だ され る夢 とい い、 ま た兵 士 が 若 い女 性 を銃 で脅 す 夢 とい い、 ナ オ ミは幼 い 頃受 けた 性 的暴 力 の 記 憶 を内 面 に抑 圧 して き たが 故 に、こ う した悪 夢 か ら解 放 され る こ とが な か っ た 。 そ の た め 男 へ の 恐 怖 が 無 意 識 の 世 界 で 増 殖 され 、 彼 女 はい ま だ独 身 生 活 を続 け てい る(注11)。 次 の 引 用 には 、 ナ オ ミが 沈 黙 を破 って 、 自己 を さ ら け 出そ う とす る意 志 が 語 られ て い る。 母 や お ば さん に体 現 され た 日本 人 性 、 つ ま り家 父 長 制 の 下 で の 日本 人 的 ア イデ ン テ ィテ ィ は、 女 性 に 沈 黙 と抑 制 を強 い る抑 圧 的 な文化 規 範 で もあ る。
I want to break loose from the heavy identity, the evidence of rejection , the unexpressed passion, the misunderstood politeness. I am tired of living between deaths and funerals, weighted with decorum, unable to shout or sing or dance, unable to scream or swear, unable to laugh, unable to breathe out loud (218) .
ナ オ ミの 言 葉 か らは内 面 の抑 圧 状 態 か ら解 放 さ れ た い とい う、 心 の奥 底 か らの叫 びが 聞 こ え て く る。 そ れ はナ オ ミの 喪 われ た ア イ デ ンテ ィ テ ィ の探 求 で もあ る。 彼 女 は伝 統 的 な 日本 人 の女 性 性 一 優 しさ、大人 しさ、控 えめ、沈黙一の殻 を打 ち破 ってエ ミリー のように声 をあげるこ と、抗議 を した り、踊 っ た り歌 っ た りす る 自由 を 求 め る 。 これ ま で の よ うに 過去(死)に 愚 か れ る の で な く、 現 在(生)を 取 り戻 そ う とす る の で あ る。 か つ て 中 上健 次 は 、 安 岡 章 太 郎 や 野 間 宏 との 対 談 の 中 で 、 差 別 を受 け た マ イ ノ リテ ィの 文 学 に つ い て 、 「糾 弾 の 文 学 や 叫 び の小 説 は、 一 回性 しか 持 た ない 」(56)と 語 っ て い る。 つ ま り単 な る マ イ ノ リテ ィ と して の 文学 、差 別 の被 害 者 と して の 文 学 とい う枠 を 突 き抜 け な け れ ば な らな い の で あ る。 コ ガ ワ は 日系 カ ナ ダ 人 の不 幸 な体 験 や 、 カ ナ ダ 政府 の 人種 差 別 的 な政 策 を糾 弾 す る だ け で な く、 豊 か な感 性 と創 造 力 に よっ て繊 細 な心 理 描 写 や 自己探 求 を読 者 に示 し、 言 語 芸 術 と して の文 学 の普 遍 性 を追 求 して い る。
Father, Mother, my relatives, my ancestors, we have come to the forest tonight, to the place where the colors all meet—red and yellow and blue" My loved ones, rest in your world of stone. Around you flows the underground stream. How bright in the darkness the brooding light. How gentle the colors of rain (295) .
上 記 の引 用 に は、 中 山牧 師 が母 に つ い て語 っ た黙 示 録 的 で悲 惨 な 出 来事 とは対 照 的 に 、 ナ オ ミの 心 象 風 景 を映 し出 し、平和 で 静 寂 な 自然 描 写 が 見 られ る。また女 性 的 で繊 細 かつ 豊 潤 な詩 的 イ メ ー
ジが 醸 し出 さ れ て い て、 生 を肯 定 す る ヴ ィ ジ ョ ン(オ ル セ ン86)と と もに読 者 に深 い感 動 を与 え て くれ る。 ナ オ ミは、 以 前 お じ と二 人 で毎 年 夏 に な る と出か け た谷 間 に行 っ て、 今 は亡 き両 親 や お じ、 そ して祖 父 母 た ちへ の鎮 魂 の儀 式 を行 な う。 これ は 同時 に戦 時 中、 強 制 立 ち退 きに よっ て家 や 財 産 を失 い、 一 家 離 散 の 苦 しみ を味 わ っ た 日系 カ ナ ダ人 全 体 に対 す る鎮 魂 で もあ る。 ナ オ ミは、 過 去 の 不 幸 な 出 来事 の 記 憶 に 毅 然 と して 向 き合 っ て 、 そ れ を 語 り直 す こ と に よ り抑 圧 的沈 黙 か ら解 き放 たれ る。 す な わ ち 「トラ ウマ 的記 憶 」の呪 縛 か ら解 き放 た れ、 心 が癒 され る の で あ る(下 河 辺 198)。
上 記 の引 用 に あ る 「す べ て の 色 が 集 う場 所 」("the place where the colors all meet")に は、 前 に 引 用 した ラ フ ロ ッ ク の言 葉 に もあ った よ う に、 肌 の色 の 差 異 を超 克 して す べ て を あ りの ま ま に、 そ して 対 等 に受 け 入 れ よ う とす る 姿 勢一 多 文 化 主 義 の 思 想 と して 解 釈 す る こ と も で きる 。 つ ま り支 配 的 な人 種 の ヒエ ラル キ ー を脱 中 心 化 させ る の で あ る。 また 「闇 の 中 に 垂 れ 込 め る 光 」("the brooding light")は 、 これ まで 闇 の奥 に 閉 じ込 め られ て きた ナ オ ミが 、 かす か な 光 を見 出 した こ と を暗 示 して い る。 そ れ は死 か ら生 へ の 移 行 、 す な わ ち ナ オ ミの 再 生(Peterson 167)を 象 徴 して い る こ と は言 う まで も ない 。 在 日朝 鮮 人 作 家 、 金 石 範 は1948年 に起 きた済 州 島 にお け る 島民 の虐 殺 事 件(注12)に対 す る記 憶 に つ い て、 「語 れ な い記 憶 」、 つ ま り 「死 者 の声 」を蘇 らせ る こ とは 抑 圧 と恐 怖 に よっ て押 し込 め ら れ た 、 失 わ れ た 記 憶 を取 り戻 す こ とで あ り、 人 間の 再 生 と解 放 へ の 自由 の道 で あ る と述 べ て い る (74)。 そ れ は鎮 魂(レ ク イエ ム)で あ り、 コガ ワ も ま た ナ オ ミ を通 し て語 る こ との で き ない 過 去 の 記 憶 や 、 「死 者 た ちの 声 」を蘇 らせ る こ とが で き た の で あ る。 ナ オ ミ は母 と の絆 、 す な わ ち母 の 愛 を語 り直 す こ と に よ って 内 面 の 抑 圧 を克 服 す る(Koppelman xix-xx)こ とが で き る。 1980年 代 に風 刺 詩 『五 賊』 を書 い て 韓 国 の 軍事 政 権 に よ っ て 拘 束 さ れ た こ との あ る抵 抗 詩 人 金 芝 河 は、「自分 の ア イデ ン テ ィ テ ィが 分 裂 した精 神 を治 癒 す る」と述 べ て い る(176)。 ナ オ ミに とっ て も 日系 カ ナ ダ 人 と して の ア イ デ ンテ ィ テ ィ を再 発 見 す る こ とが 、 「分 裂 し た精 神 を 治 癒 す る 」 こ と につ な が るの で あ る。 した が っ て お そ ら く コガ ワ 自身 もま た、 この小 説 を書 くこ とに よ り、 自分 の 内 面 の 生 を蘇 らせ る こ とが で きたの で は ない だ ろ うか 。 彼 女 は 『お ば さ ん』を出 版 した 後 、 1980年 代 を通 して リ ドレス 運 動 に積 極 的 にか か わ って い くこ とに な る。 次 の 引 用 に は 「生 と死 の和 解 」(石川53)に つ い て描 か れ て い る。
I am thinking that for a child there is no presence without flesh. But perhaps it is because I am no longer a child I can know your presence though you are not here. The letters tonight are skeletons. Bones only. But the earth still stirs with dormant blooms. Love flows through the roots of the trees by our graves (292) .
ナ オ ミは 肉体 的 な絆 よ りも精 神 的 な絆 を 見 出 し た(Cheung152)。 上 記 の 引 用 に お い て 永 遠 な る 大 地 は母 を象 徴 し、 また 作 品 の 中 で 「木 」の メ タ フ ァー に な つ 七 い た ナ オ ミの母 との 精 神 的邂逅 を通 して 、 ナ オ ミは これ まで 失 い か け て い た 母 の 慈 愛 を理 解 す る こ とが で きる。 母 との 絆 を認 識 す る こ とに よっ て彼 女 は麻 痺 して い た 感 覚 か ら回復 し、 生 命 力 を得 る こ とが で き、 精 神 的 な旅 、 す な わ ち 自己探 求 の旅 も完 結 す る の で あ る 。 トラ ウマ の 経 験 は、 自己 の 同 一 性 の 物 語 を解 体 す る 経 験 で あ る(片 桐43)と す れ ば、 ナ オ ミは 自 己 の物 語 を構 築 す る一 過 去 の 自己 と現 在 の 自己 との 和 解 に よ っ て トラ ウ マ を克 服 す る こ とが で きる。 そ れ は 母 との つ な が りを再発 見 す る こ とに よっ て可 能 に な る の で あ る。 小 説 の最 後 に語 られ て い る野 生 の ば らや 草 花 が 力 強 く生 い茂 る さ まは 、生 の息 吹 、つ ま りナ オ ミの 生 命 力 の 回 復 を象 徴 して い る。 生 命 の循 環 は植 物 だ け で な く人 間 に も見 られ る。 彼 女 の デ ィ アス ポ ラ は同 時 に不 在 の 母 の探 求 で あ り、 母 性 は民 族 を育 む根 源 的 な生 命 力 の象 徴 で あ る。 再 生 の 確 固 た る ヴ ィ ジ ョ ンが 提 示 され(ク リフ ォー ド132)、 日系 カ ナ ダ人 も差 別 や排 除 の 経験 を克 服 し、 エ ス ニ ック マ イ ノ リテ ィ と して カナ ダ社 会 に根 を張 って い くこ とが 暗 示 され て い る。 (注) (ll G AnzalduaはBorderlandの 序 文 で 、 英 語 と 彼 女 の 母 語 で あ る ス ペ イ ン 語 を 混 在 さ せ る こ と に つ い て 、 そ れ は 「境 界 の 言 語 」 で あ り 、 そ こ に は 諸 言 語 の 交 差 点 と し て 言 語 が 交 互 に 受 粉 し て 生 命 力 を よ み が え ら せ る と 述 べ て い る(20)。 (21http//:Kogawa.homestead.com/Tim Nakayama.html
l31 Gary WillisやNancy Petersonは 次 の よ う に 述 べ て い る 。
The therapy proposed by the book is not just for Japanese Canadians, but for all Canadians, as Canada's future health as a democracy depends, at least in part, on its recognition of{and reparation for)its past failings (242) .
On September 22,1988, the Malrony Government announces a compensation settlement for Japanese Canadians and parts of Obasan were read aloud in the Canadian House of Commons{Peterson 168). ㈹ 猿 谷 は長 岡 訳 『お ば さん』の解 説 の 冒頭 で 、 「1983年 にわ た しは 始 め て 今 小 説 を読 み 、 深 い 感 動 に襲 わ れ た の を覚 え て い る 。 海外 日系 人 の 間 で は文 学 が 不 毛 な の か と思 っ て い た 矢先 の こ とな の で 、 尽 き る こ との な い豊 穣 な イ メ ー ジ に包 ま れ た こ の小 説 に 出 会 い 、 心 の 底 か ら驚 嘆 した 」と絶 賛 して い る。 15}Kogawa,Obasan扉 ペ ー ジ。 以 下 、 テ キ ス トの 引 用 は本 文 中 に頁 数 のみ を記 す 。 ㈲ 写 真 婚 とは 見 合 い 結 婚 の 変 形 で あ り 、金 銭 的 理 由 、あ る い は徴 兵 を恐 れ て 日本 に帰 国 で きな い 男 性 は 、 写 真 を送 っ て女 性 と の縁 組 を希 望 し、決 ま った 場 合 に は 日本 で 花 婿 不 在 の ま ま結 婚 式 をあ げ、花 嫁 とな っ た女 性 は写 真 を頼 りに渡 米 した 。 白 人 か らす る と奇 妙 で あ る ば か りか、 女 性 の 人権 を無 視 した 野 蛮 な も の と映 り、 批 判 の 的 に な って 、1920年 を境 に禁 止 さ れ た(イ チ オ カ182-95)。 (7}小 此 木啓 吾(22 -32)参 照。
〔s>Itsukaの な か で 、 主 人 公 ナ オ ミ は 次 の よ う に 語 っ て い る 。"Over the years, the Japanese Canadian
community went into hiding and became silent as rape victims."(208)
(9?R.Takakiは 、 肌 の 色 の 違 い に よ っ て 白 人 の タ ク シ ー の 運 転 手 か ら外 国 人 の 観 光 客 と 間 違 わ れ た 体 験
を 述 べ て い る(Takaki,270-71)。
(1°1コ ガ ワ は ナ オ ミ の お じ を ア メ リ カ 先 住 民 の 族 長 で 、 英 雄 で も あ っ た シ ッ テ ィ ン グ ・ブ ル と 重 ね 合 わ せ 、 ま た お ば を ズ ールー 族 の 戦 士 に 見 立 て 、 白 人 に よ っ て 生 活 手 段 を 奪 わ れ 、 抑 圧 を 強 い ら れ な が ら も威 厳
を 失 わ な い マ イ ノ リ テ ィ を 日系 カ ナ ダ 人 と重 ね 合 わ せ て い る 。
"Uncle could be Chief Sitting Bull squatting here. He has the same prairie-baked skin, the deep
brown furrows like dry riverbeds creasing his cheeks(2-3). Obasan would be as welcome there as a Zulu warrior(269).
(11)36歳 で 小 学 校 の 教 師 を し て い る ナ オ ミ は 、 ま せ た 男 子 生 徒 か ら 「オ ー ル ド ミ ス 」 と 茶 化 さ れ て 苦 笑 し
て い る 場 面 が あ る 。 こ の 時 点 で は 、 彼 女 は 前 向 き に 生 き て い る と は 思 わ れ な い 。
Spinster?Old maid?Bachelor lady?The terms certainly apply. At thirty-six.1'm no bargain in the
marriage market (9) .
ま た 、姉 妹 作Itsukaの な か で 、 中 年 女 性 に な っ た ナ オ ミ は 牧 師 の セ ド リ ッ ク の 求 婚 を 受 け 容 れ る 。
(12)1948年4月3日 に 起 き た い わ ゆ る4・3事 件 。 米 軍 に 支 持 さ れ た 反 共 主 義 者 た ち が 、 反 体 制 主 義 者 や
そ の 家 族 を 虐 殺 ・生 き 埋 め に し た 事 件 。 済 州 島 の 島 民 の4人 に1人 が 犠 牲 に な っ た と い わ れ て い る 。
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