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教育の過去2─『教育の世紀』とつながる現代教育 ─

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Academic year: 2021

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東北学院大学教育学科論集 第●号 東北学院大学教育学科論集 第 3 号 ─ 特集 pp. 108-109 2021

キーワード : 教育の世紀,教育思想史,教育哲学

Key words : century of education, history of educational thought, education philosophy 本報告は,2021 年 2 月 1∼7 日の日程で Web にて公開された,東北学院大学文学部教 育学科の公開連続講義「教育の過去 2 ──『教育の世紀』とつながる現代教育──」の内 容をまとめたものである。 1. 「教育の世紀」とは 「教育の世紀」とは 18 世紀に西欧で起きた教育のパラダイムシフトのこと指す。ルネサ ンスから宗教改革にかけて西欧の人々の間で様々な分野に大きな変革が起きたが,教育も その例外ではなかった。なかでも,ルソーによる『エミール』(1762)の発表は,まさに「教 育の世紀」と呼ぶにふさわしい出来事だった。後世にアリエスから子供の発見者として評 価されるこの教育思想家は,子供の発達段階への啓蒙など当時の人々の教育観をことごと く覆す新機軸を打ち出したのだった。そして,ルソーの没した後には,『エミール』の理 念を引き継ぐ者たちの教育実践をめぐる戦いが開始される。それは文字通り死闘だった。 2.挿絵入り教科書の発明 「教育の世紀」より少し遡るが,コメニウスの存在は「教育の世紀」の準備段階に位置 している。宗教改革後の混乱期に 30 年戦争の戦果を逃れたコメニウスは,西洋各地を転々 としながら膨大な書物を著した。なかでも,母国語とラテン語を並べた絵入り教科書であ る『世界図絵』は,現実の世界の観察を教育に適用した傑作である。ゲーテの幼児期の愛 読書だった『世界図絵』は,コメニウスの死後にも連綿と受け継がれ,西洋教育史におけ る古典となった。その要諦は,直観教授の考え方である。コメニウスの直観教授法はルソー 2020 年度東北学院大学文学部教育学科公開連続講義 2021 年 2 月 1 日(月)~2 月 7 日(日)

教育の過去 2

─ 『教育の世紀』とつながる現代教育 ─

The Past of Education 2

── The Relationship between “ Century of Education” and Modern Education ──

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109 教育の過去 2 ── 『教育の世紀』とつながる現代教育 ── 2020 年度東北学院大学文学部教育学科公開連続講義 に受け継がれ,ペスタロッチにおいて昇華し,現代の(特に)幼児教育の主人公でもある。 3. 児童文学書の普及 デフォーの著した『ロビンソンクルーソー』は子供向けではなかったが,後に児童文学 としてイノベーションされた。そして,世界中に多数のイノベーション作品群を生み出す ことになる。この動きを後押ししたのは,出版業の発達である。ルネサンス期に発明され た活版印刷術はその後ヨーロッパで一大産業となり,「教育の世紀」の頃には,近代市民 階級の教育熱と連動して多くの児童文学書が刷られることになる。ドイツの汎愛派である カンペがルソーに感化されて児童向けに再構成したイノベーション作品『ロビンソン・ジュ ニア』は,「父親が子どもたちに話して聞かせる」という設定を採用し,爆発的なベスト セラーになった。これは西洋人の読書習慣が,「一書精読」から「多読」へ転換したこと も意味している。 4. プロテスタンティズム ルターによる宗教改革(1517)は,カトリック教会によるお告げとしての神ではなく, 個人の聖書解釈による神をより優遇した。この運動により,少なくともプロテスタントに とって神は個人の信仰の問題となった。こうして,個人のエンパワーメントに一層の追い 風となり,理性という西洋人共通の能力がより強固になっていった。理性は万人(特に西 洋人,キリスト教徒)に平等に備わり,理性は知識の丸暗記だけにとどまらず,その知識 を使いこなし,知識の根本となるものを洞察できなければならなかった。「啓蒙の世紀」 が「教育の世紀」といわれるのはこれもその理由の一つである。 5. 教育と宗教の分離 ドイツの汎愛派であるバゼドウは汎愛学院(Philantropinum)を設立し,ルソー流の教 育を追求した啓蒙主義の教育者である。彼は,詰め込み学習や体罰への批判をし,既存の 教育制度や体制のあり方に対決の姿勢をとった。なかでも教会の存在は教育にとって脅威 だとする認識を示し,教会の教えと学校での学びを混在させないような努力を求めた。同 じく,汎愛派のトラップも教会の教育の目的と学校の教育の目的との相違を指摘し,両者 が相容れないという点を強調した。 「教育の世紀」に教育は拡大し,この流れに乗って現代の教育が成立した。このように, 現代教育は近代に由来すると言っても過言ではない。温故知新としての「教育の世紀」を 私たちが思い出す時には,現状で頭を悩ませている教育現実の諸問題に取り組むための礎 が手に入るのである。 <了> (引用・参考文献は,講義動画の中で提示したが,本稿では都合により割愛した。)

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