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雑
雑
報.
報
昭和九年慶禽計報告
順順之部
実費及雑牧入高
支出之部
印 刷 費
難 費
計
差引當年度不足高
﹂
0
2圓
ノへ
九
圓
二、四八一二、六一二
圓
一、一六〇、九五
圓
三、六四四、五八
圓
五四二、八九
︵校風會より寄附︶
東京女讐學會第廿國同例會
時日 昭和よレ年一咽月八日︵金︶午後六時小→
場所 東京女子讐學黒門學校臨床講堂
一、小兇ワイル氏病の一例
徳 増 よ の
本県は動物實験に依って引イ.ル氏病なる事を確め得た五年三ヶ月の男
第五巻 一七〇
見で住所は城東匹大島町三丁目で患見は最初嚢熱、頭痛、杢身倦怠、
食欲不振、嘔吐で嚢病せしが悪寒一二は一度もなし。
所見としては黄疸、結膜充血、肝臓部の歴痛と該部の抵抗、尿に腎
臓炎の所見並に輕度の逞脈を認む。然し尿のコグメリンL反鷹は最初陰
性次で弱陽性乗に強陽性を呈し、便は最初﹁ヒポヒョーリッシユ﹂なり
しも大概は黄色なηき。謄症歌や筋肉の墜痛殊に腓腸筋の厭 痛は杢く
認めず。出血瓢は最初より皮膚の粘膜の何塵にも認めず。朗血や腎臓
出血もなし。又本例は脾腫を一度も鰯れる事を得ず、特別淋巴腺腫脹
もなし。治療血清を用ひない内に漸次輕快して諸症候は去りしが唯第
骨五病日迄は時々微熱が現はれ僅かの黄疽と貧血とが割合永く績き、
伺串価晃は聾頁疽の張い時期に血山襖のワ氏反雁⋮中綜度阻明性マイニッケ氏反
鷹弱陽性にして其後黄疸も稀薄となり殆ど治った時には陰性となれ
り。
、
一 昭和九年恩賜歳末無料診療報告抄録
佐 々 木
至誠會臨時無料診療厨として尾久病院選定、
期聞一、昭和九年十二月十八日より二十七日迄、
受付時間、午後五時より八時まで
取扱ひし患者総人数 一七五一人
日々の患者数は日を経ると共に階級的櫓加を示せり、
昌 子
常衣
ノよりて各科土蔵疾病は季胱即的關係ある事、患者の生活歌能⋮の非衛
5e5
生なる事を物語る、言語の佳所分布を地圖にて示し、 一暦今後は徹底
的の宣傳をなす事、且つ詳細なる患者の病症及生活程度の調査を要す
る事、叉是等の最も同情すべき人の多数救療せられん事を庸温して降
壇。
一、尋常性狼瘡の無食璽食餌療法治験例
八
患者は脇野某 三四歳の男子
初診昭和九年八月三〇日 診断、
木
節 子
尋常性狼癒及右側腕關節結核
廿四歳の春右頗部に米粒大の一子結節を生じて化膿し除々に膨大
し、其後同様の黒化を頸前面、左頗部、左側上肢に認めた。伺昨年六月
右搬指及腕關節運動の際に疹痛を畳え一ケ月を経て自然排噛恢を見た。
治療前所見
病寵は右側下限瞼よη頗部杢騰を占め、小見手掌大で、右頗部は下
部に一〇銭白銅大及び其の三倍縦位の縦に長きもの、及び小豆大の膿
庖を認めた。術頸部前面にも小児手掌大のものを認め是等総ては装薬
部に僅かな膏石を有し外は殆ど全面に農工黄褐色の厚き痂皮に被はれ
て居り、邊稼部は境界明劃で赤褐色の小結節が散在して居る。斯かる
攣化は右頬部に最も整い。禽左側上肢は象皮病様に太さを塗し超大よ
り五十鑓銀貨乃至其二倍大位迄の病躯が数個散在して居る。之は疵釈
加島核を思はせる甑様な鮫能心であるが湿⋮潤して居る部もある。右側掘指球
難 報
に弱く腕關節に於ては骨に満する・痙孔があり多量の排膿がある。
治療経過
治療としては專ら無二願食餌療法を行った。其献立表は次の如くで
ある。
無食璽食餌献立表
蛋白訓脂肪瓦黒球ヨ
二
食時
2411
2400
378.35
60.54
80.18
3c”,3.84
81.051・
64.98
24001
2418
a. 44.3s
369.88
74.17
80.10
60. r)o
82.52
2.”,99
78.001 330.96
80.86
麺鉋(バター)牛乳果物
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第五巻
一七一