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身分法と意思の諸問題 利用統計を見る

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身分法と意思の諸問題

著者

三野 陽治

著者別名

Y. Mino

雑誌名

東洋法学

19

1

ページ

p89-122

発行年

1976-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006071/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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身分法と意思の諸問題

三 野 陽 治

 目 次 一、序論 二、身分行為と訴訟能力 三、遺言自由と遺言者の意思 四、遺言と意思能力 五、地位の承継と相続入の意思        ︻、序 論 現代の社会生活に於て人と人との間の法律関係が形成されるのは当事者の意思に基づく契約による場合が非常に多 いが、親族法、相続法の領域の生活関係の中でも、当事者の意思に基いて法律関係の形成される場合が多くある。こ のようないわゆる身分的法律行為の特質が通常の法律行為の特質と比較されるときにあげられる身分的法律行為の特    身分法と意思の諸問題       八九

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   東洋法学       九〇 質の一つに能力の問題がある。一般に法律行為を有効になしうるためには行為能力を必要とするが、行為能力なる観 念は財産法的のものであり.いわゆる無能力者も、身分行為については能力者であるとするのが現在の通説判例であ り.身分行為能力なる観念を立てるとして.その能力の程度に関しては、身分行為をなすには意思能力あるを以って        ︵王︶ 足り.財産法上の意思能力が身分法上の行為能力にあたると解されている。民法も行為無能力者である禁治産者が婚 姻するには.その後見人の同意を要しない︵七三八条︶と規定し.また認知をするには.父又は母が無能力者である 撫熱でも.その法定代理人の同意を要しない︵七八○条︶とし.代諾養子の規定より未成年者も十五才以上の場合に は自己の意思によむ養子縁組の意思決定のできることを認めている。このような規定より.身分的法律関係の成立を 欝的とする法律行為は意思能力があれば足り.民法総則にいう無能力者も.法定代理入保佐人の同意を要しないこと   ︵2︶ になる。  ドイツ婚姻法は、婚姻が締結されるすなわち契約が締結されるので.婚姻締結には婚姻成年と共に行為能力が必要 であるとし.その範囲でドイッ民法の基本的決定に触れないが、しかし、二.三の特殊性をもっている。主として行 為無能力者に婚姻を一般に禁示している。そして無意識の状態︵強度の飲酒︶と精神活動の一時的障害の状態にある 者すべても同様である︵ドイッ民法一〇五条二項婚姻法一八条二項︶。また制限行為能力者については.未成年者又       ︵3﹀ は他の理由から行為能力が制限されている者は法定代理入と現存する保護者の同意を要する︵婚姻法三条︶。  スイス民法は、婚姻締結のためには、判断能力があることが必要であり、精神病者は婚姻能力がないとする︵スイ ス民法九七条︶。この法律の意昧の判断能力者は、子の年令のため又は精神病.精神薄弱.飲酒又はその他の類似の

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状態のために合理的に行為をする能力の欠けていない人である。人が判断能力があるか否かは一般的ではなく、常に 個々の具体的行為に関してのみ決定される。判断能力は相対的概念である。例えば、食料品売買契約に関して合理的 に行為しうる状態にある者はより一層複雑な法律存為に関しては判断無能力でありうる。人の知的能力が縮少するに 従ってその判断無能力は取引の広い範囲に及ぶ。それは継続的な性質をもつ︵精神薄弱︶か又は一時的な性質をもつ のである︵飲酒等︶。婚姻に関しては判断能力を前提にする︵スイス民法九七条︶。一方では婚姻の目的と本質に ついての十分な洞察並びに婚姻に結合する責務と義務の理解と他方これに従って行為する能力を前提とする。判例は あまり強い要求をしない。単に主たる婚姻上の義務への洞察並びにこの洞察により配偶者の援助により行動しうる能      ︵4︶ カを要求する。このような判断能力は意思能力と同義に解することができるが、婚姻等の身分行為は当事者の意思能 力を基準として理解する我民法上の規定並びに学説判例はこのスイス民法の判断能力を基準とする立場とほぼ共通の 立場にあり、このような一身専属的な性質をもつ行為については︵特に、離婚の場合の訴訟能力、医療上の手術の同 意、婚姻締結、遺言︶その判断能力の法的評価に関しては、裁判官は取引的法律行為の判断能力と不法行為の責任能 力の場合とは異る地位に立たされる。このような場合には法的安定性の老慮が重要であるが、一身専属的性質を有す る行為の場合にはこのような老慮はほとんど重要な役割を果さない。このような場合には各人は一身専属的な権利の 行使には出来る限り制限されてはならないという法律上の原則が強制される。裁判官は一身専属的な権利の行使の場 合には、当該行為の時の軽く又は中程度に弱まった精神能力を無視して直ちに判断能力を認めるべきである。ある特       ︵5︶ 別の場合には心理的に強く低下した精神能力者の場合にはその者の代理を認めることができる。    身分法と意思の諸問題      九一

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   東洋法学      九二  判断能力の法的評価は法律行為の種類にかかっている。近代法は取引的法律行為の場合には判断無能力により法的 安定性を危険にすることは出来る限り避けることに重点をおく、それ故に判断無能力者が自己の行為の結果の責に任 ずることが不当であると考えられるときのような行為のみが判断無能力により行われたと老えられる。これは通常. その意図やその実現に於て.異常なという理由から本能に対して意識がもはや重要な役割を果していないような行為 の場合にのみあてはめられる。従って多くの場合に.心理的に強く減少し又は全く欠けた精神能力といわれる行為の 場合のみに法的判断無能力が認められるべ蓑である.一方軽い又は申程度の心理的に制限された精神能力は裁判官に より無視きれ、すなわち判断能力が直ちに認められるべきである。不法行為の責任能力の場合には判断能力の法的評価        ︵§﹀ は理論的には取引行為と同様に行われる.  民法上の判断能力並びに刑法上の責任能力は法規の目的の異った基礎の上に立っているが.このような法的形成に も拘らず.両者は精神能力である。程度を異にして減少した責任能力の観念が今沼一般に行われているが.判断能力 の場合にはこのような観念は取り入れられていない。殆んどすべての法律行為は︵例えば売買.貸借.雇傭契約.婚 姻締結.養子縁組.遺言︶は.この法律行為の場合には.行為の判断能力が問題となるときは.完全に有効か又は無 効かになるのであり.そこで判断能力の中問的な段階は法的には考えられない。そして民法上の不法行為の場合には 減少せる判断能力とこれに相当する賠償義務の段階性を一般に承認することは法的安定性を甚々しく侵害することに なり、法律行為と不法行為の取扱の不平等となる。そこで判断能力の段階性を示す心理的事実の法的評価は裁判官の        ︵7︶ みがなされなければならない。

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 如何なる場合に婚姻締結、離婚、遺言又は認知と同様の一身専属的な親族権のための判断能力を認めるべきである かの問題は困難なものがある。このような地位自体はたとえ個々では当然異った高さであっても当該権利の行使は客 観的にはかなり高い判断能力についての要求をするのが通常であるという点では共通である。この行為の客観的範囲 により段階をなす判断能力の客観的要求が決められる。すなわち高価な物の条件付売買契約、婚姻締結、相続人に複 雑な負担を負わす関係の包括的遺言処分は、債務の弁済、店舗に於ける売買又は同様の経済的に価値の低い活動より       ︵8︶ 一層判断能力の知的そして感情的な面への強い要求をする。  親族共同生活の形成行為のこの精神能力への要求は前述のような日常しばしば行われる取引的行為が人に要求する 判断能力を広範囲に超越することになる。このような取引行為の場合には一つの行為、一人の人のための精神能力の みが重要であるが、一方婚姻締結の場合には婚姻の継続的特色としてすなわち継続的地位として婚姻をなす重要な精 神能力が当事者に存在しなければならないといいうる。  婚姻を締結する判断能力の客観的要求は具体的地位︵当事者の性質、子の数、社会的地位︶により当然異るが、し かし常に日常行われる取引よりは高い。また遺言をすることを見るとその客観的地位からかなり広い判断能力への要 求が生ずる。複雑な財産上の事項の場合の知的な場合のみならず家族関係の場合の感情的な場合がしばしばあり、前 述の如き一身専属的な性質をもつ行為の判断能力の法的評価の場合は取引的行為や不法行為の場合と異なり、法的安 定性の考慮があまり重要な役割を果さない。婚姻締結の場合には判断無能力者の婚姻の成立は社会のために避けられ るべきであるという公的利益が事実上存在し、これに対し他の一身専属的性質の行為の場合には心理的障害者がこれ    身分法と意思の諸問題       九三

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   東洋法学      九照

を行うことを阻止するという私的領域にのみ.その共同体の利益のみに限られる。このように社会の保護の点では婚 姻の場合は他の場合と異るが、一身専属的の行為の場合には、取引的法律行為や不法行為の場合とは異った意昧で、 判断能力の欠けた者の保護は一層重要である。すべての者は一身専属権の主張に於ては出来る限り制限されてはなら ないという法原則は当然にこの如き権利の行使にあたり精神的な障害者も可能な限り保護されるべきであることを要   ︵9︶ 求する.  意思能力を以ウて身分的行為能力と解する我民法に於ても.その意思能力の基準を定めるにはスイス民法の判断能 力の法的評価と同様に解することが出来る、法律行為の種類によむそれに必要な意思能力の程度内容に差異があり. 取引的行為と身分的行為とは当然に意思能力を異にし.その取引的行為にも財産上重要な価値を目的とするものと. 縫常しばしば行われる通常のものでは差異があり.また身分的行為の場合にも前述の如く婚姻はその性質上客観的に 他の身分的行為と比較して高い意思能力を必要とする。民法上も婚姻能力は年令上男一八才女一六才としているが. 養子縁組の場合は一五才以上としているのも.同じ身分的行為にもその意思能力に差異のあることを認めているとい えよう。禁治産者も身分的行為をするには法定代理人の同意を要しないのが原則であるが.このような者が行為を行 う当時意思能力があるか否かを決するにはこのような基準の下に評価すべきである。そして意思能力の評価には精神 上の状態並びに知能経験等により老慮すべきである。そこで身分的行為には意思能力を基準とすべきであるが、この 場合いわゆる財産法上の意思能力とは異った程度内容をもち.また各種の身分的行為により異っていると解すべきで あろう。

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 身分的行為の行為能力の場合を考察したが、さらに親族法上、相続法上に於て意思が問題となり、その法律関係に ついて重要な作用をなす幾つかの場合があり、身分的行為と意思については多くの研究があり身分行為意思は一切 の人間情緒の介入や諸々の生きた社会規範の作用によって身分行為意思を個別化し実質的把握をすることと、この意        ︵⑳︶ 思を画一化し法的形式的に把握することの適合の形成が必要であるとする見解があり、またこの意思を実質的意思と        ︵員︶ 解する最近の判例があるが、このような身分的行為と共に親族相続法上意思の問題となる場合を考察してみよう。 ︵!︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵鐙︶ ︵n︶ 中川善之助著身分法の総則的課題 一〇六頁 我妻栄著親族法 三九三頁 旨80鼠簿の段pげ瓢げoぴい鉱叢ぴ償oびα①o o男簿導豊のβ吋8簿ω︸ 竃斡図内①一一Φびビoげ残び墓o一一αΦω国騨o器o算9 ︸零Go”ω・鍵 鵠麟⇒ω切ぽα①び 鵠9添ω騨ご創①き 鵠鋤pωωぼαΦび 類餌昌o oじ ごぎ儀①び 頃餌類ωωぼ山①び 福地俊雄 最高判  家族法大系1 昭和四四年一〇月三一日        お①恥”ω●讃 9①α牌o熔の㌶獣αq闘Φ津一類唱亀90一〇籔のoげ①き℃亀oげ圃無はω畠窪瓢雛住旨江ω餓ω9角ω一〇算︸ 斜鋤・○こψ憲o o鳩 押餌●○こωゆ一ミ。 餌一鉾○こω骨認駒 ρ鉾○こωふO o団こ     四六頁         民集二三巻一〇号一八九四頁 お①命ω。憲卸 身分法と意思の諸問題 九五

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東 洋 法 学 九六

二.身分行為と訴訟能力

 心理的に相当の程度に判断能力が減少しているのに拘らず法的になお判断能力を認めるべ熱か否かの閥題が提起* れる現実に重要な分野には一身專属権の主張の訴訟能力がある。最も密接に慮己の重要な生活利益に関係するような 一身専属的な法的要求を裁判所に主張するか又は主張させるかの事項は出来る限り本人に要求されねばならないとい うことは直接の正義感情に適する。極端な場合のみこのような人々には.訴訟追行のための判断能力がないと宣書さ れ.そしてその要求が公平な裁判所になきれうる方法により本人がこれを可能とすることができなければならない、       ︵i︶ 何故なら絶体的な一身専属権の場合には本人の代理人が行為することはできないからである。  例えば離婚訴訟の場合がそれに当る。ドイッ民法では婚姻は当事者の意思によりなされるべきであるから.当然離 婚権は権利者の人格的行使を目的とする。一部的行為能力者と共に一般的行為無能力者も離婚権の行使のために無視 することは不可能である。この範囲で離婚訴訟は後見裁判所の同意に拘束される法定代理人により提起されうる︵ド イツ民事訴訟法六二一条︶。しかし制限行為無能力者には婚姻事件に於て訴訟能力と同時に離婚訴訟の中に存在する       ︵2︶ 意思表示のための完全な行為能力を与えられている︵ドイッ民訴六三一︶。スイス民法では.離婚請求権は一身専属 権であり.それ故に禁治産者の一身専属的行為は法定代理人の行為により代理されることはできない。判断能力ある

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禁治産者は法定代理人の同意がなくても離婚の訴を提起できる。他方、判断無能力者の離婚の要求は法定代理人によ          ︵3︶ っても主張されえない。  訴訟能力のある人は自己自身で訴を提起しそしてその必要な訴訟行為を実行することができるか又はその訴訟を少 なくとも自己の選任した代理人により追行することができる。制限行為能力者︵判断能力のある未成年者又は禁治産 者︶は基本的には制限訴訟能力のみをもち、訴訟に於てはその者のために法定代理人が行為しなければならない。し かし離婚請求権は一身専属権である。このために制限行為能力者は財産上の権利が訴訟の対象にならない範囲で完全 な訴訟能力がある。このような者は法定代理人の共同なしに訴を提起し、訴訟を追行しうる。更にこの訴の一身専属 的性質から禁治産者の行為は法定代理人の行為により代理されえないという結果になる。従って一般に判断能力のな い禁治産者の離婚訴訟は不可能となる。判断能力のない禁治産者が離婚訴訟に於て被告となるときは法定代理人によ      ︵4︶ り代理される。  スイス民法は未成年者か又は禁治産者でも判断能力のある場合には法定代理人の同意を得て自ら義務を負担する取 引行為をすることができるが、自己の人格のために存在する権利を行使する行為は法定代理人の同意を要しないとし ている︵スイス民法一九条︶。このような一身専属権とは自己の人格のためとその保護のために人問に成立する権利 と解することができ、これには相対的︸身専属権と絶体的一身専属権とを区別することができる。相対的一身専属権 とは人格との関係が法定代理人によるこの権利行使が全く不可能である程度に密接なものではなく、絶体的一身専属 権とは代理人による行使は全く不可能である程度に密接に人格に結合している場合で婚姻締結、離婚と遺言処分更に     身分法と意思の諸問題      九七

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   東 洋法 学      九八 婚外子の認知のような親族法上の行為と後見法に於ける一定の行為であり.このような権利は判断能力ある者は未成        ︵5︶ 年又は禁治産者であっても自身のみで行使しうる。  スイス最高裁判所もしばしばこのような自然的正義感の要求に応じて.その行為から精神病又は精神耗弱︵薄弱︶ のため心理的に見て、当該行為につき判断能力が相当程度に減少していることが明らかになった人問を一身專属権の 主張のためには︵禁治産宣告に対する異議.後見の要求と取消.婚姻.離婚に対する防禦︶法的に判断能力があり.そ 蔦で訴訟能力があると考えた.鉱のような人に霞己の法的要求を最終審により判断審せる機会を与えるために.スイ ス最高裁判所は心理学的には相当程度に減少している判断能力に拘らず.一身専属権を争っている理由で訴訟追行能 力を有すると判断した、我国の人事訴訟法上も訴訟能力したがって意思能力の有無は職権調査事項であ蔭裁判所がそ        ︵6︶ の欠歓を誤認または看過して本案判決をしたときは上訴又は再審の訴によりその取消を求めることができる.この場 合制限的判断能力で十分でなければならない。当事者は自己の法的要求について不完全の観念のみをもち.そしてこ れに関する不完全な動機の意思形成のみをもつが、問題となっている事項をかなり理解できることで十分でなければ ならないとする。このような例は一身尊属権の主張のためには心理学的には相当程度に減少している判断能力の人も 法的には訴訟追行の判断能力があることを示すのである。しかしこのことはこれらの事項に関し全く判断無能力者を も訴訟能力者として拡大するものではなく.このような場合には他の場合と同様の要求が判断能力についてなされる       ︵7︶ ものでないことを主張するものである。  我人事訴訟法上婚姻事件.養子縁組事件及び親子関係事件について無能力者が訴訟行為をなすときはその法定代理

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人または保佐人の同意を得ることを必要としない︵人事訴訟法三条一項二六条、三二条一項︶。  そこでこの場合には無能力者も意思能力のある限り訴訟能力を有する。また人事訴訟法では夫婦の一方が禁治産者 であるときは後見人又は後見監督人が禁治産者のために離婚について訴え又は訴えられることができる︵人事訴訟法 四条︶。  強度の精神病を理由とする離婚請求の場合には意思能力を欠くと老えられるが、このような者に対する離婚の訴に 関して、判例は﹁およそ心神喪失の常況に在るものは、離婚に関する訴訟能力を有しない。また、離婚のごとき本人 の自由なる意思にもとずくことを必須の要件とする一身に専属する身分行為は代理に親しまないものであって、法定 代理人によって、離婚訴訟を遂行することは人事訴訟法のみとめないところである。同法四条は、夫婦の一方が禁治 産者であるときは、後見監督人又は後見人が禁治産者のために離婚につき訴え又は訴えられることができることを規 定しているけれども、これは後見監督人又は後見人が禁治産者の法定代理人として訴訟を遂行することを認めたもの ではなく、その職務上の地位にもとづき禁治産者のため当事者として訴訟を遂行することをみとめた規定と解すべき である。離婚訴訟は代理に親しまない訴訟であること前述のとおりであるからである。  翻って、民訴五六条は、法定代理人ナキ場合又ハ法定代理人力代理権ヲ行フコト能ハサル場合二未成年者又は禁 治産者に対し訴訟行為をしようとする者のため、未成年者又は禁治産者の特別代理人を選任することをみとめた規 定であるが、この特別代理人は、その訴訟かぎりの臨時の法定代理人たる性質を有するものであって、もともと代 理に親しまない離婚訴訟のこどき訴訟については、同条はその適用を見ぎる規定である。そしてこの理は心神喪失     身分法と意思の諸間題       九九

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   東洋法学      一〇〇

の常況に在って未だ禁治産者の宣告を受けないものについても同様であって.かかる者は離婚訴訟について民訴五六        ︵8︶ 条を適用する余地はないのである﹂として意思能力なき者に代って法定代理人が当事者となるべきことを述べてい る。そして民訴五六条のごときその訴訟かぎりの特別代理人をしてこれに当らしめることは適当でなく.夫婦の一方 のため後見監督人又は後見人のごとき精神病者のための常置機関として.精神病者の病気療養その他.財産上一身上 万般の監護をその任務とするものにその訴訟遂行をさせることが適当であるとして.このような法定代理人が精神病 者の訴訟を遂行すべ蓉理由を示している.  このように離婚訴訟の場合には後見監督人叉は後見人が禁治産者のために当事者となりうるいわゆる訴訟代位を認 めたものであり.離婚訴訟及び嫡出否認訴訟は本来代理に親しまないものであるが本人が禁治産者であるため.そ        ︵9︶ の後見監督人後見人が本人のため職務上の当事者となることを認めたものであるときれるが.訴訟が本人の意思にも とづくことなしに行われる点は訴訟代理でも法定代理でも差異はないのであるから.後見監督人または後見人は禁治 産者のために原告または被告となり得るほか.それとは別にこれらの者は禁治産者を代理して訴訟をすることもでき       ︵鐙︶ るとする見解がある。  また、子が認知を求める場合に.子が意思能力のないときには.その法定代理人が認知の訴を提起できる︵民法七 八七条︶が.この場合に最近の判例は﹁身分上の行為は、原則として法定代理人が代理して行なうことはできず.無 能力者であっても意思能力があるかぎり、本人が単独でこれを行なうべきであり、これに対応して、人事訴訟につい ては訴訟能力に関する民事訴訟の規定は適用がないものとされているのである。したがって、未成年の子も、意思能

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力がある場合には、法定代理人の同意なしに自ら原告となって認知の訴を提起することができるものであり、このこ とは人事訴訟三二条一項、三条一項の規定に照らしても明らかである。しかし、他方、民法七八七条は子の法定代理 人が認知の訴を提起することができる旨を規定しているのであり、その趣旨は、身分上の行為が本人によってなきれ るべきであるという前記の原則に対する例外として、法定代理人が子を代理して右訴を提起することをも認めたもの と解すべきである。また人事訴訟法も、無能力者については、当事者本人が訴訟行為をすることを原則としてはいる が、法定代理人の代理行為をまったく許していないものとは解されない。そしてこのような法定代理人が子を代理し て認知の訴を提起することができるものとすることによって、子に意思能力がない場合でも右の訴の提起が可能とな るのであるが、子に意思能力がない場合にかぎって法定代理人が右訴を提起することができるものと解することは、 子の意思能力の有無について紛争が生じ、訴訟手続の明確と安定を害することになるおそれがあって相当でなく、他 面、子に意思能力がある場合にも法定代理人が訴訟を遂行することを認みたからといって、必ずしも子の利益を実質 的に害することにはならないと解されるのである。したがって、未成年の子の法定代理人は、子が意思能力を有する       ︵11︶ 場合にも、子を代理して認知の訴を提起することができるものと解するのが相当である﹂として、子が満一四才九月 のときに母が子を代理して提起した認知の訴を適法なものとした。  認知訴訟の場合にも子が意思能力を備えるときは、本人が訴訟を遂行するべきであり、意思能力の無いときは法定 代理人が子を代理することになる。そして子に意思能力がある場合にも法定代理人は子に代って認知請求ができるこ とを認めたものである。しかしこのように解すると、意思能力のある子が認知の訴を提起する意思のない場合でも親    身分法と葱思の諸問題       一〇一

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   東洋法学      

一〇二       ︵鴛︶ 権者たる母がその意に反して訴を提起し得るかの問題が生じる可能性があるが、法定代理人がこのような訴を提起す るについては、むしろ子の意思に反しない限り、法定代理人による訴も適法であるし、また未成年の子の利益にも合        ︵欝︶ 致すると解すべきであろう。  この二つの判例は離婚訴訟.認知訴訟等の人事訴訟手続の場合、一身専属的な身分行為は意思能力がある者は当然 訴訟能力を有し.本人が訴訟を遂行することになむ.意思能力のない時にはこの者の保護者の地位と責務をもつ法定 代理人が本人のために訴訟を遂行すべきであむ.離婚訴訟の場合はいわゆる訴訟代位の形式により.認知訴訟の場合 には法定代理によることを示すものである。  しかし.認知訴訟の判例が述べるように.意思能力は個人差の大きな事項で十四.五才になると認知訴訟について        ︵慧︶ の意思能力を認めるべきであるとするのは閥題であり.意思能力の有無についての問題を避けることが必要となる が.意思能力の評価には前述の如く.自己の密接する重要な生活利益に関する一身専属的法的要求は出来る限り本入 に要求させるべきであり.判断能力を認めるべきであるとの基準に立てば.本入の訴訟能力を広く認めることにな り.身分行為の訴訟上の主張を本人の意思により実行できることになろう。 〆1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4V 麟費筋曽鼠Φさbδご陣Φ瞬一ω敬一一蒔冨謬汐甥噸90一〇喰ω90び騨鴇獣拶窪圃o 嘩9霧鎌益智吋償甑o 。畠霧○ っ置蚤 ︸89陣影の①讐びβぴ②びびΦξ一︶信9餌霧男簿3籔⑦一環霧簿9お①命G o﹄ε 蒙餌図渓色篭びび①ξσ蓉び留ω麟ぴ震g算ω”ご蕊︸o oる8 霞欝網溶Φ綴2鴇欝騨○こω舞8 お①鼻︸Q っる○

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︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵⑳︶ ︵U︶ ︵鴛︶ ︵欝︶ ︵廻︶ 国餌瓢ω劇ぎ儀①び 鉾鉾○こ のぴ① 山木戸克巳著 人事訴訟手続法 九八頁 鶏簿βのじ φぎαのび 僧鉾○こ ω.①○竺 最高判、昭和三三年七月二五日 民集二一巻一二号 兼子一著 民事訴訟法体系 一六〇頁 山木戸克巳 民商法雑誌 四〇巻三号 四八二頁 最高判 昭和四三年八月二七日 民集二二巻八号 青山道夫著 改訂家族法論− 一七〇頁 沢井種雄 民商法雑誌 六〇巻四号 五八三頁 沢井種雄前掲         五八五頁 一八二三頁 一七三三頁

三、遺言自由と遺言者の意思

 今日の相続法の自由化は親族の相続に遺言の自由が優先する点にある。自己のために利用し、自己の意思で処分す る能力が与えられている個人の意思自由が重要である。今濤もなお遺言権がローマ法生活に於けると同様に、すべて の子孫が当然に現実的持分を有している家産の分散を阻止する目的に役立てえたし、多くの場合に役立って来たこと は疑ない。いづれにせよ事実上遺言の自由は家産の統一に対立するものではなく、これを維持するものになった。こ れは一方では生存配偶者を一時単独の支配者とし家産の維持の配慮をその豊富な生活経験にまかせ子孫を期待権の状 態に置く民間に広まった習俗により生じたものである。そにで益々稀になるがドイツ民法の継続的夫嬬財産共同の合     身分法と意思の諸問題       一〇三

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   東洋法学      一〇四 意の場合のみならず、通常は生存配偶者が単独相続人か単独先順位相続人となる夫婦共同遺言の場合にもこのような      ︵玉︶ ことが言える。継続的財産共同制は.夫婦間の契約により合意された夫婦の一方の死後生存配偶者と法定相続の場合 相続権を有する共同の卑属の間の婚姻財産共同制の継続である︵ドイッ民法一四八三条一項︶。  申世既に認められ.近世特に北西と中央ドイッ地方に種々の形で拡がった継続的財産共同制は.たとえ家長的であ ったとしても団体として構成される家族共同体の思想が滲透している時代から発生している。現実ではこの思想は失 れている.現在はもはや一方の配偶者の死以後も共同財産を維持すべきであるとは考えずすぐに分配すべ蓉ものと考 える。しかし今鷺.ドイッ法により成年に達し親の家から独立せる子も生存配偶者の老令者救助のために不定の期間 共有財産分割を放棄しなければな慕ないかは争れている.死んだ配偶考についての子の相続権へのこのような介入は        ︵2︶ 子が世帯をもつことのみならず.生計をたてることをも困難にする.  共同遺言はドイッ民法では夫婦の間でのみ認められている︵遺言法二八条ドイッ民法二二六五条︶。ドイッ民法の 規定する共同遺言はドイッ普通法に遡り.地方特別法は広範囲にこれを取り入れ.プ・イセン普通法はこの遺言を夫 婦の間にのみ認め.バイエルン地方法とザクセン民法はこの制限を認めず.フランス民法は共同遺言を禁止し.オー       ︵3︶ ストリヤ民法は配偶者にのみ制限的に認めた。我民法は共同遺言の慣習があるわけでなく.相続契約の制度もないの   ︵誌︶ で、これを禁止している︵民法九七五条︶。  これらに対応するものは.大土地所有と大工業の場合に重要であるが、男子の一人のみに遺産を与え.寡婦と他の 男子は金銭相続分に制限する信託遺贈と一子相続思想に由来する習俗を本質としている。いづれにせよ現実には遺言

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      ︵5︶ の自由は家産の統一に対立するものではなくこれを維持するものである。  しかし他方、相続より除外された近親の家族員のもつ自由な金銭債権に変質した遺留分権によってのみ制限きれる 遺言権は個人的な特別利益の手段となる。何故なら、これは被相続人にその家族員を、配偶者や子供でさえも全く無 視して他人に又は法人に、国公共団体教会財団社団に全家族財産を引渡す権限を与えているからである。主観的意思の 奉仕者になるこの権限に於て、これは典型的な家族員に対立する制度になり、最も誇張した個人主義を助勢すること になる。この観点で見ると、たしかに一層自然法的イデオロギーにあうものだが、これに基く相続法はもはや血族相       ︵6︶ 互と連続する世代の間に存在する精神的道徳的関連性と歴史的性質の法的表現ではない。被相続入の意思によりその 財産を家族員以外の者に与えることになるので、その仕事を継続する祖先とそれを伝える子孫に対する個人とその生 活活動の責任性の前提ではなく、簡単に言うと、もはや、超個人的に結合する家の、客観的不滅性の法的意味ではな        ︵7︶ く、むしろ財産をもっている個人の意思の主観的不滅性の是認である。  近代法では被相続人は完全な遺言の自由を有する。被相続人には、終意処分によって、法定相続効果を排除し修正 し、この処分の取消によりこれを廃止し変更する自律的な、慣習と義務意識により倫理的に拘束される権利が帰属し ている。それ故に被相続人は任意に相続人を選定し就任させることができる。法定相続人は専意の理由なき相続人の 排除に対し保護されていない。この均衡上当然に卑属、配偶者という近親者の遺留分権が形成されている︵ドイッ民 法工三〇三条︶。しかしこれは遺言の自由を相続法上制限するものではなく、むしろ相続人に対する請求権を保護す るにすぎない。遺留分権利者は相続債権者の地位に立つにすぎない。遺留分権利者には金銭で満足させられる。被相     身分法と意思の諸問題       一〇五

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   ︷東  瓢葎  法  瀞ナ      一〇ふハ 続人は重要な稀に存在する理由のみで遺留分権を剥奪又は制限することができる︵ドイッ民法二三三三条︶。遺言の        ︵8︶ 自由はその行使が死まで自由な意思決定のみに従うべきである不可欠の人格権である。相続の効果は法律又は死因処 分により生ずる。法は遺言の自由により法定相続の形成的な効果を回避することを個人に可能にしている。遺言の自 由の原則は.個人が自己自身で死後に自己の財産が帰属する人を決定しうることを内容とする。その場合に被相続人 は露由に遺産全体を処分する鉱とができ.特定の人が一つの財産を保有することを規定しうるし.如何に遺産を管理 するかを規定しうる.  遺書の麟由は.個人が欝己の私的生活関係を自己の意思により形成しうるという私的鐵治の原則の相続法上のあら われである。遺書の自由に基づいて法的伸間は死後はじめて効力を有する範囲でも欝己の財産法の関係を自由に形成 しうる︵そこでその出発点が生存申の法律行為と異る︶。そこで遺書の自由は死を超越して効力を有する私的自治で   ︵g︶ ある。債権法には内容の形成自由の意昧の契約自由が支配し.他方物権法親族法相続法では法定性が形成しうる法律 関係の内容をも決定するという特徴から.債権法と物権法親族法相続法は対立するとしても.物権法親族法相続法に 於ても法により認められる権利と法律関係に関して制限きれた範囲で内容的に形成の自由が効力を有するということ    ︵鐙︶ ができる。  ドイツ民法は法定相続は死因処分による自由任意の相続が存在しないときそしてその範囲でのみ開始する。死因処 分は.例えば公序良俗違反、指定された相続人の被相続人より以前の死亡、指定相続人の相続放棄又は被相続人の指        ︵員︶ 定相続人の撤回により効力がなくなる。被相続人は契約により相続人の指定.遺贈.負担を定めることができ︵ドイ

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      ︵鴛︶ ツ民法一九四一条︶、この相続契約は死後に効力を生ずる処分であるから、遺言とともに死因処分といわれる。  遺言の自由が超個人的な家族と国民の拘束から解放され、制限無き専意で利己的目的に濫用されるならば、個人の 生活労働が世代に奉仕しそして子孫を義務に応ずる意識の仕事の継続へ教育する代りに遺言者の気紛れの場、家産の 流出と分散の手段そこで伝統に拘束された家族意識の破壊になるならば、相続法はその歴吏的正当性を失うことにな る。この場合人間の社会生活の秩序一般の場合と同様に自由と拘束、個人意識と共同体義務の間に正しい結合を見出 すことが立法者の考えである。自己の経済的利益の法的運命についての自律により定めうる所有権の権限は家族国民        ︵招︶ というより高き重要性が個人の自由の承認に置く限界の中でのみ道徳的に是認される。法により個人を拘束し、その 意思から離れる家族結合が相続権の根拠と解するならば遺言の自由は厳格な法規を具体的な場合に適合きせ適当な定       ︵雇︶ めによりにれを補充する手段と老えられる。  家族結合が相続権の根拠とするのはいわゆる縦の共同関係を相続権の根拠と見る老え方と類似する。法定相続人が 被相続入の生活活動の継続に適していないか又は法定の分割標準が不正か又は目的に適しない結果となり又は相続人 の多数の下の遺産分割が経済的文化的財産統一の破壊となる時は、この限界内では遺言の自由は法定相続の補充又は 補完の不可欠の手段である。この場合遺言をすることは道徳上の義務である。被相続人に可能にするこの補充は一方 では血縁相続人のために遺産の予めの注意の定めをし︵分割と管理の基準、遺言執行者の指定︶、他方家族以外の者 に対しては感謝と信義、愛情と友情の特別義務を履行し、社会的文化的福祉施設を創設し促進する︵遺贈、負担と寄 付︶ものである。このすべての社会的に重要な価値を促進する遺言の自由の効果は確保されなければならない。しか    身分法と意思の諸問題      一〇七

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   東洋法学      一〇八

し家族意識と国民道徳の社会的拘束の強化.遺言権の家族違反的で義務を看過する活動を不可能にすることを前提と  ︵欝︶ する。  我民法は法定相続により法定相続人が規定され.相続分を有しこの中の或る者は遺留分が保障されるが.もし遺言 による財産処分すなわち遺贈により他人に相続財産が処分きれ.相続人の遺留分が侵害されるときは.この処分は当 然に無効となるものではな・\侵害きれた遺留分権者はその侵害された範囲で減殺請求がで愚ることになり.遺留分       ︵鱒︶ 法は偲入主義的処分自由に対する家族主義的家産擁護の防塞の意瞭がある、  従来相続権の根拠を説明するために縦の共同生活関係によるものとする見方があ噂たが.この縦の共同関係とか超 世代的連続とは無限家族にはよいが夫婦一代限りで消滅する家族態である有限家族の場合には適当でなく縦の共同関       ︵η︶ 係が維持きれるべき理歯はむしろ家族構成員の生活保障であるとする説や.また.相続制度が是認きれる主たる根拠 は私有財産制度に支えられる入間の家族的共同生活の必要であり.所有権が現在の社会秩序維持の根幹となると同じ        、 ︵娼︶ く.相続は将来へ発展する社会のそれを確保する任務をもつとする説がある。  これに対し相続の根拠を生活共同関係を基礎とし.生活のために相続が行われるとみると相続と意思の関係が遮断 され遺言法に与えられる評価が低くなり遺留分の規定が遺言法を超える意味をもつことになるから相続における意思 尊重の立場に立ち相続はその死亡によって帰属者を衷った個人財産の.相続関係者の自由な意思が明瞭なときはそれ        ︵扮︶ にょり、それが不明なときは法定の枠にょったならば推測された意思による帰属であると説くことができようとなす ものがある。

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 遺言の自由を老える場合にもこの相続権の根拠により考え、縦の共同関係とする場合には家族的共同の継続であり        ︵20︶ 家の祭杞、家の伝統、家の財産、家の事業等々は世々から世代へと承継されるべきであり、このような精神により遺言の 自由も確保されまた制限されることになる。しかし近代の相続権の根拠を家族構造員の生活保障を主たるものと解す るなら、このような精神にょり遺言の自由に関する制度及びこれを制限する遺留分法を理解すべきものと思う。

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︵欝︶ ︵茸︶ ︵鰺︶ ︵珀︶ ︵20︶

東洋法学

申川善之助著 相続法 四〇購頁 中川善之助著 家族法研究の諸問題 二八五頁 青山道夫著 改訂家族法互 二五〇頁 高梨公之 民商法雑誌 三八巻 六号 申川善之助著 前掲 二八四頁

二〇

四.遺書と意思能力

 遺言に関しては純粋に心理学的に観察する場合には判断能力の相当程度の減少が考えられねばならない場合が稀で はない。遺言の場合には一方では客観的に意識についてのかなり高い要求と他方では主観的にはかなり減少した意識 の能力を考えることができる場合が多い。何故なら被相続人の場合には年令を原因とする精神的な侵害が広範囲にわ        ︵i︶ たり心理的異常性に関係して来るからである。  遺言能力に関してドイツ民法は十八才未満の未成年者や禁治産者は遺言能力がない︵遺言法一条二項二条二項ドイ ツ民法二二二九条︶とし.また精神病による精神活動の障害や精神耗弱又は意識障害︵例えば飲酒︶により意思表示 の意昧を理解しそれに従って行為する状態にない者も遺言能力はない︵選書法二条二項︶と規定する。そしてこの規 定は一般的に行為能力の規定︵ドイツ民法一〇四条.一〇五条︶により決定されている如く.意思表示の無効それ故       ︵2︶ に遠言の無効の前提要件を何ら変更しようとするものではないと解きれている。  スイス民法は被相続人の意思活動の前提要件として遺言と相続契約のための相続法上の処分能力を種々規定する。

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遺言をなすときに一八才に達し判断能力のある者はすべて遺言能力がある︵スイス民法四六七条︶。それ故に成年に 達していなくても十八才に達すると遺言をするには法定代理人の同意を要しない。一般に相当に若年の未成年者はた とえ法定代理人の同意をえても又は法定代理入自身でも遺言をすることはできない。判断能力の存在は具体的事情に より評価すべきである。すなわち被相続人は自己の終意により定めたことの意味と効果を理解しそれに従って行為で         ︵3︶ きなければならない。  スイス民法はこの場合にも判断能力は具体的事情により評価すべきことになり、それ故に裁判所は、遺言能力に関 する精神病学的鑑定の場合にも、一身専属権の行使の場合の前述の態度にならい、通常心理学的には軽い又は申程度 の減少の場合にも法的判断能力を認める。この場合にも被相続人の心理的に非常に減少した判断能力を認める例外の 場合はあるであろう。特に少なくとも遺言の主だる意思に於て、相続人の生存中からの合理的な基本的立場従ってそ の人の重要な意思を主張するために十分な判断能力が、存続していることが立証されるときは以上のことが認められ る。スイス民法及び判例から遺言に関する判断能力について右のような観点が引きだされ、遺言をなしうる人の範 囲は成年に達してはじめて遺言をなしうるのではなく、一八才に達すると遺言能力があり、後見に付せられた精神病       ︵4︶ 者も遺言に関しては法的に要求きれねばならないわずかな程度の判断能力をもつのみで有効な遺言をなしうる。  我が民法は満十五才以上の者に遺言能力を認めている︵九六一条︶。遺言については事物に対する一応の判断力す       ︵5︶ なわち意思能力があればよいとして年令上十五才としているのである。遺言には行為能力の規定は適用なく︵九六二 条︶十五才以上の者は未成年者であっても遺言をすることができ、十五才以上でも意思能力のない者は遺言はでき    身分法と意思の諸問題      二一

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   東洋法学      

二二 ない。禁治産者も意思能力のあるときは有効に遺言をすることができ、禁治産者が本人に復した時において遺言をす るには.医師二入以上の立会がなければならない︵九七三条︶。このように遺言能力は.意思能力を基準としている が.この場合も遺書に関する判断能力についての前述のような立場により、意思能力の存否を評価すべきであろう。  更に法的遺留分の保護は被相続人の遺言自由に広い制限を設けることを考えるべきである。遮留分権者は各立法例 上種々に規定きれているが.この遺留分権者は遺留分を以ウて保護され、それを侵害する遺冨を直ちに取消すことが できる。それ故に遺留分権者は法的に可能な限り.被相続入の判断能力が遺留分権者の利益のために認定きれること によひ噌、保護される必要はない。更にたとえそれが特殊なように見えるとしても.不合理でない限り.遺書者の最終 意思に従鴫て生活されなければならないし.被相続人の要求も可能な限り詳細な点まで維持きれなければならないと いう明瞭な原則が想起きれなければならない。この点でも前述の判例が如何に遺言者の判断無能力を認定することを 差控えるのを常とするかが間接的に表されている。このような見方に立って.被相続人が純粋に心理学的には相当の 程度に減少した判断能力であると老えられねばならぬような遺言の場合にも.遺言がもつ主たる欝的設定に於て被相 続人の生前に於ける従来の合理的な傾向から明らかに最終意思と現実に老えられる場合には法的にはなお判断能力が        ︵6︶ あると考えられることが明瞭になるのである。  このような基準により成るべく遺言がなされた当時遺言者に判断能力すなわち意思能力を認めてこれを有効なもの とすべきであろう。もし遺言のなされた当時に意思能力のないときは遺言は無効になる。  遺言は一つの意思表示であり.遺言能力を欠く場合以外に.公序良俗違反を内容とするとか.錯誤の場合には無効

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となるが、更に法定の方式を欠く場合については問題がある。        ︵7︶  遺言の方式が必要とされる理由は遼言者の直意確保のためであると言える。遺言は遺言者の意思によりその死後の 法律関係を定めるためのものであり、人は自己の自由な意思にょり遺言をする自由を有するのであり、方式を厳格に すると遺言者の真意は確保できても遺言することが困難となり、そこで遺言者の真意は確保されながら、遺言の自由       ︵8︶ は侵されないようにしなければならない。  遺言の方式に関して最近の判例は危急時遺言について﹁民法九七六条の所定の方式により遺言する場合において、 遺言者が口授した遺言の趣旨を記載した書面に、遺言した臼付ないし証書を作成した日附を記載することが右遺言の 方式として要求されていないことは同条の規定に徴して明らかであって、日附の記載はその有効要件ではないと解す べきである。したがって、右遺言書を作成した証人においてこれに日附を記載した場合でも、右の遺言のなきれた日 を証明するための資料としての意義を有するにとどまるから、遺言書作成の日として記載された日附に正確を欠くこ       ︵9︶ とがあったとしても、直ちに右の方式による遺言を無効ならしめるものではない﹂としてまた九七六条の危急時遺言 の場合に立会証人のする署名捺印は遺言者の口授に従って筆記された遺言の内容を遣言者および他の証人に読み聞か せたのちにその場所でするのが本来の趣旨であるが、筆記者である証人が遺言者の現在しない場所で署名捺印し他の 証人の署名を得たのちその証人立会で遺言者に読み聞かせその後証人が捺印したような場合でも、 ﹁その署名捺印が 筆記内容に変改を加えた疑いを挾む余地のない事情のもとに遺言者作成の一連の過程に従って遅滞なくなされたもの と認められるときは、いまだ署名捺印によって筆記の正確性を担保しようとする同条の趣旨を害するものとはいえな    身分法と意思の諸問題      二三

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   東洋法学      

二四 いから.その署名捺印は同条の方式に則ったものとして.遺言の効力を認めるに妨げないと解すべきである﹂として このような事情のもとになされた遠言を有効としている。q授型の遺言では民法の定めの順序.やり方をふむことで 真意が確保きれるが.これとちがう過程でなきれた遠言でも.遺言者の真意が遺言書に正確に表示されていることは       ︵鐙︶ あり.一度成立した遺言は.方式に完全な欠陥がないかぎり要式性をできるだけ緩和してその効力を維持すべきと考 えられ播藁  また公正証券遺言の場合︵旧一〇六九条現九六九条︶については.その二号の要件に関し.公証人が遺言書を作成 したが先づ遺書の趣旨を記載した鍛草灘の交付を受けそれを筆記した後遺言者鷹面接し遺言の趣旨は書面の通り煮の謬 葉を得てから遺言者及び証人に読聞かせ更に署名捺印して公正証書の作成を完了したときも遺言者は遠言の趣旨を購 授したと認め.このような事情のもとでは﹁遺言者ハ遺言当時二於テ書面通リノ遠言ヲ為ス意思アルモノト謂フヘク 若シ筆記子ンテ該書面ト異ナル場合二於テハ読聞ケノ際遺言者轟於テ直二之二異議ヲ唱へ之ヲ訂正セシムルコトヲ得 ルヲ以テ何等其ノ間異議ヲ挾マス之ヲ承認シ署名捺印シタルトキハ遠言ノ真意ハ公証人二口授セラレタルモノト為ス  ︵員︶ モ﹂民法の遺言の方法に反するものではなく.このような遭言も有効であるとする。  しかし.秘密遺言証書による遷言とその証入︵旧一〇七四条現九七四条︶に関しその三号については﹁受遺者ヲ以 テ遺言ノ証人又ハ立会入タルコトヲ得ザルモノトシ其ノ遺言ノ方法力公正証書二依ルモノナルト秘密証書二依ルモノ ナルトヲ区別セサルノミナラス受遺者ハ其ノ遺言二付利害関係ヲ有スルコトハ公正証書二依ル遺言ナルト秘密証書二       ︵捻︶ 依ル適言ナルトニ依り差異ナキノ故二﹂受遺者は自己が受遺者となっている遺言の証入となる資格がないとして.こ

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のような遺言の効力を認めない。  次に遺言の効力の問題として遼贈の効力がある。遺贈も遺贈者の意思がその死後に効力が生じ、意思の内容として の法律関係が実現きれるものであり、特定遺贈が意思表示による財産権移転の一態様である以上財産法の一般原則に        ︵13︶ したがい、遺贈の効力が発生すると同時に受遺者が直接に権利者となり、債権の特定遺贈の場合は、 ﹁特定債権が遺 贈された場合、債務者に対する通知又は債務者の承諾がなければ、受遺者は、遺贈による債権の取得を債務者に対抗          ︵M︶ することができない﹂とするのは、遺贈の効力発生により意思の内容である債権の移転が生ずるが、これを第三者に 主張するためには対抗要件を必要とする趣旨を認めたものである。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵鉛︶ ︵U︶ 譲節雛ω霞一箆①ぴご一〇〇筥①出ω建窯鵬断①謬貯冨蜜oび○一〇αR圃ωo犀oぴ 霧賓o鑑鱒嘗一ωo犀R葺る 麟o匿叶騨鋤答げ○囲○奪①畷g警”ぱ構び器oげρ O︾縁ご お謡︶Q o●8 ︾一①図簿p血段ゆ8ぎの騰qp鳥江ωのαoωO ooび≦o冒段凶ωoびo嵩図騰び器o簿9 一零9 ω。Q o鴎 類餌雛ω閃ぎ伽Φぴ 鉾鋤●○こ ω・①O 中川善之助著 相続法 三一五頁 綴曽βのじ ごぎ儀①び 9 0。押○こ ω。巽 佐藤隆夫 家族法大系璽 一六三頁 申川善之助著 前掲 三二四頁 最高判 昭和四七年三月一七日 民集二六巻二号 二四九頁 加藤永一 民商法雑誌 六七巻三号 四五九頁 大判 昭和九年七月一〇日 民集一三巻一六号 一三五二頁 身分法と意思の諸問題 甘巳ω瓢ωoび霞Q り8簿一お①鼻”o o.8 二五

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  東洋法学

︵鴛︶ 大判 昭和六年六月一〇日 民集一〇巻七号 四一一丁 ︵B︶ 加藤永一 家族法大系鞭 二〇八頁 ︵艮︶最高判昭和四九年四月二六欝民集二八巻三号五四一頁 二六

五.地位の承継と相続人の意思

 相続人は稻続により被相続人の財産法上の地位を承継することになるので相続人は被相続人と同一の地位にたつこ とになり.権利のみならず義務をも承継することになる。被相続人が生前に自己の意思により契約を締結し金銭債務 を負雄したならば当然にこの金銭の支払債務を自ら履行しなければならない.これは自らの債務負担の意思により発 生した債務により自己の意思が拘束きれ履行責任を負担することになる。そしてこの被相続人が死亡して相続が開始 したならばこの債務は相続人に承継され.相続人はこの債務を自己の意思により負担したものではないが、この債務        ︵i︶ に拘東されて履行しなければならないことになる。これは相続の根拠の一つとして老えられる取引の安全の保障の理 念に合致することになる。このような金銭債務の場合には相続人が相続により承継した相続財産のみならず相続入の 有する自己の全財産を以っても履行しなければならない。  また被相続人が生前に自己の意思によりその家屋の売買契約を締結し履行しないままで.被相続入が死亡したとき は、相続によりこの売買契約上の引渡債務は相続人に承継されて、この家屋を売買契約の対象として引渡きなければ ならない。この場合にも相続人は自己の意思により負担した債務ではなくとも.この債務により意思が拘束きれて.

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相続開始後にこの家屋を引渡きなければならないのである。相続により被相続人の地位を相続人が承継するときは、 被相続人の意思により相続人の意思が拘東されることになる。  しかし法律関係によっては相続後でも被相続入と同一の地位に立つことなく相続人本来の立場で自由な意思決定を することができる場合もある。如何なる場合にこのような関係を認めるべきかは相続にょり老慮すべき取引の安全と 相続人の保護の理念を比較考慮して決定すべきであろう。次にこのような場合を幾つかの判例により、老察してみよ うo  相続により被相続人の地位を承継し相続人の意思が拘束される例として、無権代理人が本人を相続した場合の関係 がある。民法一二二条の無権代理の場合には本人は無権代理人のなした契約を追認することもできるし、追認を拒絶 することもできる。相続は相続人が被相続人の地位を承継すると老えれば、無権代理行為を行った相続人は本人の資 格で追認を拒絶することができることになる。しかしこの結果を認めると相手方が不利益を蒙ることになる。この問 題について判例は﹁無権代理入ガ本人ヲ相続シ本人ト代理人トノ資格ガ同一人二帰スルニ至リタル以上、本人ガ自ラ 法律行為ヲ為シタルト同様ノ法律上ノ地位ヲ生ジタルモノト解スルヲ相当トス。恰モ権利ヲ処分シタル者ガ実際其目 的タル権利ヲ有セザル場合ト錐、其ノ後相続其ノ他二因り該処分二係ル権利ヲ取得シ、処分者タル地位ト権利者タル 地位トガ同一人二帰スルニ至リタル場合二於テ、該処分行為ガ完全ナル効カヲ生ズルト認メザルベカラズト同様ナリ ト謂フベク、之二反シ単二無権代理行為ナリトノ理由二基キ叙上ノ如キ無権代理入力本人ヲ相続シタル場合ト錐モ、 同人ハ其ノ本人タル資格二基キ追認ヲ拒絶シ得ベク、従テ叉無権代理人タル資格二於テ損害ノ責二任ズルコトヲ得べ    身分法と意思の諸問題      一一七

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   東洋法学      

二八 シト謂フガ如キハ、徒二相手方ヲ不利益ナル地位二陥ル結果ヲ生ズルコトヲ免シ難ク其ノ許スベカラザルコトハ言ヲ       ︵2︶ 侯タザル所ニシテとして無権代理人が追認拒絶することを認めない。その後の判例はこの場合には相手方二対シ無権 代理行為ノ追認ヲ為スベキコソ相当ナレ.今更追認ヲ拒絶シテ代理行為ノ効果ヲ自己二帰属スル灘トヲ回避セムトス       酪3︶ ルガ如キハ信義則上許サルベキニ非スとして信義則より同様の結果を理由づけ.また最近の判例は.無権代理人が本 人を相続し本入と代理人との資格が同一人に帰するにいたった場合には本人が霞ら法律行為をなしたのと同様な法律 上の地位を生ずるとい撃結果を無権代理人が本入の共同相続人の一人であむ他の相続人が相続放棄をした場合にも認   ︵嬢︶ めている。  相続人となった無権代理人が無権代理行為について自ら行為の意思を決定しているのであり.本人を相続して履行 が可能な状態になるならば、この自己の決定せる意思に拘束きれて履行責任を負担し本入の資格で追認拒絶すること ができないとするのは.取引の安全の保護となり.またこのような相続入を保護するよりも相手方の保護を優先すべ きであろう。このような現象を学説は人格の承継.代理権の追完.信義則による有効.資格の融合等により説明する が.当然には有効とも無効ともならず無権代理の本人の地位が.無権代理人をも含む共同相続人に承継きれると解し 無権代理人が本人の共同相続人の一入であり.他の相続入が相続放棄をしたときは単独で相続をしたことになり.前       ︵5︶ 記の単独相続の判例が適用となるのは正当とする説がある。  相続人が被相続人を相続しても.被相続人の地位に拘東きれず、相続人に意思を決定する自由のある例をみてみよ う。無権代理人が本人を相続した場合と異なり、無権代理人を本入が相続した場合にその無権代理行為が当然に有効

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となるか否かの間題がある。この場合に本人が追認も追認拒絶もしない間に、無権代理人が死亡して相続が開始したの で無権代理人たる地位を本人が承継したことになるが、判例は無権代理人が本人を相続した場合においては、自らし た無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は 相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論 ずることはできない。後者の場合においては、相続人たる本人が相続人の無権代理人行為の追認を拒絶しても、何ら 信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと       ︵6︶ 解するのが相当であるとしている。この判例に従えば被相続人である無権代理人がなした売買契約を相続後も相続人 は追認を拒絶することができ、このような追認拒絶も信義則に反するものではなく、このために売買契約の効力は生 ずることなく、相続人は相手方に対して売買契約の無効を主張して所有権移転登記の抹消を請求することができる。  ところがこの場合に相手方は目的物の所有権を取得することができないが、これに対し本人は何の責任も負担しな いでよいであろうか。民法一一七条によると無権代理人はもし本人がこの無権代理行為を追認しないときは、相手方 に対して契約の履行債務かまたは損害賠償債務を負担することになる。そこで無権代理人が死亡したときにはこのよ うな債務が存在したならばこのような債務を本人は、相続することになってもよいのではないか。この点に関し判例 は、民法二七条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであって、このことは本人が無権代理人 を相続した場合でも異らないから、本人は相続により無権代理人の右債務を承継するのであり、本人として無権代理       ︵7︶ 行為の追認を拒絶できる地位にあったからといって右債務を免れることはできないとする。本人が無権代理人を相    身分法と意思の諸問題      二九

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   東洋法学      一二〇

続した場合に無権代理行為は当然に有効となるものではないが、二七条による無権代理人の負担する債務は本人が 相続することになる。  更に被相続人の地位を相続により承継しても.相続人に意思の自由が存する場合をみてみよう。他人の権利の売主 をその権利者が相続した場合には売主の地位を権利者が承継し.権利は当然に買主に移転するのであろうか。このよ うな問題について最近の判例は、他入の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場禽には.権利者は 相続にょり売主の売買契約の義務ないし地位を承継するが.そのために権利者自身が売買契約を締結したことになる ものではない鵯煮はもちろん.鉱れによって売買の灘的撫ホれた権利が当然に買主に移転するもの撫解すべ蓉根拠も ない。また.権利者は.その権利により.相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが. 他面において.権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであって.それが相続による売主の 義務の承継という偶然の事由によって左右されるべき理由はなく.また権利者がその権利の移転を拒否したからとい って.買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は.相続によって売主の義務ないし地位 を承継しても.相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し.信義則に反すると認められるような特別の       ︵8︶ 事情のないかぎり.右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが.相当であると している。他人の権利の売主は自己の意思により売買契約を締結したもので、この権利を引渡すべき債務を負担する が、相続により相続人である権利者はこの目的である権利の引渡義務を承継しこれを履行することが可能となるが、 これを履行する義務は権利者が自己の意思にょり負担したものではなく、目的物も契約当時被相続人に属していない

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ものであり、この義務に拘束されるべきものではなく、このような場合には相手方の保護よりも相続人を保護すべき である。被相続人の所有物の売買の場合には被相続人の所有した物を相続人が承継するので、被相続人の意思により 負担した債務により相続人が拘束きれ、これを移転すべきものとして相手方を保護すべきである。民法五六︸条の他 人の物の売買契約の場合には、売主は権利者からその物を取得して買主に移転する義務を負い、この義務を履行する ことができないときには、買主は契約を解除することができるし、また損害賠償の請求ができる場合もある。しかし 権利者がこの権利を売主に移転するか否かは権利者の自由である。この場合に売主を権利者が相続するとこの目的物 の売主たる地位を承継し、そのために相続により当然権利が買主に移転すると考える余地があるが、この判例によれ ばたとえ売主の地位を権利者が承継しても、その義務履行の諾否を権利者は自己の自由な意思で決定すればよいこと になる。  また相続と相続人の意思の関係の問題に相続の承認放棄があり、単純承認は通常は相続の放棄をしない旨の意思表  ︵9︶ 示とか相続人が被被相続人の債務について自己の固有財産をもって無限責任を負うという効果の発生する相続形態ま       ︵10︶ たはこの効果を承認する相続人の意思表示と解されるが、意思表示であると老えずに、無制限の相続帰属を嫌って、        ︵登︶ これに留保をつけまたは帰属そのものを拒否する特別の行為がない限り原則的に発生する相続の法定効果であるとす       ︵捻︶ る学説と、相続の限定承認権および放棄権なる形成権の放棄が単独承認でありこれは意思実現であるとする見方があ る。       ︵招︶  また相続の放棄の制度は相続人の意思の自由を尊重するものであり、最近の判例も、相続のような身分行為につい    身分法と意思の諸問題       一二一

参照

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