天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論(
三)―
著者
小路口 聡
著者別名
Satoshi Shoujiguchi
雑誌名
東洋大学中国哲学文学科紀要
号
21
ページ
61-87
発行年
2013-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004178/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja六一 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ―
天地を生みだす良知について
―王畿良知心学原論(三)―
小路口
聡
はじめに
「 良 知 心 学 」 を 唱 え た 王 守 仁 は、 自 ら の 説 く「 良 知 」 を 明 ら か に す る あ た っ て、 さ ま ざ ま な 語 句 を 駆 使 し な が ら、 良知の優れたはたらきを説き明かそうと試みている。例えば、 「規矩尺度」 、「明鏡」 、「霊丹」 、「試金石」 、「指南針」 、「定 盤針」 、「滴骨血」などが有名であるが、 その中で、 いささか分かりにくいものとして「造化の精霊」というものがある。 良知は造化の精霊である。これらの精霊は、 天を生じ、 地を生じ、 鬼を成し、 帝を成す。いずれも、 ここから生 まれ出るのであれば、 正真正銘、 「物と相対することのない [絶対なる] 」 (程明道 「識仁篇」 ) ものである。人が、 もし、 それを完全なるすがたで、 少しも欠けることなく、 取り戻すことができたなら、 「自分でも気づかないまま、 [嬉 し く て ] 手 や 足 が 踊 り 出 す だ ろ う 」 (『 礼 記 』 楽 記 篇 ) 。 こ の 天 地 の 間 に、 こ れ に 代 わ る、 ど ん な 楽 し み 4 4 4 が あ る の か、 私は知らない。東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 六二 良 知 是 造 化 的 精 靈。 這 些 精 靈、 生 天 生 地 4 4 4 4 、 成 鬼 成 帝。 皆 從 此 出、 真 是 與 物 無 對。 人 若 復 得 他 完 完 全 全 無 少 虧 欠、 自 不 覺 手 舞 足蹈。不知天地間更有何樂可代。 (『伝習録』下巻・ 61条 『王陽明全集』上海古籍出版社 一〇四頁) 本稿では、 ここに所謂「造化」の語、 及び、 それに続く「天を生じ、 地を生ずる」の語に着目すると同時に、 更には、 その高弟である王畿の発言をも参照しながら、 所謂 「良知心学」 の存在論、 ――すなわち、 物や、 世界が 「ある (存在する) 」 と い う こ と、 人 に つ い て 言 え ば、 「 生 き る 」 と い う こ と の 意 味 を、 ど の よ う に と ら え て い た の か に つ い て 考 え て い き た い。 そ し て、 そ の こ と を 通 し て、 「 造 化 の 精 霊 」 と い う 語 の 意 味、 更 に は、 そ こ か ら 見 え て く る「 良 知 」 思 想 の 本 質について、いささか私見を述べてみたい。
一
天を生じ、地を生ず
まずは、 良知が「天を生じ、 地を生ず」というのは、 どういう事態を指して言ったものであったのかについて、 王 畿の発言に即して見ていきたい。 良知は、学慮を仮らず、 天を生じ 4 4 4 4 、 地を生じ 4 4 4 4 、 万物を生じ 4 4 4 4 4 て、自ずから已む容からざるの生機なり。 良知不假學慮、生天生地生萬物、不容自已之生機。 (「答呉悟齋」 『王畿集』巻十 二四五頁) * 王畿の引用および頁数は、呉震編校整理『王畿集』 (鳳凰出版社 二〇〇七)に拠った。なお、引用に際して、句読点は適宜改めた。六三 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― 例 え ば、 こ こ で 王 畿 は、 良 知 は 後 天 的 な 学 習 や 思 慮 の 手 助 け を 借 り る ま で も な く、 「 天 を 生 じ、 地 を 生 じ、 万 物 を 生ずる」ことができるが、 それは、 「自ずから已む容からざる生機」 、 すなわち、 外部に根拠を持たない、 それ自身の 自ずからなるはたらき、すなわち、自発的・内発的なる「生機」=生きたはたらきであると言う。 また、次のようにも言う。 私 が 信 じ て い る の は、 こ の 心 の 一 念 の 霊 明 だ け で あ る。 一 念 の 霊 明 は、 混 沌 か ら 根 基 を 打 ち 立 て、 専 ひとつにまとまっ 一 た り 直 とびだし 遂 たり、 翕 と じ 聚 たり 開 ひ ら い 辟 たりしながら、 ここから、 天を生じ 4 4 4 4 、 地を生じ 4 4 4 4 、 人を生じ 4 4 4 4 、 万物を生じる 4 4 4 4 4 4 。これが『大 い に 生 じ、 広 く 生 ず 』 (『 易 』 繋 辞 上 伝 ) と い う こ と で あ り、 [ 万 物 を ] ひ っ き り な し に 生 み 出 し 続 け て、 い ま だ か つて一度も中断したことのないものである。 予 所 信 者、 此 心 一 念 之 靈 明 耳。 一 念 靈 明、 從 混 沌 立 根 基、 專 而 直、 翕 而 辟、 從 此 生 天 生 地、 生 人 生 萬 物。 是 謂 大 生 廣 生、 生 生而未嘗息者也。 (「龍南山居會語」 『王畿集』巻七 一六七頁) ここに所謂 「一念の霊明」 とは、 「良知」 にほかならない。この 「一念の霊明」 は、 「混沌」 から 「根基」 を打ち立て、 「専 一 」 と「 直 遂 」、 「 翕 聚 」 と「 開 辟 」、 す な わ ち 収 斂 と 発 散 を 繰 り 返 し な が ら、 そ の 中 か ら 天 を 生 じ、 地 を 生 じ、 人 を 生 じ、 万 物 を 生 じ る の で あ り、 そ の 働 き は「 [ 万 物 を ] ひ っ き り な し に 生 み 出 し 続 け て、 い ま だ か つ て 一 度 も 中 断 し たことのないもの」と結んでいるのは、先の発言と同様である。 こ う い っ た 王 畿 の 一 連 の 発 言 は、 い ず れ も『 易 』 繋 辞 上 伝 の「 夫 れ 乾 は、 其 の 静 か な る や 専 ら 4 4 、 其 の 動 く や 直 し 4 4 。 是を以て、 大いに生ず 4 4 4 4 4 。夫れ坤は、 其の静かなる 翕まり 4 4 4 、 其の動くや 闢く 4 4 。是を以て、 広く生ず 4 4 4 4 。広大なること、 天
東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 六四 地に配す」 、 および、 「富有を、 之れ 大業 4 4 と謂う、 日び新たなるを、 之れ盛徳と謂う、 生生する 4 4 4 4 を、 之れ易と謂う」の 言葉に由来し、 「一念の霊明」 としての 「良知」 のはたらきを、 「易」 に擬えたものである。ここに所謂 「易」 とは、 「富 裕にして、 日び新たに 4 4 4 4 4 、 生生して已まない」天地の造化のはたらきを言う。王畿において、 この三つのもの、 すなわち、 「 乾 坤 ( 天 地 ) 」 と「 易 」 と「 良 知 」 は 根 源 を 一 に す る も の と し て、 現 象 形 態 は 異 る が、 存 在 論 的 に は 等 価 な 存 在 だ と 考 え ら れ て い た。 す な わ ち、 同 じ 原 理 に よ っ て 貫 か れ た 共 通 の 構 造 を 有 し た 真 の「 実 在 」、 本 当 に あ る 4 4 も の と し て 捉 えられていたのである。 つ ま り、 王 守 仁 や 王 畿 は、 「 良 知 」 の 働 き が 乾 坤 の「 造 化 」 や 生 生 の「 易 」 と 同 様、 広 大 に し て、 富 ゆ た か 裕 な る 天 下 の 「大業 (大いなる事業) 」を生み出すものであると観念していたと見てよかろう。では、 「良知」が「天を 生み 4 4 、 地を 生み 4 4 、 万物を 生み 4 4 、 大業を 生む 4 4 」というのは、 いったい人に即して具体的に言うならば、 いかなる事態を指して言ったもの として理解すればよいのだろうか。
二
無中に有を生ず
以上の点を明らかにしていくためには、 我々は、 更なる補助線として、 もう一つの王畿の発言を参照したい。それ は、 「 無 中 生 有 ( 無 中 に 有 を 生 ず ) 」 と い う 言 葉 で あ る。 こ れ も、 や は り 単 独 で は 容 易 に は 理 解 し に く い 言 葉 で あ る。 こ の言葉は、まず最初に王守仁が使い、王畿に引き継がれたものである。まずは、王守仁の方から見ていきたい。 私がここで論じている学は、 「無の中から有を生みだす」 工夫である。 君たちは、 とことん信じることが必要だ。 [そ六五 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― のためには]志を立てるしかない。学ぶ者の内心に兆す善を行おうとする志は、 樹木の種子のようなものだ。助 長することもなく、 忘れることもなく、 ひたすら大切に養っていけば、 自然と日夜生長し、 生気は日に日に充実し、 枝 葉 は 日 に 日 に 生 い 茂 っ て ゆ く。 [ た だ し ] 苗 木 の 段 階 で、 余 分 な 枝 を 選 ん で 摘 み 取 っ て お か な く て は い け な い。 そうしてこそ根や幹は大きく育つことができるのだ。初学者も同様だ。だから、 志を立てるときは、 専一である ことを貴ぶのである。 我 此 論 學、 是 無 中 生 有 的 工 夫。 諸 公 須 要 信 得 及。 只 是 立 志。 學 者 一 念 爲 善 之 志、 如 樹 之 種。 但 勿 助 勿 忘、 只 管 培 植 將 去、 自 然日夜滋長、 生氣日完、 枝葉日茂。樹初生時、 便抽繁枝、 亦須刊落。然後根幹能大。初學時亦然。故立志貴專一。 (『伝習録』 巻上・ 116条 『王陽明全集』 三二頁) この発言は、 冒頭の「我、 此に」という言い方から読み取れるように、 王守仁が自分たちのグループが行っている 学びを、 他のグループの学びと対比して、 自らの「学」を特化して、 他との差別化を図ることを目的とした言明である。 つまり、 自らの「良知」の学は、 他の学とは異なり、 「無の中から有を生ずる工夫」であると言う宣言である。そして、 王 畿 も ま た、 「 良 知 」 や「 聖 学 」 の 特 色 を 述 べ た も の と し て、 こ の「 無 中 生 有 」 の 四 文 字 を 随 処 で 繰 り 返 し 引 い て い るところを見れば、 この語は王守仁から王畿に受け継がれた良知心学を理解する上で、 決して無視することのできな い重要な鍵語であると見るべきである。 以下、王守仁―王畿の良知心学の文脈で、その意味を明らかにしていきたい。 良知は、無中に有を生ず、知無くして知らざる無し。
東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 六六 良知原是 無中生有、無知而無不知。 (「 滁 陽會語」 『王畿集』巻二 三五頁) ここでは、 王畿は、 「良知」は「無中に有を生ずる」ものだと言う。また、 次の発言では、 この「無中に有を生ずる」 ものこそが「聖学」であるとも言う。後半の「無知而無不知」の意味については後述する。 孟 子 は 孔 子 に 学 ぼ う と し て、 「 良 知 」 を 人 々 に 提 示 し、 更 に「 夜 気 」 ( 告 子 上 篇 ) が「 虚 明 」 で あ る こ と に も と づ いて 「学」 のかなめを明らかにした。他でもない、 この一点の 「虚明」 なるものこそが聖人に分け入る生機であり、 その都度その都度、 この一点の「虚明」なるものを保持しつつ運用して、 昼の世界[に活発になる欲望]にかき 乱されて見失ってしまわないようにするのが、 すなわち「知を致す」ということである。 他でもない、 これこそ が 聖 学 で あ り、 「 無 の 中 か ら 有 を 生 ず る 」 も の で あ る。 顔 子 は、 内 面 の「 無 」 な る も の か ら 始 め て い っ た の だ し、 子貢と子張は外面の 「有」 なるものから始めたのである。 [虚明なる本体としての] 「無」 なるものを求めること は難しいが、 [虚明なるものの痕跡としての] 「有」なるものは人目につきやすい。だから、子貢 ・ 子張一派の学 術は後世に伝わって流行したが、 顔子の学は亡んでしまったのである。後世の学ぶ者たちは、 多く学び、 多く聞き、 多 く 見 る こ と こ そ が「 学 ぶ 」 こ と で あ る と い う 旧 説 ( 朱 子 学 を 指 す ) を 踏 襲 し た の で あ り、 そ れ で「 初 め は 多 く 学 ぶべきで、 それが行き着いてこそ、 はじめて一貫することができるし、 初めは多く聞き、 多く見るべきで、 それ が行き着いてこそ、 はじめて聞見に依らなくても知ることができるようになる」と言うようになったのだ。これ こそ旧説を踏襲することの弊害である。
六七 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― 孟 子 願 学 孔 子、 提 出 良 知 示 人、 又 以 夜 気 虚 明 発 明 宗 要。 只 此 一 点 虚 明 便 是 入 聖 之 機、 時 時 保 任 此 一 点 虚 明、 不 為 旦 晝 牿 亡、 便 是 致 知。 只 此 便 是 聖 学、 原 是 無 中 生 有。 顔 子 従 裡 面 無 処 做 出 来、 子 貢 子 張 従 外 面 有 処 做 進 去。 無 者 難 尋、 有 者 易 見。 故 子 貢 子 張 一 派 学 術 流 伝 後 世、 而 顏 子 之 学 遂 亡。 後 之 學 者、 沿 習 多 學 多 聞 多 見 之 説、 乃 謂 初 須 多 學、 到 後 方 能 一 貫、 初 須 多 聞 多 見、到後方能不藉聞見而知、此相沿之弊也。 (「留都会紀」 『王畿集』巻四 九三頁) こ れ に よ れ ば、 王 守 仁 ― 王 畿 が、 「 無 中 に 有 を 生 ず 」 と い う 言 説 に よ っ て 差 別 化 を 図 ろ う と し た の は、 子 貢 や 子 張 一派の学、 更に言えば、 その末裔としての朱子学であることが分かる。すでに南宋の時代に、 陸九淵が「外入の学」 と呼んで退けた朱熹の教学である。これに対して、 王畿がのっとるべき「聖学」として挙げたのが、 孔子から顔子へ、 そして、孟子の「良知」の思想に受け継がれた学、すなわち、良知心学である。 王畿に拠れば、 顔子が依拠した「無」なるものとは、 孟子の名を挙げていることや、 また、 上の「一点の虚明」の 語からも容易に推察できるように、 「良知」を指す。更に言えば、 「心の本体」としての「無善無悪」なる「良知」を 言う。王畿の所謂「無善無悪」とは、 既成の善悪の価値観や、 更には、 過去に自らが下し是非善悪の判断(経験知) にさえもしばられることなく、 その都度その都度、 今現在、 自己が置かれた状況に応じて自由無礙に、 速やかに、 そ して、 適切に、 是非是悪の判断を下すことのできる実践主体としての「良知」の特性を述べたものである。唯一、 孔 門 に お い て「 聖 学 」 を 受 け 継 い だ 顔 子 は、 ま さ に、 こ の「 無 」 な る も の と し て の「 良 知 」 に 依 拠 し て 学 ( 工 夫 ) を 行 ったのである。そして、 この真の実在としての「良知」に依拠する学を、 「無中に有を生ずる」 「聖学」と呼んでいる のである。 それに対して、 子貢 ・ 子張の一派の学とは、 多く聞き、 多く見、 多く学ぶことを通して、 「見聞の知 (知識) 」を博捜し、
東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 六八 それを 湊 あ つ め 泊 ・ 蓄 た め る 積 することを通して、それらを「一貫」する道理を手に入れようとするものである。こうしたやり方 は朱子学的格物窮理の方法を述べたもので、陸九淵同様、子貢 ・ 子張に仮託した朱子学批判である。この場合、彼ら が依拠した 「有」 とは、 いわば知識である。更には、 知識として固定化された善悪の価値観である。王畿は、 それを 「典 要 」 (『 易 』 繋 辞 下 伝 ) ・「 格 套 」 と 呼 ん で、 そ れ に 拘 泥・ 執 着 す る こ と を 切 に 戒 め た。 王 畿 に よ れ ば、 そ う い っ た 知 識 は、 もとは「神感神応」する「良知」がその都度その都度、 状況に即して行う判断の痕跡にほかならない。それらは、 あ くまである一つの状況に即して限定的に固定化された「良知」の一限定面でしかなく、 それ自身は「良知」の生きた は ら た き (「 生 機 」) の 残 し た「 痕 跡 」、 さ ら に 言 え ば、 「 糟 粕 」 に す ぎ な い。 そ う し た 痕 跡 と し て の、 一 回 限 り の 限 定 的な知識への執着 ・ 拘泥は、 往々にして「意見 (私見 ・ 臆見) 」を生み出す。そして、 「意見」への固執は先入観にすぎず、 本来、 変化窮まりの無い状況に応じて融通無碍に即応することのできる「生機」としての「良知」の自由無礙なるは たらきを阻碍することになる。虚明なる良知の生きた働きを抑圧する危険性を孕んでいる、 と王畿は考える。だから、 そうした朱子学的方法の陥穽に早くから気付いていた陸九淵は、 それを 「外入の学」 と呼んで批判したのである。また、 王畿は告子の「義外」説に擬えて、 それを「義襲の学」 (外から無理やり取って来たもので、 上辺を飾るだけの、 借り物の学問) と呼んで、 「聖学」とは一線を画して退けたのである。 * 「 義 襲 の 学 」 に つ い て は、 以 下 の 発 言 を 参 照。 「 若 依 倣 古 人 之 迹 、 務 為 操 勵、 以 自 崇 飾、 而 生 機 不 顯 、 到 底 只 成 義 襲 作 用 、 非 孔 門 之 所 謂 君 子 也。 ( た と え、 古 人 の 足 跡 を 模 倣 し、 固 く 執 り 守 っ て 勉 励 に 務 め て、 上 辺 を 取 り 繕 っ て 自 分 を 良 く 見 せ よ う と し た と し て も、 [ 根 底 に あ っ て、 自 己 を 支 え て い る、 そ れ 自 身 ] 生 き た 働 き が 顕 現 露 呈 し た の で な け れ ば、 結 局 の と こ ろ、 単 な る 義 襲 の 作 用 を 行 っ て い る だ け に 過 ぎ ず、 孔 門 の 所 謂 君 子 と は い え ま せ ん。 )」 (「 答 呉 悟 齋 」『 王 畿 集 』 巻 十 二 四 九 頁 )。 ま た、 「 此 件 事 無 巧 法、 只 從
六九 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― 一念入微時時求慊於心、 便是集義真功夫。 一切任名義、 仗氣魄、 倚見解、 凡有題目可揀、 皆是義襲之學 。此便是學術誠偽之辨。 」( 「與 朱金庭」 『王畿集』巻十一 二八八頁) 王 畿 は、 先 に 挙 げ た 資 料 の 中 で、 「 良 知 は、 …… 知 無 く し て、 知 ら ざ る 無 し 」 と 言 っ て い た よ う に、 良 知 そ れ 自 体 は、 既成の知識にとらわれることなく、 しかも、 知らないものはない、 すべてを知ることのできるものだとみなして いた。 良知心学における 「自得」 とは、 既成の是非善悪の価値観から自由にして無礙 (虚霊) なるものである自己の 「良知」 を、 自ずから生きて働く、 あるがままのすがたにおいて、 内側から丸ごとつかみ取ることであった。良知は、 その都 度その都度、 刻々と変化して窮まりない状況に応じて、 自由自在に、 是非善悪を、 素早く適切に判断し、 目前の事態 に 対 処 す る こ と が で き る 能 力 を 本 来 的 に 有 し て い る。 つ ま り、 「 知 ら ざ る 無 き 」 も の で あ る。 人 知 で は 測 り 知 れ な い 優れた働き (霊) を有しているものとされた。それは、 内なる 「天機 (天のはたらき) 」、 すなわち 「生機 (生きたはたらき) 」 として、 実践主体の内側で、 現に生きて働いているものである。例えば、 その分かり易いものが、 孟子の四端、 中でも、 その筆頭に挙げられた仁の端としての「 怵 惕惻隠の心」である。人は、 誰でも、 それを実感として内側から見知って いる。 「聖学」 とは、 誰もが内なる実感として体認している 「生機」 から入っていく学のことである。そして、 「工夫」 とは、 まさにこの自らの内側で働いている、 この「生機」を、 自己の良知のはたらきとして自覚し、 それに対して作 為を弄することなく、 純粋に、 それと一つになってはたらく=生きることを目指すものであった。 その意味で、 「工夫」 と言っても、 本来のすがたに戻ることであり、 それが王守仁の所謂「工夫即本体」の思想である。そして、 それを体 現した学ぶ者として、顔子の名が挙がっているのである。
東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 七〇 「 知 識 」 は、 そ れ 自 体、 す で に 結 果 を 伴 っ て 確 定 し た も の で あ る。 だ か ら、 だ れ で も 外 側 か ら 容 易 に 見 る こ と 聞 く ことによって知ることができる。また、 それは古人の残した足跡として書物にも記されているので、 後世の人々はそ れを知識として知ることができる。経書の類は、 そうした聖賢たちの言動に関する、 法るべき「知識」の宝庫である。 人は、 知識として、 既に意味が確定しているものは、 目に見えやすいことから、 それに無反省に飛びつき、 そこにこ そ真理があると見なして、 それを守っていこうとする。しかしながら、 それらはあくまで、 他者の「良知」の痕跡に 過ぎない。それは、かつて、その時には有効なものではあったかもしれないが、必ずしも普遍的 ・ 絶対的な価値を有 しているとは限らない。むしろ、 そうしたものへの無批判で、 盲目的な追従、 頑なな執着や墨守は、 かえって「生機」 としての良知の自由無礙なるはたらきを阻碍し、 抑圧する危険性を孕んでいる。既成の知識や制度に無批判に依存す ることは、 良知への不信感の現れにほかならない。王畿が繰り返し説いた「良知を信じきれ」とは、 まさに、 外に在 る 「知識」 への依存体質を打破して、 内なる 「無善無悪」 なる 「良知」 の完全無欠性を信じて、 それを自己の倫理の 「根 基」として打ち立てよ、自らを信じて生まれ変われ、という提言であった。 すでに見たように、 王守仁は、 学の出発点として、 「立志」 を重んじた。そして、 「立志」 を 「真実」 のものにするために、 「 余 分 な 枝 を 選 ん で、 摘 み 取 ら な く て は い け な い 」 と 言 っ て い た。 一 切 の 後 天 的 に 積 み 重 ね ら れ る「 意 見 」 や「 欲 望」に対する拘泥 ・ 執着を、空虚なものとして、まるごとすべて断ち切ってしまわなければならないと言うのである。 そういった余分な枝葉、 すなわち、 私利私欲、 更には、 知識人にありがちな、 分別知や先入観に由来する意見といっ た、 良知の阻碍要因を、 ことごとく捨てきって、 きれいさっぱり、 何もない「無」なるところから、 「根基」 、 すなわち、 行動の原理、倫理の根っこを立ち上げていかねばならないというのである。
七一 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ―
三
混沌の中に根基を立つ
王 畿 は、 「 無 」 な る と こ ろ か ら、 全 て の 存 在 (「 有 」) の 原 理 と し て の「 根 基 」 を 起 ち 上 げ る こ と こ そ が 真 の「 聖 学 」 であると言う。 「無中生有」とはこの意味であり、 「良知が天地を生み出す」というテーゼを読み解く鍵もここにある。 全ての事業は、 この「混沌」の中に打ち立てられた「根基」としての「一念の霊明」 、 すなわち、 「良知」から生み 出されるのであり、それこそが、 「本来生生の真命脈」である、と王畿は言う。 そもそも学は一つしかない。そして、 何よりも立志を優先すべきである。ただ、 この立志が本物でないから、 ど うしても功夫が途切れてしまうのである。すきまなく功夫を行わないからこそ、 その弊害がいつまでもまとわり つ づ け る の で あ る。 [ そ れ は 君 た ち 自 身 の 自 覚 の 問 題 で あ っ て ] 責 任 を 外 に 転 嫁 す る こ と な ど で き な い の だ。 諸 君は本当にその志を本物にしたいのであれば、 やはり 空 からっぽ 虚 な意見〔虚見〕で上辺を取り繕ったり、 他人に勝ちた いという競争心 〔勝心〕 で求めたりするべきではない。必ず本来備わっている根源に基づいて、 徹底して取り組み、 無 い つ の ま に か 始 以 来 [ 身 に 染 み つ い た ]、 種 種 の 嗜 好、 種 種 の 貪 著、 種 種 の 奇 特 な る 技 能、 種 種 の 凡 心・ 習 態 を、 全 ま る ご と 體 断 ち 切って、 乾 き れ い さ っ ぱ り 乾淨淨 となって、 混沌の中から根基を立ち上げていくべきである。 [そうすれば]ここから[新たに] 天が生まれ、 地が生まれ、 大いなる事業が生まれるのであって、 それでこそ、 はじめて本来の生生の真実の命脈 なのだ。 夫 學 一 而 已 矣。 而 莫 先 于 立 志。 惟 其 立 志 不 真、 故 用 功 未 免 間 斷。 用 功 不 密、 故 所 受 之 病、 未 免 于 牽 纏。 是 未 可 以 他 求 也。 諸 君 果 欲 此 志 之 真、 亦 未 可 以 虚 見 襲 之、 及 以 勝 心 求 之。 須 從 本 原 上 徹 底 理 會、 將 無 始 以 來 種 種 嗜 好、 種 種 貪 著、 種 種 奇 特 技 能、東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 七二 種種凡心習態、 全體斬斷。 令乾乾淨淨從、 混沌中立根基。 自此生天生地生大業、 方為本來生生真命脈耳。 (「斗山會語」 『王畿集』 卷二 二八頁) 先に挙げた王守仁の言葉を強く意識した発言であるが、 ここに所謂「混沌」とは、 後天的に身心にまとわりついて、 「 本 原 」 と し て の 良 知 の 自 由 を 奪 っ て い る 一 切 の も の を、 ま る ご と き れ い さ っ ぱ り 断 ち き っ て、 「 本 原 」 に 立 ち 返 っ た状態を言う。そして、 そこにおいて、 「根基」を打ち立て、 そこから、 「天を生み、 地を生み、 大業を生む」ことが で き て こ そ、 「 本 来 」 の「 生 生 」 の「 真 」 な る「 命 脈 」 で あ る と 言 う。 依 拠 す べ き は、 無 意 識 の う ち に 後 天 的 に 積 み 重 な っ た、 第 二 の 本 性 と 化 し た 嗜 好 や 欲 望 や 技 能 や 習 慣 で な い。 更 に は、 多 学 積 習 し て、 外 か ら 集 め ら れ た 知 識( 分 別知 ・ 見聞の知) や意見でもない。それ以前の、つまり、欲望に汚染され、分別心 ・ 分別知に拘泥する以前の「混沌( 無 分節) 」のところから「根基 (価値 ・ 意味 ・ 分節の源泉) 」を打ち立てよという。それが、すなわち、 「無中に有を生ず」と い う 意 味 で あ る。 「 有 ( 価 値・ 意 味・ 分 節 ) 」 を 生 み 出 す、 そ れ 自 体、 「 無 」 分 別 な る 中 に、 真 実 の「 根 基 」 を 打 ち 立 て よ、 ということである。 こ こ に 所 謂「 混 沌 」 と は、 分 別 知 以 前 の「 学 慮 を 仮 り な い 」 良 知 そ の も の、 す な わ ち、 「 無 善 無 悪 」 な る「 心 の 本 体 」 と し て の 良 知 を 言 っ た も の で あ る。 ま た、 所 謂「 無 知 而 無 不 知 」、 す な わ ち、 分 別 知 の 束 縛 を 脱 却 し た と こ ろ に 活性化する絶対知としての「良知」である。そして、 そこから、 新たに「天が生まれ、 地が生まれ、 万物が生まれる」 、 すなわち、常に、ゼロから世界が 生 リ セ ッ ト み出 されるというのである。 王畿は、また、 「良知」を「混沌初開の第一竅にして、万物の始めを為す」ものと言う。
七三 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― 『易』 (繋辞上伝) に 「乾知こそが大いなる始まりである」とあるが、 この乾の知こそが、 ほかでもない良知である。 すなわち混沌に初めて穿たれた最初の竅(知覚)であり、 全ての存在者の始原である。 全ての存在者と並び立つ ことのないものである (程明道 「識仁説」 ) ことから、 「独」 と呼ばれる。自分にだけが知っているものであることから、 「 独 知 」 と 呼 ば れ る。 ……「 中 和 の 道 が 実 現 さ れ、 [ 天 地 の ] 秩 序 が 定 ま り、 [ 万 物 が ] 成 育 す る 」 (『 中 庸 』) の は、 いずれも、ここから始まるのであって、 [その意味で]天を統括する学である。 易曰「乾知大始」 。 乾知即良知、 乃混沌初開第一竅、 為萬物之始。 不與萬物作對、 故謂之獨。以其自知、 故謂之獨知。……「中 和位育」 、皆從此出、統天之學。 (「致知議略」 『王畿集』巻六 四〇七頁) 王畿は、 ここで 「乾の知こそが、 ほかでもない良知である」 と言う。この 「乾知」 の概念は、 王畿の独創である。それは、 王畿独特の経書読解に拠るもので、 伝統的な『易』の読みからすれば、 あきらかに逸脱である。そもそも王畿にとっ て、 「 良 知 」 と は、 単 な る 経 書 の 語 句 に 止 ま ら ず、 自 己 の 生 ( 存 在 ) の 事 実 に 由 来 し、 そ れ 故、 自 己 の 存 在 に 切 実 に か かわる実存的課題であった。自らの実存 (生きて在ること) の事実に向き合う時、 王畿にとって、 伝統的な経書の読みは、 必ずしも絶対的な拘束力を持たなかった。あくまで、経書は、 「我が心の注釈」 (陸象山) にすぎないのである。 ここで王畿が言っているのは、 次のようなことであろう。すなわち、 「良知」は、 まさに、 「 混 ゼ ロ 沌 」から天地万物を 創 造 す る「 乾 」 の 造 化 の 働 き に 匹 敵 す る も の で あ り、 そ れ 故、 「 万 物 の 始 め 」 で あ る。 そ し て、 そ れ は、 万 物 と は 並 び立つことのないものとして、 「独 (単独者 ・ 絶対者) 」である。そして、同時に、それは、万物が万人によって「共知」 、 すなわち「共に知る」ことのできるものであるのに対して、 外からは知り得ず、 自身の内側で、 自分独りだけが知り 得るものであることから「独知」と呼ばれる。
東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 七四 そして、 王畿は、 続けて、 「中和が位育する」のは、 すべて、 ここから、 すなわち、 この「独知」としての「良知」 か ら 出 て く る の で あ る、 と 言 う。 こ れ は、 『 中 庸 』 の「 中 和 を 致 せ ば、 天 地 位 し、 万 物 育 す 」 を 踏 ま え た も の で あ る。 王畿によれば、 「中和を致す」とは、 「良知を致す」ことであ り 〔* 1 〕 、「良知を致す」ことによって、 「天地が本来の場所に 安定し、 万物はそれぞれの生を完遂す る 〔* 2 〕 」ことを言う。これがまさしく良知が天地を生み、 万物を生むということで ある。すなわち、 この世界が、 その存在の秩序と意味と価値を生み出すのが、 すなわち、 「良知」であ り 〔* 3 〕 、 その意味で、 良知は天地の造化に匹敵する働きをもつものとして、 「天を生じ、 地を生じ、 万物を生ず」と言われ、 「無の中に有を 生ず」と言われるのである。良知がその本来のはたらきを発揮することによって、 はじめて天地万物はその本来の場 所を見出すのである。 * 1 「 獨 知 者、 良 知 也。 良 知 者、 通 徹 天 地、 發 育 萬 物。 立 此 謂 之 大 本、 行 此 謂 之 達 道。 致 良 知 即 致 中 和 。」 (「 別 言 贈 梅 純 甫 」『 王 畿 集 』 巻十六 四五一~二頁) *2 朱熹の注に「位者、安其所也。育者、遂其生也。 」とある。 * 3 こ の 意 味 で、 吉 田 公 平 氏 が、 『 伝 習 録 』 の 当 該 箇 所 の「 皆 從 此 出 」 を、 「 あ ら ゆ る 存 在 が 良 知 に 意 味 づ け ら れ て そ れ と な る 」( タ チ バナ文庫 一九二頁)と訳されているのは、適切な訳であると言えよう。 更に言えば、王畿は、心の「本体」 (あくまで、 「本来のすがた」の謂いであって、心の背後 ・ 奥底に超越的形而上的実体があると 見 な し て い る の で は な い ) を「 無 善 無 悪 」 な る も の と み な し て い た。 「 良 知 」 が「 無 」 な る も の と し て 見 な さ れ る 所 以 も ここにある。既成の是非善悪の価値観に依拠しなくても、 つまり、 そうしたものを、 後天的に、 学習したり、 思慮し
七五 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― た り し な く て も、 人 倫・ 諸 物 と の 感 応 の 現 場 に お い て、 そ の 都 度 そ の 都 度、 素 早 く、 し か も、 適 切 に 感 応 す る (「 神 感 神応」 、「正感正応」と言われる) ことができるのが、 「良知」の「霊妙」なる所以である。それが可能であるためには、 こ の心の本体としての「良知」は、 何ものにもとらわれないもの、 あらかじめ色づけられていない「無 (無分節 ・ 未分化) 」 なる「根基」 (倫理の源泉) でなければならない、と王畿は考えた。 以上、 要するに、 王守仁の所謂「無の中から有を生ずる工夫」とは、 王畿によれば、 「無善無悪」にして「虚明」なる、 心の本体としての「良知」を、 意見や欲望、 既成の価値観や積年の習慣によって、 その本来のはたらきを阻碍したり、 抑圧したり、 はたまた埋没させてしまうことなく、 その良知本来の自ずからなる働きとしての是非善悪を正しく見極 める能力を全面的に信頼し、 それにすべてを信任し、 この「良知」を自らの実践主体として、 自己の「生」の「根基」 として打ち立て、 その都度その都度、 自らの置かれた状況に即して、 他の何物にも依拠することなく、 自力で主体的 に決断していきながら、 自己の 「生」 を、 世界を切り拓いていくことであった。それが、 すなわち 「無の中に有を生ず」 という生き方であった。 わ れ わ れ の「 生 ( 生 き て い る 事 実 ) 」 の 大 部 分 は、 た し か に 無 意 識 裏 に 遂 行 さ れ て い る の で あ る が、 す べ て は 良 知 が、 その都度その都度、 無意識下において、 自ら決断を下しながら営まれているのであって、 その意味で、 自律的に遂行 されているのである。この「生」の根底において、 既に、 そして、 常に働いている、 自意識を越えて、 その根源のと ころで遂行される「生」の営みを、 王畿は「生機」と呼んだのである。それは、 また、 肉体に閉ざされた自己 (個我) を越えて、 その存在の根源である「天」に由来するものであることから、 また「天機」とも呼ばれた。この「造化」 を行っている「天機」の「精霊」なるもの、 その精緻 (「精」 ) で、 不可識なる (「靈」 ) ものが、 すなわち、 「良知」である。
東洋大学中国哲学文学科紀要 第二十一号 七六 王守仁が、 「良知」を「造化の 精霊 4 4 」と呼んだのも、まさに、この意味においてである。 * 「 精 靈 」 に つ い て は、 次 の 発 言 を 参 照。 「『 良 知 是 造 化 之 精 靈 』。 吾 人 當 以 造 化 爲 學。 造 者 自 無 而 顯 于 有。 化 者 自 有 而 歸 于 無。 不 造、 則 化 之 源 息。 不 化、 則 造 之 機 滯。 吾 之 精 靈、 生 天 生 地 生 萬 物、 而 天 地 萬 物 復 歸 于 無。 無 時 不 造、 無 時 不 化、 未 嘗 有 一 息 之 停。 自 元 會 運 世 以 至 于 食 息 微 眇、 莫 不 皆 然。 知 此 則 知 造 化 在 吾 手、 而 吾 致 知 之 功、 自 不 容 已 矣。 ( …… 私 の[ 内 な る ] 精 靈[ な る は た ら き、 す な わ ち、 良 知 ] は、 天 を 生 じ、 地 を 生 じ、 万 物 を 生 じ ま す が、 [ や が て は、 そ の ] 天 地 万 物 も、 無 に 復 帰 し ま す。 ど ん な 時 で も、 顕 現 化 し な い こ と は あ り ま せ ん し、 ど ん な 時 で も、 [ 無 へ と ] 復 帰 し な い こ と は あ り ま せ ん。 [ そ の 運 動 は ] こ れ ま で に、 一 瞬 た り と も 停 止 し た こ と は あ り ま せ ん で し た。 元 會 運 世[ と い っ た 宇 宙 的 時 間 の 悠 久 な 推 移 ] か ら 食 息 微 杪[ と い っ た 人 間 的 時 間 の 微 細 な 推 移 ] に 至 る ま で、 い つ で も、 そ う で な い こ と は な い の で す。 こ れ が 分 か れ ば、 造 化 は、 吾 が 手 中 に 在 り ま す。 そ し て、 吾 が 致 知 の 功 夫( 努 力 ) は、 自 ず か ら 已 む に 已 ま れ ぬ も の と し て[ 内 発 的 に ] 動 き 出 す で し ょ う。 )」 (「 東 遊 會 紀 」『 龍 渓 会 語 』 巻 三 『 王 畿集』七一九頁) 人間の生の営みの全ての領域にわたって、 「生機」としての「良知」は、 常にその持ち前の能力を全開 (所謂「現成」 ) している。とりわけ、 人は自らの「生」を自力で切り開き、 よりよい「生」の実現を目指して、 未来へ向かって進ん で い く こ と が で き る と こ ろ に、 そ の 特 色 が あ る。 そ こ に「 万 物 の 霊 」 (『 書 経 』 泰 誓 上 ) た る 所 以 が あ る。 人 は、 そ の 都 度その都度、 目の前の現実に対して、 自らの「良知」の主体的決断に身を委ねることを通して、 自らの「生」を選び 取りつつ、 自己と世界の関係を、 常に新たに紡いでいきながら、 自らの人生を切り拓いていくのである。つまり、 自 己の 「良知」 の決断によって新たな世界を生み出していくのである。それを王守仁=王畿は 「無中に有を生ず」 と言い、
七七 天地を生みだす良知について―王畿良知心学原論 (三) ― 良知が「天を生じ、地を生じ、万物を生ず」と言ったのである。