●特集 「人工臓器と救急・集中治療」 ■ 著者連絡先 岡山理科大学工学部生体医工学科 (〒700-0005 岡山県岡山市理大町1-1) E-mail. [email protected]
1. はじめに
重症呼吸不全は,生死に関わる病態である。重症呼吸不 全という大きな範疇の中には,様々な病態があり,大きく 分けて急性と慢性に分かれるが,本稿では,急性期の代表 的な病態である急性呼吸窮迫症候群(acute respirator y distress syndrome, ARDS)に焦点を絞って,人工臓器の視 点から,その病態と呼吸管理法について考える。2. ARDS の病態について
ARDSは,1967年にAshbaughら1)により最初に報告さ れた。ARDSは急性呼吸不全の中で最も重篤な病態であり, 救急・集中治療領域において,最も重要な課題のひとつで ある。その臨床像は,非心原性肺水腫による低酸素性呼吸 不全であり,局所的あるいは全身的なアタックにより,び 慢性に肺胞および毛細血管が炎症性の傷害を受けることが 原因とされる。ARDSはしばしば多臓器不全を伴っており, 複数の臓器補助を必要とすることが多く,依然として死亡 率は高い。3. 定 義
ARDSの臨床的な定義は,1994年のAmerican-European Consensus Conference2)によると,「この疾患の特徴は, ①発症が急性である,②胸部レントゲン写真上,両肺野に 浸潤陰影を認める,③酸素化障害があり,動脈血酸素分圧 (PaO2)と 吸 入 酸 素 濃 度(FIO2)の 比(P/F ratio)が200 mmHg以下であり,④肺動脈楔入圧が測定された場合には 18 mmHg以下,測定されない場合には,左房圧の上昇の臨 床所見を認めない,または,輸液過剰,慢性肺疾患の存在 がない」とされている。急性肺傷害(acute lung injury, ALI) は,P/F ratio≦300 mmHgと定義され,ARDSよりも軽傷 である。4. 疫 学
ARDSの正確な発生率は不明である。推定は定義により 異なり,人口100,000人あたり1.5∼75人/年と幅がある。 年齢は65歳以上が多く,既存の疾患を持つ患者により高い 頻度で発症する。近年の死亡率は低下傾向にあるが,高齢 者,特に慢性肝疾患などの慢性疾患を合併している患者の 死亡率は依然として高い。Barnardの報告3)によると, ARDSの死因のうち,呼吸不全による死亡は9∼16%,多 臓器不全(multiple organ failure, MOF)による死亡が80∼ 90%であった。我が国では,遠藤らのICU入室患者におけ る急性呼吸不全実態調査4)が最新の報告であるが,ALI 121例で死亡率19.5%,ARDS症例79例で死亡率23%であ り,それらの原因となる病態は敗血症が最も多く,死因は MOFが最も多かったと報告している。つまり,ARDSは肺 単独の疾患でなく全身疾患であると言える。5. 病態生理
ARDSの発症原因は,primar yとsecondar yに分けられ る。Primar yは,直接肺を損傷する疾患が原因となる。例 えば,肺炎,外傷による肺挫傷,誤嚥性肺炎,脂肪塞栓,中 毒物質吸入,溺水,虚血再灌流障害などである。Secondary は,肺以外の部位に疾患があり,炎症を惹起する物質によ る肺組織の2次的な障害が原因となる。例えば,多発外傷, 大量輸液/輸血,敗血症,急性膵炎,人工心肺,熱傷,骨髄 移植,薬物/中毒物質,などである。
ARDS に対する人工呼吸療法 ̶人工肺の挑戦̶
岡山理科大学工学部生体医工学科市場 晋吾
Shingo ICHIBAARDSの主要な病態は,肺胞Ⅰ型細胞の直接ないし肺胞 マクロファージの刺激による炎症性サイトカイン,エラス ターゼ,活性酸素などから受ける傷害による死滅である5)。 病態の進展過程から,浸出期,器質化期,線維化期に分類 される。 1) 浸出期 呼吸不全発症後1週間続く。好中球は肺毛細血管,間質 の組織,肺胞腔に集積し,free radical,炎症性メディエー ター,蛋白分解酵素,補体などの産生と活性化に伴い細胞 が傷害される。しかしながら好中球減少の患者にもARDS が発症するように,好中球が唯一の原因因子ではない。サ イトカイン(TNF-α,IL-1, 6, 8)が内皮細胞や免疫担当細胞 から遊離され,同様な微小血管障害を惹起するのである。 結果として,体液や血漿蛋白の肺胞腔や間質への漏出が起 こり,同時に血漿蛋白は肺胞サーファクタントを傷害し肺 胞腔は虚脱する。このため,体液で含気が消失した肺胞は シャント効果により低酸素となる。さらに,低酸素に伴う 肺毛細血管のvasoconstrictionや,好中球,血小板,フィブ リンによる肺毛細血管の閉塞による肺胞の死腔も,換気− 血流不均衡の原因となる。肺血管外水分量の増加も肺のコ ンプライアンスが減少する原因となる。 2) 器質化期 病理学的な特徴は,TypeⅡ型肺胞細胞と線維芽細胞の 増殖,そしてヒアリン膜の形成である。これらの肺胞細胞 はサーファクタントを産生しない。肺動脈内の早期の器質 化血栓がみられる。 3) 線維化期 コラーゲン線維が無秩序に沈着し,肺はより硬くなり, 小嚢胞性蜂巣性変化を生じる。TypeⅡ型肺胞細胞の過形 成,牽引性気管支拡張がみられる。肺動脈内器質化血栓を 生じ,肺血管抵抗が上昇する。この時期になると,患者は 人工呼吸器からの離脱が困難になる。
6. 機械的人工呼吸(mechanical ventilation, MV)の
功罪
現在までにARDSに対する新たな治療戦略に関する多く の研究がなされてきた。しかしながら,どの治療戦略も単 一で決定的に有効なものは見いだされていないのが現状で ある。ARDSの主な死因はMOFであり,その原因として原 疾患だけでなくMV自体が原因であることが過去の研究で 明らかになってきた。通常MVは呼吸筋疲労の患者や,急 性あるいは慢性肺傷害の患者に,生命を維持するために必 要なガス交換を補助するという重要な働きをする。しかし ながら,本来休息が必要であるはずの傷害された肺に強制 的に仕事をさせるため,気道や肺自体を傷害し,ventilator induced lung injury(VILI)を惹起する。VILIのメカニズム は,biochemicalおよびbiophysical injur yである。Bio-physical injuryとしては,高い気道内圧により肺実質にかか るストレスや破壊により生じるbarotraumaが指摘され6), 羊を用いたTsunoらの実験により,最大気道内圧30 cmH2O にてbarotraumaが発生することが証明されてきた7)。し かし,トランペット奏者の気道内圧は150 cmH2Oにまで 上昇しているし,また,マラソン選手の1回換気量は30 ml/kgに達するにもかかわらず肺損傷を起こさない。より 重要なのは,胸郭の弾性度を排除したtranspulmonary pres- sure(肺胞内圧−胸腔内圧)であり,また,傷害されサー ファクタントが欠乏し無気肺となった肺胞の物理学的,生 物学的な影響である。これが,volutraumaとatelectrauma である8)。Gattinoniらは,ARDSの胸部CT像の所見から, ARDSは不均一な病態の混合であり,ガス交換のできる健 常な肺は非常に小さいため,これを「baby lung model」と 比喩した9)。その小さい健常な部分の肺胞が,過剰な換気 量により過伸展することによる肺胞壁の損傷がvolutrauma として認識された10)。そして,その背側の無気肺領域の 虚脱した肺胞が呼吸サイクルに伴い伸展と虚脱を繰り返す ことにより,ずり応力による物理的な傷害が生じることを atelectraumaと認識された。これにより肺胞−毛細管の透 過性は亢進し,肺の過伸展に伴い右心系の静脈灌流が抑制 され,前負荷や心拍出量が低下し,最終的には各重要臓器 への血液灌流低下へと繋がる。また,MVにより非生理的 なストレスが肺にかかることから炎症反応が惹起され,放 出されたhumoral mediatorが肺だけでなく全身に悪影響を 及ぼすことも認識された。これがbiotraumaと呼ばれてい る11)。Imaiらは,成兎における急性呼吸不全モデルにお いて,激しい人工呼吸群と保護的な人工呼吸群を比較する と,激しい人工呼吸群では腎および小腸の上皮細胞におけ るapoptosisの割合が有意に多くなることを証明した。つ まり,傷害された肺を激しく機械的に人工呼吸することに より,遠隔臓器の障害が生じることが証明された12)。こ の研究の結果は,ARDSの死因の多くがMOFであるとい う事実を裏付けるものである。7. Lung protective ventilation strategy (LPVS)
(肺保護戦略に基づく人工呼吸管理)
人工呼吸療法はARDSの治療の中心的存在であり,主に 3つの役割がある。①酸素化,②換気(二酸化炭素除去), ③傷害された肺胞腔の開存,である。酸素化はFIO2と気道 内圧で調節する。換気は1回換気量と換気回数で調節する
が,数値的には酸素化が優先される。③は陽圧やリクルー トメントにより肺胞の虚脱を防止あるいは解除することで ある13)。LPVSとは,これらの因子をうまく活用して, VILIを防止するための人工呼吸療法戦略である。まず,1 回換気量に関して,1990 年代後半に Amato ら14)をはじめ とした LPVS に関する複数の RCT が行われ,さらに最終的 にランドマーク的な ARDS Network(ARDSnet)による重 要な臨床試験が行われた15)。その結果,少ない 1 回換気 量である 6 ml/kg 予測体重(predicted body weight, PBW) 群が 12 ml/kg PBW 群に比べて有意に生存率を改善させ た。そして,2008年Surviving Sepsis Campaignの「Sepsis に伴うALI/ARDSに対する人工呼吸管理」の項目にて, 「tidal volume of 6 ml/kg PBWを目標とする」が,Grade 1B (moderate quality of evidence, strong recommendation)と 位置づけられている16)。この1回換気量の制限に加えて, 吸気プラトー圧の制限(30 cmH2O以下),肺胞の虚脱を防 ぐ適切なPEEPをかけ,肺胞の過伸展や虚脱の繰り返しに よるVILIを防ぎ,過剰な炎症反応を惹起する炎症性のメ ディエーターの放出を押さえることが,LPVSとして日本 の集中治療の専門家の間でも受け入れられている17),18)。 また,いわゆる“open-lung strategy”である,高いPEEPを かけたり,肺胞を広げそれを維持するリクルートメントの 手技については,より重症な肺水腫の低酸素状態を改善す るが,生存率の有意な改善を証明できておらず,今後の検 討に委ねられている19),20)。 呼吸性アシドーシスが低い1回換気量により生じても, pH 7.2までは許容する,いわゆるpermissive hypercapnia のコンセプト21)が LPVS の実現には必要であるが,生理 学的な正常範囲を超えた血液中の CO2に関しては,細胞 に対して保護的であるという見解と22),肺の炎症反応を 増幅するという見解23)がある。また,CO2自体に強力な vasoactive作用があることから,Komoriらは,動物実験に てPaCO2の微小循環への影響を評価し,この視点から PaCO2の許容上限は150 mmHgである,と結論している24)。 しかしながら,hypercapniaがARDSという特殊な病態の中 でどこまで安全であるのか,その影響は本来どうなのかに ついては,今後さらなる検討が必要であろう。 人工呼吸器のデバイスとしての進化は著しい。成人用の 高頻度振動換気法(high frequency oscillatory ventilation, HFOV)もその一つである。1秒間に10回以上空気を振動 させるHFOVは,気道内圧を保ちながら解剖学的死腔量よ りも小さい1回換気量(約1∼3 ml/kg)で高頻度の換気を 行う呼吸管理方法である。気道内圧の変動が小さいことか らvolutraumaを最小限に抑え,酸素化を改善し,血圧,頭 蓋内圧の呼吸性変動を抑制する効果があると言われてい る25)。通常の人工呼吸と比べた2つのRCTでは,生存率 に差は出せなかったが,酸素化を改善するうえで有望なデ バイスである。 以上のことから,ARDSの治療は,肺を休め,生理的な状 態を維持しながら,病態の解明と治療を行うことであり, 現在までの数多くの研究結果から,ARDSに対するLPVS の根幹は,①過剰な吸気圧を避ける,②1回換気量を6 ml/ kg PBWに制限する,③適切なPEEPをかける,である。し かし,本来傷害された臓器である肺をさらに酷使して十分 なガス交換を行うことは,どんなに進化した人工呼吸器で も単独では限界があることは事実である。
8. 人工肺の関与
では,人工肺はARDSに対してどう関与してきたのか? Bernardは,レビュー論文3)に,近代の集中治療を可能に した医学的な功績の中に,RoentgenによるX線の発見, iron lung,ステロイドの使用,血液ガス分析法の開発, Swan-Ganzカテーテル法の開発,ARDSの認識などに加え て,1970年代後半の急性呼吸不全に対するextracorporeal life support(ECLS)の導入を挙げている26)。人工呼吸療法 における人工肺の役割は3つあり,①酸素化,②換気(二酸 化炭素除去),③肺の安静と保護,である。人工肺の集中治 療への貢献として最も重要な点は,通常の呼吸管理では救 命の極めて困難と判断される“severe ARDS”(例:予測救 命率<20%)に,使用されてきたことである27)。成人の ARDSに対するECLSのランドマークとなる論文を表1に 示した。いわゆる通常の最大限の人工呼吸療法(高圧,高 濃度酸素)が全て失敗に終わった急性期の患者が適応と なってきており,この中でECLS対象患者の導入前の pre-P/F ratioやpre-PaCO2の値を見れば,いかにその重症 度が高いかがわかる。人工肺を用いた呼吸補助の歴史的な流れは,テクニカル に3つあり,古い順に以下に示す。
① ポンプ駆動の体外循環装置を用いて膜型人工肺で酸素 化と換気の全補助を行う高流量のextracorporeal membrane oxygenation(ECMO)。バイパスモードは, 病態に応じて循環補助が必要であればveno-arterial bypass(VAB),呼吸補助のみであればveno-venous bypass(VVB)を行う。
② 酸素化を人工呼吸器で生体肺を通して行い,換気すな わち二酸化炭素除去は,ポンプ駆動の低流量体外循環 VVBを用いて人工肺で行う,low frquency positive pressure ventilation with extracorporeal CO2 removal
(LFPPV-ECCO2R)。
③ 酸素化を人工呼吸器で生体肺を通して行い,動静脈 の圧較差を利用して駆動させ,ポンプのないコンパク トな人工肺で換気,すなわち二酸化炭素除去を主に行 うarterio-venous CO2 removal(AVCO2R),または pumpless extracorporeal inter ventional lung assist (iLA)(Novalung GmbH, Hechingen, Germany)。
9. 歴史的な流れ
1972年Hillらが,ECMOによる最初の救命例を報告し た28)。患者は24歳の男性で,交通事故で多発骨折と大動 脈破裂のため手術を行ったが,術後4日目にARDSに陥っ たため,75時間のVAB ECMOを行い救命した。Hillらの 成功で成人重症呼吸不全へのECMO治療に関心が集ま り,1974∼1977年に,歴史上初のECMOのrandomized controlled trial(RCT)がUS National Institute of Health (NIH)主導で行われた。急性呼吸不全(定義:FIO2 50%以上で陽圧換気)全ての患者が登録された。ECMO適応の重 症呼吸不全患者(fast entr y: FIO2 100%およびPEEP>5 cmH2OにてPaO2<50 mmHgが2時間,slow entry: FIO2> 60% , PEEP>5 cmH2Oにて,PaO2<50 mmHgが12時間 以上,shunt fraction>30%)が無作為にVAB ECMOか従 表1 Landmark research papers of extracorporeal life support for severe ARDS
Author/ country (Reference No) Publication year (reference) Method of
research Type of ECLS Entry criteria
Mean pre-P/F ratio Mean pre-PaCO2 (mmHg) ECLS cases (survived) Survival rate (%) Zapol WM/
USA (26) 1979 Prospective randomized controlled trial
VAB
ECMO Fast entry: At F PEEP>5, PaOIO22<50 for 2 h=1.0 and
Slow entry: At FIO2>0.6 and
PEEP>5, PaO2<50, QS/QT>0.3 for 12 h ̶ ̶ 42 (4) 9.5% Gattinoni L/ Italy (31) 1986 Uncontrolled study ECCO2R
Fast entry: At FIO2=1.0 and
PEEP>5, PaO2<50 for 2 h
Slow entry: At FIO2>0.6 and
PEEP>5, PaO2<50, QS/QT>0.3, CTstat<30 ml/ cmH2O for 12h 66.8 48.9 43 (21) 48.8% Morris AH/
USA (32) 1994 Prospective randomized controlled trial
ECCO2R
Fast entry: At FIO2=1.0 and
PEEP>5, PaO2<50 for 2 h
Slow entry: At FIO2>0.6 and
PEEP>5, PaO2<50, QS/QT>0.3 for 12 h 62.6 50.0 21 (7) 33.3% Lewandowski K/Germany 1997 Prospective uncontrolled trial VVB ECMO
Fast entry: At PEEP>10, P/F ratio<50 for 2 h Slow entry: At PEEP>10, P/F ratio<150, QS/QT≧0.3, EVLW≧15 ml/kg, CTstat≦30 ml/cmH2O for 12 h 67.0 65.8 49 (27) 55.1% Hemmila MR/
USA(33) 2004 Uncontrolled study
VVB or VAB ECMO
Failure to algorithm for treatment of severe ARDS: At FIO2=1.0, PaO2<100, A-aDO2>600, or QS/QT≧0.3 54.9 46.8 255 (132) 51.8% Bein T/ Germany 2006 Uncontrolled study
AVCO2R Failure of advanced treatment:
At FIO2=1.0, PaO2<55 and/or
hypercapnic acidosis with hemodynamic instability for 2 h, or tendency toward deterioration
58.0 60.0 90
(37) 41.1%
Peek GJ/UK Publishing soon Prospective randomized controlled trial VVB ECMO
Severe but potentially reversible respiratory failure, Murray score≧2.5 or uncompensated hypercapnea with pH<7.2 ? ? ? ECMO was favour-able*
PaO2/FIO2 ratio: P/F ratio, A-aDO2: alveolar-arterial gradient, CTstat: thracopulmonary compliance, ECLS: extracorporeal life support, EVLW: extravascular lung water, QS/QT: intrapulmonary right-to-left shunt.
来の人工呼吸療法にrandomizeされた。しかし,結果は両 グループとも生存率9%と,死亡率が高すぎて中止になっ た26)。問題点は,まず,VAB方式のため肺血流が低下し, 剖検で肺の微小血管の血栓形成と線維化が顕著に認められ たことである。Kolobowらの実験においてもVAB時には, 肺胞血流の低下から肺組織局所のアルカローシスを生じ, その結果末梢レベルでの肺梗塞を誘発することが指摘され ており,「肺血流を保つVVBモードの選択がARDSの場合 には有効である」とコメントしている29)。さらにECMO 導入前の平均人工呼吸日数が9日以上と長かったことも指 摘 さ れ る。 米 国,ミ シ ガ ン 大 学 のKollaら に よ る 成 人 ECMO症例100例の検討では,ECMO導入前に7日間を超 えてLPVSでない人工呼吸(高圧,高濃度酸素)を続けると, 肺傷害は不可逆性になると報告している30)。このRCTの 失敗のために,成人呼吸不全に対するECMOへの興味は失 われた。 イタリア,ミラノのGattinoniらはCO2除去を主目的とし たLFPPV-ECCO2Rを考案し,1970年代に米国で行われた NIHによる成人ECMOのトライアルと同じエントリー基準 で,当時としては画期的な48.8%の生存率を報告した31)。 このシステムでは,人工呼吸器の設定を低圧低頻度に落と すことができ,人工呼吸器による肺の圧損傷を最小限にで きたことが生存率向上の原因であったと考えられる。 LFPPV-ECCO2R中の人工呼吸器の設定は,PEEP 15∼25 cmH2O, 呼吸回数設定3∼5 /min, peak airway pressure 35∼ 45 cmH2Oの条件であった。Tidal volume (VT)は肺のコン プライアンスに依存させたが,この呼吸回数の少なさは, 傷害された肺胞壁が伸展と収縮の繰り返しにより生じる損 傷の軽減に貢献したと考えられる。つまり,LPVSとopen lungの コ ン セ プ ト に 基 づ き,酸 素 化 は 生 体 肺(apneic oxygenation)で,換気は体外の人工肺で行うという,ガス 交換分離のコンセプトが実行可能であることが実証され た。この成功を受けて,米国,ソルトレイクシティーの Morrisらは,単独施設によるLFPPV-ECCO2RのRCTを 行った32)。Gattinoniらのグループの技術的サポート下に, 1970年代のUS ECMO trialと同じ導入基準で行ったが,結 果はコントロール群との差はなく,40例で中止された。問 題点としては,主に以下の3つが挙げられる。 ① 低流量のECCO2RでCO2は除去でき,平均1回換気量 3.0 ml/kg PBWと肺胞壁のvolutraumaは回避できたと 考えられるが,生体肺に依存する酸素化を維持するた めに,平均最大吸気圧(Ppeak)45.4 cmH2Oと,高い 気道内圧の人工呼吸管理を必要とした。この持続的な 高い気道内圧の影響,つまりbarotraumaの発生につ いては無視できなかったと考えられる。 ② 体外循環に対する抗凝固療法にも問題があり,出血の ために平均赤血球輸血量が1.76 l/dayと多く,また LFPPV-ECCO2Rの中断を余儀なくされた症例が21例 中7例(33.3%)あった。
③ コントロール群はpressure controlled inverse ratio ventilation(PCIRV)のプロトコールで予想生存率20% 以下を超え,44%の生存率を示した。LPVSを目指し た呼吸管理,血行動態の安定化に関してはLFPPV-ECCO2Rが良好であるはずだが,結果的に生存率に 差がなかったのは,やはり長期体外循環に伴う出血や 血球損傷の合併症であったことは否定できない。 Gattinoniら31)の報告では,このような大量出血の記 載はなかった。 いずれにせよ,この2つのRCTの失敗で,さらにECLS への興味はトーンダウンしたが,Bartlettらのグループは 新生児ECMOの成功のノウハウを成人に応用し,着実に成 果をあげていった33)。つまり,高流量のVVB ECMOによ り,体外で酸素化と二酸化炭素除去のfull supportを行い, 高圧,高濃度の酸素を避けて肺の安静化を確実に行う方法 である34)。同様にヨーロッパでも同じコンセプトでsevere ARDSの高い治療成績の報告がみられるようになった35)。 ドイツ,ベルリンのLewandowskiらは,ARDSに対する臨床 アルゴリズムの中でVVB ECMOを最終手段として位置づけ ており,これによりARDS全体の救命率を75%とした36)。 米国,ミシガンのBartlettらのグループもこのアルゴリズ ムの考え方を取り入れて高い救命率をあげた33)。1989年 に設立されたExtracorporeal Life Support Organization (ELSO)は,世界の認定 ECMO Center からの症例を登録 している。2007年7月の集計結果では,成人呼吸不全全体 の累積生存率は約50%であった(図1)37)。この中には, ECMOで な け れ ば 救 命 で き な か っ た 症 例 も あ れ ば, conventional ventilationでも救命できた症例もあると思わ れるが,現時点ではそれを導入の時点で明確に予測するこ とは不可能であろう。したがって,アルゴリズムで適応基 準を定め,それを満たせば遅延することなく導入すべきで ある。 ヘパリンコーティング,poly-methyl pentene(PMP)系の ホローファイバー型人工肺の導入など,長期体外循環の技 術的な進歩は著しく,ガス交換を安全に長期に継続するこ とが可能になってきた38)。実際にはECMOは未だ侵襲的 であり,血液の損傷,出血や血栓症などの好ましくない合 併症があること,コストと労働力がかかり,ECMOに精通 した医師,看護師(ECMO specialist),体外循環技士,呼吸
図1 Extracorporeal Life Support Organization International Registry as of July 2007 Cumulative Survival of Adult Respiratory Cases.
理学療法士などの大きな専門的チームでなければ優れた成 果を出すことは困難である。Hemmilaらによると,安定し た 治 療 成 績 に 達 す る ま で4∼5年 間,30∼45例 の 経 験 (learning curve)が必要となる33)。これを可能にするには, センター化することが有効である。このようなECMOセ ンターのひとつである英国のグレンフィールド総合病院 (GGH)を中心に,National Health Service (NHS)による ECMOのRCT,conventional ventilator support vs extra-corporeal membrane oxygenation for severe adult respira-tory failure(CESAR)trial39)が行われ,終了した。ECMO 適応基準(表1)を満たしたARDSの患者をrandomizeし, ECMOグループに振り分けられた患者はECMOセンター であるGGHに搬送され,そこでECMO治療を行い,conven-tionaiグループに振り分けられた患者は,conventional treatment centerに搬送あるいはそのまま継続して至適人 工呼吸管理治療を行うというものである。その結果は “ECMO was favorable”40)であり,誌上発表されるのを待っ
ている段階である。
10. 人工肺の挑戦
こうして,severe ARDSの治療の最終手段としてECMO は認知されてきた。では,人工肺は人工呼吸器にどこまで 迫れるのか? 人工肺がより普及するためには,ガス交換性 能,長期耐久性,生体適合性,安全性の進化が必要である。 2007年7月のELSO registry reportによると,成人呼吸不 全に対するECMO 1,373例の主な合併症は,oxygenator failure 19.7 %,surgical site/cannulationsite/gastro-interstinal(GI)bleeding 40.5%,dialysis/hemofiltration/ continuous arteriovenous hemofiltration(CAVH)required 47.5%,Inotropes on ECLS 59.7 %,cardiac arr ythmia 20 %,hyper glycemia(glucose>240)19.5 %,culture proven infection 23.1%であった37)。対象疾患の重症度を 考慮すると,循環,腎,感染に関する合併症はやむを得な いと考えられるが,ECMOに関連する合併症である出血の 40.5%は少なくすべきである。技術的な進化に伴い出血な どの合併症が少なくなれば,導入の基準が下げられ,ARDS の比較的早期から人工肺が使用できる。前述したLPVS(1 回換気量の制限,吸気圧の制限,高い酸素濃度の制限,適 切なPEEP)を重症度の高いARDS患者に適用すると,ガス 交換を十分に保つことができず,LPVSを実行できないの が実情である。ここに「高性能な」人工肺の適応があり,現 在認識されている「ECMOの導入基準」の前段階で人工肺 を導入でき,生存率はもとより退院後のquality of life (QOL)も改善できる可能性がある。このようなコンセプ トを持って開発されたのがiLAである。このデバイスは, これまでのポンプを使うECMOとは異なり,自己の動静脈 圧較差で血流量を得,圧力損失の極めて少ない膜型肺によ り,CO2排出を主に行い,LPVSを安全に行うためのもので ある。LFPPV-ECCO2Rとの違いは,体外循環回路が圧倒的 にシンプルで,ベッド上に乗せられるコンパクトなデバイ スであり,ヘパリンコーティングにより抗凝固療法を最小 限にすることができる点である。ドイツ,レーゲンスグル グのBeinらは,ECMO導入基準と同じ重症度のsevere ARDSに対してiLAを導入した90例について検討した結
果,24時間以内にFIO2,最大吸気圧,分時換気量,1回換気 量,pH,PaCO2などの呼吸パラメーターを,有意に減少さ せることができたと報告した41)。生存率は41.1%に留まっ たが,初期のパイロットスタディであること,本来なら ECMOの適応と考えられるsevere ARDSが対象であるこ とからすると期待の持てる結果である。重篤な合併症は, 下肢虚血の9例を含め22例(24.4%)であり,ELSOのレ ポートに比べ少ない。また,カニューレサイズを超音波で 大腿動脈径を確認した上で選択することにより,最近では ほとんど下肢虚血の合併症はない42)。ポンプがないので 溶血も少なく,抗凝固療法は最小限でよい。また,扱い易く, 全体の治療コストも少なく抑えることができる,などのメ リットがある43)。ただし,心機能の悪い患者には使えな いこと,血流量が1∼2 l/minと少なく,酸素化能の大きな 改善は期待できないので,例えばP/Fratio<70の低酸素 血症では,高流量のVVB ECMOで対応することが望まし い43)。
11. 結 語
ARDSの呼吸管理に対するmagic bulletはないが,安全で 高性能なデバイスを商品化することで,ARDSの治療を変 えることができる。Beinが提唱するように,ARDSに対す るLPVSの呼吸管理アルゴリズム43)をECMOとiLAを含め て作成し(図2),遅延することなく対応していくことが, 高い救命率につながると考えられる。同時に人工肺のさら なる安全性向上と合併症減少へ向けての研究を続けていく べきである。 文 献
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