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明治学院歴史資料館資料集 第03集 : ─ヘボン資料 集─

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(1)

明治学院歴史資料館資料集 第03集 : ─ヘボン資料 集─

著者 明治学院歴史資料館

3

ページ 1‑246

発行年 2006‑03‑15

URL http://hdl.handle.net/10723/1295

(2)

♪脚岨冨

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一ヘボン資料集一

明治学院歴史資料館

(3)

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金婚式を迎えたヘボン夫妻(前列右の2人)と息子

サムエル夫妻ら(明治23−1890) 野田秀=氏蔵

(4)

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ヘボンが施療所を開 ここで日本人患者の

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いた宗興寺の現在。

治療にあたったが、幕府の圧力で5ヵ月余で閉鎖した。

(5)

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歌舞伎の女形・澤村田之助の足の手術をしているところ。

右に立つのがヘボン博士。(橋本周延画) 杉立義一氏蔵

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=代広重の浮世絵の田之助。足病を治療するヘボン。慶応2年

(図中に「フランス之名医」とあるのはご愛嬌)。日本通運蔵

(6)

『和英語林集成』(初版)のヘボン自筆の原稿。

(7)

明治学院歴史資料館資料集 第三集

明治学院歴史資料館

(8)

館長挨拶

明治学院歴史資料館館長 播本 秀史

 明治学院歴史資料館資料集第三号をお届けします︒今回の資料集は︑﹃ヘボン物語−明治文化の中

のヘボン像1﹄︵教開館︑二〇〇三年︶と一対のものとなります︒﹃ヘボン物語﹄はヘボン塾創立一四

〇周年を記念して︑本学出身者で関東学院大学教授︵当時︶の村上文昭先生に︑歴史資料館が窓口と

なって執筆依頼し︑出版されたものでした︒

 執筆に要する時間や頁数の制限があり︑村上先生には並々ならないお手数とご心労をおかけしまし

た︒この場をお借りし︑改めてお詫びと御礼を申し上げます︒

 時間はもうどうすることも出来ませんが︑せめて出版の際十分に活用できなかった資料だけでも何

とか生かす手だてはないものかと考え︑今回の発刊に至った次第です︒

 ﹃ヘボン物語﹄は﹁蒸気船が浦賀水道を北上するころから︑中年の紳士と夫人は︑甲板にたって右

や左の陸地をながめつづけた⁝﹂で始まっています︒まさに﹃物語﹄という題名にふさわしい書き出

しといえましょう︒しかし︑この資料集を読まれる方はその一編の小説を彷彿させる表現の裏に緻密

で厳格な資料の裏付けがあったことを知ることでしょう︒

(9)

 今後のヘボン研究に﹃ヘボン物語﹄と﹃本資料集﹄が役立つことを強く願うものであります︒

 明治学院大学はキリスト教研究所立案の﹁近代日本と明治学院1﹂という全学共通科目を学生に提

供しています︒その講座において村上先生は﹁島崎藤村と白金文学﹂を二回に渡って講義されていま

す︒いずれ本資料集にもその関係の資料集が特集されるかもしれません︒読者の皆様からもこういう

資料集を出してほしいとのご要望があれば︑歴史資料館にお知らせください︒今後の企画に生かした

く存じます︒

 明治学院歴史資料館は資料集発刊だけでなくホームページも開設しています︒そこで主だった学院

の資料を紹介しています︒また︑歴史資料館主催・共催の各種展示会や講演会の案内もしております︒

遅々とした歩みではありますが︑明治学院を証する重要な働きの一つとしての使命を全うしてゆきた

く存じます︒今後ともご支援ご豊実のほどよろしくお願い申し上げます︒

.最後になりましたが︑今回の資料集発刊に際し︑全面的な協力を厭わず献身くださいました村上文

昭先生に心からの謝辞を申しあげます︒また︑今回も原 豊氏の労を記します︒氏の明治学院への知

と愛の深さにこれまで教えられることが多くありました︒これまで支えて下さった学院長・運営委員︑

研究員︑研究調査員の方々にも四年間の館長の任を解かれる時にあたり感謝を捧げます︒

(10)

目 次

ヘボンの施療⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝−⁝・⁝⁝⁝−⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝1一11 早矢仕有的年譜ーヘボン氏の治療ヲ請ヒ 一一12 横浜新報もしほ草iヘボンの仁慈 1一13 罠⑦Z①妻ぎ爵鼠ヨ①守航行中の事故でヘボン博士が手当て 2一14 横浜沿革誌−米国ドクトルヘボン氏の施療 2一15 横浜毎日新聞ーヘボン先生の代診の広告 3一16 同−岸田吟香の目薬﹁精錆水﹂の広告 3一17 同iヘボンの療治館施療の広告 4一一8 同−脱疽の田之助︑ヘボンがまた手術 5一19 同ーヘボンが無料診療始める 5一i10 東京日々新聞−平文氏横浜にありて 6一i11 同i名医再び来日 7一一12 同−横浜で貧民の治療 8一113 同−精錆水の広告 8一一14 同−精錆水の宣伝 9

       ローマ字に関して・⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝−⁝・⁝−⁝⁝⁝⁝−⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝・⁝・−二一1 六合雑誌−羅馬字に関する意見米国博士 フルベツキ 一5ニー2 読売新聞一よみうり抄 20二一3 寄ヨ昌︵ローマ字︶一Z三国胃舘①$=oげ︒昌=艮口ωげ凶20    ︾閏①げ8=9ざωび一=げ爵9昼凶ぎω直ぎ 21    0ヨ︒箆9︒ω§9ヨ9ぎ9︒ヨ08臣ヨ婁0 22二i4 聖書之研鐙ーローマ字と聖書 植村正久 24

(11)

三 和英語言集成のこと

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987654321読売新聞iはなしのたねーヘボン・たま子物語1 37 馬場孤蝶﹁庚寅日記﹂⁝﹁ヘボン﹂辞書を持ちて 36 毎日新聞i﹁語林集成﹂を丸善より出版 35 東京日日新聞1ヘボン辞書値上げ 35 ﹁続通信全覧﹂類輯之部i米国医ヘボルン著日英封繹辞書翻刻禁止請求一件32 霞国ZO田田6田Z︾国国馨−辞書の著作権保護 32 同﹁呉瀬日記﹂1よい名をというので和英詞林集成と 30 同﹁目薬精鋳水功験書﹂ーヘボン先生に従って上海へ 29 岸田吟香﹁新聞実歴談﹂1活字鋳造の版下を書く 29        ............................................9.............................◎..............................2       9

四 聖書と眞理易知・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・−⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝・⁝・⁝・⁝・・⁝−⁝⁝43

四四四四1}口

4321眞理易知︵全文︶ 47 回路i日本訳聖書の最初 英文﹁米国聖書協会記録﹂ 聖書献上について 43 博聞新誌一書籍献納 43

44

五 ヘボン夫妻への感謝と送別

五五五五五五五五五

Ill目illI 987654321同ーヘボン帰国にあたっての社説 76 福音新報iヘボン帰国の予報 76 早稲田文学−宣教師ヘボン博士 75 毎日新聞−在日三十三年︑アメリカへ帰る 75 同ーヘボン送別会の予告 74 基督教新聞ーヘボン博士への送別の辞 72 ﹁井深梶之助とその時代﹂.︵第一巻︶ーヘボン博士のブラウンについての印象 71 福音週報−住吉町教会の定礎式とヘボン氏の金婚式 70 福音新報ーヘボン氏の感謝演説 67        ⁝::.:......:....:..........:..⁝....:︒..:...................:...:.:.:...⁝⁝6       7

(12)

五五五五五

1413121110口ll1

同ーヘボン送別会予告 79同ーヘボン送別会の模様 79同ーヘボン博士の演説 80﹁速記者﹂一博士ヘボン君自伝の演説 82福音新報1ヘボン送別を詠った奥野昌綱の長歌

89

帰米後の夫妻⁝⁝・⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝・⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝−⁝・⁝⁝・⁝⁝⁝・⁝−95

一r」」▲ _」L」 _」_凸 _」」畠 _」_■ 一_L _」」6 _」」酬

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Il口口l1 87654321

_二一 _且_凸 一」一●

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111091日

﹁井深梶之助とその時代﹂︵第二巻︶ーヘボンより在米中の井深宛て書簡︵英文︶ 95目国ZO題田O田Z︾=国霞﹀一日本における伝道の状況︵英文︶ 97﹁井深三之助宛書簡集﹂ーヘボン翁之銅像建設二付キ︵岸田吟香︶ 98

外国人叙勲雑件︵i米国人影部︶ージェー︑シー︑ヘボン︵高平駐米公使より外務大臣宛叙勲の詮議依頼︶同一小村外務大臣の上奏文下書き ㎜福音新報ーヘボン博士近況 血同−博士ヘボン翁の叙勲 m白金学報一前総理ヘボン老博士 塒老博士の手書︵英文︶ 鵬大阪毎日新聞−五十年前の日本︵一︶〜︵四︶ 描指路ーヘボン博士よりの来翰 皿同ーヘボン博士よりの来翰意訳 価冒⑦ぎωa暮80h窪︒響蚕 妬ヘボン博士紀念碑文の意訳 妬

99

ヘボン夫妻の死を悼みて⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝・⁝−⁝−⁝−⁝⁝⁝⁝−伽

七七七七43211目1福音新報ーヘボン博士の性行 鵬 同1ヘボン夫人 伽 同ーヘボン博士夫人の卦音 撚 回路ーヘボン夫人の死を悼む 伽

(13)

 ●

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七七七IlI

11109

東京朝日新聞ーヘボン博士逝く 麗読売新聞i鳴呼ヘボン博士 燭同ーヘボン博士追悼演説 囎福音新報ーヘボンの永眠と追悼 翅ヘボン博士逝く︵上︶ 螂ヘボン博士の性行 柳同ーヘボン博士逝く︵下︶ 励同ーヘボン博士紀念会 溜白金学報iヘボン博士紀念欄⁝燭グリーン博士の書簡 燭前総理故ヘボン博士追悼会 鵬追悼会に於ける服部綾雄氏の弔辞 鎚

ヘボン館の焼失⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・・⁝⁝⁝・・⁝−⁝・⁝・⁝⁝・⁝⁝−⁝⁝・・⁝・⁝・⁝・・⁝・⁝⁝鵬

 1

4

八八八口 1

ヘボン館を憶ふ 馬場久成 白金学報ーヘボン館紀念欄⁝ 321福音新報i明治学院の火災 朝日新聞−明治学院の火災 白金学報ーヘボン館曰く

168168167165

163

思出多きヘボン館とハリス館の焼失 宮地悲しき追憶櫻田ふじ男 翅ヘボン館を懐ふ 熊谷直正 珊ヘボン館を懐ふ 早川源太郎 堺ヘボン館を懐ふ 片岡克己 ㎜火災に関する報告 搬罹災当日焚き出し其他の寄附 魏火災に対する義損金︵職員の分︶ 鵬

172

(14)

同情者諸氏より贈与し来りし分 捌神学部及高等学部の分 捌普通学部の分 鰯火災に際し寄宿舎生に贈与したる書籍代金損害僅少にて贈与を辞したるもの 鵬支払合計 ㎜

九 明治学院のヘボン

九九九九九九九九九九九九

目口llllil口

121110987654321

188

基督教新聞−明治学院卒業式 柳同−明治学院白金移転 鵬同−明治学院卒業週行事 ㎜福音週報−神学部杢業式−二一二年四月 ㎜福音新報−卒業式−島崎春樹 鋤同−入試試験広告 鵬同−総理の更迭 脳同−総理就任式 獅山本秀煤日記ーヘブン氏の心理学 踊馬場勝弥︵孤蝶︶日記1ヘボン氏校長︑井深氏副校長 膨島崎藤村﹁桜の実の熟する時﹂より 餅戸川秋骨﹁文鳥﹂よりi﹁三十余年前の学校生活﹂  ⁝⁝⁝:⁝⁝⁝・:⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝:柳

語られた田之助とお伝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝・⁝・⁝⁝⁝⁝⁝−⁝⁝・⁝⁝⁝.⁝脚十11 横浜新報︑もしほ草一田之助右脚切断の手術を趣く 頒十一2 仮名垣魯文﹁西洋道中膝栗毛第拾編上﹂    1米理堅の﹁ヘボン﹂先生の一番弟子﹁シャボン﹂一 十13 新聞雑誌−田之助︑サスガハ有名ノ俳優ナリ ㎜十14 同一田之助の演技︑桟席モ堕ル計り 謝

(15)

十15 有喜世新聞一平文先生にどうか殺してと 泌十16 岡本起泉﹁澤村田之助曙草紙﹂    一田之助の悪病︑お貞は厭ハず1 謝十17 東京曙新聞−毒婦お伝の物語 盟十18 同i異母姉の勧めで医師ヘボンを頼り横浜へ十一9 仮名垣魯文﹁高橋阿傳夜叉諄﹂    i輪廻回報難病の廃人車− 泌

あとがき⁝⁝⁝⁝⁝:⁝・⁝⁝⁝⁝:⁝⁝・⁝⁝⁝・⁝:⁝・

      :︒⁝⁝⁝⁝⁝⁝:⁝::::⁝:.⁝⁝⁝⁝⁝⁝:⁝:認

(16)

凡 例

       「        =         π      「   π

引用した原文の中には現代では不適切と思われるものがあるが︑資料集という性格上︑そのまま掲載した︒ 編集者が手を加えた箇所は﹇ ﹈を付した︒ 出典の年月日については︑その出典の奥付に従った︒ 読不能の場合には□であらわした︒ 原文が明らかに間違いであると思われるものと表現が不適切と思われるものには﹇ママ﹈のルビを付けた︒ 原文に忠実であることにつとめた︒漢字は原則として新字体としたが︑送り仮名はそのままとした︒

(17)

一ヘボンの施療

 一一1

 ︿早矢仕有的弓︵1︶年譜 慶応二丙寅年︵先生三十歳︶﹀

 ヘボン氏ノ治療ヲ請ヒ

 此年頃前年中寄留セシコトアル三洲挙母辺ノ杉浦虎吉ト云フ漢学者其弟米吉及天底竹次郎等三人病気治

療ノ為メ再ヒ来り向ヒ前壷借家ヲナシ其所ヲ住居トシテ加養セリ︵道三モ時々此所ニテ太閤記ノ会読二列      ヘポンシタリ︶此米吉竹次郎ノ病気ヲ米人平文氏ノ診察ヲ受ケシメンが為二永代橋ヨリ和船二乗リ杉浦兄弟三人

及道三ヲ倶ヒ出航セシニ偶々羽根田沖ニテ風波起り航行不能トナリ羽根田へ上陸シ旅籠ニテ横浜二二リヘ

ボン氏ノ治療ヲ請ヒ横浜へ一泊シテ帰レリ之レ有名ナル田之助ガヘボン氏ノ治療ヲ受ケシヨリモ前ノ事由

テ早矢仕が外国人ト交際シ且横浜へ行キタル最初ナリ此後ハ横浜へ屡々行キ其度毎二海屋万兵衛方二宿泊

セリ此海屋万兵衛ハ元ト幕臣ニテ横浜二出テ商業二従事シタル人ナリ︵早矢仕民治編︑丸善社史資料︶

一1一 ヘボン施療

1

一12︿横浜新報 もしほ草注︵2︶︑慶応四年六月十日号﹀

ヘボンの仁慈       へほん よこはまに在留せるアメリカの平文といふ人はせかひになだかき名医なりこのひとよの貧病人をあ

ヘボン資料集

(18)

ヘボン資料集

はれみなにやまひにかぎらずれうちをほどこしにせられけるがなかにも眼病にばれうちをしてそのう

へにくすりまでもあたへられけりふかき仁慈といふべしフ.﹂のごろそこひにはりをしてめのたまのうちの

うみのやうなるしろきものをとりたるを見しがま事に上手なるものなり

 一i3

 ︿目口国7﹁国宅団O閑一︵日日三国ωQQ賭O︿●μ◎◎OQ◎﹀

 航行中の事故でヘボン博士が手当て注︵3>

 罠︒勺90厳︒﹈≦巴一qり辞︒二百ω請すOo§冨5唄︑ωの8鋤§﹇①﹃§§亀ミげ㊤の﹃①ε﹃口Φ島時︒目げ①﹃嘗甘仁b巴︒昌伽q§①園ロω匹6凸5

0sω戸胃︒ω需︒江昌ひq8﹃8巴び暮鼠臣書9︒梓ω⊆8Φωωず9ω口︒梓団①叶びΦo昌凸≦﹂αqΦ良・臣︒什ユづ≦毬8陛︒駐●壽①昌︒自

09ω貫巴霞①ωしd昌﹁ωゴ︒﹈Bo一呑爵9ρ日oqoけω鋤α900冠〇三●O昌①oh浮①げ︒出㊦同字鋤8ω㈲薯︒毛身鴇娼⑦日日一三昌αqき︒ωo鋤b①oh

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簿ωω尻富昌︒Φ・﹁霞①び︒自①﹃零9ω臣Φ昌=ロ伽①﹃90おωωロ﹃o亀山く①bo信昌αωo︷ω什︒一日︒昌言導巴昌甘︒⊆下げωげ︒げ㊤Obお乱︒信ωξ

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一2一 一一4︿横浜沿革誌明治二年の項﹀

(19)

 米国ドクトルヘボン氏の施療

 此年横浜居留地三拾九番館二於テ米国ドクトルヘボン氏毎月土日両曜日ヲ以テ内外科眼科患者ヲ施療ス

診察ノ日門前市ヲ爲ス殊二眼病患者多ク中ニハ頗ル難症アルモ全治セサルハナシ故二人毒虫ヲ眼医士ト云

患者二接スル頗ル丁寧ニシテ且懇切周到ナル慈母ノ小児二於ケルカ如シ故二人々其厚意二感涙ヲ流セリ十

数年間中氏ノ治療ヲ受ケタルモノ幾万人ナルヲ知ラス実二得易カラサル慈善家ト謂フヘシ

一一5︿横浜毎日新聞 明治四年六月十日﹀

ヘボン先生の代診の広告

    布 告

ヘボン先生留守中病人相預り候間明日より私宅にて療治可野里︒

   本町二丁目 フランス館前

      波多 潜哉

一3一 ヘボン施療

一16︿同 明治四年八月十七日﹀

   ママ 岸田銀香の目薬﹁精鋳水﹂の広告

1

ヘボン資料集

(20)

ヘボン資料集 1.ヘボン施療

 御めぐすり

 この目薬はアメリカの名医ヘボン先生より伝法の良剤にて︑

はのうがきにくわし︒

   大 瓶 代金三三

   小ビン 同四百五十文

   売三所 蒸気船屋

       岸田 銀次 世にありふれたる売薬の類にあらす︒功能

一一7︿同 明治七年一月二十日﹀

ヘボンの療治館施療の広告

一4一

     広 告

三国平文先生

  一月廿一日水曜日 療治館

右者来る水曜日より開業︑毎月ドンタク日より四日目毎に水曜日土曜日朝九時より治療如従前相具し候

間︑各御勝手次第御出可被成候︒

    谷戸三角 三十九番

(21)

ヘボン施療 1

 一18

 ︿同 明治七年六月十一日﹀

 脱疽の田之助︑ヘボンがまた手術注︵4︶       クサレ○俳優沢村田之助︑世に知る所の奇病︑前に両脚を断ちて後腐敗左手に係り之を切断せしも未止る事なく       オヤクスリ漸々右手に及ひしかは︑去月下旬東京に於て母食の馬指を断つと錐︑余の三指予て腐期するより︑本月三

日出港して弁天通五丁目湊ばし方に旅泊し︑翌日海岸三十九番館彼のヘボン氏に検察を乞ひ断切のことを

依頼するに︑先生近来他事多く曾て医業に関係せさりしも︑田之助か病母に塗る其初発より大ひに尽力せ    イナミ       スチ       ホりしを以て固通なく頓に之を諾し落慶に残寒の診絡を監堅し皮肉を裂き筋骨を墾脱し︑半途に病毒の腐燗をオサヘ     キズ       シビレ圧製せしめんと早撮を薬水に濯ぎて方法能く其所を得たりと︒田之助断切の際麻薬一滴をも服せず︑ブラ      フルエンデー酒蔵盃を飲て後悠然とヘボン氏の肉刀を瞬く︒時に門人沢村罐次郎なる者傍辺に撃て戦栗之を看

ピクリ       タヲレ       ホ ウ驚愕の余り最愛に転倒気絶せりと︒此錘次や田之助遅発以来八年の介抱︑世人其厚信篤実を賛賞し殊に従      ハケシキ来手足断切の度々出会せし者と錐も︑今回の如き劇烈なる治療を見さりしと︒故に気絶せしも宜なり︒旺

    コント   フルマヒ田之助か這回の挙動強気猛禽︑かの雲長の議事に接し母大錨の当道仙に対するより遙に優れりとすへし︒       ヘ ボン彼其技芸及ひ病症胆力も又非凡なるに︑之を療する医のみ其氏を平凡と呼へとも彼も又尋常の度及はさる

所といはんか︒

一19︿同 明治七年七月三日﹀

一5一

ヘボン資料集

(22)

ヘボン資料集 1.ヘボン施療

 ヘボンが無料診療始める       モト○医の業たる既に仁術に属せり︒而して更に之を施介し其価を索めざるに至ては仁たる巨大なりと謂べし︒

抑米国医官ヘボン氏は学博く識高く︑人となり篤実温厚なり︒氏の横浜に在留するや己に多年にして︑其       コノタヒ論客を救治するや許多なり︒這回水曜︑土曜両日︑午前第八時より同第十時まて︑本港谷戸橋三十九番敬

神館に於℃下人の需に応し無価を以て診察を施せり︒実に国を愛し民を慈するの挙といふべし︒世の病者

千里を遠しとせす来り就くも必ず益する所有へし︒

 一一10

 ︿東京日々新聞 明治六年十一月六日﹀

 平文氏横浜にありて      ヘボン アメリカ 美国の大医平文氏横浜にありて療治を施す事久し死者を起し枯骨に肉する事挙て数ふべからず而して尤

眼科に妙なり岸田氏其門に在りて英和の字書を編修するの暇時々薬室に入る依て其眼薬を製するの一方を      アラ学び得たり近来是を発売するに亦大に有功を顕ハせり是に付て一奇話あり去年三月の頃職人体の者岸田氏       カブに至りてめぐすり一瓶を買て去る後二日たちて又来りて一瓶を求めんとす岸田首鼠前日の薬水まだのこり

有ルべし且足下の眼病すでに全快せり左様に多く付ケるに及ばずと云に其人日ク是ハ私の目に付ルに非ず      ソレ外国人に頼まれたるなりと云故轍ハいかなる訳ぞと問に其人日登臨飾屋職人なり或ル外国人に雇ハれ日々

落月に行て仕事をせしがふと眼病にて大に苦しきけれども強て是をなせしが彼の外国人申におまへの目甚

わるし十四五日も休ねバなをるまじ早クうちへ返るべしとす・むるに付キ止ム事を不得算出を出たれど数

一6一

(23)

日仕事を休めバ妻子米銭にさしつかへんと大に心配して帰りがけ大田町にて友人の申に本町の岸田氏によ

き目薬ありと承りて求め返りて付たりしに翌朝に至りて大に快方なり其日幾たび\・つけたるに昨朝ハ目       オエブぶちの腫も引キ眼中の塾すぢも薄なをり今朝ハもはや仕事に差支なしとかの館に延し処外国人大に驚きい

りましておまへの目ハよくなりしそと申に付キ右の次第を咄したれバ其薬ハいつくにあるぞ早ク求め来れ

よと頼まれしに付キ只今買に来れりと云岸田氏則又これに精錆水一瓶をあたへたり其外国人ハ此薬を英国      ヨキクスリの医士に示し又ある船中の眼病人にあたへてためし見るに極めて良剤なりけれバ遂に西洋新聞紙に記載せ       ヨキしに依りて外国人此薬を買来る者甚多し殊に奇なるハアメリカより遥に人に托して買養し者ありといふ      アニ        ベケ      ツネ 眼ハ五官中其用最大也若シータビ直明ヲ失ヘバ随テ人生楽事ノ十分置九ヲ失フ堂愛護セザル可ン哉毎二

見ル世ノ眼ヲ病ム者其始メ細事ト爲シア意トセズ遂二大患二千テ狼狽シテ医薬ヲ求ム而シテ其露天クハ不

精ノ旧方却テ害アル物アリ是平生無事ノ日盛ヲ震二用ルコト彼ノ外国人ノ如クナラザルニ因ル也追録シテ

以テ天下二忠告ス

一7一 ヘボン施療

1

 一111

 ︿同 明治六年十二月二日﹀

 名医再び来日

 アメリカの名医ヘボン氏昨年帰国せしが︑去る計日横浜へ帰港せし由︒この人は実に賢人または君子と

も云うべき徳ある人なり︒その行状の正しき︑心術の明かなる事︑とても我輩の及ぶべきにあらず︑けだ

し漢土宋代の先生方も︑そのおこないは多分この位のものなるべし︒日本へ来りし後︑諸人の病気を療治

ヘボン資料集

(24)

ヘボン資料集

      ママして死者を救い廃人を為したる事業千人なるをしらず︒しかして謝儀を受ける事なし︒

語林集成は︑我が邦初学生徒︑多くの益を蒙れりと云々︒ その著したる和英

 一112

 ︿同 明治七年二月十四日﹀

 横浜で貧民の治療

 アメリカの名医平如先生は︑先だってその本国よりふたたび横浜に来りて︑近日貧病人のために施療を

始むと云えり︑この人日本に来りて既に十三四年︑その間時々外国に遊べる事もありて︑前後貧病人を診

察し︑薬を施す事幾千人なるを知らず︑その徳高き︑その志の大なる凡人の企て及ぶべきにあらず︑かつ

て著す所の和英混林集成と云える字書は︑既に再三の版に及び︑彼我初学のために便なるあげてかぞうべ

からず︒

一8一

 一一13

 ︿同 明治七年十二月七日﹀

精鋳水の広告

  報告︵広告︶

 この戒めぐすりは︑米国の名医平声先生より伝授せられたる我が一家の妙齢にして︑世間にありふれた

る売薬の類にあらず︑喰余年前より︑横浜に於て売り弘め︑その功能の奇験あることは︑久しく世に聞え

(25)

      ロ シ  アて︑既に支那国上海よりも︑年々注文多く︑また前年アメリカ州ならびにサガレン在留の魯西亜人よりも︑

その効験を聞き伝えて来り求めし程の霊薬なれば︑江湖おおくの眼病人を救わんがために︑このたび盛大

に売り弘めんと︑近日の内にこの東京新聞日報社の近傍に開店いたすべく候間︑もし取次小売なされたき        マエ御方には︑御来議くだされべく候なり︒功能並びに用方は追って再認仕るべく候︒

       日報社にて 岸田吟香

ヘボン施療 1

 一114

 ︿同 明治八年十月二十三日﹀

 精鋳水の宣伝

 吟香︒拝御免下さい︑私は編輯長を止めましたから︑久しく御無沙汰をいたしました︒近ごろは印刷の

手すきに︑もっぱら目ぐすり精錆水の売り弘めを致しております︒春ごろ横浜から尾張町二丁目へ引越し       マヱましたが︑このたびまた銀座二丁目一番地日報社の隣へ︑新たに煉化石屋を建築いたして︑近々に引移り︑

精豊水は勿論︑そのほか養生食品ならびに︑方今諸大医の調合せられたる諸病の妙薬類を取り次ぎ︑売り

弘める積りでござります︒それに付きましてこの間うち︑精走水功験書と云う小冊を作りましたが︑これ

は諸国の取次売富裕へ配りますので︑慶応二年に始めてこのめぐすりを売り出してより以来︑いろいろの

功のありし事または︑支那および外国までも評判の聞えたる良薬なることを記したのでござりまして︑す

なわち引札でござりますから︑それを新聞に載せましてははなはだ相済みませぬと存じますゆえ︑決して

左様な儀は致しませんが︑その功験書の末に︑紙数前張ほどの処は︑目の功用と眼病の原因︑ならびに目

一9一

ヘボン資料集

(26)

ヘボン資料集 1.ヘボン施療

の養生を記したのでござりまして︑決して︑引札ではござりませぬから︑少々ずつ余白に載せまする間︑

この段あしからず思召し下さるべく︑もっとも種が引札のために書いたのでござりますから︑少々は能書

めいた処もござりましょうが︑実に精寒水は良い目ぐすりでござりますから︑それだけは御勘弁くだされ︑

かつ精査水御入用の御方は︑ちょっと郵便にて御申し越し下さりますれば︑取次売弘め方の規則書を差し

添えて︑御送り届け申し上ます︒

注︵1︶︵一11︶早矢仕有的︵一八三七〜一九〇一︶丸善の創業者︒大垣︑名古屋で医学を学び安政元年故郷の美濃で

 開業した︒翌年江戸に出て開業するが︑福沢諭吉に師事して蘭学・英学を学ぶうち︑貿易振興を痛感する︒明治二年に

 は横浜で︑翌年は東京で書店丸屋を創業し︑洋書輸入や翻訳書出版などを営んだ︒のち同店がヘボンの﹃和英語林集成﹄

 の版権を譲りうけて︑第三版以降を刊行したのも︑ヘボンの治療をうけた縁によっている︒

  早矢仕は横浜市大病院の前身の十全病院と関係したり︑福沢の治療ではヘボンがシモンズを紹介したりというように

 つながりが深い︒

一10一

注︵2︶︵一一2︶ ﹃横浜新報もしほ草﹄ 岸田吟香がヴァン・リードと創刊した新聞︒これより前には吟香はジョセブ

 彦︵浜田彦蔵︶︑本間潜蔵の三人で﹁海外新聞﹂を二十四号まで発行しているが︑ヘボン夫妻と上海へ出かけるために発

 行を中止した︒上海から帰国すると︑吟香は﹁横浜新報 もしほ草﹂を定期的に発行した︒居留地が治外法権をもつこ

 とを楯にリードの住居を発行所にしながら︑実際上の発行人は吟香だった︒木版刷り和紙四つ折︵四六判型︶︑定価一匁︒

  主に国内ニュースを庶民向けに︑平明簡易な文章で伝えた︒公平中立なはずの新聞が︑どちらかというと佐幕寄りの

(27)

記事内容になった︒

 同紙の記事﹁ヘボンの仁慈﹂ほかで︑施療や和英語林集成についてヘボンと関連する事項を取り上げている︒ヘボン

の目薬の処方を抜け目なくおぼえて︑吟香の店︑楽善堂発売の﹁恒心水﹂と名付けて広めるなどした︒

 その後︑吟香は﹁東京日々新聞﹂に入って平易で達意の文章で同紙の紙価を高めたが︑﹁ヘボンの施療﹂︵一一10〜14︶

までの項は︑吟香の手になるものと思われる︒

1.ヘボン施療

注︵3︶︵一一3︶ ヘボン夫妻は一八六八年目明治元年︶八〜九月にかけて︑樺太エゾ方面へ航海する旅に出たが︑こ

 のときに遭遇した事故についての記事︒横浜では一八六八年九月二十日︵日︶に掲載となったが︑さらにニューヨー

 ク・タイムズに再掲載となった︒

    ロシア沿岸を北上しながら︑石炭試掘を行っていたパシフィック・メール・スティームシップ社の蒸気船ハー

   マン号が戻ってきたが︑その成果はまだ明らかにされていない︒探査の旅は長く単調であった︒デ・カストリ湾の

   沖で︑悲しむべき事故が起きた︒ボイラーの鉄板の一枚が破れて蒸気が吹き出し︑五人の中国人乗組員がほぼ即死︑

   第一副機関士と第三副機関士が負傷︑のちに死亡した︒幸い︑横浜に居留しているヘボン医師兼牧師が船に乗り合

   わせており︑できる限りの手当てを行った︒ボイラーが壊れたため︑それまで七ポンドあった蒸気力は︑五ポンド

   に落ちてしまった︒ハーマン号は老朽化した蒸気船で︑イギリス艦としてクリミア戦争に使われたものである︒

注︵4︶︵一一8︶﹁脱疽の田之助︑ヘボンがまた手術﹂ 新聞記事中の漢字のルビについて︒ルビは漢字の右に付すのが

 今日では普通のことだが︑この記事では左側にカタカナでついている︒本資料集ではカタカナはそのままとし︑位置は

一11一

ヘボン資料集

(28)

ヘボン資料集 1.ヘボン施療

右へと移してある︒

 なお︑漢字を読むためのルビではなく︑その意味

を説明するルビになっている︒庶民向けにやさしく

といヶ意図のルビ︒これは教育の過渡期における意

味上の使用として興味ぶかいルビ使用の例ではない

か︒のちに掲載する﹁眞理易知﹂のルビも︑同じよ

うな例であろう︒

…楽

東海道五十三次之内神奈川之景(五雲亭貞秀画)

横浜市歴史博物館所蔵

万延元年(1860)

一12一

(29)

1.ヘボン施療

ヘボン資料集

宣教師ジェイムズ・バラ 日本キリスト教文化協会所蔵

神奈川開港直後に来日した宣教師(左から フルペッキ、s.R.ブラウン、シモンズ)

バラ夫人マーガレット(バラ夫妻はヘボンやブラウンの家族 と成仏寺でくらした) 日本キリスト教文化協会所蔵

一13一

(30)
(31)

二.ローマ字に関して

2.ローマ字に関して

 ニー1

 ︿六合雑誌 第七十号︑明治十九年十月三十日﹀

 羅馬字に関する意見  米国博士 フルベツキ

 六合雑誌記者二白ス

 余ハニ十五年間常ニロマ字ヲ以テ日本語ヲ書キ綴り居タルモノ故足下が余北向ツテロマ字二関スル問題

ヲ発セラレタルモ亦其故アリト謂フベシ余悦ンデ貴問二塁ヘント欲スルナレドモ事務鞍掌暇少キヲ以テ之

ヲ十分二論述スルコト能ハス柳力貴問ノ項目二従ツテ所思ヲ陳述セン

 第一︑足下ノ問二日目如何ナル場合ニオイテロマ字ヲ用ウレハ必ラス益アルヲ得且ツ効ヲ奏スルヲ得ベ

キ乎又如何ナル場合二三テハ然ラサル乎ト

 ロマ字ヲ以テ日本二流行スル諸文体ヲ悉ク書キ綴ラント欲スルモ得ベカラス彼ノ目ヲ以テ一読セサレハ

理解シ難キ文体ノ如キハ油モロマ字ノ適スル君民非ス左レハ漢字漢語ノ多ク雑リタルモノヲ書キ綴ルニロ

マ字ヲ以テスル事ハ到底出来ヌコトナリ博学達識ノ人ハイザ知ラス凡庸ノ教育ヲ受ケタル人ニハ漢字ヲ見

ズ唯其ノ音ヲ聞キ若クハロマ箕田由リテ斯ル文体ヲ解スル事訳メテ難シ故上書言及ヒ新聞紙雑誌ノ社説論

文ノ如キハ大抵ロマ字二改メ難キ者トス余近頃内地二漫遊シ路傍ノ茶店二品ヒタリシニ四五名ノ客アリ其

  イ   カシコゲ一人最ト男気二者ル東京新聞ヲ朗読シテ他ノモノドモニ聞カセ居タリ欧米ナドニテハ文章ヲ読ミ聞カセル

一15一

ヘボン資料集

(32)

ヘボン資料集

コト甚タ容易ナル窓蓋シ高尚ナル哲学ノ書ヨリ露営テ普通ナル新聞紙二至ルマテ耳ヲ以テ之ヲ聞ケバ理会

シ得ルモノナレハナリ理博深遠ナルトキハ柳サカ之二異ナル場合モアランが書キ綴りタルヲ目ニテ読︑︑︑タ

リトテ別段理会シ易シト云フ事ハ無シ英国独逸国ニチハ目ヲ以テ解シ得ル文章ハ亦耳ヲ以テ解シ得可キ也

然ルニ過日余力見タル一地方ノ茶店ニテ新聞ヲ朗読シタルモノ・場合二大イニ之ト異ナル所アリ其ノ事柄

ハ簡単ニシテ凡常ノ趣意ニテアリタレド聞クモノハ之ヲ解シ難クシテ時々之ヲ中止シテ言語字句ノ意義ヲ

質問シ果テハ自ラ其ノ新聞紙ヲ手高取リテ成程是デアリシカド云ヒテ漸ヤク理会スルノ状ナリキ若シ斯ル      ナ文章ヲロマ字ニテ書キ綴ラバ如何ン意味ヲ伝フル漢字ノ亡キモノカラ読者自モ難解ノ字句二行キ詰りテ聴

ク者二説明スルコト能ハス読者聴者トモ下瓦ノ文章ヲ解由ズシテ止マントス

 左レド耳ヲ以テ理会ス可キ日本文ハ容易甲山マ字ヲ以テ書キ綴り得可シ会話俗語体ノ文章和歌其他世間

普通ノ漢語ノミヲ用ル公衆ノ前記陳ヘテ聴者ノ三二会得セラレタル講談演説々並等ヒバ日本訳新約全書ノ

如キ平易ナル文章ハロマ三二改ムルモ容易ニシテ其ノ利益モ少カラザルベシ

 又所謂書籍文ハ一切ロマ字ニテ書キ綴ルコト難シト謂フベカラズ日本ノアデソンナル貝原力文訓ヲ見ル

ニ﹁讐へは石を割りて珠を採る人あり潰れ善く珠を知ればなり宝の山に入りても手を空しくして返る人あ

り逼れ珠を知らざれバなり書を見る人穴あると益なきと亦是の如し﹂ト云フ文章アリ之ヲロマ濁乱テ書ク

モ意義明亮二三ス漢字ヲ添ヘタレバトテ少シモ明亮ヲ加フル事能ハザルナリ

 第二︑足下ノ問二日ク近頃日本二二リタルロマ書論ハ其方向宜シキニ適ヘリや気品二成就スベキモノナ

ルヤト 余ハ此ノ問二対シ然リト答ヘント欲ス然レドモ其ノ用ヲ耳ヲ以テ解シ得ル文章二限ルコト必要ナリトス

一16一

(33)

2.ローマ字に関して

是レ余力上文二論述シタル所ナリ現存ノ日本ノ文書類ヲ一切ロマ只言テ書キ綴りテ広ク理会セシメント考

フルハ架空ノ臆度愚ノ極ト謂ハザルヲ得ズ是レ実二能ハサルコトラ望ムモノニ非スや強ヒテ六ケ敷漢字雑       ツマリリノ文章ニロマ字ヲ適用セント謀ル三盆キハ頗ル善物ヲ妄用スル事ニテ到底ロマ字流行ノ進歩ヲ妨クルニ

至ルや必セリ余乙部マ字会誌ヒ仮名ノ会ノ讃嘆スベキ尽力二由リテ日本ノ書籍文ト言語文トカ幾分ニチモ

一致スルニ至ランコトヲ渇望スルモノナリ日本ニ四目ヲ以テ読ムベキ文体盛ンナルカタメ家族ト一般社会

ハ西国人ノ享受スル幸福及ヒ教訓ヲ楽ムコト堅塁ザル姿ナリ欧米諸国二於テ聖家族其外力集会ノ席上ニテ      アミモノ一人力面自キ書ヲ取りテ之ヲ衆人二読響建増妻子ハ裁縫編物ヲ務メ図画ナドヲ作りナガラ耳ヲ以テ其ノ読      タメシ      ユウベム所ヲ聴キテ之ヲ理会スル自ラ其書ヲ一読シタルニ異ナラズ余力幼少壮年ノ頃ニハ斯ル例多ク殊二冬ノタ

ニハ最モ多カリシヲ記憶セリ若日本ノ文体ヲ改良一変シテ耳二由リテ理会セシムルニ至ラバ公衆全体ノ利

益ノミナラズ新聞記者著述家ナドノ利益モ少小二非ルベシロマ字ハ斯ル文体二適用スベキモノナリ此ノ最

モ願ハシキ目的ヲ成就セント欲セハ日本ノ記者著述家力務メテ平易ナル文章ヲ用ヒ品格好キ学問アル社会

普通ノ会話文ト一致ナサシメンコトニ注意スルニ在リ是レ実二単純ナル方案二非スヤ誰レカ之ヲ困難ナリ

ト謂フ乎

9第三︑足下ノ問二日ク現ニロマ字会ノ採用セル綴字法ハ如何ト 大体ヨリ言フトキハロマ字会ノ綴字法ハ尋常文書ニハ適シタルモノアラントモ思ハルレド余ハ悉ク其ノ

方法二同意スルコト能ハザルナリ第一余ハ彼ノ綴字法力かトくハかいトくハいかんトくハん︵くえん︶等

ノ如キ重要ナル区別ヲ塗抹シタルニ不同意ヲ表セザルベカラス初メテロマ字雑誌ヲ読︑︑・シトキないがい

︵内外︶だいかい︵大会︶かじ︵火事︶かいかい︵開会︶ナドニ至リテ余ハ思ハス声ヲ放ツテ其ノ妄ナルヲ

一17一

ヘボン資料集

(34)

ヘボン資料集

替メ其ノ拙ナキヲ嘆シタリキ又づトずトじトヂノ区別ノ如キ其他綴字法二於テ改良ヲ望ムベキ所少カラス

第二余ハ今ノロマ字ヲ以テ細密ナル区別ヲ必要トスル語学ノ著書ヲ作ルヲ不可トス若シ日本ノ文典ヲ学ヒ

十分二日本ノ語法ヲ知ラント欲セハ従来ノ仮字ヲ学ブコト肝要ナリロマ字会今日ノ綴字法ハ之カタメニハ

甚タ不適当ナルノミナラズ毫モ価値ナキモノナリ左レハ近頃或ル人力日本文典ヲ出版シテ之ヲ広告シタル

文中ニロマ字会ヨリ公布サレタル簡単ナル記音法ヲ採用スト得意貌二明言サレタルカ如キハ失策此上無キ

モノト謂ハザルヲ得ス然ラバロマ字ハ一切文典ナドノ著述ニハ不適当ナルヤト言フニ決シテ然ラスアスト

ン氏ノ優美ナル日本文典ノ如キ以テ其証拠ト倣スベキナリ左セドモ今ノロマ字会綴字法ハ然ラズアストン

氏ノ用ヒタルカ如キモノニ少シク改良ヲ加ヘナハ極メテ適当ナリト謂フベシアストン氏ノ万法二拠レバロ

マ字ト仮字ト大差ナク容易二相転換スルヲ得可キナリ凡テ何等ノ方法ヲ問ハス此ノ点二於テ不満足ヲ与フ

ルモノハ凡ヘテ精細ナル語学ノ著書二用ヒテ有害無効ナリト断定セザルベカラス故ニロマ字会ノ急務ハ他

二完全ナル綴字法ヲ案出シ学者ヲシテ其語ノ由来ヲ尋ヌルニ便利ナラシメ其ノ仮字ヲ明知セシムルニ在ル

ナリ大学教授チヤムブレーン氏ヲシテ斯ノ如キ良法ヲ用ヒシメタランニハ其ノ近頃ノ著書ナル日本文典及

ヒ読本ハ大イニ価値ヲ増セシナランヲ其ノ注意此二出デザリシバ惜ムベキ事ナリ

 第四︑足下ノ問二日クロマ字運動ノ前途如何ン

 余力上来論シタル所ハ以テ此ノ問題ノ答案ト見倣ス可キ乎然レドモ余ハ之レニ加フルニ左ノ一言ヲ以テ

セント欲スロマ字ハ其ノ正当ナル区域︵上文二論述セル如キ︶二在リテ外国ノ宣教師学者ノ採用スル所ト

ナリ且ツ日本ノ学者中ニモ追々之ヲ賛成スルモノモ多カランガ急遽二普通ノ文書体ヲ全廃シテ単ニロマ字      コノミニ改メンコトヲ望マル・人々ハ余リ熱心二過ギタリト評セザルヲ得ズ此ハ数世ヲ歴ザレハ成就シ難キ

一18一

(35)

2.ローマ字に関して

       モトコトナラン良シ斯ル一大変化ノ起ルニ至リテモ学者ハ多少原ノ日本文書体ヲ曉得スルノ必要ヲ見出スコト

ナルベシ 第五︑足下ノ問二日ク吾力邦ノロマ字運動ノ企図スルカ如キ大イナル変革ノ成功セシ実例ヲ他ノ邦土二

三スルヲ得ンや否ト

 西洋﹁アルハベダ﹂法ノ優レタル単襲ヒ非常重力アル事ハ宣教師及ビ博言学士力屡々許多ノ舌音方言ヲ

ロマ字ニテ書キ綴りタル実例二王リテ明ラカナリ然レドモ日本ノ事ハ之ト異ナル所アリ何トナレハ日本ロ

マ字ノ運動槍玉分力標記法ヲ主トセル文字ノ己二行ハル・ヲ廃シ之二代フルニ記音的ノ﹁アルハベタ﹂ヲ       ニンパウ以テセントスルニ在ルナリ余ノ記臆スル所ニチハ斯ノ如キ企テヲ為シタル実例曲馬支那ノ寧波ノ十音ノミ

彼ノ地ニハ聖書︑讃美歌︑問答︑雑書︑読本等ヲロマ字ニテ書キ綴り之ヲ広ク民間二行ハセテ漢文ノ教育

ヲ受ケザル支那人二非常ノ便利ヲ与へ大イニ之力知識ヲ開達セリ申スマデモ無ク此ノ寧波ノ方言ハ支那各

部ノ土音ト一般二通俗∠言語ニシテ声ヲ以テ容易二理会シ得ルモノナリ

 余幽境ヲ得バ日本見極マ字ヲ適用スル事言付キテ許多ノ事ヲ言ヒ得ルナリ例レ之パロマ字ヲ以テ標記法文

字二歩ブレハ大イニ優リタル事ヲ論シ稻高尚ナル漢字雑リノ文体田無マ字ヲ用ヒテ難解ノ憂ナカラシムル

簡単ナル方法ヲ説ク等其他論述スベキ所席上ラザルベシ左レド此ラバ後ノ好機ヲ侍タザルベカラス余ハ上

文二記載セルロマ字二関スルノ意見或ヒバ六合雑誌ノ尊敬スベキ読者諸君ノ厭倦ヲ来サス且ツ無益二士ラ

ンコトヲ翼望シテ此二筆ヲ止ムルナリ

      足下ノ三友 ジイ︑エフ︑フルベツキ

一19一

ヘボン資料集

(36)

ヘボン資料集

 二一2

 ︿読売新聞︑明治四十四年十月十四日﹀

 よみうり抄

◎宗教文芸講演会 横浜指路教会所属の青年会主催にて今十四日午後七時より開会し馬場孤蝶氏の﹁現代

 文学の精神﹂文学士石原謙氏の﹁詩人シルレルと其人生観﹂の二講演ある筈◎已下倶楽部例会 来る十

     いんしょうてい 六日上野韻松亭に観て開催正木直彦氏の天正年間に躍る﹁大友家使節の話﹂ある筈尚南洋の珍器古書画

 古器物を陳列すと

◎文藝協会 十一月公演には﹁人形の家﹂﹁寒山拾得﹂﹁お七吉三﹂上演の事は既報の如くなるが聞く所に    おほぎり 依れば大切として沙翁の﹁マアチヤント︑オブ︑ヴェニス﹂法廷の場を加へる事となりたりと

◎﹁ローマ字﹂にはヘボン博士を悼む︵井深梶之助︶ヘボン先生の思出︵山本玉子︶支那言葉の説き明し

 ︵平井金三︶観潮楼︵四川文一︶等掲載の筈なり

◎國民雑誌十五日号は山路愛山氏の﹁金権最近二十年史﹂を掲載其他﹁学風一新論﹂﹁井伊直弼論﹂及び

 竹越三叉の﹁生活問題と経済組織﹂饗庭篁村氏の﹁文壇害虫駆除﹂等出づべしと

二一3︿閑︒目曽旨︵ローマ字︶明治四十四年十月二十日>

Z9閑=5①﹁9﹁O富=oσO==9閑=o=注︵5︶

一20一

(37)

2.ローマ字に関して

  出①び8守ざω霞三三ざ麸量﹃︒雷・お目窪ぎ巴貴命署3ξo涛日並︒.琶ρ貫9︒ざ昌︒g巨ρω偉ざ昌夢輿き⊆

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一21一

ヘボン資料集

(38)

ヘボン資料集

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ヘボン資料集

参照

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