勝俣誠著『新・現代アフリカ入門―人々が変える大 陸』岩波書店,2013年4月,270頁
著者 芳賀 貴子
雑誌名 明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review
International & regional studies
巻 45
ページ 145‑147
発行年 2014‑03‑31
その他のタイトル Makoto Katsumata, A New Introduction to
Contemporary Africa: People's Africa on Move, Iwanami Shoten, 2013, 270pp.
URL http://hdl.handle.net/10723/1928
明治学院大学『国際学研究』第45号, 145-147, 2014年3月
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【書 評】
勝俣 誠著『新・現代アフリカ入門 ―人々が変える大陸 』
岩波書店,2013 年 4 月,270 頁
芳 賀 貴 子
本書が出版された2013年は,横浜で第5回TICAD
(アフリカ開発会議)が開催され,アフリカの ニュースが広くメディアに取り上げられた。その 多くが資源やBOP(Bottom of Pyramid or Poor)や 新中間層をキーワードとし,「これまで貧困と紛争 のイメージが専らであったアフリカが,いまや目 覚ましい経済成長を遂げつつある」という論調で あった。実際2000年代のアフリカは,主に資源輸 出によって目覚ましい経済成長を遂げ,産学,政 治の舞台でも新たな市場として注目される機会が 増えてきた。
そのような時流とあえて一線を画し,現代のア フリカを市場としてではなく,自ら富を生み分配 する仕組みを作らんとする大陸,として捉えてい るのが本書の最大の特徴だ。本書とほぼ時期を同 じく一般向けの新書として出版された平野克己の
『経済大陸アフリカ 資源,食糧問題から開発政 策まで』と比較することで,本書の特徴はより顕 著になる。
アフリカが援助の対象地域であった時代は終 わったと断ったうえで,平野は新しいアフリカを,
世界経済に必要とされ各国企業戦略の前線になっ たと読み解いた。そしてグローバリゼーションの 影響の大きさを物語るため,アフリカを「アフリ カ自体から説きおこすことをせず,アフリカの外 から視線をそそいでアフリカの輪郭をえがこう」
と試みた。これに対し本書は「自分が歩いて,見 て,会って,考えたことを中心に構成」(まえがき,
ⅴページ)されている。そして,援助の対象地域 としてのアフリカのみならず,資源輸出国や新市 場としてのアフリカをも否定し,公正な世界秩序
を求める人々によって内発的な変革を遂げようと している姿こそが現代のアフリカであると結論す る。
また,著者はアフリカを単に「アフリカ大陸」
の地域研究に留めず,今なお存在する不平等な南 北関係の「南」の代表として描く。これにより,
アフリカの近現代史を紐解くことで,「南」の国や 人々が国際関係の中で著しい不平等に苦しめられ る構図も明らかになるのである。
本文は全8章からなる。
第1章 所変われば品変わる 第2章 民主化の20年 第3章 独立は誰のために
第4章 ポスト・アパルトヘイトの今 第5章 冷戦後の戦争と平和
第6章 飢えの構造
第7章 ワシントン・コンセンサスから「北 京コンセンサス」へ
終章 人々が変えるアフリカ。
第1章ではアフリカ大陸の多様性と,環境破壊 の負荷を受ける「南」としてのアフリカの実情が 述べられる。
第2章から第5章は現代アフリカ政治史である。
アフリカの政治については,専門家ですら地域の 事情を鑑みずいたずらに「民主化」を促進したり,
武力紛争を安易に部族対立と解釈したり,汚職や 横領の蔓延の要因を指導者の資質と断定したりし がちである。しかしこれらの章では,ジンバブエ,
ケニア,コンゴ民主共和国,南アフリカ,などの
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事例を示しながら,独裁政権の指導者が独立の ヒーローとして国民の支持を得ている側面や,腐 敗した政権が欧米の支援によって維持されてきた 現実などが,国ごとの歴史の文脈を踏まえて語ら れる。西側諸国の利権や,「北」の国々が管理する 国際社会の仕組みが,アフリカ現代史の負の側面 を助長してきた構図を,これらの章を通じて理解 することができる。
第6章以降は経済面に焦点を当てながら,これ から選択すべき中長期的経済のありようを模索す る。第6章は,今日も4人に1人が飢餓状態にあ り,アフリカにとって喫緊の課題である「飢え」
について割かれる。飢えの原因として天災や戦乱 によって食糧を「作れず」,購買力がなく市場から
「買えず」,援助物資にアクセスできず「もらえな い」の3点を挙げる。そして,「北」から強制され た市場の自由化が小規模農家に打撃を与えたこ と,農業生産性の向上は資金投入と技術移転に よってのみ可能とする「北」の論調は生産者が不 在であることを指摘する。これを踏まえ,外から の援助による強引な改革でなく,「食料主権」の考 えに依拠した農民参加型の内からの運動によって 飢餓を解決すべきと主張する。第7章は1980年代 からアフリカ経済を制約し続けた構造調整プログ ラムから,近年の中国進出までを扱う。債務削減 や援助と引換えに押し付けられるように実施され た構造調整に対し,同じ途上国としての中国の外 交や貿易はWin-Winのビジネス関係として歓迎さ れる向きもある。しかし本書は不透明な利益を生 みかねない中国-アフリカ間の密室交渉,中国製 品の輸入依存によるアフリカ工業化の阻害,国づ くりを中国に代行させるようなインフラ整備の丸 投げ,の3つの問題点を指摘し,これをコントロー ルするためのアフリカ政府の交渉力と決断力の重 要性を説く。
著者自身がアフリカの友人たちに読んでもらう べく翻訳したい,と思い入れる終章では,移ろい 易く独善的な「北」の開発援助レジームと,生活 改善に機能しない「南」の政府から脱却し,自ら の権利のために闘う市民-農民や知識人―が描か れる。
本書の読者となるであろう,アフリカを専門と しない多くの人にとって,アフリカの現状を知る 手段は主にメディアによる報道であり,表面的な 理解に留まりがちである。それゆえに,砂漠化対 策,民主化,食糧増産など耳触りのよいキーワー ドが,十分に検討されることなく肯定される。本 書は,民主化であれ経済政策であれ,それを単に タイトルや,数値指標によって安易に評価しがち な傾向に疑問を呈し,真の意味でアフリカの人々 の生活向上とそのための国づくりに結びつくもの であるか否かを繰り返し問いかける。
またアフリカをめぐっては,人々の生活改善の ためにと「BHN」「マイクロクレジット」「ガヴァ ナンス」など様々なキーワードが現れては消えて いった。目新しいキーワードが出現するたびに,
今こそアフリカの転換点であると声高に叫ばれて きた。アフリカを取り巻くそうした趨勢を,冷静 に見つめ続けてきた著者だからこそ,どんなキー ワードも魔法のようにアフリカを変えはしないこ とを知っている。著者は,民主化については「ど うしたら人々が安心して生活改善ができるかを考 えられる人々が育ち,その描く社会像に政治とい う形を与えていく息の長い営み」(58ページ)で あると捉え,食料不足に対しては「生産性の向上 を妨げる要因を一つ一つ取り除いていく地道な作 業」(163ページ)が必要であると説き,工業化を
「雇用を生み,次世代の産業の技術革新を支える 知的インフラストラクチャーを準備する」ものと 重視する。結局地道な「市民づくり」こそが地域 を変え,国際社会で交渉力を発揮する国家を作る,
とは40年間アフリカに関心を持ち続け,通い続 け,人々との対話に基づく研究を重ねた著者だか らこそ導きえた結論である。そこには著者のアフ リカに対する深い知識と洞察,そして愛情が感じ られる。
本書はアフリカや「南」の今を知るための入門 書である。本文で「アフリカを学ぶことで日本を 見直そう」と,わざわざ呼びかけている訳でもな い。しかし,指摘されるアフリカが抱える課題や
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「選挙とはいっても,国民が果たしてどんな社会 を選び取っていくのかといった争点が不明確で,
候補者の個人的資質ないしカリスマ性が投票行動 に大きく反映され,候補者に対する支持者の力の 入れようは,政治論戦というよりもスポーツチー ムの応援活動に近い(中略)」(31ページ)とは,
アフリカの民主化の未成熟を表すくだりだが,日 本の選挙が語られているように錯覚する。「資金難 で基礎研究さえもままならない高等教育の職業訓 練化」(237ページ)によって将来に向けての「重 要 な選 択 力 を ア フリ カ 人 自 身 が失 っ て し ま う 」
(238ページ)懸念なども今の日本と符合する。
そして「自分の権利に目覚め,世界を読む目を持 つようになり,そして責任を持って身近なところ から世界を変えようとする市民思考を身につけ る」(223ページ)ことこそが国の未来を拓く市民 づくりだとしたら,今の日本にどれだけ本当の意 味での市民がいるだろうか。「人は市民としては生 まれない。尊厳への戦いを通じて市民になるの だ。」(246ページ)という言葉に照らせば,日本 こそ「自らの未来を自分たちのアイディアで決め るという政治的主体としての市民像」(239ページ)
が希薄であることを認めざるを得ない。
従来「北」と「南」は先進国と開発途上国と呼 ばれ,先進国は知識も技術も豊さの面でも先を進 んでおり,途上国はこれに倣い続くのが当たり前 のように思われてきた。しかし,今や日本を含む
「北」は「自らが手がけた開発を止めることので きない,いわば過剰開発国」(18ページ)と評さ れ,市民の成熟度合いも,社会が抱える課題の程 度も,決して「南」に優位とは言い難い。本書を 読んでいると,自分が南北問題解決の一助となる はずの「北」の市民のひとりであることの責任も 再認識させられる。まるで本書を通じて現在のア フリカが,私たち読者に国として,個人としての ありようを問いかけているかのようだ。