多様なエスニックの視点からの高齢者の保健サービス利用に関連する要因 -中国帰国者,定住コリアンを対象として-
呉珠響
1.目的
日本の総人口は減少し,高齢化率は 27.3%と上昇している(内閣府,2017)。一方で,
外国人労働者数の増加(厚生労働省,2016)に伴い,在留外国人は約 250 万人に達し,そ のうち永住者・特別永住者は 100 万人以上となっている(法務省,2017)。このように,
日本は,在留外国人をはじめとする多様な出自や文化的習慣を有する人々が共生する社会 へと変化している。なお,出自や文化的習慣を共有する集団の一員となる特徴について は,「エスニック」という用語が使用されることが多いため,本研究でも「エスニック」
を使用する。多様なエスニックを有する人々のうち,中国帰国者や定住コリアンは,一般 の日本人(以下,日本人)と同様に高齢化が進んでいる。中国帰国者の平均年齢は 76 歳 であり,70 歳代が全体の 7 割,80 歳以上が 2 割を占めている。一方,定住コリアンは 65 歳以上が全体の 24.9%であり,65 歳以上のうち 70 歳代が 5 割,80 歳以上が 2 割である
(法務省,2016)。このような現状を背景として,多様なエスニックを有する高齢者に対 する看護職による取り組みの必要性も増大している。しかし,中国帰国者や定住コリアン の生活習慣病の発症や心身機能低下に関わる健康や生活の実態,保健サービス利用の実態 は明らかにされていない。そこで,本研究は,多様なエスニックの視点から,高齢者の保 健サービス利用の実態と,保健サービス利用と関連する要因を明らかにすることを目的と した。
2.研究方法
初めに,多様なエスニックを有する高齢者の実態を把握することを目的として,65 歳以 上の中国帰国者 50 名,定住コリアン 50 名の計 100 名を対象として,自記式質問紙による 集合調査を実施した。調査項目は,基本属性,社会経済的状況,身体的健康,精神的健 康,主観的健康観,社会関係,リテラシー,文化変容の 8 項目とした。なお,本研究は,
平成 28 年度首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認を得て実施した(承 認番号 16077,2017 年 3 月 8 日承認)。調査の結果,中国帰国者と定住コリアンは,生活 習慣病に罹患している人の割合が高く,重症化予防のために保健サービスの利用を促進す ることが必要であることが明らかとなった。
次に,65 歳以上の日本人 220 名,中国帰国者 200 名,定住コリアン 334 名の計 754 名を 対象に,自記式質問紙による集合調査を実施した。研究枠組みとして,ヘルスサービス利 用の行動モデル(Anderson & Davidson, 2007)を用い,保健行動に関連する個人の「素 因」,「利用促進要因」,「ニード要因」として,調査項目を設定した。素因として,性別,
年齢,エスニック,エスニックアイデンティティ等,利用促進要因として,社会経済的状 況,ヘルスリテラシー,社会関係,ニード要因として,メタボリックシンドロームに関わ
る現病歴を調査項目とした。1 次予防の保健サービスとして,行政主催の健康に関する講 演会・健康教室参加の有無,2 次予防の保健サービスとして,定期健康診査受診の有無,
乳がんまたは大腸がん検診受診の有無を設定した。群間比較は,χ2 検定,フィッシャー の正確確率検定,マンホイットニーの U 検定,保健サービスと各要因との関連では,ロジ スティック回帰分析を実施した。なお,有意水準は 5%とした。本研究は,平成 29 年度首 都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号 17034,
2017 年 7 月 25 日承認)。 3.結果
754 票配布し,回収数は 450 票(回収率 59.7%)であった。群間比較ではこれらの 450 人を分析対象とした。なお,保健サービス利用に関連する要因の分析では,保健サービス に関する 3 項目に回答がなく,全項目の回答率が 50%未満の 43 票を分析から除外し,407 票(有効回答率 90.4%)を分析対象とした。
分析対象者 450 人中,女性が 62.7%(282 人),75 歳以上が 55.1%(248 人)であっ た。日本人は 116 人,中国帰国者は 130 人,定住コリアンは 204 人であった。慢性疾患患 者向けヘルスリテラシー尺度(以下,FCCHL)得点の中央値(四分位範囲)は,日本人は 3.2 点(2.8, 3.6),中国帰国者は 1.8 点(1.0, 2.2),定住コリアンは 2.8 点(2.2, 3.3),日本語版 Lubben Social Network Scale 短縮版得点(以下,日本語版 LSNS-6)の 中央値(四分位範囲)は,日本人は 18.0 点(14.0, 21.0),中国帰国者は 15.0 点(12.0, 18.0),定住コリアンは 16.0 点(10.5, 20.0)であった。また,1 次予防としての行政主 催の健康に関する講演会・健康教室に参加していた人は,日本人は 55.2%(64/116 人), 中国帰国者は 15.4%(20/130 人),定住コリアンは 12.3%(25/204 人),2 次予防として の定期健康診査,乳がんまたは大腸がん検診を受診した人は,日本人は 90.5%(105/116 人),中国帰国者は 46.9%(61/130 人),定住コリアンは 75.0%(153/204 人)であっ た。
日本人と中国帰国者,定住コリアンそれぞれの 2 群間の比較では,中国帰国者,定住コ リアンいずれも日本人と比較し,同居者がいる人の割合,エスニックアイデンティティを 日本人と認識している人の割合,日本生まれの人の割合,日本語の読み・書きがそれぞれ 簡単である人の割合等が有意に低かった。また,日本人と比較し,中国帰国者または定住 コリアンは,主観的経済状況が苦しくない人の割合,年金を受給している人の割合等が有 意に低かった。日本人と比較し,中国帰国者,定住コリアンいずれも FCCHL 得点が低く,
日本語版 LSNS-6 得点も低かった。健康状態では,日本人と比較し,中国帰国者は,脂質 異常症と回答した人の割合が有意に高かった。保健サービス利用では,日本人と比較し,
中国帰国者,定住コリアンいずれも,1 次予防,2 次予防としての保健サービス利用者の 割合が有意に低かった。
1 次予防としての保健サービス利用と関連する要因では,素因のエスニックが日本人
(OR=5.54, 95%CI[2.58, 11.88]),利用促進要因の日本語版 LSNS-6 得点がより高いこと
(OR=1.09, 95%CI[1.04, 1.15])が関連していた。2 次予防としての保健サービス利用と
関連する要因では,エスニックが日本人(OR=11.47, 95%CI[2.52, 52.18]),日本語版 LSNS-6 の得点がより高いこと(OR=1.06, 95%CI[1.00, 1.11])が関連していた。
4.考察
本研究の結果,高齢者の保健サービス利用にはエスニックが日本人であること,また社 会的ネットワークをより幅広くもっていることが関連していることが明らかとなった。こ れらのことから,日本社会の中でエスニックマイノリティと考えられる中国帰国者及び定 住コリアンに対して,1 次予防,2 次予防としての保健サービス利用促進に向けた支援 や,支援のためのネットワークの拡大に向けた働きかけの必要性が示唆された。