【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議でパリ協定の採択を受けて、日本においても 2030年における温室効果ガスを26 %(2013年度比)削減する旨の中間目標が掲げられ、自 動車分野においても電動化によるCO2排出低減対策が積極的に進められている。
自動車の電動化には電気エネルギーを高効率かつ自在に変換する電力変換器が不可欠で ある。そこで、半導体電力変換器の小型・高効率化を目的としてパワーデバイスの高速ス イッチングを行うが、これにより電磁ノイズ放出量が増加する問題がある。半導体電力変 換器の電磁ノイズは、車載ラジオ等への雑音混入はもとより、様々な車載電子機器の動作 障害を引き起こし、自動車の安全性にも深刻な影響を及ぼしかねない状況となっている。
さらに近年活発に研究が行われている自動車の自動運転においては、自動車内部だけでは なく、自動車周辺の情報機器との間の通信が不可欠となるため、電力変換器と電子機器間 の電磁環境両立性(EMC:Electro Magnetic Compatibility)が強く求められ、関連ノイズ 規格の強化も予想されている。
自動車の電動化においては、限定された自動車内の空間に収納する制約に対応するため に半導体電力変換器の究極の小型・高効率化が求められる。近年実用化が進んでいる高速・
低損失特性に優れたSiC-MOSFETを用いた小型・高効率電力変換器の開発に期待が寄せら れている。しかし、SiC-MOSFETの高速スイッチングによる電磁ノイズ放射量の増加に対 応するために、従来以上にノイズフィルタの増強や、高価なシールドケーブルなどのノイ ズ低減対策の強化が必要となることが深刻な問題となっている。
以上の背景を踏まえ、本研究では自動車の電動化の中核を担うモータ駆動用インバータ、
車載充電器、およびDC-DCコンバータ等の車載電力変換器のノイズ低減手法として、半導 体電力変換器から発生する電磁ノイズ発生量そのものを低減する手法を開発することを目 的とする。これによりノイズフィルタやシールドケーブルなどのノイズ低減デバイスの使 用量を大幅に削減し,今後一層の電力変換器搭載量が増加する自動車の電動化に貢献する。
2 研究の方法と結果
本研究の方法と結果は下記のように要約される。
(1)半導体電力変換装置に起因する主として伝導性電磁ノイズの発生要因の従来の研究成果 を調査研究し、従来のノイズフィルタだけでは車載用電力変換器のノイズ低減には限界が あることを明らかにした。
(2) モータ駆動用変換器から放出される AM 帯域のコモンモードノイズ電流を効果的に抑 制するインピーダンスマッチ型アクティブコモンモードノイズキャンセラの構成法とその 効果について明らかにした。はじめに、従来の電圧型アクティブコモンモードノイズキャ ンセラの問題点を分析し、ノイズ抑制限界の原因がモータ負荷のインピーダンス特性にあ ることを指摘した。その解消手段として、モータのコモンモード経路の位相特性と同一特
性を持つインピーダンスマッチ回路をコモンモードトランスとグランド電位の間に配置す ることを特長とした新方式を開発した。新方式は従来方式では抑制効果が得られなかった 1MHz以上の周波数帯域のノイズ量を30 dB低減できることを理論解析と実験により実証 した。
(3) 車載充電器に使用される力率改善整流回路(PFC:Power Factor Correction)のコモ ンモードノイズ抑制手法を考案した。従来の低コモンモードノイズPFC回路では、整流部 に使用する複数のダイオード間のリカバリ電荷の差に起因して直流出力端子と対地間に電 位変動が発生し、コモンモードノイズ抑制性能が悪化することを明らかにした。その解決 手段として、リカバリ電流の差分を回収するバイパス回路を設ける方式を開発した。これ によって素子性能のばらつきが生じた場合でも、系統電源側に流出するコモンモード電流 を従来方式と比較して1/10以下に抑制できることを理論解析と実験により実証した。
(4) 高効率化が期待されるプッシュプル方式のDC-DCコンバータのコモンモードノイズ抑 制方式を考案した。プッシュプル方式のDC-DCコンバータでは、高耐圧かつ高速スイッチ ング特性に優れた SiC-MOSFET を用いることで、Si-IGBT を使用する場合に比べて大幅 な高効率化が期待できる。しかし、一次側スイッチの高速なオン・オフ動作に伴う転流動 作に起因して、二次側の整流用ダイオードに過大なサージ電圧とこれに起因するコモンモ ードノイズ電流が増加することが問題となる。その解決の手段として、一次側と二次側の 間に接続される絶縁変圧器の励磁電流を所定値に設定し、その電流を転流動作に利用して 整流ダイオードの転流を緩やかにすることにより、過大なサージ電圧とコモンモードノイ ズ電流を効果的に低減できる手法を開発した。本方式によって、整流用ダイオードの過電 圧を抑制するスナバ回路とこれに伴う損失(10~20W)を無くすことができるため、DC-DC コンバータの変換効率の向上と小型化にも寄与することを明らかにした。
(5)以上の研究成果について総括を行うとともに、今後の課題について考察を行った。また、
本研究成果を自動車用途以外の半導体電力変換器に応用するための研究課題についても整 理・分析を行い、今後も一層の電磁ノイズ規制の強化が予想される半導体電力変換器の低 ノイズ化研究の方向性について有益な示唆を与えている。
3 審査の結果
本論文は、自動車の車載用電力変換器から発生する電磁ノイズの効果的な抑制法につい て多くの有益な知見を与えている。自動車に使用される多様な半導体電力変換器から発生 する電磁ノイズの発生量そのものを低減することにより、ノイズフィルタやシールドケー ブル等の事後処理要素を極限まで低減することを可能にした点は、搭載空間が極めて限ら れ、製造コストの制約も厳しい自動車車載用電力変換器にとって、工学学術の発展に寄与
することはもちろん、産業応用の観点からもその価値は極めて高いものである。
また、本論文を構成する学術要素については、厳正な査読を経て権威ある学術雑誌に掲 載され、一般に公開されている。さらに、本成果に関係する論文は、国際会議の最優秀論 文賞および電気学会産業応用部門論文賞を受賞し、学術的価値は高く評価されている。
以上から、本論文は博士(工学)の学位を授与するに十分価値あるものと認められる。
4 最終試験の結果
本学の学位規定、および電気電子情報工学専攻の申し合わせに従って論文審査会を開催 して、専門分野に関する筆答および口頭の試問を行うとともに、論文内容について慎重に 審査を行った。また、本論文に関する公開の発表会を開催し、学内外から多数の出席者を 得て多角的な質疑・討論を行った。以上の結果を総合的に考慮し、慎重に審議した結果、
合格と判定した。