東京市鉄管詐欺事件にまつわるもう一つの詐欺事件 について (政治行政学科創立二十周年記念号)
著者名(日) 原 禎嗣
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 68
ページ 161‑187
発行年 2011‑11‑10
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000535/
論
東
説京 市 鉄 管 詐 欺 事 件 に ま つ わ る も う 一 つ の 詐 欺 事 件 に つ い て
原禎 嗣
目 次 一 序に かえ て 二 森の 逮捕 と裁 判 三 結び にか えて
一 序に かえ て 明治
二〇 年代
︑東 京市 は公 衆衛 生上 の要 請か ら近 代的 な水 道施 設の 建設 を急 いで
( )
いた
︒東 京市 は江 戸以 来の 木樋
に代 わる 鉄製 水道 管を 埋設 し︑ 水圧 をか けて 送水 する こと を企 図し たが
︑高 水圧 に耐 える 水道 用鉄 管の 調達 が問 題 であ った
︒そ して
︑国 産鉄 管製 造を 受注 した 日本 鋳鉄 会社 が︑ 技術 的に 行き 詰ま り︑ 一旦 不合 格と なっ た鉄 管を 合
格品 と偽 装し て納 品す ると いう 事件 が生 じた
︒﹃ 東京 市
( )
史稿
﹄お よび 当時 の新 聞報 道に 徴す るに
︑い わゆ る鉄 管詐 欺事 件の 概要 は以 下の 通り であ る︒ 日本 鋳鉄 会社 は東 京市 の水 道改 良事 業に 際し
︑当 時主 流で あっ た外 国製 鉄管 に代 る製 品鋳 出が 可能 であ ると 運動 し︑ 明治 二七 年六 月︑ 総計 一万 トン の鉄 管鋳 造を 受注 した
︒し かし
︑我 が国 の製 鉄業 は緒 に就 いた ばか りで あり
︑ 程な く︑ 十分 な強 度を もっ た鉄 管を 定ま った 期間 で鋳 出す るこ とは 困難 であ るこ とが 明ら かと なっ た︒ その ため 会 社は 市に 対し
︑自 社製 造分 を減 らし 不足 分は 外国 製鉄 管を 納入 する こと を願 い出 るな ど︑ 苦し い対 応を 迫ら れた
︒ 明治 二八 年︑ 東
( )
京市 では 鋳鉄 会社 から の契 約内 容変 更請 願の 扱い をめ ぐっ て参 事会 の意 見が 分れ
︑会 社と の間 で
!
請願 棄下 と再 請願 が幾 度か 繰り 返さ れた
︒そ うし た中
︑一
〇月 二七 日︑ 府知 事三 浦安 宛に
︑会 社が 不正 な手 段で 市 の検 査を 擦り 抜け てい ると の内 容の 密告 があ った
︒三 浦は 直ち に鉄 管の 検査 を行 わせ
︑密 告通 りの 不正 が確 認さ れ たた め︑ 一〇 月三
〇日 付で 鋳鉄 会社 社長 浜野 茂を 詐欺 取財 の容 疑で 告訴 した
︒告 訴状 によ ると
︑会 社は
︑東 京市 の 徽章 と製 造番 号を 入れ た鉄 管を 鋳出 し︑ 東京 市の 技師 によ る検 査を 受け
︑合 格品 は指 定の 場所 へ運 搬し
︑不 合格 品 はそ の場 で徽 章と 番号 を削 除す ると いう 手順 を義 務付 けら れて いた が︑ 不合 格品 に︑ 別に 鋳出 した 徽章 と合 格品 の 番号 をネ ジ止 めし て納 品し
︑合 格品 には 新た な番 号を 嵌め 込ん で再 度検 査を 通過 させ たと
( )
いう
︒
"
浜野 に続 き︑ 会社 関係 者や 東京 市吏 員が 続々 と身 柄を 拘束 され てい った
︒一 一月 八日 には 前社 長で 甲州 財閥 の代 表的 人物 の一 人で ある 雨宮 敬次 郎が 逮捕 され
︑そ の翌 日︑ 予審 判事
︑検 事が 家宅 捜索 を行
( )
った
︒
#
東京 市会 では 翌月
︑鋳 鉄会 社の 不正 に関 する 特別 委員 会の 調査 結果 が報 告さ れた
︒報 告の 時点 で市 の損 害は 八〇 万円 を超 え︑ また
︑鋳 鉄会 社が 設置 した 水圧 計に 不正 な改 造が 施さ れ正 常な 数値 を表 示し てい なか った こと など が
明ら かと なっ た︒ この 報告 を受 け市 会は 市長
︑参 事会 ら執 行機 関の 責任 を問 い︑ 市長 の不 信任 を可 決
( )
した
︒対 する
$
市長 は内 務大 臣に 請う て市 会を 解
( )
散し
︑東 京市 の内 紛は その 極に 達し た︒
%
詐欺 事件 の法 的処 理は
︑明 治二 九年 五月
︑予 審の 終結 に至 って 大き く進 行し た︒ 予審 に付 され た被 告人 は四 二人 を数 え︑ 浜野 以下 会社 幹部 一五 人が 詐欺 取財 の容 疑で
︑一 一人 が罪 証湮 滅の 疑い で︑ 市の 技師 ら七 人が 賄賂 収受 の 疑い でそ れぞ れ軽 罪公 判に 移さ れる こと と決 した が︑ 雨宮 敬次 郎ら 九名 は免 訴と な
( )
った
︒
&
詐欺 取財 の罪 に問 われ た一 五人 は︑ 三〇 年五 月一 八日
︑東 京地 方裁 判所 にお いて 全員 が有 罪の 判決 を受 け
( )
たが
︑
'
三一 年一 月一 三日
︑東 京控 訴院 は浜 野ら 七人 を無 罪と し︑ 残る 八人 には 一審 より 軽い 刑を 言い 渡
( )
した
︒八 人は 上告
10
した が︑ 三三 年︑ 上告 が棄 却さ れ有 罪が 確定
( )
した
︒
11
また 罪証 湮滅 に問 われ た一 一人 は︑ 三〇 年七 月︑ 一人 が無 罪︑ 一〇 人が 有罪 の判 決を 受
( )
けた
︒本 件被 告人 が上 訴
12
した か否 かは 史料 が得 られ ず判 然と しな い︒ 賄賂 収受 の被 告人 七人 は二 九年 六月
︑東 京地 方裁 判所 で二 人有 罪︑ 五 人無 罪の 判決 を受
( )
けた
︒同 年一 二月 には 控訴 審の 判決 があ り︑ 一審 で有 罪と なっ た二 人の うち 一人 が無 罪と さ
( )
れた
︒
13
14
その 後検 察は 上告 し︑ 三〇 年二 月︑ 大審 院は 一︑ 二審 の無 罪判 決を 破棄 し︑ 審理 を宮 城控 訴院 に差 し戻
( )
した
︒
15
この 事件 の渦 中に あっ て︑ 二九 年三 月︑ 元鋳 鉄会 社社 長雨 宮敬 次郎 を担 当し てい た検 事森
( )
順正 が︑ 雨宮 から 金員
16
を収 受し たと して 逮捕
︑起 訴さ れ︑ 詐欺 取財 容疑 で有 罪判 決を 受け たの であ る︒ 以下 本稿 では
︑こ のも う一 つの 詐 欺事 件に つい て︑ 知見 の及 ぶ限 りの 史料 をも とに その 経緯 を明 らか に
( )
する
︒
17
二 森の 逮捕 と裁 判
第一 審 森順 正検 事は 二九 年三 月二 七日
︑収 賄の 容疑 で身 柄を 拘束 され 鍛冶 橋監 獄署 に送 ら
( )
れた
︒そ の後 は予 審が 開始 さ
18
れた こと が報 じら れる が︑ 日時
︑内 容は 記載 が
( )
ない
︒な お読 売新 聞に よる と︑ 森は 監獄 署内 で密 室に 入れ られ たこ
19
とが 分
( )
かる
︒
20
同紙 は﹁ 犯罪 の事 実を 自白 せざ るた め﹂ と理 由を 付す が︑ この 措置 は刑 事訴 訟法
︑ 第八 七条
予審 判事 ハ予 審中 事実 発見 ノ為 メ必 要ナ リト 思料 シタ ルト キハ 検事 ノ請 求ニ 因リ 又ハ 職権 ヲ以 テ勾 留状 ヲ受 ケタ ル被 告人 ヲ密 室ニ 監禁 スル 言渡 ヲ為 スコ トヲ 得 第八 八条
密室 監禁 ノ言 渡ヲ 受ケ タル 被告 人ハ 一名 毎ニ 之ヲ 別室 ニ置 キ予 審判 事ノ 允許 ヲ得 ルニ 非サ レハ 他人 ト接 見シ 又ハ 書類 其他 ノ物 品ヲ 授受 スル コト ヲ許 サス 第八 九条
密室 監禁 ハ十 日ヲ 超過 ス可 カラ ス但 十日 毎ニ 其言 渡ヲ 更改 スル コト ヲ得 言渡 ヲ更 改ス ルト キハ 其事 由ヲ 裁判 長ニ 報告 ス可 シ 予審 判事 ハ十 日間 ニ少 クト モ二 度被 告人 ヲ訊 問ス
( )
可シ21
とあ るこ とに よる
︒後 日同 紙は
︑﹁ 収賄 事件 を以 て密 室監 禁中 なり し検 事森 順正 ハ事 実を 吐露 せし もの にや 此程 密 室を 許さ れた
( )
りと
﹂と 伝え てお り︑ 森の 密室 監禁 は二 ヶ月 弱に 及ん だこ とが わか る︒
22
森に 対す る公 判は
︑明 治二 九年 九月 二四
︑二 六の 両日
︑東 京地 方裁 判所 にお いて 開か れた
︒審 理の 詳細 は四 回に 分け て新 聞に 掲載 され た︒ 以下
︑捜 査機 関が 認定 した 犯罪 事実 と被 告人 森の 主張 を︑ 新聞 記事 を基 に確 認
( )
する
︒
23
尾崎 忠譲 検事 の冒 頭陳 述は 以下 の通 りで ある
︒ 被告
ハ東 京地 方裁 判所 の検 事を 奉職 中雨 宮敬 二郎 外数 名被 告事 件の 主任 検事 と為 り是 が審 理中 敬二 郎に 対し 公 判に て無 罪を 言渡 すな らバ 当方 にて 上訴 せん 公判 にて 有罪 なら んに ハ其 方上 訴せ ん何 れに して も三 四年 間ハ 出 獄六 ヶ敷 かる べし 依て 自分 に依 頼せ んに ハ救 済の 道あ りと 恐喝 し且 敬二 郎の 養子 豊二 郎を 検事 局応 接所 に呼 出 し保 釈の 事を 請托 せん にハ 便利 を与 べし と勧 誘し 竟に 豊二 郎よ り金 千円 を収 受し 又屡 々敬 二郎 を検 事廷 に呼 出 し予 審免 訴な れバ 十万 円公 判免 訴な れバ 五万 円を 差出 すべ しと の意 味を 以て 敬二 郎に 要求 し敬 二郎 ハ金 で済 む 事な れバ とて 承諾 した り其 後被 告ハ 豊二 郎と 牛込 の待 合に て会 合酒 肴の 饗応 を受 けて 敬二 郎の 模様 を縷 述し 別 に及 んで 新聞 紙に 包み たる 金千 円を 収受 した り是 等の 証拠 は押 収の 証拠 物件 被告 陳述 の一 部各 証人 の陳 述に 徴 し証 拠十 分
( )
なり24 これ
によ ると 森は
︑鉄 管詐 欺事 件の 容疑 者の 一人 で自 身が 担当 する 雨宮 敬次 郎に
︑身 柄の 拘束 が解 かれ るま で三
︑
四年 を要 する が自 分に 依頼 すれ ば保 釈の 便宜 を計 る意 思の ある こと を申 し向 け︑ 敬次 郎の 養子 古屋 豊次 郎か ら金 千 円を 喝取 し︑ 更に 敬次 郎に 金員 を要 求し 再度 豊次 郎よ り金 千円 を喝 取し た︒ 続い て中 島松 七郎 裁判 長が 被告 人森 に訊 問を 行っ た︒ 森は 裁判 長の 問い に対 して
︑鉄 管に 不正 に市 の徽 章番 号を 付し た行 為に つい ては 証拠 がな く被 疑者 であ る雨 宮は 無罪 との 見込 みを 持っ てい たこ とを 明ら かに
( )
した
︒
25
午後 の
( )
審理 では
︑森 は︑ 雨宮 が養 子の 豊次 郎と の面 会を 求め たと 供述 した
︒裁 判長 は︑
﹁敬 二郎 ハ強 て豊 二郎 に
26
面会 を求 めた る事 なし と申 立て あり
﹂と 発言 して おり
︑森 と︑ 森に 金員 を渡 した とさ れる 古屋 豊次 郎と の接 点に つ いて
︑公 判冒 頭か ら完 全に 主張 が対 立し てい るこ とが 分か る︒ 更に 裁判 長は
︑豊 次郎 に呼 び出 され た森 が神 楽坂 の 待合 君川 で豊 次郎 と会 った とい う点 につ いて 訊問 した
︒三 月一 九日 に豊 次郎 が︑ 森と 関係 のあ る書 店の 名で 手紙 を 送り 森を 呼び 出し たと の事 実に 争い はな いが
︑裁 判長 は︑ 実は 豊次 郎か らの 呼び 出し であ るこ とを 森が 知っ てい た︑ との 疑い を持 って 訊問 して いる
︒対 する 森は 豊次 郎と 会っ て驚 いた 旨陳 述す るが
︑裁 判長 は︑
﹁後 の客 ハ驚 きた る 様子 あり しや との 問に 付左 様の 事ハ 見受 けず
﹂と の君 川の 主人 の供 述を 引い て森 の陳 述を 攻撃 して いる
︒ 続い て君 川で の饗 応に つい て︑ 以下 の応 酬が なさ れた
︒
︵裁
︶何 か料 理が 出で しや
︵被
︶一 時間 程過 ぎた る頃 料理 を出 した るも 自分 ハ葡 萄酒 を強 てコ ツプ に注 ぎた る を以 て夫 れを 飲た るの み他 に飲 食し たる 事な し︵ 裁︶ 君川 の申 立に 依れ バ古 屋の 残肴 と其 方の 残肴 とを 折に 詰 めて 後に 来り し人 が持 帰ら れた りと 申立 て居 りし が後 に来 たり しも のと ハ其 方の 事な らん
︵被
︶自 分ハ 片手 に 傘を 持ち 片手 に煙 草を 持ち 薫ら しつ 丶立 ち出 でた れバ 左る もの を持 ち帰 るべ き筈 なき なり
︵裁
︶予 審調 書中 傘