︿論説﹀
死刑と無期刑の選択基準
川崎一夫
目次
七 六 五 四 三 二
序説
日本の死刑判決に現われた量刑事実
法定刑罰枠としての死刑と無期刑
責任枠の認定と死刑
予防判断と死刑・無期刑
量刑論からみた死刑存廃論
結語
一序説
死刑と無期刑の選択について合理的な基準が存在するかどうかという問題は︑量刑論上の重要な問題の一つである︒
そのような合理的な基準を発見することがそもそも可能なことであるのかどうかという疑問は︑死刑が生命刑である
だけに決して消え去ることなく︑人の心のなかに繰り返し湧きだしてくることであろう︒死刑が廃止されず︑いまな
お存置されている日本においては︑死刑と無期刑の選択のための合理的な基準は︑実務においても学問分野において
も真剣に探求されなければならない課題である︒
死刑と無期刑の選択基準を明らかにするためには︑過去何年間かの死刑判決ないしは審級による死刑・無期の逆転
判決を検討して︑そこに現われている主要な量刑要因を分析し整理するという方法も考えられる︒このような方法に
よる分析・整理は︑最終の刑種を無期刑ではなく死刑とすることに強く働いたと考えられる量刑因子の主要なものを
明らかにすることができるであろう︒最近(一九九一年)公表された第二東京弁護士会による﹁死刑判決の量刑基準
の考察﹂は︑この種の優れた研究である︒これには︑資料として﹁最近の死刑判決一覧﹂が付されており︑この研究
の資料的価値は高い︒本稿では︑この研究によって明らかにされた量刑要因の分析を基礎として︑すでに公刊してい
ヨ る拙著﹃体系的量刑論﹄の立場から︑死刑と無期刑との選択基準に関する考察をしたいと考えている︒
体系的量刑論における体系的思考は︑最終的刑量に到達するために︑量刑過程を刑罰枠責任枠予防とい
う段階的過程に区別し︑この順序にしたがって量刑作業を進めるべきであるとする思考方法である︒法定の刑罰枠か
ら出発するのは︑量刑作業が単に裁判官だけの単独の作業にとどまらないことを意味している︒量刑が立法者の法定
した刑罰枠の範囲に限定されるという意味において︑立法者も広い意味では量刑に関与しているのである︒したがっ
死刑と無期刑の選択基準
て︑量刑の分野においても︑死刑が制度として存置されていることの意味が問われなければならないと思う︒
次に︑裁判官は︑具体的な行為者について︑﹁量刑責任﹂の構成要素を考慮して責任枠を決定しなければならない︒
この場合に︑具体的な量刑要因は量刑責任の各構成要素に照らして評価されなければならないであろう︒量刑責任と
は︑量刑領域において顧慮されるべき責任のことであり︑量刑の基礎に置かれるべき責任概念である︒この量刑責任
ら は︑犯罪論における成立要件としての責任と区別されなければならない︒量刑責任は︑責任枠として決定される︒責
任枠は︑量刑責任が一定の幅をもつものであることを前提として︑その上限と下限において閉じられた枠を有する責
任という意味である︒責任枠は法定刑罰枠の範囲内において︑行為者の量刑責任に基づいて決定される︒死刑と無期
刑の両方に当たるべき量刑責任の広がりが認められる場合には︑死刑と無期刑のいずれを選択しても責任刑としての
性格を失わないから︑それだけにその選択は慎重でなければならないであろう︒
さらに︑責任枠の範囲内において予防判断によって言い渡すべき最終的刑量が決定されるべきである︒この場合︑
責任枠を超えた刑種・刑量の選択は︑責任主義の観点から許されない︒責任主義とは︑﹁責任なければ刑罰なし﹂と
いう原則をいうが︑それは︑刑罰を科す前提として責任の存在を必要とするだけではなく︑責任に応じた刑罰を要求
するものである︒刑罰の責任相応性という責任主義の原則を基礎とするかぎり︑責任枠の上限超過ばかりではなく下
限超過も許されないであろう︒この点に関して︑死刑のみが責任相応性を有する刑罰であるとされる場合に︑予防の
観点から無期刑を言い渡すことが許されるかどうかが問われなければならないであろう︒また︑死刑が責任相応性を
有する刑罰ではないにもかかわらず︑なんらかの理由で死刑が言い渡されてしまう恐れがないのかどうかという深刻
な問題も存在するであろう︒
死刑が存置されている制度においては︑本来︑死刑の適用基準は明確化されていなければならないはずである︒し
ア かし︑その適用基準は︑判決においては必ずしも明確なものとはいえないようである︒この不明確性を理由として直
ちに死刑廃止を主張しうるのかということが問題となるであろう︒
%
二日本の死刑判決に現われた量刑事実
死刑の適用基準について体系論的な考察を始める前に︑日本の死刑判決に現われた量刑事実を知っておく必要があ
る︒ここでいう﹁量刑事実﹂とは︑具体的な場合における量刑活動のための事実的基礎となる責任要因と予防要因の
全体またはその一部をいう︒量刑活動を行うためには︑量刑事実を一定の量刑事態の範囲において明らかにしなけれ
ばならない︒量刑事態とは︑量刑事実を取り上げるための基礎となるべき事態をいう︒量刑事態をどの程度の範囲に
限定して量刑事実を取り出すべきかという問題は理論上の重要な問題であるが︑ここでは訴訟の場に現われた事態に
限定されるというように﹁やわらかな限定﹂を考えておけば足りるであろう︒
裁判官の具体的な量刑活動は︑具体的な量刑事実を知ることを出発点としなければならない︒明らかにされた量刑
事実は︑責任に関係するものと予防に関係するものとに分類される︒前者を﹁責任要因﹂といい︑後者を﹁予防要因﹂
と呼ぶことができるであろう︒ただし︑同一の量刑事実が責任要因であると同時に予防要因でもありうることに注意
しなければならない︒ある死刑判決において重視されたと考えられる責任要因と予防要因を明らかにすることは︑裁
判官の具体的な量刑活動の出発点を理解することでもある︒
さて︑前述した第二東京弁護士会の死刑判決の分析は︑各判決に現われた量刑活動のための事実的基礎となった量
刑事実を明らかにしようとした研究である︒この研究においては︑昭和五八年七月の永山最高裁判決以降平成三年ま
でに審級のいずれかにおいて死刑判決が言い渡された事件(七三件)および同判決前後に死刑が無期刑に変更された
事件(五件)の合計七八件のうち︑同弁護士会において弁護人等を通じて判決書の入手可能であった四五件の事件が
考察の対象とされて恥・これには資料として﹁最近の死刑判決事件萱ぎおよび各判決の﹁羅﹂が付けられて
お いるだけではなく︑さらに︑﹁別表(主な量刑要素の事件別一覧)﹂も掲載されており︑同研究は量刑事実を知るため
に有益なものとなっている︒しかし︑本稿では︑同研究にしたがって各判決における個々の要因を詳細に紹介するこ
とは必ずしも必要ではないので︑同研究によって分析されているある程度の概括的な説明に基づいて︑死刑判決にお
どける量刑事実の主要なものを紹介し︑これに対する若干の考察をするにとどめておきたい︒
同研究は︑死刑事件の特徴を﹁犯罪行為の側面﹂と﹁被告人側の事情﹂に分けて整理分析している︒犯罪行為の側
面としては︑罪種︑死亡者数︑死亡者の男女の別︑動機︑計画性︑殺害方法︑および犯行用具に当たる事実が取り上
げられており︑被告人側の事情としては︑犯行時の年令︑性別︑前科・前歴︑精神鑑定の有無に当たる事実が重視さ
れている︒主な罪種としては︑強盗殺人と単純殺人とが中心となっており︑この中心的罪種に誘拐︑強姦.強制狼褻
などが加わる場合もあるということである︒﹁別表(主な量刑要素の事件別一覧)﹂によれば︑中心的罪種である強盗
殺人と単純殺人が相半ばしている︒この意味について︑同研究は︑﹁強盗殺人に対する﹃刑罰の緩和化傾向﹄(加藤検
ガ 事・法務研究六七集四号九頁以下)を示している﹂ものと理解している︒このことは︑単純殺人に対する刑罰の重罰
化を意味するものではないということであろう︒逆転判決によって結局のところ無期刑が確定した七件における八人
の罪種は︑単純殺人が六人︑強盗殺人が二人であるという同研究の分析から︑中心的罪種である強盗殺人と単純殺人
が相半ばしているとしても︑単純殺人に対する刑罰の重罰化を意味するものであると解することを要しないと思われ
る︒
犯罪によって殺害された﹁死亡者数﹂は︑死刑と無期刑とを分かつ重要な量刑事実の一つと考えられる︒前記別表
は︑各事件における死亡者数およびその男女の区別を罪種の次に掲げて︑その量刑事実としての重要性に着目してい