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アメリカ弾劾裁判の研究

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(1)

アメリカ弾劾裁判の研究

大 谷 立 美

はじめに

 2019年8月〜

2020

年3月まで私はアメリカのデンバー大学アメリカ政治 研究所の客員研究員として現代アメリカ政治の内政・外交政策を広範囲にわ たって研究した。1) 特に

2020

年は大統領選挙の年であり、共和党は現職のド ナルド・トランプ大統領の再選を目指し、一方民主党は指名候補者選出のた

2019

年8月時点で

20

名以上の候補者が名乗りでていた。その候補者選び における州別の党大会、予備選挙の現地調査が私の主たる目的だった。しか し突然、まったく予期しなかった政治的大事件が起きた。2019年7月、ト ランプ大統領がウクライナのウオロディミル・ゼレンスキー大統領に対して

「(アメリカからの)軍事・経済援助の見返りとして、2020年大統領選挙で 強敵となりうる民主党のジョー・バイデン前副大統領の汚職調査を依頼した こと」が発覚したのである。トランプ大統領は電話による首脳会談をしたこ とは認めたものの、軍事・経済援助と汚職調査を交換条件にしたことは否定 した。

 その後これは「ウクライナ疑惑」と呼ばれるようになる。民主党は下院情 報委員会で真相を追求することになった。ホワイトハウスへの資料提出要求、

関係者の証人喚問を行い、最終的に

2019

12

20

日弾劾追訴を決議した。

こうしてアメリカ史上3度目の大統領弾劾裁判が行われることになった。

 本稿はその経緯を詳細に分析し、トランプ大統領弾劾裁判の歴史的意義を 考察していく。

(2)

弾劾裁判とはなにか

 弾劾裁判は

14

世紀のイングランド王国にその起源があるとされる。イン グランド王のもとで、立法・行政・司法の権限を有していた「王会(Curia

Regis)」が、国王が任命した高官の非行、犯罪を弾劾し、刑罰を課す、ある

いは罷免する制度である。アメリカの弾劾裁判制度はこのイギリスの制度を 継承している。合衆国憲法第2条第4節によれば「大統領、副大統領及びす べての文官は、反逆罪、収賄罪またはその他重罪及び軽罪につき弾劾され、

かつ有罪の判決を受けた場合は、その職を免ぜられる」と規定している。

 弾劾裁判の進行手続きはまず下院が過半数の賛成で弾劾訴追を決議する。

その決議案は上院による弾劾裁判に持ち込まれる。裁判では弾劾管理人とし て下院代表議員が検事役を、上院議員全員が陪審員役を務め、裁判長には連 邦最高裁判所長官がなる。弾劾管理人・大統領弁護団ともに承認申請と証拠 提出を行い、弾劾決議の各項目について上院が採決する。3分の2の賛成票 が集まれば、最終的に大統領の罷免が決定する。2)

弾劾裁判の歴史

 今回のトランプ大統領以前、上院の弾劾裁判に至った事例は2件、下院の 弾劾訴追確実な状況で大統領職を辞任した例が1件である。

 最初はアンドリュー・ジョンソン第

16

代大統領である。彼は

1864

年大統 領選挙でリンカーンの副大統領として当選した。1865年4月

15

日リンカー ンが暗殺されると大統領に昇格した。彼の主なる仕事は南北戦争後のリコン ストラクション(Reconstruction=再建)であった。南部テネシー州出身の ジョンソンはもともと民主党所属で、リンカーンの共和党と再建に関する政 策で対立することが多かった。その結果

1866

年中間選挙で主に北部地域で 大敗した。そのとき弾劾訴追の直接的な原因となったのはジョンソンが陸軍 長官(現在の国防長官に相当する役職)を解任したことが憲法違反であると いうものであった。その背景には

1866

年の公民権法に拒否権を発動するな ど民主党保守派に偏った姿勢に共和党が反発したことがある。その経緯は下 院の過半数が賛成し訴追、上院では3分の2に対して1票差で否決、無罪と なったがジョンソンはそれによって一気に政治力を失った。結果

1868

年の 大統領選挙では現職でありながらも党から指名されず、失意のまま政治の舞

(3)

台から消えることになった。

 二人目は第

37

代大統領リチャード・ニクソンである。彼は弾劾裁判まで 行かず、下院が訴追を決定した時点で辞任した。彼は就任2期目の

1973

「ウォーターゲィト事件」を引き起こした。それはワシントン市内にある ウォーターゲィトビルにあった民主党全国委員会本部に何者かが盗聴器を仕 掛けた事件だった。犯人に盗聴を指示した命令系統をたどっていくとホワイ トハウス高官に行きついた。真相追及のため司法長官が特別検察官を任命す ると、ニクソン大統領はその検察官を解任した。さらに事件のもみ消しを大 統領自らが指示したと思われる録音テープが見つかった。下院は司法委員 会「司法妨害(特別検察官の意図的な解任と証拠隠しによる捜査妨害)」を 理由に審議を行い本会議で訴追を可決し、上院での弾劾裁判が確実となった。

与党共和党内でも「大統領の犯罪」として告発する声が高まり有罪の可能性 が高まった。そのためニクソン大統領は下院本会議における訴追決定直前に 辞任した。任期中の現職大統領の辞任は初めてのことだった。3)

偽証罪に問われたクリントン大統領

 2番目の弾劾裁判は第

42

代ビル・クリントン大統領である。最初は大統 領がアーカンソー州知事時代の土地開発にからむ不正融資疑惑だった。その 後ホワイトハウス研修生だった若い女性との不倫問題が発覚する。大統領は 当初その関係を否定したが、女性から二人の関係を示す電話の録音テープが 提出され、大統領は窮地に立たされた。任命された特別検察官は連邦大陪審

(起訴陪審)を招集して大統領を含めた関係者に事実を証言させた。追い詰 められた大統領はここでついに女性との関係を認めたのである。そこで下院 は「偽証」と「司法妨害」で弾劾訴追を決議した。上院の裁判では野党の共 和党が3分の2の議席を占めていたにもかかわらず無罪となった。その理由 はスキャンダルの渦中にあっても大統領の支持率が高かったこと。二度大統 領選挙に勝利し国民の信託を受けた大統領を女性問題という個人的な出来事 で解任していいのか、という上院議員たちの判断があったと考えられる。4)

(4)

トランプ大統領弾劾の原因:「ウクライナ疑惑」

 疑惑の発端は

2019

年7月

25

日、トランプ大統領とウクライナのヴォロデ ミル・ゼレンスキー大統領との電話会談で、アメリカからの軍事援助2憶

5,000

万ドル(約3億

8,000

万円)の交換条件として、トランプ大統領がバ

イデン前副大統領とその息子であるハンター・バイデン氏の汚職を調査する ように圧力をかけたとされる疑惑である。当時ハンター・バイデン氏はウク ライナの民間天然ガス会社「ブリスマ」の重役だった。彼は父親が副大統領 だった

2014

年海軍を除隊し、「ブリスマ」に取締役として迎えられた。彼は エネルギービジネスには未経験だったが、2019年4月に退職するまで、毎 月5万ドル、日本円にして約

550

万円の報酬を受けていた。またその会社は かねてから汚職のうわさがありウクライナ司法当局はその調査を開始してい た。しかしバイデン副大統領がそれをやめさせようと不当に介入した、とい うのがトランプ大統領の考えだった。バイデン前副大統領は

2020

年大統領 選挙で民主党の有力候補であり、トランプ大統領のウクライナとの取引は当 然政敵を貶める意図があると受け止められた。この疑惑が表面化したのは同 年8月、内部告発者の存在だった。この人物はアメリカ中央情報局(CIA)

の関係者とされるが最後まで名前が明らかにされず、代わりに

whistle blower「笛を吹く人」と呼ばれた。その後9月にこの疑惑はメディアで報道

され大騒ぎとなる。これに対してトランプ大統領はウクライナ大統領と電話 で話したこと、軍事援助を一時保留したことを認めたが、軍事援助の交換条 件を提示して圧力をかけたことはないと弁明した。また電話会談の記録だと する文書を公表し、「まったく問題はなかった」と主張した。

 これに対し民主党のペロシ下院議長は9月、「トランプ大統領の行動はア メリカの安全保障を脅かし、その権力を私的目的に乱用している」と批判し た。さらに下院議長は「10月に下院で正式に弾劾審査を開始し、公開で関 係者の公聴会を開催する」と言明した。こうしてアメリカ史上4回目の下院 における弾劾審査が始まることとなった。5)

下院での弾劾訴追審議

 下院での弾劾訴追審議は、次の3つの委員会が担うことになった。まず情 報特別委員会。そこではウクライナ疑惑に関する情報収集、そのための証人

(5)

喚問を行った。2番目は規則委員会で弾劾訴追の法的な手続きを審議した。

そして情報特別委員会と規則委員会の審議内容が下院司法委員会に報告され、

そこで訴追案が具体的に検討され本会議に提出される手順だった。

 重要参考人

12

人を喚問する公聴会は

2019

11

13

日に始まった。公聴 会はすべて全米にテレビ中継された。その日はテーラー駐ウクライナ臨時大 使、ケント国務次官捕、ヨバノビッチ前ウクライナ大使が呼ばれた。前大使 はトランプ大統領への批判的な言動で1年前にその職を罷免されていた。最 初に証言したテーラー氏は「トランプ大統領が

2020

年大統領選挙で戦う可 能性のある政敵バイデン前副大統領に関する汚職調査が、ホワイトハウスで の両国首脳会談開催と軍事援助の交換条件になっていた」ことを明らかにし た。ヨバノビッチ前大使は自身に対する解雇は一方的であり不当であると主 張した。

 1週間後の

11

20

日、ゴードン・ソンドランド駐欧州連合(EU)大使 が情報特別委員会の喚問に登場した。3時間に及ぶ証言の中で彼は、「トラ ンプ大統領の指示でバイデン氏の調査をするようにウクライナ政府に圧力 をかけた」と証言した。さらに

EU

大使はその指示はトランプ氏の友人で顧 問弁護士の元ニューヨーク市長ジュリアーニ氏からだったということを暴露 した。これで今回の疑惑が大統領の私的な人間関係のなかで進められていた ことが判明した。ソンドランド大使は大統領の命令を受けたエネルギー省の リック・ペリー長官とカート・ヴォルカー前ウクライナ大使もジュリアーニ 氏とともに行動し、この疑惑に関わっていたことも証言した。また大使の上 司となるポンペオ国務長官にもその都度報告し、指示を仰いでいたことも明 らかにした。大使は証言の最後に「(この疑惑には)誰しもが関与していた。

すべてが公然の秘密だった」と述べた。一方弾劾訴追に懐疑的な証言も少な からず聞かれた。下院共和党の依頼で参考人として司法委員会で発言した ジョナサン・ターリー、ジョージ・ワシントン大学教授は「論じられている 大統領の行為が弾劾に値するだけの法的な根拠が希薄。証拠となる記録がな い」と大統領を弁護した。証人喚問では事件にかかわる政府関係者ばかりで なく、憲法や法律の専門家が証言することが多い。6)

(6)

下院本会議弾劾訴追を決議

 2019

12

18

日下院本会議で弾劾訴追決議が審議された。問われた罪 状は次の2つである。まず「権力乱用」、トランプ大統領は権力を悪用し自 らの政治的利益のために外国政府を利用しようとした。具体的には「トラ ンプ大統領がウクライナ政府に対し、政敵であるバイデン前副大統領に関 する汚職捜査の公表を不当に要求した」と認定した。また

2016

年のアメリ カ大統領選挙でロシアが介入したとされる疑惑で、ロシア側が「介入したの はウクライナである」と主張していることに関してウクライナ政府に調査 するように求めたことを審議の根拠とした。さらにトランプ大統領はこれら の汚職調査を公表することが、アメリカからの軍事援助約4億ドルと、ゼ レンスキー大統領をホワイトハウスに招待することの「交換条件(Quid Pro

Quo)」であることをウクライナ政府に伝えたとされたことを「権力乱用」

とした。この

Quid Pro Quo

という表現が前記の

whistle blower

と合わせて 今回この弾劾裁判の「流行語」となる。

 またこの疑惑が公表され最終的にウクライナに軍事援助がなされたあとも、

汚職調査を続行するように公然と要求し続けたとされる。「これらの行為す べてにおいてトランプ大統領は自らの権限を悪用し国益を損ね、政治的利益 を不当に得た」、そして「民主的な選挙に外国勢力の介入を許し国家を裏切っ た」として「権力乱用」の罪とした。

 一方「議会妨害」については「大統領が関係者に対し下院に与えられてい る弾劾調査権限による証人召喚を受けないように指示した」、具体的には「ホ ワイトハウス高官に対する召喚状の無視」、「下院の弾劾訴追に関する委員会 が要求した文書作成の拒否」を理由とした。召喚拒否についてはホワイトハ ウス関係者ばかりでなく国務省、国防総省、行政管理予算局、エネルギー省 などの政府機関も含まれていた。

 この「権力乱用」と「議会妨害」の2項目に基づき弾劾訴追決議では「ト ランプ大統領は合衆国大統領職と行政府への国民の信頼を裏切った」「法と 正義に背き国民を傷つけた」としたうえで、「トランプ大統領は弾劾裁判に よって罷免され、その後いかなる公的な地位からも追放されなければならな い」と断じた。

(7)

 訴追決議案の採決に先立ち、民主・共和両党の下院議員全員が1〜2分 間の意思表明を行った。総勢

435

名いるため、それには8時間を超す時間が かかった。終了後決議案の投票が行われた。結果、「権力乱用」は賛成

230、

反対

197、「議会審議妨害」は賛成 229、反対 198

で両条項とも野党民主党の

賛成で可決した。過半数を占める民主党議員

233

人のうち2人が両条項に反 対し、1人が「議会審議妨害」のみに反対した。共和党議員

195

人は全員が 反対票を投じ、党の結束を示した。

 造反した3人の民主党議員は

2016

年大統領選挙でトランプ氏支持が優勢と なった選挙区から当選した人たちだった。同じ立場の議員は他にも

28

人い た。この人たちにとって弾劾訴追は政治的試練だった。なぜならば「弾劾追 訴に賛成すれば有権者が反発し、共和党は(トランプ支持の)対抗馬を出す」

と警告していたからだ。結果、ニュージャージー州選出のジェフ・バン・ド リュー議員は決議採択の3日後離党を表明し共和党に鞍替えした。するとト ランプ大統領はバン・ドリュー議員をホワイトハウスに招待し彼の決断を称 えた。こうして民主党ばかりでなく共和党の議員にとっても選挙区のトラン プ支持者の動向を絶えず考慮しなければならない弾劾訴追・裁判となった。7)

弾劾裁判の構成と進行手順

 合衆国憲法は第1条3節第6項で「上院はすべての弾劾を審判する権限 を有する」、さらに同項は「合衆国大統領が審判される場合には、最高裁判 所長官が議長となる。何人といえども、出席議員の3分の2の同意がなけ れば、有罪評決をうけることはない」と規定している。これに従いジョン・

ロバーツ最高裁長官が議長を、検察側として下院議員8名の代表が訴追委 員、上院議員

100

名が陪審員役を務め評決(判決)を下すことになる。裁判 の進行手順に関しては、1868年2月に行われたアメリカ史上最初のアンド リュー・ジョンソン大統領に対する弾劾裁判が裁判の総則として受け継がれ ている。それに基づいて審議の期間、証拠、証人、弁論の順番をどうするか は、共和党トップのミッチ・マコーネル上院院内総務と民主党のチャック・

シューマー上院院内総務を中心に進められることになった。審議開始にあた りマコーネル院内総務は「弾劾追訴審議は民主党が党派対立に固執し一方的 に進めた。これは将来まで禍根を残す悪しき前例」「アメリカ民主主義に禍

(8)

根を残す」、さらに「共和党は大統領弁護団と連携しできるだけ早く決着す る」と述べた。これは陪審員役である上院議員が審議開始前から大統領弁護 団と協力することを意味する。上院で多数を占める共和党は最初から「大統 領無罪評決」を前提としてこの弾劾裁判に取り組もうとしていたことがこの 発言で推測できる。一方民主党のシューマー院内総務は「裁判は公正でなけ ればならない。そのため陪審員である上院議員はすべての事実を知るべきで ある」としジョン・ボルトン前大統領補佐官(安全保障担当)を含むホワイ トハウス高官4人の証人喚問を要求していた。

 裁判の日程については1月

21

日開廷。裁判長宣誓、弾劾管理人(検察官 役・下院議員)の宣誓、陪審員(上院議員

100

名)の宣誓。22

24

日、追 訴委員・大統領弁護団の陳述、その後2日間、陪審員による質疑応答、そし て評決、という手順であった。8)

弾劾裁判始まる

 2020年1月

21

日、上院での弾劾裁判が始まった。まずジョン・ロバーツ 連邦最高裁長官が宣誓を行った。続いて上院議員

99

名(1人病欠)が宣誓。

民主党のバーニー・サンダース、エリザベス・ウォーレン、エイミー・クロ バチョウの3議員は前年の8月から民主党の大統領指名争いで激しい選挙戦 を戦ってきたが、この裁判が終わるまでしばらく休戦状態となった。

 検事役である下院の弾劾管理人は下院特別情報委員長のアダム・シフ議員 を中心に総勢8名。そのほとんどが法律家で下院でもその雄弁さがよく知ら れた顔ぶれだった。一方大統領弁護団はホワイトハウス顧問弁護士であるケ ン・スター氏を中心に著名な弁護士6名が名を連ねた。裁判の進行手順につ いてはマッコーネル共和党院内総務から以下の案が提案された。

1. 下院弾劾管理人が追訴弁論 (所要時間最大 24

時間、3日間)

2. 大統領弁護団の弁論(同上)

3. 証人喚問実施の是非に対する投票

4. 上院議員質問書を裁判長に提出

5. 裁判長、質問を選択し回答する

6. 上院議員による評決

(9)

 弾劾裁判が始まる前日の1月

20

日、大統領弁護団にとって不利な出来事 が続発した。まず実業家でジュリアーニ氏の友人であるレブ・パーナス氏が

MSNBC

放送のインタビューで大量の証拠資料を下院特別情報委員会に提出

したこと、さらにヨバノビッチ前ウクライナ大使の解任画策とウクライナ政 府にバイデン親子の汚職調査を依頼したことを告白した。そして最後に「す べて大統領とジュリアーニ氏の指示であった」と述べた。また同じ日、行政 機関の諸政策を調査する政府監査院は「議会が決定したウクライナ軍事援助 を大統領が差し止め、私的利益のため利用したことは違法」という判断をく だした。こうして大統領サイドにとって不利な事実が次々と明白になった。9)

新証人喚問で対立

 2020年1月

22

日本格的な審議が始まった。スピード審議で速やかに無罪 評決を出したい共和党と、新証人や新証拠の検討が必要だとする民主党が、

初日からその審議手続きを巡って攻防を繰り広げた。特に前年9月に突然解 任されたジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の喚問が与野 党の争点だった。ボルトン氏が2か月後の3月に出版を予定する回顧録の内 容がそのときすでに話題になっていた。マッコーネル共和党院内総務は証人 喚問に要する手続きの煩雑さと時間を理由に反対した。一方弾劾管理人代表 のシフ下院情報委員長は「証人喚問なき裁判などありえない」「ほとんどの アメリカ人は結果がもう決まっており、これが公平な裁判になるとはまった く思っていない」と主張した。

 審議最初の2日間は下院議員8人で構成される検事役である弾劾管理人が それぞれ順番に弾劾訴追の意見を述べた。その内容は以下のように要約され る。

1. 大統領権限で外国政府に圧力をかけ、政治的に利用しようとした。

2.(大統領は)歴史上前例のない不正行為を隠蔽しようとした。

3.(大統領は)この不正行為によってアメリカの安全保障を脅かした。

 ほぼ全員が法律家で下院きっての演説家との評判の高い管理人たちのス ピーチは、それぞれ非常に説得力があった。なかでもニューヨーク州選出の

(10)

ジェリー・ナドラー議員はアフリカ系で、その雄弁さはオバマ前大統領の再 来を感じさせるほど魅力にあふれていた。それに対して大統領弁護団は審議 に先立って1月

20

日、171ページにわたる弁論趣意書をロバーツ裁判長に 提出し次のように大統領の無罪を主張した。

1. 下院が 2019

12

月に決議した「権力乱用」と「議会妨害」は憲法の

弾劾条項でいう重罪・軽罪に相当しない。

2. 大統領の行為は罷免に値しない。

3. 下院の弾劾訴追審議は拙速で初めから大統領有罪を前提としていた。

 1月

31

日上院は民主党提出のボルトン氏証人喚問の動議を賛成

49、反対 51

で否決した。民主党は共和党議員4人の「造反」を期待していたがスー ザン・コリンズ議員(メイン州選出)とミット・ロムニー議員(ユタ州選 出)の2人が賛成しただけだった。民主党はもう一人の有力議員賛成票を期 待していた。それはラマー・アレクサンダー議員(テネシー州選出)で今期 を最後に勇退表明していた。彼は「大統領の行為は民主党がいうとおり不適 切だった。しかしだからといって民意を得て当選した大統領をそれだけの理 由で罷免することにはならない」と述べ弾劾反対論を展開した。もう一人 民主党が賛成票を期待したリサ・マーコウスキィ議員(アラスカ州選出)は

「下院は拙速で欠陥のある弾劾訴追を上院に送ってきた。その手続きの不備 を正すために証人喚問を一時考えたが最終的に反対することにした」と発表 した。そこには本人は示唆しなかったが議員に対して共和党執行部からの強 い圧力があったことが推測されている。

 上院で弾劾裁判の評決が行われる2月5日の前日すなわち2月4日、ト ランプ大統領は上下両院議員が出席する恒例の一般教書演説を行った。大 統領が入場すると本来であれば伝統的に議事進行役のペロシ下院議長が、

“ It is a great privilege and distinct honor to introduce you the President of the

United States of America.” 「合衆国大統領をここにご紹介することはとても

名誉であり光栄なことです」と言うべきところ、議長は

“ The members of

Congress, the president of the United States「議会のみなさん、合衆国大統

領です」としか言わなかった。壇上に登った大統領に議長が握手を求めると、

(11)

トランプ氏は意識的にそれを無視。さらに大統領演説が終わると下院議長に あらかじめ手渡されていた大統領演説原稿をペロシ議長は全員が見ている前 でずたずたに引き裂き始めた。まさにそれは大統領と下院議長の救いがたい 個人的軋轢を象徴するハプニングであった。しかしそれを見る人にとっては まるで「子供の喧嘩」としか見えなかった。アメリカの政治家の品格はここ まで落ちたのだろうか。10)

無罪評決へ

 2月3日弾劾管理人による最終陳述、大統領弁護団による最終弁論が行わ れた。シフ下院議員が管理人を代表して「トランプ大統領の有罪は圧倒的な 証拠で立証されている。もしトランプ氏が大統領職に留まれば、次の選挙で も外国の干渉を求め続けることになるのは明らかである。よって陪審員(上 院議員)のみなさんは有罪の評決を決断し、大統領を罷免すべきである」

と主張した。それを受け大統領弁護団を率いるシポローネ法律顧問は、「証 拠に基づいて判断すれば、大統領の無罪は明白である」と主張したうえで、

「この弾劾裁判は前回

2016

年大統領選挙で示された民意を否定し、さらに

2020

年の選挙を妨害するものである」と民主党を非難した。弁護団が最後 までこだわったのは、トランプ大統領の再選だった。すなわちトランプ氏は

2016

年選挙で民意を受け大統領に選出されたこと。そして

2020

年選挙では トランプ氏の再任を望む国民がいる限り、その人たちの投票の権利を誰も奪 うことはできない、という主張だった。過去の弾劾裁判と比較して、今回唯 一「二期目、再選を目指す大統領の弾劾」という特殊性がここではっきりと 浮き彫りにされた。

 年頭教書演説の翌日2月5日、上院では弾劾の評決が行われた。上院の現 有勢力は定数

100

に対して共和党

53、民主党 47。

 罷免に必要な票数は3分の2の

67

票。結果「権力乱用」の項目では有罪

48、無罪 52。「議会妨害」では有罪 47、無罪 53

でトランプ大統領の無罪が

決定し罷免は回避された。前者では共和党のミット・ロムニー議員が一人有 罪票を投じた。

 無罪評決の知らせを受けトランプ大統領は翌日の6日ホワイトハウスで勝

(12)

利演説を行い、「トランプ無罪」と大きく見出しが出ている新聞を手に高く 掲げながら、「無罪は当然、私は何も悪いことはしていない。今回私はひど い目にあった。民主党は本当に邪悪で腐敗しきっている」と述べた。一方造 反票を入れたロムニー議員に対しては

2012

年大統領候補としてオバマ氏に 負けたことをとりあげ「もともと失敗した政治家だ」と批判した。こうして トランプ大統領は弾劾裁判を受け再選に臨むというアメリカ史上最初の大統 領となった。11)

ミット・ロムニー議員造反の意義

 ミット・ロムニー(Mitt Romney)上院議員は

1947

年ミシガン州生まれ。

敬虔なモルモン教徒として知られ、マサチューセッツ州知事を一期務めた

(2003

2007

年)。その間州の財政改革を進め、法人税を下げてハイテク 関連企業を誘致し州経済を発展させた。また

2006

年には全米に先駆けて州 民全員が加入する「皆保険制度」を導入した。これはその後オバマ大統領の 国民皆保険制度(オバマケア)のモデルとなった。

 2012年共和党大統領候補に選出されオバマ大統領の再選に挑戦したが敗 北した。その後

2018

年ユタ州選出の有力上院議員だったオリン・ハッチが 引退したためその後任として出馬し当選した。現在

2024

年までの上院一期 目である。

 ロムニー議員は2月5日弾劾裁判評決に入るおよそ2時間前、上院本会議 場で自らの思いを表明した。肩を震わせ言葉に詰まりながらも彼は次のよう に語った。

 「(モルモン教徒として)私は信心深い。私にとって信仰こそが自分が自分 であるための礎である。したがって私は神の意志にしたがって行動する」

 「憲法が上院議員に答えを出すようにした重大な問題(弾劾裁判)は、大 統領の行為が『重罪か、軽罪』に相当するかどうかである。私の判断はイエ ス。大統領は罪を犯した」

 「大統領の行為は個人的かつ政治的だ。大統領は国民の信頼を裏切った。

それは罪である」

 「大統領は逃れられない罪を犯した。したがって無罪評決に反対すること

(13)

が私の神への誓いを守ることになる」

 ロムニー議員の造反に対してトランプ大統領は「彼は前から共和党員を 装った『隠れ民主党員』だった」と批判した。他の共和党議員たちも「即刻 離党すべきだ」と怒りをあらわにした。一方「自己の良心に従って行動した 同僚を非難すべきでない」ということばも聞かれた。ミッチ・マコーネル院 内総務は「ロムニー議員は除籍になるのか」という記者団からの質問に「(ロ ムニー氏に)悪意をもっている人はいない。最も大事なことは秋の選挙(大 統領選挙)にトランプ大統領を再選させることだ」と語った。

 ロムニー議員の造反はアメリカの弾劾裁判史上大統領の所属する政党の議 員が有罪票を投じる初めてのケースであった。下院の代表である弾劾管理人 の詳細な説明を受け、大統領の行動に疑問をもった共和党の議員が少なから ずいた。裁判の初日、公正な判断を行い行動することを神に宣誓した人たち である。それぞれの当事者が評決の決断にあたり自問自答し苦悩したと想像 できる。そうした状況の中であえて党の意向に逆らい、自己の信念に基づい て有罪票を投じたロムニー議員に、多数決の原理のなかにも少数の意見を尊 重するアメリカ民主主義の精神を垣間見ることができる。12)

延々と続いた弾劾審議

 1月

21

日、関係者全員の宣誓、日程、手続きの発表等を終え、翌

22

24

日の3日間、1日

12

時間近くの審議が始まった。陪審役の上院議員たち は法廷に「缶詰」状態となり、弾劾管理人8人の陳述と大統領弁護団の弁論 を交互にただひたすら聴き続けることとなる。双方それぞれ工夫して演説ば かりでなく途中でスクリーンを利用して映像や引用発言の要約、統計やグラ フなどを映し聴く人の注意力をできるだけ引き付けるよう最大の努力をして いた。

 弾劾管理人8人の演説はそのそれぞれが説得力があり、共和党議員から思 わずため息が出ることもあった。それでも長時間席に座っていることができ ず、会場をふらふらぶらついたり、同僚とおしゃべりしたり、居眠りをして いる人すら見受けられた。なかにはこっそりと机の中でクロスワードパズル をしている人も目撃された。両党の議員双方が「3分の2、67名の有罪評

(14)

決は初めから無理」と思っているだけに、その雰囲気は沈んだものだった。

 自己の政見を主張するのが仕事の議員にとって、弾劾管理人と大統領弁護 団の演説を長時間ただひたすら聴き続けることは、ある意味で苦痛を伴うも のだった。そして1月

29、30

日、過去7日間の審理で書き溜めてきたメモ に基づいて質問できる時が来た。しかしそれは直接質問するのではなくそ の内容を所定の用紙に手書きし、ロバーツ裁判長に提出する形だった。具体 的には議員はまず自分の考えた質問を電子メールで自党の質疑応答委員会に 送る。それを受けて委員会は効果的なやりとりができるように質問を精査し、

同じ質問の繰り返しを避ける。さらに項目ごとに質問を整理する。最終的に 選ばれた質問に対して議員が特別な質問書式に手書きし裁判長に提出する。

裁判長は順次質問を読み上げ、弾劾管理人か大統領弁護団にその回答を促す。

両者の回答時間は基本的に5分。ただ厳密に5分ということではなく、多少 の時間超過が許容された。この「回答時間5分」というのは、かつてクリン トン弾劾裁判で裁判長を務めたウィリアム・リンキスト氏が設定したもので、

今回もその方式が採用された。13)

弾劾裁判 クリントン大統領の場合(1997 年)

 ビル・クリントン大統領(当時)の弾劾裁判は、1997年1月7日から約 1か月間の審理を経て、同年2月

12

日に陪審員役の上院議員が評決を下し 無罪となった。

 クリントン氏の弾劾理由は女性問題だった。お相手は元ホワイトハウス実 習生のモニカ・ルインスキー氏。大統領は大陪審(起訴・不起訴を決定する 裁判所機関)の宣誓証言で彼女との関係を偽証したとして告訴された。一方 自身が訴えられた別のセクハラ訴訟で、ルインスキー氏に偽証するように働 きかけたことも、司法妨害に当たるとして訴追条項に加えられた。クリント ン氏は国民に対して「(その女性とは)不適切な関係」であったことを認め 謝罪したが、偽証は司法妨害でなかったと主張した。下院で弾劾訴追決議案 が可決されたときも「政治的な個人攻撃はやめるべきだ」と訴えた。

 上院での弾劾裁判ではレンキスト連邦最高裁長官(当時)が裁判長を務め た。ルインスキー氏をはじめ関係者3人が非公開で証人喚問された。当時の 上院議員構成は野党となる共和党が

55

名、クリントン氏所属の民主党が

45

(15)

名。そのため両項目とも罷免に必要な

67

人には到底及ばず、最初から無罪 評決が確実な状況だった。これは今回のトランプ裁判にも共通する。違うの はクリントン氏が大統領選挙ですでに2回国民の信任を受けていること。ま た男女関係というきわめて個人的な問題が、憲法条項で規定される弾劾罷免 になじまないこと。さらにスキャンダルにもかかわらず大統領の高支持率が 維持されていることなどを理由に、共和党でも一部の議員が罷免に反対した。

一方民主党議員のなかには「自分の娘ほどの若い女性と関係を持つこと自体 大統領の品位を汚す」という理由で有罪を主張した。結果「偽証罪」につい

ては無罪

55、有罪 45、「司法妨害」が有罪・無罪ともに 50

票の評決で無罪

が確定した。罷免に必要な3分の2の

67

票には両者ともはるかに及ばなかっ た。

 しかし罷免は免れたとはいえ、歴史上2回目の弾劾裁判を受けたことで大 統領の権威は地に落ちた。クリントン氏は裁判終了後の記者会見で「私の愚 かな言動によって国民と議会を大きく失望させたことを謝罪する」「今こそ アメリカの和解と再生に取り組んでいく」と述べた。14)

トランプ大統領の共和党支配

 2016年の大統領選挙では、民主党オバマ大統領からホワイトハウスを奪 回するため共和党は予備選挙当初から

20

名以上が立候補し乱戦模様だった。

そのなかでドナルド・トランプ氏は泡まつ候補者でしかなかった。不動産業 を営む裕福な企業家として、またテレビ番組の司会者として全国的に知名度 は高かったが政治経歴はまったくなかった。他の候補者はジェフ・ブッシュ、

フロリダ州知事を中心に共和党主流派、すなわち歴史的に長い間共和党の政 策決定を担ってきたいわゆる「エスタブリッシュメント(Establishment)」

の人たちだった。

 彼らにとってトランプ氏は共和党にとっての「門外漢」「異端児」でしか なかった。その彼がグローバル化にともなう経済不況に苦しみ、また移民増 加による社会不安にいら立つ白人から幅広い支持を受け、意外にも党の指名 候補となり、ほとんどすべての世論調査の予測を覆して当選した。

 ホワイトハウス入りするとトランプ大統領は共和党への支配力を強めるよ うになる。そのための武器が「ツィッター(Twitter)」によるメッセージで

(16)

ある。彼は日々、何回も

twit

する。その主たる目的は自分の政敵に対する批 判・中傷である。しかもその多くが下品で愚劣なことばでつづられる。そこ には合衆国大統領としての気品と風格はまったくない。たとえば弾劾訴追が 審議されているとき、「この弾劾はいかさま(fake)だ」「これは私に対する 私刑、リンチ(lynching)だ」と大統領は

twit

した。さすがにこのときに使 われた「私刑、リンチ」という表現には民主党ばかりでなく身内の共和党議 員からも批判が続出した。しかしこうした「暴言」は日常茶飯事で本人に反 省はなく、現在も改められていない。

 Twitterのもう一つの武器は共和党議員に対する事実上の「締め付け」で ある。下院本会議における弾劾訴追決議投票では定数

435

議席のうち民主党

233

人、共和党が

197

人、無所属が5人。投票の結果「権力乱用」は賛

230、反対 197、「議会妨害」では賛成 229、反対が 198

だったが、共和党

下院議員全員が両項目ともに反対し、一人も造反者は出なかった。大統領は この票決に先立ち「共和党の指導者を守るべき時である」「もし(訴追決議 に)賛成票を投じるならば次の選挙で対抗馬を出す」と前もって

twit

してい た。2年ごとに改選される下院議員にとって大統領の信任と支持は絶大であ る。上院の弾劾裁判でも共和党議員に対する大統領の強い威嚇があった。も ちろんマッコーネル院内総務を中心とした党執行部による根回し説得があっ たが、「裏切者は絶対に許さない」という大統領の強い思いが上院共和党議 員に伝えられていた。それだけに弾劾裁判評決でロムニー議員が造反したこ とは、大統領にとって許しがたい行為だった。彼は議員に対して「彼は聖人 君子ぶって私を侮辱した。そういうことをするから

2008

年の大統領選挙で 無残に負けたんだ」と

Twitter

で個人攻撃をした。このとき大統領は共和党 に対する影響力を強め同党の9割の有権者から支持されているといわれてい た。それだけに上下院の共和党議員は弾劾の原因となったウクライナ疑惑に おける大統領の行動にいくらかの疑問を持ちつつも「2020

11

月行われる 議会選挙、知事選挙で自身の再選を考えたとき、大統領を敵に回すと自分の 身が危ない」、と考えたのも無理がなかった。15)

(17)

党派対立に終始した弾劾裁判

 弾劾訴追審議、裁判ともに今回は共和党・民主党の党派対立が顕著だった。

両党の議員は、下院で訴追決議されても上院の裁判では共和党が過半数を占 めるため、罷免に必要な3分の2の

67

票を獲得することはほぼ不可能であ り、最終的には大統領は無罪評決になる、という前提でことを進めていた。

ではなぜ民主党は大統領の追及の手を緩めなかったのか。一方共和党はなぜ 大統領を守るためにかたくなまでに民主党に抵抗したのだろうか。

 過去2回の弾劾裁判、すなわちジョンソン、クリントン大統領と今回を 比べた時、決定的に違うのがトランプ大統領が再選を目指していることだ。

2016

年トランプ氏は国民の信任を得て当選した。たとえその投票数が対立 候補と比較して僅差であったとしても、勝利であることには変わりがない。

そして4年後、その大統領の行動に特定の疑惑があったとしても、本人が再 選を望む限り国民の審判を受ける機会を誰も奪うことはできない、これが共 和党議員たちの基本的な立場だった。無罪評決がでた2月5日当日、ホワイ トハウス報道補佐官は「トランプ大統領は

2020

年以降もアメリカ国民のた めに職務を続けることを楽しみにしている」との声明をだした。まさにこの 発言こそ今回の弾劾裁判に対する大統領と共和党の一致した目的であったこ とを象徴している。

 一方民主党は弾劾裁判で大統領を罷免することはほぼ不可能なことを承知 の上で、訴追、裁判審議に膨大な時間と労力を注ぎ込み大統領を追求した。

彼らにしてみればたとえ罷免にいたらなくとも、トランプ氏を史上3人目の

「弾劾された大統領」として歴史の教科書に不名誉な名前を永遠に記すこと に成功した。ただでさえプライドや体裁を重んじるトランプ氏にしてみれば、

これは屈辱以外のなにものでもない。

 民主党にとって弾劾裁判は途中経過の出来事でしかない。彼らの最終目的

2020

11

月大統領選挙でホワイトハウスを奪回することである。無罪評 決直後、弾劾審議を最初からけん引してきたペロシ下院議長は「戦いは終わ らない。私たち民主党は国民のために民主主義を守り続ける」と闘争継続を 宣言した。大統領選に立候補していたエリザベス・ウォーレン上院議員は

「これで私たちは(11月に)ドナルド・トランプを倒し、ワシントンの腐 敗を一掃する」と意気込んだ。

(18)

 NBCテレビとワシントン・ポスト紙共同の世論調査によると弾劾訴追審 議から裁判評決までに至る約5か月間、アメリカの世論調査で弾劾賛否の割

合は賛成

46%、反対 49 %

でほとんど変わらなかった。これはたとえ弾劾を

受けても共和党員のトランプ支持は変わらないことを意味する。むしろ民主 党議員の大統領に対する理不尽な「いじめ」のようにとらえていた。そうし た心理が共和党員を大統領擁護でますます結束させた。

まとめとして

 デンバー大学での特別研究期間中に予想もしなかった史上3度目となる弾 劾裁判に遭遇し、ある意味でアメリカ政治を全く違った視点から学ぶことが できた。まず三権分立の原理による行政府と立法府の「均衡と抑制」が今回 の弾劾裁判でもしっかりと機能していることである。下院での弾劾訴追審議、

そして上院での裁判、両者とも民主党側は「大統領を絶対に独裁者にさせ ない」と主張した。彼らはしばしば “ We must not make the President above

law.”(私たちは大統領を超法的な存在には絶対にさせない)と叫んだ。たと

え最高権力者の大統領であっても「独裁者」にはさせない、という民主主義 の原理原則がそこにはっきりと示されていた。

 さらに弾劾審議における党派対立はすさまじいものがあった。会議場で両 党の議員が感情的になり怒鳴りあう場面がしばしば見られた。証人喚問でも 民主党が招聘した発言者に対して共和党の議員が一方的に攻め立て、個人攻 撃ともとれる失礼な質問も見受けられた。テレビ中継でそうした議員の態度 を見た多くの国民が失望したはずである。また日々大統領の

Twitter

が対立 の火に油を注いだ。彼は民主党議員や大統領を批判した証人を激しく罵った。

こうして弾劾裁判はアメリカ社会をトランプ支持派と反対派でますます分断 させた。

 弾劾裁判で大統領を罷免するには上院で3分の2以上、すなわち

6 7

票が 必要である。しかし共和党が半数以上の上院で有罪評決を期待するのは初め から無理だった。ではなぜ議員たちは闘ったのか。共和党はトランプ氏を再 選させるため、民主党は

11

月の大統領選挙でホワイトハウスを奪回するた めである。今回の弾劾裁判は共和党を「トランプ党」にすっかり変身させて しまった。伝統的な共和党員にとってそれは本意でないはずである。どうし

(19)

たら本来の共和党に戻れるのか。民主党は弾劾裁判に奔走したがどれだけア メリカ国民の意識を変えることができたか。今回の大統領選挙がその答えを 出してくれるはずである。

【注釈】

1. デンバー大学(University of Denver)はコロラド州デンバー市にある私立総合大学。

1865

年創立。雑誌

U.S. News and World Report”

の全米大学ランキングでトップ

100

校にランクされている。学部生と大学院生がほぼ半々で、学部生は

65

のプログ ラムから専攻分野を選ぶことができる。

2. American Center Japan・U.S. Department of State https://americancenterjapan.com

3.『ニクソンを追いつめた 300

日』常盤新平訳、文春文庫 1980年(新装版

2005

年)。

4. Richard A. Posner An Affair of State: The Investigation, Impeachment, and Trial of President Clinton Harvard University Press, 2000.

5. The New York Times(電子版)September 26, 2019.

6. 朝日新聞 Digital 2019

11

27

日。

7. 同上、2019

12

20

日。

8. 同上。

9. Newsweek(日本語ニューズウィーク誌電子版) 2020

年1月

20

.

10. USA Today(電子版)January 28, 2020. 

11. The New York Times(電子版)February 6, 2020.

12. The Atlantic(電子版)February 5, 2020.

13. The American Thinker(電子版)January 30, 2020.

14. David P. Shippers: The Inside Story of President Clinton s Impeachment pp.51-150, Regnery Publishing, 2001.

15. The WRAP

(電子版)January 23, 2020.

【参考文献】

1. Leon Friedman & William F. Levantrosser: “Watergate and Afterward: The Legacy of Richard Nixon”, Greenwood Press, 1992.

2. Richard A. Posner: An Affair of State: The Investigation, Impeachment and Trial of President Clinton , Harvard University Press, 2000.

3. Irving Brant: Impeachment: Trials and Errors , Alfred A. Knopf, 1972.

4. John Bolton: In the Room Where It Happened , Simon & Shuster, 2020.

(20)

5. Kevin Sullivan & Mary Jordan: Trump on Trial: The Investigation, Impeachment, Acquittal and Aftermath , Washington Post, 2020.

6. ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン『ニクソンを追いつめた 300

日』常

盤新平訳、文春文庫 1980 年(新装版

2005 年)。

7. 西川賢『ビル・クリントン』中公新書 2016

年。

参照

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