将来人口推計を用いた災害発生危険地域の土地利用に関する検討 A Study on Land Use of Disaster Risk Areas Using Population Projections
土木工学専攻 8 号 井原 毅 Tsuyoshi IHARA
1.研究の背景
日本は,地震をはじめとする自然災害が多く発生する 国である.特に現在は,地震学的に非常に活動度の高い 時期を迎えており,どの地域においても災害発生リスク を秘めている.しかし,生活の利便性から沿岸部や平野 部などの災害発生危険度の高い地域に人口が集中してし まっている.
いかに優れた災害対応システムや復旧・復興システム を有していても,災害発生危険の高い地域に住むうえで は,各個人の災害意識の向上と維持は不可欠であり,さ らに,高齢者や障害者など避難行動が困難な人々が危険 な地域に住んでいる場合は,人的被害を確実に 0 にする ことは難しい.
2011 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震に よる津波で大きな被害を受けた被災地では,復興対策と して高地移転などの土地利用対策が盛んに議論されてい る.防災集団移転促進事業やがけ地近接等危険住宅移転 制度など,災害危険地域からの移転に関する制度も整備 されており,近年では 2000(平成 12)年有珠山噴火や
2004(平成 16)年新潟県中越地震の際に集団移転が実施さ
れている.集団移転を高地移転に限ってしまえば移転で きる地域は限定されてしまう.しかし,少子高齢人口減 少社会においては移転先として,既存の交通インフラが 整備された生活の利便性が高いにもかかわらず,使われ なくなったスペースで,災害発生危険度の低い地域へ人 口を誘導することが可能となる.これは,今後の防災対 策を考える上で重要な視点である.
2.研究の目的
防災集団移転促進事業の実施状況を見てみると,これ まで成されてきた移転等の対策は,主に災害後に実施さ れてきた.自然災害により地形が変わり,住むことが不 可能な土地になるといった問題が発生することで,事後 の方が住民の合意が得られやすく,また行政も復興事業
として積極的であるためだが,一方で事後ということは 被害を受けることが前提の対策という意味である.今後 の防災対策として,災害発生前に安全な地域へとあらか じめ人口を誘導できれば, 自然災害による被害を回避し,
人的被害・物的被害を大幅に軽減することが可能となる.
現在の日本は人口が減少傾向にある.総務省の発表で は,日本の人口のピークは 2004 年の 1 億 2,783 万人であ り,国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によ れば,2040 年代から 2050 年代には人口が 1 億人を下回 ると予想されている.
今後 30 年以内の発生確率が高く, 大きな被害をもたら す地震として,首都直下型地震や東海地震,東南海地震 などがあげられる.特に,過去の発生状況から連動型が 発生する可能性も指摘されている図-1 に示すような震 度分布の東海・東南海・南海連動地震では,日本の広い 範囲で大きな揺れや津波が襲うことが想定されている.
政府中央防災会議は平成 15 年 9 月に M8.7 の巨大地震に よって,死者が約 28,000 人,経済被害が約 81 兆円に達 する被害想定を発表している.
そこで本研究では,東海・東南海・南海連動地震によ る地震動や津波などの危険性の高い地域を対象とし,将 来発生すると予想される大規模災害の被害抑止対策の一 つとして,人口減少により空き家・空き地となった安全 な立地条件の地域へと,中・長期的な人口誘導を図るこ とを検討する.
図-1 東海・東南海・南海地震震度分布
3.研究の方法
災害発生リスクの高い地域から安全な地域への人口誘 導の検討にあたって,新規の用地開発や整備にかかる時 間と費用は,移転誘導を困難にする要因の 1 つである.
そこで私たちは,これらの問題への対策案として,既存 の住宅用地を有効活用することを基本として考える.
本研究では,図-1 に示す,東海・東南海・南海地震が 発生する際に地震動や津波によって大きな被害が出ると 想定されており,かつ人口減少率が高く集団移転の実施 可能性が高いであろう,高知県,徳島県,和歌山県,三 重県の 4 県の市町村を対象とした.
各県の市町村の将来人口を推計するために,国立社会 保障・人口問題研究所が 2005 年度国勢調査の人口を基準 に推計した 2035 年までの推計結果を用いて, 各年齢階級 別の変動率を求め 2055 年までの人口を推計した.図-2 は,対象 4 県の人口を棒グラフで, 65 歳以上の人口割合 を示す高齢率を折れ線グラフで表している.どの県も人 口が減少し, 三重県を除く 3 県では 2005 年人口の半数近 くまで減少し,特に和歌山県では人口減少率が 50%を超 える結果となっている.また,人口減少とともに高齢化 も進んでおり,高齢化率の高い市町村では 60%を超える 結果となっている.
市町村内での人口誘導を考えるにあたって,誘導先で 被害を受けることを極限 0 にしなければならない.移転 する際,古い建物への移住を規制することで移転者全体 の住居の耐震性を確保することができる.さらに被害を 受けるリスクを軽減するために,同じ市町村内でも震度
図-2 将来人口と高齢率
の小さい地域を最優先誘導先として考えた.また,図-4 に示す,木造建物の震度別全半壊率のグラフより最優先 誘導先を震度 5 強以下とし,震度 7 と 6 強の人口を最低 でも震度 6 弱以下の地域へ誘導することした.
図-3 木造建物全半壊率
人口誘導対策として本研究では,市町村内で安全な地 域への移動,他の安全な市町村への移動の 2 つを基本に 検討をした.2 つ目の他の市町村への移動については,
移動を行う市町村の位置や規模を考慮し,さらに,表-1 に示す 3 つの年齢別のパターンでの人口誘導の可能性に ついて評価を行った.
表-1 人口誘導策
4.分析結果
はじめに,各県の各市町村での最大津波高さ,最大震 度,人口減少率を説明変数とし,人口誘導すべき優先順 位づけを行った. 表-2 の上から順番に地震動と津波によ る被災リスクが高く人口誘導を優先すべき市町村である.
次に, 図-4, 図-5 は 4 県の人口誘導による変化を表し ており, 図-6 から図-9 には 4 県の中で津波の危険性も考 えられる沿岸市町村の人口誘導による震度別人口の変化 を示す.
表-3 では,他の市町村への人口誘導を行った際の移動 可能時期を表している.これは,4 県の中で想定される 津波の高さが最も高く,災害リスクが高い高知県の結果 を示したものである.
パターン① 全住民 危険市町村の全住民を近隣の市町村へ移動
パターン② 65歳以下
・危険市町村の65歳以下の住民を近隣の市町村へ移動
・65歳以上は親族の家や老人ホーム等の施設へ移動す るための支援
パターン③ 20~39歳 +65歳以上
・移動率が高く,移動先の維持管理,産業の発展を担う
・65歳以上はパターン②と同様
表-2 沿岸市町村被害想定-誘導優先順-
図-4 4 県全市町村 人口比較
図-5 4 県災害リスクの高い市町村 人口比較
図-6 高知県災害リスクの高い市町村 人口比較
図-7 徳島県災害リスクの高い市町村 人口比較
図-8 和歌山県災害リスクの高い市町村 人口比較
図-9 三重県災害リスクの高い市町村 人口比較
高知県 震度 津波高さ(m) 三重県 震度 津波高さ(m)四万十町 6.5 15.73 志摩市 6.3 8.99
室戸市 6.3 14.25 鳥羽市 6.4 8
黒潮町 6.4 13.35 熊野市 5.8 8.77 大月町 6.4 12.06 尾鷲市 5.8 7.66 土佐清水市 6.3 11.67 南伊勢町 5.6 7.33 四万十市 6.5 13.59 紀北町 5.6 7.85 須崎市 6.4 10.56 大紀町 5.3 7.55 東洋町 5.7 10.05 紀宝町 6.0 5.77 奈半利町 6.4 7.91 御浜町 5.6 6.34 中土佐町 6.0 10.09 伊勢市 6.1 4.43 安芸市 6.2 8.82 木曽岬町 5.7 2.22 安田町 6.1 7.09 明和町 5.9 2.99
土佐市 6.1 8.84 津市 6.0 2.32
高知市 6.4 7.81 四日市市 5.7 2.05 田野町 6.3 6.48 鈴鹿市 5.8 2.27 芸西村 5.5 8.26 桑名市 5.5 1.95 南国市 6.3 7.97 松阪市 4.9 2.47 香南市 6.3 5.84 川越町 5.7 1.86 和歌山県 震度 津波高さ(m) 徳島県 震度 津波高さ(m)
串本町 6.4 9.5 海陽町 6.3 10.78
すさみ町 6.3 7.07 牟岐町 6.1 5.92 那智勝浦町 6.2 7.96 美波町 5.7 6.88 田辺市 6.7 7.06 阿南市 5.8 6.66 白浜町 6.8 6.1 小松島市 5.7 3.26
御坊市 6.5 7.2 松茂町 5.8 3.75
美浜町 6.3 6.96 鳴門市 4.9 3.97
印南町 6.4 6.2 徳島市 5.1 3.52
みなべ町 6.7 5.9 由良町 6.1 6.11 太地町 5.9 5.51 海南市 5.8 6.53 新宮市 6.0 5.52 広川町 6.0 5.59 湯浅町 6.0 5.45 和歌山市 5.8 5.86 有田市 5.9 4.77 日高町 6.3 5.24
0 50 100 150 200 250
2005年2010年2015年2020年2025年2030年2035年2040年2045年2050年2055年 震度5‐
震度5+
震度6‐
震度6+
震度7 実線:人口誘導あり 点線:人口誘導なし 人口(万人)
0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200
2005年2010年2015年2020年2025年2030年2035年2040年2045年2050年2055年 震度5‐
震度5+
震度6‐
震度6+
震度7 実線:人口誘導あり 点線:人口誘導なし 人口(万人)
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900
2005年2010年2015年2020年2025年2030年2035年2040年2045年2050年2055年 震度5+
震度6‐
震度6+
震度7 実線:人口誘導あり 点線:人口誘導なし 人口
(百人)
0 100 200 300 400 500 600
2005年2010年2015年2020年2025年2030年2035年2040年2045年2050年2055年 震度5+
震度6‐
震度6+
実線:人口誘導あり 点線:人口誘導なし 人口
(百人)
0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400
2005年2010年2015年2020年2025年2030年2035年2040年2045年2050年2055年 震度5+
震度6‐
震度6+
震度7 実線:人口誘導あり 点線:人口誘導なし 人口
(百人)
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500
2005年2010年2015年2020年2025年2030年2035年2040年2045年2050年2055年 震度5+
震度6‐
震度6+
震度7 実線:人口誘導あり 点線:人口誘導なし 人口
(百人)
表-3 高知県の市町村移動評価
図-6 から図-9 により,各県の津波の危険性のある市 町村内で人口誘導を行うと,震度 7 の人口は 2040 年ま でには全員誘導することが可能であることが分かった.
表-3 で示している,高知県の室戸市では,全住民が震度 6 弱以上の土地に住居を構えており,同市内での移動は 難しい.しかし,近くに位置している市への誘導を検討 した結果,早い段階での人口誘導が可能であることが分 かった.
5.結論
本研究では,東海・東南海・南海地震による大きな被 害が想定されている高知県,徳島県,和歌山県,三重県 の 4 県を対象として,災害危険地域からの人口誘導策と 効果について検証を行った.
同じ市町村名で災害リスクの低い地域への人口誘導を 行った際には,2005 年時点で 27,630 人であった震度 7 の暴露人口が 2035 年には 1 万人を下回り,2040 年には 全員を他の地域へ誘導可能になることが分かった. また,
震度 6 強の暴露人口についても, 2055 年には 4 県の全市
町村で 25%が移動可能になり,津波の危険性のある太平
洋沿岸の市町村でも 35%の人口を他の地域へ誘導する ことが可能であることが分かった.
本研究では, 2005 年の人口を基準としたため以上のよ うな結果となったが, 2005 年時点で活用されていない宅 地などが存在している可能性が高い.これらの用地も有 効活用することで,早期に安全な地域への誘導が可能と なる.同じ市町村内での移動のメリットは,地域コミュ ニティの維持と生活環境の変化の少なさが考えられ,早 急な人口誘導が可能になると考えられる.
災害リスクの低い他の市町村への人口誘導策は,誘導 方法をパターン分けして検討した.災害リスクの高い市 町村を優先的に誘導するために,近隣のある一定規模以 上の市町への移転可能性を検証した.その結果,同じ市
町村内での人口誘導がうまくいかない市町村でも,比較 的早い段階での人口誘導が可能になることが分かった.
同じ市町村内での移動と比較すると,住民の合意や移 転先との調整などの問題が発生するが,今後の社会をコ ンパクトシティ化し,生活の利便性に優れた都市の形成 のためには有効な手段である. また, 被災集落の孤立や,
施設整備費用などの削減にも効果があると考えられる.
6.今後の課題
今後の課題として,本研究では人口減少によって空い たスペースへの誘導についての検討を行ったが,実際に 誘導を行う際にかかる費用や住民の合意を得るためのプ ロセスなどを検討する必要がある.また,移転すること で使われなくなる土地の維持管理や観光地の整備など問 題が多く存在している.これらの問題を解決するために も,人口誘導の可能性を念頭に置き,国や県,各市町村 での早急な議論が必要である.
参考文献
1) 大原美保:人口減少社会に求められる災害対策,東 京大学大学院情報学環紀要情報学研究,No.77,
pp183-185,2009.
2) 陳海立,牧紀男,林春男:将来人口減少を考慮した 東海・東南海・南海地震の地域暴露特性-将来暴露人 口と社会基盤施設に対する基礎考察-,自然災害科学 J.JSNDS 29-3,pp365-380,2010.
3) 国立社会保障・人口問題研究所:日本の市区町村別 将来推計人口-平成 17~47 年-(平成 20 年 12 月推計) 4) 中央防災会議,東南海・南海地震に関する専門調査
会,第 14 回会合.
5) 高知県ホームページ 6) 徳島県ホームページ 7) 和歌山県ホームページ 8) 三重県ホームページ
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安 芸 市
宿 毛
③+⑤ 市
④+⑤
③+④+⑤
移 転 先
③黒潮町
④大月町
⑤土佐清水市
③+④
②東洋町
①+②
2035年 2040年 2045年 2050年 2055年
①室戸市 パターン
高知県 2015年 2020年 2025年 2030年