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─ ─ アジアにおける独立取締役の多様性

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(1)

翻 訳

アジアにおける独立取締役の多様性

─分類法─

Varieties of Independent Directors in Asia:

A Taxonomy

ダニエル・プチュニアク キム・コンシク**

訳 宮 本 航 平***

    目   次   訳者はしがき  Ⅰ は じ め に

 Ⅱ アジアにおける独立取締役の多様性:明かされる相違    ₁ .統一的な「英米式の」独立取締役という神話    ₂ .アジアにおける独立取締役:英米的起源を解きほぐす

   ₃ . アジアにおける独立取締役の形式:極めて非アメリカ的で,驚くほど多 様である

   ₄ .アジアにおける独立取締役の機能:明かされる多様な期待

   ₅ . アジアにおける独立取締役の現実の機能:実証される多義性と,文脈に 依存する特異性

 Ⅲ.アジアにおける独立取締役の多様性を理解する:分類法    ₁ .アジアにおける独立取締役の緩やかな分類法の基礎    ₂ .アジアにおける独立取締役の多様性を生む ₆ つの主要な要素

 シンガポール国立大学准教授  Dan W. Puchniak

 Associate Professor, National University of Singapore

** ソウル国立大学教授  Kon Sik kim

 Professor, Seoul National University

*** 所員・中央大学法学部准教授

(2)

   ₃ .緩やかな分類法を確立するために ₆ つの主要な要素を活用する  Ⅳ.結論:アジアにおける独立取締役の多様性が与える示唆

訳者はしがき

 本稿は,Dan W. Puchniak and Kon Sik Kim, “Varieties of Independent Di-

rectors in Asia: A Taxonomy”, pp. 89─134, in Dan W. Puchniak, Harald Baum, Luke Nottage (eds), Independent Directors in Asia. A Historical, Con- textual and Comparative Approach, (2017)

の全訳である。

 本稿が掲載された書籍はアジアにおける独立取締役を通観するものであ る。以下にその目次を掲げる。

第 ₁ 部 理論的枠組み─導入─

 第 ₁ 章 西洋における独立取締役の発生      ─アジアの法移植の起源を理解する─

 第 ₂ 章 独立取締役─理論的枠組み─

 第 ₃ 章 アジアにおける独立取締役の多様性─分類法─

第 ₂ 部 アジアの各法域に関する章

 第 ₄ 章 日本における独立取締役の漸進的受容      ─実証的,政治過程的分析─

 第 ₅ 章 韓国における義務的独立取締役

     ─期待された役割と予期されなかった役割─

 第 ₆ 章 中国における独立取締役─事実と改正提案─

 第 ₇ 章 二重ボードから単一ボードへ

     ─台湾におけるコーポレート・ガバナンスの改革─

 第 ₈ 章 香港における独立取締役

 第 ₉ 章 シンガポールにおける独立取締役

     ─コーポレート・ガバナンスの異常値?─

(3)

 第10章 インドにおけるボードの独立性─形式から機能へ?─

第 ₃ 部 異なる観点と結論

 第11章  オーストラリアにおける独立取締役の発生と,消滅の可能性の 低さ

 第12章 アジアにおける独立取締役のケース・スタディー

 第13章 アジアにおける独立取締役─理論的示唆と実務への含意─

 翻訳対象である論文はこの第 ₃ 章にあたり,第 ₂ 部の各法域に関する章 の分析を踏まえて,独立取締役の研究を行う際の視座を提供している。本 論文は,アジアにおける独立取締役がアメリカやイギリスにおける独立取 締役とは異なるものであり,また,アジア内部においても独立取締役は法 域ごとに異なるものであると議論している。この主張は,独立取締役はど の法域においても同一のものであるという従来の想定と正面から衝突する ものである。本論文は,この様なアジアにおける独立取締役の多様性を踏 まえて,将来の独立取締役の比較法研究のありうる手法について新たな可 能性を具体的に提示しており,この分野の研究に貢献していると思われ る。

 本論文の翻訳・出版を許可いただいた

Puchniak

教授および

Cambridge University Press

に感謝する。

I は じ め に

 一見すると,アジアにおける独立取締役の普及は,アメリカからアジア への法移植の分かりやすい一例に過ぎないようにも見える。アメリカ法に おいて発案された独立取締役1)は,アジアにおいては数十年前まではほと んど見られなかった2)。今日では,本書が示すように,独立取締役はアジ 1) アメリカ的な独立取締役の起源の概観については,本書の第 ₁ 章Ⅲを参照。

2) 例えば,本書の第 ₄ 章(日本)Ⅰ(独立取締役の導入に対する日本の明らか な抵抗),第 ₅ 章(韓国)Ⅲ.1.b(韓国は2000年に初めて制定法によって独立取

(4)

アにおいても全域に見られるものになっている。

 アジアの各法域が「独立取締役」を強力に促進し受け入れていることを 示す証拠が本書には示されており,アジアにおけるコーポレート・ガバナ ンスに精通している者であってもこれを見れば驚嘆せざるを得ないだろ う。アメリカの主要な議決権行使助言機関である

Institutional Shareholder

Service (ISS)

の報告するところによると,中国における上場会社のうち70

%以上において,「独立取締役」がボードの過半数を占めている。それに よると,「独立取締役」がボードの過半数を占める会社の比率において,

中国は,オーストラリアやイギリスよりも上位に位置することになる3) シンガポールにおいては,この10年以上,全上場会社の取締役の過半数が

「独立取締役」であると報告されている。また,コーポレート・ガバナン ス・コードにおける「遵守せよ,さもなくば説明せよ」方式のもとで「独 立取締役」に関する条項に関して遵守することを選択する上場会社は,98

%に上る。この割合は,「遵守せよ,さもなくば説明せよ」方式が発案さ

締役を要求した),第 ₆ 章(中国)Ⅱ.2(中国の会社は1993年に初めて香港証券 取引所の上場規則に従って独立取締役を導入した),第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.1(台湾 証券取引所は2002年に初めて独立取締役に関する上場規則を制定した),第 ₈ 章(香港)Ⅱ.4(香港証券取引所は1993年に初めて独立取締役に関する上場規 則を制定した),第 ₉ 章(シンガポール)Ⅲ.1(シンガポールは1989年に初めて 制定法によって独立取締役を要求した),第10章(インド)Ⅲ(インドの証券 取引委員会は2000年に初めて独立取締役に関する上場規則を制定した)を参 照。C. H. Tan, ʻCorporate Governance and Independent Directorsʼ, Singapore Academy of Law Journal, 15 (2003), 355, 365も参照。

3) ISSのリポートによると,オーストラリアとイギリスでは上場企業の約半数 において独立取締役がボードの過半数を占めている。T. Gopal, ʻJapan: A Closer Look at Governance Reformsʼ (ISS, 2015), available at www.issgovernance.com を参照。このレポートでは,レポートにおいて利用された「独立取締役」の定 義とレポートにおいて示された情報の収集の手法については開示されていな い。中国のボード構造の分類に関するレポートの問題点については,注75)を 参照。2016年 ₆ 月 ₂ 日にメールによる説明を求めたが,本書の出版までに回答 が得られる見込みはない。

(5)

れたイギリスにおける遵守の比率を上回るものである4)。2000年,韓国は,

すべての大規模な上場会社において「独立取締役」がボードの少なくとも 半数を占めなければならないとの強行的規制を採用した5)。加えて,2004 年には,大規模な上場会社のボードの過半数が「独立取締役」によって占 められなければならないこととされた6)。これは,EUの主要な法域のい ずれと比較しても,表面的にはより厳格な要求である。EUにおいては,

「独立取締役」の規制は非強行的な推奨にとどまることが多い7)。インド では,2000年,上場会社においては少なくともボードの ₃ 分の ₁ が「独立 取締役」でなければならず,さらに,ボードの議長がその会社の経営者で

4) シンガポールのコーポレート・ガバナンス・コードは,ボードの ₃ 分の ₁ が 独立取締役によって占められることを要求している。2006年までに,シンガポ ールの上場会社の98パーセントがこのコードの完全な遵守を公表している。ま た,上場企業の取締役の過半数が独立取締役であると報告されている。第 ₉ 章

(シンガポール) Ⅰ,H. Tjio, Principles and Practice of Securities Regulation in Singapore, 2nd edn (LexisNexis, 2011), 326を参照。これに対して,イギリスの 2010年版コーポレート・ガバナンス・コードと2012年版コーポレート・ガバナ ンス・コードはthe Financial Times Stock Exchange 350 Indexに上場している 会社においてボードの半数が非業務執行取締役で占められることを求めてお り,このコードの遵守率は2011年には80%,2015年には92%であった。Finan- cial Reporting Council, ʻDevelopments in Corporate Governance and Stewardship 2015ʼ (Financial Reporting Council, 2016), available at www.frc.org.uk; Financial Reporting Council, ʻDevelopments in Corporate Governance and Stewardship 2011: The Impact and Implementation of the UK Corporate Governance and Stewardship Codesʼ (Financial Reporting Council, 2011), available at www.frc.org.

ukを参照。シンガポールとイギリスでボードにおける独立取締役の推奨割合 がそれぞれ ₃ 分の ₁ と半数と異なっていることから,これらの遵守率を単純に 比較することはできないが,それでも有益な示唆が得られる。「遵守せよ,さ もなくば説明せよ」方式の詳細については,第 ₁ 章Ⅳ.1を参照。

5) 第 ₅ 章(韓国)Ⅲ.1.bを参照。

6) 第 ₅ 章(韓国)Ⅲ.1.bを参照。

7) P. L. Davies and K. J. Hopt, ʻBoards in Europe: Accountability and Conver- genceʼ, American Journal of Comparative Law, 61 (2013), 301, 319.

(6)

ある場合には,ボードの少なくとも半数が「独立取締役」でなければなら ないとの強行的規制が採用された8)。これも,多く主要な西洋諸国と比較 して,より厳格な要求のように見える9)。香港でも,1993年には,すべて の上場会社が少なくとも ₂ 名の「独立取締役」を選任することが強行的規 制により求められ,さらに最近では,すべての上場会社においてボードの

₃ 分の ₁ 以上が「独立取締役」でなければならないとの強行的規制が採用 された10)

 これらの事実は,従来の一般的な理解とは異なる現実を示している。す なわち,多くのアジアの経済先進国・地域は,ボードにおいて「独立取締 役」が占める割合に関しては西洋の先進国に優っている11)。同様に,多く のアジアの経済的先進国・地域における法と規制は,多くの西洋の先進国 と比較しても,上場会社のボードにおける「独立取締役」をより強力に促 進し,要求しているように見える12)。アジアにおける多くの主要な上場会 社において,「独立取締役」がボードのかなりの割合を占めており,しか も多くの場合過半数を占めている。この様な際立った展開は,これまでほ とんど見過ごされてきた13)

8) 第10章(インド)Ⅲを参照。

9) Davies and Hopt, ʻBoards in Europeʼ.

10) 第 ₈ 章(香港)Ⅱ.1を参照。

11) アジアの会社のボードは内部者によって支配されていることが多いというの が伝統的な理解である。S. Claessens and J. P. H. Fan, ʻCorporate Governance in Asia: A Surveyʼ, International Review of Finance, 3 (2002), 71, 82; C. L. Ahmadjian, ʻCorporate Governance and Business Systems in Asiaʼ in G. Redding and M. A.

Witt (eds.), The Oxford Handbook of Asian Business Systems (Oxford University Press, 2014), 342─343を参照。

12) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.b─c,第 ₅ 章(韓国)Ⅲ,第 ₆ 章(中国),第 ₇ 章(台湾)

Ⅱ.1,第 ₈ 章(香港)Ⅱ,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.4,第10章(インド)Ⅲ,

第11章(オーストラリア)Ⅲを参照。

13) 韓国ではすべての大規模な上場会社においてボードの過半数が独立取締役に よって占められることが求められており,韓国のすべての大規模な上場会社で 独立取締役がボードの過半数を占めている。第 ₅ 章(韓国)Ⅲ.1.bを参照。今

(7)

 誤解のないように言っておくと,「独立取締役」がアジアのすべての法 域で強力に促進され,幅広く受け入れられているわけではない。例えば,

最近まで日本においては上場会社の大半は「独立取締役」を選任していな かったし14),台湾においては上場会社のおよそ ₃ 分の ₁ は今でも「独立取 締役」を選任していない15)。しかし,日本や台湾においても,近時の法改 正によって,ボードにおける「独立取締役」の数は急激に増加している16) そして,その傾向は両国において今後も続くように思われる。比較コーポ レート・ガバナンスの専門家においても見逃されることが多いが,重要17)

一つの顕著な例はシンガポールに見られる。そこでは,政府関連会社の持株会

社であるTemasekのボードの構成員は,CEOを除いてすべて非業務執行独立

取締役である。加えて,シンガポールの著名な上場会社の大半を占める23の政 府関連上場会社の取締役の64.87%が社外取締役である。第 ₉ 章(シンガポー ル)Ⅲ.3 を参照。さらに,アジアの著名企業の多数においてボードの少なくと も半数が独立取締役によって占められていることも指摘されるべきである。例 えば,Lenovo (11名中 ₇ 名),Samsung ( ₉ 名中 ₅ 名),Tencent ( ₈ 名中 ₄ 名),

Sony (12名 中 ₉ 名 ),Tata Steel (12名 中 ₆ 名 ),Acer Group ( ₇ 名 中 ₄ 名 ),

DBS Group Holdings ( ₉ 名中 ₇ 名) といった具合である。 例えば,Lenovo, ʻCorporate Governance: Board of Directorsʼ, available at www. lenovo.com; Sam- sung, ʻBoard of Directorsʼ, available at www.samsung.com; Tencent, ʻBoardʼ, avail- able at www.tencent.com; Sony, ʻCorporate Governanceʼ, available at www.sony.

com; Tata Steel, ʻBoard of Directorsʼ, available at www.tatasteel.com; Acer Group, ʻCorporate Governanceʼ, available at www.acer-group.com; DBS Group Holdings, ʻAnnual Report 2015: Board of Directorsʼ, available at www.dbs.comを参照。

14) G. Goto, ʻThe Outline for the Companies Act Reform in Japan and Its Implica- tionsʼ, Journal of Japanese Law, 35 (2013), 13, 19.

15) 第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.2.a参照。2014年時点で,台湾証券取引所上場会社および 店頭取引会社の66.34%が独立取締役を選任している。

16) 日本と台湾においては,政治的影響と規制の変化によって独立取締役は次第 に増加してきた。第 ₄ 章(日本)Ⅳ,第 ₇ 章(台湾)Ⅳを参照。

17) バングラディシュ ₁ 億5800万人,マレーシア3000万人,タイ6700万人,イ ンドネシア ₂ 億5200万人, フィリピン ₁ 億人と, これらの ₅ カ国を合わせる と, 約 ₆ 億700万 人 の 人 口 を 有 し て い る。UNData, ʻDataʼ, available at data.

(8)

ではあるがあまり注目されないバングラディシュ18),インドネシア19),マ レーシア20),フィリピン,タイ,ベトナム21)といった開発途上国において も,「独立取締役」はボードの主力になっている22)。この様に,「独立取締 役」はアジア全体でコーポレート・ガバナンスに共通する存在となってい ることは疑いがない。そして,その普及はすぐには終わらない様に思え 23)

 しかし,この章の第 ₂ 節で述べる様に,アジアにおける「独立取締役」

の急速な普及は,一見するより複雑である。本書の各法域に関する章の比 較から明らかになることがある。すなわち,「独立取締役」という「肩書 き」は,アメリカから,時にはイギリスを経由して,アジア全体に急速に 移植された。 それにもかかわらず, 独立取締役の「形式」, つまり誰に

「独立取締役」の肩書きが与えられるか24)は,アジアにおいてはアメリカ

un.orgを参照。

18) Emerging Markets Committee of the International Organization of Securities Commissions, ʻCorporate Governance Practices in Emerging Marketsʼ (2007), available at www.iosco.org.

19) M. Prabowo and J. Simpson, ʻIndependent Directors and Firm Performance in Family Controlled Firms: Evidence from Indonesiaʼ, Asian Pacific Economic Liter- ature, 25 (2011), 121.

20) H. Ibrahim and F. A. Samad, ʻCorporate Governance Mechanisms and Perfor- mance of Public-Listed Family-Ownership in Malaysiaʼ, International Journal of Economics and Finance, 3 (2011), 105.

21) D. Vo and T. Phan, ʻCorporate Governance and Firm Performanceʼ (2013), available at www.murdoch.edu.au.

22) インドネシア,マレーシア,フィリピン,タイを含む多くのアジアの法域に おける独立取締役に関する規制の概観としては,ACGA, ʻRules and Recommen- dations on the Number of Independent Directors in Asiaʼ (2010), available at www.acga-asia.org/を参照。

23) 本書の各法域に関する調査の多くは,それぞれの法域において独立取締役が 今後増加することを予測している。第 ₄ 章(日本)Ⅳ,第 ₇ 章(台湾)Ⅳ,第

₈ 章(香港)Ⅳ,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅴ,第10章(インド)Ⅶを参照。

24) 独立性の厳密な定義は法域によって異なりうる。概括的に定められた基準に

(9)

の独立取締役の構想とは大きく異なるものである。また,独立取締役の

「機能」,つまり独立取締役が何をするのか25)も,アジアにおいてはアメリ カの独立取締役の構想とは大きく異なっている。事態をさらに複雑にする のは,「独立取締役」の形式と機能はアジアの内部においても法域ごとに 異なっていることである26)。現実には,アジアにおける独立取締役の「多 よって構成される積極的定義の形を採る場合もあれば,欠格事由を列挙する形 式の消極的定義の場合もある。あるいはその双方を併用する場合もある。例え ば,第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1 (欠格事由の列挙を伴う概括的な基準),第 ₅ 章(韓国)

Ⅲ.2.b (欠格事由の列挙),第 ₈ 章(香港)Ⅱ.2 (独立性の欠如が疑われる状況の 列挙を伴う概括的な基準)を参照。

25) 「アメリカ式」の独立取締役の主要な目的は,分散した株主に代わって経営 者を監視することである。そのため,独立取締役は経営者から独立しているこ とを求められる。 重要な株主からの独立は求められない。U. Velikonja, ʻThe Political Economy of Board Independenceʼ, North Carolina Law Review, 92 (2014), 855, 863─864; B. R. Cheffins, ʻThe History of Modern U.S Corporate Governance:

Introductionʼ in B. R. Cheffins (ed.), The History of Modern U.S. Corporate Gover- nance (Edward Elgar, 2012); J. Gordon, ʻThe Rise of Independent Directors in the United States, 1950─2005: Of Shareholder Value and Stock Market Pricesʼ, Stan- ford Law Review, 59 (2007), 1465 を参照。

26) 本書で検討される法域の独立取締役は,各々の法域で求められる特定の役割 を果たすために必要な特異な能力を持っている可能性がある。後掲Ⅲ.4,Ⅲ.5参 照。また,第 ₅ 章(韓国)Ⅳ.4 (韓国において元政府職員を独立取締役に選任 する傾向が強まっていることが観察されている。それらの独立取締役は,上場 会社と政府とのコミュニケーション手段として機能することが期待されている 可能性がある), 第 ₆ 章(中国)Ⅱ.3, 第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.2.b, 第 ₉ 章(シンガ ポール)Ⅲ.2,Ⅲ.3 (シンガポールの同族企業の独立取締役は家族構成員の調停 役あるいは助言役として機能している可能性が高いことを指摘する。また,政 府関連会社の独立取締役はシンガポール特有の規制環境によって生じる経営監 視の陥穽を埋めるために選任されていると指摘する),第10章(インド)Ⅳ.2

(元政府職員や政治家が独立取締役に選任されることも多いと指摘する。また,

韓国,中国,台湾,インドでは研究者が独立取締役に選任されることも多いこ とを指摘する)も参照。同様のことは,他の研究でも示されている。例えば,

D. W. Puchniak, ʻMultiple Faces of Shareholder Power in Asia: Complexity Re- vealedʼ in J. Hill and R. Thomas (eds.), Research Handbook on Shareholder Power

(10)

様性」が存在する。アジアの独立取締役のどれも,アメリカにおける独立 取締役の構想とは合致しない。このことは,「独立取締役」はどこに行っ ても似たようなものであり27)アメリカにおける独立取締役の構想に従うも のである28)という常識を覆すものである。またこのことは,本書の主要な (Edward Elgar, 2015), 514, 525─526 (支配株主が存在するアジアの会社における 独立取締役は大株主の支配権を強化する仕組みになっている可能性があるこ と,「良い」コーポレート・ガバナンスをアピールする手段になっている可能 性があることを指摘する。また,日本では社外取締役が系列や株式持合いを強 化するために利用されることもあること,中国では「独立」取締役は政府の操 り人形であると言われることがあることを指摘する); D. C. Clarke, ʻIndependent Director in Chinese Corporate Governanceʼ, Delaware Journal of Corporate Law, 31 (2006), 125, 207─208 (中国の上場会社500社の調査の結果,独立取締役の45

%が大学教授か研究機関の研究者であることを指摘し,また典型的な独立取締 役のイメージが名声のために就任し規制を遵守するために選任される善良では あるが無力な研究者か著名人であることを指摘する)を参照。

27) 独立取締役がどの法域でも同一のものであるとの理解は,この領域における 主導的な研究の多くに共通するものである。例えば,B. S. Black et al., ʻCorpo- rate Governance Indices and Construct Validityʼ (ECGI Finance Working Paper No. 483/2016, September 2016), 27 Table 2, available at https://papers.ssrn.

com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2838273; D. Katelouzou and M. Siems, ʻDisap- pearing Paradigms in Shareholder Protection: Leximetric Evidence for 30 Coun- tries, 1990─2013ʼ, Journal of Corporate Law Studies, 15 (2015), 127; B. S. Black et al., ʻDoes Corporate Governance Predict Firmsʼ Market Values? Evidence from Koreaʼ, Journal of Law, Economics and Organisation, 22 (2006), 366 を参照。同様 の理解は,他のコーポレート・ガバナンス調査やランキングにも現れているよ うに思える。N. A. Chakra et al., ʻDoing Business 2017: Equal Opportunity for Allʼ (World Bank, 2016), available at www.doingbusiness.org; N. A. Chakra et al., ʻDo- ing Business 2016: Protecting Minority Investorsʼ (World Bank, 2015), available at www.doingbusiness.org; N. A. Chakra and H. Kaddoura, ʻDoing Business 2015:

Measuring Business Regulations, Protecting Minority Investors in [Name of Economy]ʼ (World Bank, 2014), available at www.doingbusiness.org; L. A. Beb- chuk and A. Hamdani, ʻThe Elusive Quest for Global Governance Standardsʼ, University of Pennsylvania Law Review, 157 (2009), 1263, 1302─1304, 1311 を参照。

28) 注27)の文献はこのことを暗黙のうちに前提としていると考えられる。なぜ

(11)

目的であるアジア内部の法域間における「独立取締役」の比較を複雑なも のにしている。

 この章の第 ₃ 節は,アジアにおいて独立取締役の独特な多様性がなぜ生 まれたのかについて説明を提供することで,比較分析を行う際のこの様な 障害を克服することを試みる。一見するところ,この問題意識は理解しが たいようにも思われる。すべてのアジアの経済先進国・地域は,アメリカ 式の,あるいは英米式の独立取締役のモデルを明示的に採用したか,ある いはそこから強く影響を受けたと自認している29)。統一的モデルの下で は,アジアにおける独立取締役に高度の統一性が見られることが予想され る。つまり,多様性はないと考えられる。しかし,本書の各法域に関する 章の比較分析から,アジアにおける独立取締役が各法域に固有の態様で多 様性を持って発展することになった要因を ₆ つ明らかにすることができ る。第一に,株式の保有構造である。第二に,法の起源である。第三に,

株主の種別である。第四に,機能的代替物である。第五に,政治過程であ る。そして,第六に,文化的規範である。これらの要素がいかにしてアジ アの経済先進国における独立取締役の多様性の生成と発展を導いたのかを 理解することで,アジアにおける独立取締役の多様性に関する緩やかな分 類法を形成することができる。そしてその分類法は,どの法域間の比較が 重要な示唆を提供し,どの法域間の比較が誤解を招くものになるかを判別 するための,有益な道具を提供する。

 この章の第 ₄ 節は,アジアにおける独立取締役の多様性を正しく理解す ることがどのようにコーポレート・ガバナンスの実務を進歩させ,比較コ ーポレート・ガバナンスの理論に貢献しうるかを示すことで締められる。

なら,上記文献の著者はいずれも,アメリカ式の独立取締役と上位概念として の独立取締役を明示的に区別していないからである。

29) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.a,第 ₅ 章(韓国)Ⅱ.4,第 ₆ 章(中国)Ⅱ.1,第 ₇ 章(台 湾)Ⅱ,第 ₈ 章(香港)Ⅱ.4,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.3,第10章(インド)

Ⅲを参照。独立取締役の「英米的な」起源についてはⅡ.1,Ⅱ.2 で詳述する。

独立取締役の「アメリカ的な」構想についてはⅡ.3 で詳述する。

(12)

この結論は,アジアにおける独立取締役の普及と機能について正確に理解 するためには個別の法域に関する知識が重要であることを示唆する。この 章は本書の各法域に関する章から重要な比較法的示唆を抜き出すものであ るが,各法域に関する章で示される詳細な記述はなお極めて重要なもので ある。

II アジアにおける独立取締役の多様性:明かされる相違

1 .統一的な「英米式の」独立取締役という神話

 ボード内部における「独立取締役」の数を数えることは,法域間,会社 間におけるコーポレート・ガバナンスの質を比較する際の主要な指標とな っている。多額の資金の世界的な分配に影響を与える主要なコーポレー ト・ガバナンス助言会社は,法域間の比較指標を作成している。そこで は,「独立取締役」の数が「良い」コーポレート・ガバナンスの重要な要 素の一つとして採用されている30)。世界銀行は,毎年190カ国・地域のビ ジネスに対する規制環境を評価する「ビジネスのしやすさ指標」を発表し ており,大きな影響力を有している。そこでも,「独立取締役」に関する 規制が指標の一つとされている31)。ボードにおける「独立取締役」の数 は,いくつかの影響力のあるコーポレート・ガバナンスに関する数量的研 究における指標の一つとされ,それらの研究が比較コーポレート・ガバナ ンス研究全体に影響を与えている32)

30) 例えば,ISS, ʻBoard Independence at a Glanceʼ (2016), available at www.isscor- poratesolutions.com; MSCI, ʻESG Ratingsʼ, available at www.msci.comを参照。

31) 例えば,Chakra et al., ʻDoing Business 2017: Equal Opportunity for Allʼ; Chakra et al., ʻDoing Business 2016: Protecting Minority Investorsʼ; Chakra and Kaddou- ra, ʻDoing Business 2015: Measuring Business Regulations, Protecting Minority Investors in [Name of Economy]ʼ を参照。

32) 例えば,Katelouzou and Siems, ʻDisappearing Paradigms in Shareholder Pro- tectionʼ, 127; Black et al., ʻDoes Corporate Governance Predict Firmsʼ Market Val- ues?ʼ, 366 を参照。

(13)

 これらの影響力ある比較コーポレート・ガバナンス評価は,すべて ₁ つ の前提を共有している。それは,「独立取締役」という用語は,どの法域 においても同一の基準に適合する人々を指し,同一のコーポレート・ガバ ナンス上の機能を果たすというものである。実際,独立取締役に着目する 多くの複数法域間にわたる政策提言や主要な学術研究は,独立取締役はど の法域でも同一の形式を持ち同一の機能を果たすというこのような前提に 基づいてなされている33)。もし,ある人物に「独立取締役」の肩書きを与 える基準が法域間で異なり,あるいは,「独立取締役」の肩書きが与えら れた人物が果たす機能が法域間で異なるのであれば,「独立取締役」を法 域間で比較することはリンゴとオレンジを比較するようなものとなる。

 本書の各法域に関する章を比較分析すると,アジアの経済先進国・地域 における独立取締役の形式と機能は,アメリカにおける独立取締役の構想 とは大きく異なるものであることが分かる。アジア内部では「独立取締 役」の形式と機能には類似性があるものの,アジアの法域間にも重要な相 違が見られる。アジア内部での「独立取締役」の比較は,アジアとアメリ カの比較よりも有益なものかもしれない。しかしそれでも,比較分析にお いては,独立取締役の形式と機能に関するアジア内部の法域間の相違を認 識し,考慮に入れなければならない。

 以上をまとめると,本書の比較法的考察によって明らかになるのは,

「独立取締役」という肩書きによって,アジアにおける「独立取締役」の 形式と機能がアメリカの独立取締役の構想とはかけ離れたものになってい るという現実が覆い隠されているということである。この統一的な肩書き が,「独立取締役」の形式と機能がアジア内部における法域間でも大きく 異なりうるという現実を見えづらくしている。最も重要なポイントとし て,この肩書きは,アジア内部の法域間の興味深い類似性を覆い隠してお り,そのことで,対象を絞った示唆に富む比較分析を妨げている。この章 の残りの部分では,アジアにおける「独立取締役」がアメリカにおける独

33) 注27),28)を参照。

(14)

立取締役の構想からかけ離れたものになっていることを示し,さらに,ア ジアの経済先進国・地域における独立取締役の形式と機能の類似性と相違 を示す。

2 .アジアにおける独立取締役:英米的起源を解きほぐす

 世界を席巻するコーポレート・ガバナンスの仕組みである独立取締役の 起源は,1970年代のアメリカに見いだすことができる34)。当時から,アメ リカのコーポレート・ガバナンスにおける独立取締役の主要な機能は明確 であった。それは,集合行為問題のために経営者を自ら監視することので きない分散した株主に代わって経営者を監視することである35)。この様な 経営監視機能は,アメリカのコーポレート・ガバナンスのモデルの中核を なすものである。アメリカのコーポレート・ガバナンスは,長年にわたっ て,株式保有が分散した会社におけるガバナンス上の問題を解決すること に注力してきた。すなわち,広範な権限を有する経営者がその権限を濫用 し,分散した株主の負担の下で自己利益を追求するという問題である36)  アメリカにおいては独立取締役がボードの多数派となっていることは間 違いがないが,独立取締役が効果的な経営者監視機構となっているか否か については議論がある37)。しかし,今も昔もアメリカにおいて「独立取締 役」が主として分散した株主に代わって経営者を監視するための仕組みと して機能するように設計されていることは疑いようがない38)。従って,ニ ューヨーク証券取引所やナスダックによる「独立性」の定義が経営者から の独立性に焦点を当てていることは当然のことである39)

34) 第 ₁ 章Ⅰ.2,第 ₂ 章Ⅱ,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.1を参照。

35) Gordon, ʻThe Rise of Independent Directors in the United Statesʼ, 1490.

36) 第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.1; B. R. Cheffins, ʻThe History of Corporate Gover- nanceʼ in M. Wright et al. (eds.), Oxford Handbook of Corporate Governance (Ox- ford University Press, 2013) を参照。

37) 第 ₁ 章Ⅲ.7,第 ₂ 章Ⅱ,Ⅳ,第10章(インド)Ⅳ.を参照。

38) 第 ₁ 章Ⅰ.2,Ⅲ,第Ⅱ章Ⅱを参照。

39) § 303A.02, NYSE Listed Company Manual, available at http://nysemanual.

(15)

 また,今も昔もアメリカの独立取締役が主として支配株主を監視する仕 組みとして設計されてはいないことも,疑いようがない40)。むしろ,少な くともアメリカのコーポレート・ガバナンスのモデルが前提とする理論に 基づくと,支配株主のいる会社では独立取締役は機能的には余計なものと 考えられる。すなわち,理論的には,支配株主のいる会社では,支配株主 が経営者を監視するか,自ら会社を経営することが可能である。その様な 会社では,経営者が権限を濫用し自己利益を追求するという問題は生じな い。この問題が,株式保有が分散した会社におけるコーポレート・ガバナ ンスに関する主要な課題であり,アメリカの独立取締役が解決することを 期待されている課題でもある41)

 この理論は,ニューヨーク証券取引所とナスダックの上場規則を見ても 明らかである。これらの上場規則は,支配株主のいる会社に関しては,上 場会社のボード構成員の過半数は独立取締役でなければならないという強 行的規制を明示的に免除している42)。また,これらの上場規則が採用する

「独立性」の定義においては,重要な株主または重要な株主と関連のある 者が「独立取締役」の資格を有することは否定されていない43)。むしろ,

nyse.com/lcm; § 5605(a)(2), NASDAQ Listing Rules, available at http://nasdaq.

cchwallstreet.com.

40) Chapter 1 Ⅲ.4; Gordon, ʻThe Rise of Independent Directors in the United Statesʼ, 1508 at n. 168; B. M. Ho, ʻRestructuring the Boards of Directors of Public Companies in Hong Kong: Barking up the Wrong Treeʼ, Singapore Journal of In- ternational and Comparative Law, 1 (1997), 507, 518─524を参照。

41) B. M. Ho, ʻRestructuring the Boards of Directors of Public Companies in Hong Kongʼ, 527.

42) Weil, Gotshal & Manges LLP, ʻPublic Company Advisory Group, Requirements for Public Company Boards: Including IPO Transition Rulesʼ (2013), 2, 13, 15, available at www.weil.com; Wachtell, Lipton, Rosen & Katz, Compensation Com- mittee Guide (2014), 3 n. 3, 73, available at www.wlrk.com. § 303A.02, NYSE List- ed Company Manual; § IM─5615─5, NASDAQ Stock Market Rulesも参照。

43) ニューヨーク証券取引所,ナスダックはさらに進んで,指名委員会と報酬委 員会の構成員は全員がアメリカ式の独立取締役でなければならないという規制

(16)

アメリカにおいては,独立取締役が会社の株式を保有することは,独立取 締役の利害を分散した株主の利害と一致させ,株主に代わってより効果的 に経営者を監視するインセンティブを付与するものとして,積極的な評価 がされている44)

 この文脈を踏まえるならば,1990年代にアメリカの独立取締役の構想が イギリスのコーポレート・ガバナンス統合コード(英国コード)の中核的 特徴となったことは驚くに値しない45)。よく知られていることだが,アメ リカとイギリスは,株式保有が分散した上場会社の比率が高いという点で 共通の特徴を有している46)。従って,英国コードにおける「独立性」の当 初の定義が経営者からの独立性に焦点を当てていたことは,理解できるこ とである。そこでは,重要な株主が独立取締役の資格を得ることは否定さ れていなかった。これは,経営者監視というアメリカの独立取締役の構想 を全面的に採用していることを意味する47)。さらに,イギリスはアメリカ と同様のコーポレート・ガバナンス上の仕組みを有しており,それゆえ,

アメリカ式の独立取締役が機能を果たすことができる。つまり,典型的な イギリスの上場会社は,今も昔も,一層式のボードを有しており,そこに は指名,報酬,監査の ₃ つの委員会が備わっている。

 従って,当初の英国コードは,単にアメリカから「独立取締役」の肩書 きを移植したに止まらない。経営者のみから独立しているという独立取締 役の形式と,分散した株主に代わって経営者を監視するという独立取締役

の対象から被支配会社を除外している。US Securities Exchange Commission, ʻNASD and NYSE Rulemaking: Relating to Corporate Governanceʼ (Release No.

34─48745, 2003), available at www.sec.gov; Findlaw, ʻSEC Approves NYSE and NASDAQ Proposals Relating to Director Independenceʼ (23 March 2006), avail- able at http://corporate. ndlaw.comを参照。

44) D. C. Clarke, ʻThree Concepts of the Independent Directorʼ, Delaware Journal of Corporate Law, 32 (2007), 73, 91.

45) 第 ₁ 章Ⅳ.1,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.1を参照。

46) 第 ₁ 章Ⅲ.6,Ⅳ.1を参照。

47) 第 ₁ 章Ⅳ.1,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.1を参照。

(17)

の機能の双方を合わせて,委員会制度を伴う一層式のボードという類似の ガバナンス構造に移植したのである。この観点からは,アメリカの独立取 締役の構想はそのまま当初の英国コードに移植され,「英米式の」独立取 締役の構想が出来上がったと評価することも可能である。この文脈におい ては,独立取締役に関するアメリカとイギリスの比較は,「生まれてすぐ に引き離された双子」を比べるようなもので,「リンゴとオレンジ」の比 較ではない。

 だからと言って,イギリスの独立取締役が今でもなおその起源であるア メリカの独立取締役と同一であるというわけではない。当初の英国コード が採用したアメリカ式の独立取締役の定義は2003年に改定され,経営者と 重要な株主の双方から独立することを要求するに至っている48)。また,イ ギリスは2014年にも規制を改定し,支配株主のいるプレミアム上場会社49)

においては,独立取締役の選任に際して,少数株主に非拘束的決議を行う 権利を与えた。これは,独立取締役の支配株主に対する監視機能を強化す ることを狙ったものである50)。さらに,世界経済危機以降,イギリスは独 立取締役に焦点を当てる規制から距離を置くようになっており,アメリカ

48) Section 1 (A.3.1), The Combined Code on Corporate Governance (Financial Reporting Council, 2003), available at www.ecgi.org. This was at the recommen- dation of D. Higgs, ʻReview of the Role and Effectiveness of the Non-Executive Directorsʼ (2003), available at www.ecgi.org.

49) プレミアム上場会社は,EUの最低限の規制より厳格なイギリス独自の規制 を遵守することを求められる。London Stock Exchange, ʻListing Regimeʼ, avail- able at www.londonstockexchange.comを参照。

50) プレミアム上場会社に支配株主がいる場合,独立取締役の選任と再任は⑴株 主全体の承認と⑵独立(すなわち少数派)株主の承認を受けなければならな い。必要な承認が得られない場合には,会社は特別決議を提案することができ る。この提案は,⑴当初の議決後90日から120日の間に議決されなければなら ず, ⑵株主全体によって承認されなければならない。Listing Rule 9.2.2.AR, 9.2.2.ER and 9.2.2.F; Financial Conduct Authority, ʻPS 14/8: Response to CP13/15: Enhancing the Effectiveness of the Listing Regimeʼ (May 2014), avail- able at www.fca.org.ukを参照。

(18)

とは逆の方向に進んでいる51)。従って,イギリスにおける独立取締役の形 式と機能は,その起源であるアメリカの独立取締役から次第に離れている と言える。

 加えて,イギリスとアメリカの会社法とガバナンスの間に以前から存在 する相違に着目すれば,イギリスとアメリカの独立取締役は移植の当初か ら別の機能を果たしていたとの評価も可能である。アメリカの会社法は,

敵対的企業買収や株主代表訴訟といった局面において,独立取締役にゲー トキーパーとしての重要な役割を期待している。それに対してイギリスで は,これらの重要な局面においては,独立取締役は重要な役割を果たして いない52)。イギリスの会社法においては,公開会社の株主は独立取締役を 含む取締役をいつでも解任することができる53)。この点で,期差選任制度 を有するアメリカ54)とは大きく異なっている。また,イギリスにおいて独 立取締役の選任について「遵守せよ,さもなくば説明せよ」の方式が取ら れていることも,アメリカにおいて強行的な規制が採用されていることと 対照的である55)。このようなイギリスとアメリカの会社法とガバナンスの 相違に着目して詳細な検討を行えば,移植の当初から,「英米式の」独立 取締役の構想と一纏めにして論じることで,重要な相違点が覆い隠されて きた可能性があるとも言える。

 以上をまとめると,以下の様に言うことができる。株式保有が分散し,

一層式のボードを有する会社における経営者の監視というアメリカの独立

51) 第 ₂ 章を参照。

52) 第 ₁ 章Ⅲ.3,第 ₂ 章Ⅳ.4を参照。

53) 取締役はいつでも理由なく株主総会の普通決議で解任することができる。

section 168(1), Companies Act 2006, c. 46 (UK) 参照。同様の規定は他の法域に も 見 ら れ る。section 152, Companies Act, 2006, c. 50 (Singapore); section 462, Companies Ordinance, c. 622 (Hong Kong); Art. 339, para. 1 and Art. 341, Com- pany Law, Art No. 86 of July 26, 2005 (Japan) 参照。

54) R. Kraakman et al., The Anatomy of Corporate Law: A Comparative and Func- tional Approach, 2nd edn (Oxford University Press, 2009), 60─61.

55) 第 ₁ 章Ⅳ.1を参照。

(19)

取締役の核となる構想は,当初の英国コードに移植された。しかし,イギ リスの独立取締役がそこから独自の発展を遂げたことは明らかである。さ らに言うと,イギリスとアメリカの会社法とガバナンスは異なっており,

そのために,移植の当初においても,独立取締役はイギリスとアメリカで は異なる規制環境の下で異なる機能を果たすことを求められた。このよう な現実は,全世界の独立取締役が単一の構想を共有しているという常識に 反するものであり,また,「英米式の」独立取締役は同一の構想を共有し ているとの理解にさえ反するものである。

 少なくとも ₃ つの理由により,アメリカの独立取締役の構想とイギリス での発展を正確に理解することは,アジアにおける独立取締役の普及を理 解するために必要不可欠である。第一に,すべてのアジアの経済先進国・

地域は,「英米式の」独立取締役のモデルを明示的に採用したか,あるい はそこから重大な影響を受けたと自認している56)。そのため,この認識を 評価し,その歴史的起源を理解するためには,イギリスとアメリカの独立 取締役の歴史を理解しておくことが必要である。第二に,イギリスとアメ リカの独立取締役のモデルの間に明確な相違点が生じたことから,アジア においても独立取締役の形式と機能には多様性があることが予想される。

同じくコモンローの法域であり,英語を母語とする西洋の国家であり,似 通ったボードと株式保有構造を持つイギリスとアメリカの間でさえ,独立 取締役の構想は異なる発展を遂げたのである。このことから,アジアにお ける独立取締役の間にも,単一性ではなく多様性が認められることが予期 される。これは従来の常識に反する事態である57)。第三に,アジアの法域 が独立取締役についてアメリカの構想を模範としたと言われたり,イギリ

56) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.a,第 ₅ 章(韓国)Ⅱ.4,第 ₆ 章(中国)Ⅱ.1,第 ₇ 章(台 湾)Ⅰ,第 ₈ 章(香港)Ⅱ.4,第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.3,第10章(インド)

Ⅲを参照。

57) コーポレート・ガバナンスの収斂についての詳細に関しては,H. Hansmann and R. Kraakman, ʻThe End of History for Corporate Lawʼ, Georgetown Law Jour- nal, 89 (2001), 439; 第13章Ⅱを参照。

(20)

スの構想を模範としたと言われたり,あるいは「英米式の」構想を模範と したと言われる。しかし,イギリスとアメリカの独立取締役には相違があ ること,イギリスにおける独立取締役の構想に変化が起こったことを踏ま えると,こういった認識は,批判的に検討されねばならない。

3 .‌‌アジアにおける独立取締役の形式:極めて非アメリカ的で,驚くほ ど多様である

 本書の各法域に関する章の比較によって明らかになることであるが,ア ジアの経済先進国・地域(中国,インド,香港,日本,シンガポール,韓 国,台湾)のいずれも,形式の点でも機能の点でも,アメリカの独立取締 役の構想を採用してはいない。最も核となる概念において,「独立取締役」

の形式は,独立性の客体によって理解される。つまり,何から独立してい るかという問題である。この点では,アメリカにおける独立取締役の核と なる形式は,経営者から独立していることである。重要な株主から独立し ていることは求められない58)

 独立取締役がアメリカに起源を持つこと,アメリカの独立取締役の構想 が世界的な現象となっているという理解が常識となっていることを考える 59),アジアの経済先進国・地域はいずれも核となる形式においてさえア メリカの独立取締役の構想を採用していないことは,驚くべきことであ る。今日,すべてのアジアの経済先進国・地域における独立取締役は,経 営者からの独立性だけでなく,重要な株主からの独立性も要求されてい 60)。事実,中国,インド,香港,韓国,台湾においては,初めからその

58) 第 ₁ 章Ⅰ.2,Ⅲを参照。

59) B. R. Cheffins, ʻCorporate Governance Reform: Britain as an Exporterʼ in David Hume Institute, Hume Papers on Public Policy: Corporate Governance and the Re- form of the Company Law (Edinburgh University Press, 2000); D. C. Langevoort, ʻThe Human Nature of Corporate Boards: Law, Norms, and the Unintended Con- sequences of Independence and Accountabilityʼ, Georgetown Law Journal, 89 (2001), 797, 798. 第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱも参照。

60) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.a;Ⅱ.1.b,Ⅱ.1.c; W. Tanaka, 会社法(2016), 212─216;第

(21)

ような形式が採用されていた。つまり,これらの法域はいずれも,核とな る形式においてさえ,アメリカの独立取締役の構想を採用したことは一度 もなかった61)

 アジアの経済的先進国・地域の中では,日本とシンガポールの ₂ カ国 は,一度は核となる形式においてアメリカの独立取締役の構想を採用し,

あるいは少なくとも採用したと自認している。日本の状況は幾分複雑であ る。2002年, 日本は会社法を改正し, 表向きは「アメリカ式の独立取締 役」を伴う「アメリカ式のボード」を採用する選択肢を用意した62)。しか し詳細に見ると,この「アメリカ式の独立取締役」と呼ばれたものは,経 営者から独立した者と定義されているわけでもなく,重要な株主から独立 した者と定義されているわけでもなかった。実際には,「アメリカ式の独 立取締役」と呼ばれたものは,会社あるいはその子会社で働いていないこ とを要求されたに過ぎない。つまり,「社外取締役」である63)。最も重要 な点として,この「独立取締役」と呼ばれたものは,経営者と個人的な関 係を有することが許されていたし,重要な株主から雇用されることも許さ れていた。つまり,核となる形式においてさえ,アメリカの独立取締役の 構想を満たしてはいなかった64)。2000年代後半から,独立性の定義は東京 証券取引所の上場規則の断続的な改定によって次第に厳格化され,独立取

₅ 章(韓国)Ⅲ.2.b;第 ₆ 章(中国)Ⅲ.3;第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.1;第 ₈ 章(香港)

Ⅱ.2;第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.3;第10章(インド)Ⅲを参照。

61) 第 ₅ 章(韓国)Ⅲ.2.b;第 ₆ 章(中国)Ⅲ.3;第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.1;第 ₈ 章(香

港)Ⅱ.2;第10章(インド)Ⅲを参照。

62) D. W. Puchniak, ʻThe 2002 Reform of the Management of Large Corporations in Japan: A Race to Somewhere?ʼ, Australian Journal of Asian Law, 5 (2003), 42; R.

J. Gilson and C. J. Milhaupt, ʻChoice as Regulatory Reform: The Case of Japanese Corporate Governanceʼ, American Journal of Comparative Law, 53(2) (2005), 343;

P. Lawley, ʻPanacea or Placebo? An Empirical Analysis of the Effect of the Japa- nese Committee System Corporate Governance Law Reformʼ, Asian-Pacific Law and Policy Journal, 9 (2007), 105.

63) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.aを参照。

64) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.aを参照。

(22)

締役は経営者と重要な株主の双方から独立することを要求されるに至っ 65)。そしてついに,近年改正された会社法も,「社外取締役」の定義を 拡大し,経営者と大株主の双方からの独立を要求するに至った66)  シンガポールは,アジアの主要な経済的先進国・地域の中では,少なく とも核となる形式においてアメリカの独立取締役の構想を意欲的に採用し た唯一の法域である67)。2001年,シンガポールは,独立取締役は経営者か ら独立する者であると明示的に定めた。重要な株主から独立する者とはし なかった68)。2005年,シンガポール政府は,独立取締役を経営者と大株主 の双方から独立する者とする法改正を真剣に検討したが,この提案は最終 的には採用されなかった69)。2015年の最新のシンガポール版コーポレー ト・ガバナンス・コードの発効によってようやく,独立取締役の定義は経 営者と大株主からの独立を建前上は要求するに至った70)。この最近のシン ガポールの方針転換によって,アジアにおいて最も意欲的にアメリカの独 立取締役の形式を採用していた法域も,そこから離れることになった。

 「独立取締役」の形式に関するより周辺的な概念は,その法域における コーポレート・ガバナンス構造の全体像の中で「独立取締役」が占める地 位と,その地位の法的性格を含むものである。アメリカの構想において は,「独立取締役」は,指名,監査,報酬の ₃ つの委員会を有する一層式

65) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.bを参照。

66) 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1.cを参照。

67) 第 ₉ 章(シンガポール)Ⅱ.4,Ⅲ.1を参照。

68) Corporate Governance Committee, Consultation Paper (2000), 5, available at www.mas.gov.sg; Corporate Governance Committee, Report of the Committee and Code of Corporate Governance (2001), 8, available at www.acra.gov.sg.第 ₉ 章(シ ンガポール)Ⅲ.1も参照。

69) The Council on Corporate Disclosure and Governance, Consultation Paper on Proposed Revisions to the Code of Corporate Governance (2004), 7─9, available at www.acga-asia.org.

70) Code of Corporate Governance, Art. 2.3 (e)─(f), 4 n.2 (defining ʻ10% sharehold- erʼ), 5 n.6 (defining ʻdirectly associatedʼ).第 ₉ 章(シンガポール)Ⅳ.1も参照。

(23)

のボードにおける取締役の地位を有する。この地位は強行的規制によって 担保されており,現在では,上場会社においては,独立取締役がボードの 過半数を占めること, 各委員会の過半数を占めることが求められてい 71)

 アジアの経済先進国・地域における多様なコーポレート・ガバナンス構 造の中で「独立取締役」が占める地位を検討することで,より周辺的な概 念においても,アジアの独立取締役の形式がアメリカの独立取締役の形式 とは別のものであることが理解できる。中国がその分かりやすい一例であ ると言えよう。中国の上場会社は,「二重ボード」構造を有している72) つまり,株主の代表者によって構成され経営上の意思決定を行う「経営ボ ード」と,株主の代表者と従業員の代表者によって構成され経営ボードと 上級経営者を監査する「監査ボード」である73)。この「二重ボード」構造 は,アメリカのコーポレート・ガバナンスには見られないものである74) 中国とアメリカでは,「独立取締役」が有する地位の性格は異なっている。

そのため,両者を比較分析することは難しい。中国の上場企業の監査ボー ドの構成員である取締役はすべて「独立取締役」であると考える比較研究 もあれば75),経営ボードの構成員である取締役のうち中国版の独立性要件

71) 第 ₁ 章Ⅲ.4 を参照。

72) 明確化のために,ここでは中国と台湾の二層式ボードを「二重ボード」と呼 ぶ。すなわち,いくつかの理由で「二重ボード」はドイツの二層式ボードとは 異なる。特に,中国と台湾の監査ボードは経営ボードの構成員を選任する権限 を持っていない。第 ₆ 章(中国)Ⅱ.2;第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.1を参照。

73) 第 ₆ 章(中国)Ⅱ.2を参照。

74) 「二重ボード」構造はドイツ会社法に由来する。第 ₁ 章Ⅳ.3;第 ₆ 章(中国)

Ⅱ.2;第 ₇ 章(台湾)Ⅱ.1を参照。

75) この手法は,ISSが発行するレポートで採用されている様である。Gopal, ʻJa- pan: A Closer Look at Governance Reformsʼ.このレポートの ʻExhibit 3: Global Comparison of Board Independenceʼ において二層式ボードの法域における監査 ボードの構成員が独立取締役とみなされているか否かは明らかではない。監査 ボードの構成員と独立取締役は区別されなければならない。特に中国の場合に は,独立取締役は監査ボードの構成員が果たすことのできない監督機能を期待

(24)

を満たす者だけが「独立取締役」であると考える比較研究もある76)。この 混乱は当然のことである。中国とアメリカではボードの構造が大きく異な っており,「独立取締役」の地位も異なるからである。形式的にも,機能 的にも,相互に対応するものがないのである77)。比較研究においては,中 国とアメリカの独立取締役の地位は同様のものであると考えられることが しばしば行われている78)。しかし,このような前提を置くと,比較研究は 難しく,時に誤解を生むものになりかねない。

 日本とアメリカの独立取締役の比較も,同様の問題をはらんでいる79) 日本の新しい会社法は,上場会社に対して ₃ つの選択肢を与えている。一 層式のボード,「二重ボード80)」,ハイブリッド式のボードである。それぞ れのタイプによって取締役の地位は異なり,独立取締役の役割も異なって いる81)。日本の上場会社の大半は「二重ボード」を採用しており,そこに は監査役がいる。そのため,日本とアメリカの独立取締役は,その占める されて導入されており,なおさらである。第 ₆ 章(中国)Ⅱ.2 を参照。2016年

₆ 月 ₂ 日にレポートの作成者に対してメールによる説明を求めたが,本書の出 版までに回答が得られる見込みはない。

76) Clarke, ʻThe Independent Director in Chinese Corporate Governanceʼ, 150─

151; Z. Yuan, ʻIndependent Directors in China: The Path in Which Direction?ʼ, In- ternational Company and Commercial Law Review, 22 (2011), 352, 354─357.

77) Ⅱ.4 を参照。

78) 注75)を参照。

79) 日本の2014年の独立取締役制度に関する制度改正についてのISSのレポート は,ボードの平均的な独立度に関して日本とアメリカを単純に比較しており,

両者の実質的な相違について配慮していない。Gopal, ʻJapan: A Closer Look at Governance Reformsʼ.

80) 日本の「二重ボード」はドイツの二層式ボードとは異なる。なぜなら,監査 役会は取締役を選任,解任する権限を有しないからである。取締役(および監 査役)の選任,解任には株主総会決議が要求される。Arts. 329 and 339, Com- panies Act; see also Gilson and Milhaupt, ʻChoice as Regulatory Reformʼ, 343, 348.

81) Goto, ʻThe Outline for the Companies Act Reform in Japan and Its Implicationsʼ, 17─19; 第 ₄ 章(日本)Ⅱ.1;第12章Ⅳ.1を参照。

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