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時効の停止に関する民法 条 項の類推適用問題

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判例研究

時効の停止に関する民法 条 項の類推適用問題

最高裁平成 年 月 日第二小法廷判決・民集 巻 号

石 松 勉

一 はじめに

現行民法 ( )の第 項は、時効の停止に関して「時効の期間の満了前 箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、そ の未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が 就職した時から 箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見 人に対して、時効は、完成しない」と規定している。ここで言う「成年被後 見人」とは、「精神上の障害により事理弁識能力を欠く常況にある」(民法 条)者について、申立権者が後見開始の審判を申し立て、それに基づいて家 庭裁判所が後見開始の審判をおこなった者を指すのであって、かりに精神上 の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあると認められる者であった

福岡大学法科大学院教授

( )平成 ( )年の民法現代語化のための改正前には、民法 条は「時効ノ期間満了前六 箇月内ニ於テ成年被後見人カ法定代理人ヲ有セサリシトキハ其者カ能力者ト為リ又ハ法定代理 人カ就職シタル時ヨリ六箇月内ハ之ニ対シテ時効完成セス」と規定されていたが、その改正に より現代語化された上、 条 項となったものである。なお、平成 ( )年の成年後見 制度の導入にともなう民法改正前には「成年被後見人」が「禁治産者」となっていたが、その 改正により「成年被後見人」に変更され、これが現行の条文に引き継がれている。

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としても、その者に法定代理人がないからと言って、後見開始の審判を受け ていない場合にまで民法 条 項の規定が当然に適用されるわけではない。

しかし、法定代理人がない上記のような者(成年後見開始の審判の実質的要 件を充たしていながら後見開始の審判を受けていない者を、以下では「事実 上の制限行為能力者」と称する。)について常に民法 条 項の適用あるい は類推適用がないとすると、酷であり妥当でない場合も考えられる。そこで、

このような場合に民法 条の類推適用が認められる余地はないのかどうか、

認められる余地があるとして、それは一体どのような要件の下においてかが 問題( )となってくる。本研究で検討する最判平成 年 月 日( )は、まさに この問題を扱った初めての最高裁判決である。本研究は、本問を中心に検討 を試みようとするものである( )

ところで、法務省法制審議会民法(債権関係)部会より平成 ( )年 月 日付けで公表された「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」、

さらには、先の国会では継続審議となったが、今国会に提案された民法改正 案によると、現行の時効停止規定(民法 条〜 条)に関しては「時効の 完成猶予」と名称を変更して規定し、協議を行う旨の合意による時効の完成 猶予の規定が新設されるほかは、大幅な変更はないようである( )。本研究の 対象である民法 条も条文の文言上は全く変更・修正はないことから、近 い将来の改正民法下においても同様の議論が妥当することになろう。

それではさっそく事実関係から見ていくことにしよう。

( )本研究では、この問題を、特に断りのない限り、「本問」と称して論述を進めていく。

( )本研究で検討するこの最高裁判決は、民集のほか、判例時報 号 頁、判例タイムズ 号 頁、金融法務事情 号 頁、金融・商事判例 号 頁、裁判所時報 号 頁にも掲 載されている。

( )第一審・第二審では、そのほかに、Yによる遺留分減殺請求権の消滅時効の援用が権利の濫 用に当たるかどうかも問題となっていた。

( )天災等による時効の停止を規定する民法 条が若干修正されている程度である。

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二 事実の概要

本件は、亡Aの妻であるXが、Aがその遺産のすべてを長男であるYに相 続させる旨の遺言をしたことにより遺留分が侵害されたと主張して、Yに対 し、遺留分減殺を原因としてA所有の不動産の所有権および共有持分の各一 部移転登記手続等を求めた事案であるが、これに対して、YがXの遺留分減 殺請求権はすでに時効によって消滅しているとして争ったものである。

事実関係の概要は、以下のとおりである。

Aは、平成 年 月 日、自筆証書遺言によって、その遺産のすべてを Yに相続させる旨の遺言(以下、「本件遺言」という。)をした。

Aは、平成 年 月 日に死亡したが、その間、AおよびXは、長男で あるY、その妻Cおよび孫D(AはXの連れ子であるCのほかに、この孫D とも養子縁組をしている。)とともに同居して生活していたが、Xは、その 同居建物の建替えにあたって施設に入居したこともあった。

Aの法定相続人は、Xのほか、養子 人を含む 人の子である。

Xは、Aの死亡時において、Aの相続が開始したことおよび本件遺言の 内容が減殺することのできるものであることを知っていたと認定されている。

Xは、P弁護士との間で任意後見契約を締結していたところ(なお、A もほぼ同じ時期にP弁護士と任意後見契約を結んでいた。)、P弁護士は、平 成 年 月 日、静岡家庭裁判所沼津支部に対し、Xが認知症であり、自己 の財産を管理、処分することができないとして、Xについて任意後見監督人 の選任の申立てをした。しかし、Xが同年 月 日に公証人の認証を受けた 書面によって上記任意後見契約を解除したため、その後、上記申立ては取り 下げられた。

Xの次男であるBは、Xの前夫との間の子であってAの養子であるCと ともに、平成 年 月 日、静岡家庭裁判所沼津支部に対し、Xについて後 見開始の審判の申立てをした。この申立てはAの相続開始時から 年が経過

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する前になされたものである。

平成 年 月 日、Xについて後見を開始し、成年後見人としてQ弁護 士を選任する旨の審判が確定した。この後見開始の審判は、Aの相続開始時 から 年が経過した後になされたものである。

Xは、後見開始の後も、Yと同居し、Yが身上監護をおこなうとともに、

Xの生活費の負担等もすべてYにおいておこなっていた。

Q弁護士は、平成 年 月 日、Yに対し、Xの成年後見人として、X の遺留分について遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をおこなった。

三 第一審判決(静岡地裁沼津支部平成 ( )年 月 日判決( ) 第一審判決は、以上の事実関係の下において、民法 条 項の類推適用 の可否につき、次のように判示した。すなわち、

「X代理人らは、民法 条 項の類推適用により、時効の停止が認めら れるべきであると主張するが、同条項は、『時効の期間の満了前 か月以内 の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないとき』と定めており、

成年後見開始の要件を備えていても、成年後見開始の審判がなされていない 者には適用がなく、このような者について当然に類推適用が認められるとい うことはできない。

Xが引用する判決(最高裁判決平成 年 月 日民集 巻 号 頁、大 阪高裁判決平成 年 月 日判例タイムズ 頁)は、予防接種禍集団 訴訟において、不法行為を原因として心神喪失の常況にある被害者の損害賠 償請求権と民法 条後段の除斥期間に関するものであり、本件にあてはめ るのは適切ではない。また、青森地裁判決昭和 年 月 日は、法定代理人 を欠いていた 歳の未成年者について、減殺すべき贈与を知っていたと認め

( )民集 巻 号 頁以下、金融・商事判例 号 頁以下。

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られないと判断したものであり、やはり、本件とは事案を異にするというべ きである」(下線筆者)と判示し、民法 条 項の類推適用を否定してXの 請求を棄却。

四 第二審判決(東京高裁平成 ( )年 月 日判決( )

一方、第二審判決は、次のように判示して、民法 条 項の類推適用を 否定した。

「ア Xは、A死亡時である平成 年 月 日の段階でXは認知症に罹患し ており、その程度に照らし、Aの死亡やAの平成 年 月 日付け遺言書の 存在及びその内容を認識できなかったと主張する。

Xは、平成 年 月 日付け小澤病院医師神坂作成の診断書において、

MMS 検査結果( / )に照らし、高度の認知症がありと診断され、同年 月 日、西島病院において測定された長谷川式簡易知能評価スケールの得 点が 点、VSRAD 解析による海馬傍回の萎縮の程度が . とされ、平成 年 月、後見開始審判を受けた。

MMS 検査は、精神疾患患者の認知機能を簡便に評価するため作成された ものであり、最高得点は 点で、痴呆と非痴呆の区分は / 点とするのが 最も妥当とされる。長谷川式簡易知能評価スケールは、質問式の認知障害機 能検査であり、最高得点は 点で、 点以下を痴呆、 点以上を非痴呆とし た場合、最も高い分別性が得られ、 .± .はやや高度の痴呆、 .± . は非常に高度の痴呆とされる。VSRAD は、MRI 画像を利用して、海馬傍 回の体積の萎縮度を正常脳と比較して数値で評価するものであり、 .を超 えると 割以上の確率で早期アルツハイマー型認知症の疑いがあることがわ かるとされている。

( )民集 巻 号 頁以下、金融・商事判例 号 頁以下。

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イ ところで、前記認定のとおり、X(筆者訂正[民集にYとあるのはXの 誤りか?])は、平成 年 月 日、静岡地方法務局所属公証人小黒和明の 面前で、任意後見契約の解除通知書に署名押印し、同公証人の認証を受けて いる。確かに、Yが指摘するとおり、認証に当たった公証人が、アルツハイ マー型痴呆症の有無を判断するための医学的訓練を受けていたとは考えがた いといえようが、任意後見契約に関する法律 条 項は、任意後見監督人選 任前に任意後見契約を解除するに当たっては、公証人の認証を受けた書面に よることを求めており、その趣旨に照らすと、前記公証人は、解除通知を認 証するに当たり、Xの意思を確認し、同人が相当の考慮をしたかどうか又は その法律行為をする能力があるかどうかについて不明な点があれば、一緒に 訪れたY(筆者訂正[民集にXとあるのはYの誤りか?])の妻C等に問い ただし、必要な説明をさせるなどして認証したものと推定される。

また、Xは、A死亡後、Yと一緒に法華宗大本山光長寺南之坊の先代住職 を訪れてAの葬儀を依頼し、同葬儀では喪主を務めた。Xは、この時、先代 住職に対し、Aの思い出話や、最後の様子を説明し、Yに井原家の財産を譲 り、井原家を守ってもらう旨話をしていることが認められる。

これらの事実に照らすと、認知症のため、Xが、前記公証人と面談した時、

任意後見契約の解除の意味を理解できない状態にあったこと、Aの死亡時に、

Aの死亡や井原家の財産の承継等について認識する能力がなかったとは認め がたいというべきである。

ウ Xは、Aが平成 年 月 日付けの遺言書作成時に同席したが、平成 年 月から平成 年 月まで施設に入所していたため、Aが平成 年 月 日に遺言書を作成したときに同席していなかった。しかし、平成 年 月 日付け遺言書の遺言内容は、平成 年 月 日付け遺言書と同一であるとこ ろ、Xは、施設退所後、Y方に戻ってAと同居しており、前記のとおり、A の葬儀の際には、Xが、先代住職に対し、Yに井原家の財産を譲り、井原家

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を守ってもらう旨の前記遺言書の趣旨に沿う話をしている。

エ これらを総合すると、Xは、認知症の影響を受けていたものの、A死亡 時に、同人死亡の事実やYが井原家の財産を承継し、井原家を守っていくよ うにするというAの遺志の存在、すなわち、Xの遺留分を侵害するおそれの あるXの遺言書の存在を理解する能力を失っていたとはいえずこれらを認識 していたものと認められるから、相続開始時にこれら事実を知ったものとい うことができる。

オ Xは、時効期間の満了前 か月以内の間に、成年後見開始の要件が備わっ ていたとして、民法 条により、時効の停止が認められるべきであると主 張する。しかし、民法 条は、成年被後見人に法定代理人がないときの定 めであり、時効完成前に成年後見開始の審判を受けていない者は、同条にい う成年被後見人に当たらないから、同条の適用はない。

また、Xは、不適用の結論が成年被後見人の保護に欠けるものであるとし て、同条の類推適用を主張する。しかし、Xは、A死亡以前から現在に至る まで、Yと同居して、Y及び同居家族から身上監護を受けており、Xが適切 な身上監護を受けていないことをうかがうに足りる証拠はない。Xは、A死 亡後、Y方に身を置く中、Yの監護に不満を訴えて同方を去ることなく、遺 留分減殺請求権を行使したいとの意向を自ら周囲に伝えることもなかった。

以上からすると、本件において、民法 条の類推適用を認めないことが、

Xの保護に欠けるということはできない」(下線筆者)と。

この原審判決においても、民法 条 項の類推適用は否定されているが、

その理由は、第一審判決とは大きく異なる。ここでは、本人の意思や監護状 況等、紛争の背景も視野に入れて、結果的に時効の停止を認めることによる 本人保護の必要性は高くないと判断して、その類推適用を否定したものと推 察できるからである( )

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五 最高裁平成 ( )年 月 日第二小法廷判決( )

ところが、最高裁は、以下のように、第一審・第二審判決とは異なる判断 を下したのである。すなわち、

「( )民法 条 項は、時効の期間の満了前 箇月以内の間に未成年者又 は成年被後見人(以下「成年被後見人等」という。)に法定代理人がないと きは、その成年被後見人等が行為能力者となった時又は法定代理人が就職し た時から 箇月を経過するまでの間は時効は完成しない旨を規定していると ころ、その趣旨は、成年被後見人等は法定代理人を有しない場合には時効中 断の措置を執ることができないのであるから、法定代理人を有しないにもか かわらず時効の完成を認めるのは成年被後見人等に酷であるとして、これを 保護するところにあると解される。また、上記規定において時効の停止が認 められる者として成年被後見人等のみが掲げられているところ、成年被後見 人等については、その該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式 的、画一的に確定し得る事実であることから、これに時効の期間の満了前

( )関口剛弘「後掲判例研究」 頁を参照。

( )本判決については、浅井弘章「判例解説」銀行法務 ・ 号( 年) 頁、安達敏男=

吉川樹士「判例解説(身近な家族法知識)」戸籍時報 号( 年) 頁、今枝丈宜「金融判 例に学ぶ営業店 OJT」金融法務事情 号( 年) 〜 頁、大久保邦彦「判例解説」法 学教室 号別冊付録『判例セレクト [Ⅰ]』( 年) 頁、香川崇「判例研究」法律時 報 巻 号( 年) 頁以下、河上正二「判例解説」ジュリスト臨時増刊 号『平成 年度重要判例解説』(有斐閣、 年) 〜 頁、草野元己「判例評釈」判例評論 号(

年) 頁以下〔判例時報 号〕、久保野恵美子「判例研究」金融法務事情 号『金融判例 研究第 号』( 年) 頁以下、冷水登紀代「判例批評」民商法雑誌 巻 号( 年)

頁以下、椙村寛道「判例紹介」NBL 号( 年) 〜 頁、関口剛弘「判例研究」法律 のひろば 巻 号( 年) 頁以下、中川敏宏「判例解説」法学セミナー 号( 年)

頁、中舎寛樹「判例評論」法律時報別冊『私法判例リマークス 号< [下]平成 年 度判例評論>』( 年) 頁以下などがある。

そのうち、草野「前掲判例評釈」、冷水「前掲判例批評」では、さらに遺留分減殺請求権の 特質から本判決の詳細な検討がなされている。しかし本研究は、時効の停止に関する民法 条 項の類推適用の問題に絞って検討するものにすぎない。

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箇月以内の間に法定代理人がないときという限度で時効の停止を認めても、

必ずしも時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえ ないとして、上記成年被後見人等の保護を図っているものといえる。

ところで、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるもの の、まだ後見開始の審判を受けていない者については、既にその申立てがさ れていたとしても、もとより民法 条 項にいう成年被後見人に該当する ものではない。しかし、上記の者についても、法定代理人を有しない場合に は時効中断の措置を執ることができないのであるから、成年被後見人と同様 に保護する必要性があるといえる。また、上記の者についてその後に後見開 始の審判がされた場合において、民法 条 項の類推適用を認めたとして も、時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえない ときもあり得るところであり、申立てがされた時期、状況等によっては、同 項の類推適用を認める余地があるというべきである。

そうすると、時効の期間の満了前 箇月以内の間に精神上の障害により事 理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において、少 なくとも、時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたと きは、民法 条 項の類推適用により、法定代理人が就職した時から 箇 月を経過するまでの間は、その者に対して、時効は、完成しないと解するの が相当である。

( )これを本件についてみると、Xについての後見開始の審判の申立ては、

年の遺留分減殺請求権の時効の期間の満了前にされているのであるから、

Xが上記時効の期間の満了前 箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁 識する能力を欠く常況にあったことが認められるのであれば、民法 項を類推適用して、Q弁護士が成年後見人に就職した平成 年 月 日から

箇月を経過するまでの間は、Xに対して、遺留分減殺請求権の消滅時効は、

完成しないことになる」(下線筆者)と判示し、上記( )の点を審理判断

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することなく、Xの遺留分減殺請求権の時効消滅を認めた原審の判断には明 らかな法令違反があるとして、原判決を破棄し、本件事案を原審に差し戻し たのである。

六 研究

本判決で問題となっているのは、精神上の障害により事理を弁識する能力 を欠く常況にあるものの、まだ後見開始の審判を受けていない者に対して民 条 項の類推適用が認められるか、という点であったが、民法 項は、時効の期間の満了前 ヶ月以内の間、未成年者または成年被後見人に 法定代理人がない場合に、一定の事由により時効の停止を認めることを定め た規定である。そしてその趣旨は、時効中断措置を執ることが不可能あるい は極めて困難な制限行為能力者に、その障害事由が消滅した後一定の期間が 経過するまでは時効の完成を猶予してその保護を図ろうとするところにある、

と一般に解されてきた( )

ところが、本判決は、民法 条 項の適用に関していわば機械的、形式 的な判断を下した第一審・第二審判決とは対照的に、これまでほとんど議論 されたことのなかった制度趣旨にも言及することによって、民法 条 項

( )幾代通『民法総則〔第 版〕(現代法律学全集 )』(青林書院、 年) 頁、石田 穣『民法総則』(悠々社、 年) 頁、同『民法総則 民法大系( )』(信山社、

年) 頁、近江幸治『民法総則Ⅰ〔第 版補訂〕』(成文堂、 年) 頁、加藤雅 信『新民法体系Ⅰ 民法総則〔第 版〕』(有斐閣、 年) 頁、河上正二『民法総則講義』

(日本評論社、 年) 頁、川島武宜『民法総則(法律学全集 )』(有斐閣、 年)

頁、佐久間毅『民法の基礎 総則〔第 版〕』(有斐閣、 年) 頁、潮見佳男『民 法総則講義』(有斐閣、 年) 頁、四宮和夫=能見善久『民法総則〔第 版〕』(弘 文堂、 年) 頁、中舎寛樹『民法総則』(日本評論社、 年) 頁、平野裕之『民 法総則〔第 版〕』(日本評論社、 年) 頁、星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』

(良書普及会、 年) 頁、山本敬三『民法講義Ⅰ総則〔第 版〕』(有斐閣、 年)

頁、我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店、 年) 頁など。

このような権利者の権利行使に対する合理的期待可能性の存在を前提に時効の停止規定を説

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の類推適用の可能性を認めた。その意味において本判決は注目すべき最高裁 判決と言うことができる。確かに、精神上の障害により事理を弁識する能力 を欠く常況にあるが、まだ後見開始の審判を受けていない者は、権利行使を するなどして時効中断措置を執ることは事実上不可能なわけであるから、法 定代理人を欠く成年被後見人と同列に扱ってもさほど問題はないようにも見 える。しかし、問題はそう単純ではなさそうである。

そこで、以下では、本問の当否を含めた検討を試みるわけであるが、その 前に本問に関連する判例・学説の理論状況を簡単に眺めておくことにしよう。

判例の状況

民法 条 項の類推適用が認められるかどうかの問題を直接扱った裁判 例は、本判決の第一審および第二審判決以外には、あまり見当たらないよう である。しかしその一方で、期間経過の延長(猶予)あるいは効果制限が認 められるべきかどうかという類似の問題を扱った裁判例が散見されるので、

それらも含めて眺めていくことにしたい( )

ところで、そこでの期間経過の延長(猶予)あるいは効果制限のための法 的手法として活用されているのは、以下のとおり、主として民法 条、

明する見解は、立法当初からあったが、本判決が民法 条 項の趣旨として言及した、時効 援用権者の予見可能性という視点は、後述する否定説を除けば本判決が初めてであろう。梅謙 次郞『初版 民法要義 巻之一 総則篇(明治 年版復刻)』(信山社、 年) 頁以下参照。

さらに、廣中俊雄編著『民法修正案(前三編)の理由書』(有斐閣、 年) 頁以下、『(未 定稿本)民法修正理由書 附質疑要録』の 条の箇所、法務大臣官房司法法制調査部監修『法 典調査会民法議事速記録一(日本近代立法資料叢書 )』(商事法務研究会、 年) 頁以 下も参照。なお、民法 条の起草過程については、香川「前掲判例研究」 頁参照。

( )なお、本件の第一審判決においても、事案を異にするとして正当に否定されているが、未成 年者である遺留分権利者に法定代理人が存在しないケースに関する裁判例(青森地判昭和 年 月 日下民集 巻 = 号 頁)も、時効の停止に関するものではなく、民法 条の遺 留分減殺請求権の消滅時効の起算点に関するものであることから、当然に除外した。

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条などの時効停止規定の類推適用ないし法意適用であった。信義則や正義・

公平の理念、条理といった一般条項をも引き合いに出して根拠づけているも のもあるが、これをストレートに持ち出して問題を処理しているものは全く 見られなかった。このことが一体何を意味しているのかを、ここでは問題提 起として指摘しておきたい。

【 】大阪高判平成 年 月 日( )(判例時報 号 頁、判例タイムズ 頁、訟務月報 巻 号 頁)[予防接種ワクチン禍大阪訴訟控訴審判 決]<肯定>

〔事実の概要〕本件では、不法行為に基づく損害賠償請求権について民法 条後 段が適用される場合に、民法 条(現行 条 項のこと。以下同じ)の類推適 用が認められるかどうかが問題となった。

〔判旨〕本判決は、この点について次のように判示している。すなわち、「民法 条は、『時効ノ期間満了前 ケ月内ニ於テ未成年者又ハ禁治産者カ法定代理人ヲ有 セサリシトキハ其者カ能力者ト為リ又ハ法定代理人カ就職シタル時ヨリ ケ月内 ハ之ニ対シテ時効完成セス』と規定し、未成年者あるいは禁治産者が法定代理人 が欠けた状態にある場合には、その状態が解消するまでの間及びその状態が解消 してから か月の間は消滅時効が停止することを認めているが、その趣旨は、こ れらの者は行為能力(あるいは意思能力)が十分でなく、権利を有している場合 であっても、法定代理人なしにはその権利を保全することが全く期待できないに もかかわらず、行為能力が欠如した状態のまま消滅時効を完成させることは、そ の結果が余りにも不当であって著しく正義に反することになるため、時効制度を 認める一方で、例外的に、これらの者の権利の保護を優先しようとした点にある ものと解される。」「そうだとすると、その制度趣旨は、禁治産宣告を受けていな

( )これについては、幾つかの判例解説が存在するが、本問に関連する叙述は見られなかった。

なお、その第一審判決である大阪地判昭和 年 月 日(判例時報 号 頁、判例タイムズ 頁、訟務月報 巻 号 頁)は、損失補償請求権の消滅時効にも民法 条後段の 類推適用が認められるとした上で、この 年を除斥期間ではなく消滅時効期間と解し、その援 用が権利の濫用として許されないと判断していた。

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い場合であっても、その者が禁治産者と同様の状態にあって実質上行為能力が著 しく欠如した状態にある者についても及ぼされるべきであり、また、それを消滅 時効の場合に特に限定すべき合理的な理由もないから、除斥期間の満了が問題と される場面においても類推適用されるものと解するのが相当である」(下線筆者)

と判示した上で、 名の被害児について 年の除斥期間の効果制限を認めた。

〔若干のコメント〕本判決は、民法 条の趣旨のうち権利者の権利の保全が期待 できないまま時効の完成が認められることの不当性を特に重視して、民法 条後 段に対する民法 条の類推適用を認めたものである。しかし、民法 条後段の 年の除斥期間に関して時効の停止規定である民法 条 項の類推適用を容易に 認めることには問題があろう。

【 】最判平成 年 月 日( )(民集 巻 号 頁、判例時報 号 頁、

判例タイムズ 号 頁、金融法務事情 号 頁、金融・商事判例 頁、訟務月報 巻 号 頁、裁判所時報 号 頁、裁判集民事 頁、民事法情報 号 頁)[予防接種ワクチン禍東京訴訟上告審判決]<肯 定>

( )これについては、石松勉「判例研究」岡山商大論叢 巻 号( 年) 頁以下、内田博 久「判例研究」法律のひろば 巻 号( 年) 頁以下、大塚直「判例解説」ジュリスト臨 時増刊 号『平成 年度重要判例解説』(有斐閣、 年) 〜 頁、同「判例解説」別冊 ジュリスト 号『民法判例百選Ⅱ債権[第 版]』(有斐閣、 年) 頁、同「判例 解説」別冊ジュリスト 号『民法判例百選Ⅱ債権[第 版 新法対応補正版]』(有斐閣、

年) 頁、春日通良「判例解説」ジュリスト 号( 年) 〜 頁(ジュリスト増 刊『最高裁 時の判例 私法編』(有斐閣、 年)に所収)、同「判例解説」法曹時報 巻 号( 年) 頁以下(法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成 年度(上)』( 年)

に所収)、河本晶子「判例解説」判例タイムズ 号『平成 年度主要民事判例解説』(判例タ イムズ社、 年) 頁、徳本伸一「判例解説」法学教室 号別冊付録『判例セレク 』(有斐閣、 年) 頁、永谷典雄「判例解説」みんけん(民事研修) 号( 年)

頁以下、橋本恭宏「判例研究」金融・商事判例 号( 年) 頁以下、半田吉信「判例 評釈」判例評論 号( 年) 頁以下〔判例時報 号〕、前田陽一「判例研究(民法判例 レビュー )」判例タイムズ 号( 年) 頁以下、松村弓彦「判例研究」NBL 号(

年) 頁以下、松本克美「判例研究」法律時報 巻 号( 年) 頁以下(同『時効と正義』

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〔事実の概要〕本件も、【 】判決と同じ予防接種ワクチン禍訴訟であり、痘そう の集団接種により心神喪失の常況にある不法行為の被害児等の損害賠償請求権に ついて民法 条後段の 年の除斥期間が経過している場合に、民法 条の適用 が認められるかどうかが問題となったケースである。

〔判旨〕本判決も、【 】判決と同様に、次のように判示している。すなわち、「民 条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたもので あり、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場 合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求 権が消滅したものと判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権 利濫用であるという主張は、主張自体失当であると解すべきである(最高裁昭和 年(オ)第 号 平 成 元 年 月 日 第 一 小 法 廷 判 決・民 集 巻 号 頁 参 照)。」「ところで、民法 条は、時効の期間満了前 箇月内において未成年者又 は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは、その者が能力者となり又は法定 代理人が就職した時から 箇月内は時効は完成しない旨を規定しているところ、

その趣旨は、無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執るこ

(日本評論社、 年)に所収)、矢澤久純「判例研究」法学新報(中央大学) 巻 号(

年) 頁以下、吉村良一「判例研究(判例クローズアップ)」法学教室 号( 年) 頁 以下などのほか、井上陽「判例解説」訟務月報 巻 号 頁、匿名「判例紹介」法律時 報 巻 号( 年) 頁がある。

ところで、この控訴審判決(東京高判平成 年 月 日)は、最判平成元年 月 日民集 巻 号 頁に沿って「民法 条後段の規定は損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解 するのが相当であるから、当事者から本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張が なくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと当然判断すべきであり、被控訴人 ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当」と判示した上で、「また、被 控訴人らは、民法 条後段が除斥期間を定めたものであるとしても、本件では、訴え提起が 遅れたことにやむを得ない事情があって、裁判所が除斥期間の経過を認めることは、正義と公 平に著しく反する結果をもたらし、法秩序に反すると主張するが、一定の時の経過によって法 律関係を確定させるため、被害者側の事情等は特に顧慮することなく、請求権の存続期間を画 一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると、本件で訴え提起が遅れたことにつき被害者側 にやむを得ない事情があったとしても、それは何ら除斥期間の経過を認めることの妨げになら ないというべきであり、その制度の趣旨からして、本件で除斥期間の経過を認定することが、

正義と公平に著しく反する結果をもたらすということは到底できない」(下線筆者)とも判断 していた。

(15)

とができないのであるから、無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時 効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして、これを保護するところにある と解される。」「これに対し、民法 条後段の規定の趣旨は、前記のとおりである から、右規定を字義どおりに解すれば、不法行為の被害者が不法行為の時から 年を経過する前 箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場 合には、右 年が経過する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使すること ができないまま、右請求権が消滅することとなる。しかし、これによれば、その 心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権 利行使が不可能であるのに、単に 年が経過したということのみをもって一切の 権利行使が許されないこととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、 年 の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反 するものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも右のような場合にあって は、当該被害者を保護する必要があることは、前記時効の場合と同様であり、そ の限度で民法 条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきであ る。」「したがって、不法行為の被害者が不法行為の時から 年を経過する前 箇 月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有 しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職 した者がその時から 箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があ るときは、民法 条の法意に照らし、同法 条後段の効果は生じないものと解 するのが相当である。」(下線筆者)

〔若干のコメント〕本判決は、民法 条後段の 年の除斥期間が経過している事 案において、その適用を除外し得る特段の事情があるときは、民法 条の法意に 照らしその効力を生じないとしたものである。ただし、これを単純な類推適用事 例と評することには問題がある。なぜなら、信義則や条理、公平の理念のほか、

民法 条に仮託して効果制限をおこなっているとも解し得る余地があるからであ ( )

( )その詳細は、石松「前掲判例研究」参照。

(16)

【 】東京地判平成 年 月 日( )(判例時報 頁)<否定(ただ し、民法 条 項の類推適用の可能性自体は肯定)>

〔事実の概要〕本件では、被保険者が高度障害者になったときに保険金が支払わ れることを内容とする高度障害保険契約に基づく保険金請求権が当該契約の約款 に定める 年の消滅時効により消滅しているかどうかが問題となった。

〔判旨〕本判決は、まずその起算点について、「民法 条 項にいう『権利ヲ行 使スルコトヲ得ル時』とは権利の行使について法律上の障碍がなくなったとき、

すなわち権利の内容、属性自体によって権利の行使を不能ならしめる事由がなく なったときをいうものであって、権利者の疾病等主観的事情によって権利を行使 し得ないとしても、右は、事実上の障碍にすぎず、時効の進行を妨げる事由には ならないというべきである。民法 条は、未成年者又は禁治産者に法定代理人が いない場合には、一定の条件の下で時効の完成を停止させることにしているが、

このように権利者が無能力者であって法定代理人がおらず、したがって権利行使 をすることができない場合であっても、我が民法は、これをもって時効期間進行 の障碍とはしていないのである。したがって、原告が疾病のため意識が失われて いるとしても、権利を行使するについて法律上の障碍があったということはでき ず、本件保険金請求権の消滅時効は、原告に高度障害が発生したときに進行を開 始したものというべきである」と判示。

その上で、しかし時効完成の有無については、「もっとも、右のように解すると、

意識がない状態のまま 年間を経過することにより、原告は、本件保険金請求権 を時効によって失ってしまうことになるが、それでよいかという問題はある。本 件の高度障害保険のように、被保険者が重篤な疾患に陥ることが保険金支払事由 となっているような場合に、その支払事由によって被保険者が心神喪失の常況に ある者になりながら、被保険者が禁治産宣告を受けておらず、したがって、被保

( )これについては、草野元己「生命保険契約における保険金請求権と消滅時効の進行―高度障 害保険金請求権の時効を中心に―(上)、(下)」判例時報 号 頁以下、同 号 頁以下

(いずれも、 年)のほかに、大工強「判例解説」判例タイムズ 号『平成 年度主要民 事判例解説』(判例タイムズ社、 年) 〜 頁、李芝妍「判例研究」ジュリスト 号(

年) 頁以下がある。

(17)

険者を有効に代理する者がいないまま、 年の経過によって保険金請求権を時効 にかからせるというのでは、被保険者の保護に欠け、被保険者にとって酷な結果 になるからである。したがって、本件のような場合は、民法 条を類推して、時 効期間満了の前 か月内に事実上禁治産宣告を受けたに等しい状態にある者、す なわち心神喪失の常況にある者については、その者が禁治産宣告を受け、後見人 が法定代理権を行使し得るようになったときから か月は時効が完成しないもの と解するのが相当である。このように解しても、保険会社は、家族の知らせなど によって、被保険者がどのような状態になっているのかについて知っているのが 通常であろうから、保険会社にとって酷な結果になることにはならないものと思 われる」(下線筆者)と判断。

〔若干のコメント〕【 】判決もまた、前述したような理由から民法 条の時効 停止規定の類推適用を認めた。しかし、後見人が就職後 ヶ月以内に保険会社に 対して内容証明郵便で本件保険金の支払は請求したが、さらにその後 か月以内 に裁判上の請求等の時効中断措置を執ることなく、この か月期間の経過後に本 件訴訟が提起されている結果、結局、時効は中断せず本件保険金請求権の消滅時 効は完成していると判断されている。

【 】判決において注目すべきは、原告について禁治産の宣告がなされ、また 原告の後見人を選任する審判がいずれも消滅時効期間の経過後になされていると いう事情があったという点であり、もしかりに後見人就職後 か月以内に本件保 険金の請求を裁判においておこなっていたとすれば、民法 条 項の類推適用の 可能性があったということになる。これは検討判例と大きく異なる点であるが、

しかし筆者は、民法 条 項の類推適用によって根拠づけているこの点には法的 安定性の点から賛成することができない( )

【 】広島地判平成 年 月 日(民集 巻 号 頁、判例地方自治 頁)[在ブラジル被爆者健康管理手当等請求訴訟(最判平成 年 月 日 の第一審判決)]<否定>

( )中舎「前掲判例評論」 頁。

(18)

〔事実の概要〕本件は、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律等に基づき健 康管理手当の支給認定を受けた被爆者が海外へ出国したことにともない、その支 給を打ち切られたため未支給の健康管理手当の支給を求めて訴えを提起したとい う事案で、健康管理手当支給請求権の消滅時効が問題となったものである。

〔判旨〕本判決は、その際に問題となった本件健康管理手当支給請求権に対する 民法 条の適用の有無について、「民法 条は、自ら時効中断行為をなしえない 無能力者を保護するため時効の完成を一時猶予するものであり、自ら時効中断措 置を講じうる原告らについて同条の法理を用いるべきものとはいえ〔ない〕」(下 線筆者)と判示。

〔若干のコメント〕本判決は、時効中断措置を執り得なかった原告らの事情を個 人的、主観的なものと見て、民法 条の適用場面を厳格に解し形式的、画一的に 判断してその適用を否定したものである。

【 】東京高判平成 年 月 日(訟務月報 巻 号 頁)[旧日本軍 隊等損害賠償請求訴訟の控訴審判決]<否定>

〔事実の概要〕本件は、満州事変後に中国において旧日本軍の 部隊が細菌・化 学戦研究と称しておこなった生体実験や同軍が南京占領にともなっておこなった とされる大虐殺、無差別爆撃によって被害を被ったと主張する被害者およびその 遺族(Xら)が国(Y)を相手取って損害賠償の請求をおこなったケースで、民 条後段の適用が問題となった。その際に、被害者側が【 】判決を援用して 除斥期間の適用制限を主張したものである。

〔判旨〕この点について、本判決は、以下のとおり判示している。すなわち、「本 件においては、極めて特殊な事情があり、Xらが権利行使をすることができなかっ た主要な原因がYにあるから、除斥期間の適用が制限されるべきである旨主張す る。しかし、最高裁平成 年判決が、民法 条後段を適用することが著しく正義・

公平の理念に反しその適用を制限することが条理にかなうとした事例を見ると、

『不法行為の被害者が不法行為の時から 年を経過する前 箇月内において右不 法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合』

(19)

という極めて限定された事実関係の下で、民法 条の規定の適用が時効の場合に ついて可能であるのに除斥期間については不可能となることによる不均衡等をも 考慮の上、文言どおりの法規の適用が法全体を支配する正義・公平の理念に著し く反するものと判断し、民法 条の定める期間の範囲内で権利行使をすることを 許容したものであって、除斥期間の適用を具体的事情によって制限することを広 く認めたものではない。ところが、本件においては、Xらの主張を前提とすれば、

Xらは、本件加害行為に係る加害者が旧日本軍の構成員であることを、本件当時 から認識し又は容易に認識し得たことが明らかであるといえるから、政治上その 他の事情によって、本件におけるような権利行使が困難な事情にあったとしても、

そのような事情があることをもって除斥期間の延長を容認することは、民法 後段の法意にもとるものであって、最高裁平成 年判決の趣旨を超えるものとい うべきであり、そのほかXらの主張する事情をもって、民法 条後段の適用を排 除すべき特段の事情とするには当たらない」(下線筆者)と。

〔若干のコメント〕本判決は、民法 条の時効停止規定に依拠して容易に除斥期 間の適用制限を認めることはできないとして、民法 条後段の規定による損害賠 償請求権の消滅を認めたものと言える。

【 】東京地判平成 年 月 日( )(判例時報 号 頁、判例タイムズ 頁、訟務月報 巻 号 頁)[ドミニカ移民訴訟]<否定>

〔事実の概要〕本件は、昭和 年 月から昭和 年 月にかけて国(Y)がドミ ニカ共和国へ移住し、その国営入植地に入植する政策を実施した際に、ドミニカ への移住に応募し入植した帰国原告および残留原告(Xら)が、募集の際に示さ れた移住条件が実現されずに多大な経済的、精神的損害を被ったなどと主張して、

Yに対して、ドミニカ共和国への移住政策に関する行政事務を統括していた外務 大臣および農林大臣の職務上の法的義務違反を理由とする債務不履行または国家 賠償法 条 項に基づいて損害賠償を請求したというケースである。そのなかで、

XらのYに対する損害賠償請求権が国賠法 条によって適用される民法 条後段

( )これについては、大嶺崇「判例研究」法律のひろば 巻 号( 年) 頁以下、佐藤美由 紀「判例研究」自治研究 巻 号( 年) 頁以下がある。

(20)

の除斥期間の経過によって消滅しているかどうかが問題となったが、その際に、

Xらが【 】判決による除斥期間の適用制限を主張した。

〔判旨〕本判決は、この点について以下のとおり判示している。すなわち、「平成 年判決は、平成元年判決が示した判断枠組み(民法 条後段の規定は除斥期間 を定めたものであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主 張は、主張自体失当であるというもの)を維持した上で、『不法行為の被害者が不 法行為の時から 年を経過する前 箇月内において右不法行為を原因として心神 喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害 者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から 箇月内に右損害賠償 請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法 条の法意に照らし、同法 条後段の効果は生じないものと解するのが相当である』と判示した。これは、

不法行為の被害者が不法行為の時から 年を経過する前 か月内において当該不 法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合に は、除斥期間をそのまま適用すると、当該被害者がおよそ権利行使が不可能であ るのに、単に 年経過したということのみをもって一切の権利行使が許されない こととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、 年の経過によって損害賠 償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反することになること、

そして、民法 条は、時効の関係で、このような場合に被害者を保護するために、

被害者が能力者となり又は法定代理人が就職したときから か月内は時効は完成 しない旨を規定しているが、除斥期間に関しても、当該被害者を保護する必要が あることは民法 条の場合と同様であり、その限度で同法 条後段の効果を制 限することは条理にもかなうことを判示したものと解される。」「そうすると、平 成 年判決は、上記のように極めて限定された事実関係の下で、民法 条の時効 の停止規定の適用が時効の場合について可能であるのに、除斥期間については不 可能となることによる不均衡等をも考慮の上、民法 条後段の適用を制限したも のというべきである。こうしたことに加え、除斥期間の制度趣旨、その性格等に かんがみると、Xらが主張するような一般的な正義、公平の理念によって除斥期 間の規定の適用を制限することはできないというべきである」(下線筆者)と判示。

そして、民法 条後段の規定の適用を制限すべき事情(すなわち、時効の場合

(21)

には民法 条の時効の停止規定の適用が可能であるのに、除斥期間についてはそ れが不可能となることによる不均衡等をも考慮の上、民法 条後段の規定の適用 を制限した平成 年判決の事案と同視し得る特段の事情)が存在するかどうかの 点については、「Xらの本件訴訟の提起に至る経緯を通観すると、…(略)…、帰 国原告らは、既に昭和 年の時点で、Yの責任を追及するために、積極的に行動 していた。また、残留原告らは、遅くとも昭和 年 月ころまでの間に、土地問 題の解決は直接日本政府と交渉すべき課題であるとの前提に立って、その解決に 向けて、様々な取り組みを開始していたのである。それにもかかわらず、Xらが 本件訴訟を提起したのは、除斥期間が経過した後であり、しかも、それから更に 年余り経過した後であったが、…(略)…、以上のほか、民法 条が時効の停 止事由の消滅から か月で時効が完成する旨を規定していることなどをも考慮す ると、本件全証拠によっても、民法 条後段の規定を適用することが、平成 年 判決の事案と同程度に著しく正義・公平に反するものと認めることはできないと いわざるを得ない」(下線筆者)と判示。

〔若干のコメント〕【 】判決も、【 】判決と同様に、民法 条後段の適用制限 を認め得る特段の事情は存在しないとして、民法 条後段の適用を制限し得る場 面を限定的に解し、民法 条を活用した適用制限を否定したものである。

【 】東京高判平成 年 月 日(判例タイムズ 頁)[外務省機密 漏洩国家賠償請求訴訟]<否定>

〔事実の概要〕本件は、いわゆる外務省機密漏洩事件に関し、親密となった外務 審議官付の女性事務官Zに対して日米間の沖縄返還交渉に係る秘密文書の漏示を そそのかしたとしてZとともに国家公務員法違反の罪に問われ有罪判決(昭和 年の最高裁判決で確定)を受けたXが、その後約 年が経過した平成 年 月に、

平成 年ないし平成 年に米国国立公文書館が秘密指定を解除した沖縄返還に関 する公文書の公開等により数々の密約の存在が明らかとなり、Xを有罪とした刑 事事件判決が誤判であることも明らかとなったとして、国(Y)に対し、国家賠 償法に基づき、謝罪文の交付と慰謝料 万円の支払を求めた事案である。その

(22)

なかで、民法 条後段の規定により、違法行為から 年が経過したことによって 損害賠償請求権が消滅しているかどうかが問題となった際に、Xが信義則違反や 権利濫用を主張してその効果制限を主張して争ったことから、本判決は、時効の 停止の規定を手がかりに民法 条後段の効果の制限が可能かどうかの点について、

以下のとおり判断した。

〔判旨〕「…不法行為の被害者が不法行為の時から 年を経過する前 箇月内にお いて当該不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しな かった場合において、その後就職した法定代理人がその時から 箇月内に損害賠 償請求権を行使したなどの特段の事情がある場合には、民法 条の法意に照らし、

同法 条後段の効果は生じないものと解される(前記最高裁平成 年 月 日第 二小法廷判決参照)。また、 年の期間満了の時にあたり『天災その他避けること のできない事変』が生じたような場合にも、同法 条を類推適用して、同法 条後段の効果を制限する余地があるというべきである。このように、民法の『時 効の停止』の規定を類推適用して、同法 条後段の効果を制限する余地がないと はいえないが、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定という除斥期間を設け た法の趣旨や時効の停止についての法の定め方等に照らすと、時効の停止の規定 を手がかりにして同法 条後段の効果を制限するためには、少なくとも、『心神 喪失の常況』ないし『天災』の場合のように、 年の期間満了にあたり権利行使 がおよそ不可能な状況にあったことを要するものと解するのが相当である(単に 権利行使が困難という程度では足りない。)。また、そのような状況が解消された 後速やかに権利行使をする必要もあるというべきである(民法 条、 条等は 箇月以内に、同法 条は 週間以内に権利行使をすることを求めているのであ る。)」(下線筆者)と判示した上で、 年の期間満了にあたりXが本件のような国 家賠償請求の訴えを提起する等の権利行使がおよそ不可能な状況にあったとは認 め難いから、本件では、時効の停止の規定を類推適用するなどして、民法 条後 段の効果を制限する余地もないとした。

〔若干のコメント〕【 】判決は、【 】判決に依拠して、時効の停止に関する規 定を手がかりに民法 条後段の 年の除斥期間の効果を制限し得る余地は否定し なかったが、本件の場合には、公文書が公開された平成 年ないし平成 年まで

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