はじめに
放射性物質から発せられる放射線の被ばくか ら子どもたちをどう守るか。福島県下の保育,
幼児教育は,この問題をどう受け止めたらいい のか。それがなによりも子どもたちの「いま」
と「未来」の命と生活にかかわっているだけに,
放射線 ・ 放射性物質に対する幼稚園 ・ 保育所
(園)のとりくみは,この上ない切実感,深刻 さとともに,放射能汚染という前例のない事態 に手探りのまま立ち向かう,計り知れない困惑 と不安に満ちている。 大宮(2011)
2011年3月11日に発生した東日本大震災は,東 北地方のほか関東地方の一部の太平洋側に甚大な 被害をもたらした。福島県では,3月11日の地震
とその後の津波によって東京電力福島第一原子力 発電所(以下,福島第一原発)に事故が発生した。
本論の調査地である福島県いわき市は太平洋沿岸 部に位置し,地震・津波・放射能の複合的被害を 受けている。本論ではいわき市の保育所と幼稚園 で保育士・教諭(以下,保育者)に実施した面接 調査から,①震災後に乳幼児の行動に生じた変化,
②子どもの変化に保育者がどのような対応をした のか明らかにする。
1.研究背景
被災した子どもの心のケア
世界の国々で,毎年多くの子どもたちが自然災 害や紛争などの人的災害の被害を受けている。本 論では天災と人災を含めて「災害」という言葉を 用いる。災害は人間にとって,巨大な力に突然,
生活環境を破壊されるという経験であり,自分の 力の及ばない予測の難しい出来事であるため無力 感と不安感につながりやすい。災害が人間の心身 に影響を及ぼす原因を大別すると,①地震や津波 などの災害自体の体験,②その体験に伴うさまざ
被災した乳幼児の行動の変化
佐野法子2)・糟谷知香江
2011年に発生した東日本大震災の被害を受けた福島県いわき市の保育所と幼稚園で,被災後3~8ヶ 月の時期に保育士・教諭に面接調査を実施した。調査内容は,震災後に(1)乳幼児の行動に生じた変 化,(2)子どもの変化に保育者がどのような対応をしたのか,である。調査の結果から,子どもの反応 には「不安」「発達の後退」が目立つことが明らかになった。こうした子どもたちに対しては,子ども の気持ちをそのまま受け止めて回復を待つという対応がとられていた。また,福島第一原子力発電所の 事故による環境汚染によって「これまで通りの保育」が難しくなり,保育方法の変更は子どもの運動能 力の低下など発達に影響を及ぼしていることも明らかとなった。
キーワード:災害への反応,メンタルケア,乳幼児
-福島県いわき市における保育士 ・ 幼稚園教諭への調査から-1)
Children’s responses to disaster:
From interviews with teachers of preschools at Iwaki-City, Fukushima Pref.
Noriko SANO & Chikae KASUYA
1) 本論は,第1著者による卒業論文(平成23年度 いわき明星大学)をもとに,第2著者が再構成した ものである。
2) いわき明星大学大学院人文学研究科 原 著
まな心理的 ・ 社会的資源の喪失,③喪失に伴う日 常生活のさまざまな困難の3つに整理できる(島 津,2012)。
災害後に現れる症状は年齢によって異なる。表 1は子どもの発達段階ごとに症状をまとめたもの である(永光,2011)。子どもに多く見られるの は,睡眠に関すること(夜泣き,夜驚),排泄に 関すること(夜尿,頻尿),消化器に関すること
(食欲低下,下痢,腹痛,便秘,吐き気)である。
行動面の変化としては,今までにできていたこと をしなくなったりできなくなる退行がしばしば見 られる。退行は,自らの安全が脅かされていると 感じたときに,保護してもらえる発達年齢の子ど もに戻り自分を守ろうとするのだと解釈される。
たとえば,幼い言葉遣いになり,抱っこをせがみ,
ひとりでトイレに行けなかったり,いつも親と一 緒にいたがる。
東日本大震災については,筒井(2011)が福島 県内(福島市 ・ 郡山市)で幼稚園 ・ 保育園および 小学校の子どもとその保護者を対象として,スト レスと睡眠習慣に関する質問紙調査を2011年6~
7月に実施している。ストレスについては,下位
尺度は「条件性恐怖」,「不安 ・ 退行」,「イライラ
・ 集中困難」,「うつ」であるが(表2),園児も 小学生もこのうち「うつ」以外の「条件性恐怖」,
「不安 ・ 退行」,「イライラ ・ 集中困難」が目立つ という結果であった。幼稚園 ・ 保育園の園児と小 学生を比較すると,前者はストレスがより高く,
さらに園児を持つ保護者の放射線不安の強さとス トレス反応も小学生の保護者に較べて高かった。
以上のように,幼稚園 ・ 保育園児は子どものなか でもとりわけ支援を必要とする年齢であり,保護 者もより強い不安を抱えている。
被災した子どもたちに対しては,子どもを否定 しないことに留意しながら,感情表現を促すこと,
安心感を与えること,そして無力感を少なくする ことが重要であるといわれる(丸,2005)。これ は大人への対応方法とも重なる。たとえば島津
(2012)は,①社会的つながりの回復と強化,② 個人 ・ 集合体の自信の回復と向上,③ポジティブ 感情の創出といった支援を挙げている。災害時に はコントロール感の喪失による無力感が生じやす いため,自信を回復することが重要となる。被災 した子どもも,「やればできる」という経験をさ 表1 災害時の子どもにみられる身体化症状と行動の症状(永光,2011)
(0~5歳)乳幼児 学童
(6~12歳) 思春期児童
(13~18歳)
身体化症状 ・夜泣き
・夜驚・おねしょ
・頻尿・下痢
・便秘・食欲低下
・チック・発熱
・夜驚・頭痛
・腹痛・便秘
・吃音・食欲低下
・喘息,アトピーの悪化
・チック・発熱
・頭痛・腹痛
・下痢・吐き気
・めまい・耳鳴
・過換気・眠れない
・食欲低下
・手足が動かない
・喘息,アトピーの悪化
・チック・意識がボーッとなる 行動上の症状 ・暗い所を怖がる
・甘えがひどくなる
・いつも一緒にいたがる
・トイレに一人で行けない
・指しゃぶり
・爪かみ・赤ちゃん言葉
・おっぱいを触る
・多弁・膝の上に乗りたがる
・乱暴な行動
・暗い所を怖がる
・甘えがひどくなる
・いつも一緒にいたがる
・トイレに一人で行けない
・爪かみ・多弁
・母親と一緒に寝たがる
・膝の上に乗りたがる
・乱暴な行動
・髪の毛を抜く
・落ち込む
・苛立つ
せて安心感が増せば,行動面の変化は改善してい くと考えられる。目標達成経験は,さらに,ポジ ティブな感情を作り出すことにつながる。災害時 でも,ネガティブな出来事だけでなくポジティブ な出来事も存在している。未来に明るい展望を見 いだすことは,目下のストレスフルな出来事に対 処する原動力になると考えられる。
環境被害が心に与える影響
福島第一原発の事故は,地震 ・ 津波という自然 災害が直接の原因ではある。しかし,外部に大量 の放射性物質が放出され人間生活へ大きな影響を 与えている状況は,環境被害ととらえることがで きる。原子力災害は,ひとたび災害が起こると広 範囲の環境被害をもたらす。1986年に旧ソビエト 連邦で発生したチェルノブイリ原子力発電所の事 故は,ウクライナ,ベラルーシ,ロシアなど発電 所をとりまく国々の地域住民の心身の健康に影響 を与えている(Samet&Patel,2011)。しかし,
被ばくが身体に与える影響については不明確な部 分が少なくないうえ,同じ汚染環境で生活してい ても全員に同じ身体症状が同時に現れるわけでは ない。汚染された環境での生活には,毒物の影響 がいつどのように自分や自分の大切な人の身体に 現れるかわからないという不確かさがつきまとう。
したがって,災害の影響が目に見えやすい自然災 害とは異なる心理的影響が考えられる(Havenaar
&VandenBrink,1997)。
日本における環境被害としては,海に放出され たメチル水銀が引き起こした水俣病事件を挙げる ことができる。水俣病は1956年にはじめて患者が 保健所に届けられたことからはじまったとされる
(原田,2007;2012)。しかし,これ以前から猫の 狂死,水鳥やカラスが飛べなくなり海に落ちると いった異変は生じており,当初は原因不明の奇病 と考えられた。まもなく,病気が「水俣湾産の魚
介類を多量に摂取すること」によって起こること,
そして工場排水が原因であることも明らかになっ た。しかし,住民の被害を避けるための対応がす ぐにとられたわけではない。また,胎児が母親の 胎盤を通して水銀中毒になるという,当時の医学 の定説を覆す発見もあった。さらに,病人が出た 地域の魚介類が売れなくなることへの懸念があり,
地域内での人間関係を慮って被害を訴えることが 難しいといったこともあったという。このように,
被害拡大を防ぐための対応は後手に回りやすいう え,被害が起こっている時点の常識が必ず正しい とも限らない(小林,2004)。そして,被害者間 や被害地域住民の間に利害や意見の食い違いが存 在して,原因や被害状況の確認,被害拡大を防ぐ ための対応などをめぐる人間関係の摩擦が生じや すい(永松,2012)。水俣病の経験からも,環境 被害は住民の不安や悩みを引き起こしやすい要素 を多く抱えているといえる。
環境被害によるリスク評価は,不確実性をどう 位置づけるかによって2つの見解に大別される
(霜田,2004)。ひとつは専門家など観察者の立場 で,「何が原因でどういった影響をおよぼしてい るのか,そもそも被害があるといえるのかどうか も不明である段階では,当の化学物質のリスクは ほとんどないものと見なしてよい」という見解で ある。もうひとつは一般市民など当事者の立場で,
「原因であることがはっきりしなくても,被害発 生源として疑われる理由があれば,不確実要因も 含めてリスクを評価すべきだ」という見解である。
不確実要因を含むリスクに対して当事者は,「影 響はない可能性が高いが,もしかしたらあるかも しれない」,すなわち万一の事態が生じることを 想定してリスク対策を行う。有害 ・ 無害と見解が 分かれる状況で判断しなければならないとき,両 極の考え方の中間を取るのが最も被害が少ないと いうことが経験的に予測されるからである。つま 表2 子どものストレス尺度の下位尺度と項目(筒井 , 2011をもとに作成)
下位尺度名 項 目
条件性恐怖 怖がる,急に脅える,物音,繰り返し話す 不安 ・ 退行 大人にくっつく,寂しい,子ども返り,一人嫌 イライラ ・ 集中困難 集中,かんしゃく
うつ 自責,頭痛,吐き気,取り乱す,無口,健忘,食欲,感情抑える,関連遊び,興味低い
り,「専門家の客観的なリスク評価」と「一般市 民の主観的なリスク認知」は一致しないことが普 通であり,両者ともおのおのの立場では合理的な 判断である。それ故,両者がぶつかる現場での対 応は困難を伴いやすい。
福島県いわき市における地震・津波・放射能被害 の状況
東日本大震災はいわき市にも甚大な被害をもた らした(いわき市,2012)。最大震度6弱,人的 被害は死者310名 ・ 行方不明者37名,住宅被害は 全壊7,640棟,半壊29,923棟,一部損壊43,039棟で ある(2012年2月1日現在)。市内には127カ所の 避難所が開設され,最大で19,813人が避難した。
幼稚園 ・ 保育所では,子どもと職員は無事で あったものの,久ノ浜地区で私立幼稚園が,豊間 地区と小名浜地区では公立保育所が津波で全壊し た。公立保育所38カ所のうち10カ所が休所を余儀 なくされた。休所になった保育所の子どもたちは,
保護者の希望に添う形で近隣の保育所に受け入れ られた。余震が続くなかで,「怖くて家にいられ ない」「水と電気が止まり不安だ」と,避難所生 活を選択する家庭もあった。子どもにとっては,
慣れ親しんだ保育所や家を離れなければならない 経験であった。
福島第一原発の事故を受け,原子力災害対策特 別法に基づく住民の避難と屋内退避指示が発令さ れた。避難 ・ 退避の区域は,3月15日までに福島
第一原発の半径20㎞圏内の避難,半径20~30㎞圏 内の屋内退避と拡大した。いわき市は,北部の一 部地域が30㎞圏内で,市域の大部分は30~80㎞圏 内である(図1)。市内では,30㎞圏外でも自主 避難が始まり,避難していない市民も外出を控え た(朝日新聞,2011)。3月下旬までは市外から の物資の流入が滞り,ガソリンと食糧が不足した。
また,水道の復旧も遅れて断水が続いた。こうし たなか,親たちとともに避難生活を余儀なくされ た子どももいる。保育所の多くは震災後の約2週 間,臨時休所したが,3月下旬から徐々に再開し た。また,市立の幼稚園 ・ 小中学校は4月上旬に 入学(園)式 ・ 始業式が行われ,これにあわせて 避難先から市内へ戻った子どもたちは少なくない。
このころ市内の30㎞圏内では屋内退避指示が依然 として継続されている状態であったが,これは4 月下旬になって解除された。12月,いわき市は,
放射性物質による環境の汚染状況についての重点 的な調査測定をすることが必要な地域となる「汚 染状況重点調査地域」(平均的な放射線量が1時 間あたり0.23マイクロシーベルト以上の地域を含 む市町村)として国から指定された。
本研究の調査が終了した2011年12月の時点では,
福島第一原発の20㎞圏内は,「警戒区域」となり 立ち入りが禁止されている。警戒区域の外側の年 間放射線量が20ミリシーベルトを超える地域は
「計画的避難区域」,30㎞圏内の地域は「緊急時避 難準備区域」となっている。これらの地域の市町 図1 福島県内原子力発電所の位置と福島第一原発からの同心円図(いわき市 , 2012)
村といわき市はもともと人の往来が盛んで,居住 が制限された区域から避難した人たちの中には,
いわき市内に作られた仮設住宅や借り上げ住宅な どに暮らすようになった人も少なくない。避難し てきた人々の子どもたちは広域入所によっていわ き市の幼稚園 ・ 保育所へ入園している。
被災した地域の園の子どもたちにどのような変 化が見られたのか,また,保育者たちがそれにど う対応しているのか,こうした研究は緒に就いた ばかりである。大宮(2011)は,保育の現場が直 面している課題と各園での対応策について,福島 県内644の幼稚園 ・ 保育所を対象に2011年5~6 月に質問紙調査を実施している。それによれば,
震災以降,放射線への配慮や地震による園庭の損 傷によって戸外活動を制限している園が多くなっ ている。砂場にネットやブルーシートをかけ,子 どもを砂に触れさせない。こうした制限の中で各 園は工夫して日々の保育に取り組んでいる。たと えば,園舎内の空間環境を工夫して子どもが身体 を動かせる環境を構成している。また,窓から入 る放射性物質を減らすために窓の開放を控え,放 射性物質を体内に入れないために,手洗いとうが い,マスク ・ 長袖 ・ ズボンの着用が励行されてい る。放射性物質が口から体内に取り込まれる「内 部被ばく」への懸念があり,飲むこと ・ 食べるこ とにまつわる不安は根強い。このため子どもに水 筒を持参させるか,市販のミネラル水を使う園が 多い。給食には遠い産地の食材を選ぶようにして いる。以上のようなことについて国や自治体,園 が定めた方針と,その方針では安心できない保護 者の要望の板挟みもある。さらに,保護者の間で も考え方に開きがあり,たとえば外遊びをさせて ほしいという要望と,子どもを外に出さないでほ しいという要望がある中で,どちらにあわせて保 育の方針を決めるのか,その判断基準となる情報 が見いだせないことへの不安,なども指摘されて いる。こうしたなか,放射線におびえずに保育を する姿勢が大切だとする保育者もいるが,不安感 に悩む保育者は少なくない(大宮,2011)。
本論は,震災後に乳幼児の行動に生じた変化,
子どもの変化に保育者がどのような対応をしたの か,また被ばくから子どもたちを守るための取り 組みについて,面接調査から明らかにする。震災
後の早い時期に個別聞き取り調査を行った研究は 少なく,特に放射能による環境被害の子どもへの 影響については不明な部分が多い。大宮(2011)
の調査は,質問紙によって福島県内の数多くの園 の全体的状況をとらえている。本研究では,より 深い質的資料から子どもたちの実態を明らかにす ることを目的とした。
2.方法
調査が関係者に与える負担について十分配慮を したうえで,いわき市の幼稚園2園,保育所7園 において,第1著者が保育者に半構造化面接を実 施した。主な調査内容は,震災のあと園児の言動 にどのような変化がみらるか,保育者として園児 たちにどのような対応をしているか,また,放射 能による環境汚染が幼稚園 ・ 保育所の活動にどの ような影響をあたえているか,である。調査期間 は2011年6~12月,対象者は幼稚園教諭10人と保 育士27人で,全て女性である。調査者は,いわき 市立保育所の元保育士(経験年数36年)であり,
震災前から多くの保育者と交流を持っていた。面 接においては,調査者が保育者たちから保育方法 についての相談や悩みを打ち明けられることもし ばしばであった。
幼稚園では子どもの降園した時間を利用して,
職員室でのグループ面接を行った。幼稚園は3歳,
4歳,5歳の年齢別のクラス分けがされており,
各クラスの担任教諭が面接に参加した。保育所で は,勤務中の休憩時間を割いていただいて,園内 で面接を行った。子どもたちが朝7時から夜7時 までいる園もあり,保育士がまとまって子どもた ちから離れることが難しかったからである。保育 所では年齢が低い1歳児・2歳児では複数担任で あるため,2~3人のグループ面接とした。3歳 児,4歳児,5歳児のクラスは主たる保育士の個 人面接とした。また,幼稚園 ・ 保育所ともに園長
・ 所長への面接も実施した。面接時間は20~60分 で,平均約40分であった。面接に応じてくれたの はクラスのリーダー的保育者が多く,中心的な年 代は40代で経験年数20年以上の保育者であった。
3.結果
面接から得られた資料を,①「子どもたちの行
動の変化」,②「保育者の子どもへの対処」,③
「放射能の影響で保育者が直面した問題」,④「X 保育所の事例」の4つに整理した。①と②につい ては,保育者が述べた資料を切片化して,それを KJ 法により類似の項目をまとめ,カテゴリー化 した。カテゴリー化は著者2名の合議で行った。
まず小カテゴリーを編成し,さらにその見出しの 内容が類似しているものをまとめて大カテゴリー とした。
①「子どもたちの行動の変化」の大カテゴリー としては,「食欲 ・ 睡眠」(小カテゴリー:食欲低 下,睡眠障害),「発達の後退」(同:排泄の失敗,
言葉の後退),「不安」(同:不安 ・ 恐怖,一人が 不安,部屋に入れない,音に敏感),「感情表出」
(同:甘える,泣く,攻撃,感情不安定,感情を 出せない),「体験の表出」(同:ごっこ遊び,体 験の再現,メディアの影響),「その他」である
(表3)。②「保育者の子どもへの対処」は,子ど もの年齢により対応に違いがあるため,年齢順に 整理し,内容を表す見出しをつけた(表4)。③ と④は放射能による環境汚染が保育に与えている 影響を主に取り上げている。③については,保育 者ごとに語りをまとめた(表5)。④については,
子どもの年齢ごとにどのような影響があるのかを 把握するため,ある保育所の保育者の語りをまと めた(表6)。
調査結果全体では,子どもの反応に「不安」
「発達の後退」が目立った。不安は,「一人になる ことを嫌がる」「保育室に入れない」「音に敏感に なる」といった形で現れる。また,食欲低下や睡 眠障害,排泄の失敗にも不安が関係していると考 えられる。特に,1~2歳児では,「食べる ・ 眠 る ・ 排泄する」は発達上の重要課題である。離乳 期途中で被災し,避難所では離乳食が手に入らず パンやおにぎりを口に入れていた子ども(事例1
-3)には,正常な発達を取り戻すために保育者 が給食担当者や栄養士と協力しながら離乳期をも う一度体験させるという支援がとられた。
排泄に関しては,頻尿になった子ども(事例3
-13),排泄の失敗が増えた子ども(事例3-7, 5-9)がみられたほか,「トイレに一人で行け ない」という反応が目立った。通常,4~5歳児 は一人でトイレに行けるようになっていて,もし
トイレのドアを開けられたりすれば怒って大騒ぎ をする。しかし震災後は,一人になることが不安 で,トイレのドアを開けて入る子どもが増えた。
保育者は,排泄の失敗を叱らないで受けとめる,
トイレに一緒に行き一人になることへの不安に付 き合う,などの関わりをしていた。
次に子どもの感情表出についてみていく。感情 表出としては,まず「甘える ・ 泣く ・ 攻撃する」
が挙げられる。「甘え」には,「おんぶ」「だっこ」
「後をついてくる」「しがみつく」「離れない」な どがあるが,保育者はこうした反応をそのまま受 け入れていた。大人に依存的になっている子ども を,否定したり叱責したりせずそのまま受けとめ る,という支援方法である。また,「泣く」とい う感情表出には,「余震があると震えて泣く」「そ ばを離れると泣く」「何かにつけて泣く」「夜泣き をする」などがみられた。このほか,「地震ごっ こ」のように子どもが遊びの中で気持ちを表現す るということもある。
以上のように不安が行動となって現れることが ある一方で,不安な気持ちがそのまま表出されな いこともある。普段より黙り込んだり,あるいは 逆に騒ぎ立てるといった行動の変化がこれに該当 すると考えられる。何もおかしいことがないのに,
「エヘラエヘラ笑って走り回る」子ども(事例5
-5)がみられた。こうした行動には,抱きしめ る,手をつなぐ,膝の上にのせるなどのスキン シップにより,大人が見守っていることを伝える という対応がとられていた。被災した子どもは大 人に対して甘えたり,依存的になりやすい。保育 者は,「ジシン,ジシン」と同じことを何度も 言っていても(事例1-6),やさしく受け止めた り,子どもが「怖い」と言うときは,「先生は,
そばにいるから大丈夫だよ」「怖くていいんだよ」
と,子どもの気持ちを受け止めたり,「幼稚園が つぶれちゃうからお部屋入らない」という子ども
(事例4-10)には,「そうね,じゃあ心配ならそ こで見ていてね」と受け止めていた。以上のよう に保育者は,被災直後に多くみられた不安や恐怖 などの症状を軽減させ,普通の生活を取り戻すこ とに努めたということが明らかとなった。
次に,福島第一原発事故が子どもに与えている 影響をみていく。まず,子どもの健康面であるが,
表3 子どもたちの行動の変化
大カテゴリー 小カテゴリー 子どもの行動 年齢 ・ 性別 事例 No.
食欲・睡眠 食欲低下 食欲が低下した。 1歳男児 1-1
「いんない,いんない」と言って何も食べない。
←離乳期に被災 1歳男児 1-2
固形物が食べられない。食べると下痢をする。
←離乳期に震災に遭い,住居を転々とした。離乳トレー ニング不足
1歳男児 1-3
睡眠障害 不安定でなかなか眠らない。 1歳女児 1-4
夜も「コワイ,コワイ」と言って泣いて目覚める。 1歳男児 1-7 お昼寝の時,眠ったと思ったら突然目を覚まして「ジ
シン!」と起きる。 2歳男児 2-1
お昼寝が不安で,嫌がる。←家が流され,避難所・親
戚の家・会津・アパートと住まいを転々とした。 4歳女児 4-14 発達の後退 排泄の失敗 頻尿になり,数分ごとにトイレに行く。←避難区域か
ら転入。 3歳男児 3-13
毎日,排泄の失敗をするようになった。
オムツ使用になった。 3歳女児 3-7
5歳だが,おむつに戻ってしまった。←排泄を失敗し
たから 5歳男児 5-9
トイレをギリギリまで我慢している。家でも同じである。 5歳男児 5-11 言葉の後退 地震のとき,腰が抜けたようになって動けなくなった。
そのあと赤ちゃん言葉が多くなった。 5歳女児 5-13 不安 不安・恐怖 「あっち,あっち」と言って,自分の荷物を全部持ち,
廊下に行く。 1歳男児 1-2
お母さんのお迎えが遅いと「死んじゃった?」と聞く。
今まではお迎えが遅くても「洗濯してから来るよ」に 納得していた。
「津波くると死んじゃうの?」と聞く。
3歳男児 3-8
「地震がきた,怖い」と言う。 4歳男児 4-4
「地震こわい」と言う。 4歳女児 4-14
「お母さんが地震また来ると言っていた」と大人のよう
に怖がる。 5歳男児 5-6
余震があるとガタガタ震え,顔色が変わる。 5歳男児 5-7
「嫌だ」とみんなとやらないのに,地震のためと言った
らやった。 5歳男児 5-15
揺れに敏感になり,寝ていても起きていてもそうで,
「怖い,守って」と言う。自分で揺れてごまかしている。 5歳女児 5-17 一人が不安 家ではトイレに一人で行けない。「怖いから一緒に行っ
て」と言う。 3歳男児 3-4
地震以後お風呂に入れなくなった。台所の水道でシャ
ワーを浴びる毎日。 3歳男児 4-7
トイレに一人で行けなくなった。一人で遊べなくなった。 4歳女児 4-11 トイレを閉めないで入る。←同じような子どもが多く
なった。 4歳女児 4-12
トイレに一人で行けなくなった。
家では母親の姿を追いかける。隣の部屋にいても「お 母さん,どこにいるの」と探す。
5歳男児 5-1
トイレに一人で行けなくなった。
家では母親の姿を追いかける。 5歳女児 5-2 担任が保育室を出ると,どこに行ったか確認する。 5歳男児 5-10 トイレに行ったとき,「ここで見ていて」と言う。 5歳男児 5-11 部屋に入れない 1ヶ月間,保育室に入れず廊下で過ごす。 1歳男児 1-1
保育室に入れない。廊下で食事をする。 1歳男児 1-2 押し入れを地震の時の避難所にしたため,遊びでも押
し入れに入れなくなった。 2歳男児 2-7
大カテゴリー 小カテゴリー 子どもの行動 年齢 ・ 性別 事例 No.
保育室に入れなくなった。「地震で幼稚園つぶれたら怖 いから,お部屋に入らない」「僕もつぶれるから入らな い」と言う。
4歳男児 4-10
音に敏感 洗濯機のガタガタ音も嫌がる。ちょっとしたことで
「ハッ」と驚く。 3歳男児 3-1
いろいろなことに敏感になる。 3歳男児 3-4 風でガタッと音がしただけでもビクッと驚き,保育者
に抱っこしてもらいに来る。 3歳女児 3-9
物音に敏感になる。 4歳男児 4-2
音に敏感になった。 4歳男児 4-4
雷が鳴るとうずくまる。先生から離れられない。 4歳男児 4-5 暴れん坊なのに,雷が鳴るとうずくまる。 4歳男児 4-6
すぐに耳を押さえる。 5歳男児 5-9
音に敏感である。 5歳女児 5-12
感情表出 甘える 一日中,保育士におんぶされていた。 1歳男児 1-3 保育士の背中におんぶされる状態が1ヶ月間続く。 1歳女児 1-4 かみつきが増えた。保育士にだっこされていて,突然
となりの子どもにかみつく。 1歳男児 1-5
母親がトイレに行くと,ついてくる。 2歳男児 2-3 4月11日に大きな余震があったとき,お迎えが最後だっ
た。泣いて「抱っこ,抱っこ」と朝から要求する。
←発達障害をもっている
4歳女児 4-3
余震がくるとしがみつく。 4歳男児 4-4
「先生の見えるところにいたい」と言って,2~3日外に
いた。 4歳男児 4-10
甘えがひどくなり,すりよってくる。ベタッとくっつ
く。後ろからおんぶしてくる。 5歳女児 5-2
大人を「いじる」。 5歳男児 5-5
母親から離れられない。 5歳男児 5-9
避難訓練をしたところ,逃げるときになったら担任か
ら離れなくなった。いつもは物わかりがいいのに。 5歳男児 5-14 泣く 保育所に来てから,毎日泣く。「アーン,アーン」と声
だけで泣く。食事になると泣く。 1歳男児 1-1
何かにつけて泣く。 1歳男児 1-7
地震の時,揺れているあいだ泣いていた。その後,
ちょっとした物音でも泣く。余震があると,「ギャー」
と震えながら泣く。
2歳女児 2-2
夜泣きをする。 2歳女児 2-6
いつも不安定,大泣きしたりする。 3歳男児 3-2 余震で揺れると泣いてしがみつく。 3歳男児 3-4
「先生がいない」と言って泣く。 3歳男児 3-8 保育士がそばを離れると泣く。 4歳女児 4-14 地震で避難したとき,じっと我慢していた。母親がお
迎えに来た瞬間にワーと泣き出した。 5歳男児 5-4
朝は泣きながら来た。 5歳男児 5-5
攻撃 友だちが近くに来ると,威嚇して「ギャー」と泣く。 1歳女児 1-4 発達が遅れ気味である。「幼稚園なんか嫌いだ」。抱っ
こしようとすると「大嫌いだ」と暴れる。←発達が遅 れていると攻撃的な自己主張になりやすい
4歳男児 4-8
わざと物を投げてみる。 5歳男児 5-5
感情不安定 「キーッ」という奇声を出す。
不安になるとパニック状態になり,興奮する。 3歳男児 3-2
気持ちが沈み,元気がない。 3歳男児 3-4
大カテゴリー 小カテゴリー 子どもの行動 年齢 ・ 性別 事例 No.
感情を出せない エヘラエヘラ笑って走り回る。 5歳男児 5-5 地震に敏感で,以前と様子が変わった。←5月初めまで
他県に避難。 5歳女児 5-8
体験の表出 ごっこ遊び 地震ごっこを1~2ヶ月やっていた。 2歳女児 2-4 おままごとで柱をゆすっては地震ごっこをする。家で
もやっている。 3歳女児 3-5
家でもおもちゃの家を作って地震ごっこをしている。 3歳男児 3-6
揺れると地震の話をする。 3歳女児 3-7
地震ごっこの遊びをする。タオルを持って被ってみた
り,テーブルの下に隠れる。 3歳女児 3-10 地震ごっこをする。「震度6弱」「震度2」とかいつも言っ
ている。←具体的 4歳女児 4-1
テーブルを揺らして地震ごっこをする。 3歳男児 3-11 ままごとの中で突然,地震ごっこをする。テレビの放
送をまねて,「ピピン,緊急地震速報です」。←具体的 4歳男児 4-5 地震ごっこで遊ぶ。組み立てた線路を「地震だ-」と
言ってグチャグチャにした。家でも同じことをする。
←具体的
4歳女児 4-9
「津波が来ました」「皆さん,避難してください」と遊 ぶ。ブロックでスピーカーマイクを作った。←ごっこ が高度に
5歳男児 5-3
「震度6である」「放射能は危ない」と大人のように言う。 5歳男児 5-6 地震ごっこではお母さん役をしている。 5歳女児 5-13 地震ごっこをする。何かを動かしてガンガンやる。「み
んな隠れて」と言う。 5歳男児 5-18
体験の再現 雷が鳴っても「地震,地震」と言う。 4歳男児 4-4 雷が鳴ると「津波,地震だ」と言う。 5歳男児 5-10 メディアの影響 言葉はまだ達者でないのに,「ツナミ」を覚え,「ナガ
サレチャッタ」という。←テレビの影響 2歳男児 2-5
「じいちゃんの車ひっくりかえった」と,なかったこと
を話す。「道路から水が出た」と衝撃的に話す。 5歳男児 5-16 その他 言葉の発達 言葉が出始めた時期で,「ジシン,ジシン」といつも
言っている。 1歳男児 1-6
絵 絵で見ると,発達が戻っている。それは精神面でもどっ
ているということ。 1歳クラス
絵の中に雷やお化けを描くようになった。 3歳女児 3-12 状況の説明 「タイヤまで泥あったよ」「車よごれちゃった」 4歳女児 4-1 経験の共有 「今,地震あったよね」「今日は震度○○なの?」と聞く。 4歳男児 4-2 想像 余震があると「津波くる,津波くる」と言う。 4歳男児 4-10 その他 「ママ」と呼んでも母親からの返事がないと,部屋で布
団をかぶって寝ていた。 2歳男児 2-3
余震があると,みんなで机の下にすぐもぐる。←問題
のない行動 4歳男児 4-13
従兄弟が津波で流された。「○○ちゃん死んじゃったの」
と言う。 5歳男児 5-5
表4 保育者の子どもへの対処 1歳児 スキンシップ おんぶ,抱っこをして気持ちを安定させた。
スキンシップ,言葉がけ 登園の際,泣く子に対しては優しく言葉をかけて抱っこした。
スキンシップ,見守り 「アーン,アーン」と泣く子は,お膝に抱っこする,絵本を読み聞かせる,
一緒におもちゃで遊ぶ,などして気持ちを和らげた。
感情の受容,見守り 保育室に入るのを嫌がる子には,「わかったよ」と気持ちを受けとめ,そば についているなど,見守った。
感情の受容 噛みつきをする子どもは,子どもの気持ちを行動や姿から理解して受け入れた。
食事の補助 何も食べない子どもには,一緒に少しずつ食べられるよう口に入れてあげた。
食事の補助 震災と離乳期が重なり何も食べられなくなった子どもには,調理員と相談 し,元の時期に戻し,徐々に食べられるようになった。
遊びの補助 噛みつきにならないように,遊びの場面などを設定した。
2歳児 スキンシップ,見守り お昼寝の際,そばについていて,目を覚ましたら身体をやさしくさすってあ げるなど,スキンシップをした。
スキンシップ,言葉がけ 余震の時は,冷静に受けとめ,大丈夫だと安心させた。手を握る,身体を抱 くなどした。
スキンシップ,言葉がけ ちょっとした物音で泣くときは,抱っこ,言葉がけなどで安心させた。
状況の説明 母親がそばにいることを知らせた。
感情表出の促進 なぐり書きで気持ちを表現させた。
排泄の補助 揺れが収まった後,園庭に避難していた。男児も女児も怖くておもらしして しまう子がいたので,赤ちゃん組の紙オムツを借りてきてはかせた。
その他 お昼寝の前に絵本を読み聞かせる。子どもの気持ちを考えながら本を選んだ。
その他 地震のとき「押し入れ」に子どもたちを避難させたところ,いつも子どもた ちの遊び場であった押し入れが怖い場所になってしまった。押し入れを使っ てのかくれんぼ遊びやアスレチック遊びなど楽しい遊びを次々に工夫して,
子どもたちの遊び場や避難の場として,怖くないところにするようがんばった。
その他 震災のとき裸足のまま園庭にいて,かわいそうだったので,避難用の靴を常 時用意している。
3歳児 スキンシップ 大泣きする子どもはそばについていたり,抱っこしたりした。
スキンシップ パニック状態になる子どもは,抱っこ,おんぶなどした。
言葉がけ 「向こうの方で暴れているから,ガタガタしたんじゃあないの」と,音を気 にしないようにしむけた。
言葉がけ 音に敏感な子どもには「大丈夫よ」という言葉をかけた。
見守り 音が怖い子どもには,無理しないで徐々に音に慣らしていった。
見守り あまりに怖がる子どものトイレには,ついていった。
見守り 大人がいないと泣く子どもは,できるだけそばにいる,仲良しの友だちと一 緒に遊べるようにした。
感情表出の促進 元気のない子には楽しい遊びをして,気持ちを十分出させた。
感情表出の促進 地震ごっこをする子どもたちと一緒に遊び,共感しあった。
感情表出の促進 絵を描いて気持ちを表現させた。
災害の説明 「死んじゃった?」という問に対しては,子どもにわかるように話して安心 させる。
状況の説明 保護者の迎えの遅いときは,「おうちでお洗濯してからくるよ」と理解させる。
排泄の補助 排泄の失敗は怒らず,励ましながら排泄させた。
4歳児 言葉がけ,見守り しがみついてくる子どもには,「大丈夫,先生いるよ」と話して,他の遊び に誘う。
言葉がけ,見守り 怖がる子どものそばにいてあげ,「一緒だから大丈夫」と知らせた。
言葉がけ,見守り 特に不安の強い子どもには,そばにいるようにした。話を聞き,「先生は,
そばにいるから大丈夫だよ」と話した。
見守り 本人の気の済むようにしてあげ,見守った。
見守り トイレに一緒に行って見守り,安心させる。トイレの扉を閉めることを強要 しない。
見守り,感情の受容 怖がることを否定しないで,気持ちが落ち着くまで待ってあげている。
感情の受容 「地震で幼稚園がつぶれるから入らない」という子どもには,無理に保育室 に入れなかった。
感情の受容 地震ごっこを見守り,怖かったことを共感しあう。
感情の受容 子どもの話を,「そうなの,うんうん」と聞いた。
感情表出の促進 絵を描く中で気持ちを表現させた。
その他 余震のとき,子どもが机の下に入ることを褒めた。
5歳児 スキンシップ おんぶ,だっこをして,スキンシップを図る。
見守り トイレには一緒について行ったり,友だちと一緒に行けるよう配慮した。
見守り トイレには一緒に行く。
感情の受容 まだ5歳なのに,保育所や幼稚園,家庭ではお兄ちゃんやお姉ちゃんとして の振る舞いを要求されることが多い。子どもの話をじっくり聞いた。怖くて いいんだよと受けとめた。
感情の受容 不安で情緒が安定しないでいることを理解した。わざと悪いことをするが,
強く叱らないで,気持ちを聞くようにした。
感情の受容 見たこと聞いたことと体験したことがゴチャゴチャになっているが,否定し ないで話を聞いた。
感情表出の促進 絵を描いて気持ちを表現させた。
その他 大人,特に母親が不安だと,その不安がそのまま子どもに移るので,毎日の 送迎のとき母親の話も聞いて相談にのった。
その他 発達障害の子どもには,きめ細かく保育した。
表5 放射能の影響で保育者が直面した問題
(子どもを外に出せない悩み)
A 保育者 今までは,子どもが泣いても,外に出ることで泣き止んだりした。外に出ることができなくなり,ケ ンカやトラブルも多くなった。このストレスをどのように発散させてあげるかが悩みだった。
B 保育者 室内での遊びを工夫した。外遊びなら,そんなに準備しなくても,子どもたちは上手に遊ぶことがで きる。室内の遊びを,たとえば迷路遊びをするなど,ゲームもいろいろ工夫した。
C 保育者 暑い夏に向かって,放射能より熱中症の方が心配だった。クーラーのない部屋で窓を閉めていて大丈 夫なのだろうか。外に出すことについて親たちと保育者たちと戦々恐々としていた。
D 保育者 運動会に向けての活動の中で,子どもたちの運動能力が育っていないことに愕然とした。まっすぐ走 れない子ども,うまく手を振って走れない子ども,など。毎日の外での遊びが大切なのだと改めて 思った。
E 保育者 運動会を外で実施した。親たちとの話し合いが大変だった。子どもたちが土に触らないようにするた め,リレーで待つときや競技での待ち時間も座らないようにした。遊戯も土に触らないように工夫し た。バルーンの演技も膝より上の姿勢でできるようにした。放射能を心配して外に出さないようにと 一番要求した親の子どもが競技で転んでしまったが,その対応をしっかりしたためトラブルになら ず,ほっとした。
F 保育者 4月,5月,6月はいつもリュックを背負っていた。何かあったらどこに避難するのか,親たちも職員 もいつも不安だった。近隣の高い建物の銀行やホテルに,避難場所となってくれるようお願いに回っ た。夏の時期の保育ではちょっとした水遊びしかできなかったが,一人担任のクラスでも保育者が一 人にならないように配慮した。
G 保育者 10月に親子遠足を実施した。この頃から何となく安心な雰囲気も出てきて,また子どもたちも外に出 られないことも限界で,少しずつ外遊びするようになった。親も,外に出さないでと言わなくなった。
表6 X 保育所の事例
X 保育所は沿岸部に位置する公立保育所である。3月11日の津波では,保育所前の道路に魚が打ち上げられて いる状態であったが,保育所に浸水被害はなかった。
1歳児クラス 震災後しばらくの間は,支援物資の水を使っていた。それがなくなってからは,保護者会で ペットボトルの水を買ってもらって使用した。10月からそれもできなくなったことを親に通知し た。水道水を子どもに飲ませたくない場合は家庭からペットボトルの水を持参してもらってい る。1歳児クラス23人中,5人がペットボトルの水を持参している。
原発事故後,いわき市では放射性物質が建物の中 に入らないようにするために窓を閉めていること が多かった。エアコンは,2011年8~9月に各保 育所に4~6台が県によって設置された。エアコ ンが設置される前の夏に向かう時期,窓を開けら れない部屋の中で,子どもたちは長袖の服とマス クを着用していて,「放射能より熱中症の方が心 配だった。クーラーのない部屋で窓を閉めていて 大丈夫なのだろうか」(C 保育者),「放射能が怖 いので,窓を閉め切っていた。庭にも出られない,
プールにも入れない。汗をかいて毎日大変だった。
皮膚病がひどくなった子どもがいて,なかなか治 らなかった」(X 保育所3歳児クラス)といった 問題があった。
また,身体的発達については,外遊びの制限に よる影響が見受けられた。「運動会に向けての活 動の中で,子どもたちの運動能力が育っていない ことに愕然とした。まっすぐ走れない子ども,う まく手を振って走れない子ども,など。毎日の外
での遊びが大切なのだと改めて思った」(D 保育 者),「久しぶりに散歩に行くと,歩行力が下がっ ているのがよくわかる。うまく歩けない子どもた ちがいる」(X 保育所2歳児クラス)などである。
さらに,「今までは,子どもが泣いても,外に出 ることで泣き止んだりした。外に出ることができ なくなり,ケンカやトラブルも多くなった」(A 保育者)という間接的な影響もある。子どもたち の運動量が不足するなか,室内で運動させる方法 が工夫された。「遊戯室を順番に使い,どんなふ うに身体を動かせて運動させるか,いろいろ考え て毎日保育していた」(X 保育所4歳児クラス),
「外遊びができないため,保育をいろいろ工夫し なくてはならないので大変だった。年長児は体力 をもてあましている。お外で思い切り遊びたい,
走りたいのである」(X 保育所5歳児クラス),
「室内での遊びを工夫した。外遊びなら,そんな に準備しなくても,子どもたちは上手に遊ぶこと ができる。室内の遊びを,たとえば迷路遊びをす 2歳児クラス 震災後,親たちは,保育所に来た方が安全と考えたのか,自分の仕事が休みでも子どもを保育
所に預けていた。
避難区域からの子どもも広域入所で入ってきた。また,壊れて休園中の保育所からも入ってき て,子どもは増えるばかりだった。こんな中で,もしまた災害が起こったら子どもたちを守れる のか,不安で仕方がなかった。
放射能の影響で外に出られない毎日だった。食べ物も本当に大丈夫か不安だった。廊下を走っ たりして,いろいろ工夫して身体を動かせている。震災から7ヶ月経って,子どもたちを少しだ け外に出すようになったが,「そこを触らないで」「石や葉っぱや虫を拾わないで」と言ってしま い,今まで子どもたちがやってきたことができないもどかしさがある。親たちは,保育所に預け ておけば何とかしてくれると思っている。久しぶりに散歩に行くと,歩行力が下がっているのが よくわかる。うまく歩けない子どもたちがいる。
3歳児クラス 放射能が怖いので,窓を閉め切っていた。庭にも出られない,プールにも入れない。汗をかい て毎日大変だった。皮膚病がひどくなった子どもがいて,なかなか治らなかった。
子どもが「土を触ってはいけないよ」と言うようになった。葉っぱや虫に子どもたちが興味を 示しても,観察させることができない。
ペットボトルの水を持参しているのは22人中8人である。今までは,おやつをお外で食べたり したが,それも嫌だと保育者自身が思ってしまう。
4歳児クラス 外に出られないので,子どもたちが部屋の中を駆け回っていた。こういう状態なのに子どもの 人数が増えていて,もしまた災害が起こったら,こんな状態で逃げることができるのだろうかと 毎日不安であった。各クラスでは,遊戯室を順番に使い,どんなふうに身体を動かせて運動させ るか,いろいろ考えて毎日保育していた。
放射能を気にする親,しない親の温度差は大きく,対応が大変だった。ペットボトルの水を持 参してくる子どもが半数くらいいる。親自身は放射能を気にしていなくても,子どもが持ってい くと騒ぐため持たせている親もいる。
4月,5月は,あんなにお外で遊びたいと言っていた子どもたちが,外で遊びたいと言わなく なった。「放射能があるから」と言う。
5歳児クラス 子どもが原発と津波の絵を描いた。子ども同士が放射能についての会話をする。「いつになっ たら外に出られるの」と子どもたちが言わなくなった。外遊びができないため,保育をいろいろ 工夫しなくてはならないので大変だった。年長児は体力をもてあましている。お外で思い切り遊 びたい,走りたいのである。
ペットボトルの水を持参しているのは36人中8人である。