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夫婦別氏をめぐる憲法学的考察 ―

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(1)

二四七夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一)

夫婦別氏をめぐる憲法学的考察 ―

平成二六年三月二八日東京高裁判決を手がかりに

伊   藤   純   子

目次

一、事実の概要

二、判旨

三、検討(1)憲法一三条に定める人格権の内容

(2)憲法二四条と民法七五〇条

四、むすび

(2)

二四八

一.事実の概要

・原告P1は、■との間で婚姻の届け出をした夫婦であるが、通称の氏として「P1」を使用しており、これ

以前に■との間で婚姻の届出および離婚の届出を一回ずつしている。

・原告Aと原告Bとは、婚姻後の夫婦の氏を「B」とする婚姻の届出をしたが、協議離婚の届出をし、その後に

提出した婚姻届は婚姻後の氏の選択がされていないとして不受理となった。

・原告Cは、■との間で婚姻の届出をした夫婦であり、通称の氏として「C」を使用している。

・原告Dは、■との間で婚姻の届出をした夫婦であり、通称の氏として「D」を使用している。

本件は、婚姻時に夫婦の一方に氏の変更を強いる民法七五〇条は、憲法一三条及び二四条一項二項により保障さ

れている権利を侵害し、また女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(昭和六〇年条約第七号)に違

反しており、民法七五〇条の改正を行わないという立法不作為が国家賠償法一条一項上の違法な行為に該当すると

して、被告に対し、原告A及びBについては慰謝料各一五〇万円の支払いを、原告P1、原告C及び原告Dについ

ては慰謝料各一〇〇万円の支払を、それぞれ求めた事案である。一審の東京地裁は以下のように判示した

「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白な場合や、国民に

憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明

白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に国会議員の立

法行為又は立法不作為は、国家賠償法一条一項の規定の運用上、違法の評価を受ける」。

(3)

二四九夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) 「憲法上、上記(夫婦別氏―括弧内筆者)制度を明示した規定はないが、憲法一三条は、個人としての尊重と共

に、個人の生命、自由及び幸福追求の権利を定めており、憲法上明示的に列挙されていない利益を新しい人権とし

て保障する根拠となる一般的包括的権利を規定するものといえる。

また氏名は、社会的に見れば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人か

らみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するも

のというべきであり、氏名を他人に冒用されない権利・利益があり、正確に呼称される利益があるといえる」。

「しかし、人格権の一内容を構成する氏名について、憲法上の保障が及ぶべき範囲が明白であることを基礎づけ

る事実は見当たらず、婚姻に際し、婚姻当事者の双方が婚姻前の氏を称することができる権利が憲法一三条で保障

されている権利に含まれることが明白であるということはできない」。

「憲法二四条は、婚姻が、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として維持

されること、婚姻に関する事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければ

ならないことを定めているが、その趣旨は、民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚

姻および家族の関係について定めたものであり、両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に、夫たり妻たる

の故をもって権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたもので(最高裁昭和三六年九月六日大法廷判決・民集

一五八号二〇四七頁参照)、憲法一三条における個人の尊重と憲法一四条における平等原則とを家族生活の諸関係

に及ぼすものであって、家族に関する諸事項について憲法一四条の平等原則が浸透していなければならないことを

立法上の指針として示したものとみることができるから、憲法二四条が、具体的な立法を待つことなく、個々の国

民に対し、婚姻に際して婚姻当事者の双方が婚姻前の氏を称することができる権利を保障したものということはで

(4)

二五〇

きない」。

「以上のとおり、婚姻に際し、婚姻当事者がいずれも婚姻前の氏を称する権利が憲法上保障されているというこ

とはできないから、その余の点について判断するまでもなく、憲法を根拠とする原告らの請求は理由がない」。

「氏を変更することにより、人間関係やキャリアの断絶などが生じる可能性が高く、不利益が生じることは容易

に推測し得ることであるから、婚姻について選択的夫婦別氏制度が採用されることに対する期待は大き」い。「し

かし、上記のような社会情勢にあることから、直ちに、国会議員が個々の国民に対し、選択的夫婦別氏制度に関す

る立法を行うべき職務上の注意義務を負い、立法不作為が国会賠償法一条一項の適用上違法との評価を受けるもの

ということができるものではない」。原告らは控訴し、二審(東京高裁平成二六年三月二八日)は以下のように判

示した。

二.判旨

  (1)憲法一三条と「氏の変更を強制されない権利」について

「氏名は、社会的に見れば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人から

みれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するもの

というべきであり(最高裁昭和六三年二月一六日第三小法廷判決)、また、人は、その氏名を他人に冒用されない

権利を有するところ、これを違法に侵害された者は、加害者に対し、損害賠償を求めることができるほか、現に行

われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることもできるも

(5)

二五一夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) のと解すべきであり(最高裁平成一八年一月二〇日第二小法廷判決)、さらに、人は、その氏名をみだりに利用さ

れない権利を有するものと解すべきである(最高裁平成二四年二月二日第一小法廷判決)」。「このように、人の氏

については、その法的根拠を憲法の人権保障規定に求めるか、民法その他の法律の規定に求めるかを措くとして、

判例により様々な形で法的保護が図られ、その範囲が漸次拡充してきていることは、控訴人らが指摘するとおりで

ある」。したがって、「国が、国民に対し、何ら身分関係の変動もない場面において、正当な理由がないのに氏の変

更を強要することが、法的保護に値する国民の権利又は人格的利益を損なうことは、明らかである」。

「しかし、人の氏は、出生等に伴い、当該個人の意思に全く関わりなく、民法その他の法律の規定に従って付与

されるものであり・・・、その後当該個人の意思のみによって変更することは、基本的に許されておらず」、離婚、

養子縁組など「家庭裁判所の許可を要するものが少なくない」。このように、「一度変動した氏が身分関係の変動に

より当初の氏に復帰することも想定されているものであり、法律上、生涯不変のものとして保障されているわけで

はなく、かえって、変動可能性のあるものとして制度設計されている」。さらに、「戸籍法その他の法律の規定に従

った適式な届出をしない場合には、その効力が法的に承認されないものとされている」。

「人の氏は、当該個人の出生後における長年にわたる社会生活に伴い、個人の人格の象徴としての人格権の一内

容を構成して法的保護の対象となる側面を有することは明らかであるけれども、氏自体は民法その他の法令による

規律を受ける制度というべきであるから、氏に関する様々な権利や利益は、法制度を離れた生来的、自然権的な自

由権として憲法で保障されているものではない」。「したがって、控訴人らの主張する『氏の変更を強制されない権

利』もまた、法制度を離れた生来的、自然権的な自由権として憲法で保障されているものではないといわざるを得

ない」。

(6)

二五二

「婚姻に際していずれか一方が氏の変更を余儀なくされることに大きな苦痛を感じている国民が一定程度存在し、

選択的夫婦別氏制度の導入を求める国民意識が相当程度高まっている」。

平成二四年一二月に内閣府が実施した家族の法制に関する世論調査をみると、「いわゆる選択的夫婦別氏制

度・・・について、賛成した者は全体の三五・五%であり、反対した者は全体の三六・四%であるところ、賛成し

た者の割合は、平成一八年に内閣府が実施した同様の世論調査に比して一・一%減少する一方、反対した者の割合

は、平成一八年調査に比して一・四%増加しているが」、「全体としてみれば、最近の傾向としては、賛否が拮抗し

ている状況にある」。

「また、平成二四年調査によれば、選択的夫婦別氏制度を導入してもかまわないと回答した者に対し、同制度が

導入された場合に、夫婦でそれぞれの婚姻前の氏を称することを希望するか否かを調査したところ、これを希望す

る者の割合は、二三・五%にとどまる一方、これを希望しない者の割合は、四九・〇%に上ること、この傾向は、

平成一八年調査に比して大きな変化が見られない」。したがって、「選択的夫婦別氏制度の導入に賛成し、又は許容

したとしても、自分自身が婚姻前の氏を称することについては、約半数の者が消極的である」。

「さらに、平成一八年調査によれば、婚姻によって自分の氏が相手の氏に変わったとした場合、そのことについ

てどのような感じを持つと思うかとの質問に対し、『姓が変わったことに違和感を持つ』と回答した者の割合は二

三・九%であり、また、『今までの自分が失われるような感じ』と回答した者の割合は、九・九%にとどまる一方、

『新たな人生が始まるような喜び』と回答した者の割合も、四七・一%と最も高く、『相手と一体となった喜び』と

回答した者の割合も、三〇・二%に達していることが認められ」る。「この事実に照らすと、婚姻によって夫婦が

同じ氏を称することについて、これを消極的にとらえるのではなく、むしろ、積極的な意義を見いだす国民が、現

(7)

二五三夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) 代社会においても、なお相当程度存在することが窺われる」。

「加えて、新聞社等が実施した意識調査・・・によっても、やはり選択的夫婦別氏制度の導入については賛否が

分かれている状況にあること、夫婦が別氏を名乗ると家族の一体感や絆が弱まると考えている者が相当程度存在す

ることが認められる」。

「この問題を巡る現在の状況は、一方で、・・・婚姻に際していずれか一方が氏の変更を余儀なくされることに大

きな苦痛を感じている国民が一定程度存在し、選択的夫婦別氏制度の導入を求める国民意識が相当程度高まってい

ることは否定できない状況にあるというべきであり、・・・我が国のような夫婦同氏とする法制は極めて少数であ

ることが認められる」。

しかしながら、「最近の国民の意識として、必ずしも選択的夫婦別氏制度の導入に賛成する者が大勢を占めるに

至っておらず、むしろ、婚姻に際して氏を変更して同氏になることに積極的な意義を見いだす国民が相当程度存在

することは軽視できない要素というべきである。そうした国民意識の根底には、現在の夫婦同氏制度が家族の一体

感の醸成に寄与しており、これを維持するべきであるとする意識があるように推察される・・・。また、夫婦別氏

制度に移行した場合には、当該夫婦間にもうけられた子と一方の親とが氏を異にすることについて、家族の一体感

からみて、社会が受容できるのかといった問題もあるように思われる」。

嫡出でない子の法廷相続分に関する民法九〇〇条四号ただし書の合憲性が争われた「最高裁判所平成二五年九月

四日大法廷決定が指摘した家族を取り巻く国内的及び国際的状況の著しい変化をふまえても、少なくとも現時点で

は、控訴人らが主張する『氏の変更を強制されない権利』・・・が、いまだ個人の人格的生存に不可欠であるとま

ではいえず、また、長期間国民生活に基本的なものであったとはいえない」。「したがって、『氏の変更を強制され

(8)

二五四

ない権利』は、いまだ憲法一三条によって保障される具体的な権利として承認すべきものであるとはいえない」。

  (2)憲法二四条と「婚姻の自由」について

「憲法二四条は、民主主義の基本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を婚姻及び家族の関係につい

て定めたものであり、男女両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に夫たり妻たるの故をもって権利の享有

に不平等な扱いをすることを禁じたものであって、結局、継続的な夫婦関係を全体として観察した上で婚姻関係に

おける夫と妻とが実質的同等の権利を共有することを期待した趣旨の規定と解すべく、個々具体の法律関係におい

て常に必ず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含するものではないと解するのが相当であり

(最高裁判所昭和三六年九月六日大法廷判決・民集一五巻八号二〇四七頁)、家族に関する諸事項について憲法一四

条の平等原則が浸透していなければならないことを立法上の指針として示し、その実現を法律に委ねている規定で

あると解すべきである。

したがって、具体的な立法が憲法二四条の趣旨に照らし合理性を有するかは検証する必要があるとしても、同条

によって直接、何らの制約を受けない『婚姻の自由』が保障されていると解することはできない」。

「そうすると、民法七五〇条が、憲法二四条によって保障されている上記の意味での『婚姻の自由』に反すると

する控訴人らの主張も採用することができない」。

「民法七五〇条は、婚姻しようとする男女に対し、婚姻後にいずれか一方の婚姻前の氏に称することを、当該男

女間の自由かつ平等な意思に基づく協議の結果に基づき届け出ることを定めた規定にすぎないこと(すなわち、夫

と妻との間に、夫たり妻たるの故をもって、権利の享有に不平等な扱いをする規定とは言えない。)、同条の立法目

(9)

二五五夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) 的は、氏による共同生活の実態の表現という習俗の継続や家族の一体感の醸成ないし確保にあると解すべきであるところ、このような立法目的には正当性が認められ、これを一定の限度で促進する効果が認められること、同条に基づき、婚姻しようとする男女が婚姻後にいずれか一方の婚姻前の氏を称することは、旧来から社会的に受容されてきており、現時点においてもなお国民の支持を失っていないといえること等・・・に照らすと、上記の立法目的を達成するための手段の相当性も認めることができる(なお、氏を含む夫婦及び家族に関する法制は、社会の基幹をなす重要な制度であることに照らし、国民の代表者である国会が、我が国の歴史、伝統、文化、国民の意識ないし価値観を慎重に見極めつつ、国民のコンセンサスを得て定めていくべき事柄(立法政策に属する事柄)であるから、立法目的の正当性及び目的達成のための手段の相当性については、国会の合理的な裁量を認めるのが相当である。)。したがって、民法七五〇条は、憲法二四条が示している上記指針を実現したものと評価することができるか

ら、このような観点からも同条に反するものとはいえない」。

したがって、「氏の変更を強制されない権利」は、憲法一三条によって保障された具体的権利であるとはいえ

ず・・・、控訴人らが主張するような何らの制約を受けない『婚姻の自由』は、憲法二四条によって保障されてい

る権利であるとはいえない。このように、控訴人らが主張する『氏の変更を強制されない権利』及び『婚姻の自

由』が『国民に憲法上保障されている権利』であるとはいえないのであるから、一七年判決が示した国家賠償法上

の違法性判断の枠組によれば、国会議員らが民法七五〇条を改正して選択的夫婦別氏制度を導入していない立法不

作為が、国会賠償法一条一項の規定の運用上、違法の評価を受けることにはならない」。

(10)

二五六

三.検討

  (

1)憲法一三条に定める人格権の内容

民法七五〇条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」とし、○夫婦の氏は、婚

姻の際に夫婦の協議によって定められること、○その氏は、夫又は妻のいずれかが婚姻前に称していた氏から選択

する必要があることを規定している。

本件においては、原告らは憲法一四条に基づく平等原則違反としてではなく、憲法一三条および二四条一項二項

違反として出訴したものである。夫婦別氏制を求める立場からは、九六パーセント以上が夫の姓を名乗っていると

いう現状があり、民法七五〇条が実質的不平等を引き起こしているとして、憲法一四条違反を根拠として批判され

ることがあるが、民法七五〇条に定める「夫婦同氏」は、婚姻時に妻に夫の姓への改姓を強制する規定ではないた

め、一四条に反するとは解され得ず

、本件においても、控訴人らは憲法一四条違反は主張していない。

さて、本判決は、最高裁判例を引用し、「憲法一三条は、個人としての尊重と共に、個人の生命、自由及び幸福

追求の権利を定めており、憲法上明示的に列挙されていない利益を新しい人権として保障する根拠となる一般的包

括的権利を規定するもの

」であると判示している。

本件で問題となっている人格権は、憲法一三条に定める幸福追求権に包摂されていると解されている。人格権と

は様々な権利を包摂する概念であり、一三条に基づいて導出される権利のうち、人格権をプライバシー権の中に認

めるかどうかについては学説上争いがあるが、本論ではさしあたり広義のプライバシー権の中に人格権が含まれる

(11)

二五七夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) ことを前提としておきたい

民法七五〇条は「夫婦は婚姻に際して夫または妻の氏のどちらかを夫婦の氏としなければならない」と定めてお

り、夫か妻のいずれかの姓の選択制となっている。名前とは自分が出生したときに親から受け継いで与えられる呼

称であり、自己の意思によって決められるものではない。したがって、氏名の自己決定とは、民法の定めによって

決定された生来の氏を自己の意思とは関わりなく変更を強制されないこと、つまり自己の氏名を保持する権利が根

幹となるため、氏名をめぐる人権とは、氏名選択の自由というよりもむしろ氏名保持権と解されるべきである

本判決は、「憲法一三条は、個人としての尊重と共に、個人の生命、自由及び幸福追求の権利を定めており、憲

法上明示的に列挙されていない利益を新しい人権として保障する根拠となる一般的包括的権利を規定する」として

いる。しかし、氏名につき、「人格権の一内容を構成する」ことは認めつつも、「氏の変更を強制されない権利」は、

「いまだ憲法一三条によって保障される具体的な個人の人格的生存に不可欠であるとまではいえず、また、長期間

国民生活に基本的なものであったとはいえない」とし、したがって、「憲法一三条によって保障される具体的な権

利として承認すべきものであるとはいえない」と説示している。

確かに、一三条に定める幸福追求権という観念は抽象的であるがゆえに、その権利をあまりに拡大しすぎると、

むしろ「人権のインフレ化」を招きかねないとする指摘は正当であり

、また、一三条の及ぼされる権利が、裁判官

の主観的な価値判断で策定されることも避けるべきである

。したがって、幸福追求権の内容は厳格であるべきであ

るとして、憲法一三条の解釈につき、多数説は、○「長期間国民生活に基本的なものであった」ことと、○「個人

の人格的生存に不可欠であること」の双方の条件を満たすことによって、その権利が憲法上の権利として認められ

得るとする

(12)

二五八

判例においても、国立大学の教員の旧姓通称使用の権利が問題となった事件では、東京地裁は、「公務員の服務

及び勤務関係において、婚姻届け出に伴う変動前の氏名が通称名として戸籍名のように個人の名称として長期間に

わたり国民生活における基本的なものであるとは認めることができず、また、右通称名を専用することは未だ普遍

的とはいえず、個人の人格的生存に不可欠なものということはできない

」としており、かかる多数説に依拠したも

のと思われる。

しかし、上述したような「人権のインフレ化」には十分注意しつつも、なお、○および○の双方ではなく、○

みを根拠としても一三条に定める権利として解されるべきであるように思われる(一般的自由説)。かかる説によ

れば、「一三条の「公共の福祉」は基本的人権の一般的な制約根拠となるものであるが、それ自体としては基本的

人権の制約の正当化事由となるのではな」く、「正当化事由は、各基本的人権の性質に応じて具体的に引き出され

なければならない」からである。そして「「公共の福祉」には、内在的制約原理と政策的制約原理との二種類が含

まれ、いずれの原理が指導原理となるかは各基本的人権の性質に応じて決ま」 ((

ると解され得る。したがって、本件

で問題となっている夫婦別氏制は、少なくとも後者の「個人の人格的生存に不可欠である」ことは認められ得るよ

うに思われる。

  (2)憲法二四条と民法七五〇条

本判決は、地裁判決とは異なり、民法七五〇条の立法目的について、「氏による共同生活の実態の表現という習

俗の継続や家族の一体感の醸成ないし確保にある」と判示する。また、婚姻届に夫婦別氏の記載をして市役所に届

け出たところ拒否されたために、民法七五〇条が憲法一三条および憲法二四条一項をめぐって争われた判例 ((

におい

(13)

二五九夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) ても、民法七五〇条は、「夫婦の一体感を高め」るという目的のみならず、「第三者に対し夫婦であることを示す」

ことが目的であると判示した。しかし、夫婦同氏制が夫婦の一体感を高めることに寄与するのか、その効果につい

て懐疑的にならざるを得ないが、仮に実効性があるとしても、それを家族の紐帯のための手段とすべきではないで

あろう。すなわち、かかる制度が、憲法二四条一項に定める「婚姻の自由」を侵害していると解されるからである ((

さらに、「通称使用の自由や事実婚の自由は、制度を離れた場における自由であるから自然的自由としての性格

をもっている」のに対し、「氏名保持権や婚姻の自由は、国家の制度を前提とし、必要最小限の合理的な制約を受

ける ((

」。すなわち、婚姻の自由は、制度によって創出される「制度的自由に属する」ものだからである。判決も示

す通り、本件で問題となっている婚姻前の氏を使用する権利は、自然権的な自由権ではなく制度的自由として解さ

れるべき権利である。したがって、憲法二四条に定める「婚姻の自由」は、何らの制約を受けずに保障されるもの

ではないため、当該権利は、その性質上「自然的自由と比べて合憲的な制約を受けやすい ((

」。しかし、このような

制度的自由は、「一定の制度の保護のために働くことになり、その制度の保障がさらに個人の人権の保障に役立つ

ことになり、人権の保護に有用 ((

」であることが要請されなければならない。

婚姻は、社会的および国家的に認められた両性の共同生活を目的としているために、それを公示する法律上また

は慣習上の方式が必要であることは自明のことである。しかしながら、民法七五〇条が夫婦の同氏を強制している

のは、婚姻制度に定める法律上または慣習上の方式以上の「実質的な制限を定めるもので、行過ぎ ((

」ではないかと

思われるのである。

本判決は、二四条が「家族に関する諸事項について憲法一四条の平等原則が浸透していなければならないことを

立法上の指針として示し、その実現を法律に委ねている規定である」と判示したが、これは、最高裁大法廷判決

(14)

二六〇

(昭和三六年九月六日)を援用したものである。かかる最高裁判決は、憲法二四条二項の解釈につき、「男女の両性

が本質的に平等であるが故にその間に法律上何等の差等を設けることを禁じ、婚姻においても夫と妻とが常に同一

の権利を享受すべきもので、夫たり妻たる故をもつてその権利に差異を附けることを禁じる趣旨であつて、夫と妻

とが常に同一の権利を有すべきことを定めた趣旨でない」と説示している。しかし、この解釈は再考される余地が

あるように思われる。

すなわち、憲法一四条に定める平等原則は、「形式的平等」を基軸として定められているが、「一定の合理的な取

り扱いが許される範囲で、実質的平等も認められる」と解されるべきである ((

。しかし、憲法二四条二項が「両性の

本質的平等」を規定している以上、単に一四条に定める「形式的平等」を家族において定めた条項ではなく、「実

質的平等」を定めた規定と解され得るであろう ((

。そして上述したように、民法七五〇条の違憲性を主張する根拠と

して、憲法二四条と並んで憲法一三条に定める人格権の侵害を示すことが可能なのではないであろうか。

四.むすび

いわゆるNHK日本語読み訴訟最高裁判例 ((

では、傍論で、氏名が「人が個人として尊重される基礎であり、その

個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものであ」ると説示し、氏名が人格権に包含されることを

明確に認めている。本判決もかかる権利自体は認めており、氏をめぐる法とは、人格権を尊重して規定されなけれ

ばならないであろう ((

もっとも、本判決は「少なくとも現時点では」という表現を用いて、夫婦同氏が「憲法一三条によって保障され

(15)

二六一夫婦別氏をめぐる憲法学的考察(都法五十五-一) る具体的な権利として承認すべきものであるとはいえない」としている。換言すれば、このような留保表現を用いることによって、本判決を今後の同様の訴訟において違憲判断を行う可能性を示唆したものと解することも可能である。かかる「時の経過論」は、婚外子相続分区別最高裁決定においても用いられた論理であるが、この論理を援用するために、世論調査の内容を詳述することが本判決には必要であったと見ることもできるからである。

氏とは、個人の人格と分かち難く一体となって結合したものであり ((

、人権とはその性質上、多数決による決定に

なじまないものである。民法七五〇条をめぐる問題とは、とりもなおさず、「氏名保持権」を包摂する憲法一三条

と、「婚姻の自由」を定める憲法二四条ならびに「実質的平等」を定める同条二項と齟齬をきたしているという点

にある。裁判所は、世論調査の結果を判断材料とするのではなく、個人の権利という観点から結論を導出すべきで

あり、少数者の権利を守るということがその存在理由であるべきであろう。

( 頁以下。 ミ五八巻一〇号(二〇一三年一〇月)一〇八頁、新井誠編・大林啓吾執筆『ディベート憲法』(信山社、二〇一四年)七九 1) 東京地判平二五・五・二九、判時二一九六号六七頁、判タ一三九三号八一頁。この判決の評釈として、武田芳樹・法セ

( 二〇一三年)一一五頁。 2) 内野正幸『人権のオモテとウラ』(明石書店、一九九二年)一四三頁、辻村みよ子『概説憲法とジェンダー』(信山社、

( 3) 最大判昭四四・一二・二四、刑集二三巻一二号一六二五頁。

( 4) このような立場を採る説として、芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣、一九九四年)三五八頁。

( (日本評論社、一九九〇年)七七頁参照。 利」と限定的な表現を用いている。東京弁護士会・女性の権利に関する委員会編、酒向徹執筆『これからの選択夫婦別姓』 5) 内野正幸・前掲注二・一五〇頁以下。また、東京弁護士会意見書は、夫婦別氏制につき「氏名の変更を強制されない権 6) 奥平康弘「人権体系及び内容の変容」ジュリ六三八号二五一頁(一九七七年)。

(16)

二六二

( 7) 芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣、一九九四年)三四一頁。

( 8) 芦部信喜・高橋和之補訂『憲法(第五版)』(岩波書店、二〇一一年)一一九頁以下。

( 求」私法判例リマークス一〇号(一九九五年)一八頁以下がある。 「旧姓使用と氏名権」判例セレクト一九九四年・法学教室一七四号九頁、水野紀子「夫婦別姓訴訟―氏名権妨害排除等の請 使用をめぐる妨害差し止め及び損害賠償請求訴訟の一審判決」法律のひろば(一九九四年四月号)五六頁以下、西原博史 大教官の旧姓通称使用の権利」判例評論四二九号・判例時報一五〇三号(一九九四年)二〇一頁以下、秋山仁美「通称名 9) 東京地判平五・一一・一九・判時一四八六号二一頁以下、判タ八三五号五八頁以下。この評釈として、内野正幸「国立

( 10) 佐藤幸治『憲法(新版)』(青林書院、一九九〇年)四〇二頁以下。

( 11) 岐阜家裁平元・六・二三、家月四一巻九号一一六頁以下。

( 12) 水野紀子「夫婦の氏」戸籍時報四二八号(一九九三年一〇月)一五頁、辻村みよ子・前掲注二・一一五頁以下。

( 13) 内野・前掲注二・一四四頁。

( 14) 内野・前掲注二・一四四頁、芦部・前掲注七・九一頁。

( 15) 伊藤正己『憲法(新版)』(弘文堂、一九七九年)一九五頁。

( 16) 法学協会『注解日本国憲法上巻』(有斐閣、一九五三年)四七四頁以下。

( 本評論社、二〇〇六年)一〇二頁などがある。 四四頁)、辻村みよ子『憲法(第四版)』(日本評論社、二〇一二年)一七一頁、浦部法穂『憲法学教室(全訂第二版)』(日 17) このような立場を採る説として、前掲注八・一二七頁以下、高橋和之『立憲主義と日本国憲法(第三版)』(有斐閣、一

( 一九九六年)二五一頁参照。 によって違憲判断がなされたという。広渡「氏名法について」太田知行・中村哲也編『民事法秩序の生成と展開』(創文社、 18) 広渡清吾の研究によれば、日本と同様に夫婦同氏制を採っていたドイツでは、同氏制が平等原則に反するとして裁判所

( 19) 最三小判・昭六三・二・一六・民集四二巻二号二七頁、最二小判平成一八・一・二〇・民集六〇巻一号一三七頁。

( 20) 水野紀子・前掲注一二・六頁以下。 的に継続するものである観念」であることを前提としていると解する。前掲注二二・二四〇頁以下。 21) 広渡清吾は、ドイツにおいて氏名に関する法文献にしばしば用いられるゲーテの一節を引用し、この一節が、「名は運命

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