• 検索結果がありません。

― ― ニック・アダムズにおける死の恐怖とその克服

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "― ― ニック・アダムズにおける死の恐怖とその克服"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

 初期に書かれたヘミングウェイ作品には,秀逸なものが多い。特に1925年 に出版された短編集『われらの時代に』(In Our Time)は,「ハードボイル ド ・ スタイル」と称される文体や「氷山理論」を駆使した表現方法が使われ,

ヘミングウェイ文学の特徴が集約されており,評価の高い作品となっている。

 その『われらの時代に』に収録されている短編の中でも,もっとも有名な のが「インディアン ・ キャンプ」(“Indian Camp”)だろう。ここでは主人公 ニック ・ アダムズが,父親に連れられて向かったインディアンの住む集落(イ ンディアン ・ キャンプ)で,赤ん坊の誕生とその父親の死の場面を一夜にし て目撃するという体験をし,最後に「自分は絶対に死なない」と感じて終わっ ている。しかし,ニックがそのように感じる前に,彼は実は「死の恐怖」に 怯えながらもそれを克服しており,本稿ではそこに注目したい。

 ヘミングウェイの死後の1972年にフィリップ ・ ヤングが,ニックの登場す る短編と未発表の草稿を時系列に沿って編纂した『ニック ・ アダムズ物語』

(The Nick Adams Stories)が出版され,その際に作者によって放棄されてい た「インディアン ・ キャンプ」の前日譚とも言うべき小品が「三発の銃弾」

(“Three Shots”)と題されて収録された。そこではニックは,父親と叔父に 連れられて,魚釣りのためのフィッシング ・ キャンプとして水辺近くにテン トを張っているが,そんなある晩に,迎えに来たインディアンたちとともに インディアン ・ キャンプに向かうところで終わり,内容的に「インディアン ・ キャンプ」に直結するようになっている。

ニック・アダムズにおける死の恐怖とその克服

―「三発の銃弾」について―

萩 野 智 美

(2)

 ニックは,ボートで夜釣りに出発する父親と叔父を水辺で見送った後,一 人で暗い夜道を歩いていると次第に怖くなり始め,そのまま暗いテントの中 で眠ろうとする。しかし,ニックの恐怖はさらに高まっていったため,出発 前に何かあったらライフル銃を3発撃つようにと父親から言われていたとお りに発砲すると,恐怖は消え,安心して眠りに落ちる。眠りに就く前にニッ クは,その恐怖は「死の恐怖」であることに気づいているので,つまるとこ ろ「三発の銃弾」とは,死の恐怖の「消滅」,もしくはその「克服」を意味す ることになるだろう。続く「インディアン ・ キャンプ」の最後で,ニックが

「死と隣り合わせの生」を生きようとするのは先に触れたが,その前の晩に彼 は,死の恐怖に怯えながらも,すでにそれを乗り越えていたことになる。

 では,ヘミングウェイはなぜこの小品を放棄したのか。いろいろな理由が 考えられるだろうが,1つには,この小品では死の恐怖とその克服という,

いわば問題提起とその解決が描かれて,それなりに完結していた,言い換え ればこの小品は,独立した短編と言うべきものなので,それぞれ独立した短 編を2つつなげるようなことは,作者の小説作法上の美学に反することだっ たからかもしれない。あるいは「インディアン ・ キャンプ」の見事なまでの 簡潔さを保つには,不要と判断されたとも考えられる。後に「氷山理論」と 呼ばれるようになる,必要部分のみを残して後は隠すという文章作法の萌芽 を,ここに見ることができるかもしれない。従来この小品は,たとえばジョ ゼ フ M. フ ロ ー ラ が そ の 著『ヘ ミ ン グ ウ ェ イ の ニ ッ ク ・ ア ダ ム ズ』

(Hemingway’s Nick Adams, 1982)で「断片(fragment)」(31)とか「前奏

(prelude)」(31)と呼んでいたように,あくまでも「インディアン ・ キャン プ」の導入的な部分でしかないように見なされ,そして役割が終われば放棄 されてお蔵入り,というふうに思われてきた。しかし,この小品を1つの独 立した短編と捉えれば,「インディアン ・ キャンプ」を含めた全体の様相も少 し違って見えてくるのではないか。以下でそのあたりのことを考えてみたい。

(3)

Ⅰ.「死の恐怖」の認識

 「三発の銃弾」では,先に述べたように,ニックは父親と叔父のジョージと フィッシング ・ キャンプに来ているが,夜に父親と叔父は夜釣りに出掛けて しまう。1人でいたニックは,数週間前に街の教会で賛美歌を聞いたこと,

そこでいつか自分が必ず死ぬことを初めて認識したことを思い出し,それを きっかけに突然「死の恐怖」に襲われるが,父親から預かっていたライフル を3発発砲し,その死の恐怖を振り払うという体験をしている。

 Just a few weeks before at home, in church, they had sung a hymn,

“Some day the silver cord will break.” While they were singing the hymn Nick had realized that some day he must die. It made him feel quite sick. It was the first time he had ever realized that he himself would have to die sometime. (The Nick Adams Stories, 14)

 この物語のポイントの1つは,上記の場面にあるように,ニックが賛美歌 からいつか訪れる死を認識したことだろう。賛美歌には「いつか銀の紐は切 れるだろう」(“Some day the silver cord will break.”)とあったのだが,そ れをニックは「いつか自分は必ず死ぬと認識して」(Nick had realized that some day he must die.)おり,彼の中で will break というフレーズが must die に切り替えられている。

 まず will なのだが,これは強い未来の推量に使われる助動詞である。さら に Some day という語からもわかるように,賛美歌では「銀の紐」が切れる のは未来,いつかはわからないが漠然とした未来のことを示している。しか し一方でニックは,その「銀の紐」が切れれば「死」が訪れ,そして死ぬこ とは義務(must)なのだと捉えている。しかも賛美歌では,銀の紐が「何」

を指しているのかを特定していないのだが,ニックは「銀の紐」を「生命」

あるいは「寿命」と捉え,それが切れることは自分の必然的な死と認識して

(4)

いる。さらに,must は現在の強い推量を表すことからも,ニックが死の必然 性を「今」認識していることを,この must die で表しているのだろう。

 次に「銀の紐」(silver cord)に注目したい。「銀の紐」には「へその緒」

や「母子の愛情のつながり」の意味があり,聖書では「白銀の糸」および「生 命のきずな」を表す。もし silver cord を「へその緒」とするならば,それが 切れることは母親から肉体的に離れ,これから始まる人生を意味するだろう し,「母子の愛情のつながり」とするならば,子供の心情面での母親からの独 立(親離れ)と考えることもできる。つまり,silver cord が切れることは,

「生」を表現していると考えられるだろう。そうするとこれは,「インディア ン ・ キャンプ」の赤ん坊の誕生とつながってくる。

 一方で「白銀の糸」と解釈するならば,また違った見方ができる。この白 銀の糸は,魂と肉体をつなげている1本の銀色の糸のことで,頭の上から出 て天とつながっているのだが,この糸が切れて魂が肉体から離れると,本当 の死を迎えると考えられている。つまり,「白銀の糸が切れる」ことは「死」

を意味するとも考えられるのだ。

 ニックが聞いた賛美歌の“Some day the silver cord will break.”は,「生」

と「死」の2つの意味を併せ持っていることがわかったが,ニックはここか ら「死」の意味を見出している。いくら聖書で silver cord が白銀の糸を意味 するとはいえ,まだ幼く,おそらく幼年期あるいは児童期の初期にあたると 考えられるニックが,この賛美歌の一節から「死」を感じ取ったことは重要 だろう。だからこそ,この点は見過ごしてはいけないのであり,賛美歌を聞 いたことでニックに起こった変化には着目しなければならない。

Ⅱ.ニックの死の恐怖への対処

1.「光」の存在

 讃美歌を聞いた日の夜,ニックは玄関ホールの灯りの下で『ロビンソン ・ クルーソー』を読もうとする。今日悟った,いつか銀の紐が切れるという事

(5)

実を思い起こさないようにするため(to keep his mind off the fact that some day the silver cord must break)である。そこを乳母に見つかりニックは部 屋へと戻るが,彼女がいなくなった後に再びホールへやって来て,朝までずっ とホールの灯りの下で本を読んでいた(14)。死の恐怖を遠ざけるために,そ のときニックができる最善の策が,この行動だったのだろう。

 ではここから,どのようなことがわかるだろうか。1つには,ニックにとっ て「光」の存在が大きいということだろう。「ニックは朝までずっと玄関ホー ルの灯りの下にいた」とあるが,なぜニックはそんなにも光を求めていたの だろうか。本を読んでいれば,いつか睡魔に襲われ眠れるだろうと考えてい たのだろうか。それよりもむしろ,「朝までずっと」に着目して,光を求めて いたニックの姿をこそ読み取るべきだろう。つまり,このときのニックは朝 の「光」を求めていたのだ。そして,その「光」は死を遠ざけてくれる存在 で,逆に「暗闇」が死や死の恐怖をもたらす存在だったのだろう。ニックの 中には「光=生」,「暗闇=死」の構図があったということだ。そのうえ,「三 発の銃弾」の中で「夜以外は死の恐怖を一度も感じたことはなかった」(He never had it[= the same fear] except at night, 14)と述べられていること も,ニックにとって光が死を遠ざける存在だったことを裏付けるだろう。そ して,この物語での光は「玄関の灯り」と「朝」であることから,人工的な ものでも自然のものでも,どちらでも問題ないのだ。とにかくこのときのニッ クにとっては,自分や周りを照らす「光」が欲しかったのだ。

 さらに,ニックは賛美歌を聞いた日の夜,眠ることを避けていたが,この

「眠る」という行為自体が,死へと結びついているのではないか。眠るために は目を閉じる必要があるが,目を閉じれば自然と「暗闇」になってしまう。

先にも述べたが,「暗闇は死を誘うもの」との認識がニックにあれば,それを 避けるために眠らずに,目で確認できる実体のある「光」を求めたことも納 得がいくだろう。

(6)

2.「本」あるいは「読むもの」の存在

 ニックが死の恐怖を忘れようとするためには,光の存在が不可欠というの は今でも見てきたが,その光の下で彼が何をしようとした(あるいは何をし た)のかというと,「本を読む」ことだった。では,なぜ本を読むことだった のか。ニックは大人になると,作家になっている(「書くことについて」)。と いうことは,彼は幼いときから本が好きで,このときも自分の好きなことを して気を紛らわそうとしたとも考えられる。そのときニックが読んだ本が,

ダニエル ・ デフォー(Daniel Defoe, 1660-1731)作のロビンソン ・ クルーソー の物語だった。この作品は,親の教えに反抗したクルーソーが,漂着した無 人島で生を願い求めながら生活する姿を描いた長編の冒険小説であるが,ニッ クが読むには,難しいだろう。

 ニックがこの小説を選んだ背景には,短い物語だと,読み終えてもまだ夜 が明けていない恐れがあったのかもしれない。もしくは,頭の中を何か他の ことで満たし,死の恐怖が入る隙を与えたくなかったのかもしれない。そう なれば,それを考えている間は,自分の思考が死の恐怖から離れられるから だ。あるいは,ロビンソンの物語の内容から死の恐怖を拭い去り,「生」への 活路を見出すことができると,ニックは思ったのかもしれない。物語の中で ロビンソンは絶海の孤島に漂着するが,そこから脱出するために丸太船を造っ たり,それが大きすぎるゆえにもっと小さい船を造ったりし,何とか生きの びようとしていた。そんな姿からは,ロビンソンの「生」への強い思いが感 じられるし,またこの強い思いが,彼を脱出へと駆り立てた動機でもあった のだろう。

 ニックはこのロビンソンの「生」への執着に惹かれたため,この本を読ん だのではないか。アメリカの男の子であれば,マーク ・ トウェイン(Mark Twain, 1835-1910)の,少年文学の古典的作品でもある『トム ・ ソーヤーの 冒険』(The Adventures of Tom Sawyer,1876)や『ハックルベリー ・ フィ ンの冒険』(Adventures of Huckleberry Finn,1884)を読むのが一般的であ ろう。両作品とも自由な少年が活躍する冒険譚ではあるが,ロビンソンほど

(7)

には「生」に対する強い思いは感じられない。この違いが,ニックがトム ・ ソーヤーやハックルベリーをではなく,ロビンソンの物語を読もうとしてい た理由だろう。

 こうしてみると,このときのニックにおける「本」の必要性がよくわかる だろう。そして本は,目に見える,実体のある活字の集合体であり,本を読 むことは活字を目で認識することである。つまり,目で認識できる実体のあ る「何か」をこのときのニックは渇望していたのであり,その何かが「本」

だと言えるだろう。

 そうすると,また別の疑問が出てくる。なぜニックが渇望していたものが

「本」だったのかということだ。死の恐怖に襲われていたのなら,乳母にそれ を打ち明け,自分が眠れるまでそばにいてもらうこともできたはずだ。それ に,本を読むことよりも乳母にそばにいてもらった方が,人の存在やぬくも りを感じられ,より死の事実を忘れることができたのではないか。もしかし たら「本」は,「死の恐怖」を一時的に凌ぐためだけの存在だったのかもしれ ない。

3.「音」の存在

 ニックが死の恐怖を感じたときの対処法に,今まで見てきた「光」や「本」

あるいは「読むもの」の存在があることはわかったが,この対処法は,ニッ クが死の恐怖を感じた日の夜に取ったものである。今フィッシング ・ キャン プのテントの中に1人でいるこの状況で,ニックは再び死の恐怖を感じ始め るのだが,このときは今まで見てきた対処法では,ニックは死の恐怖を振り 払うことができなかった。というのも,キャンプの周辺は静寂な森が広がっ ていて「光」がない暗闇の中にあり,その中では何かを「読む」こともでき なければ,ニック自身「本」の類を持っていなかったと考えられるからだ。

では,そのような状況下で彼は,どのような方法で「死の恐怖」を振り払っ たのだろうか。

 キャンプ中にニックが死の恐怖を感じ始めた,あるいは感じた場面は2度

(8)

ある。最初は,父親と叔父が夜釣りに出かけた後すぐのとき,教会で賛美歌 を聞いたことを思い出す前のことだ。このときのニックは,1人になった寂 しさからか,父親たちを見送った際,ボートのオールの音が聞こえなくなる までずっと,湖の近くでその音を聴いていた(Nick listened to them on the lake until he could no longer hear the oars. 13)のだが,listened とあること から,彼がオールの音を聴こうという意思を持って聴いていたことがわかる。

父親たちが立てる音を聴くことで,まるで父親たちと一緒にいると感じてい るかのようだ。これは,1人になった寂しさを紛らわせる行為だったのかも しれない。しかし,ニックはいつも「夜の森」に少し怯えていた(He[=

Nick] was always a little frightened of the woods at night. 13)とあること を踏まえれば,父親たちのオールの音を聴くことで,その「怯え」を消し去 る効果があったのだろう。というのも,ニックはキツネの鳴き声かフクロウ か何かが聞こえさえすれば大丈夫だろうと感じているからだ(13-14)。さら に,オールの音が聞えなくなるまでずっと聴いていたというのは,森の中で の静寂な時間に耐えられないためだろうし,それは裏を返せば,ニックの森 への恐怖心は,森の静寂さに起因していると言えるだろう。

 そして,森への恐怖心の後に,教会で死を認識した日のことを思い出して いることから,森の静寂さとそれに対する恐怖心は,ニックに「死の恐怖」

を思い起こさせる引き金となっているのだろう。そうすると,ニックにとっ て「無音」の状態は「死」につながるという感覚があったのだろうし,「音が ある状態」は「死の恐怖」を遠ざける効果があったのだろう。つまり,「森へ の恐怖」を凌ぐために頼ったのが「音」だったと言えるだろう。しかし,注 意しなければならないのは,このときの恐怖は「森」に対してであり,「死の 恐怖」に対してではないということだ。では,もしニックが死の恐怖を感じ たとき,それを「音」で凌げるのだろうか。もし「音」で凌げない場合,ニッ クはどのような行動に出るのだろうか。

(9)

4.「銃弾」による克服

 キャンプで「森への恐怖」を感じた後,次にニックが恐怖を感じたのは,

教会での出来事を思い出した後のことだった。このときの恐怖は,森への恐 怖とは違って「死への恐怖」であるが,このときニックが抱いていたのは,

恐怖というよりもむしろ「死の認識」であったという。それに襲われたニッ クは,父親たちが夜釣りに行く前に「何かあったらこれを使って知らせるよ うに」と,言われ渡されていたライフルを使い,3発撃つことで死の恐怖を 乗り越えている(14)。

 ライフルを撃った後のニックは,銃弾が木々を貫いて引き裂くような音が 聞こえ(He heard the shots rip off through the trees.),その発砲と同時に恐 怖は大丈夫になった(As soon as he had fired the shots it was all right. 14)。

ここにも「音」の存在が確認できるが,この「音」は,銃弾が放たれたこと で生み出されたものである。つまり,一筋の希望と言わんばかりに発砲した 銃声とともに,無音と同様の森の静寂さや,暗闇の中に佇んでいる木々を引 き裂いていったこの「銃弾」こそが,ニックを「死の恐怖」から救い出した のだ。そしてこの銃弾が,銃声を生んだことで無音の森に「音」を作りだし,

さらにその銃弾と銃声が,森の静寂さと「暗闇」を引き裂いたことで,ニッ クの「死の恐怖」を払拭したのだ。そしてそれはまた,ニックが「死の恐怖」

を「克服」したことになるだろう。

 そして「銀の紐」によってもたらされた「死の恐怖」が,この3発の銃弾 によって克服されたのであれば,この銃弾はまた「銀の銃弾」(silver bullet)

だったと言えるのではないか。欧米では,古来「銀の銃弾」は「魔女が変身 した野ウサギ」や,伝説上の「狼男」などを撃つために使われてきた伝説が あり(フリース),そこから silver bullet は「万全の解決策」あるいは「特効 薬」の意味を持つようになった。テントに戻ってきた父親との会話で,ニッ クは発砲の理由として「狐か狼かどっちつかずのもの(a cross between a fox and a wolf)のような音がして,そいつがテントの周辺をぶらついてたんだ」

(15)と話していることも,それなりに意味を持って来るだろう。「狐」には

(10)

「野ウサギ」と同様に,魔女が変身した姿の意味もあり(フリース),また

「狼」が変身した姿が「狼男」であることは言うまでもないだろう。こうした ことを考え併せれば,この3発の銃弾が「銀の銃弾」と重なって見えてはこ ないだろうか。さらに,ニックは3発発砲した後,父親たちが戻って来る前 にすぐ眠ってしまうのだが,それは「銀の紐」がもたらした「死の恐怖」を

「銀の銃弾」が引き裂いていったことにより,安心感が生まれたためだろう。

3発の銃弾は,ニックにとってまさに「特効薬」だったのであり,このよう にしてニックは「死の恐怖」を乗り越えたのだろう。

 ニックに死の恐怖を与えたのは silver cord であったが,死の恐怖を消し 去ったのは silver bullet とも言うべき「銃弾」であった。ニックにとって silver の「紐」と「銃弾」は,前者は生を脅かし死の恐怖をもたらすもので あり,後者は死の恐怖から救ってくれるものであった。「銀」という1つの語 から,相反する意味を持つ2つの句を導き出しているわけだが,「銀の紐」に 始まる「死の恐怖」を克服する方法として,同じ「銀」でつながる「銀の銃 弾」を読み手に想起させるように,ヘミングウェイは仕掛けていたのではな かったか。「氷山理論」にちなんで言えば,テクスト上に現れている「銀の 紐」という「氷山の一角」の下に隠されている「氷塊」として「銀の銃弾」

があったということでもあるだろう。あるいは,「インディアン ・ キャンプ」

での camp,bark,bend のように,1つの語に2つの意味をかけているのと 似ているのかもしれない。それはともかくとして,3発銃弾を発砲すること でニックが「死の恐怖」を克服したのは間違いない。

引用 ・ 参考文献

Baker, Carlos. Ernest Hemingway: A Life Story. New York: Charles Scribner’s Sons, 1969.

Donaldson, Scott, ed. The Cambridge Companion to Hemingway. Cambridge:

Cambridge UP, 1996.

Flora, Joseph M. Hemingway’s Nick Adams. Baton Rouge: Louisiana State UP, 1982.

(11)

Hemingway, Ernest. Ernest Hemingway: Selected Letters, 1917-1961. Ed. Carlos Baker. New York: Charles Scribner’s Sons, 1981.

―. The Nick Adams Stories. New York: Scribner, 1972; First Scribner trade paperback edition, 2003.

Jobes, Gertrude. Dictionary of Mythology Folklore and Symbols Part 2. New York: The Scarecrow Press, Inc. 1962.

Trogdon, Robert W, ed. Ernest Hemingway: A Literary Reference. New York:

Carroll & Graf Publishers, 1999; First Carroll & Graf trade paperback edition, 2002.

Vries, Ad de. Dictionary of Symbols and Imagery. Amsterdam: North-Holland Publishing Company, 1974.

Young, Philip. The Nick Adams Stories. New York: Scribner, 1972; Fist Scribner trade paperback edition, 2003.

石塚久郎(編者)『イギリス文学入門』東京:三修社,2014。

今村楯夫,島村法夫監修『ヘミングウェイ大事典』東京:勉誠出版,2012。

今村盾夫(編著)『アーネスト ・ ヘミングウェイの文学』東京:ミネルヴァ書房,

2006。

島村法夫『世界の作家ヘミングウェイ―人と文学』東京:勉誠出版,2005。

高野泰志「ニック ・ アダムズと『伝道の書』―ヘミングウェイ作品における宗 教観再考」,福岡:『文学研究』107輯 pp.67-86,九州大学大学院人文科学研究 院,2010。

日本聖書協会『聖書 スタディ版 わかりやすい解説つき聖書 新共同訳』東京:

日本聖書協会,2014。

日本ヘミングウェイ協会(編者)『ヘミングウェイを横断する―テクストの変 貌』東京:本の友社,1999。

前田一平『若きヘミングウェイ―生と性の模索』東京:南雲堂,2009。

武藤脩二『ヘミングウェイ「われらの時代に」読釈―断片と統一』京都:世界 思想社,2008。

(2015年11月27日受理,2016年1月14日採択)

(12)

参照

関連したドキュメント

2012年度 東北文化公開講演会 表象としての身体一死の文化の諸相  -97-

このような、社会が大きく揺らぎ、人びとがコミュニティのつながりを頼りにできなくなっ

Signifying nothing. 17-28)

日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P1-11 - 143 - 親宅を連想したと報告があった。

対人恐怖心性が高い青年が増えていると報告さ れており,このような青年の悩みに対する対応

また後者の夜の記憶において Vardaman はまだ幼く、 DD は彼とその頃はまだ一緒に眠って

一方ペーネイオス上流では,大地震が起きて河床が干上がり,山となって盛

年から十数年経た今日、対人恐怖心性の時代的推移を明確にするためには、最新のデータを収集し、議論