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論文の内容の要旨
氏名:和田 直久
博士の専攻分野の名称:博士(生物資源科学)
論文題名:被覆状 コモンサンゴ属におけるBlack Band Disease (BBD)に関する研究
1. 序論
サンゴ礁には全海洋生物種の約25%が生息しているとも言われ、特に熱帯海域における生物多様 性を支える重要な地域となっている。しかし近年、水温上昇に伴う白化現象、人間の社会活動に伴う 環境破壊、オニヒトデや巻貝による食害、そして病気などの要因により、約30%のサンゴ種が絶滅 の危機にあるとされる。特にサンゴの病気は2000年代に入り報告数が大幅に増加しており、サンゴ の病気の発生状況を把握し原因を明らかにしていくことは、サンゴ礁を基盤とする生物の多様性を保 全する上でも急務であるといえる。
黒帯病(Black Band Disease; 以下BBD)は、黒帯(以下バンド)がサンゴ群体の表面に形成され、
同バンドを形成する微生物群の侵襲(進行)によって正常なサンゴ組織が壊死崩壊していく病気であ る。本病は、1970年代初頭にカリブ海で初めて報告され、これまでにカリブ海域で42種、インド- 太平洋海域で57種のサンゴで確認されている。我が国でも、2004年に沖縄県八重山諸島において本 病の発生が初めて確認され、本研究の沖縄県慶良間諸島阿嘉島におけるサンゴの病気の発生調査によ り、同海域で認められるサンゴの病気は主にBBDであることが明らかとなった。BBDのバンドは多 種多様な微生物群によって構成されていることが明らかとなっているが、BBDが発生する環境条件 やバンドの進行メカニズムについて知見に乏しい。そこで本研究では、阿嘉島をモデル海域とし、同 一海域内における環境の差異やバンド内の微生物構成の違いに着目することで、BBDの発生・進行 要因を検討した。
2. 病気の発生状況調査
発生状況調査は、2010および2011年の5~7月にかけて阿嘉島の地先ニシハマとマジャノハマの2
海域(約70,000m2)で実施した。シュノーケリングによって海域内のサンゴを観察し、異常または
病気の症状を呈していたサンゴの位置情報(GPS座標)を求め、症状から病気の種類を分類した。
結果としてBBDの優占が認められたため、マジャノハマで認められたBBD罹患群体については、
群体の位置情報に基づき、Ripley’s K関数法により海域内の発生分布様式を評価した。またBBDの 群体をタグ付けし、経時的にバンドの色調や位置を記録することで、バンドの進行速度を算出した。
調査の結果、BBD、Skeleton Eroding Band、White syndrome、および骨格異常の4種類の病気が確 認され、2海域ともにその約 75%以上が被覆状コモンサンゴ属に認められるBBDであった。そこで BBD罹患群体の分布状況を解析した結果、調査海域中にクラスターを形成しながら不均一に散在し ていると評価され、同一海域内でも発生状況に差異があることが予想された。また、BBDのバンド はいずれの群体でも同心円状に正常組織に進行していることが確認されたが、バンドの色調や形態が 経時的に変化する現象が認められた。進行速度も、群体間で2011年に4.97倍(n=15)、2012年に
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3.31倍(n=14)認められたことから、群体間でバンドを形成する微生物群の構成に差異があるもの と考えられた。
3. BBDの発生要因
前章の結果、BBDの発生に関与する環境要因が同一海域内において不均一であることが予想され た。そこで本章では、阿嘉島のマジャノハマを調査海域として、2014年の6、8、および10月にトラ ンセクト法によりBBDの発生状況を調べた。また、トランセクト地点毎(6月6地点、8月18地 点、10月18地点)に計11項目の環境要因を測定し、バイナリレスポンスモデルによってBBDの発 生に関与する要因を求めた。
トランセクト法によるBBDの状況は、発生率で6月は0.0~12.5%、8月は0.0~13.8%、および10 月は0.0~11.5%であった。環境要因も同一海域内で差異がみられ、浅い水深および低濃度の𝑃𝑂 −𝑃&'$ とBBD発生の間で有意な関係が認められた(p<0.05)。水深および𝑃𝑂 −𝑃&'$ 濃度は異なる海域間の比 較解析研究によりBBDの発生要因であることが報告されており、両環境要因が阿嘉島海域内におけ るBBDの発生を制御しているものと考えられた。
4. 新規病理組織観察手法の確立
薄切標本に基づく病理組織観察は、罹患部内を二次元化することができ、病原体微生物の組織局在 を解析する上で極めて有効なアプローチである。しかし、炭酸カルシウムの骨格を有するサンゴでは 骨格の溶解(脱灰)作業が必須であり、同作業過程において組織内微生物が脱落するなどの問題が指 摘された。また薄切標本上での感染微生物の可視化には、対象微生物に特異的な蛍光プローブを利用 したFlorescence in situ hybridization(FISH)法が用いられるが、サンゴ組織には強い自家蛍光や非特 異的なプローブの結合がみられ、精度の高い解析が困難であった。
そこで本章では、凍結したサンゴ試料の表面にフィルムを圧着させ、骨格を有したままタングステ ンカーバイドナイフで薄切する非脱灰の硬組織薄切標本作製法を確立した。また、蛍光の分光とマル チスペクタリング技術を用いることにより自家蛍光の影響を排除し、更に非特異的なプローブの結合 細胞を特定することにより、サンゴ組織内に侵襲する微生物の正確な局在観察を可能とする条件を決 定した。
5. BBD罹患部における侵襲微生物の構成と局在
第2章の結果、BBDのバンドの進行は群体間で異なっていた。同バンドはシアノバクテリア、硫 黄酸化細菌、硫黄還元細菌、従属栄養細菌など多様な微生物群によって構成されていることが明らか となっているが、バンドの進行に関わる微生物群は特定されていない。そこで本章では、BBDのバ ンド形成細菌の構成を調べ、進行速度との関連性を解析した。また、進行の早いバンドで優占してい た細菌群については、前章で確立した病理組織観察手法により組織局在性を解析した。
実験には、2015年に沖縄の瀬底島および阿嘉島で認められたBBD罹患群体の中で、最も速いまた は遅い進行を示した群体から採取したバンド(n=12)を用いた。同バンドから抽出したDNAを鋳型 として、次世代シーケンサーによる16S rRNAのV4領域を対象としたメタバーコディング解析を実 施し、進行速度に相関して増加する細菌群を特定した。また、有意に増加した細菌群に特異的なプロ ーブを用いたFISH法により同細菌群の組織局在性を観察した。
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メタバーコーディング解析の結果、全試料の合計で約135万のリード数が得られ、5348のOTUに 分類された。そこで各サンプルのリード数を最も低いサンプルのリード数94,124にノーマライズし て解析行った。検出された微生物群の多様度および類似度は群体間で異なっていたが、バンドの進行 速度とは相関性が認められなかった。一方、微生物群内で全体の0.1%以上を占めた細菌属を対象に 進行速度との相関関係を評価した結果、各試料中のCampylobacter科Arcobacter属細菌の構成量が BBDの進行速度と正の相関性を示した(p<0.05)。そこで、同属に特異的なプローブを用いたFISH 法により罹患部内における局在性を観察した結果、バンドの表層部位に分布していたシアノバクテリ アより下層に同属細菌が広く局在していることを確認した。また一部の群体では、正常サンゴ組織と バンドの境界部周辺に同属細菌が密集していた。Arcobacter属細菌はεプロテオバクテリアに属し、
同属の複数菌種が家畜やヒトに病原性を示すことが報告されている。同属は、BBD以外の病気サン ゴの患部からも分離・検出されており、BBDの進行と密接に関係していることが考えられた。
6. 総括
沖縄県慶良間諸島阿嘉島海域のサンゴ群集では、被覆状Monitporaに罹患したBBDが最も優占し ていた。同海域内において、BBD罹患群体はクラスターを形成しながら不均一に散在しており、そ の発生は海域内の浅い水深および低濃度の𝑃𝑂 −𝑃&'$ と相関していた。BBDのバンドの進行速度やバ ンド内の細菌叢構成は群体間で異なっており、進行速度とArcobacter属細菌の構成量に正の相関性認 められた。また、同属の細菌はバンド内に広く局在しており、BBDの進行と関係しているものと推 定された。
BBDは、高水温かつ光照度が増加する夏季に発生することが知られており、地球温暖化に伴い、
今後、より発生頻度が増加する危険性が指摘されている。一方で、BBDのバンドは多様な微生物群 により構成されており、発生に関与する要因やバンドの進行メカニズムについては不明な点が多い。
本研究では、不均一なBBD罹患群体の分布や群体間におけるバンドの進行速度の違いに注目するこ とで、2つの発生環境要因とバンドの進行に関わる細菌群の1属を検出した。
本研究の成果は、世界で報告されているBBDの発生および進行のメカニズム解明研究に貢献する ほか、特に第3章で確立した病理組織学的手法については生理学など幅広いサンゴ研究への応用が期 待される。