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大崩海岸地域の地質 : 山崩れ災害の地質学的背景

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大崩海岸地域の地質 : 山崩れ災害の地質学的背景

著者 鮫島 輝彦, 伊藤 通玄

雑誌名 静岡大学地学研究報告 : 地学しずはた

巻 3

号 1

ページ 1‑6

発行年 1972‑09‑30

出版者 静岡大学理学部地学教室

URL http://doi.org/10.14945/00005792

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静岡大学地学研究報告 3巻第l 19729

大 崩 海 岸 地 域 の 地 質

山崩れ災害の地質学的

鮫 島 輝 彦 * 伊 藤 通 玄 ネ

1971 75日午前845分頃大崩海岸を通る国道 150号線に、 約5000トンの岩塊が一時に 崩落し、掩蓋式防護礎道が巾 40mにわたって破壊埋没しEこのため、たまたま通行中の自動車一台が 押し演されて死者一名を出したO

大崩海岸では過去にもしばしばこのような山崩れ災害が発生しており、国道 150号線は開通以来 何度も不通となった事があるO 崩壊の起こり易いのは今回の石部海岸と、焼津寄りの元小浜から虚空 蔵山にかけての一帯のこケ所であるO ここは海食躍がもっとも急峻 の大きい部分に当っており、

この地形が災害の第一の原因ともなっているO

また特に今回の災害ではセメント吹付など一応崩壊防止工事が行なわれていたにもかかわらず大規 模崩壊が発生したので、地質学的な特別の原因の存在も推定されるO そこで我々は今回の山崩れ災害 の地質学的背景を を含む地域全体の地質調査から究明する事を試みたO

1 . 従 来 の 研 究

大崩海岸の地質・岩石の研究は山崎直樹(1930 )、千谷好之助(1931 )らにより初めて行なわれ、

地質図とアルカリ火成岩類の多数の分析値が公表されたO 両氏は大崩海岸の地層を中新世古期の大井 )/1層に属するものとし、石英粗面岩、ソーダ粗面岩、ムジアリ岩、カリ粗面岩、玄武岩、テッシェン 岩を記載したO

小 池 清 (1949 ) は北方の竜爪山地域のアルカリ火成岩を含む地層を竜爪層群と呼び、中新世古販 と 推 定 し 、 横 山 次 郎 (1950 )は大崩海岸および高草山の火成岩を含む地層を大井川麗群の女神層に 対比したO

杉 健 一 (1938 ) は大崩海岸の斑栃岩中の普通輝石のエジル石化について論じ、青木謙一郎(1963 )は高草山南面の斑栃岩中のケノレスート角関石の記載を行なったO また今吉隆吉・桜井欽一(1950) は大崩海岸の枕状構造玄武岩に伴ってダト一石が産することを報告し、竹内正辰(1967 ) は東名高 速道路工事中発見された石脇の枕状溶岩中の方解石・束沸石網状脈の記載を行なったO

千 葉 と き 子 (1965 ) は大崩海岸および高草山付近の火成岩の分析を沢山行なって、これら火成岩 の源マグマの性質とその分化経路について論じたO 鮫 島 輝 彦 (1971 ) は大崩海岸の地質・鉱物につ いて総括的報告を行なったO

静岡大学教養部地学教室

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2 . 大 崩 層 群

今 回 行 な っ た 地 質 調 査 の 結 果 、 大 崩 海 岸 お よ び 高 草 山 地 域 の 地 層 は 次 の 三 層 に 分 け ら れ る 事 が 判 明 したO す な わ ち 一 番 下 位 は 粗 商 岩 を 主 と し て 頁 岩 薄 層 を 挟 在 し 、 多 く の 粗 粒 岩 脈 に 貫 ぬ か れ る 層 、 中 位 は し ば し ば 枕 状 構 造 を 恭 す 斑 品 の 自 立 つ 玄 武 岩 溶 岩 を 主 と す る 層 、 上 位 は 凝 灰 質 お よ び 非 凝 灰 質 の 砂岩・頁岩互層からなる層であるO

せきべ たいら み わ

こ れ ら を そ れ ぞ れ 石 部 粗 面 岩 層 、 平 玄 武 岩 層 、 三 輪 砂 岩 頁 岩 層 と し 、 こ れ ら 三 層 を 含 む 地 層 群 を 大 崩層群とするO

せきべ

石 部 組 面 岩 層 は 、 東 海 道 線 用 宗 駅 か ら 今 回 災 害 の 起 こ っ た 石 部 海 岸 ま で の 海 食 崖 露 頭 を 模 式 地 と す O 下 位 よ り 石 英 粗 商 岩 、 粗 面 岩 、 粗 面 玄 武 岩 の 溶 岩 層 が 、 厚 さ 数 10cmないし数mの 灰 黒 色 頁 岩 腐 を挟んで累層するO 頁岩層は明瞭な層理を持ち、 NS300Wの走向傾斜を示し、しばしばCyclα m  

m l  nαsp., Orbulina sp. などの有孔虫化石を含有しているO 石部粗面岩層は斑栃岩、 輝 緑 岩

の 多 数 の 岩 脈 に 貫 ぬ か れ て お り 、 岩 脈 を 含 め 模 式 地 付 近 の 層 躍 は 600悦十。

本 層 の 分 布 は 石 部 海 岸 か ら 丸 子 川 向 敷 地 に か け て 南 北 に の び 、 さ ら に 北 方 の 賎 機 山 、 竜 爪 山 、 真 富 士 山 、 十 枚 山 の 稜 線 に の び る 。 ま た 高 草 山 北 部 か ら 廻 沢 に か け て 巾 約 500m、延長 4Kmの地域にも分 布し、ここでは E WないしN 450 60Sの走向傾斜を示すO

たいら

平玄武岩層は大崩海岸の平(元小浜)部落から虚空蔵rJJまでの溜:食崖露頭を模式地とする。長石の斑 品 が 目 立 つ 粗 面 岩 質 玄 武 岩 溶 岩 層 を 主 と し 、 こ の 溶 岩 層 は し ば し ば 枕 状 構 造 を 呈 す るO 斑 栃 岩 、 輝 緑 岩 の 岩 脈 は 本 層 の 中 位 以 下 に 小 数 貫 入 し て い る ほ か 、 無 斑 状 粗 面 玄 武 岩 岩 脈 が 多 数 見 ら れ るO 上位に

カリ粗面岩が僅かに見られ、また頁岩層も出現するO 模式地における層厚は1,000m‑

本膚の分布は模式地から北方にのび、藁科)11北岸の山崎新田で安倍)11の沖積原下に没するが、鯨ケ

池西北に現われ、竜爪山、 、十枚山山稜の石部粗商岩層の西側に細く南北につづく O ここで

は基底は特徴あるピッチストンで示されるO 従 っ て 小 池 清 (1949 ) の 竜 爪 麗 群 は 石 部 粗 面 岩 層 と 平 玄武岩層の一部を含むものに該当することになるO

本層はまた高草山の脊梁部から南 閉山麓にかけて分布し、 EWないしN 450W600Sの 走 向 傾 斜を示すO こ こ で の 最 大 層 厚 は 約 1200mo 

み わ

三 輪 砂 岩 頁 岩 層 は 高 草 山 西 方 の 岡 部 町 三 輪 部 落 の 谷 の 露 出 を 模 式 地 と す るO 平 玄 武 岩 層 の 上 に 整 合 関 係 で 出 現 す る 暗 色 の 凝 灰 質 砂 岩 頁 岩 層 は 上 位 に 移 る に 従 っ て 非 凝 灰 質 と な る 。 全 体 に 締 粒 堆 積 物 を と し 、 砂 岩 は 灰 白 色 縮 粒 砂 岩 、 頁 岩 は 泥 費 で 淡 灰 色 な い し 陪 灰 色 、 チ ャ ー ト の 薄 層 が 頁 岩 層 中 に 挟 在することがあるO 上 限 は 沖 積 層 下 に 没 す る た め 不 明 で あ る がE 露 出 す る 部 分 の 最 大 層 厚 は 600m

本 層 の 下 半 部 の 凝 灰 質 部 分 は 東 方 へ 行 く と 平 玄 武 岩 層 に 移 化 す る こ と 、 ま た 平 玄 武 岩 層 の 上 部 の 部 分 lζ本 層 の 頁 岩 と 間 質 の や や 厚 い 頁 岩 層 が 出 現 す る こ と な ど か ら も 本

交関係にあると考えられる。

‑ 2 ‑

と平玄武岩 は 指

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大 崩 層 群 の 層 序

み わ

三輪砂岩頁岩層 (600m+) 

大崩層群

たいら

平 玄 武 岩 層 (1, O~ 1. 2 m ) 

せ ま ベ

石部粗面岩層 (600m+) 

期 中 新 統

ーーー‑1

2Km 

瀬戸川

玄長時潜丘の佼醍

!

平 玄 武 岩 ! 潟

tfg*11面 岩 間 三輪砂、若}]i{岩j

始 新 統

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w ud ‑

巴口慰問幽悶幽協

(5)

第 2図 高 草 山 周 辺 地 質 閣 1.  貫入岩体(斑れい岩,輝緑岩〉

2. 三輪砂岩・頁岩膚 3.  凝灰角磯岩・火山角磯岩 4.  玄武岩質溶岩(平玄武岩層〉

3 . 地 質 構 造

5.  粗商岩質溶岩(石部粗商岩麗) 6.  黒色頁岩(砂岩・喋岩を一部含む) 7.  瀬戸}II層群(黒色頁岩・お灰岩〉

大崩海岸地域の地質構造は第 1図および第 2図に示すように、走向南北、西に 300の傾斜をなす単 斜構造の大崩層群よりなっているO 大崩麗群はここでは下位の石部粗面岩層と上位の平玄武岩層に分 けられるが、両者の関係は整合であるO 両層の境界は今回の災害の崩壊面の上方に認められ、それか ら北へ小坂、朝鮮岩、徳願寺に連なるO

平玄武岩薦の西側は南北性、西に約 700傾く面を示す逆断層で切られ、花沢より北では瀬戸JlI層群と 接し、ここより南ではN 700W600Sの走向傾斜を示す高草山地塊の大崩層群と接するO この断層 は北へ赤目ヶ谷、歓昌院坂を経、山崎新田から安倍川の沖積原に没するが、鯨ケ池西方で再びあらわ れ、安倍峠を経て山梨県下に連続するO 竜爪山西方以北では、瀬戸川層群側に巾広い破砕帯を伴う大 きな断層で構造線の性格を持つ(十枚山構造線、徳山明 1972)と考えられているが、薬科川以南で は小破砕帯を伴うのみで、それ程大きな変移最を持つものとは考えられないO

また焼津港東側の中港町に堀さくされた天然ガス井のボーリングが、地表下 80mで玄武岩層に当

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っており、周囲の数本のボーリング資料からこの位置に玄武岩からなる沖積層下の潜丘が存在するこ とが確かめられている〈伊田一善 1955)0 この事実から大崩海岸の平玄武岩層は少なくとも焼津港 付近までは連続していて、上記断層の延長が焼津港西側付近の沖積原下を通っているものと推定され

O

山地塊の大崩層群は上記断震の西側に接する部分では N 700W、600Sの走向傾斜を示すが、

地塊の西部ではN450WからN300Wと走向を北西、北北西に変えるO 地塊の西北端本郷で大崩層群 はNE‑ S W  性断麗で断たれ瀬戸JlI層群と接するO

草山北西にあたる廻沢部落には石部粗面岩層と瀬戸J!I層群が接する露頭があれここでは石部粗面 岩の下底と考えられる祷黒色頁岩、瀬戸)11層群に由来する石灰岩礁などを含む機岩、粗粒砂岩が見ら れ、斜交不整合関係で接触すると判断されたOなお、この付近の 中からLepidoc

r .

clina 

Nephrolepidinα), Miog

r .

psina  の産出が最近報告された〈豊蔵勇 1972 ) 

.災害と地質構造との関係

大崩海岸付近の地形は、大崩層群の三層の侵食に対する抵抗性の大小で一応良く説明し得るO のうち最も抵抗性の大きいのは平玄武岩層であって、高草山(501 m )、 航 空 燈 台 山 (449 ')、 舟JlI山 (450 m )、 徳 願 寺 山 (376 m )などのピークはすべて本層の分布地内にあるO

これに対して頁岩層を含む石部粗面岩属、三輪砂岩頁岩!曹は侵食に対する抵抗性がそれ程大きくな いので、緩斜面を示す丘陵部又は山麓部のみを占めているO

大崩海岸の比高の大きい海食崖部は平玄武岩層の部分であって、今回災害の発生した石部海岸でも 下部には石部粗面岩騒があらわれているが、海抜80m付 近 よ 母 上 部 に 平 玄 武 岩 層 が あ っ て そ の 抵 抗 性のため大比高の が形成せられたものであるO

今回の災害の崩壊面はほぼN20700Eの面であるが、この地域の大崩層群の走向傾斜はN S300Wであるので崩壊面にあらわれる麿理線は南に約 100の緩斜を示す。すなわち N20Eの石部海 岸の海食崖面に対しては、石部粗面岩層の上に見掛け上 100程度の北上り傾斜で平玄武岩層が載る構 造となっているのである(岩橋徹・木宮一邦 ,1971)

今回の災害は頁岩層を含む石部粗面岩属が風化してゆるみ、崩壊したため、上位の平玄武岩層も足も とをすくわれて崩落し、その大きな落下エネルギーが防護!港道を破壊したものと推定されるO

文 献

青木謙一郎(1963) :The Kaersutite  and Oxykaersutites  from Alkalic  rocks  of  ]apan  and  surrounding  areas, Jour..Petrol., 4, 198~210.

千葉とき子(1965) 静岡県高草山地域のアルカリ岩について 岩鉱, 54 , "' 3  千谷好之助(1931) :75千分之1地質図幅「静岡」並に説明書 地質調査所.

伊 田 一 善 (1955) 焼津ガス田 石油技協誌, 20 , '" 

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今吉軽吉・桜井欽一(1950) 静岡県大崩海岸産ダト一石 鉱物と地質, 3249'"''250.

岩橋徹・木宮一邦(1971 )大崩海岸道路における最近の大崩壊について 静大教育研報(自然), 2215'"''28. 小池清(1949) 南関東の構造発達史地球科学, 341'"''17.

鮫島輝彦(1971 ) 大 崩 海 岸 の 地 学 案 内 静岡県地学会資料,(11)(改訂版), 1""'' 8 

杉健一(1938) 静両県高草山のDoleriteにおけるPurple AugiteAegirinization地質雑,45 769 . 

竹内正康(1967 )静間県焼津市高草山玄武岩中の方解石・束沸石網状脹について 静大教育研報(自然) , 18  58'"'' 64. 

徳山明(1972) 糸魚川一静岡線沿いの竜爪山帯と大崩海岸地域の地質概説 静関大学地学研究報告, 3D). 

豊蔵勇(1972) 静岡県中部の瀬戸}II層群の発達する宇津の谷附近の地質と地質構造について 地学五学会連合学術大会

山崎直樹(193.0) 駿河国間部における火成岩の化学成分に就て 小}II博士還腎記念論叢, 435'"''455.

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参照

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