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無脊椎動物における交替性転向反応研究の展開と問題点について

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無脊椎動物における交替性転向反応研究の展開と問題点について

川合隆嗣

1)

Issues and implications of turn alternation in invertebrates: A review

TAKASHI KAWAI1)

Abstract Turn alternation is the tendency of an organism during a single trial to turn in the opposite direction to a previous forced turn. It has been shown that this phenomenon depends on feedback from proprioceptive cues derived from prior response. Turn alternation has been studied mainly in invertebrates. An early explanation of invertebrate turn alternation was based on Hull’s concept of reactive inhibition (Hull, 1943). However, more recent studies focus on the bilaterally asymmetrical leg movements (BALM) hypothesis which emphasizes activity differences between the right and left legs (Hughes, 1985). Additionally, many studies have shown variables that can modify turn alternation. The most commonly investigated are pre- and post- forced turn distances, the number of forced turns, and the angle of a forced turn. Although there are many studies which have investigated these variables, some of the results are conflicting because these studies tested different species with varying experimental designs. Further studies which control the experimental designs are needed to gain a further understanding of the nature of turn alternation.

Key words:invertebrates, turn alternation, experimental designs 1.はじめに  交替性転向反応(turn alternation)と呼ばれる現 象がある。これは,連続する分岐点において,動物が ある方向に曲がると,その次の分岐点では前とは逆 の方向に高確率で曲がる傾向を指す。例えば,ゾウリ ムシ(Paramecium multimicronucleatum)にT字 迷路を遊泳させた場合,分岐点での左右選択に偏好 は見られない。しかし,T字の分岐に先立って右に曲 がることを経験した個体は,分岐点で左に転向する (Lepley & Rice, 1952)。この傾向は,微生物から昆 虫に至るまで幅広い無脊椎動物の間で観察すること ができ,1950年代から数多くの実験がなされている。 中でも,特にワラジムシ(等脚)目(Isopoda)の動

物を対象とした研究が盛んに行われてきた(Beale & Webstar, 1971;Iwahara, 1963;岩田・渡辺, 1957a,1957b;川合,2010;Kupfermann, 1966; 右田・森山,2005;Moriyama, 1999;星,1958; Hughes, 1967,1985,1987,2008;小野,2004; 小野・高木,2006;渡辺・岩田,1956)。  しかしながら,交替性転向反応のメカニズムや制 御変数に関する統一的な見解は未だに得られていな い。例えば,ワラジムシ目の動物では,転向の際に 生じる左右の足の運動量差を均衡にする機構が,交 替 性 転 向 反 応 を 生 じ さ せ る と 考 え ら れ て い る (Hughes, 1985,1989)。だが,脚を持たない無脊 椎動物におけるメカニズムまで説明できる一般性 1)関西学院大学大学院文学研究科   〒662-8501 兵庫県西宮市上ヶ原一番町1-155 連絡先:川合隆嗣 E-mail: t-kawai@kwansei.ac.jp

1)Graduate School of Humanities, Kwansei Gakuin University

Corresponding author: TAKASHI KAWAI Published online in J-STAGE: July 8, 2011 doi: 10.2502/janip.61.1.12

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の高い仮説は,現在のところない。また,ある点を 曲がってから次の分岐点までの距離が長くなると, 交替性転向反応の出現が減少することが知られて いる(渡辺・岩田,1956)。Hughes(1967,2008) はワラジムシ(Porcellio scaber)を用いてこの効 果を確かめたが,同じワラジムシ目の動物であるオ カダンゴムシ(Armadillidium vulgare)を用いた Kupfermann(1966)の実験では確認されなかった。 前述したゾウリムシに関しても,矛盾する結果が得 ら れ て い る。Lachman & Havlena(1962 )は, Lepley & Rice(1952)の研究とは別種のゾウリ ムシ(Paramecium caudatum)を用いて実験を行っ たところ,この種ではそもそも交替性転向反応が観 察されなかったと報告している。上記のような研究 間の矛盾は,種差が原因であると解釈されることが 多い(例えば,Hughes, 2008)。だが,異なる種間 で結果に相違が見られる場合の解釈には注意を要す る。例えば,ゾウリムシに関する Lepley & Rice (1952)と Lachman & Havlena(1962)の結果 の不一致は,単に迷路の大きさ等の実験装置の差に よって生じたものであることが示された(Harvey & Bovell, 2006)。交替性転向反応は非常に多様な 種と実験デザインで研究されているため,この指摘 は極めて重要である。最近の研究では,交替性転向 反応を利用して神経系の比較的単純な動物(オカダ ンゴムシ)の認知能力や自律的行動の探索が行われ ており(右田・森山,2005;Moriyama, 1999;森 山・Riabov・右田,2005),この反応の数理モデル 化も試みられている(右田・森山,2005)。このこと から,交替性転向反応が未だ話題性に富む分野であ ることが分かる。しかしながら,より精緻な実験を 行うことで,メカニズムの一般性を精査したり,種 差を生じさせている要因を明らかにしたりする基礎 的研究の重要性を軽視してはならない。驚くべきこ とに,交替性転向反応の研究で使用される複数の実 験デザインが,この反応に与える影響に関しては, 今までほとんど関心が向けられてこなかった(Harvey & Bovell, 2006)。本稿は,理論的対立とその解決 を含めた交替性転向反応の研究史を概観するもので ある。そして,従来の研究を包括的に考察する上で は,基本的な実験装置の構成に,より注意を払うこ とが重要であると主張する。  本稿では,まず,Iwahara(1963)や Hughes(1989) に従い,自発的交替行動と呼ばれる現象と交替性転 向反応との区別を行なう。この二つは,実験手続き が異なる上に,想定される近接要因が異なるもので あるが,しばしば混同されて使われることがあるた め注意を要する。その後,交替性転向反応で用いら れることの多い実験デザインとこの反応に影響を与 えることが知られている主な要因を概観する。そし て,交替性転向反応に対して提唱されているメカニ ズムについての説明を行なったのち,今後の研究に おける問題点・注意点について論じる。 2.自発的交替行動と交替性転向反応  例えば,ラットにT字迷路を走行させたとき,分 岐点において「右」に曲がったとする。次に,短い 試行間間隔をおいてから再度走行させると,今度は 「左」(つまり,先ほどとは逆方向)に曲がる行動 が有意な確率で現われる。曲がる方向を交替させる この行動は,訓練を必要としない自発的なものであ る。したがって,これを自発的交替行動(spontaneous alternation behavior, SAB)と呼ぶ(Richman, Dember, & Kim, 1987)。SAB の実験では,T字迷 路の走行を被験体に複数回させる手続きが取られる。 SABに関しては,知覚・注意・記憶・動機づけと いった心理学的な要因の検討や神経解剖学的な研究 などが幅広く行われてきた(Dember & Richman, 1989;Hughes, 2004;Richman, Dember, & Kim, 1987の総説を参照されたい)。

 1950年代初頭まで,この行動は Hull(1943)の 反応制止(reactive inhibition)によって説明が可 能 で あ る と さ れ て い た(Montgomery, 1952; Richman, Dember, & Kim, 1987)。反応制止とは 動物がある反応を起こしたときには,その結果とし てその反応を抑制するような作用メカニズムが働く ことを指す(Hull, 1943)。つまり,「右」に曲がる という反応をすると,その反応が右折を抑制する作 用を生み出すと仮定する。したがって,T字分岐点 において「右」に曲がった直後の試行では「右」に 曲がるという反応は抑制され,結果として「左」に 曲がる確率が上がる。しかしながら,非常にシンプ ルないくつかの実験によって,この説明は不十分で あることが示された。例えば,Montgomery(1952) の実験では,走路がそれぞれ東西南北に向いた十字 型の迷路が使用された。この迷路において,ラット が「南」から走行を開始し,「東」に曲がったとす る(つまりラットからすれば「右」に曲がったこと になる)。次に,短い試行間間隔をおいてから,今 度は「北」からスタートさせる。もし SAB が反応 制止によるものであるのならば,ラットは今度も「東」 に曲がる可能性が高いはずである(なぜならば,北 からスタートしたときは「東」が「左」になるから である)。しかし,Montgomery(1952)はラット が「西」を有意な確率で選択することを発見した。 したがって,ラットはただ単純に反応を交替させて いるわけではなく,何らかの外的な刺激(例えば, 通路の新奇性)を手がかりとして自発的に交替して

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いると考えることができる。

 この行動は,無脊椎動物においても観察される。 Wilson & Fowler(1976)は,トウヨウゴキブリ (Blatta orientalis)が迷路内の明るさを手がかり として,T字の分岐点における転向方向を交替させ ることを発見した。しかし,実際には,このような SABと思われる行動が無脊椎動物で報告されるこ とはほとんどない(Hughes, 1989)。Iwahara(1963) の実験では,オカダンゴムシにT字迷路を複数回走 行させたが,試行間間隔を可能な限り短くした場合 でも交替行動は観察されなかった。ただし,T字迷 路の通路の前に,強制的に転向する曲がり角を設け た場合は,転向反応が交替性に現れた。通常,無脊 椎動物において交替行動が観察される場合は,複数 の分岐点を持つ迷路内での1試行中の反応を対象と している。例えば,渡辺・岩田(1956)の先駆的な 研究では,三重T型迷路と呼ばれる迷路を用いてオ カダンゴムシの行動が調べられた(Fig. 1)。この 迷路は摺りガラス製で,幅0.8㎝の通路の両側に高 さ2.0㎝の障壁を設けたものであり,分岐点間の距 離は全て4.0㎝であった。Fig. 1 でSと書かれた点 から出発した被験体は,数字で示されたいずれかの 到達点に達するまで三度の分岐点を経験する。この 装置で被験体250体を用いて実験を行ったところ, はじめの分岐点で「右」に曲がった個体125体のう ち約85%が3の到達点に達し,はじめの分岐点で「左」 に曲がった個体125体のうち約87%が6の到達点に 達した。この結果から,オカダンゴムシの行動傾向 に関して二点考察できる。一つは,一回目のT字分 岐点における左右の選択バイアスが存在しないこと であり,もう一つは分岐点で曲がる方向を「交替」 させる傾向を持っているということである。  無脊椎動物によるこの行動は,外的刺激を手がか りとした積極的な選択行動であるというよりは,む しろより低次なプロセスによるものであると考えら れている。Hughes(1985,1989)は主にワラジムシ を用いた実験を行うことによって,無脊椎動物は脚 を動かすといったような自らの迷路に対する「反応」 を手がかりとして「交替」すると主張している。し たがってこれは SAB とは区別され,交替性転向反 応と呼ばれている(総説として,Hughes(1989)が ある)。この反応はワラジムシ(Hughes, 1967,1985, 2008),ダンゴムシ(岩田・渡辺,1957a,1957b; Kupfermann, 1966;Moriyama, 1999;渡辺・岩 田,1956),ゾウリムシ(Harvey & Bovell, 2006; Lachman & Havlena, 1962;Lepley & Rice, 1952),フナムシ(星,1958),プラナリア(藤田,1966; Rice & Lawless, 1956;Shinkman & Hertzler, 1964)といった無脊椎動物で多く研究され,近年ヒ トの精子(Brugger, Macas, & Ihlemann, 2002) においても観察されている。この反応傾向の究極要 因に関する研究はあまりなされていないが,基本的 には以下のように考えられている。まず,外敵や有 害な場所から逃避する場合には,直線的に進行する ことが理想だと思われる。もし,進行方向に障害物 があり,直線移動からの逸脱を強いられた場合には, ランダムに動くよりも,曲がる方向を交替させる方 が直線的な軌道を維持できる(Hughes, 1985)。こ の考え方は,被験体を外敵にさらした状況では,そ うでない状況よりも交替性転向反応が強く現れると いう研究結果からも支持されている(Carbines, Dennis, & Jackson, 1992;小野,2004;小野・高 木,2006)。  交替性転向反応は多様な無脊椎動物を対象に多様 な実験デザインで研究されてきたが,それらを大き くまとめると,実験デザインに関しては基本的に以 下の二種類にまとめることが可能である。そこで, 次節では交替性転向反応の研究で用いられることの 多い実験デザインを概観する。 3.実験デザイン  交替性転向反応の研究では,一般的に Fig. 2 に 示したような迷路が用いられる。Sは start point(出 発点)を表し,迷路の入口を意味する。Fは,forced turning point(強制転向点)であり,被験体はこ こで体の向きを「強制的」に「転向」させなければ ならない。Cは,choice point(選択点)を指す。 選択点Cにおいて被験体は左右のどちらに進むかを 「選択」する。このCにおいて,迷路を走行した全 被験体のうち,統計的に有意な数の個体がFで曲がっ た方向と逆の方向に曲がるとき,その動物には交替 性転向反応が見られるということとなる。選択点は Figure 1. 渡辺・岩田(1956)で使用された迷路の概 略図。Sは迷路の出発点を表し,数字(1~8)は到達 点の番号を指す。

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Y字であることもある。  一方で,Cを左右の強制選択ではなく,自由に転 向可能な開放面とすることもある。この迷路では, 被験体の転向角度を見ることによって,交替性転向 反応を観察する。選択点に開放面を採用した場合, 交替性転向反応の生起の有無を観察できるばかりで なく,反応の強度が転向角度という量的な変化とし て計測できるという利点がある(Hughes, 1989)。 著者の知る限り,少なくとも無脊椎動物に関する実 験でこのタイプの迷路を用いたのは,岩田・渡辺 (1957a)が最初である。ただし,この研究は国際的 には知られていないようで,Dingle(1964a,1964b) や Kupfermann(1966)の実験が最初期の報告で あると認知されている(この点に関しては Hughes (1987,1989)の総説を参照されたい)。その他, 走路の幅・走路の壁の高さ・迷路の材質といった要 素があるが,決まった基準はなく被験体と研究者の 目的によって任意に決定されているといってよい。 とはいえ,多くの研究が行われた結果,交替性転向 反応に影響を及ぼす変数がいくつか明らかとなって いる。もっとも代表的なものとして,出発点Sから 強制転向点Fまでの距離(S-F 間距離),強制転向 点Fから選択点Cまでの距離(F-C 間距離),強制 転向点Fの回数,強制転向点Fの角度の4つが挙げ られる。次節では,これらの変数の具体的な効果と, 実験間での矛盾する結果に関して論ずる。 4.交替性転向反応に影響を与える主な要素 4-1.出発点から強制転向点までの距離  S-F 間距離の操作が交替性転向反応に対して与 える影響に関しては,種によって異なる結果が得ら れている(Table 1)。例えば,Dingle(1964a)はチャ イロコメノゴミムシダマシ(Tenebrio molitor)の 幼虫を用いた実験で,S-F 間距離を3,6,9,12 ㎝と増加させると,それにともなって交替性転向反 応の出現が一次関数的に増加するという結果を得て いる。同様の結果は,Dingle(1964b,1965)でも 報告されている。しかし,ワラジムシ目の動物では こ の 効 果 は 確 認 さ れ て い な い(Hughes, 1967; Kupfermann, 1966)。この点に関して,川合・中 島(2010)は選択点がT字の迷路を用いてオカダン ゴムシで実験を行った。S-F 間距離を4,8,16㎝ と変化させたが,やはり,交替性転向反応に統計的 に有意な影響は見られなかった。種差の可能性もあ るが,S-F 間距離の効果を調べた研究は数が少な いため更なる研究が必要とされている。 Figure 2. 交替性転向反応の実験で使われる迷路の例(点 線は通路を指す)。 Table 1. 出発点から強制転向点の距離の増加が交替性転向反応の増減に与える効果 種 分類 交替反応 著者(年)

Armadillidium vulgare 節足動物門甲殻綱 なし* Kupfermann(1966)

(オカダンゴムシ) 等脚目ダンゴムシ科 なし 川合・中島(2010)

Porcellio scaber 節足動物門甲殻綱 なし Hughes(1967)

(ワラジムシ) 等脚目ワラジムシ科

Tenebrio molitor 節足動物門昆虫綱 増加 Dingle(1964a) (チャイロコメノゴミムシダマシ) 鞘翅目ゴミムシダマシ科 Leptocoris trivittatus 節足動物門昆虫綱 増加* Dingle(1964b) (カメムシの一種) 半翅目 Dysdercus fasciatus 節足動物門昆虫綱 増加* Dingle(1965) (カメムシの一種) 半翅目 Oncopeltus fasciatus 節足動物門昆虫綱 増加* Dingle(1965) (カメムシの一種) 半翅目 表注:*のついたものは,開放面での転向角度を見た実験を指す。

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4-2.強制転向点から選択点までの距離  Table 2 に示したように,多くの研究が F-C 間 距離が増加するにつれて交替性転向反応の出現が減 少するという結果を得ている。つまり,強制転向後 の走路が長いと,Cにおける左右選択に偏好が見ら れなくなる。ただし,距離の長さは経過する時間の 長さでもある。距離(作業量)と時間では,どちら の影響が強いのか論争が続けられてきた。ここで, Hull(1943)の反応制止の立場から交替性転向反 応を説明すると,時間の要因が大きいと考えること ができる(渡辺・岩田,1956)。Hughes(1967)は, F-C 間での時間経過が長いほど交替性転向反応が 減少することを示し,時間が重要であることを示唆 した。しかし,Dingle(1964a)は距離が交替性転 向反応に重要な影響を及ぼしているとし,また,星 (1966)は時間の増大および作業量の増大が共に交 替性転向反応を減少させることを示した。  星(1958 )の 実 験 で は,フ ナ ム シ(Megaligia exotica)の交替性転向反応が F-C 間距離10㎝のと きは見られるが,60㎝のときは消失する(すなわち 選択点での左右転向に偏りがなくなる)ことがまず 示された。そして次に,F-C 間距離10㎝を被験体 が通過する際に通路に隔壁を設け,60㎝を通過する のに要した時間と同程度の間,進行を停止させた。 すると,交替性転向反応の消失が確認された。次に, F-C 間距離は一定であるが,通路の傾斜が異なる 2つの迷路を用いて作業量の効果が調べられた。そ の結果,F-C 間の通路が45°の傾斜を持つ場合と平 坦な通路の場合で迷路を通過する時間に差は見られ なかったが,交替性転向反応は傾斜が45°のときに 消失した。以上の結果から,星(1958)は,時間と 作業量はどちらも強制転向の効果を「忘却」させる 効果があるとした。ただし隔壁を用いた実験では, 壁を除去した直後,進行を促す目的で被験体に機械 的な刺激を与えているため結果の解釈には注意を要 する。  ワラジムシを用いた最近の研究では,体の大小で 被験体を2群に分けて実験を行い,F-C 間距離の 効果を検証している(Hughes, 2008)。体が相対的 に小さい被験体は,大きいものに比べ通路を通過す るのに多くの時間を要したが,2群間で交替性転向 反応に差は見られなかった。また,通路の幅を変化 させたところ,狭い通路では進行に多くの時間を要 したが,この時間の違いも被験体の反応に影響を与 えなかった。ただし,F-C 間距離を増加させると 交替性転向反応は減少した。したがって,被験体が 交替するかどうかは時間の経過よりも作業量の効果 が大きいと考えられる(Hughes, 2008)。 4-3.強制転向の回数  オカダンゴムシやワラジムシでは,強制転向(F) の回数が増えると交替性転向反応の出現が増加する Table 2. 強制転向点から選択点の距離の増加が交替性転向反応の増減に与える効果 種 分類 交替反応 著者(年) Armadillidium vulgare 節足動物門甲殻綱 減少 渡辺・岩田(1956) (オカダンゴムシ) 等脚目ダンゴムシ科 なし* Kupfermann(1966) 減少 川合・中島(2010) Megaligia exatica 節足動物門甲殻綱 減少 星(1958) (フナムシ) 等脚目フナムシ科

Porcellio scaber 節足動物門甲殻綱 減少 Hughes(1967)

(ワラジムシ) 等脚目ワラジムシ科 減少* Hughes(2008)

Planaria dorotocephala 扁形動物門渦虫綱 なし Rice & Lawless(1957)

(プラナリアの一種) 三岐腸目 なし 川合・中島(2010)

Dugesia japonica 扁形動物門渦虫綱 減少 藤田(1966)

(ナミウズムシ) 三岐腸目

Tenebrio molitor 節足動物門昆虫綱 減少 Dingle(1964a) (チャイロコメノゴミムシダマシ) 鞘翅目ゴミムシダマシ科 Grosslight & Ticknor(1953)

Grosslight & Harrison(1961) Paramecium multimicronucleatum 原生動物門全毛綱 減少 Harvey & Bovell(2006)

(ゾウリムシの一種) 毛口目ゾウリムシ科 増加*

Dingle(1965) Paramecium caudatum 原生動物門全毛綱 減少 Harvey & Bovell(2006)

(ゾウリムシ) 毛口目ゾウリムシ科 増加*

Dingle(1965) 表注:*のついたものは,開放面での転向角度を見た実験を指す。

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(Table 3)。ここで,Fの回数が増えるとは同方 向への強制転向回数が増すことを指す。つまり,右 へ1回だけ曲がった場合よりも,右右右…と数回曲 がったあとの方がより顕著な交替性転向反応(左へ 曲がる)を示す。このFの回数の効果は,プラナリ アでも報告されている(Rice & Lawless, 1957; Shinkman & Hertzler, 1964)。ただし,ゾウリム シを用いた研究ではこの効果の確認に失敗している (Lachman & Havlena, 1962;Lepley & Rice, 1952)。これらの相違が種差によるものか,実験条 件の違いによるものかは明らかとなっていない。 4-4.強制転向の角度  強制転向点において曲がる角度が急であればある ほど,交替性転向反応が強く現れる(Table 4)。 例えば,Fの角度を0°(直線)から90°(直角)ま で段階的に変化させると,角度が増すに従って交替 性転向反応の出現率が増す(星,1958)。星(1958) は一連の実験から,交替性転向反応は強制転向の際 に生じる左右の脚の作業量差が原因で起こるのでは ないかという仮説を立てた。同様の実験は,Beale & Webster(1971)によっても行われ,これが根 拠の一つとなり Hughes(1985)によって新しい仮 説が立てられた。無脊椎動物の交替性転向反応のメ カニズムを説明するものとしては,Hughes(1985) の理論を含めて主に3つある。次に交替性転向反応 を起こすと考えられている主なメカニズムについて 述べる。 Table 3. 強制転向の回数の増加が交替性転向反応の増減に与える効果 種 分類 交替反応 著者(年) Armadillidium vulgare 節足動物門甲殻綱 増加 渡辺・岩田(1956) (オカダンゴムシ) 等脚目ダンゴムシ科 岩田・渡辺(1957b) 川合・中島(2010) Porcellio scaber 節足動物門甲殻綱 増加 Hughes(1967)

(ワラジムシ) 等脚目ワラジムシ科

Porcellio scaber 節足動物門甲殻綱 増加* Hughes(1985)

(ワラジムシ) 等脚目ワラジムシ科

Planaria dorotocephala 扁形動物門渦虫綱 増加 Rice & Lawless(1957)

(プラナリアの一種) 三岐腸目

Dugesia tigrina 扁形動物門渦虫綱 増加 Shinkman & Hertzler(1964)

(アメリカナミウズムシ) 三岐腸目

Tenebrio molitor 節足動物門昆虫綱 増加 Grosslight & Ticknor(1953) (チャイロコメノゴミムシダマシ) 鞘翅目ゴミムシダマシ科

Paramecium multimicronucleatum 原生動物門全毛綱 なし Lepley & Rice(1952)

(ゾウリムシの一種) 毛口目ゾウリムシ科

Paramecium caudatum 原生動物門全毛綱 なし Lachman & Havlena(1962)

(ゾウリムシ) 毛口目ゾウリムシ科 表注:*のついたものは,開放面での転向角度を見た実験を指す。 Table 4. 強制転向の角度の増加が交替性転向反応の増減に与える効果 種 分類 交替反応 著者(年) Armadillidium vulgare 節足動物門甲殻綱 増加* Kupfermann(1966) (オカダンゴムシ) 等脚目ダンゴムシ科 増加 川合・中島(2010) Megaligia exatica 節足動物門甲殻綱 増加 星(1958) (フナムシ) 等脚目フナムシ科 Porcellio scaber 節足動物門甲殻綱 増加* Hughes(1985) (ワラジムシ) 等脚目ワラジムシ科

Leptocoris trivittatus 節足動物門昆虫綱 増加 Dingle(1964b)

(カメムシの一種) 半翅目

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5.交替性転向反応のメカニズム

 交替性転向反応が心理学の研究に用いられた理由 の一つは,被験体の迷路内での行動が Hull(1943) の反応制止の理論と適合すると考えられたからであっ た(Lepley & Rice, 1952;Thompson, 1949)。 上述したが,反応制止とは動物がある反応を起こし たときには,その結果としてその反応を抑制するよ うな作用が生じることを指す(Hull, 1943)。この 反応制止は,起こす反応の数が増えるほど強くなり, 時間の経過に伴って減衰していくものである(Hull, 1943)。一方,交替性転向反応は,ある反応(右に 曲がる)をすると次にはその反応が抑制される(し たがって,左に曲がる)現象である。また,反応の 回数が増えるとその反応が繰り返される可能性が低 くなる。つまり,繰り返し右に曲がったあとでは左 に転向する確率が増す(Table 3)。また,反応を してから時間が経つと抑制が弱まる。つまり,F-C 間距離が長くなると交替性転向反応が弱まる(Table 2)。このように,交替性転向反応は反応制止の理論 によってかなりうまく説明できる。以上の観察結果 から,反応制止と交替性転向反応の関係が多くの研 究 で 取 り 上 げ ら れ た(Grosslight & Harrison, 1961;Grosslight & Ticknor, 1953;Lachman & Havlena, 1962;Lepley & Rice, 1952;Sachs, Klopfer, & Morrow, 1965;Thompson, 1949; 渡辺・岩田,1956)。しかし,反応制止では説明しき れない現象が多く見られるのも事実である。例えば, ゾウリムシではFの回数が増えても交替性転向反応 に は 影 響 が な い(Lachman & Havlena, 1962; Lepley & Rice, 1952)。また,Dingle(1964a,1964b, 1965)は S-F 間距離が増すと交替性転向反応が強 く現れるという結果を得ている。これらは反応制止 のメカニズムでは説明できない。  交替性転向反応を説明する他のメカニズムとして は走触性(thigmotaxis)がある(Iwahara, 1963; 岩田・渡辺,1957b,1957c,1957d)。例えば,オ カダンゴムシのようなワラジムシ目の動物では,迷 路内で通路の一方の壁との接触を保ったまま前進す る傾向が非常に強い。また,壁のない分岐点にさし かかった場合には今まで接触していた壁側の方向に 向かって斜めに移動する傾向がある。その結果,今 度は前とは逆側の体が壁に接触する。ダンゴムシは その壁との接触を保って前進するため,次の分岐点 では,またもその接触していた壁側に曲がることと なる。したがって,交替性転向反応とは以上の過程 の繰り返しに過ぎないとも考えられる。Iwahara (1963)の実験3では,強制転向点を持たないT字 迷路を用いて,交替性転向反応における走触性の影 響が調べられた。この実験では,T字迷路の通路の 中央に金属製の平板が壁面と平行に設置された。通 路の両端の幅は8㎜で,平板の置かれた中央部は18 ㎜であった。つまり,被験体は分岐点に達するまで に,通路の中央でわずかな左右選択を強いられた。 平板を通過した時点での被験体の左右選択にバイア スは見られなかったが,分岐点での転向方向は平板 通過時の選択の影響を受けた。すなわち,平板の左 側を走行した(左側の壁と接触する)個体は分岐点 で左側に,平板の右側を走行した(右側の壁と接触 する)個体は分岐点で右側に曲がる傾向が顕著に見 られた。この結果から,分岐点における被験体の転 向方向は,直前まで接触していた壁面の影響を強く 受けるということが示された。しかしながら,ハエ トリグモの一種を用いた研究では,触覚手がかりを 最小化するために迷路を水で囲むことで壁面が除去 されたが,その場合でも交替性転向反応が確認され た(Taylor, 1995)。迷路の壁面を取り除いても交 替性転向反応に影響がないとする報告は,オカダン ゴムシを用いた研究でも存在する(Kupfermann, 1966)。そのため,交替性転向反応のメカニズムを 走触性のみで説明できるわけではない。  現在最も主流な仮説は,左右の脚の作業量差に焦 点を当てたものである(Beale & Webstar, 1971; 星,1958;Hughes, 1985,1989,2008)。この考え 方は,日本の研究では星(1958)が最も早く報告し た。この研究では,Fig. 3 に示したような移動す るベルトを用いてフナムシの脚の作業量と交替性転 向反応の関係が調べられた。星(1958)は強制転向 時の角度が増すほど交替性転向反応が顕著に現れる ことから(Table 4),ある角度を曲がるときに必 Figure 3. 星(1958)の研究で用いられた迷路の概略図。 ベルトコンベアの左(BL)の回転数が変えられるように なっている。

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然的に生じる左右の脚の作業量の相違が,この反応 の生起にとって重要であると考えた。Fig. 3 に示 したT字路の左側の底(BL)は紙を表面にはった ベルトで,モーターによって種々の速度で移動する ようになっている。右側の底(BR)は左側と同じ く紙製であるが動かないベルトである。この上をフ ナムシが歩くとき,左脚が BL 上に,右脚が BR 上 に乗る。ベルトが移動したときに進行中のフナムシ の向きが左右にぶれないように迷路の幅はフナムシ の体に合わせてあった。BL をフナムシの進行方向 と逆方向に移動させたときは,フナムシの左脚が右 脚に比べて作業量が大きくなる。実験の結果,BL をフナムシの進行方向と逆方向に2.0㎝/sec で移動 させたときは69%の個体が,3.6㎝/sec のときは 83%の個体が,6.7㎝/sec のときは88%の個体が「左」 に転向した。よって,交替性転向反応は,左右の脚 の作業量差に起因する現象であることが示された。 星(1958)はこの結果から,フナムシは左右の脚の 作業量(もしくは疲労度)を平均化するべく転向し て い る と 考 え た。こ れ と 同 様 の 実 験 は Beale & Webster(1971)によっても行なわれ,結論は星 (1958)と同じであった。  これらの結果を踏まえ,Hughes(1985)は脚の 作業量のような自己受容的(proprioceptive)な フィードバックが交替性転向反応の主要因であると 考え,bilaterally asymmetrical leg movements (BALM)という仮説を提唱した(ただし,Beale & Webstar(1971)と Hughes(1985)の論文では, 星(1958)の研究は引用されていない)。BALM に よって交替性転向反応を説明すると以下のようにな る。強制転向点において被験体がある方向,例えば 右に曲がるとき,外側の脚(左脚)がより多く使わ れる。そして次の転向の場面では,強制転向点で比 較的使われていなかった側の脚(右脚)がより活動 性を上げる。その結果,被験体は交替性に転向する と考える。Hughes(1985)はこの仮説から以下の 2点が予測できるとした。すなわち,被験体が強制 転向点で曲がったあと,体の向きが外向きに偏る, または体が外側の壁に接近するという予測である。 しかし,この二つは走触性によっても予測可能であ る。そこで Hughes(1985)は以下のような実験を 行うことで走触性よりも BALM の方が説明として 優れていることを示した。  この実験ではワラジムシに同方向の強制転向を三 度させたあと,逆方向への強制転向を一度させ,選 択点での転向方向を観察した。選択点には自由に転 向が可能な開放面を使用した。例えば,被験体が左・ 左・左と三度強制転向したあと,右に一度だけ曲が り,選択点に向かったとしよう。もし走触性が原因 で交替性転向反応が起こるのであれば,被験体は最 後の右強制転向のあと左側の壁に沿うようにして進 み,選択点では「左」側に偏った転向を示すはずで ある。一方 BALM では,三度の左への強制転向によっ て生じた左右の脚の作業量差は,一度の右への強制 転向では相殺できないと考える。すなわち,被験体 は何度も左に曲がって右脚を過剰に使用している。 そこで最後に一度だけ右に曲がったとしても左右の 脚の作業量差は依然として均衡に達しないため,結 果として選択点では「右」側に偏った転向を示すと 予測する。実験の結果,後者の予測が正しいことが 証明された。したがって,Hughes(1985)は壁へ の接触がある限りは走触性の効果は無視できないと しながらも,交替性転向反応の主要因は BALM メ カニズムであると結論づけた。現在,ワラジムシ目 の動物に関しては,この仮説が広く受け入れられて いる(右田・森山,2005;Moriyama, 1999;森山・ Riabov・右田,2005;Hughes, 1987,1989,2008; 小野,2004;小野・高木,2006;Taylor, 1995)。 6.問題点と今後の展望  BALM 仮説は,現在のところ,ワラジムシ目を 中心とした無脊椎動物における交替性転向反応の主 要メカニズムであると捉えられている。しかし,こ の仮説は脚を持たない生物における交替性転向反応 を全く説明できないばかりか,S-F 間距離の効果 を示した Dingle(1964a,1964b,1965)の結果を 説明することもできない。もちろん,Hughes(1967, 1985,2008)の研究はワラジムシを用いたものであ り,Dingle(1964a,1964b,1965)の研究では主に 昆虫類が用いられている。そのため,ワラジムシ類 の動物と他の昆虫類とで見られる交替性転向反応に はそれぞれ異なるメカニズムが寄与している可能性 がある(Kupfermann, 1966)。しかし,それを決定 するには更なる研究が必要である(Hughes, 1985)。  また,交替性転向反応の研究は使用される被験体 が多様であるばかりでなく,実験デザインの統一に ほとんど注意が払われておらず(Harvey & Bovell, 2006),同一種内の実験であっても実験環境が異な ることが多い。例えば,Lepley & Rice(1952)は ゾウリムシ(Paramecium multimicronucleatum) に1回または2回の一定方向への強制転向をさせ る実験を行ったところ,この種に交替性転向反応が 認 め ら れ る こ と を 報 告 し た。し か し,Lachman & Havlena(1962)が 種 の 異 な る ゾ ウ リ ム シ (Paramecium caudatum)を用いて1回から9回 まで同方向への強制転向をさせる実験を行ったとこ ろ,交替性転向反応はほとんど観察されなかった。 この結果を単に交替性転向反応に関して矛盾する結

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果 が 得 ら れ た と 考 え る こ と も で き る(Lester, 1968)。しかし,Lepley & Rice(1952)が選択点 にT字を用いたのに対し,Lachman & Havlena (1962)はY字であった。また,Lepley & Rice(1952)

の 実 験 で は 迷 路 の 幅 が 0.05㎜ 程 度 で あ っ た が, Lachman & Havlena(1962)の用いた迷路では およそ1.6㎜であった。迷路の幅が広すぎると,通 路というよりはむしろ空間となるという指摘がある (Harvey & Bovell, 2006)。そこで,Harvey & Bovell(2006)は,両方の種を同じ実験環境でテス トすることによって,両種の交替性転向反応に差が 見られるかを検討した。この実験では,2種類の迷 路の幅(0.5㎜および1.5㎜)と2種類の通路長(3 ㎜および6㎜)が用いられた。迷路は,T字の分岐 点と右への強制転向点を持つものであった。また, 統制条件としてT字迷路が用いられた。実験の結果, 統制条件ではT字の分岐点において左右の選択バイ アスは見られなかったが,通路長が3㎜で強制転向 点を持つ迷路の条件では両種ともに有意な個体数が 分岐点で左に転向した(したがって,両種とも交替 性転向反応が示された。ただし,Harvey & Bovell (2006)はこの反応傾向に対し SAB という言葉を 使用している。だが,Hughes(1989)の区分に従 えば,この場合は交替性転向反応と呼ぶほうが好ま しい)。この傾向に種差は見られなかったため, Lepley & Rice(1952 )と Lachman & Havlena (1962)における結果の違いは実験装置の違いから 生じたものであったことが確認された。つまり,こ のことは交替性転向反応の実験を行う際に実験環境 が非常に重要な意味を持つことを示している。した がって,多くの研究を詳細な検討なしに同列に論じ ることは大変危険である。例えば,交替性転向反応 の研究では選択点がT字になっているものであれ開 放面になっているものであれ,全て同じ現象を扱っ て い る と い う 前 提 で あ る が( 例 え ば,Hughes, 1985,1987,1989),この前提は Harvey & Bovell (2006)の結果を踏まえた上で更なる検討を加える 必要があろう。  この点に考慮し川合・中島(2010)の研究では, オカダンゴムシを用いて,同一の実験デザインで Table 1~4 に示した4つの要因を検討した。この 研究では選択点にT字が用いられたが,結果はほぼ すべての条件でワラジムシ目の動物を被験体として 用いた先行研究と一致するものであった。しかし, 強制転向点から選択点までの距離(F-C 間距離) の増加により交替性転向反応の出現が減少すること が確認された。この結果は,被験体は同じオカダン ゴ ム シ で あ る が,選 択 点 に 開 放 面 を 用 い た Kupfermann(1966)の結果と一致しなかった。 Kupfermann(1966)の実験では,F-C 間距離の 操作は選択点における被験体の転向角度に影響を与 えなかった。ところが,ワラジムシを用いた Hughes (2008)の実験では,F-C 間距離の延長により転 向角度が減少する(すなわち,交替性転向反応が弱 まる)ことが示された。これらの研究間の矛盾は, Kupfermann(1966)の結果に疑問を投げかける ものであると同時に,特定の種においては,選択点 がT字か開放面かで交替性転向反応の現れ方が異な るという可能性を示唆している。  近年,オカダンゴムシにおける交替性転向反応は, この動物の状況認識能力や意思決定能力の検討に用い られている(右田・森山,2005;Moriyama, 1999; 森山・Riabov・右田,2005)。例えば,Moriyama (1999)の研究では,オカダンゴムシが交替性転向反 応の頻度を自律的に調節している可能性が示唆され ている。また,右田・森山(2005)は,交替性転向 反応の数理モデル化も試みている。彼らの研究では, 水に囲まれたオープンフィールドにおけるオカダン ゴムシの行動を BALM 仮説に基づく交替性転向反 応によって説明している。しかし,開けた空間にお ける動物の反応と,従来,交替性転向反応の研究で 用いられてきた迷路内での反応を同列に扱うことに は慎重さを要する。もちろん,ワラジムシ目の動物 に お け る 交 替 性 転 向 反 応 の メ カ ニ ズ ム は,主 に BALMによって説明可能であるとはいえ,それだけ がこの反応の原因であるとは言い切れない(Hughes, 1989)。BALM 仮説を直接検討した研究は少なく, 実験デザインの統一等,再検討の余地がある。また, 様々な種の無脊椎動物が示す交替性転向反応のメカ ニズムを包括的に説明できる仮説の検討も必要であ ろう。今後の展望として,限定された種を用いての 精緻化された実験が行われることを望むと同時に, 他の単細胞生物などでの検証が行われ,この興味深 い現象の統一的な理解が進展することを希望する。 謝辞  本論文は,2009年度関西学院大学文学部卒業論文 「オカダンゴムシの交替性転向反応~迷路の諸要因 の検討~」の一部に改稿を加えたものである。論文 の執筆に際しては,関西学院大学文学部教授の中島 定彦先生よりご指導いただきました。また,査読者 の方々には,論点に関して的確なご指摘を頂きまし た。ここに感謝致します。

引 用 文 献

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