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地域振興のための簿記の役割(4) ―農家・農業法人のモデル分類を中心に―

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<研究ノート>

地域振興のための簿記の役割(4)

―農家・農業法人のモデル分類を中心に―

戸 田 龍 介

1.はじめに

2.モデル1農家の実務例 ―沖縄さとうきび農家の調査―

3.モデル2農家の支援例 ―JAおきなわによる支援例―

4.モデル3農業法人の制度 ―農業生産法人について―

5.農業に対する課税問題 6.農業における原価計算問題

7.農業における簿記教育問題 ―農業高校における簿記教育および簿記教科書について―

8.従来の農業簿記の批判的検討

9.モデル3農業法人の可能性 ―複式簿記の真の活用に向けて―

10.おわりに

1.はじめに

2011年3月11日東日本大震災が発生し,東北地方を中心に未曾有の災害がもたらされた。そ れ以前から地域経済の振興の必要性は叫ばれていたが,今や地域の復興まで視野に入れた地域振 興は,全国民にとっての喫緊の課題として急浮上している。疲弊した地域経済の振興・復興のた めに,現在何が最も必要なのであろうか。日本簿記学会により2010年度から新メンバーによる 設立を認められた簿記実務研究部会(課題「地域振興のための簿記の役割 ―農業・地場産業を 対象として―」,部会長:戸田龍介)では,それは農業を中心とした第1次産業の発展であろう と考えた1)。つまり,地域に根差した農業等は,「逃げない」産業(日本経済新聞社[2011]52 頁,野村アグリプランニング&アドバイザリー社長・西沢隆氏発言)であり,当該第1次産業の 活性化こそ地域振興の鍵となり得ると考えたのである。しかしながら,特に日本の農業について は,環太平洋経済連携協定(TPP)への参加検討の議論の中で明らかになっているように,その 非活性化・非効率性が指摘されているのが現状である。

ただし,日本の農業を効率的にしようという試みが無かったわけでは決してない。過去営々と して,都道府県の農業改良普及員や農協の営農指導員による指導や各種の研修会によって,農業 の効率化は試みられてきた。これらの中には,複式簿記に基づく簿記会計,いわゆる農業簿記の 指導も含まれていた。さらに,農業高校および農業大学校における農業簿記教育の実践も行われ

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てきた。また理論においても,大槻正男氏の発案による京大式農業簿記等の注目に値する研究も あった2)。しかしそれでもなお,これらの例にもかかわらず,農業簿記は日本の農業の効率的経 営に役立ってきたとは言い難いのではと思われる。

なぜ,これまでの農業簿記は,その研究の蓄積と農家への指導体制にもかかわらず,農業の効 率的経営に寄与してきたと言い切ることが難しいのであろうか。我々はこの疑問に答えるべく,

これまで行われてきた農業簿記について,その教育・実務・理論の各側面から新たな視点により 見直してみた。見直す際に行ったのが,分析の対象となる農業者のモデル分けである3)。まず,

現在の日本において圧倒的多数を占める小規模兼業農家を「モデル1農家」,ついで,営利的か つ自立的思考を有し農業経営を効率的に行おうとする農家を「モデル2農家」,最後に,農工商 の連携4)により農業の産業化5)を目指す大規模農業法人を「モデル3農業法人」とした。これら のモデル分類は,決して段階的なものではないし,すべての農業者を網羅しているわけではない が,農業を対象とする簿記の役割を考える上で必要だと考えられる。

以下,上記モデル分けに基づき各種の検討を加える。各種の検討に際しては,簿記実務研究部 会のメンバーが共同で著し2011年度日本簿記学会全国大会(法政大学)において発表・配布し た『地域振興のための簿記の役割―農業・地場産業を対象として―〈中間報告〉』(以下,『中間 報告』とする)から要約引用を行う。なお,当部会は,佐藤信彦氏(明治大学)および浦崎直浩 氏(近畿大学)の発案と人材集めに大きく起因しており,お二人には『中間報告』にそれぞれ

「はじめに―中間報告における報告要旨―」および「おわりに―中間報告のむすびと最終報告に 向けて―」を寄稿頂いている。『中間報告』において最も重要な結論は,モデル3農業法人こそ 地域振興の核となり得,しかもそこでこそ複式簿記が真に必要とされると考えられることであ る。

2.モデル1農家の実務例

―沖縄さとうきび農家の調査―

モデル1農家の調査については,鵜池幸雄氏(沖縄国際大学)が担当し,『中間報告』に「農 業における簿記記帳の実態の検討―畜産産業における記帳事例の検討―」と題した論文を掲載し ている。ここでは,鵜池論文の概要を要約する。鵜池氏は,モデル1農家として,沖縄の小規模 さとうきび農家を選択し,直接インタビューを行っている。当該インタビューより明らかになっ た問題点として,以下の点を指摘している。まず,棚卸計算(肥料など)の計算を行わない場合 もあり,実数把握のための記録意識が希薄である。また,支払額,収入額は伝票などの帳票に記 録・記帳はされないが,年末に申告会場で税額を計算してもらうため保管されることも確認され ている。つまり,データの保管自体はされていても,それは確定申告のためであり,記録・分析 のためではない。さらに,コストと利益の関係把握意識が希薄である。これは,生産物(さとう きび)を引渡す相手先,時期が特定されており,販売先,価格に選択の余地がないためである。

このコストと利益の関係把握意識の希薄さは,多額の補助金もその一因であることが併せて指摘

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されている。

鵜池氏は続いて,沖縄の固有種であるあぐー豚畜産農家に対してもインタビューを行ってい る。インタビュー先の畜産農家は,自立して利益の向上を目指すモデル2農家と見なせるとのこ とである。このモデル2農家に属する,あぐー豚畜産農家へのインタビューより明らかになった 点が以下の諸点である。まず,見積りによるコストを基本とした管理を行っている点であり,こ れは,市場において,生産物の販売価格をコスト(見積)と比較し,売却か否かを選択するため であるとされる。さらに,従業員のコスト意識を高め,生産性を上げるよう改善する意識を有し ている点である。これらの点が,規則的記録データに基づいたコスト管理意識に繋がっている。

もちろん,コスト管理が事後的・単発的であったり,固定費の配分はあまり考慮されていないた め,個別生産物(1頭)あたりの生産費把握が不十分であったりするという問題は散見されると いう。しかしながら,我々が注目するのは,モデル1さとうきび農家に対して,モデル2あぐー 豚畜産農家は,コスト把握の必要性から規則的記録を重視している点である。鵜池氏の調査か ら,規則的記録記帳のインセンティブはモデル1農家には乏しいのに対して,モデル2農家には 大いに存在することが明らかになったと考えられる。

3.モデル2農家の支援例

―JAおきなわによる支援例―

モデル2農家の調査については,さらに仲尾次洋子氏(名桜大学)が担当し,『中間報告』に

「JAおきなわによる新たな農家経営支援の取り組み」と題した論文を掲載している。仲尾次氏に よれば,JAおきなわが従来の営農指導とは異なる新たな農家経営支援を行う必要性に迫られた のは,1993年のウリミバエの根絶からである。ウリミバエの根絶以前の沖縄では,さとうきび や加工用パイナップルのように買い上げ価格等が一定の作物が農業の主力であったのに対して,

ウリミバエ根絶以後,マンゴーやゴーヤを県外出荷できるようになり,多様な農作物が栽培可能 となった。これに伴い,農家は何を,いつ,どのくらい栽培するかという新しい視点が求められ るようになり,このため新たな農家経営支援がJAにも求められることになったということであ る。

仲尾次氏の調査によると,農家経営支援の目的は,上述のような環境変化に対応して,個別・

具体的な経営支援を通じて意欲ある農業の担い手の育成と,農家経営の改善・安定を図ることで あるとされる。また,農家経営支援の意義としては,組合員に対する簿記普及運動を起点とし,

最終的には経営コンサルティングを目指す総合的な農家経営支援を行うこととされている。ただ しそれらは,最終的にはJA事業基礎の強化,経営の健全化・安定化を図ることに結び付いてい ることは注意を要しよう。農家経営支援のこれまでの経緯と今後の計画としては,(1)農業簿記 記帳支援・確定申告支援期(2007〜2009年度),(2)データ蓄積と経営分析・診断方法の確立期

(2010〜2012年度),(3)経営コンサルタントの確立と総合支援事業期(2013〜2015年度),(4)

担い手と農家の経営安定とJA基盤の強化・再生期(2016年度〜),ということである。今後の

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検討課題としては,従来行われてきた営農指導の中の簿記指導と総合的な経営支援における簿記 指導との相違点が不明確な点,支援対象別(兼業・専業・農業法人)の支援内容が不明確な点,

当該プログラムを推進するJA職員の育成プログラムの点等が指摘されている。

我々の考えによれば,仲尾次氏が指摘する新たな農家経営支援の問題点の根底には,JAおき なわ自身による対象となる農家の絞り込みの不十分さがあるように考えられる。当論稿の設定に 引きつけて言えば,モデル1農家とモデル2農家のどちらを対象とするのかという問題である。

どのような農作物を,いつ,どのくらい栽培し,いくらで,誰に販売するのかという,言わば マーケティングの視点が必要なのは,利益獲得を独立して目指すモデル2農家であることは明ら かである。JAおきなわによる新たな農家経営支援の取り組みは現在壁に当たっているようだ が,経営支援すべき農家の絞り込み,つまり対象設定に問題の一因があるのではないだろうか。

さらに,たとえモデル2農家に支援対象を絞り込んだとしても,営農指導時代と同様の複式簿記 をそのまま教授する意味が本当にあるのだろうか。JAによる新たな農家支援における最大の問 題は,仲尾次氏も指摘するように,農家経営支援における簿記の役割が不明確な点にあると思わ れる。

4.モデル3農業法人の制度

―農業生産法人について―

モデル3農業法人に関する,特に制度についての調査は,金子友裕氏(岩手県立大学)が担当 し,『中間報告』に「農業を取り巻く制度の概要」と題した論文を掲載している。金子氏によれ ば,農業の生産性を高めるため等の理由により農家が集まって組織化することがあるが,組織化 には,農業生産法人に代表されるような法人化がまず考えられる。ただし,登記を行う場合を前 提とすれば,より正確には,有限責任事業組合(LLP),中間法人(農事組合法人),会社等が考 えられることになる。このうち,農事組合法人については,特に税務の面において農業特有のも のであるため,さらに詳細に検討されている。農事組合法人は,農業生産についての協業を図る ことにより,組合員の共同の利益を増進することを目的とし,①農業に係る共同利用施設の設置

(当該施設を利用して行う組合員の生産する物資の運搬,加工又は貯蔵の事業を含む。)又は農作 業の共同化に関する事業,②農業の経営(その行う農業に関連する事業であって農畜産物を原料 又は材料として使用する製造又は加工その他農林水産省令で定めるもの及び農業と併せ行う林業 の経営を含む。),③①及び②に附帯する事業を行うものであり,3人以上の農民の発起人により 設立することができる組織である とされている。農事組合法人を含む農業法人には,一般農業 法人や農業生産法人がある。この差異は,農地の取得の可否の差異であり,簿記や課税に差異は ない。農業生産法人には,農業組合法人と会社の形態がある。農業生産法人は,「認可や許可さ れるものではなく,農業生産法人たる要件を満たしていれば,その時点で農業生産法人として農 地を使って農業経営を行えるという状態のこと」と説明される。

ここで我々が特に農業生産法人に注目するのは,「農家は農業生産法人として,生産ばかりで

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なく,加工,流通,販売まで手を広げることができるようになり……そこには,今までにはない 新しい流れ」(全国農業経営コンサルタント協議会[1999]10頁)が生じているからである。つ まり,当論稿で言うモデル3農業法人こそ,生産,加工,流通,販売を通して,第6次産業とし て地域を振興させ,雇用を生み出す鍵となる可能性を秘めているのである。そもそも,「『家』単 位の農業では持続できないだろう。産業として成長するには法人化を選択肢とする必要がある」

(日本経済新聞社[2011]47頁,三菱総合研究所主任研究員・渋谷住男氏発言)のである。さら に複式簿記との関係では,モデル3農業法人は,法人化により帳簿作成が義務付けられることに なる。金子氏も指摘するように,組織的な農業により効率性の向上を図るのであれば,複式簿記 の役割は重要なものとなる。つまり,複式簿記が真に必要とされる条件が整うのは,モデル3農 業法人だと指摘することが可能である。

5.農業に対する課税問題

農業に対する課税問題,特にモデル1およびモデル2農家に対する課税問題については,引き 続き金子友裕氏(岩手県立大学)が担当し,「農業を取り巻く制度の概要」の中で併せて調査結 果を示している。ここでは,金子論文の概要を要約する。金子氏によれば,農業からの所得は基 本的に事業所得であり,したがって青色申告制度の対象となる。青色申告の記帳は,年末に貸借 対照表と損益計算書を作成することができるような正規の簿記(一般的には複式簿記)によるこ とが原則である。青色申告のメリットとして,最も特徴的なものが,青色申告特別控除(租税特 別措置法25条の2)である。これは,所得金額から,最高65万円または10万円を控除すると いう制度であるが,65万円を控除するためには,「(1)不動産所得又は事業所得を生ずべき事業 を営んでいること。(2)これらの所得に係る取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)に より記帳していること。(3)(2)の記帳に基づいて作成した貸借対照表及び損益計算書を確定申 告書に添付し,この控除の適用を受ける金額を記載して,法定申告期限内に提出すること」の要 件を満たすことが求められる。なお,現金主義を選択している人は,65万円の青色申告特別控 除を受けることはできない(最高10万円の控除となる)ため,複式簿記の帳簿を農家が作成す る大きな理由の一つとして,この65万円の控除制度の存在が考えられると金子氏は指摘してい る。他にも,青色申告のメリットとして,青色事業専従者給与の必要経費算入(所得税法57 条)や純損失の繰越控除(所得税法140条)等があげられる。これらの適用を受けるためにも,

年末に貸借対照表と損益計算書を作成することができる帳簿記入方法,つまり複式簿記が求めら れることになる。

我々にとって重要な点は,65万円の控除を受けるためには,正規の簿記の原則(複式簿記)

に従った帳簿が求められており,ここに個人の農家が複式簿記による帳簿作成を行う最大のイン センティブが存していることである。問題なのは,農業の発展ではなく税の控除が,特にモデル 1農家に対する複式簿記導入の最大のインセンティブになっている現状である。このような現状

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に対して,次のような批判的提案が行われている。「青色申告特別控除55万円(現在は65万 円―戸田)は複式簿記と貸借対照表に対してではなく,JAに入力してもらったのではない自前 のコンピューター原簿をそのまま報告する者に100万円の補!を出す。それは産業のインフラを 作り上げる努力に対する補!であって補助金ではない」(杉山[2008]109頁)。この批判は,税 の控除に偏った現行の複式簿記導入インセンティブに対する批判と捉えることも可能である。杉 山氏の上記批判は,翻ってモデル2農家にとっての規則的記録の重要性を指摘したものになって いる。杉山氏は次のようにも言う。「数値(会計)で経営の実際を見ないと,いつまで経っても どこを改善するべきなのかわからない。だから,絶対にデータを取らなければならないのであ る」(杉山[2011]43頁)。この言は,独立して利益を出そうとする農家(つまりモデル2農 家)にとって,規則的な記録をつけることがいかに重要かを指摘しているものとも考えられる。

規則的記録の重要性については,「野菜くらぶ」代表の澤浦彰治氏も,「駄農と篤農家の違いは日 記をつけるかどうか」「うまくいっている農家は日記をつけている」(澤浦[2010]170頁)と喝 破している。青色申告特別控除制度は,モデル1農家にも複式簿記に基づく記録を促す強力なイ ンセンティブであることは確かであるが,それが農業の真の発展に貢献しているのかについては 疑問を呈せざるを得ないのである。

6.農業における原価計算問題

農業における原価計算問題については,飛田努氏(熊本学園大学)が担当し,『中間報告』に

「農業における原価計算に関する予備的考察」と題した論文を掲載している。ここでは,飛田論 文の概要を要約する。飛田氏は,農業における原価計算の目的として,農作物1単位あたりの原 価を知ること,生産の能率測定の資料とすることと並んで,期間計算である簿記計算を正確に行 うための資料とすることをあげている。ただ,農業における原価計算は,工業における原価計算 と全く同じというわけにはいかないことも指摘している。これは例えば,家畜,永年植物等に関 連する農業特有の勘定科目が多く存することや,一口に農業といっても作物農業と家畜農業の相 違がある点等,農業特有の事情によっている。しかしながら,我々が注目するより重要な点は,

農業における原価計算は製造業の原価計算と比して大きくは変わらないという点である。これ は,費目別計算から部門別計算へ,さらには生産物別計算へという流れが同一であることからも 指摘できるとされる。「農業は意外と工業的な ノ ウ ハ ウ が 使 え る 要 素 が 多 い」(日 本 経 済 新 聞,2011.9.13.13面)のである。

農業における原価計算を調査した飛田氏の結論としては,レベル3農業法人こそ,厳格なコス ト管理の必要性が高まるというものである。飛田氏によると,レベル3農業法人と見なし得る農 業法人の形態については,株式会社(譲渡制限付き),合名会社,合資会社,合同会社,農事組 合法人があり,法人数として2009年時点の農業生産法人数は11,064社あるとのことである。農 業法人の損益計算書の経年変化を調査すると,生産原価率が高く,営業赤字になっており,した

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がって厳格なコスト管理がレベル3農業法人には必要だということになる。

ここで改めて,なぜモデル3農業法人において複式簿記に基づく原価管理が必要なのかを考え てみたい。農業会計と親和性が高い工業会計は,複式簿記と結びついて発展し精緻化されていっ たとされる。それは,複式簿記で製造工程における原価の流れを記録することにより,「原価計 算は簿記に新しい要素を導入した」(Littleton 1933, 320)と指摘されている通りである。工場の 帳簿と会計課の帳簿を有機的に連携することによって,工場での営みと商業での営みが総勘定元 帳により統括・一元化されたのである(工藤[2011]235頁)。農業の現場において,このよう に工業および商業と有機的に連携する必要性あるいは可能性があるのは,モデル3農業法人にお いてではないかと指摘できよう。つまり,複式簿記に基づく原価管理が真に必要とされるのは,

農業と工業と商業が連携することを指向するレベル3農業法人にとってであると指摘し得る。

7.農業における簿記教育問題

―農業高校における簿記教育および簿記教科書について―

農業における簿記教育問題については,成川正晃氏(高崎商科大学短期大学部)および工藤栄 一郎氏(熊本学園大学)が担当し,成川氏が「就業前簿記教育の実態把握―農業高校における簿 記教育―」と題した論文を,工藤氏が「明治初期における農業簿記教科書の登場とその社会的意 味」と題した論文をそれぞれ『中間報告』に掲載している。

まず,成川論文の概要を要約する。成川氏によると,現在,農業高校で使用されている教科書 のうち主に簿記を扱っているものは2つあり,1つは工藤賢資氏と新井肇氏との共著による『農 業会計』(1994年初版)であり,もう1つは七戸長生氏と工藤賢資氏との共著による『農業経 営』(2004年初版)である。両著とも,勘定科目において,「未販売農産物」や「育成家畜」と いった農業特有の勘定科目が散見されるという。しかしながら,重要な点は,両著とも基本的に 簿記の説明としては商業簿記をベースとして説明されていることである。例えば,前著は第2章 において「複式農業簿記」として簿記一巡の手続きが説明されており,基本的に簿記の説明とし ては商業簿記において説明されているところと何ら変わりはないことが成川氏により指摘されて いる。また,後著も,例題の設定が商店ではなく農業となっているが,勘定科目が商業簿記と異 なるというだけで,簿記の説明としては商業簿記と同様であることが指摘されている。以上のよ うな特徴に鑑み成川氏は,現在の農業簿記の説明はいわゆる商業簿記による説明と大きく変わる ところはなく,商業簿記同様複式簿記を前提としたものであると結論づけている。

さらに成川氏は,農業高校における簿記教育を取り巻く実態についても調査を行っている。調 査の結果,一部の学科やコースにおいて「農業経営」という科目のうちの一単元として農業簿記 が指導されるケースがあるものの,農業簿記を学習しないで卒業する生徒も多く,さらに農業簿 記ではなく商業簿記を学習するケースもあるとのことである。また,進路状況としては,就農者

(自営,雇用就農)はほとんどいないのが実情であるとのことである。つまり,残念ながら就農 前の簿記教育機関としては,農業高校はほとんど機能していないと言えることになる。そして,

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最も大きな問題として指摘できる点は,複式簿記に基づく農業簿記教育を,実際は農業者とはな らない者に施しているという点である。

成川氏の調査およびインタビューにより,上記以外の新たな事実も判明した。まず,指摘した ような複式簿記を前提とするような農業簿記教育は,1960年代からであるということである。

1950年代後半の農業簿記教育までは,単式簿記の教育も行われていたようである。成川氏の調 査した教科書のうち最も初期のものであり,磯辺秀俊氏による『農業経営』(1958〜1965年使 用)では,「農業簿記」の章において,単式簿記の教育も行われていた。そこでは,農家経済と 農業経営とを分け,農家経済簿記として単式簿記を,農業経営および協同組合運営については複 式簿記を教授していた。特徴的なのは,農家経済簿記(単式簿記)の記述にウエイトが置かれて いるという点である。

なぜ,1960年代から農業簿記は複式簿記を前提とした教育に変化していったのだろうか。こ れについては,成川氏が農業高校に直接インタビューした結果,ある事実が浮かび上がってい る。それは,1960年代から顕著になる過酷な偏差値競争に巻き込まれてしまった農業高校の現 実である。農業高校および農業高校生にとっての目標が,いつしか「農業」ではなく「大学進 学」となるにつれ,授業科目も勢い大学進学に有利なものが選択されるようになった。ここに,

日商検定のような大学進学のパスとして使い得るような商業簿記が好まれるようになり,当該商 業簿記が前提とする複式簿記が農業簿記の前提ともなる素地が出来上がってしまったようであ る。農業高校における農業簿記教育が,複式簿記を当然の前提としたり,農業簿記ではなく商業 簿記を教授したりしているのは,以上のような事情を背景としていることが成川氏のインタ ビューから明らかになった。

次いで農業における簿記教育問題については,工藤栄一郎氏が,日本における初めての農業簿 記教科書について論じている。工藤氏によると,日本最初の農業簿記教科書は前田貫一氏による

『農業簿記教授書』(1884年初版)であるとのことであり,明治初期の「簿記ブーム」のなか で,同著をはじめとした農業簿記教育がはじまるとのことである。同著の最大の特徴は,フォル サム簿記書の影響が大きいということである。つまり,農業簿記教科書は,その当初から複式簿 記を当然の前提としていたことになる。さらに工藤氏は,『農業簿記教授書』が農業に対する簿 記技術の浸透に貢献したのかどうかを考察している。考察方法としては,同書がどのような機関 で教育メディアとして使用されたかを調査している。工藤氏によれば,農業に携わる者が学ぶ教 育機関は,札幌農学校や各地の農業試験場に付設された講習所などの農業専門学校であるはずだ が,そこで使用された農業簿記教材は『農業簿記教授書』のような高度に学術的な内容のもので はないようである。同書を教材として使用した記録が確認されるものとして,簿記学専修館とい う民間立の簿記学校があげられている。そこでは多様な簿記が教授され,商業簿記・銀行簿記・

官用簿記・工業簿記,そして我々が注目する農業簿記も教授されていた。同校の教科課程による と,本科の履修期間は1年間であり,その間に上記5種類の簿記すべてがプログラムされてい

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る。つまり,このような簿記学校では,農業や工業に専従する者を対象にその経営管理技術とし て簿記を教授するのではなく,あらゆる種類の簿記を教え,まさに簿記のエキスパートを育成す ることがその教育目的であったと考えるべきであると工藤氏は結んでいる。

工藤氏の調査結果から判明した重要な点は,『農業簿記教授書』をはじめとする明治時代の農 業簿記教科書は,農学校のような農業実践準備段階ではなく,各種「簿記学校」において使用さ れていた点,および最初から複式簿記を前提としていた点である。つまり,農業簿記の知識は農 業教育においてではなく,簿記学校のような正規の学校制度の外側で行われた簿記教育の中で見 出されるにすぎず,しかもその農業簿記教育は農業との親和性を問われることなく複式簿記を前 提としていたことになる。わが国における農業簿記教育は,その導入当初から複式簿記を暗黙の うちに前提としており,かつそのような複式簿記を前提とした農業簿記を実際には農業に携わら ない者達へ教授していたという,いわば「ボタンの掛け違い」を永らく行ってきたのではないか と指摘できよう。

8.従来の農業簿記の批判的検討

従来の農業簿記の批判的検討については,戸田龍介(神奈川大学)が担当し,『中間報告』に

「従来の農業簿記の批判的検討―教育・実務・理論の各面より―」と題した論文を掲載してい る。既述の寄稿論文も指摘していたように,これまでの農業簿記の問題は,記録対象としての農 業の特性および多くの記録主体(モデル1農家)のおかれた環境との適合性ではなく,別な観点

(税控除,欧米崇拝・模倣,大学進学等)から「複式簿記」を全ての農業者モデルの基盤に据え てしまったことにあると考えられる。そもそも農業は,農業自体の特性を多く有している。例え ば,「因果関係の希薄な自然増加・自然減少の多さ」「外部取引の少なさ」「家業としての農業」

「金銭評価の困難なものの多さ」等である。これらはどれも,複式簿記と相性が悪いものばかり であるが,中でも極めつけは「金銭評価の困難なものの多さ」である。なぜなら,複式簿記適用 の大前提に金銭評価があるからである。例えば,土地の肥沃度は,農業の収穫高にとっては非常 に重要なので記録の対象としなければならないが,金銭評価および将来への貢献度が測定できる わけもなく,複式簿記のシステムに載せることなど現実的ではない。

さらに,農業と複式簿記の相性の悪さは,複式簿記が対象とする「取引」にもあると考えられ る。複式簿記が主に対象としてきた取引とは,日々生じる商品取引を中心としたものであり,そ れを名目勘定で捉えながら総体として利益額を確定させるものであったと考えられる6)。しかし ながら,農業における自然増価は,そのような取引とは異質なものである。つまり,特に小規模 兼業農家,本研究で言うモデル1農家においては,複式簿記が対象としてきたような「取引」は 殆ど生じないと考えられる7)

上記の「取引」の問題は,会計主体の問題とも考えられる。そもそも,日本に多く見られる小 規模兼業「農家」を,複式簿記に基づく会計を行わねばならないような会計主体と見てよいかと

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いう問題が存していたのではないだろうか。会計が当然の前提,いわゆる公準としてきた「家 計」と「経営」が分離した「会計主体」という考えは,実は通常の農家には当てはまらなかった のではないだろうか。さらに言えば,一言で「農家」と言っても,戦前の大規模専業農家と戦後 農地改革で大量に生まれた小規模兼業農家を,同一の会計主体と見なして良かったのかという問 題もあると思われる。

以上のように,農業はそもそも複式簿記と相性が悪いのであるが,さらに特にモデル1農家に とっては,複式簿記の前に記録自体へのインセンティブが欠如していたとも考えられる。それ は,次のような様々な問題点に起因していよう。例えば,「補助金」や「市場流通」8)によってコ ストを把握しようという関心が希薄になったり,農家でなく「農協」が記録主体となってしまっ ている問題があげられる9)。さらに,「反別課税」0)は,記録しないことへのインセンティブに なっている。その他にも,農業経営の効率化を目指すというより,転用益の期待を担った「農地 という資産維持のための農業」(渋谷[2010]128頁)という問題や,食糧管理法(現在は食糧 法)や減反政策に代表される国家政策問題とも絡みながら,特にモデル1農家から農業に関する 記録をとるインセンティブを奪っていったと考えられる。農業はそもそも複式簿記と相性が悪い 上,さらに上記で指摘したような要因が加わり,特にモデル1農家が農業に関する記録をとるこ と,ましてやその記録を複式簿記でとることに強い拒絶反応を生み出していったと考えられるの である。最後に従来の農業簿記最大の問題点をまとめると,全てのモデル(1,2,3)の農家・

農業法人さらには農業者にならぬ者にまで,「複式簿記」が必要という前提を置いてきたことだ と考えられるのである。

9.モデル3農業法人の可能性

―複式簿記の真の活用に向けて―

以上のような批判的考察により,我々は一つの結論に到達した。農業簿記の研究,発展,普及 にかけてきた先人の叡智と努力にもかかわらず,農業簿記が日本の農業の経営効率化に大きく寄 与してきたと言い切れない理由は,これまでの農業簿記が暗黙裏に前提としてきた「複式簿記」

にあるのではないか。複式簿記は,外部との「取引」が頻繁に生じていること,記帳主体が「家 計」から独立していること,およびその教授において「資本」概念が確立されていることと並ん で,対象を貨幣額で統一的に評価できることが適用の前提条件となっている。戦後農地改革後に 生じ現在でもその構成比率において多数を占める小規模兼業農家(モデル1農家)にとって,複 式簿記は本当に必要だったのだろうか。

さらに言えば,農協のような既存の団体には頼らず,自ら価格決定権を持ちながら利益を追求 するような農家(モデル2農家)においても,複式簿記は必要不可欠な記録形式なのだろうか。

当該モデル2農家にとって必要なのは,モデル1農家とは異なり農業に関する記録であることは 論を俟たないが,その記録が規則的・統一的に行われ,農業経営を効率的に行うために他の規則 的記録と比較・分析されることが肝要なのである。つまり,モデル2農家が自ら農業経営を効率

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的に行おうとすれば,まず必要なのは「複式簿記」というより,農業に関する規則的・統一的な 記録なのではないだろうか。換言すると,モデル2農家のように農家経営の効率化を図ろうとす るなら,まず必要なのは,複式簿記により導出される財務諸表や青色申告書よりも,農地台帳や 農業に関する補助簿への記入,あるいは土地の肥沃度や農薬管理を含めた作業手順についての秩 序ある記録ではないかと思われるのである。「経験」や「記憶」に基づく「勘」ではなく,「規則 的記録」に基づく「経営」こそ,経営効率の改善を目指そうとするモデル2農家に求められてい るものではないだろうか。次の表は,以上の考えを,「規則的記録」と「複式簿記」の違いを明 確に示した上で一覧にしたものである。

上表のように「規則的記録」と「複式簿記」の関係を明確に区分すると,効率的経営・管理を 自らが目指すモデル2農家にとって必要なのは,まず農業に関する記録をとること,さらにはそ の記録を規則的・統一的に行うこと,つまり「規則的記録」であることが分かる。これらの記録 をいきなり「複式簿記」で行うことは,ただ「難しい」からというだけでなく,経営改善意欲の ある農家・農業従事者に対して,真に必要な情報を提供する機会を阻害してしまう可能性もあ る。その意味で,現在効率的経営を目指す農業従事者(「モデル2農家」)にとって真に必要とさ れているのは,農業に関する規則的記録であるということになろう。言うまでもないが,その規 則的記録は複式簿記に基づく必要はないのである。

ここから指摘できる点は,難しいが基礎的な条件が整っていればその有効性を発揮できる複式 簿記は,そもそも記録へのインセンティブが働いていない「モデル1農家」だけでなく,「モデ ル2農家」にとっても必要不可欠なものではなかったのかもしれないということである。既述の ように,「モデル2農家」にとって真に必要なのは複式簿記より先に規則的記録だと考えられる からである。対して複式簿記が真に必要なのは,農工商の連携により農業の産業化を目指す大規 模農業法人である「モデル3農業法人」なのだと考えられる。取引の二元記録を全て統一的貨幣 額で行う特殊な記録形式である複式簿記は,農工商の連携を目指し,出資・分配が必要な大規模 農業法人たる「モデル3農業法人」にこそ真に必要とされるものである。これからの地域振興を 担うと期待される,農工商の連携により農業の産業化を目指すモデル3農業法人にとって,複式

規則的記録 複式簿記

(主たる)対象 面積,数量,等級等 外部との「取引」

測定 対象に応じた尺度による 金銭による一元評価

総計・連係 目指さない。連続記録の変化により分析

を行う 行うことが前提

資本 土地資本,実在勘定 貸方としての資本,名目勘定

(あるべき)会計主体

(効率的経営・管理を目指す)農業従事者 全般

……モデル2農家

農工商の連携を目指し,出資・分配が必 要な大規模農業法人

……モデル3農業法人 農業を対象とした記録形式

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簿記は必要不可欠なものとなるはずである。一定の規模のモデル3農業法人は,複式簿記がその 対象としてきたような,資金調達,雇用,利益分配といった多様な外部との「取引」を行う経営 主体である。したがって,産業化・効率化を追求する大規模農業法人たるモデル3農業法人にこ そ,「規則的記録」だけでなく「複式簿記」が真に必要なのだと思われる。つまり,実は今こ そ,複式簿記に基づく農業簿記が必要とされる時代が初めて来たとも考えられるのである。

0.おわりに

以上が中間報告の段階における我々の結論であるが,我々の最終目標は,農業・地場産業を対 象として,地域振興のために簿記がどのような役割を果たし得るかということを調査・報告する ことである。長い歴史と研究の蓄積のあるこれまでの農業簿記が,その役割を果たしてきたのな ら,あるいは今後果たし得るならば,我々はそのサーベイあるいは適用可能性の議論に終始すれ ば良いことになる。しかしながら,これまでの農業簿記を再検討する中で,問題点が多く浮かび 上がってきた。最も大きな問題は,おしなべて全ての農業者モデル(モデル1農家,モデル2農 家,モデル3農業法人)において,すべからく複式簿記は必要であり,当然の前提であるという 思考枠組である。これに対して,当中間報告では,農業自体が複式簿記による記録に馴染みにく い上,モデル1農家にはそもそも記録自体のインセンティブが働きづらいことを指摘した。さら に,モデル2農家だからといって複式簿記が即・絶対に必要というわけではなく,まずは農業に 関する規則的記録こそが経営効率を上げるために必要ではないかということを指摘した。そして 改めて,複式簿記が必要不可欠なのは,農工商の連携により農業の産業化を目指すモデル3農業 法人であることを指摘したのである。モデル3農業法人こそ,複式簿記適用の基礎的条件が整 い,かつ複式簿記による管理・報告が真に必要とされる会計主体である。そして,当実務研究部 会の研究において何より重要なことは,モデル3農業法人こそ,地域振興の最大の担い手と期待 される会計主体であることである。

最終報告に向けての我々の課題は,成功した農工商連携事業体(農業ビジネス事業体,モデル 3農業法人)における複式簿記活用事例の紹介と,それらを通じたモデル3農業法人にとっての 複式簿記適用モデルの提示である。さらに,効率的経営を目指すモデル2農家にとっての,規則 的記録モデルの調査・分析も行いたい。加えて,農業のみならず,林業あるいは漁業についての 調査・分析を行い,これら第1次産業を核にした「第6次産業」が地域経済を振興・復興させる 可能性がある場合,簿記がどのような役割を果たし得るのかについて考察し,報告したいと考え ている。

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1)地域振興のための「農」の役割の重要性については,以下の言を参照のこと。「地域産業は『農』や

『食』が新たなテーマとして台頭してきた。製造業など地域を支えてきた既存産業が縮小する中で,新た な価値観を形成する産業が新しい形の『農』であることの意味を立ち止まって考えるべきであろう。私た ちは,地域産業の大きな変革期の中にいるのである」(関・松永[2009]241頁)。

2)大槻簿記(京大式農家経済簿記)の特徴は,「財産台帳による財産純増加額と現金現物日記帳による農家 経済余剰とが等しくなるような決算と,小規模経営農家の実情に鑑みて,家計に関する支出(家計支出)

と農業経営に関する支出(所得的支出・財産的支出)を分けずに共に記帳する」(戸田[2011(a)]46 頁)点である。大槻氏の貢献は,「複式記入にあくまでもこだわりながら,農業特有の事情に配慮しよう とした点」(同47頁)にあると考えられる。大槻簿記の詳細については,大槻[1990](名著集)を参照 のこと。

3)農業者のレベル分けについては,神奈川大学経済学部の岡村勝義教授より有益な示唆を頂いた。記して 感謝申し上げたい。

4)現在多く使用されている用語としては,「農工商連携」ではなく「農商工連携」であるが,当論稿では生 産・加工・販売をイメージしやすい「農工商連携」という言葉を敢えて用いている。農商工連携という用 語は,2008年に施行された農商工等連携法によったものである。なお同法は,経済産業省と農林水産省 の連携によっている。さらに戸田[2011(b)]では,農工商連携事業体と地方銀行を中心とした農業 ファンドの関わりまでを考察対象としている。

5)日本の農業を,「(第一次)産業」と見なせるかどうかについては,以下の言を参照のこと。「日本は長 く,農業を産業として育ててきませんでした。ここでいう産業とは,製造者が価格決定権を持ち,商品開 発をし,利益を出すという社会的責任を持つことです」(日本経済新聞社[2011]50頁,みずほの村市場 運営者・長谷川久夫氏発言)。「産業」であるためには価格決定権を持つことが必須であるが,現在の農産 物の価格決定権は農業業界にはないようである。これについては,次を参照のこと。「農業業界が零細の 集まりであるところの大きな弊害の一つが,流通業者とのパワーバランスの偏りであることは前に述べ た。大手流通業者(スーパー)に対して,生産者であるところの農業業界は,非常に弱い立場にある。流 通業者が価格決定権を一方的に把握しているのだ。何度でも言うが,『農産物の値段は,スーパーの言い なり』である」(鈴木[2011]91頁)。

6)名目勘定の成立,さらにはその記入規則の教授において,大きな位置を占めるのが「資本」概念の成立 である。我々が当然と考える貸方側における名目勘定としての「資本」概念の確立なくして,収益・費用 のような名目勘定の記入規則を教授するのは困難である。『国富論』に比肩する歴史的名著とされる『合 理的農業の原理(Grundsätze der rationellen Landwirtschaft)』(1809―1812)を著したアルブレヒト・テー

ア(Albrecht Daniel Thaer)も,この難題に直面した。テーアの時代において,資本とは土地資本を意味

し実在勘定と捉えることが当然であった。これに対し,実在勘定と記入規則が逆になる名目勘定を説明す るためには,貸方名目勘定としての新たな「資本」概念の確立が必要だった。詳細については戸田[2011

(c)]を参照のこと。

7)これについて,稲葉は次のように言っている。「家計をともにする家族間の金銭のやりとりにも,『取 引』の条件が乏しい。『取引』がなければ仕訳も不可能である。(中略)このように個人経営と法人経営は その外観に相違がないようにみえたとしても,『取引』の認識,すなわち簿記上のコストの把握の仕方に は全く異なったものがある。農業会計学はどちらの経営組織を研究の対象にするのか。このことが明確に 区分されていない」(稲葉[2000]167頁)。

8)市場流通については,次の言を参照のこと。「……,農業には『市場流通』と呼ばれる,自分は営業せず に全部を市場に出す売り方があります。この売り方だと市場に値段づけを含めて100% マーケットに委ね る契約となります。農協が買ってくれるわけではなく,あくまで市場にもっていってくれるだけの委託販 売です。営業努力をして顧客や販路を開拓しなくても,標準的な価格で買い取ってもらえるので,消費者 と無理に顔を合わせる必要がありません。市場流通は農家にとっては非常に都合のよい販売方法です。そ

(14)

して誰にでもできる都合のいい方法なだけに,儲けも出ません」(浅川・飯田[2011]116頁)。

9)農家ではなく農協が記録・記帳する主体になっていたのではないかということについては,次の言を参 照されたい。「片手間にしか農業をしないため時間的余裕のない兼業農家は,経済事業等と金融事業の両 方に関して,農協に圧倒的に依存している。必要な資金は農協が貸してくれるし,資材の購入や農産物の 販売もすべて信用事業の口座で決済できる。したがって,サラリーマンでもある農家は,農協に頼り,農 協任せにしておけば,彼らの農家としての地位は守られ,営農を継続できる。このため,農協は,農業地 域の預金の大半を持ち,地元の農民の資産状況,家族構成,家族の職業等について詳しい情報を持ってお り,農民への貸付に関して圧倒的な優位を持っている。農協が経済事業等と金融事業を兼業できること が,この状況をつくり出すのに大きな貢献をしているといえよう」(八田・高田[2010]16頁)。 10)反別課税とその問題点については,次の言を参照のこと。「たとえば,ある地域で,どの作物を何aつ

くれば所得はいくらであるという,反別課税がされてきたとします。ここには会計の入り込む余地があり ません。この場合,帳簿を作成する必要がないのです。反別課税の場合は,課税の基準よりも多く所得を 上げている人にとって,帳簿があっては不利になります。(中略)反別課税の代表的なものが米価です。

昭和56年まで,米の価格は10年ごとに倍々になっていました。だから,米をつくっても売ることを考え る必要はありませんでした。ただよい品質の米を生産すればよかったのです。生産すれば,年末に米価が 政治的に決着して,所得は確定する。誰がすき好んで,難しくてややこしい帳簿を作成する必要があるで しょうか」(全国農業経営コンサルタント協議会[1999]20頁)。

参考文献

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アルブレヒト・テーア(Albrecht Daniel Thaer)著,相川哲夫訳『合理的農業の原理(Grundsätze der ra- tionellen Landwirtschaft,1809―1812)(上巻)』第1刷,農山漁村文化協会(農文協),2007年。

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澤浦彰治著『農業で利益を出し続ける7つのルール―家族農業を安定経営に変えたベンチャー百姓に学ぶ』

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渋谷住男著『戦略的農業経営』2刷,日本経済新聞出版社,2010年。

杉山経昌著『農で起業する! 脱サラ農業のススメ』20刷,築地書館,2008年。

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鈴木誠著『りんご1つにあと20円多く払えば,東北の農業は復興できる』第1刷,講談社,2011年。

関満博・松永桂子編著『農商工連携の地域ブランド戦略』初版第1刷,新評論,2009年。

(15)

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――――稿「地域振興のための簿記の役割(2)―農業における資金調達の視点を中心に―」『商経論叢(神 奈川大学経済学会)』第46巻第4号,2011年(b)。

――――稿「地域振興のための簿記の役割(3)―従来の農業簿記の批判的検討を中心に―」『商経論叢(神 奈川大学経済学会)』第47巻第1号,2011年(c)。

――――稿「従来の農業簿記の批判的検討―教育・実務・理論の各面より―」『地域振興のための簿記の役 割―農業・地場産業を対象として―(日本簿記学会・簿記実務研究部会〈中間報告〉』,2011年。

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仲尾次洋子稿「JAおきなわによる新たな農家経営支援の取り組み」『地域振興のための簿記の役割―農業・

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農業・地場産業を対象として―(日本簿記学会・簿記実務研究部会〈中間報告〉』,2011年。

日本経済新聞2011年9月13日(朝刊)。

日本経済新聞社編『ニッポンの「農力」 強い現場が育む豊かさと未来』1版1刷,日本経済新聞出版 社,2011年。

日本簿記学会・簿記実務研究部会編『地域振興のための簿記の役割―農業・地場産業を対象として―〈中間 報告〉』,2011年。

八田達夫・高田眞著『日本の農林水産業』1版1刷,日本経済新聞出版社,2010年。

松田藤四郎・稲本志良編著『農業会計の新展開』,農林統計協会,2000年。

当研究ノートを含む一連の研究に対して,科学研究費補助金(基盤研究(c),課題番号23530601)を受 けている。

参照

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