県史 資料編 古代2 出土文字資料』 : 歴史考古学 の立場から
著者 荒木 志伸
出版者 法政大学史学会
雑誌名 法政史学
巻 71
ページ 107‑111
発行年 2009‑03‑24
URL http://hdl.handle.net/10114/10893
青森県県史編ざん古代部会編 二目森県史資料編古代2 出土文字資料』 l歴史考古学の立場からl
荒木志伸 書評と紹介
圧巻の労作である。待望の「青森県史資料編古代2出土文字資料」が、遂に世に出た。その刺激的な内容と充実度に、頁をめくるたび研究への熱い気持ちが込み上げて来るのを実感するのは評者だけではあるまい。膨大な時間と作業時間をかけ、出版までに瀬ぎ蒜けた青森以山編さん古代部会の労苦がしのばれる。部会関係者各位、関係各喋の担当者の方々に最大限の敬意を表したい。本件は東北地方及び北海道・新潟を網羅するという壮大なスケールを有する。Ⅲ時に、川北文字資料に関心を持つすべての人びとがその恩恵を最大限に享受できるよう、意欲的かつ細やかな配慮に満ちた方針によって編集されている。出土文字資料は考古学や古代史分野に留まらず、近年では地理学や民俗学といった隣接分野からも注目を浴びている。また、地
書評と紹介 域史解明の重要な素材であることは一一一一口うまでもない。しかし、基本的には考古学的な調査によって発兄されるため、その情報が公表されるのは膨大に刊行される発掘調査報告書上である。それらは、残念ながら誰もが容易に人千・閲覧できる状況にはないという現実がある。どのような学問領域であろうと対象となる資料を地道に集成し、分析していくことから第一歩がはじまる。実はこうした点で、初歩段階で出土文字資料研究にはハードルが存在するのである。その問題点を、本譜のような集成資料は劇的に解消してくれる。それのみならず、|冊のなかで異なる地域の資料を押し並べて閲覧することが可能になるという大きなメリットをはじめとして、我々が受ける恩恵は、計り知れないものがある。以下、その内容について紹介してみたい。
本井は、次のような構成となっている。序論l編集にあたって’第I部青森以川士文字資料第Ⅱ部古代北方地域出士文字資料「墨書・刻書t器二、文字凡第Ⅲ部古代北方地域出土文字資料(二)|、木簡二、漆紙文書第Ⅳ部古代北方史関係金石文巻末遺跡索引、添付CDIROM 二一
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序論では、近年の出土文字資料研究の状況や北方史におけるその位置づけを踏まえた指針が、本書担当古代部会長の小口雅史氏によって述べられている。これは、研究者のみならず出土文字資料に初めて触れる一般読肴にとっても必読である。膨大な情報趾を有する出士文字資料は、特にモノとしての情報を掲載しようとした場合、紙上に掲載できる内容には当然制約が課されるのであり、本書においてもそれは同様である。閲覧する側は、情報のなかで何が取捨選択され、かつどのようなコンセプトに基づき掲載されているのか見極め、使川せねばならない。集成資料は至便かつ有益だが、それのみで止まってはならないことは言うまでもない。本件の取り扱い説明詩とも言うべきこの序論を熟知し、各個人が自身にとっての研究課題と十分対照しながら情報に向かう姿勢が求められる。第1部は、青森県の出t文字資料集成である。W頭で県全体の文字資料の様机がまとめられている。また、別頂を設けて、北東化最大級の生産拠点である五所川原須恵器窯の概要について記されている。墨書・刻書土器については、遺跡別に文字内容、墨書・刻書などの記銘方法、器種、時期、出土遺構が基本データとして掲載され、備考欄に硯の痕跡等の所見が付される。遺跡に関して知く一行で立地、時代等の特徴が簡潔に記されており、t地勘の無い者にもイメージが湧きやすい工夫がなされている。また、図版の頁番芳や出典が簡便に引けるようになっており、雄終的に出典、のちに現物資料を確認する作業にたどり着くまでの労力が軽減されるような配慮がなされている。 法政史学第七十一号
第Ⅱ部は、北海道、岩手県、宮城県、秋川県、山形県、禍島県、新潟県の七道県の出土文字資料の概要、各遺跡の集成とその出典が記されている。第1部と統一された基準により、構成されている。ここでは蝿升・刻書土器のみならず、背森以では現在のところ出土事例がない文字瓦についても対象とした。その結采、出土の有無によっても、青森県の特徴や地域差を鮮明にすることに成功している。第Ⅲ部では、古代北方地域関係資料(ごとして、漆紙文書、木簡資料が収録されている。各道映の様相や特徴の解説に加え、特に釈文と解説部分は詳細である。釈文は従来の解釈を改めているものもある。現実的にはさまざまな要Nから難しいⅣ検討作業に意欲的に取り組み、単調な集成作業にとどまらないその姿勢は大きく評価されるべきであろう。第Ⅳ部は、陸奥・出羽国に関する金石文と古印の集成である。木造仏像の胎内蝿什銘や棟札、経塚や碑文などが対象となっている。佃士砧ではないが北方古代社会を探る上で重要な資料が収録されていることは嬉しい限りである。付録のCDlROMには、墨普・刻書土器のEXCEL形式の表と、作成された記号や文字を収録している。これらを活用することによって、個々のニーズに即した検索や分析が可能となった。また、木簡・漆紙文書・金石文については、PDF形式の阿像が収録されている。 一○八
次に、本書に触れて、評者が関心を持った点について述べておきたい。本書の最大の成果は、統一基準で広大な範囲を対象とし、その出土文字資料を網羅し尽した点にある。また、考占学の立場からすると、その際に必ず問題となる用語の統一を成し遂げている点で、実に阿期的である。器質、器形をめぐる川語についての問題は大きく、かつ複雑である。また、研究者の主義主張を背景とする相違や各地域で旧慣となっている研究史上無視できない問題も絡むため、非常に困難を伴う。かつ、対象範囲が広くなればなるほど当然困難さも増幅し、実際には各地域での表現方法に準拠する結果となることがほとんどである。例えば、初めて当該地域の資料に触れる者や、古代を専門としない考古学関係者が戸惑うのではないかと思われる器種表現に「赤褐色土器」「須恵系土器」「赤焼土器」がある。これらは、考古学以外の分野の者には、ほぼ理解不能だろう□たとえば本書はこうした問題に対し、製作工程(焼成方法)からシンプルに区別して表記を統一する。内面(内外両面のものも含む)を黒色処理して酸化炎焼成したものを「土師器」、還元炎焼成したものを「須恵器」とした。また、黒色処理をほどこさない酸化炎焼成のものは一括して「赤焼」としている。「赤褐色土器」「須恵系土器」「赤焼土器」はすべて「赤焼」となる。こうした統一基準についての方針は他の項目についても一貫し
書評と紹介 ている。文字の記銘部位・方向、出士遺構の表現、釈文の表記についても同一の基準が設定された。編集部を中心として、おそらくは集成作業を進めるなかで、並行して基準要綱の擦り合わせのための討論の場が承れられたであろうことは想像に難くない。また、広大な地域を対象とした結果、青森県の特性がより明瞭に表れたのではなかろうか。まず、青森県は全体的な傾向として、五所川原窯跡群の存在もあり圧倒的に刻書土器の出土量が多いことがわかる。また、墨書・刻害北器は、青森以外の東北各県や新潟県では、城柵官衙遺跡やその周辺を中心として、奈良時代以降連綿として出土し一○世紀前後を境に消滅していくが、青森県では九世紀以降出現し一○世紀に入る資料も大変多いことが特徴としてうかがえる。ところで、刻書土器は墨書土器に比して依然として研究が立ち遅れている分野である。生産段階で文字や記号が記されることから、墨書土器とは異なる観点での分析も必要である。それらは生産体制と非常に密接な関係性がうかがえ、消費地からのリクエストにより注文生産された場合等もあろう。そうした点で、青森県のこの状況は生産地と消費地の双方の様相が判明し、多様な視点から比較検討のできる稀な地域といえる。本書の集成をもとにして、文字面の検討も然ることながら産地川定や製作技法といった考古学的な検討結果とも相まった刻筈土器の研究に期待したいし、その結果判明する地域間交流の実態や技術的系譜の問題は、列島的な視野を有して編集された本書が本来意図したところでもあろう。
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また、様々な出土文字資料が一堂に会したことからも地域的な特徴が明らかになるものだと改めて感心した。例えば文字瓦の頁を捲ってみると地域的な差異が明らかである。陸奥側では宮城・福島県の多くの遺跡から、七~八世紀段階から検出されているが、むしろ九世紀段階になると、一気に減少する。そして、多賀城跡周辺の山王遺跡や夏井廃寺跡で一定員継続的に見られるほかは、僅かに現段階で岩手県唯一の事例である胆沢城で三点ばかり確認できるのみである。一方、出羽側ではその気候的側面も影響して瓦自体の出土量が少ないこともあるが、秋田県で秋田城とその関連遺跡、山形県で城輪柵跡とその供給窯から出土するだけである。また、八世紀段階には全く兄られない。なお、佐渡では国分寺関連遺跡から出土しており、一線を川する様相を呈している。官衙研究において、陸奥側では郡家遺跡をはじめとして顕著に遺構面からの分析が進み、多数の遺跡が検出されているのに比して出羽側は依然として不明な点も多い。評者は個人的に官衙の形態に差異が存在した可能性を想定していたが、それが遺物面でも明らかになったことになる。また、瓦は寺院からも多数出土するが、特に出羽国内や陸奥北半では仏教関係の施設の様机が未だ不明である。しかし「怖」「寺」といった鶚書・刻書土器は出土する。墨書・刻書土器や文字瓦は、文字数が少ないが、こうした広域的な視点から、資料の性格も超え総合的に解釈することによって、さまざまな情報を私達に提供してくれるのである。 法政史学第七十一号
以上のように、本書の有益さに関しては紙面が幾らあっても足りないのであるが、贄沢な期待を込めて多少気付いた点について指摘しておきたい。まず、本書に収録されている資料は平成十六(二○○四)年度までに刊行された遺物である。しかし、その後も発掘調査は各地でおこなわれ、資料も蓄積している。たとえば山形県でも、東北中央道、Ⅱ本海東北自動車道関連の遺跡調査報告書が順次刊行され、その数は千点を優に超えている。そのフォローを単独の自治体に任せきりにすることは事実上不可能である。こうした問題は、どこのⅢ治体の編さん事業においても問題になることである。作業が継続していけるような何らかの形や、情報の受皿となる機能を創出することが課題となっている。Web上に情報を追加したり、それが可能になるような方法を模索していかねばならないだろう。こうした問題は、本書の恩恵を受けた我々が能動的な姿勢でもって、自らの問題として受け止めねばならない。また、本書に収録された資料の図面はすべて掲載されているわけではなく、編さん部会で重要と判断された主要なものに特化されている。対象とする地域に関して、無論、すべてを掲載することは紙幅の都合からして不可能であるが、CDlROM中に紙上に掲載できない判読が難しい字形やトピックとなるような資料についてはより多くの情報を盛り込んでほしかった。EXCELの
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表上に文字内容などを入れ込む際にはそれを最大限活字等で入れこむことが要求されてしまうため、その多様な字体は排除されてしまう。同じ文字を多数の人間が記したとしても、表土ではそれを表現することはできないのが現実である。また、文字内容は、解読にあたったものの主観やその時の研究の進展状況によってその内容は大きく左右される。読肴がより多様な解釈をする機会を増やすためにも、すべての地域は無剛であってもせめて灯森県だけでも、画像が収録されていればと忠う。図伽は3次元の遺物を、いわば記け化するようにして限られた平面により多くの考古学的情報を盛り込むようにして作成されている。研究者間によって相違のある土器の年代観や特徴をさぐる上でも、実測図は第一歩となる資料である。実は、筆者も同様の課題に接した経験がある。二○○二年より五カ年間、三上喜孝氏、吉田歓氏と共に世話人となり、東北文字資料研究会を開催した。山形、秋田、岩手において地元研究者からの協力のもと遺物に即した研究会を行った。その折に刊行した研究会資料集に「○○年刊行の報告書に記載された出化文字資料」と題し、東北地方各地の報併書に掲紋された出土文字資料を集成している。ただ、単年度に限った集成であっても、やはり紙伽の都合と経済的制約もあり全遺物の掲載は様々な制約があって不可能であった。そこで、すべての遺跡について、必ず遺物図版を数点掲載した。出土点数が多い遺跡では頁数を増やし、それでも対応できない部分では図面は研究者が関心を持つ割合が多い資料をセレクトするなどして視覚的に情報を盛り込む試みをおこなった。無論、当然そこには
書評と紹介 主観的操作が入りこむ。しかし、それでも結果的には好評(特に考古学方面から)であった。こちらが想定した以上に、それぞれの研究者は、個々に異なる関心で図面から様々な情報を読み取っていたのである。また、個人的には人面墨書t器は対象外となっている点も少し惜しまれた。人面製普化器は収北地力、特に樹城以に集中して川北することが知られている。近年の研究では、r川南氏によって多賀城周辺を発信源として他地域に伝播した税も展開されている。律令制没透過秘とその行餓のみならず、雌産や技術をキーワードに、さまざまな遺物で多様な交流の在り方が考古学分野で検討されつつあるなか、集成対象に含まれなかったことは、多少残念であった。しかし、これら指摘した点を鑑みてもあまりある本書の圧倒的な学術上の意義に、改めて我々は真塾にその意味を受け止め、十菫分にⅢ噸し、個々の研究の益とせねばならない。飛躍的に東北古代史研究が進展する大きな契機が肋れたことは間違いないのである。(一一○○八年三川刊A4判八○○口+CD一枚捌布価格I九八○円青森県)[付記]本稿は、当初は本誌前号掲赦の文献史学の立場からの三上喜孝氏の書評と合体させる予定であったが、評者の都合により改めて単独のものになった。脚ぴ機会を与えて頂いた本誌編集部に、この場をお借りして感謝申し上げたい。