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反トラストポピュリズムに関する覚え書き

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反トラストポピュリズムに関する覚え書き

著者 川? 昇

出版者 法学志林協会

雑誌名 法学志林

巻 116

号 2・3

ページ 105‑126

発行年 2019‑02‑22

URL http://doi.org/10.15002/00023113

(2)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一〇五

反トラストポピュリズムに関する覚え書き

川   濵     昇 第一章   はじめに

  反エスタブリッシュメントを標榜する大衆扇動的な指導者による政治運動、ポピュリズム

)(

が近年世界的に台頭して

きている。極度の不寛容や排外主義的傾向などその病理現象の解明と対処方法の検討は世界的な問題となっている

)(

  ところで、わが国独禁法の母法である米国反トラスト法ではそのポピュリズム的傾向がかねてから話題となってき

た。時には幾分肯定的なニュアンスをもって

)(

、多くの場合では反トラスト法の克服すべき不合理な側面としてそれが

語られてきた。反トラスト法におけるポピュリズムはポピュリズムという言葉の語源ともなった人民党(

populist

の思想ないし傾向に由来しているとされている。ポピュリスト(人民党

)(

)に対しては毀誉褒貶

)(

があるが、反トラスト

ポピュリズムは一九八〇年代以降はネガティブな意味のレッテルとして使われてきたことは否定できない。

  ポピュリズムの時代における反トラストポピュリズムはどのように評価されているのか。実は、ひところポピュリ

スト的とされていた主張が反トラスト法において再び脚光を浴びている。経済における集中が成果の悪化をもたらし

(3)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一〇六ているのではないかという集中への懸念、さらにそれが経済的な格差・不平等につながっているという懸念、デジタ

ルプラットフォーマーなどの巨大企業の巨大な独占力それ自体への懸念、巨大な経済力が経済的成果だけではなくそ

の政治的な力ゆえに弊害をもたらすのではないかという問題などが急速に注目を集めている。久しぶりに反トラスト

法が米国で政治的に重要なテーマとなっている。

  これに対してこの傾向をポピュリズム的として反トラスト法に無関係なものとして峻拒する立場も反トラスト法専

門家には根強いようである。それらの論者の中にはこのような問題意識を抱くこと自体を否定する向きも見受けられる。また、これらの問題は確かに存在するとしつつ、これを反トラスト法の守備範囲ではないとする論者もいる。

  ポピュリズム的という表現は十分に吟味された上で用いられているのではなく、いわば否定的なレッテルとして利

用されているだけのようである。端的に言えば、巨大なものを悪いという先入観やそれに依拠した反トラスト法の積

極運用を志向する傾向が大衆的に支持されていること自体を忌避するためにこの表現が用いられているようである。

  米国の現状はそれ自体興味深いものである。しかし、本稿ではその問題とはひとまず距離を置く。我々が反トラス

ト法を理解するにはその特殊な歴史的経緯を知る必要がある。わが国では反トラスト法におけるポピュリズムとされ

てきた傾向については基本的な事実も知らず単に不合理なものという印象を持つ向きも多いように思われる。あるい

はかつてはよく知られていた事実が忘却されていることもしばしば見られる。本稿では見落とされてきたあるいは忘

却された反トラストポピュリズムについてのいくつかの事実と論点を確認する。いわば反トラストポピュリズムについての覚え書きである

)(

(4)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一〇七

第二章   何が反トラスト法においてポピュリズムと呼ばれているのか。

  反トラスト法の文献においてポピュリズムという言葉はしばしば見られるが、明確な定義はない。ポピュリスト

(人民党)と共同戦線を張ったポピュリズムのヒーローであるW・J・ブライアンの「私的な独占を良い独占と悪い

独占に区別することはできない。私的な良い独占など存在しない

)(

。」という言葉に代表される強い反独占、反大企業

のスタンスに対するレッテルとして用いられている

)(

。反大企業のスタンスと相補的なものとして、中小企業の保護を

反トラスト法の課題とする立場

)(

にも条件反射的にこのレッテルが貼られる。

  強い反独占のスタンスの根拠を、反トラストの目的に換骨奪胎して、経済的目的以外の反トラストの目的をポピュ

リズムと表現することも多い。このような形で反トラストポピュリズムを表現した代表格は、一九七八年のアリーダとターナーの体系書第一巻である。そこでは、「反トラスト政策の主要な目的は、企業が競争的に行動するように促

すことにより、他方企業が内部もしくは共同して生み出した生産上の効率性や新プロセス、あらたな又は改善された

商品を生み出すイノベーションから生じるあらゆる経済性を利用することを許容しつつ、消費者の厚生を最大化する

ことにある」としつつ、これとは異なったポピュリスト的目的として⑴富の分散、⑵事業の規模や経済的政治的な力

の限定、⑶企業家の機会の拡大、⑷取引相手を搾取したり強制したりする経済的権力を市場の非人格的な力にとって

かえることなどを挙げる。要するに、反トラストの経済的目的以外の社会的・政治的目的をすべてポピュリスト的と

呼ぶわけである。同書では、これらの目的がしばしば経済的目的と両立することには言及しているが、これを反トラ

スト解釈において関連する目的として取り上げることを拒絶するのである。伝統的なハーバード学派の反トラスト政

策ではこれらの目的も反トラストの目的に挙げられていたが、その法律家代表が効率性にコミットしたことは

)(1

、ハー

(5)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一〇八バードとシカゴの対立が経済学的な側面に限定されることを意味する

)((

。今日の米国の反トラスト専門家の多くは、反

トラストをいわば応用ミクロの一分野と見る傾向がある

)(1

。そのような立場からは非経済的な側面は不合理で反トラス

トに関連性を持たないということになる。非経済的な目的それ自体が素人の誤った信念にもとづく不合理なものであ

るとしてポピュリズムのレッテルを貼ることが一般化したのかもしれない。

  効率性以外の価値を強調する有力な論者であるE・フォックスは、ポピュリストという言葉が現在においては大企

業をアトム化することを欲する人々というネガティブな含意をもって用いられるようになったとし、その上で「特定の反トラスト原則をポピュリストとして非難する者は藁人形を設けているに過ぎない」と批判する

)(1

。また、歴史的に

存在したポピュリスト(人民党)は巨大企業への敵意をあらわにしたことは確かであるが、その綱領には反トラスト

法に相当するものはなく、むしろ直接的統制を志向するものであったこともよく知られている。

  反トラスト法において経済的な目的とは異なった社会的・政治的な目的がどのような意味を持つのかはシカゴ学派

の影響が強くなった一九七〇年代末から活発に議論されており、なお論争は継続している。もっとも、裁判所の法的

基準がもっぱら経済的な観点のものになったことは否定できない。論争の主たる点は、効率性か本来の意味における

消費者厚生か、あるいは消費者の選択をも含めて考えるかである

)(1

。もっとも、後者の観点をポピュリストと呼ぶ論者

もいる

)(1

  このような議論は効率性一元論を促進するためのレトリックに過ぎないと見ることもできる。米国では最高裁が消費者厚生基準を語り出してから

)(1

、非経済的目的を語ること自体を不合理と感じる向きにはそれらを一括してポピュリ

ズムと呼ぶのに抵抗はないのかもしれない。しかし、そもそも消費者厚生の内容をどう捉えるかについても争いがあ

り、その捉え方いかんによっては目的をより広くとることもあり得ないではない

)(1

。第六章で紹介するように現在米国

(6)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一〇九 で大きな問題となっているのはそのような問題である。非経済的目的を語ることは、独占的大企業を既存のエスタブリッシュメントとして見る立場であり、許容しがたいポピュリズムだというレッテルを張る前に、その歴史的意義を確認することが賢明なように思われる。以下ではその検討を行う。

第三章   反トラスト運動と反トラスト執行─ホーフスタッターの展望

⑴   反トラスト運動から執行へ

  反トラストポピュリズムとされるものは、ポピュリスト達のセンチメント、巨大な企業による独占に対する懸念として歴史的に存在したものといえる。この懸念は独立した自営農民ら自営業者を中心とした経済秩序を好ましいもの

と考える郷愁的なセンチメントとともに巨大な集中が我々の社会を飲み込み支配するのではという政治的な恐怖心も

含むものである。多様な内容を持っており、それらの懸念がトータルとなって米国において反トラスト法として結実

したのである。

  この反トラストのアモルフな強い動きと反トラスト法の実際の動きとの関係は反トラストの歴史を考える上で重要

である。このようなアモルフな動きはポピュリストの運動に還元できるものではない。これは、本来の意味における

ポピュリストの綱領に反トラスト法がないということだけではない。先述したようにポピュリストという言葉が単な

るレッテル貼りに使われているのであるが、ポピュリストは歴史的にポピュリスト運動として存在していたものより

も広い意味で捉えるのが一般である。ポピュリストの固有の特性とされていた思想の中に、実はそれよりも広く共有

(7)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一一〇されていた思想的特性に過ぎないものもある。それを理解する手がかりとなるのが、ホーフスタッターが一九六四年

に公表した「反トラスト運動に何が起きたのか

)(1

」という論文である。ホーフスタッターは、多くの歴史家達が反トラ

スト法を反独占の運動とその挫折として描き出し、やがて運動としての側面が低下するとともにその関心を失わせて

きたことをまず指摘する。一九世紀後半に急速に巨大化した独占に対して大衆的な懸念が生まれ、反トラスト運動が

盛り上がり、蹉跌するというお話は次のように語られてきた。

  運動が活発だった一九世紀末頃から一九一四年頃まで(シャーマン法とクレイトン法の制定時期に対応)にまず、注目すると、シャーマン法制定から十年以上、シオドア・ルーズベルトが登場するまでトラスト規制としてはほとん

ど機能せず、一八九八年から一九〇四年まで巨大企業の結合は加速していった。シャーマン法はもっぱら組合潰しに

のみ機能した。「トラストバスター」ルーズベルトの時代も宣伝価値のある数少ない裁判事件で印象づけられただけ

であり、実際の事件はそれほど多くはない。実際、T・ルーズベルトは規制の行き過ぎを懸念していたのである

)(1

。ト

ラストへの大衆の懸念が再燃し反トラストが最大の争点となった一九一二年大統領選挙を経て成立したクレイトン法

の独占的行為規制は実効性を持たないまま一九二〇年代の企業合同ブームをもたらし、FTCはビジネスをコントロ

ールする委員会ではなくビジネスにコントロールされるものへと変質した。このようなストーリーに対して、ホーフ

スタッターは、一九五〇年代には、独占ないしビッグビジネスへの不信は大幅に低下し、アンチ大企業としての反ト

ラスト運動が見当たらなくなったとし、その衰退が確実になったことを付け加える。しかし反トラスト運動の時代には反トラスト法が執行されることが極めて乏しかったのに対して、反トラスト運動がなくなってから反トラスト法の

執行は活発化し、それゆえ大企業が常にその規制を意識しなければならない時代がやってきたことを指摘する。ホー

フスタッターが注目するのは、運動がなくなった時代に反トラスト法が現に執行され、企業にとって遵守が重要な意

(8)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一一一 味を持つ法律と考えられるようになったことである。反トラスト執行の状況は、専門的な知見がなければ理解できないこともあって、多くの歴史家は無視しがちだとしつつ、執行状況の的確な描写によって、反トラスト運動の衰退と反トラスト執行の活発化のコントラストを鮮やかなに描くホーフスタッターの論稿は反トラスト法研究者に強い印象を与えた。

⑵   反トラストの目的

  ホーフスタッターの運動と執行の対比は、ともすれば「運動」をポピュリズムと見る誤解を生む。実際これを受け

て、ポピュリズム対テクノクラシーと理解する向きもある

)11

。ポピュリストやその後のポピュリストの流れをくむと自

他ともに認める人々が独占に敵対的であったのは確かだが、彼が活写する運動はポピュリズム、革新主義にとどまらない広範な人々によって支持されたものである。一九世紀前半ではまだ巨大企業は萌芽段階であったが、反トラスト

法制定時における巨大企業と独占の出現は多くの人々にとってまだまだ全く見慣れないものであり、それは将来の脅

威として意識せざるを得ないものだった。反トラスト運動がもっとも活発だったのはシャーマン法制定の一八九〇年

からクレイトン法、FTC法制定の一九一四年までの、ポピュリズムから革新主義の時代であるが、これは、初めて

巨大な企業の急成長に直面した人々の独占に対する懸念が広がった時期である。巨大企業、独占に対する見方はそれ

を不可避とみる革新主義の立場とそれを懸念するポピュリストと二分される傾向があることは確かであるが、何らか

の対応が必要という点はコンセンサスがあった。反トラスト法制定にいたるまでのこの時期の反独占思想は三つの観

点に分類される。一つは経済的な観点であり、独占が効率性に反するか否かという問題である。第二は政治的意味で

巨大な独占は民主政治に対する脅威になるという視点である。第三は社会的意味、競争する機会の保証が社会にもた

(9)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一一二らす意義ということになる。

  シャーマン法制定に対しては反独占の大衆的なセンチメントをなだめるために超保守的な議会が制定した曖昧な立

法に過ぎないというシニカルな見方もあるが、上述の独占の脅威への対処が必要だと言うことは共通の理解であった

)1(

また、制定段階の目的として上述の経済的目的、政治的目的、社会的目的の三点が挙げられる。最近の法律家は、経

済的目的を中心にこの問題を眺め、効率性か、消費者厚生のいずれが立法者の意図だったかを問題にすることが多い

)11

しかし、そもそも効率性の実現という経済的目的について反トラストがそれを実現できるか否かについては懐疑的な見解が強かったことはよく知られている

)11

。トラストこそが効率性を促進するという理解はクレイトン法制定段階の進

歩主義の時代にはより強まった。経済的目的を根拠にした反トラストの主張は不確実なものと考えられていたのであ

)11

  政治的目的と社会的目的を根拠とする反トラスト論は経済的理由より明確であり、熱心に主張された

)11

。政治的目的

としては、独占的な経済力についてそれをチェックする機構が必要であり、そのための力の分散が重要だという主張

が中心となる。競争を維持することでそのような力をチェックし、経済力の保有者が政治プロセスにも影響すること

を懸念し地方の中小事業家を中心とする競争の維持が民主プロセスの担い手の確保でもあるとする立場である。

  社会的な側面としてホーフスタッターが挙げるのは心理的・道徳的なものでもあり、競争的な個人主義によって生

み出される特定のタイプの人格を重要視するというものである

)11

。これは、競争機会が開かれていることを前提に、その機会を追求することの内にあるものだとされる。中小企業の事業機会の確保を社会的側面において捉えるものと言

えよう

)11

  ホーフスタッターが反トラスト運動の目的としている非経済的目的は、現在ポピュリストとレッテルが貼られる非

(10)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一一三 経済的目的のリストと表現上若干の差違はあるが大むね一致するものである。これらの目的はポピュリストに固有のものと言うより、その当時のアメリカの信条(

Credence

)であったということが重要なのである。以下では政治的

な目的に焦点を合わせてそれがポピュリストにのみ限定されたものではないことを確認しよう。

⑶   共和主義と反トラスト

  政治的目的は今日では「ポピュリズム」とレッテルを貼られるが、ハーバード学派全盛期にはこれはジェファーソ

ン流民主主義と呼ばれていた。ケイゼンとターナーによるハーバード学派反トラストの金字塔とも言える著書は大企

業と経済的権力の抑制を反トラスト法の目的としつつ、それを以下のようなジェファーソン流民主主義に由来すると

述べている。すなわち、「企業は政治的に責任を負うことがないがゆえに、大きな権力を有する企業は危険であり」「独立した自営業者が政治的にも社会的にも権力を有することが民主主義の基礎となりうる。大企業の経営層に対抗

する独立した自営業者の権力を維持するか又は再確立されなければならない。」とし、さらに地域社会と離れた大企

業の権力が問題であることを指摘する

)11

。ジェファーソン流民主主義の概念自体時期に応じて変遷するが、より源流に

近い立場なら自営業者は自営農民であることが強調されるだろうし、それはポピュリストとのつながりを強調するこ

とになるかもしれない

)11

。しかし、それは一面的な見方である。ここでの問題は独占的大企業が他の者を従属的な立場

に追いやることが民主制にとっての脅威であり、従属的な立場に立たない独立した自営業者こそが民主制にとって重

要であるという基本認識である。これがいくつかの下位の目的を説明するものとなる。たとえば、反トラストによる

経済機会の均等は独立した自営業者を存続させ、独占的企業に従属しない状況を作り出すであろう。このように、ト

ラストを民主的政治組織への脅威とみる見方は進歩主義の時代に至るまでポピュリストよりもむしろ旧エリート階層

(11)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一一四に多く見られたことをホーフスタッターは指摘している

)11

。このことを印象づけるものとして

Trans-Missouri

Freight Association

事件

)1(

の法廷意見がある。制定段階ほとんど反トラストの役割を果たしていなかったシャーマン

法を反トラスト法として再生させることになったこの判例の法廷意見でペッカムは価格が現に下げられたか否かが重

要なのではなく「重要なのは価格を引き上げることを可能にする結合の力であり、事業に精通しそれに生涯を費やし、

それで自身と家族たちの生計を支えてきた多数の小規模の独立した商人たちの活動を国家から奪うことによって、い

ずれにせよ国家にとって不幸な帰結をもたらすのである

)11

」というかたちで、経済的な支配力を人為的に形成することを問題にするものだとした。ロックナー判決

)11

の法廷意見執筆者であり、最高裁における

laissez-faire constitutiona - lis m

)11

のもっとも徹底した論者の一人であるペッカムのこの見解をポピュリストの伝統に置くことはできない。むし

ろ、このような政治的見方はポピュリストというよりも共和主義の流れに置く方が適切である

)11

。独占による高価格へ

の敵意はポピュリスト達のわかりやすいターゲットであった

)11

。しかし、共和主義的見地からは再配分のための法の利

用は特殊利益を目的とする立法権力の行使として批判の対象となる

)11

。このように考えるペッカムにとってロックナー

と反トラストとが整合性のあるものだと理解できよう。

  もちろん、その後の中小企業の保護のための反トラスト法の展開を特殊利益の獲得を目指した利益集団の所産と見

なして、共和主義の伝統とは無縁とみることも可能ではある。しかし、ブランダイスやその系譜に連なる者は特殊な

経済的利益を超えた価値を求めていたことも確かである

)11

。マイケル・サンデルはこのような傾向のなかに反トラストの共和主義の伝統を見いだした

)11

。また、独占的地位にある者が取引の相手方の活動の自由を不当に拘束し、従属下に

おくことを反トラスト法上問題だとするのは、経済的価値以上に、市場参加者の意思決定の自由確保を重視するもの

として、社会的・政治的価値の前提とみることも可能である

)11

。このような価値は直ちに経済的な特殊利益とはならな

(12)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一一五 いと考えることもできる。

第四章   ポピュリズム対テクノクラシー

⑴   テクノクラシー論

  クレーンはホーフスタッターの上記論文に触発されて、二〇〇八年の段階で次のように述べた

)1(

。彼によれば、ホー

フスタッターが運動の衰退と執行の強化を指摘した一九六四年以降、その傾向はさらに強化された。すなわち運動と

して衰退しただけでなく、反トラストは政治的課題として大きく注目されることがなくなった。言い換えれば有権者の投票行動に影響するような政治的な顕著性をなくした

)11

。政治的な動員が期待できる顕著性を欠いているがゆえに政

治問題化しなくなった。もっとも、専門的問題としての重要性は認識されているがゆえに、技術的専門家たるテクノ

クラート

)11

がもっぱら処理する課題となった。とりわけ、シカゴ学派革命以降は効率性を基準として、政治=民主的な

行動からは隔絶した専門家に任せられるようになった。換言すればテクノクラシー化

)11

が進展したのである。クレーン

はこの傾向を反トラストの中立性の見地から好ましいものとして擁護する

)11

。反トラストの目的が経済的効率性という

専門家にふさわしいものであるというコンセンサスが存在し、このような目的はイデオロギーが関わらず、中立的

)11

問題を解決できるとするのである。効率性以外の目的がポピュリズムとされ、もっぱら効率性を基準とする専門家に

よる反トラスト運用をあるべき姿とする。その上で、米国反トラスト法における民事陪審と刑事訴追がポピュリスト

的な回路となっているとしてそれを一般的な反トラスト規範の生成プロセスから切り離すことを提唱する

)11

。クレーン

(13)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一一六が考えるテクノクラートは経済的専門知識によりもっぱら効率性の観点から反トラストを運用するものということに

なる

)11

⑵   ホーフスタッターの観察との相違

  これは反トラスト法執行の充実の担い手としてホーフスタッターが挙げた専門家集団とは異なっている。クレーン

が主張するもっぱら効率性を基準として反トラスト法を運営する専門家集団は存在したとしても一九八〇年代以降であるから当然のことではある。ホーフスタッターは確かに自己参照的な目的を持って、政治的な支配から独立した手

続と基準をもった法律家と経済学者からなる専門家集団が制度化されたという事実を重視している。この専門家集団

が機能したのは効率性という中立的な目的が政治プロセスからの影響を受けないからではない。言うまでもなく、こ

の制度化の契機は一九三八年に始まる後期ニューディールによる統制から競争への転換であった。ホーフスタッター

によればこの時期の反トラスト活動の制度化を支えたのは経済効率性を向上させるという点についての経済学者のコ

ンセンサスではなかった。過度な市場支配力の危険を抑制することの価値についての社会全体での大まかなコンセン

サスであった。反トラスト執行は当初から経済的な評価・経済的な基準ではなく政治的・道徳的な判断に依拠したの

ものであると断じる。

⑶   制度化の成立要因

  ホーフスタッターはその当時の主要な経済学者の見解をサーベイし、経済的コンセンサスの不在を見事に示したが、

にもかかわらず進展した制度化の説明は不十分に思われるので補足しよう。

(14)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一一七   契機になったのは後期ニューディールのTNECとサーモン・アーノルド反トラスト局長の就任であることは確かである。だが、ホーフスタッターの指摘するようにアーノルドの取り組みは後期ニューディールの主眼である経済政策としては成功したとは言えない。アーノルドが意図したとされる重要産業での競争導入は実現しなかった。しかし、アーノルドが集めた優れたスタッフ達やそれを取り巻く専門家集団は過度の経済力の危険の抑制について社会的に受容可能な明確さをもって任務を果たした。アーノルドが採用したのは、今日では本来の意味における消費者厚生基準とされるものである。多くの事案で消費者利益がいかに害されるのかを指摘しつつ、問題の慣行を取り上げてきたのである

)11

。同時にアーノルドは裁判を通じた法形成も重視した

)11

  消費者厚生基準は市場支配力基準(形成・維持・強化)と同値であるから、これは一見経済的目的ということにな

るが、効率性基準

)1(

と違って比較的明瞭に判断でき、それを基準とすることは他の目的も同時に実現することにつながる。これに沿った判例形成とあいまって専門集団による自己参照的な枠組みができあがるとともに、その機能につい

ての広範な社会的支持も得られたものと考えられる。これは民主制と隔絶されたテクノクラシー化ではない。制度化

には民主的な支持調達も必要であり、民主的な要請に適切に対処できることが制度化の基盤である。適切に対処でき

る優れた専門家集団がその時期に形成された

)11

こともあって制度化がテイクオフできたのである。逆に、専門家集団が

民主的要請に応答できなくなった場合には緊張が生まれることになる。現在米国で話題になっている運動の再生はそ

の一環かもしれない。

  専門家集団が応答すべきなのが経済的効率性だけではないことを理解するにはホーフスタッターが観察した時期の

反トラスト法の状況を見ればよい。

  一九五〇年にセラー=キーフォーバー法によって企業結合規制が改正された。この改正の目的は市場の集中をより

(15)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一一八低い段階で規制し、経済力の分散それ自体を実現することにあったことは立法過程から明白であった。この要請に適

切に対応できる法的基準は明確ではない。そのため、反トラスト局の執行及び裁判所の対応についてシカゴ学派を中

心とする批判が生じたのである。しかし、その当時の専門家集団の能力は民主的要請に対処できたことも確かである。

それを示すのは一九六〇年のデレク・ボクの論文である

)11

。これは、その当時の経済文献を渉猟し、政治的目的を重視

していた立法の要請に対応しつつ、市場支配力基準に依拠して、法廷における運用可能性を確保した法的基準を示し

たものであり、反トラスト法学の達成水準を示すものとされてきた

)11

。これを受けて

United States v. Philadelphia

Na ti on al Ba nk ,(( (U. S. ((

( ( (( ((

学ドーバーをつ立に準基造構ハん、これろちる。もあでのたれさ出み生)が派

産業組織論が有力だったことの反映に過ぎないと断じるシカゴ信奉者もいるだろうが、様々な要請に折り合いをつけ

た専門家集団の応答であることは否定できない

)11

  そもそも、専門家集団内部においても一般的な消費者厚生か狭義の消費者厚生(効率性)かをめぐっては争いがあ

る。効率性が価値中立的だというのは幻想である

)11

。専門家集団は常に社会からの要請への応答を迫られるのである

)11

第五章   むすびに代えて─今日の反トラスト「ポピュリズム」

  ポピュリズムは効率性以外の目的を強調する議論への蔑称として用いられるようになったことは確かである。しかし、最初に述べたように、米国反トラスト法で急速に「ポピュリスト」的言説が強化されている。代表的なものとし

て次のような見解が挙げられる。

  米国では集中度が上昇傾向にあり、それにともなって企業利潤の向上が見られる。それらは効率性の反映ではなく、

(16)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一一九 所得分配のゆがみを生じている

)11

。反トラスト法の執行緩和がこれに寄与しているのではないか。所得分配の問題につ

いては労働市場における競争問題を看過してきたことも問題視されている

)11

。あるいは、巨大プラットフォームを典型

とした独占企業の経済力が、劣位にある企業の競争的活力をそぐことなどを問題とする新ブランダイス主義を自称す

る論者もいる

)11

。また主流派の一潮流とも考えられるが、経済的目的として本来の消費者厚生と消費者の選択を重視す

)1(

ネオポピュリストと呼ばれる

)11

議論も有力である。これらの主張は非経済的目的の重要性を主導してきたピトフスキ

ーやフォックスらの主張と整合的である。権力の分散、起業家の機会の保護、消費者の利益の確保、それらを総合す

る枠組みとしての競争プロセスの保護

)11

などは、近時の議論でよく見られる。

  これらの重要な貢献をポピュリズムと一括りにして顧みないのは不当だと考えるが、ここではそれらに詳しく立ち

入る余裕はない。しかし、これらの議論をめぐって二つの点だけを指摘して、今後の展望としたい。

  一つはこれらの議論がしばしば、消費者厚生基準を拒絶することは問題だということである。本来の意味での消費

者厚生基準は市場支配力基準と整合的であり、後者は様々な目的を組み込むことが可能である。二つ目は市場支配力

基準と関係する。多様な目的を勘案するのは法的確実性を欠くというのが、非経済的目的をポピュリズムとしてマー

ジナル化する際の論拠であった。しかし、非経済的目的を勘案するというのは基準の中に直ちにそれを入れろという

ことを含意するわけではない。競争プロセスを害することによって市場支配力問題を引き起こすものを規制するのが

反トラストの基本だという点については争いは少ない。上記の見解が示す様々な問題点はその観点からの規制が明ら

かに過小だということである。市場支配力を基準とする場合であってもそれを把握するために何らのルール作りが必

要である。ルールを作るに当たって、市場支配力問題が発生したことをどの程度同定できているか否かが肝心である。

このようなルール作りにおいて市場支配力形成にかかる積極過誤と消極過誤のコストの比較が米国では重視されてお

(17)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一二〇り、多くの国で追随といかなくとも参照されてきた。その際、米国では当該行為が効率的である可能性を重視し、積

極過誤のコストを過大視してきた。上記の目的が重要であるなら、消極過誤のコストも大きいはずである。過少規制

の原因の一つは陪審がそれらの価値に左右されて、効率性の観点から好ましい行為を誤って不当視することを防ぐた

めに、市場支配力問題を同定するのに安全マージンをとった

)11

せいである。ピトフスキーがかつて政治的目的はいわば

タイブレークのようなものと語っていたが

)11

、消極過誤により不当なる市場支配力が温存されるコストに注目したもの

と理解できよう

)11

  専門家集団が中立性を装いつつ、正当な民主的要求への応答を欠くようになることは、病理現象としてのポピュリ

ズムの一因であろう。その意味で反トラストポピュリズムは病理現象ではなく、健全な民主制のための動きと言えよ

う。【注】

し、こる(一動」とれ、反調し、短  ()待鳥聡史「ポピュリズムと政治制度」法学論叢一八二巻四・五・六号七八頁(二〇一八)はポピュリズムを「カリスマ的指導者に

(00,((((POL. Anti-Establishment“Populists,Outsidersand,((Politics”Barr,PARTYR.Robert())。同て、

( )(短期間の隆盛は入っていないが、そうでないものは関心を惹くことはないであろう)  ()病理現象としてのポピュリズムを見る場合、前注(

()に様々な要件を加えることになる。病理的要素のあるポピュリズムをどの は、無稿る。たば、CasMudde,“ThePopulistZeit-geist”,((GOV’T&OPPOSI-TION(((,((((00

( )や

ン=・ミー(板訳)『ポか』(二七)(自民を代表するのだという、排他的かつ道徳的な代表への要求を軸に説明する)を参照。病理的側面の少ないポピュリズムに注目すると民主主義的改革の潜勢力として積極的に評価することにつながる(クリストファー・ラッシュ(森下伸也訳)『エリートの反逆』(一九九七))。

(18)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一二一

用の側面を表わす。米国文献の用法に従った。 0((ed.((dが、前面、後)参照。な稿お、本  ChristopherLawrenceA.Sullivan,WarrenS.GrimesandHandbook,Sagers,TheLawofAntitrust,AnIntegrated((()─((

された情緒ではないことを確認することが本稿の課題の一つである。 うよりも、反トラストでポピュリズムとされた傾向が、ポピュリストだけではなく広範に支持された思想的基盤を有し、大衆的に扇動 特に、人民党に典型的に現れた傾向を自他共に認めた人々の総称ということになる。第二章で述べるように、ポピュリストの同定とい (二頁)をポピュリストと呼ぶことになる。(一九六七)が対象とした「アメリカの政治的文化に風土的ともいうべき一種の大衆的衝動」 ー(斉訳)『ア史─代』し、人る。R・ホる。し  ()本稿ではポピュリスト、ポピュリズムという言葉は頻繁に出てくる。反トラストポピュリズムではポピュリスト=人民党が焦点と 注(七))を調る。光・前 頁(一五─代』六史─・ホ分(R『ア訳)ー(斉  ()ポピュリスト(人民党)についてはアメリカの進歩的改革の先導者という光の部分に注目することもできるが、陰謀論に唆され、

()一

六─る。ル・ジス(若訳)『ひ義』一六─頁(二七)は分(反トラストポピュリズムと理解されるものを包含する)に受け継ぐべき価値を見いだす。

その意味でも覚え書きに過ぎない。  ()この問題は歴史的な話題がかかわるため本来であれば膨大な引用が必要となるが、紙幅の関係もあり、最小限の引用にとどめた。

 HansB.Thorelli,TheFederalAntitrustPolicy,(((((((())参照。

 RichardBork,AntitrustParadox,(((((()).

る古い生来のポピュリスト偏向─それは小規模な地域の事業者を美徳とし、銀行・鉄道・大企業を悪徳とする……)を参照。  in((((0(,((((Dec.,((”AntitrustFORTUNE,CrisisWardRobertTheBork&H.S.BowmanJr.,“())(ア   厚生の喪失(資源配分の喪失)こそが消費者厚生への害となる。この点についてはたとえば、川濵他『ベーシック経済法 は購入側の厚生の意味で用いられるが、これを普及させたボークの見解では経済主体観の移転部分は害ではなくネットで生じた消費者 (0) 消費者厚生の意義が問題となるが、第一巻の段階ではこれはボークの主張と同じ意味で用いられているようである。通常の意味で

(版』一

五─一六頁(二〇一四)参照。

(() 正確にはシカゴ学派は市場の自己修復能力に強い信念を抱くという点でイデオロギーが払拭されたわけではない。

(19)

法学志林 第一一六巻 第二・三号合併号一二二

なったと言い切る。  (()Posner,TheoryTheA.Richard(((((((LegalandMoralofProblematics)は、反

 (()M.,((((((((n.((((0,(((Rev.L.Fox,CornellEleanorEquilibriumNewAAntitrust:ofModernizationThe“”─(().

(((0((((Rev.L.Fordham,((”ChoiceConsumerandsumers,).  (()Efficiency,TextualistRobertH.Lande,ATraditionalandAnalysisPreventingoftheGoalsof-ConfromAntitrust:Theft“

See,StephenF.Ross,PrinciplesofAntitrustLaw,(と名乗る例もある。─( (() 消費者の利益の問題を分配ととらえる議論に対してポピュリストとレッテルを貼る例や逆にこの点を強調して自ら新ポピュリスト

0 ((((().

(() Reiterv.SonotoneCorp.,(((U.S.((0,((((((().

 (()Y.Orbach,(((0(((Econ.&L.CompetitionofJ.Barak”ParadoxWelfareConsumerAntitrustThe“().

(((((((EssaysOther)に補題を省略の上で改訂版が再録されている。以下では入手の容易な改訂版である後者を引用する。 Hofstadter,BusinessEstablishment,(((((((RichardAmericanTheParanoidstyleinCheit,Politicsanded.,TheF.後、). (() Creed,AntitrustRichardHofstadter,“WhatHappenedtotheMovement?-NotesAmericanontheEvolutionanEarlin”of

(()  R・ホーフスタッター前掲注(

()二一五頁も参照。

(((atId.PopulismAfterAntitrust)。─(((の表題でホーフスタッターの論文を収録し、解題では本文のような理解を示している(  (0)LegalofDanielA.CraneandHerbertHovenkamp,TheMakingCompetitionand(((0PolicySources,Economic(((─(((

(((talism CorporateMartinSklar,TheJ.ReconstructionofAmericanCapi-た)とる。た(刑  (()Reaganば、南

0 ─((((,(0(0(((((─().

(() n.coE.&LJ.,(”ActShermantheofPolicytheandIntentLegislative“Bork,H.RobertSee,( (

((((andRoberH.Lande,“WealthTransfersastheOriginalandPrimaryConcernofAntitrust:TheEfficiencyInterpretationChallenged”,((HastingsL.J.(((((().

(() Hofstadter,supranote((at(((0(─(

はよく知られている。 . そ い知識人はその点にも懐疑的だった。 (() 効率性ではなく、独占の高価格を経済的目的とするポピュリスト達はトラストを高価格の元凶ととらえたが、ポピュリストではな

(20)

反トラストポピュリズムに関する覚え書き(川濵)一二三

(() Hofstadter,supranote((at(0(

(() Id.at(0(.

(() Id.at((

0 ─(((.

(((((((Rev.))を共同執筆し、ほとんど論文とされることのなかったディレクターの見解を世に残したことでも有名である。 andAaronDirectorandEdwardH.Levi,“LawtheFuture:TradeRegulation”,((Nw.Univ.L.文( ラストにおけるシカゴ学派のファウンディングファーザーであるアーロン・ディレクターと反トラスト法の授業を共催し、その後、シ (((,(((((((で、後お、レた。反長、フ照。な)参 saEdwardH.Levi,TheAntustLawitrndH.evMLI..R.C,(olyopon(Uる。たば、  (()Analysis,LegalCarlKaysenandDonaldF.Turner,AntitrustPolicy((((AnEconomic((and─(().

六頁(一九六七)を参照。  (()訳)『ア史─代』二〇─ー(斉は、R・ホ

(0) ホーフスタッター・前掲注(

()二〇〇頁参照。

(() UnitedStatesv.Trans-MissouriFreightAssn.,(((U.S.((

0 (((((

(() (((U.S.((0,(((.

(() Lochnerv.NewYork,(((U.S.((((0().

”theMeaningandOriginsofLassez-FaireConstitutionalism,(L.&Hist.Rev.(((((((of)を参照。  (()Liberty:LesLassez-FaireConstitutionalismRe-evaluationMichaelABenedict,“Laissez-Faireandは、さ

スト以外にも広く共有されており、両者は区別されるということである。 (()  誤解のないように確認しておくが、ポピュリストに共和主義的色彩がないといっているのではない。共和主義的な側面はポピュリ

トの目的と見る論者がネオポピュリストを自称するのはその名に相応しいということになる。 はよく知られている。反トラスト初期におけるボークの同調者はポピュリストということになる。逆に、消費者利益の確保を反トラス 価格引上に言及しないが、ポピュリストが優勢であった諸州の反トラスト法は価格引上をもたらすトラストを規制対象としていたこと (()  ボークは独占的高価格への批判についての片言隻句を寄せ集めて彼のいう消費者厚生(効率性)目的説を唱える。シャーマン法は

 (()K.Power((((((((((((Rev.L.Cal.S.,((Millon,”DavidBalancetheandActShermanThe“of─(().

(() regulatedcompetition争()には、

参照

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