台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題
西 川 純 平
はじめに
Ⅰ 台湾自動車市場の状況
Ⅱ 大慶汽車における経営環境の悪化とその背景
Ⅲ 台湾市場における差別化実施における諸問題と解決について(1998年〜2001年)
Ⅳ なぜ撤退か むすび
は じ め に
台湾自動車産業の発展において,中心となる課題は,わずか
40
万台程度でしかない 年間需要に制約されている生産規模の問題であると思われる。一般的に,自動車産業に おいて,1工場あたりの最適生産規模は10
万台とも20
万台ともいわれている1
が,現実 には,このような最適生産規模に達している台湾の自動車メーカーは存在しない。さ て,このような台湾の市場環境を背景に,台湾の政府関係者,また台湾,ならびに日本 の研究者も,「市場競争の激化で,将来的には
3, 4
社しか残らない」,あるいは「3, 4社 に自動車メーカーを集約すべきである」などの意見の提示をしてい2
る。
実際に,このような指摘を裏付けるように,近年,台湾では自動車メーカーが生産中 止に追い込まれている。台湾資本と資本提携,あるいは技術提携をしている日本,欧米 の自動車メーカーが,台湾から相次いで撤退している。例をあげれば,1996年には,
ダイハツと技術提携をしていた羽田汽車が,また
1999
年にはドイツのOPEL
と技術提 携している国産汽車が,販売の不振を理由に生産を中止している。そして,本稿で取り 上げる大慶汽車(富士重工と台湾資本との資本提携)も,2002年5
月に生産中止を決 定し,事実上台湾市場から撤退を余儀なくされている。現在もなお存続している台湾の自動車メーカーも,最適生産規模を達成しているメー
────────────
1 池田幸夫「産業組織と開発政策」『アジア経済』第33号第10巻,1992年10月,16ページ。蕭 明輝
「我国汽車工業之発展」『萬通銀行季刊』第18号,1996年6月,15ページなどを参照のこと。
2 合作金庫調査研究室編「我國汽車工業之現況興展望」『産業経済』,21ページ,1996年7月。および台 湾経済部工業局第一科における聞き取り調査および,経済部資料。なお,実際,こうした市場の飽和化 という現実を受けて,最近台湾政府は自動車産業の再編を図ろうと,1998年に「行政院経済建設委員 会提案」「台湾経済部見解」を発表している。これは自動車メーカーを3つのグループに分けること や,さらに合併奨励金を出すなどの奨励政策によって現地の自動車メーカーの合併・統合を図ろうとす る政策である。
(103)103
カーは存在していないといってよい。ではなぜ,これらのメーカーはこのような生産規 模で生き残ることが可能なのであろうか。
本稿では,この疑問に対する答えを提示することはできない。だが,従来の「規模の 経済性」に依拠する議論では,現在,そして今後のアジアの自動車産業の発展をみてい くことは難しいと思われる。というのも,例えば,中国の自動車産業における広州本田
(本田自動車)や天津豊田(トヨタ自動車)も,いわゆる
10
万,20万台といった最適 生産規模に達しているとはいえない状況にある。しかし,ホンダやトヨタが,中国の市 場がやがて拡大するという長期的な視野だけで進出しているとは考えにくく,当面でも 採算を確保することを考慮した上で進出しているものと推測できる。そうであれば,少 量台数の生産で採算がなぜ確保できるのだろうか。「規模の経済性」という概念そのも のを,さらに熟考する必要があると思われる。本稿は,大慶汽車が製品の差別化を行い,年間
40
万台弱程度の台湾自動車市場にお いて,「規模の経済性」の問題を克服しようとしたその過程を紹介し,そして撤退を余 儀なくされた背景について考察を進めていく。そして,その考察をふまえ,アジアの自 動車産業における生産規模をめぐる問題について考え直す契機としたい。Ⅰ 台湾自動車市場の状況
1.台湾の自動車メーカーを取り巻く市場環境
1953
年,台湾で初めて裕隆汽車が設立されて以来,日本ならびに欧米の自動車メー カーによる積極的な台湾資本への資本提携,あるいは技術提携によって多くの自動車メ ーカーが設立されてき3
た。第
1
表は台湾における自動車メーカー(2000年)の概要を 表したものである。この第1
表にあるように,2000年の時点では,台湾には11
社の自 動車メーカーが存在していた。一方で既に紹介したように,羽田汽車や国産汽車,そし て大慶汽車の3
社が生産中止に至っているが,2002年8
月現在において9
社の自動車 メーカーが存在している。これらの台湾自動車メーカーの総生産台数を示しているもの が第2
表である。第2
表にあるように,台湾の自動車生産は1992
年の436,732
台を境 に,以後40
万台前後を推移し続け,昨年はついに271,704
台と,30万台を切る状況に まで大幅に落ち込んでいる。このような40
万台程度の市場の中では,当然その競争は「小さなパイの奪い合いで,いずれの生産拠点でも自動車産業の発展に不可欠な『量産 効果』を享受しえない状態にあ
4
る」ことは想像しやすいであろう。実際に,「量産効果」
────────────
3 なお,裕隆汽車はアメリカWillys社との技術提携後(ジープを生産),乗用車生産のために1958年,
日本の日産自動車と技術提携をし,現在に至っている。
4 丸山惠也・佐護 譽・小林英夫編『アジア経済圏と国際分業の進展』ミネルバ書房,1999年,176ペー ジ。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
104(104)
第1表 台湾における現地自動車メーカー(2000年)
自動車メーカー
(操業開始)
出資メーカー
(提携メーカー) 出資比率 組立モデル
(1999年時点)
組立
能力 最近の動向
中華汽車
(1973年12月)
三菱自動車
(1986年資本参加)
三菱自16.0%,三菱商 事5.5%,現 地(裕 隆 集団)78.5%
Lancer, Galant, Libero, Space Gear , Freeca , Minicab, Verica, Delica, Canter, Fuso
12万台 2000年内にインド向けFreecaの輸出 を開始する計画。
国瑞汽車
(1984年4月)
トヨタ自動車 日野自動車工業
ト ヨ タ38.3%,日 野 18.1%,三 井 物 産1.3
%,現地42.3%
Tercel, Corona, Zace, Hiace,中大 型 商 用 車
(日野)
11万台
2002年までに製品ラインナップを一 新する計画。1999年7月,中桍工場 に研究開発センターの建設を開始,
2000年に完成する予定。
裕隆汽車
(1956年10月)
日産自動車
(1985年資本参加)
日 産25%,現 地(裕 隆集団)75%
March, Senrta, Cefiro, Primera, AD Resort, At- las,他
12万台
2000年3月,日産自動車のフィリピ ン拠点Nissan Motor Philippinesに30
%出資。
福特六和汽車
(1973年1月) Ford
Ensite(Fordのカナダ 出資会社)70%,六和 グループ30%
Festiva(Kia Avella),
Tierra/Liata/Laser
(Mazda Famillia)
11万台
1999年8月,1.8億USドルの投資で 開発・生産能力を強化する計画を発 表。
三陽工業
(1967年5月)
本田技研工業
(1974年資本参加)
米国本田13.5%,慶豊 集団など現地86.5%
City, Civic, Accord, CR
−V 10万台 2001年に新型Civicの組み立てを開
始する計画。
国産汽車
(1958年3月)(Opel,ダイハツ) 現地(禾豊集団など)
100% Astra, Vectra 2.4万台 1999年,財務問題で生産中止。ダイ
ハツとの提携は解消。
太子汽車
(1965年5月)(スズキ) 現地100% Cultus, Escudo, Jimny 2.4万台 1992年にスズキ車の組立開始。
大慶汽車
(1987年10月)富士重工 富 士 重 工45%,台 湾
偉士伯55% Impreza, Domingo 3万台
1998年から富士重工を通じて台湾製 Imprezaをチリなど中南米地域へ輸出 開始。
慶衆汽車
(1994年6月) VW VW 33.3%,慶豊集団 など現地66.7%
Caravelle, Kombi, Mul-
tivan 3万台
1999年8月,現代自と技術提携で合 意。当面,Grandeur XGを組み立て,
将来に小型車及びSUVの生産を視野 に入れる。生産能力は10万台。
台湾五十鈴
(1996年12月)いすゞ
い す ゞ51%,伊 藤 忠 商事19%,三富汽車19
%,勝昌(太子汽車関 係)11%
Panther,小 型 ト ラ ッ ク,中大型トラックシ ャシ
8,000台
台塑汽車
(1999年6月,
三富汽車買収)
(大宇自動車) 台塑グループ100% Accent, Magunus 2.4万台
1999年6月,台塑グループが三富汽 車の大肚工場(生産能力2.4万台)を 買収し,Accent(1500 cc)の委託生産 を開始。同年11月,大宇自動車とMag- nus(中型セダン)のCKD組立 で 提 携(8年契約)。将来,20万台を計画。
出所:『2000 アセアン・台湾自動車部品産業』フォーイン,2000年。
第2表 台湾の自動車生産台数 単位:台 年 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995
生産台数 328,990 362,751 403,257 436,732 404,524 423,318 406,480
年 1996 1997 1998 1999 2000 2001
生産台数 366,026 381,103 404,545 350,273 372,613 271,704
出所:台湾区車両同業公会の資料をもとに作成。
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (105)105
を享受しえない状況を示したものが第
3
表である。第3
表に記載されている自動車メー カーのどれをとっても,先ほどから繰り返し述べている10
万台,20万台ともいわれる 最適生産規模に達している自動車メーカーは,現段階においては存在していないと指摘 できよう。では,このような少量生産水準に留まらざるをえない背景を考えてみよう。つまり,台湾の自動車メーカーの主な販売先(市場)は,どのような状況となっている のであろうか。
そこで,まず台湾の自動車メーカーの販売先を明らかにしたい。第
4
表は台湾からの 自動車の輸出台数を示したものである。2001年においても,その輸出台数はわずかに2,838
台あまりであり,ピーク時の1987
年の6,859
台を考慮しても,台湾の自動車メー カーの経営基盤に,輸出という要因は加わっていないといってよいだろう。したがっ て,台湾の各自動車メーカーは,販売先を台湾国内市場に特化せざるをえない状況にあ第3表 台湾の各自動車メーカーの生産台数 単位:台 メーカー名
年 裕隆 福徳
六和 三富 中華 三陽 羽田 台湾
五十鈴 国瑞 大慶 太子 国産 慶衆 台塑 合計 1989 台数
占有率 62,006 18.85%
100,448 30.53%
21,033 6.39%
42,755 13.00%
41,197 12.52%
38,570 11.72%
18,167 5.52%
4,814 1.46%
328,990
1990 台数 占有率
61,284 16.89%
105,204 29.00%
22,884 6.31%
50,399 13.89%
31,858 8.78%
35,139 9.69%
32,473 8.95%
19,198 5.29%
1,309 0.36%
3,003 0.83%
362,751
1991 台数 占有率
67,076 16.63%
108,162 26.82%
20,716 5.14%
60,452 14.99%
37,204 9.23%
31,007 7.69%
45,403 11.26%
22,081 5.48%
8,147 2.02%
3,009 0.75%
403,257
1992 台数 占有率
72,113 16.51%
115,622 26.47%
13,483 3.09%
81,358 18.63%
47,379 10.85%
23,493 5.38%
53,408 12.23%
14,780 3.38%
12,429 2.85%
2,667 0.61%
436,732
1993 台数 占有率
55,853 13.81%
111,834 27.65%
5,471 1.35%
85,045 21.02%
40,098 9.91%
23,920 5.91%
57,504 14.22%
8,475 2.10%
9,655 2.39%
6,669 1.65%
404,524
1994 台数 占有率
58,142 13.73%
87,571 20.69%
8,549 2.02%
115,655 27.32%
44,333 10.47%
15,244 3.60%
68,192 16.11%
3,575 0.84%
9,457 2.23%
12,252 2.89%
348 0.08%
423,318
1995 台数 占有率
65,528 16.12%
95,460 23.48%
4,665 1.15%
97,654 24.02%
41,192 10.13%
9,671 2.38%
68,465 16.84%
1,509 0.37%
6,311 1.55%
9,374 2.31%
6,651 1.64%
406,480
1996 台数 占有率
61,896 16.91%
80,814 22.08%
1,262 0.34%
81,720 22.33%
40,224 10.99%
80,842 22.09%
1,913 0.52%
5,606 1.53%
2,526 0.69%
9,223 2.52%
366,026
1997 台数 占有率
80,582 21.14%
71,954 18.88%
630 0.17%
100,573 26.39%
28,089 7.37%
9,156 2.40%
71,830 18.85%
1,339 0.35%
5,677 1.49%
3,109 0.82%
8,164 2.14%
381,103
1998 台数 占有率
83,995 20.76%
76,341 18.87%
608 0.15%
113,524 28.06%
32,086 7.93%
5,249 1.30%
75,851 18.75%
2,784 0.69%
3,544 0.88%
4,108 1.02%
6,455 1.60%
404,545
1999 台数 占有率
67,803 19.36%
51,009 14.56%
150 0.04%
99,318 28.35%
40,195 11.48%
2,892 0.83%
77,198 22.04%
2,726 0.78%
3,471 0.99%
1,132 0.32%
4,379 1.25%
350,273
2000 台数 占有率
75,117 20.16%
58,258 15.63%
0 0.00%
100,302 26.92%
37,343 10.02%
0 0.00%
2,719 0.73%
83,353 22.37%
3,507 0.94%
6,537 1.75%
916 0.25%
4,561 1.22%
372,613
2001 台数 占有率
51,171 13.73%
45,968 12.34%
0 0.00%
70,850 19.01%
15,646 4.20%
0 0.00%
2,298 0.62%
68,707 18.44%
1,726 0.46%
6,016 1.61%
0 0.00%
4,777 1.28%
4,545 1.22%
271,704
出所:第2表に同じ。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
106(106)
るのである。しかし,ここで注意しなければならないことは,台湾の自動車産業が,現 在に至るも未だ輸入代替にとどまっているという点であろう。なぜなら,台湾の自動車 産業が「一国の人口規模,消費市場の大きさに規定されてしまう以上,市場規模が小さ ければ,供給側の企業は『規模の経済』によるコスト引き下げを実現することができな
5
い」ことが考えられるからである。そうなると,「国内製品は輸入品に比べてコスト高
────────────
5 末廣 昭『キャチアップ型工業論 アジア経済の奇跡と展望』名古屋大学出版会,2000年,134−135
第4表 台湾の自動車輸出台数 単位:台
メーカー名
年 裕隆 福徳
六和 三富 中華 三陽 羽田 台湾
五十鈴 国瑞 大慶 太子 国産 慶衆 台塑 合計 1986 台数
占有率
6,000 98.33%
100 1.64%
1 0.02%
1 0.02%
6,102
1987 台数 占有率
133 2.00%
6,505 97.97%
2 0.03%
6,640
1988 台数 占有率
50 0.73%
3,115 45.41%
3,682 53.68%
2 0.03%
10 0.15%
6,859
1989 台数 占有率
4 0.11%
3,571 99.89%
3,575
1990 台数 占有率
4,242 99.84%
3 0.07%
4 0.09%
4,249
1991 台数 占有率
404 31.27%
883 68.34%
2 0.15%
3 0.23%
1,292
1992 台数 占有率
323 65.65%
14 2.85%
132 26.83%
7 1.42%
16 3.25%
492
1993 台数 占有率
365 56.24%
268 41.29%
9 1.39%
1 0.15%
6 0.92%
649
1994 台数 占有率
6 0.47%
12 0.94%
1,178 91.96%
59 4.61%
6 0.47%
20 1.56%
1,281
1995 台数 占有率
3 0.08%
5 0.13%
3,632 95.70%
60 1.58%
1 0.03%
94 2.48%
3,795
1996 台数 占有率
2 0.07%
20 0.67%
2,919 97.20%
9 0.30%
53 1.76%
3,003
1997 台数 占有率
20 0.54%
3,491 94.45%
22 0.60%
115 3.11%
48 1.30%
3,696
1998 台数 占有率
9 0.30%
2,776 91.23%
9 0.30%
5 0.16%
139 4.57%
105 3.45%
3,043
1999 台数 占有率
617 53.19%
18 1.55%
5 0.43%
422 36.38%
98 8.45%
1,160
2000 台数 占有率
249 12.67%
721 36.69%
8 0.41%
845 43.00%
142 7.23%
1,965
2001 台数 占有率
405 20.61%
1,035 52.67%
900 45.80%
15 0.76%
387 19.69%
1 0.05%
95 4.83%
2,838
出所:第2表に同じ。
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (107)107
になってしまい,高い価格がさらに国内市場の拡大を阻害するという悪循環が生じてし ま
6
う」といえよ
7
う。
また,一方で,台湾の自動車メーカーの販売先である国内市場も,近年に入ってより 厳しい状況になりつつある。さて,第
5
表は1993
年から2001
年までの台湾経済を表し たものである。第5
表にあるように,経済成長率も昨年はマイナス成長となり,失業率 も増加している。こうした台湾経済成長の低迷の要因として,まず,2001年9
月に発 生したニューヨークでの同時多発テロ以降,主要な輸出先である米国の個人消費が急激 に冷え込んだことがあげられる。そして,次にあげられる要因は,近年の世界的なIT
製品需要の大幅な減退によって,台湾からのIT
関連製品の輸出生産が大幅に減少して いるという問題であ8
る。もちろんこうした景気の低迷は,台湾自動車市場の成長に悪影 響を及ぼしていることはいうまでもないであろう。
一方で,台湾では,保有台数の増加に伴う都市の交通問題,例えば駐車場の整備の遅 れや,さらに台北市や高雄市などの都市圏での渋滞問題によって,第
6
表の台湾におけ る自動車産業の成長率にあるように,台湾の自動車市場の成長は鈍化傾向にある。しかしながら,そのめざましい成長が望めない国内市場の現状を見ると,消費者のラ イフスタイルの多様化が一方で進んでおり,消費者のニーズに合った多様な製品展開が 台湾の自動車メーカーに求められているのが現状である。第
7
表は台湾における自動車────────────
ページ。
6 同書,134−135ページ。
7 装備などが異なるため,一概に比較することは出来ないが,台湾で販売されている自動車は,日本で販 売されている同型の車種に比べ,およそ1.5倍程度高額になっていることが指摘できる。例えば,日本 で販売されているカムリは220万円程度であるが,台湾ではおよそ300万円程度高額になっている。
8 日本経済新聞,2001年11月17日付。
第5表 1993年〜2001年の台湾経済
年 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 経済成長率(%)
GNP(億ドル)
工業生産年増加率(%)
失業率(%)
7.00 2286 3.90 1.45
7.10 2482 6.60 1.56
6.42 2691 4.70 1.79
6.10 2836 2.00 2.60
6.68 2933 7.40 2.72
4.57 2692 2.60 2.69
5.42 2905 7.70 2.92
5.86 3139 7.40 2.99
−2.18 2868
−7.30 4.57 出所:台湾経済部統計局の資料をもとに作成。
第6表 台湾自動車産業の成長率 単位:台湾元 年 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 自動車産業(億元)
成長率(%)
自動車部品産業(億元)
成長率(%)
1,444
−3.09 1,066 1.81
1,646 13.99 1,126 5.63
1,644
−0.12 1,254 11.37
1,570
−4.5 1,189
−5.18 1,660
5.73 1,247 4.88
1,840 10.84 1,322 6.01
1,618
−12.07 1,314
−0.61 1,777
9.83 1,404 6.85
1,300
−26.84 1,271
−9.47 出所:第5表に同じ。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
108(108)
第7表 台湾自動車市場における排気量別の車種展開(2001年度)
乗用車(RV車含む)
排気量/メーカー 国瑞汽車 裕隆汽車 中華汽車 福特六和汽車
550−800 cc 801−1000 cc
1001−1300 cc Tercel 1.3 March Cibic LXA / LXB VERITA 1.3
威力VARICA(R)
1301−1500 cc Tercel 1.5 CL/GL
1501−1600 cc COROLLA ALTIS 1.6 J SENTRA LSA 2/DS LANCER 1.6 GLXi/Sei LIBERO 1.6 GLXI(R)
323 1.6 SEAV/1.6 SEi ACTIVA 1.6/1.6 GLXI 1601−1800 cc COROLLA ALTIS 1.8 G SENTRA 180
1801−2000 cc ZACE SURF CORONA PREMIO 2.0 IS 200 LUXURY/
SPORT
CEFIRO 2.0豪 華/
尊貴/旗艦
LANCER
VIRAGR 1.8 IO/Exi GALANTExi/Sei FREECA(R)
TIERRA 1.8 Ghia Capella 2.0 Limited MONDEO 2.0 Ghia
2001−2500 cc CAMRY LE 2.5 GS 300
SURF VX−4 Runner(R)
MPV 2.5/2.5
2501−3000 cc 以上
HIACE/RH 2−RMR CAMRY V 6 LE Avaron xls RX 300(R)
LS 430豪 華 型/旗 艦型
CEFIRO 3.0豪 華/
尊貴/旗艦 MAXIMA Q 45
DIAMANTE 3.5
排気量/メーカー 三陽汽車 慶衆汽車 大慶汽車 大慶汽車
550−800 cc 801−1000 cc 1001−1300 cc
1301−1500 cc CITY 1.5 GX Lupo 1.4/Polo 1.4
1501−1600 cc NEW CIVIC 1.6 GX Golf 1.6 Impreza 1.6 G/1.6 L Impreza 1.6 G/1.6 L 1601−1800 cc CIVIC FERIO 1.7
VTR(S/X)
Passat 1.8
1801−2000 cc ACCORD VX/VX−E /VX−A
Golf 2.0 GLi Bora 2.0 New Beeetle 2.0
Impreza 1.8 LX/LS/RX Impreza 1.8 GX/GS/RX Impreza 2.0 GT
Impreza 1.8 LX/LS/RX Impreza 1.8 GX/GS/RX Impreza 2.0 GT
2001−2500 cc Forester 2.5
legacy 2.5 GT
Forester 2.5 legacy 2.5 GT 2501−3000 cc
以上
ACCORD 3.0 V 6 Passat 2.8 V 6
注:斜体文字は輸入車を指す。
出所:富士重工社内資料より作成。
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (109)109
メーカーの車種展開を排気量別にみたものである。第
7
表にみられるように,各自動車 メーカーとも小型車乗用車から,高級大型乗用車まで車種を展開させていることがみて とれるであろう。しかし近年,台湾では週休二日制の導入と共にRV
車の需要が高ま っているとの意見も出されてい9
る。実際に,例えば国瑞汽車(トヨタ)は「4 runner」
や「RX 300」などの
RV
車をすでに台湾市場に投入しており,今後さらに「RAV 4」や「ピクニック」などの
RV
車を市場に投入することを検討しているとされてい10
る。
つまり,台湾の自動車メーカー各社とも,先ほどから指摘しているような少量生産の中 で,多品種でしかも多仕様(グレード)の製品展開を迫られるという厳しい現実に直面 しているといえよう。
さて,以上,台湾の自動車メーカーが置かれている市場環境の現状を紹介してきた。
さらに,このような市場環境の問題と共に,台湾における自動車メーカーの経営のあり ように,大きな影響を与えるものとして,台湾政府の産業政策の存在を見逃すことはで きないであろう。というのも,台湾をはじめとする発展途上国の産業政策の大きな柱 は,産業育成のための完成車輸入禁止などの保護政策に代表されるからである。では,
次に,現在の台湾政府の自動車産業政策に対する考えを見ていくことにしよう。
2.自動車産業政策の転換
台湾が,2001年
11
月にWTO
に加盟を果たしたことは,すでに周知の事実である が,この台湾のWTO
加盟によって,自動車メーカーにかけられていた多くの規制措置 が,段階的ではあるが撤廃されようとしている。例えば,日本をはじめとする外国の自 動車メーカーからの出資を規制する政策や,台湾での自動車生産に必要となる輸入部品 にかけられていた関税などは,5年間の猶予期間を経て削減されることになってい11
る。
第
8
表は日本からの完成車輸入に対する輸入関税の削減スケジュールを表したものであ る。日本からの完成車輸入に際しては,輸入関税の賦課はともかく,自動車メーカーご とに輸入台数の割り当てがなされていたのであるが,第8
表にあるように,2011年に は撤廃されることになっている。現在のところは,先ほど指摘した台湾経済の冷え込みや,国産車の品質向上やアフタ ーサービスの向上もあって,輸入車の販売台数は伸び悩んでいるが,今後,輸入割当制 の廃止や輸入関税率の一層の削減とともに,日本などからの輸入車の増加も考えられ る。このように,WTO加盟を果たしたことで,台湾の自動車メーカーは規模の経済性 を享受することがより一層困難な状況になりつつあると思われる。
────────────
9 台湾現地の自動車ディーラーでの聞き取りによる。
10 これらのRV車は日本から輸入されている。
11 自動車国産化に関する政策の一部は,昨年のWTO加盟以前より先行して,限定的ではあるが撤廃され ている。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
110(110)
では,これまでみてきたような,厳しい環境にある台湾の自動車市場において,大慶 汽車はどのような海外経営を展開し,そして生産中止に至ったのか,その背景をみてい くことにしたい。
Ⅱ 大慶汽車における経営環境の悪化とその背景
1.進出当初(1989
年〜1992年)大慶汽車股分有限公司(以下大慶汽車)は
1986
年,富士重工業(以下,富士重工)と台湾ベスパとの資本提携によって設立された自動車メーカーであり,1989年から本 格的な生産を開始している。なお,大慶汽車の所在地は,台湾の高雄県に隣接する
東 県に位置している。ではまず,大慶汽車が台湾に設立された背景について説明していこ う。大慶汽車は,次の
2
つの目的によって設立されている。それは第1
に,1980年代当 時,日本からの完成車輸出によって発生したアメリカとの貿易摩擦を回避するため,つ まり迂回輸出の拠点としての役割である。そして次にあげられる点は,台湾の国内市場 に向けての生産,販売という目的を担うためであった。しかしながら,前者の迂回輸出 の拠点としての役割は,大慶汽車(富士重工)が進出してまもない1980
年代後半,ド ルレートに対して台湾元が切り上げられ,完成車の輸出はコスト競争上不可能となっ た。したがって,生産開始直後から,大慶汽車(富士重工)の思惑ははずれ,台湾の国 内市場に向けた車の生産,及び販売を行うことに限定されてしまうのであった。さて,大慶汽車は生産開始当初,資本提携先である富士重工が日本で生産・販売して いた「ジャスティ」と呼ばれる小型車(排気量
1200 cc)と,
「DOMINNGO」と呼ばれ る商用車(排気量1000 cc)を生産している。大慶汽車(富士重工)がジャスティ(1990
年以降
TUTTO
にモデルチェンジ)を台湾市場に投入した背景には,1989年当時,台湾市場では
1000〜1200 cc
程度の小型乗用車の需要が多かったという点があげられる。さて,第
9
表は1989
年から2000
年までの大慶汽車の生産台数である。この第
9
表を見ると,生産開始からの約3
年間,具体的には1990
年の生産台数は1
第8表 完成車に対する輸入関税の削減スケジュール
年 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 台 数
税 率 10,000
29%
12,000 27.56%
14,400 26.12%
17,280 24.68&
20,736 23.24%
24,883 21.80%
29,860 20.36%
35,832 18.92%
42,998 17.50%
自由化 17.50%
関税割当台数(日本枠):2002年は1万台で,毎年20% ずつ増大。
関税率:2002年は29% で,段階的に引き下げ。
実施期間:2002年から2010年まで実施され,2011年以後は自由化。
出所:経済産業省ホームページ。http : //www.meti.go.jp/kohosys/topics/10000092/bosyu.pdf
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (111)111
万
9197
台,1991年の生産台数は2
万2216
台となっており,大慶汽車の生産能力が3
万台であることを考えれば,生産開始時はかなり順調な滑り出しを見せていたと思われ る。しかしながら,このような順調な滑り出しは,この3
年以降続くことはなかった。ではなぜ,生産開始からわずか
3
年あまりで,大慶汽車の生産台数が伸び悩んでいくの か,次にその背景について説明していきたい。2.経営の停滞の背景(1993
年〜1997年)周知のように,台湾も
NIEs, ASEAN
諸国など他のアジア諸国と同様に,輸出志向工 業化によって急速な経済発展を遂げてきた。このような経済発展とともに,台湾の消費 者の経済状態も豊かなものとなり,その購買力も上昇し,消費者の自動車に対する需要 は小排気量の1200 cc
から,1300 cc〜1600 cc,そして1600 cc〜1800 cc
へと変化してい くことになった。このような需要の変化に対して台湾の各自動車メーカーは,カローラ(国瑞汽車:トヨタ),リアタ(福特汽車:フォード・マツダ),シビック(三陽汽車:
本田),セントラ(裕隆汽車:日産)などを新規に投入,あるいは既存の車種の排気量 を増やすなどの改良を行い,消費者の需要に応えようとしている。
一方,大慶汽車もこのような台湾における消費者の需要の変化に対応すべく,1994 年当時,日本で発売されていた「インプレッサ(排気量
1600 cc〜2000 cc)
」を現地生 産することを検討している。しかしながら,大慶汽車の出資会社である富士重工は当 時,SIA(Subaru−Isuzu−Automotive)への海外投資によって,約600
億円の赤字を抱え る状態に陥っていたのであ12
る。したがって,富士重工は大慶汽車に対して,インプレッ サの現地生産化を可能にする新たな設備投資をすることが容易ではなかったと考えられ る。しかしながら,その結果,1995年には大慶汽車の工場稼働率は
5% を推移すると
いう状態に至ってい13
る。そして結果として,先ほどの第
9
表にあるように,1992年以────────────
12 「富士重工 得意の多目的車でトップ」『日経ビジネス』1991年10月7日号,NO. 609。SIA設立にお ける失敗によって発生した債務で富士重工は日産から役員を招くなど再建に当時躍起になっていた。
第9表 大慶汽車における生産台数 年度
車種 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 DOMINGO
ESTRATTO JUSTY TUTTO IMPREZA
4113 701
5896 12827 474
2727 4486 15003
3026 3044 9189
1243 1686 3940
1604 1884
1149 365
1386 472
809
480 1388
2621 134
2523 1507
合計 4814 19197 22216 15259 6869 3488 1514 1858 1289 4009 2657 1507
出所:富士重工のおける聞き取り調査より作成。
注:2000年の生産台数は5月実績まで。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
112(112)
降,大慶汽車の生産台数は減少の一途をたどっていくのである。このように,大慶汽車 の経営状況は,「『大慶汽車は台湾から撤退するのでは』と他の台湾自動車メーカーの関 係者からいわれるような状
14
況」にまで悪化していった。したがって,このような状況の なか,大慶汽車自身の経営はもちろん,富士重工そのものの海外経営の見直しを迫られ ることになったことはいうまでもないであろ
15
う。
Ⅲ 台湾市場における差別化実施に対する諸問題と 解決について(1998 年〜2001 年)
1996
年になって,富士重工が日本国内市場,並びに北米市場において発売したステ ーションワゴン「レガシィ」が好調であったこともあり,富士重工の経営状態もようや く安定するようになっ16
た。そこで,ようやく
1998
年になって,富士重工は大慶汽車の 経営の見直しを試みている。さて,大慶汽車の親会社ともいってよいであろう富士重工が,新たに台湾自動車市場 に導入したのは,先ほどの「インプレッサ(1600 cc〜1800 cc)」である。そこで,新た に市場に投入されたインプレッサの生産状況について,先ほどの第
9
表を再び見てみよ う。第9
表にあるように,インプレッサは1997
年に480
台,1998年には2621
台,1999 年には2523
台と順調に生産台数をのばしていることがわかる。これは,1995年〜1997年までの
TUTTO
のおよそ300
台強という各年度の生産台数から比較すれば,約3
倍程度の増加が見られ,好調な売れ行きであったといってよいだろう。
だが,このインプレッサが販売される市場は,台湾の自動車市場の中でも比較的需要
の多い
1600〜1800 cc
のセグメントであった。当然のことながら需要が多い市場に参入すれば競合他社も多いことはいうまでもない。そこで
2000
年に入って,大慶汽車(富 士重工)は,競合他社の車種との差別化を図り,少量生産のなかでも高付加価値の車種 を販売することで,収益を安定化させることを経営の中心に据えることになる。具体的 には,台湾自動車市場において,同排気量のセグメントに存在していなかった車種,具 体的にはインプレッサの最上級車である高性能車のターボ車(2000 cc)を投入するこ とであった。しかしながら,このターボ車を台湾において現地生産するためには様々な────────────
13 西川純平「台湾における自動車メーカーの企業数と産業政策との関連について」『ワールドビジネスレ ビュー』第3巻第1号,2002年1月,20ページ。
14 富士重工での聞き取りによる。
15 実際に,大慶汽車でのその後の生産台数は激減している。もちろん,この時点において,富士重工が台 湾からの撤退を検討しなかった訳ではないことも付け加えておこう。だが,大慶汽車が設立されて以 来,未だ5年も経過していないこともあり,設備投資の回収も終了していなかったこともあり,撤退ま でには至らなかったといわれている。
16 「富士重工業−レガシィ好調で94年度に黒字転換(業績急回復会社の秘密)」『東洋経済』,1994年4月 2日。
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (113)113
課題を克服しなければならなかったことがまず指摘できる。だが,なによりも,台湾自 動車市場において,大慶汽車並びに富士重工が掲げている差別化を行うための基盤作り が必要となった。つまり,前者は台湾自動車産業の脆弱性に起因する問題の解決であ り,後者は差別化戦略を徹底しうる「自動車市場の情報の出し入れが行える企業組織の 確立」である。ではまず,大慶汽車によるインプレッサのターボ車国産化における問題 の解決過程を見ていくことにしたい。
1.台湾自動車産業の脆弱性の克服
さて,大慶汽車(富士重工)によるインプレッサのターボ車の国産化も,国産化を決 定した
1998
年12
月の段階から,およそ1
年半後の2000
年4
月まで待たなければなら なかった。では,ターボ車の国産化を翌年(1999年)の段階でなぜ行うことができな かったのであろうか。それは,次のように説明することができる。まず第
1
に,既に指摘した台湾における自動車産業の脆弱性があげられる。1996年 末にインプレッサ(1600 cc〜1800 cc)の台湾での生産が,大慶汽車(富士重工)によ って検討された。この段階で,当時大慶汽車(富士重工)は,以前から取引を行ってい た台湾の部品メーカーとの取引関係の見直しを図ることで,インプレッサ国産化によっ て発生する諸問題(主に品質面とコスト面での問題)の解決を図ってい17
る。
だが,上述の部品メーカーに対する品質面,コスト面における問題の解決は,ターボ 車以外のインプレッサに関するものであったことをここで指摘しておこう。というの も,インプレッサのターボ車は,通常のインプレッサが用いている自然吸気エンジンに 比べ,過給器など非常に精密さが要求される部品などが新たに使用されているのであ る。特に高出力のエンジンからの出力を受け止められるだけの部品,とりわけ,サスペ ンションや駆動系などのほとんどの部品をターボ車専用に変更しなければならなかっ た。このような部品はいうまでもなく,非常に高度な技術を用いなければ生産できず,
部品産業が脆弱である台湾国内においては調達できなかった。したがって,当然,次に 考えなければならないことは,台湾で現地調達を受けることが不可能な部品を,日本か ら輸入しなければならない,という問題である。
さて当時,台湾経済部工業局が設定していた国産化率は
45% 以上であった。通常の
インプレッサの国産化率は46% 程度であったのに対して,先程述べたように,台湾国
内において現地調達が不可能となる以上,ターボ車の生産において,その国産化率はさ────────────
17 西川純平「台湾における自動車部品サプライヤーシステムの発展−日本における自動車部品サプライヤ ーシステムとの比較−」『商学論集』1999年9月。なお,この見直しの問題に関しては既に拙稿におい て論じているため,ここでは詳しく述べないが,取り引きしていた部品メーカーを従来の120社から約 50社にまで削減するなど,コストと品質の両側面において取引関係を見直している。また,現地の部 品メーカーに品質管理指導を徹底するために,日本から富士重工の品質管理部の責任者を1ヶ月の間に 数回台湾に出張させるなどの取り組みを行っている。詳しくは拙稿を参照のこと。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
114(114)
らに減少してしまうことは不可避であったといえよう。
またさらに,この国産化規制に関わることであるが,台湾政府の産業育成政策の一環 として制定された部品買い戻し制度の存在が,さらにターボ車の国産化を一層難しいも のにしていた。というのも,部品買い戻し制度は,台湾の自動車メーカーに対して「部 品輸入額の一部を輸出で相殺することを義務づけ
18
た」法律であり,第
10
表にあるよう にその買い戻し比率は年々引き上げられることになっていたのである。さて,以上述べてきたようなインプレッサのターボ車の部品国産化に関わる問題(国 産化規制),そして国産化が難しい部品を日本から輸入する際に関わる問題(部品買い 戻し制度)など,大慶汽車(富士重工)が解決しなければならない課題は多く,早急に ターボ車の生産体制を整えるのは不可能であったのである。では,このような問題を大 慶汽車はどのように解決していったのであろうか。その過程を,順を追ってみてみよ う。
まず,大慶汽車は部品買い戻し制度の条件に対して,1997年末から生産を開始した インプレッサを,第
11
表にあるように海外(南米)へ輸出することで克服しようし た。第11
表にあるように,その輸出台数は年々増加の傾向を示しており,1998
年は244
台であったのに対し,2000年には842
台と約4
倍にまで輸出台数は増加している。そ の結果,第12
表にあるように,例えば大慶汽車の1998
年の輸入額が490
万8
千ドルに 対し,輸出額は623
万4
千ドルと,台湾の自動車メーカー9
社の中で唯一,輸出額が輸 入額を上回る状況にまで至っている。その結果,部品買い戻し制度をクリアし,また完 成車の輸出によって,ターボ車生産によって生じる国産化率低下分を穴埋めすることも 可能になっ19
た。
さてこのようにして,大慶汽車(富士重工)はインプレッサのターボ車国産化におい て,台湾の自動車産業の脆弱性よってもたらされた様々な問題を克服していった。では 次に,差別化の実施に関する問題を,大慶汽車がどのように克服していったのかを説明 していきたい。
────────────
18 『2000アセアン・台湾自動車部品産業』フォーイン,2000年,104ページ。
19 当時は台湾の自動車産業の中で唯一完成車の輸出をしている自動車メーカーとなり,台湾経済部工業局 からも1999年6月に輸出企業として表彰されるなどその功績を高く評価されている。台湾経済部工業 局HP「經濟部工業局全球資訊網」http : //www.moeaidb.gov.tw
第10表 台湾における自動車部品買い戻し比率引き上げ計画(1997年12月発表)
年 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 自動車部品の買い戻し比率 13.0% 14.0% 15.0% 16.0% 17.0% 18.0% 19.0% 20.0% 21.0% 22.0%
*WTO加盟まで年率1% の買い戻し比率引き上げ。
出所:『2000 アセアン・台湾自動車部品産業』フォーイン,2000年。
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (115)115
第11表 大慶汽車による輸出実績
仕 向 地 車 種 1998 1999 2000
チ リ
4 D 1.6 G 4 D 1.6 G 4 D 1.6 GLA 4 D 1.8 GX 5 D 1.8 RLA AWD
0 0 187 0 0
24 0 338 0 20
0 348 0 444 0
セントマーチン
4 D 1.6 G 4 D 1.8 GXA 4 D 1.8 GLA 4 D 1.8 GLA AWD
0 0 21 6
0 30 30 0
6 0 0 0 フ ィ ン ラ ン ド 5 D 1.6 RXA
5 D 1.8 RLA AWD
15 15
0 0
0 0 キ ュ ロ ッ ソ
4 D 1.6 G 5 D 1.6 L 4 D 1.8 GXA
0 0 0
0 0 5
10 2 0
ア ル バ 4 D 1.6 G
5 D 1.6 L
0 0
0 0
28 4
合 計 244 447 842
出所:富士重工社内資料。
第12表 台湾における自動車部品買い戻し制度による輸出額(1995〜1999年)
(単位:1,000 USドル)
自動車
メーカー 項 目 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 (前年比) 構成比
中華汽車
(三 菱 自 動車)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
13,235 1,617 59,033
13,790 4,146 54,311
13,348 4,118 51,656
27,500 764 50,663
38,099 40,121 61,068
(38.5%)
(5149.4%)
(20.5%)
27.4%
28.8%
43.8%
輸出額合計 73,886 72,247 69,122 78,926 139,288 (76.5%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
500,241 14.8%
438,923 16.5%
266,366 26.0%
328,723 24.0%
426,357 32.7%
(29.7%)
(−) −
裕隆汽車
(日 産 自 動車)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
7,757 6,650 71,103
9,534 5,757 78,530
5,015 7,899 113,551
647 1,591 95,692
746 9,804 115,149
(15.3%)
(516.2%)
(20.3%)
0.6%
7.8%
91.6%
輸出額合計 85,509 93,822 126,464 97,930 125,699 (28.4%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
213,827 40.0%
309,133 30.4%
276,123 45.8%
268,082 36.5%
298,632 42.1%
(11.4%)
(−) −
国瑞汽車
(ト ヨ タ 自動車)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
1,874 60,553 18,313
1,559 46,132 32,252
1,332 36,170 39,355
532 8,055 26,590
410 16,802 37,088
(▲22.8%)
(108.6%)
(39.5%)
0.8%
30.9%
68.3%
輸出額合計 80,741 79,943 76,857 35,177 54,300 (54.4%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
372,076 21.7%
383,420 20.9%
325,943 23.6%
325,415 10.8%
287,423 18.9%
(▲11.7%)
(−) −
三陽工業
(本 田 技 研工業)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
8,408 15,575 21,706
14,231 8,565 24,164
13,049 9,743 25,157
1,992 8,237 15,791
5,916 4,070 24,351
(196.9%)
(▲50.6%)
(54.2%)
17.2%
11.9%
70.9%
輸出額合計 45,689 46,960 47,949 26,021 34,337 (32.0%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
220,719 20.7%
177,341 26.5%
177,327 27.0%
76,263 34.1%
127,291 27.0%
(66.9%)
(−) − 同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
116(116)
2.差別化実施のための企業組織の見直し
ところで,先ほどから繰り返し使用している「差別化」という用語であるが,一方で 差別化とは,あくまでも「イメージ的」なものであって,台湾はもとより消費者に浸透 させることは難しいといえよう。このような意味で,差別化そのものを販売活動の前面 に押し出す事を可能とする組織が,大慶汽車には存在しないという問題が浮かび上がっ たのである。この問題の背景には,さらに,大慶汽車本社の立地条件が大きく関わって
自動車
メーカー 項 目 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 (前年比) 構成比
福特六和 汽車
(Ford Motor Co.)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
82 1,939 22,393
55 946 38,224
18 280 34,064
− 178 28,292
− 62 24,593
−
(▲65.3%)
(▲13.1%)
− 0.3%
99.7%
輸出額合計 24,415 39,225 34,362 28,470 24,655(▲13.4%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
213,227 11.5%
331,573 11.8%
205,390 16.7%
127,384 22.4%
143,551 17.2%
(12.7%)
(−) −
台湾五十 鈴汽車
(い す ゞ 自動車)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
−
−
−
−
−
−
−
−
− 314 4,441 3,688
182 3,381 7,953
(▲42.1%)
(▲23.9%)
(115.7%)
1.6%
29.4%
69.1%
輸出額合計 − − − 8,442 11,516 (36.4%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
−
−
−
−
−
− 54,964 15.4%
31,355 36.7%
(▲43.0%)
(−) −
太子汽車
(ス ズ キ 自動車)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
−
− 3,970
−
− 3,077
−
− 2,712
−
− 2,964
−
− 3,212
−
−
(8.4%)
−
− 100.0%
輸出額合計 3,970 3,077 2,712 2,964 3,212 (8.4%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
49,015 8.1%
28.756 10.7%
24,147 11.2%
24,762 12.0%
12,703 25.3%
(▲48.7%)
(−) −
大慶汽車
(富 士 重 工業)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
973 504 783
2,025
− 2,112
2,058
− 4,102
3,746
− 2,488
5,190
− 2,451
(38.6%)
−
(▲1.5%)
67.9%
− 32.1%
輸出額合計 2,260 4,136 6,160 6,234 7,641 (22.6%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
4,281 52.8%
5,125 80.7%
4,677 131.7%
4,908 127.0%
9,471 80.7%
(93.0%)
(−) −
羽田機械
(ダイハツ,
Peugeot)
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
− 441 3,040
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
輸出額合計 3,481 − − − − − −
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
82,291 4.2%
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
自動車 メーカー 合計
輸出額
提携自動車メーカーの日本拠点* 提携自動車メーカーの海外拠点**
提携部品メーカーの拠点***
32,329 87,280 200,341
41,194 65,546 232,669
34,820 58,210 270,597
34,730 23,267 226,168
50,543 74,240 275,866
(45.5%)
(219.1%)
(22.0%)
12.6%
18.5%
68.9%
輸出額合計 319,950 339,410 363,627 284,166 400,649 (41.0%)100.0%
前年の輸入額
(買い戻し率=輸出額/前年の輸入額)
1,655,676 19.3%
1,674,272 20.3%
1,279,974 28.4%
1,210,502 23.5%
1,336,783 30.0%
(10.4%)
(−) −
*提携自動車メーカーの日本拠点への輸出。例:中華汽車から三菱自動車への輸出。
**提携自動車メーカーの日本以外の拠点への輸出。例:中華汽車から三菱自動車のフィリピン拠点へ輸出。
***台湾の系列部品メーカーから提携自動車メーカーの系列部品メーカーの拠点への輸出。例:中華汽車の系列部品メーカーか ら三菱自動車の系列部品メーカーへの輸出。
出所:『2000 アセアン・台湾自動車部品産業』フォーイン,2000年。
台湾自動車産業の生産規模をめぐる問題(西川) (117)117