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1 奈良平安時代 の遺物

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(1)

A瓦 埠 類

2次

にわたる調査の結果出上 した瓦導類はその多 くが丸 。平瓦であ り軒瓦は少な く

,隅

平瓦や若千の導をふ くむ。 出土状況は掘立柱抜取 痕跡・ 濤・ 井戸などか ら出上 した少量の他は

,調

査地域全域に分散 して出上 した。傾向としては

,十

坪に少 く

,十

五坪

,そ

れも発掘区西半 分に多かった。 とはいえ

,発

掘面積や検出 した建物の棟数に比 して

,瓦

類の量は少い。

軒丸瓦 (PL.14,fig。

10)11型

式■種の軒丸瓦をえた。多 くが過去の平城官の調査で出土

,報

告 されているものである。単弁 の瓦は6133と 6151で,他 はすべて複弁である。

6133Hは

内区に単弁16弁蓮華文を

外区には内縁に珠文を配 し

,外

縁は素文 とす る。時期は平城宮瓦編年 の第 Ⅲ期であるキ。

6151Aは

緑釉瓦。内区は単弁

8弁

蓮華文で

,弁

間が広い。外区内縁には珠文を疎にめ ぐらし

,外

縁 は6133とおな じ く素 文である。胎土は軟質で灰白色を呈す。表面の緑釉は大部分崇1落している。同絶品は平城官推定東院地区周辺などで出土 し

,東

院所用瓦 と かんがえ られている。第 Ⅳ期。

6225Cは

内区に径の大 きな中房 と

8弁

の複弁蓮華文を配 し

,外

区内縁は

2重

圏線を

,外

縁には凸鋸歯文を配 す。第

I期

にぞ くす。

 S A870柱

抜取痕跡か ら出土。

6282Gは

内区が平板なX/R刻に近い複弁

8弁

蓮華文で

外区内縁は珠文

,外

縁は線鋸歯 文 とす る。第 Ⅲ期である。5点出上 し

うち

2点

S B980A, S B869の

柱抜取痕跡か ら出土。

6285Aは

複弁蓮華文で

,外

区には珠文 と線 鋸歯文を配す る。第 Ⅱ期である。

6291Aは

間弁が蓮弁の形にあわせて周囲をめ ぐる複弁

8弁

蓮華文で

,外

区は珠文 と繰鋸歯文を配す る。第

I期

である。

6301Bは

中房 の蓮子が

1+5+9の

複弁

8弁

蓮華文で

,外

区は線鋸歯文 とし外縁上 に 凹線 を め ぐらす。第

1期

に ぞ くす。

631l Bは平城官のいわゆる内裏型式で

, 1+6の

蓮子をもつ中房は弁区に比べて一段四む。外区には珠文 と線鋸歯文を配す る。第

I期

であ る。6316は間弁のない

8弁

の複弁蓮幸文である。

Gは

中房が突出す るもので

,運

子は

1+7で

ある。同範の瓦が平城京朱雀大路の調査で出

*『奈良国立文化財研究所基準資料1(瓦2)』

  

間前半までの期間。第 1期,養老年間後半から

   

第Ⅳ期,天平宝字元年(757)から神護景雲 年 間 1975,平 城官内の造営工事を基準として五期に

   

天平17年 (745)の平成還都 まで の期 間。 第 Ⅲ

   

までの期間。第V期 ,宝亀元年(770)以,延 区分する。第 1期,和銅初年の遷都から養老年

   

,平城還都後から天平勝宝年間までの期間。

   

3年(784)までの期間。

(2)

勲… … …孟

・―     ′事 thp■tr―

妹 珍珍珍 珍姥物笏 ″彩一一一 一一仲

̲ィ̲,̲,̲̲̲司ドーーーーーーーー」(と――̲̲̲̲̲――…――――――――

=PCn ag。

10 6AFI―

H区出上軒瓦実測図

(3)

るキ。6316は

Aか

らJまで あ り

,平

城 京羅城 関地区*半

,西

隆寺跡 な どか ら出上。第 Ⅲ期 であろ う。ほかに新型式 の軒丸 瓦が 1点あ る。複弁

8弁

蓮華文 に復 原 で きる。 中房 の蓮子 は

1+6で ,中

央 の蓮子を大 き くす るのが特徴である。

軒平 瓦 (PL.14,fig 10。

11)13型

式14種 の軒平瓦 をえた。 新 出の ものが

, 1型

2種

あ る。瓦 当文様 はいずれ も均整 唐草 文 であ る。

6663,6664,6671,6710は

三 回反転 の均整唐草文 であ る。6663は 外区に二重 圏線をめ ぐらす ものでAと

Dが

出 土。 いず れ も曲線顎である。 平城宮内では第2久朝堂院地区 な どで軒丸 瓦6225と 組 み多量 に出上 してい る。6664は

Fが

出 土。段顎 で

,軒

丸 瓦63■Bと組 む。時期は第 Ⅱ期。6671は 上外区 。脇区を長円形 の珠文

下外 区 を線 鋸歯文 とす る。 いわ ゆ る興福寺式 の系統 で

,Dが

出土。

Dは

平城京左京一条三坊 の調査 で出上 してい る**キ。顎 の形 態 は

,左

京一条三坊 の出土 品が段顎 であるのに対 し,今回の ものは曲線顎である。6671は 軒九瓦6301と 組む。6710は 中心飾 りが出形 とな るもので外区 の珠文帯 には珠文 のみの もの と

,珠

文 と

X文

を配す るものがあ り

,前

者 を

C, 

後者 をAと した。

Cは

これ まで唐車文や珠 文 の位置関係か ら

Aの

彫 り直 しと考 え

,Abと

して きた半***。 しか しその後 の平城宮 の調査 で絶 の破れ 日を もつ

Aが

出上 し たため

,上

述 の見方 を変更 し別種 とした (fig。 11)。

Cが

Aと異 な る点は

,内

区 の唐草文 が大振 りで巻 きが浅 い こと

,右

2単

位 の主葉が界線 に と りつ くこと,外区 の

X文

が ない ことな どである。顎 は曲線顎 であ り,同抱瓦 は平城京羅城 門地 区,

朱雀大路

,西

隆寺東 門跡 の調査 で出土 してい る。第 Ш期 にぞ くす る。

6667A,6760Aは

4回反転 の均整唐車文 である。

6760Aは

従来 の もの とは趣 を異 に し

中心飾 りに向 って瓦 当面左右両 脇 か ら連結 した主葉が発 し子葉 も多 く付随す る。外区には珠文 を配 し

,顎

は曲線顎である。4点出上 し

うち3点が緑釉

瓦 で ある。調整 は無釉瓦 の凸面に縄叩 き目を残す。施釉瓦は両面 とも丹念 に箆磨 きす る。釉は瓦全体 にかけ るわけでな く, 瓦 当面は全面 に

,凹

面 と側面 は瓦 当か ら約20cm前 後 に

,凸

面は約10Clll前後 に限 る。 無釉瓦 は瓦 当右上端に絶 の破れで生 じ た細隆韓が走 る。平城宮 出上 の同拍瓦では

,傷

は無釉瓦 にのみ存 し

,施

釉瓦 にはない。 おそ らく新絶 で施釉瓦 を集 中的 に 生産 した ものであろ う。施釉瓦は平城宮内の東院地区周辺 にみ られ る。 無釉瓦 は平城宮 の東院地 区 お よび秋篠寺

,長

岡宮 か らも出上 している。緑釉 の軒丸瓦6151Aと組 み

,時

期は第 Ⅳ期である。4点 とも小路 (s X873)西 側 の整地土層か ら出土

,特

定 の遺構 に結 びつか ない。

5回反転均整唐革文 には6721,6723があ る。6721は 今回の

Kを

加 えて11種 とな った。他 に C・

Fが

出土。 6721は いずれ も似 てい るが

,Kは

内区文様 では中心飾 りの形 や

右第3単位第1支葉先端 が下外 区につ らな る こ とな どが特徴 であ る。

珠文 の数 は上外区

25,下

外 区18で あ る。顎は曲線顎で平瓦部は凹面は布 日

,凸

面は斜行す る縄 叩 き日で

いずれ も全体 を

キ奈良市『平城京朱雀大路発掘調査報告』

(19   

掘調査報告』(1972,P 20〜27,33〜34)キ*子『羅城門報告』P,20〜22,『未雀F日報告』

1琳 ::1帥 響

ittil

h日.■ 6710A型式軒平瓦

74, P.12〜13, 19〜 20)

■キ大和郡山市教育委員会『平城京羅城門跡発

I*単『平城宮発掘調査報告Ⅵ』(奈文研学報第23    P,11〜2,19〜20 , 1975, P33〜37, 140〜 143)

(4)

軒 丸 瓦

個 体 数 型式番号

直 径 1中房径

1蓮子数

1弁区径 弁 幅 弁 数

外 区 広絲 卜 寵 罪

613311 6133不 6151A 6225C 6282(3 6285 6291 6301B 6308B 631l B 6316(〕

新 型 式 型 式不 明

(163)

(144) 162 162 (161) (162) (166) (162)

147

43 30 64 44 33 35 48 36 42 36 53

1+6 1+6 1+8 1+6 1+6 1+6 +5+

1+6 1+6 1+7 1+6

(111)

(85) 116

94 (87) (87) (106) 94

96

RV

L V2

LV

L Vl L V3 L Vl L V2

1 1

5

5

1 l

l l 1

1 1 1 1

軒 平 瓦

型式番号 弧 深 厚 さ 内区

文様

き 外 蛋

1圭

外 轟

1琶

外 晉

1裏

外 羅

1脇

1監

全 長 体数

6555 6663A 6663D 6664F 6667 6671D 6682 6710C 6716B 6721C 6721F 6721K 6721不 6723 6760A

型 式 不 明 (284)

(245) (275)

(245)

(265) (289)

(286)

(275) (282)

(273)

(280) (297)

KK KK G KK

K K KK KK KK KK

KK

KK KK KK KK KK

(14) 9 16 (15)

21 14

74 58 78 62 60 65 55

・2 53

∽     硼             3   4 4

Ⅲ 遺

T―単弁

  F―

複弁

  S―

珠文 G―重弧文

  KK―

均整唐草文

22

K―圏線・界線

  LV一

線鋸歯文

  RV一

凸鋸歯文 単位剛

  ()は

同絶瓦の計測値

箆 でていね いに肖Jってい る。同摘 品が法華寺境内で出土 してい る。

時期は

,瓦

当文様 や調整方法か らみて他種 と同 じ第 Ⅲ期において よ いだろ う。 したが って組み合 う軒丸瓦 も平城宮内 とおな じく6282で あ る とか んが え られ る。今回は

6282Gが

出土 してい る。遺構 との関 連 では

,Kが

S B869, S B970の柱 抜取痕跡 か ら

,種

不 明のものが

S B987の柱抜取 痕跡か らそれぞれ 出土 してい る。

       │

6723は 新型式で

,今

回最 も多 く出土 した。内区文様は きちん とし た左右対称 の均整唐車文 とはな らずか な り退化 してお り

,瓦

当左側 は唐草文 も途切れがちで

,主

,第

1・

2支

葉が全 て摘iってい るの は第

2単

位 のみで あ る。外区 は大振 りの珠文 で

,上

外区

27,下

外 区

26,脇

区各

3で

あ る。平瓦部 は凹面が布 目で凸面は縦位 の組 叩 き目 をかな り荒 く全 面に削 っている。顎は直線に近 い曲線顎。色調は出 土 した22点 すべて乳 白色を呈 し

,特

徴 の一つ に数 え られ る。6723は 6721を 祖型に した よ うであ るか ら,第Ш期以降に位置づけ られ よ う。

組 み合 う軒丸 瓦 は不 明。発掘区全体 にわた って出土 したが

,十

五坪

の調査地域 中央 か ら北東寄 りの地区にやや集 中 していた。遺構 との 関連 では, S B965, S B982の 柱抜取痕跡か ら出土。

この他 に

6716Bが

出上 してい る。6716は

3種

とな った。

Aは

法華 寺 阿弥陀浄土院跡

*,音

如谷瓦窯跡**で

, Cは

大安寺跡***で 出上 し ている。 いずれ も中心飾 りの左右に連 な ってのび る主葉 の上下 に,

支葉が各3単位派生 してゆ くもので

,A・

B・

Cは

支葉 の派生や巻 き方が若干異 な る。大安寺跡 で ま とまって出土 してい る6712に 系譜 的 に連 な るものであろ う。外 区,脇区は菱形 に近 い珠文 であ る。顎は

*「平城官跡とその周辺の発掘調査」(奈文研年報 1973,P27〜29)

*■ 森郁夫・吉田恵二「平城ニュータウン地域内遺跡発掘調査概要」(『埋蔵文化財発 掘調査既報』1974 京都府教育委員会 P,125〜133)

**士「大安寺発掘調査既要」(奈文研年報 1967 P l〜 5)

保井芳太郎

 

「花瓦流波紋推移変遷図(其)」 (『大和古瓦図録』1928)

Tab.3 

軒瓦分類表

(5)

il=4=!││14110ヽ 酷1常

=■=「

│ltl●

A・

Bが

曲線顎

, Cは

段顎である。 出土例は

,瓦

当と平瓦の接合 は平瓦の凸面に厚 く粘土をあてて行 っている。平 瓦部は凹面に布 目を残 し

凸面は荒 い箆削 りを行 う。 瓦当外縁 にかな り広いはみだ しがある。 S B974の 柱抜取痕 跡か ら出土 した。

その他の瓦類

(Fig 12)瓦

類 で最 も多 い丸瓦

,平

瓦 は整理途上 であ るため観察 しえた範 囲内 で述べ よ う。

平瓦 は多 くが粘土板1枚作 り製 作 に よ る と思われ るが

,確

実 な証拠 は見 いだ してい な い。 凹面に布 目圧痕

,凸

に縄 叩 き 目を とどめ るものが多 い。縄 叩 き 目の方 向は縦位 が主 で

,横

位 は ご く少数 であ る。 成形後 の調整 に よって

3種

類 に分け られ る。

       │

1:凸

面 の縄 叩 き 目を換端縁か ら約10Clll前後磨 り消す。 凹面は調整せず

,布

目圧痕 を残 す。

 2:凸

面 は縄叩 き目 を残 す。凹面は四辺を浅 く面取 りし

,そ

の部分 の布 目圧痕 を消す。 この幅は平均 で l cm程 度だが

,瓦

に よっては最

大 で3 clllに及ぶ ものがあ る。

3:凸

面 お よび凹面には特別 の調整を行わずそれぞれに縄 叩 き 目

,布

目圧痕を残す。

この うち

,主

体 とな るのは2で , 1と 3は少 い。1は比較的厚手 の ものが多 い。2は復 原 で きる ものや

,大

形破片

があ り

,全

長 は平均 で36clllから37clll,広 端 面幅27CIll,狭端面幅平均22cmか ら23clll,厚 さは平均2 5 clll。 色調 は灰青 色 を呈 し

,胎

土 中に黒色 の小石 を含む ものが多 い。S B 987の柱抜取痕跡 か らか な りの量が 出上 した。 平瓦 には施 釉 品が少数 あ る。すべ て緑釉 で

,釉

は瓦全 面にお よばず狭端面 と凹面の一部 に限 られ る。つ ま り凹面は狭端縁 か ら 約20clllの範 囲で

しか も左右 の側縁 か ら約2 clllを除 いた部分 に釉をかけた と推定 で きる。胎土 は軟質 で灰白色を呈

してい る。

九 瓦 は完全 な ものがないが

,破

片 か ら判 断 してすべ て玉縁丸瓦 で

,い

わ ゆ る行基丸 瓦 はない。製作 は粘土板巻 き つ けに よる成形 とかんがえ られ

,粘

上 紐巻 き上げ に よる成形 の痕跡は見 いだせ なか った。 凹面は布 目圧痕を とどめ るが

,凸

面 は縦位 の縄 叩 き 目を箆 で丹念 に調整 してい る。

この他 に隅平瓦が1点出土 して い る。通常 の平瓦 の広端部 を角度をつけて切 り落 してお り

,現

存す る側縁 か ら切 断縁 まで の角度 は約120° で ある。面戸瓦 。英斗瓦等は出土 していない。

導 類 (F意

13,14)長

方簿 の もの と台座 様 の特殊 な形 態 の ものがあ る。長方簿 はS B 869, S B970の 柱穴 に礎板 と して埋め こまれていた。完形 品では

,各

部 寸法 は縦30.8clll,横 15.8cln,厚 さ7.lcIIlをはか る。方

1尺

の ものを半我

した ものであろ う。

台座様 の嬉 は

,直

方体 の上 面四辺 を大 き く面取 りし

,中

央部を削 り残 したいわぼ我頭 四角錐台 とな っている。 中

央部には方3 clll前後 の仕 口穴 を

2箇

所 に穿つ。各面は丹念に調整 したあ とに稜線 や社 口の位 置 を示す定線 を刻み, fig.13特 殊 蜂

(6)

時期

Tab.4 6AFI区

軒瓦の時期 と組合せ

(太字は平城宮内での出上が少いか未見のもの)

:̲̲̲̲̲̲̲r̲‐I上̲̲̲̲̲―Ch

fig.14特 殊 蜂 実 測 図

I期

  

第 Ⅱ期

    

第 Ⅲ期

  

第 Ⅳ期

6225C―‑6663A 613311       6151A―‑6760ノ

:ち

貿 食

       6282GI:::子

:       6716E3 6301B一

‑6671D      8723 6308B    6310G‑6710C

631l B‑6664F 6667 6682

これに よって仕事 を行 ってい る。すべて焼成前 の加工 であ る。仕 口穴 の周辺は薄 く象J離してい るか ら

,お

そ らく 中央 の仕 口穴 に柄 をか ませ て柱状 の ものを立 てたのであろ う。 横23.5cIIl, 縦 現存部 最大長26.4c皿

,高

8.8clll。

S E978の埋ELか ら出上 した。

6AFI区

瓦類 の特 色

 6AFI区

の軒瓦 を平城宮出上 の瓦 と比較す る とつ ぎの よ うな特徴が指摘 で きる。

1:主

体 とな る瓦 は従 来 宮 内で未 見 の新 種 。新型式で あ る。

2:出

土 点数 は少 いが官 内か ら出土す る軒瓦 と同絶 瓦 があ り

宮 内での組 合 うセ ッ トが何種 類か 出土 した。

 1は 6AFI区

の独 自性を示 し

, 2は

宮 内出土瓦 との 共通性 を示す。 この よ うな独 自性 。共通性 はいかな る意味 を もつ ので あ ろ うか。

Tab.4に

よる とこの共通型式 は 第

1期

か ら第 Ⅳ期にわ た るが

,出

土数は第

1期

に多い。 これに対 して この地区の独 自型式があ らわれて くるのは 第 Ш期以降 の現象 で あ る。 これは京 内で の瓦 の使用 にかかわ る問題 で あ る。 はや くか ら官・ 京 の造営 に 関 し て は

,こ

とな る軒瓦が製作・ 使用 され た可能性がかんがえ られ

,近

年 の調 査 の進展に ともな って具体的 な指摘 が な されてきた。 す なわち

左 京三条一坊十四坪

(6AFJ区 )の

軒丸 瓦

6091A一

軒平瓦 6691B。 羅城 門跡周辺や朱 雀大路地 区 で の軒丸 瓦

6316‑軒

平瓦

6710Cで

あ る*。 今回 の軒平瓦6721K, 6723は これに加わ るものであろ う。

同時に

,上

述 の地域 の瓦 のあ り方 は

6AFI区

と似た傾 向を示す。 た とえば

6AF」

区 では70点 余 の軒瓦が あ る がキ*, この うち第I期か ら第 Ⅳ期 までの宮所用 の同絶瓦は少 く,と くに第 1・

I期

は少 い。 これに対 し

,主

体 とな るのは第 Ⅲ期 の

6091A‑6691Bで

全体 の

60%以

上 を しめ る。 これ につ ぐのはやは り第 Ш期 の軒平瓦6732で あ る。朱雀大路側濤 出土瓦 は この付近 の宅地 で使用 されていた と推定 され るが, ここで も第 Ⅲ期 の6316‑6710が半 数 以上 を しめ

,第

1・

1期

の官所用瓦 の同抱 品は少 い。 これ らの結果共通 してい る ことは

,軒

瓦は第 Ⅲ期以降 の ものが主体 を しめ

,そ

れ 以前 の瓦 は少数存在す るにす ぎず

,主

体 とな る瓦 は従来 平城 官 内では未見 か

,あ

ま り

出上 しない瓦 とい うことで あ る。 おそ ら く京造営用 の瓦 が確立 す る時期 が第 Ⅲ期以降 で あ り, この時期以降京 内 の建物 に瓦 の使用がふ えた のであろ う。 このよ うな傾 向が京内 の条坊 す べて にあては まるか ど うかは現段階 では わか らない。 た とえば

,左

京一 条三坊十五 。十六坪

(6AFB区 )の

調 査 では400点 以上 の軒瓦 が出土 してい る。

この瓦は第1期か ら第 Ⅳ期 にお よがが

,主

体 は第

1,第 1期

に あ り

,瓦

の型式は平城宮 内 と共通す る***。 この よ うな第

1,第

Ⅱ期 の瓦 が主体 とな る点 は上述 の様相 とおお き くことな っている。 これ については

,出

土木簡 か ら みて

6AFB区

には親王 級 の住宅があ り

,政

府 の官司が造作 を主導 した とか んが え られ てい る****。 そ ぅとす れ ば

,官

瓦窯か ら平城 官所用瓦 を供給 され た可能性があ るか ら

,第 1, I期

の瓦が多 い意味 も うなづけ る。

■『朱雀大路報告』P.19〜

20  

キキ「第46次調査」(奈文研年報1968P.39)  『平城宮報告Ⅵ』P,33〜

37  

キ■■同

  

P.136〜138

27

(7)

土器 類 は

,掘

立柱建物 の柱穴・ 濤・ 土墳・ 井戸 な どか ら出土 してい る。井戸 出土 の土器 は

,完

形 に近 い ものが多 く

,量

的 に もま とま って い るので, これを中心 に述べ る。南】ヒ小路側濤 S D872・ S D874か らも平安時代初頭 までの上器 がかな り出上 してい るが, 同時代 の井戸 出 土資料 ではぼ代表 しうるので

,今

回は記述 をはが いた。 なお

,器

形 と手法の記号表示は『 平城宮報告』に よる。

SE877出

土土器 (PL.15,■

g.15,16)井

戸 枠 の最下段 にあた る部分 に堆積 した砂映層か ら出上 した少量 の土器 と

,そ

れ よ り上層 の埋土 か ら出上 したやや量 の多 い土器 とにわかれ る。下層 の土器 は,いず れ も小破片である。土師器 と しては,放射 状暗文 を もつ杯・ 皿

,甕

お よび

その把 手 があ り,須 恵器 には平瓶把手 と甕 の破片が あ る。8世紀前半 中業頃 の型式 で,井 戸掘 さ く当初 の埋土中に埋没 した もの とみ られ る。

上層 か ら出土 した土器 には完形 に近 い ものが多 い。 奈良時代末期 の上器であ る。 まず土師器 か ら説 明す る と

,杯

には

,高

台 のない杯

Aが 器

B 土

\こ ̲̲ユ ̲ヱ

fig.15 s E877出土上師器実測図

̲95

(8)

fig.16 S E877・ S E967出 土土器実測図

7   ё .ク

H̲̲̲̲一

― 一  q

⊆ 三 重 垂 三 垂 塾 甦 型 型 型 些43

5点 (1〜

3)と

高台のある杯

Bの

2点

(4)が

ある。

1は

,日縁部以下の外面全体を箆削 りした (C手 法

)あ

と口縁部外面に箆磨 きを施 して いる。2・3は 1よ り小さ く

,日

縁部の外反の度合が強いもので

, 4点

ある。底部外面を指先でおさえたまま残 し

,口

縁部は横撫でで仕上げ ている。3の 口縁部は

,強

い横撫でのために

ロクロび きのよ うな外観を呈する。4は , 口縁部が大 き く開 き

,深

い。 口縁端部の内面への 折返 しは

,小

さいが鋭い。手法は1と同 じ。皿には

口縁端部の内面への折返 しがな く

底部外面が不調整 のもの1点

(5)と ,折

返 しが あ って外面を

C手

法で仕上げるもの2点

(6)と

がある。5の底部外面には

,共

形の焼成後の線刻がみ られる。椀にも

, C手

法のもの1点

(7)と ,そ

れ よ りもやや小さ くて

,日

縁部外面に箆磨 きを施 し底部外面を不調整のままに残す もの

3点 (8,9)と

がある。杯・ 皿・ 椀を つ 多じてみると

,外

面全体を箆で削るC手法のものがほぼ半数を しめている。 この手法をもつ土器は

,通

例のごとく茶褐〜赤褐色のやや粗 雑な胎上でつ くられている。 土師器には

,こ

の他に蓋A・ 盤A・ 高杯 。壺・ 甕

Aが

各1点ある。

 

A(10)は , 

Bと

一対になる。 盤

A

司 珂 ヨ

―一

(9)

(11)の 外面は

,底

部か ら口縁部に向って縦方向に箆で削ったあと

,横

方向の箆磨 きで仕上げている。 内面の下半には

黒色の有機物が付 着す る。ほかに内面黒色の黒色土器で

,高

台をもつ底部の小破片が1片あるが, 盤になるか もしれ ない。董 (13)は

球形の体部か ら広 く 短い直 回の口縁が立ちあがるもので

,高

台 と把手がつ く。体部内面は

,指

先おさえと用I毛による調整のあと苦し方向に撫でつけている。体部 外面には全体に箆磨 きを施す。甕

A(14)の

外面全体には煤が厚 くかかってお り

,体

部内面にも有機物が付着 している。

須恵器 の杯には

,大

中小各1点 (15〜17)の 杯

Aと ,杯 Bが

1点ある。蓋

Aは ,大

小各1点である。須恵器のなかでは,壷の多いことが 日 立つ。 体部が細長 くてやや太めの長い頸が と りつ く壺が2点 (18・ 19)と

,倒

卵形の体部に長頸のつ く壼 (20〜22)と の

2種

がある。後者に は,21とほぼ同高であるが体部の少 し細い ものが他に1点あ り

,大

きさのことなるものが

4種

で1個づつそろ うことになる。22の頸部の基 部は三段構成でつ くられてお り

,底

部には糸切痕がのこる。 このほかに盤・ 変の破片が少量ある。

SE987出

土土器

(PL.16,ig,16)や

は り奈良時代末期のものである。土師器の杯は6点であ り杯

A(23)と

杯 B(24・ 25)カミ半数づつ である。杯

Aの

うち1点のみが

底部外面だけを箆削 りする手法 (b手 法

)に

よってお り

他はすべて C手法で調整 したあと口縁部に箆磨 きを施 している。23の底部パ面に焼成後の線刻による×印がある。皿には

,大

1点 。中2点

(27),小

1点 (26)が ある。27の

C手

法で仕 上げてお り

他はすべて底部外面を不調整のままのこしている。枕

A(28)も

C手法の仕上げであ り

他に外面を箆磨 きす るものが1点 る。蓋2点の うち

,29は

頂部が世I形をなす蓋

Aで

あ り

,他

の一つは平坦である。29には外面の縁部をめ ぐる箆磨 きがない。 また外面の縁部 には

,黒

色の有機物が付着 している。甕は2点あ り(30),図 示 しなかった個体は

,体

部内面を箆削 りで仕上げたものである。

須恵器には

,蓋 Aが

2点(31・32),20に 似た小形 の重1点

,鉢

1点 (33)お よび奏の破片が少量ある。鉢は完形に近い。体部・ 回縁部のPI・

面は全体に媒がついてお り

高台 と底部外面は火熱を うけて赤色〜灰白色を呈す る。 鉢形の底部破片 とみ られる施釉陶器が1点ある(34), 硬陶で

,内

外面のほぼ全体に釉がかかる。底部外面 と体部内面には淡緑色の緑釉が比較的良好な状態でのこるが

,他

の部分は

,つ

やのない 白色,黒,銀色を呈する状態に変質 している。体部外面は白色に変 質 した釉が上か ら下へ流れているようにもみえるので

,あ

るいは多彩釉 であったかもしれない。底部外面の高台の内側には緑釉の上に厚 く漆が付着する。底部を漆塗 りのパレットに転用 したのであろ う。

SE988出

土土器

(PL.16,fig.17)出

土量はごくわずかである。 土師器には甕の体部 と把手 の破片がある。 須恵器は

完形に近い長 頸の壷が1点 (35)のみである。いずれ も

8世

紀前半中葉頃の形式 とみなされる。

SE969出

土土器 (PL.16,fig。

17)出

土 した土器はあま り多 くな く,年代の下限は9世紀中葉頃まで下る。土師器 の杯・ 皿類は

,C手

法 始よび

,底

部外面を不調整のまま残 し,口縁端部を狭 く強 く横なです る手法 (e手 法

)で

つ くられたものの破片がほ とんどである。36は

e手

法による皿

Aの

完形品である。この皿

Aの

内面には,横撫で以前の刷毛 目調整の痕跡がみえる。 同 じような刷毛 目の痕跡は

,S E877(1)・

S E967(23)に

もあ り,杯皿椀類の製作においても,刷毛 目はむ しろ普通に使用 されたようである。黒色土器が少量ある。内面のみ黒色の杯

・ 皿類である。須恵器は

,杯

A・

B各

1点と甕の破片である。緑釉の杯が1点ある(37)。 素地は黄灰色の軟陶。削 り出 し高台。釉は内外全

(10)

̲r̲r̲r¬

「 司 庁

‑4と̲̲̲̲̲̲̲̲̲一

― ― ― ― ― ―

‑2?Cm fig,17 s E968・ S E969,S E991出土土器実測図

0

6纏

面にかか り

,黒

色に変質 している。土馬 (38)は 完形である。焼成後

四脚の先端底面を磨いて平坦にす るが

,左

後脚がやや短い。

SE991出

土土器 (PL.16,fig。

17)奈

良時代末期の上器である。上師器の杯A・ 杯 B(39。 40)・

A(41)は

ほ とんど

C手

法でつ くら れている。高杯の脚部や甕・ 土馬の破片のほか

,土

錘1点 (42)が ある。土錘の長軸両端は

箆で切 り消 とされている。 表面の風化が著 し い。須恵器 には

,杯 A(43)・ B,蓋 ,重

(45・ 46),甕がある。44は特殊な形の杯で

口縁端部をかる く外方に曲げ

,底

部は糸切のままで ある。硬質であるが

,や

や褐色がかっている。

その他の特殊遺物 (PL.16,■g。

17)遺

構にともなわない遺物のなかに

,三

彩陶器壷の底部小片

,緑

釉陶器の杯ない し皿の高台部分

,灰

釉 陶器の皿,越州窯その他の磁器

,上

,土

,硯 ,猪

形土製品(47),紡 錘車(48),墨 書土器 (49)な どがある。 猪形土製品には

,右

前脚部分 を除いて

,脚

をさしこむ穴があけ られている。48の紡錘車は

,土

師器 の杯か皿の底部を転用 したもので, 周縁は打ち欠いたままである。49 は土師器蓋のつ まみの脇に書かれた墨書で

,「

阿多知」 と読める。地名あるいは人名であろ う。

(11)

C 木 製 品

木製品は井戸 (s E877,S E967)か ら出土 したもので

,い

ずれ も奈良時代末期か ら平安時代初期にぞ くす るものである。

 

(1)S E967の

埋土か ら1点のみ出上 した。表面につ ぎの文字を記すが

,裏

面には文字がない。

播 磨 匠

 

□ □

上端は切込みを入れて折 り

,下

端は折損す る。左右の狽1面には害1り画をのこし

,調

整を行わない。表面は刃物で平滑に しているが

,裏

i は割 り面のままである。

3字

目は国 ともみえるが

,判

然 としない。平城宮出土例 と少 しくことなる肉太の大が りの文字を表面の全体に記 し ている。文字は風雨にさらされた らしく

,墨

痕の部分がやや浮 き出ている。

削掛け (PL。

17,ig 18,Tれ 5)S E877か

7点

, S E967か

H点 ,計

18点ある。 大型品を除 き

いずれ も短冊状の薄い割板の先端 を 圭頭状に削 り落 し

,下

端を剣先状に尖 らしたもので,頭部両端あるいは両側辺に1回〜数回の切込みを行 う。さきに『平城官報宮報告Ⅵ』で は ,削 掛 けを

5型

式 に分類 した*。 それは

A切

込み のない もの

,B両

側辺 に各

1個

所 の切込 みをいれ る もの

,C両

側辺 に添 ってそれぞれ

2個

所 で切 込 み をいれ る もの

,D両

側辺 か ら各4個所 以 この切 込み を 行 うもの

, E両

側辺 の対称位 置 に数個 の

V宇

形 切 欠 きを いれ るもの であ った。さ らに削掛け

Bで

,最上位 の切込み の位 置が圭頭 下部両・ 側辺 に あ るものBlと

,圭

頭両端上 面にあ るもの

B2に

細 分 した。

今回 出上 した削掛 けは,型式不 明の もの3点を除 くと,削掛 けBェ が7点

(4,6),削

掛 けB2が 5点

(9),削

掛 け

Dが

3点 (12,14),削 掛 け

Eが

1点 (15)であ り

,削

掛 け

A, Cは

ない。 肖J掛けBlの うち

2点 (6.7)は

1個

所 での切込み数 が3回で

,頭

頂 は鈍角 を呈す る。

他 の

5点

の頭頂 はほぼ直角である。削掛 け

Bの

うち4点 (8〜

)は

いずれ も

1個

所 での切込みが3回である。 肖1掛

Dの 4個

所 の切込 みは

,上

向 き と下 向 きを交互 に く りかえ した ものであ る。 今 回 の出

Tab 5 

!掛け計測表

 

単位clll

29

 

長 さ

 

最 大 巾 1  (25,4) 2.6 2   19.6   2.4 3   18,9   2.5 4   18。9   2.4 5   17.8   2.4 6  (20 7)  2.0 7  (13.2)  2.1 8  19,7  2.6

9  19。1   2.6 10   18。9   2.5

11(16.7)28

12  19.4  1,3 13 (11.5) 1.9 14  (52.5) 2.5 15  (20,3) 3.1 16 (17.0)(1.5) 17  (12.0) 2.4

18(4.9)一

最大 厚   招 り こ

許坊 写 で 霧

0.35  1(側 )  1

0,28               0.28               0.30               0.30                0.29              3 0.21     

      

0,19  1(頂 )  3

0,20                0.20              

4(側

)   3

不 明(〃

)  1

5+α(〃

)   3

4(側

)V字

切欠け

型式

 

  

Bl  S E 967

   S E887

  

4

B2  S E967

D  S E877

   S E967

E  S E967

‑  S E967

0 23 0.40 0.90 0.25

0。19 0.29 0,29

勲 燃 鋭 〃 

〃 鈍 一 一 九 一 一 一 木取

柾 板

*『平城宮報告 Ⅵ』P151 fig。

18 

削掛け実測図

蠅 酬 咄

(12)

皿 遺

fig 19木 製 容 器 実 測 図

土例 にか ぎれば

,切

削け

BIは

す べ て柾 目木取 りであ り

,削

削けB21よ板 目木取 で あ った。

割物容器

(PL.17,fig 19)針

葉樹 材 を横木 に と り

,刃

物 で く りゑ いた片 口形 の容器 (19)。 器 壁 の一部を わずかに外傾 させ

口縁部 を一段低 くして注 目をつ くる。注 口の対称位置 の 口縁部 に

1孔

を穿つ。現状 では 木栓 でか さいでい るが

,元

来 は柄 をつ け るた めの ものであろ うか。 内面 に小 さ く焼 け焦げ た痕跡 が あ る。最 大 口径15,Oclll,高 さ7.4clllo S E 967出 土 。

挽物皿

(PL.17,Ag 19) 

口縁部付近 の破片であるが

,全

形 を推測す る こ とは可能 であ る。 針 葉樹 の板材 を用 い

,内

面を木裏 としてPク ロで挽 いた高台つ きの皿 (20)。

 

口縁部 は低 く外傾 し

,底

部外縁 に直立す る 高台 をつ くる。 内外 とも ロク ロで挽 いた ものの よ うで あ るが, ロク ロロは腐朽 のための こっていない。 内面 には2次的 な刃痕 を とどめ る。直径27.5clll,高 さ2.Oclllo S E 967出 土。

曲物容器

(PL.17,ig.19,Tab.6)完

形 品が2点あ る。そ のほかはす べ て

,底

板 や 側板 な どに分解 した も のであ った (21〜29)。

21は 曲物製 の杓。側板 は0.5〜0,3clllの厚 さで

,全

周 の1/4程度 を重 ね, 口縁部 の

1個

所 に切 欠 きを いれ て樺 と じとす る。樺縫 いは1個

2列

で行 い

, 1列

4段

であ り

,他

3段

であ る。 この重 な り部分 の 上寄 りに 方形 の孔を穿ち

,そ

の対称位置 の下方 に貫通 しない小孔があ る。 いずれ も柄 を固定 す る孔 であ り

,柄

の角度 が20°であ った ことがわか る。底板 は柾 目の板 で

表裏 をていねいに削 り

木 口面 が垂 直 にな る。側板 の下 端 か ら0,4cIIl上方 に底板 を と りつ け周 囲 の

4個

所 か ら木釘で回定 し

上げ底風 につ くる。 側板外面 中央付近 の半周にわ たって朱 の圏線が ある。 また

,側

板上 端面 には全 周 の約うるにわ た って使用時 の磨耗痕跡を とどめ る。 この使用痕跡は柄 に対 して左 に少 し くかた よる。直径15。6ctll高さ14.5cmo S E877出 土。

 

 

 

厚 さ 木取

21156   0.6柾 2229.6   1.1 

板 2314.3×13.90,7 柾 24(22.8)     0,8   ウ琵 2514,7×

14.20.9柾

26 13.0× 12.8 0.7  

2713.9   0.8 

28(14.3)

29 12.2      0.5  

目釘

 

遺 構

4  S E 877 5  S E 967

5  S E877 (2)  

4  S E967 (4)  

(2)  

22は 大型 の曲物容器 である。側板 は厚 さ0.5clll内外 で, 内 面 に

l clllの間隔 をおいて垂直 の ケ ビキを いれ て曲げ る。樺皮縫 い は

1個

2列

で行 ない,セ ヽず れ も 1目 くぐ りの

5段

であ る。 底板 は 厚 さ1.lcmの 板 目材 で,やや上 げ底風に側板 にはめ る。器 の土下端 に タガをはめ る。それは ケビキを行 なわ ない帯状 の板 で

,上

下 と も1個所 で

2段

の樺皮縫で とめ る。器 へ の固定 は木釘で行 な い,

下端 では5個所

,上

端 では

4個

所 とめ る。 なお

,下

端 の固 定 は底 Tab.6 曲物底板計測表 板 と同時 に行 ってい る。直径29.2cm,高 さ23.4clllo S E 967出 土。

(13)

曲物底板 は

7点

あ り, S E877, S E967か ら出土 した。 いず れ も,直径14cm内 企 の 大 きさであ り

,中

型 曲物 の底 であ る ことがわか る。

 

(P L17,fig 20)頭

部 と柄 部 か らな る組 み合せ の槌 で あ る。頭 部は柱状 の角材 に面取 りを行 って 断面が八角形 を呈す る。一側面 の中央か ら長方形 の孔 を貫通 させ,柄を挿入す る。柄 は握 りの部分 の断面 形 を隅丸 長方形 につ く り

,頭

部へ の挿入部 を断面長方形 とす る。頭部 の両端面には 打僕 に よる凹みが の こ

ってい る。全 長27.8clll,頭 長13.2cm,頭部最大径6。lclll。 広 葉樹 材 (カシ類か)。 S E877出土。

陽物形木製品

 (PL.17,fig.20) 

表皮 を除 いた程 度 の丸 棒状 の広葉樹材か らつ くる。一端を斜 めに削 っ て,ま るめ

,全

長 のウな程 度 を亀頭形 につ くる。 先端 に刻 目をいれ て原道 口をあ らわす。 他端 は細 かな削 り で柱状 に き りお とす。全長8.8clll,最大径3.lclllo S E 967出 土 。

木櫛

(PL,18,Tab 7)5点

出土 した (32〜36)。 いずれ も完形 品 でないが

上縁がゆ る く鸞 出 し

,肩

部 を まる くす る横櫛 である。 歯 のひ き通 し線 は 直線 に 近 い。 脊 の上部が 丸味 をお び る

A型

(33〜36)と角 が は る

B型

(32)と が あ る。3 cIIlあた りの歯数は25〜 30本 であ る。

その他 の木製品

 

以上 のほかに

,箸 ,仕

口のある板材

先端 を尖 らせ た細棒 な どがあ る。 そ のほか

竹 片

,モ

その種

ヒ ョウタンな どの植物遺体 もある。

井戸枠

(PL,18)S E 877の

井戸枠 は12段分 の こってお り,その保存 は きわめて良好であ る。 枠板は幅30

CIll内

,厚 3〜 4伽

の針葉樹割 り材を長 さ120CIll程度 に切 断 した のち,両 端部に加工を施 した ものであ る。

木理 お よび割 り面 の接 続状況 の観察 に よれば,少くとも

2枚

までは 同一 の板材を 切断 してつ くった もので あ る ことがわか る。 半数 の24枚 は両端 を凸形に残 し

,の

こ りは凹形 に くり愈 き

互 いに蒸籠状に組み合 せ る。両端 の加工 に際 しては

墨線を ひいて

きっち りと組 み合 うよ うに細工す る。 最下位 か ら

4段

までは束西に凸の枠板 を用い るが

, 5段

目以上は逆 に南北 に凸板 をあててい る。なお

,外

面 は手斧,内面 は鈍で整形 してい る。

枠板 の一部 には

,外

面 に

,墨

書に よる番付を記す ものが あ る。番付は東西南北に分 け,数字 に よって組 あげ の順序 を示す ものであ るが

最下位か ら数 えて

7段

日は「 七」

, 8段

目は「 八」

, 9段

目は「 九」 と あ り実際 と合致す るもの もあ るが

,5段

目に「 六」 があ り

,番

付 と実 際 の組 あげ とは限ず しも一致 して い ない。

9      19 Cm

斡 ―

 

高 さ

7.40  (2.4) (9,85) 3.86 (4. 3) 4.12

厚さ   歯 数

B雷

0.43   66      30 0.68  (87)     29 0,71  (29)    25

型 式

B A

fig。

20 

木製品実測図

Tab.7 s E877出

土木櫛計測表

 

単位clll

3Z

(14)

D  金属製 品その他

銅銭 (PL.18,fig。 21)。 和 同開弥

2,富

寿神宝1のほか ,中 国銭

3枚

の出土 をみた。 2 枚 の和 同開弥 は いず れ もS B970の柱掘形 の礎板下面 に付 着 して い た。1は左下縁 部 を 欠 くが

,腐

触 。錆化 が少 な く

,文

字 も鮮 明。銭文 は開を《

開"につ くるのは普通 の和 同 銭 と同様 だが

,和

の偏 の五 画 日と弥 の秀 の第五画が長 い。「 禾和 同」「 長 弥 」 とよばれ る類例 の限 られ るものであ る。

2は

大型 の和 同開弥 であ る。 銭 文 は細 く明瞭 で

また

開を 《

"に

つ くり

,普

通 の和 同銭 に近 いが

, 1と

同様 に

弥 の秀 の第 五 画が若 千長 い。「 長弥」に属す る。富寿神宝はS E979か ら出上 した。銭型 は小 さ く「 小様」に属す 。 富は「 ウ」冠 につ く り

,「

田」 の第四横線が短 く「 口」が まえに接 してい ない

い わ

ゆ る「 不接培」 とよばれ るもの。

3枚

の中国鋳は床上下か ら出土 した。乾元重宝は唐 の 乾元元年 (758),祥符元宝 は北宋 の大 中祥 符元年 (1008),天膳 通宝 は 北 宋 の 天 膳 年 間

(1017〜21)鋳造 であ る。 各 部位 の計測 値をTab.8に 示 した。

鉄釘

'(PL.18,fig.22) 3本

出土。鍛造 の方頭角釘である。 うち

2本

はS E 967井戸 枠最下段 の東 面枠板 を南北 の枠板 に固定す るために用 いてい た。足 先 の2//3程 度 に 維 方 向の木質繊維 が遺存 す る。全 長は18.8clllと 18,lclllであ り

,大

型 で あ る。他 の

1本

は足 の先端折損。残長5.6clllの小型 品であ る。S E979出土。

鉄楔 (PL.18,■

g.22)長

4,Oclll,幅 1.2clll,最大厚0.4clllの小型 の楔 であ る。中部が 最 も厚 い。錆 に よ り使 用 痕 の状況 は不 明だが

,た

がね として使用 も想定 で きる。

H西

地 区 の黄褐土 層か ら出土 。

ガラス玉

 

青緑 色 を呈す る半球形 の玉。半透 明で内に気 泡 を有す る。 象嵌 して あ っ た ものか。直径1.2clll,厚0。7clllo S E877の底 に堆積す る礫層か ら出土。

fig.21 銅銭拓本

 1 :1

 

銭貨名

 

外縁径 1.和同開弥 23.52

内縁径ぅ 、 専

02 8.2

  

(2,023)

fig。 22 鉄 器 実 測 図

備 6 . 2

外縁厚1.14

9 7 構 0 9 7 隕 0 9 7 購 9

S B

S B

S E 2.          25。1   21.2  7.9

3.富寿神宝

 23.4 19.6 8.0

4.乾元重宝

 24.2 20.5 8.0

5, 卒羊牟争ネ申ヨ置 23.3  20.0  7.4 6.天権通宝 25.4 19。 9 8.4

6.6  1,40 6.2  1.54 6.8  1.13 6.1  0,81 6.4 0,93

0.46   2,643 0.43   3.169 0,70   1,922 0.55   1.665 0.62   2,637 Tab.8 ,同銭計測表

 

単位Innl, 9・平均数値

32

(15)

2  古墳時代 の遺物

奈 良時代以前 の上器 には, S D880・ S D 881か ら出土 した土器 があ る。 S D 880出 上 の上器 は

,5世

紀 か ら

7世

紀前半 まで の上師器・ 須恵器 を含む が

出土量は多 くな い。S D881からは

,5世

紀末 ない し

6世

紀 初頭 とみ られ る土器 の良好 な一括資料 をえたので

ここでは これにつ いて詳 しく述べ ることに したい。

濤 S D 881の 堆積土層 は3層にわかれ るが(■g.3),上 層 と下層 の上器 は少量で,圧到的多数は中層か ら出上 した。

下層 で も須恵器 は確実 に存 在 してお り

土師器 の型式 も 特別 に変化がみ られない。そ こで

出土層位 を区別せず に一括 して観察す ることに した。

器種 と数量

 

出土土器 の大半は土師器 で 須恵器 は徴量 に す ぎない。器種別 の数量はTab。 9の とお りである。 と り あげ た数 は

,完

形 品か ら小破片 までを数 えた もので

らかに同一個体 と認め られ るものは のぞ き

董・ 甕 で 口 縁部 を もたない小破片ははが いた。 土 師器 の董 の数 は,

中 。小形 の もののほ とん どが完形 品や 大破 片 であ ったか ら

,実

際 の個体数 に近 い とみ な して よい。高杯は

杯部 と脚部 の数 に著 しい差がある。 偶然 であ るのか差 のあ る こと自体 に意味 があるのか

速 断 しが たい。甕 では

,完

A 土

r r

̲…

rぅ

̲¬

` <重

fig.23 s D881出土壷形土器実測 図

33

(16)

働封 引守 3P︲t

w汀 5︲

Rィ 0

横 協 樋

一霊     杯     甕 器

          一局 師 土

其他 須恵器

Tab 9 S D881出 土土器 器種別数量表

 

形 品 。大破片は20個体前後で

,そ

の他は 口縁部 の少破片であるか ら

,個

体数がかな り重復 してい るか もしれない。 ここでは壷 と高杯がほぼ 同量で

,甕

がやや少い程度 とい う量的な比率を推定 してお きたい。須恵器が少ないのは

,須

恵器 が出現 してまもない時′点であるか ら当然 の ことといえ ょうが

,そ

れ よ りも微量 とはいえ須恵器が生産地か ら離れた集落にまで早 くか ら普及 したことを評価すべ きであろ う(Tab.9)。

(PL.19,fig.23)重

には大中小の

3種

がある。小型董 (101〜0)は

,い

わゆ る小型九底土器の系譜につながるもので,やや痛平な球形 の体部に くの字形にひ らく口縁部が と りつ く。fig。

25に

器形の細部の変化を指数で示 し

,そ

れぞれの指数の最高 。最低を代表する個体 の図 をfig。

23に

あげた。個体数の多いわ りに指数が よ くまとまってお り,単純な様相を示 している。ただ くびれ高(b)/口 縁高(a)が

,74以

上 と以 下の

2種

にわかれ

,そ

の差が実物を一見 しただけでかな り容易に判別 しうる程度であることは

,注

意を要す る。 しか しこの場合,b/a指74 以上 の個体tま

,口

縁径(e)/体部最大径0)と くびれ径(f)/体部最大径●)で1ま

,よ

り大 きい数値を示す ので

,新

旧の型式の土器が混在す る もの と みなす ことはできない。 S D881の 小型壷は小型丸底土器 の系譜のなかでは

口縁部の立ちあが りの高 さと径が最 も小さい部類に属 し

最 末期の段階を示す ものと考え られる。

製作手法 もほ とんど同一の手法によっている。体部外面の刷毛 目は

,上

部 と下部 とを別に行い

,ま

ず上半 に上方でやや左に傾斜す る縦方 向の刷毛 目をいれ る。その後

,下

半を乱方向の刷毛 日で調整す る。体部の内面は

,指

先でお さえたあと

,下

半部を箆で深 く削る。削 りの方 向は時計廻 りが多 く

,反

対のものは少ない。

 

くびれ部 まで削 りのおよぶ場合 もある(103・ 110)。

 

回縁部の内外面は時計廻 りに強 い横 なでを 施す。fig。25に参考例 として近畿の類似遺跡を と りあげた。 平城官第

2次

朝壁焼東朝集殿下層濤 S D 6030の下層土器は箆磨 きの盛行す る段 階

*,飛

鳥上 ノ井手遺跡 S E30下 層土器は箆磨 きが失われて外面を主ぃ箆削 りで仕上げ る段階

**,船

O―

I***と 本遺跡の上器は

,外

面 の

杯 他 実 沢」図

*安達厚三「古墳時代濤出上の遺物」(奈文研年

**姿連ピ望)。木下正史「飛鳥地域出上の古式上 3孝

fig.24 s D881出 上 高

**ェ

堀 車 ≒ 窪 ≧ 凛 づ 留 ヰ 詩内 藤 浦 協 q財

(17)

箆 削 りが な くもっば ら用1毛に よる仕上げ の段階 に照応 してい る。 なお

,103は

容量 が最大,

107は 最 小 の上器 。110は

醒 の よ うに体部 に穿孔 した土器 で

焼成 後 内面か らたたいて穿 孔 し

孔 の一 部 を磨 いてい る。109は

2段

の 口縁 を もつ もので

他 に 小破 片が2点あ る。

109の 体 部外 面上半 には回転に よる 用1毛目がつ いてい る。105の口縁 部外面には綻方 向の暗 文 風 の箆磨 きがみ える。

中型 市 (1■

,■2)は

球形 に近 い体部 か らやや 長め の 日縁 部 が斜 め 外方 に まっす ぐに のび る器形 で,口縁 端部 は薄 く尖 り気味 になる。製作手法 は小型 重 に よ く似 るが

,体

部外 面上 半 に回転 に よる用J毛目(111)や箆磨 き(112)のつ くことが多 い。大型壷 (113〜■5)には

2段

口縁を もつ ものが多 いが

,い

ずれ も小破片で

,全

形 は不lREでぁ る。

なお

,小

型 重 と中型 董 のなかには, 外 面 に煤 のつ くものが, それぞれ

42%, 73%あ

る。

これ らの上器 は火熱 にあて ることがむ しろ通例 の用 い方 であ り

純 粋な貯蔵容器 は

上 師

器 では きわ めて少 量 の大型 壷 にか ぎ られ てい る よ うであ る。

高杯

(PL.20,fig.24)杯

部 の形 か らみ る と

,a:ゃ

や外方 に張 った底面か ら口縁部がゆ るやか に斜 め外 方 にのび るもの(116,117), b:円 盤状 の底 面か ら急 に屈折 して 日 縁 部 が ひ らく大型 の もの (118), C:底面か ら内側 に彎曲 しなが ら直立 ない し内傾気味 の 口縁部 に 続 くもの (119)の

3種

に区別 で きる。aの内外 面 には刷 毛 目がつ き

,bの

内面 には暗文 風 の 箆磨 きがつ く。脚 部 は ラ ッパ状 にひ らく裾部 か ら屈 折 して急 傾斜 に軸部 が立上 が るもので, 軸部 の上端 は杯部底面 に深 く挿入 す る。 軸部 の内面上端 には

杯 部下面 に 向け て細 い棒 状 の ものを さ しこんだ痕跡がみ とめ られ る。 裾部 の周縁 は

ヤヽずれ も角ば った 面をな してい る。脚部 に

3孔

あ る もの

, 1孔

あ るものが

それぞれ

2点

あ る。 脚部は

軸部 内面 の箆 削 りの有 無 と裾部 内面 の刷毛 日の有無 とに よって

イ :削 り十刷毛 日

口 :し ば り日十刷 毛 日

,ハ

:削

+撫

,二

:し ば り目十撫での

4種

に区別 で きる。S D881の資料 では

,杯

部 aと脚 部 イ・ 口の結合関係 を確実 にいい うるのみであ る。

(PL.21,■ g.26)全

形 のわ か るものは小数 であ るが

,体

部 は球形 に近 い。

 

日縁部 の形 に よって

2種

にわ かれ る。

aは

口縁部が内弯気味に立上 り口縁 端部 内面が 肥 厚 す る も の (128〜

130),bは

口縁部が外側斜 め上方 にまっす ぐのび るか

,外

側 に反転す る傾 向にあ る も

,OiLぃL●山ィ

鏡 中 小 ︺

﹀ ﹃

物 ︺ 出 ︶ 一 一

︐ ∵

L

//1

"'日

」と

'

杯 分類 点数 土器 番号

ー0

・23

ハ   6     ワ

・4

・19 33

18

・4

︲16

,03●

J LB,0。

  日

'02

oィ

L BBI遣

LE"0

ig.25 

小型丸底土器指数比較図

 

イタリック数字は土器番号を示す

 

   

20    13 116   117 121   120

Tab.10 

高杯 の杯部 ・脚部 の類別表

35

│「i

(18)

 

(131〜133)であ る。 両 者 ともに体部 の外面 を刷 毛 で仕 上げ

内面 を箆 で削 るのが普通 であ る。体部 中央 の媒 が と くに濃 い。

a,b以

外 に

口縁部が

2段

にな る ものが ある。186・ 1371よ伊勢 湾地方 を中心 に分 布 す る上器 であ る。

土 師器 には,以上 の他 に杯 (124,125)や鉢 な どが少量 あ る。126,127は

,輪

台状 の底部 を もち,127には叩 き 目があ る。一見第5様式 の弥 生式土器 に もみ え るが

,は

るか に小 さ く必ず しも弥生時代 の もの とは いい きれない。 141は 壷形 の上器の顕部破片 で

外面 に格子 の叩 き目 がつ く。敢質 で黄土色 を呈す る。将来 品であろ う。

須 恵器

(ig.26)蓋

(138)は

,夏

質 で青 み のか った紫 色 を呈す る。口縁 端部 はやや肥厚 し丸 く終 る。頂部 の外 面 全 体 をていね いに飽 で削 っ てい る。高杯 (139)。 壷 (140)は青灰 色 で

,後

者 は完形 であ る。他 に甕 の体部破片が ある。

o      10      20Cm

Fig.26 S D881出土甕形土器他実測図

,   ァ イ 〕 ゝ

│〕/「)

上 十 十

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