1.はじめに
WTO
の成立後,知的財産権に関する実質 法がかなりの程度実質的に調整され,調和さ れてきた。さらに,自由貿易協定(FTA
) や経済連携協定(EPA
)などの地域的協定 において知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(
TRIPs
)プラスの調和が目指されている。他方では,知的財産保護の強化により 自由貿易と投資の一層の促進を目指そうとす る見地から,国際裁判管轄権などに関する国 際民事訴訟に関する原則,さらには,準拠法 の決定に関する国際私法原則を調整し,調和 を図ろうとする動きが見られる。その典型的 なものが,1999 年 10 月のハーグ国際私法会 議特別委員会の「民事及び商事に関する裁判 管轄権及び外国判決に関する条約」準備草案 に関する議論を契機として研究され,その成 果として公表されているアメリカ法律協会
(
American Law Institute
,以下ALI
と略する)の提案とマックス・プランク研究所(
Max Plank Institute
,以下MPI
と略す)の提案で ある。これらは,当初ハーグ国際私法条約草 案を補綴する独立の条約草案を目指し,また は,条約案自体の修正を目指した草案であっ た。その後,ハーグ条約の対象が専属的管轄 合意の場合に絞られたこともあって,学術的 研究成果に基づく立法提案ないし裁判所や当 事者の合意によって援用されるソフト・ローとしての性質を持つものとなっている1。 この両提案は,これまで形成されてきた知 的財産権侵害に関する伝統的原則を確認する とともに,現代におけるインターネットの普 及やデジタル技術の進歩を踏まえてこの伝統 的原則が修正されるべきかどうか,どのよう に修正されるのかについての学問的討議と研 究の成果を示している。これらの提案は,結 果的には類似する点も存在するが,出発点や 接近方法において異なる点がある。
ALI
提案 は,1971 年の抵触法第2リステイトメント の争点ごとに規則とこれを柔軟化する方法を 定め,最も適切な法を適用する手法が採られ ている。そのため,登録から生じる権利とそ の他の登録によらない権利を分け,また,財 産的権利と人格権的性質の権利を分け,それ ぞれにつき争点ごとに原則的場合と例外的事 情のある場合に分けて準拠法を規定する。例 外的事例については,どのような場合がそれ に当たるかを定めるとともに,準拠法決定に ついて考慮すべき要素を示し,重心(center of gravity
)理論などを使って準拠法を定め るようになっている。それに対して,MPI
提 案は,1975 年にミュンヘンの国際及び外国 知的財産法研究所のウルマー(Eugen Ulmer
) 前所長の名で公表されたEC
加盟国の国際私 法に関する条約中の知的財産権に関する規定 のための草案2において定められた原則を出 発点として,法律関係ごとに最も密接な関係 を有する法を決定する伝統的手法が採られて いる。つまり,この提案においては,知的財 産権の種類や権利の性質によって法律関係を知的財産侵害訴訟における準拠法
―知的財産の種類による準拠法の異同などに関する立法問 題を中心に―
木棚照一
** 早稲田大学法学学術院教授
細分化し,異なる準拠法を定める手法を採ら ないで,知的財産権の種類を問わず,ベルヌ 条約5条2項2文から導き出された保護国法 の原則とその基礎にある属地主義の原則によ ることを確認し,それをできる限り誠実に 守っていこうとすることから出発する。しか し,
ALI
提案と異なる方法で,保護国法の原 則を修正することを定めている。本稿では,まず,
ALI
提案とMPI
提案にお ける知的財産権侵害の準拠法について知的財 産権の種類による準拠法の異同などに着目し てそれぞれ分析し,特徴的な点を紹介する。ついで,日本のこれまでの判例や学説,2005 年9月に法制審議会総会で決定され,公表さ れた法例改正要綱や現在国会に提出されてい る「法の適用に関する通則法」(案)の規定
(以下,要綱,通則法案と略す)を踏まえた うえで,この両提案を差し当たり日本法の視 点から検討することにしたい。
2.ALI提案における抵触法規則とその特 徴
ALI
提案に先行するものとして,もともと ハーグ国際私法会議特別委員会草案について 2001 年 1 月にWIPO
が主催して行われた「国 際私法と知的財産権に関するWIPO
フォーラ ム 」 に お け る ド レ イ フ ュ ス (Ruchelle C.
Dreyfuss
) 教 授 と ギ ン ス バ ー ク (Jane C.
Ginsburg
)教授の草案を基礎にして行われた 2001 年 10 月のシカゴー・ケント法科大学 におけるシンポジウムがある3。これに着目 した
ALI
評議会が,2002 年4月に「国境を越 えた知的財産紛争に関する裁判管轄,法選択 及び判決に適用される原則」を独自のプロ ジェクトとして採択し,両教授のほか,スイ スのロザンヌ大学のデスモント(Fran
çois Dessemonte
)教授を共同報告者に指名し,知的財産に関する内外の法律学者,実務家お よび裁判官をアドバイザーとして開始された ものである4。ここでは,その成果としての 2004 年1月 20 日付で公表された第二次予備
草案を中心としながら,2005 年4月に配布 された第三次予備草案とその間の 2004 年 10 月8日にブロックリン法科大学で開催された シンポジウムも考慮して,準拠法に関する規 則に絞って紹介・分析したい。本稿で特に断 らない場合には,第二次予備草案に関するも のである5。
ALI
提案は,まず,登録から生じる知的財 産権の存立,有効性,範囲および侵害に対す る救済については,一般原則として,それぞ れの登録国法によることを定めている(§301¸)。知的財産権の属地性を考慮したも のであるといえる。ついで,その他の知的財 産権については,問題とされた侵害行為が争 点となる創作物または権利対象についての市 場に実質的に影響を及ぼし,または及ぼすで あろういずれかの国の法によるとし,いわゆ る影響を与えた市場を基準(
the impacted market test
)とする(§ 301¹)。基本的に この区別に基づいて,最初の権利者(登録さ れた権利については§ 311,登録されていな い商標権については,§ 312,その他の権利 については,§ 313),知的財産権の移転可 能性(§ 314Alternative B
,但し,2005 年4 月草案では統合的に規定されている。),権利 の譲渡および実施許諾(§ 315),法律上の 権利移転(§ 316)について規定している。登録から生じる知的財産権としては,特許,
意匠,商標,植物の品種,半導体回路配置,
地理的表示が例示されている。このような規 則を定めた場合には,登録から生じる権利で あるかどうかは,いわゆる法性決定の問題で ある。法性決定については,証拠法やディス カバリー法とともに特別の規定がない限り法 廷地法によるものと定めている(§ 323¸)。
この規定の定める原則によると,登録から生 じる権利であるかどうかを法廷地の実質法で 決定することになる。しかし,たとえば,商 標や意匠については,登録がなくても一定の 条件の下で権利を認める国があり,登録があ る場合には,登録から生じる知的財産権にな
り,登録がない場合にはその他の知的財産権 になる。そうだとすると,登録があるかどう かは,法廷地法によって決定できず,登録国 法によって決定せざるを得ない。したがって,
この場合に登録から生じる権利であるかどう かは,登録国法によって決定することになり,
この原則の例外としていわゆる準拠法説によ ることになるであろうと思われる。登録から 生じる権利と登録された権利を同じような意 味で使われていることもこのことを示すもの といえよう。
それ以外の知的財産権は,登録が可能で あったとしても登録がなかったか,登録が権 利を発生させ,決定させることがないもので あるかのいずれかであるから,登録を連結点 としないことになると説明されている。この ような権利として例示されるのは,著作権,
著作隣接権,コモン・ロー上の商標権や原産 地表示,登録を要さない意匠権,商号権,バ ブリッシティ権,不正競争防止法上の権利で ある。これらの権利には,新しい権利といわ れるものが含まれており,必ずしも
TRIPs
の ような国際条約で保護されているわけではな いので,ALI
提案は,権利者にそれぞれの領 域の属地的な法や判例に基づいて保護を求め ることを指示するものとなるであろうが,市 場を基準としたより柔軟な基準が示されてい る。これらの原則は,知的財産権の属地性の原 則を尊重しようとするものであり,結果的に 不正商品を排除して国際貿易を促進するだけ ではなく,保護の例外や制限に関する内国の 文化政策と産業政策を尊重することになると 説明される6。もっとも,2005 年4月の草案 によると,その他の権利については,その領 域について保護が求められている国の法とす るA案および侵害と主張された行為が問題と なる権利対象の市場に直接的かつ実質的影響 を与える国の法とするB案が並置されている
(§ 301¸`)。ここでは,A案が知的財産権 の属地性をより端的に示すものとされている。
この案が採られるとすれば,次に述べる
MPI
提案とは原則のみを見れば実質的にかなり接 近することになる。ALI
提案は,登録から生 じる知的財産の財産的権利を保護国法ではな く登録国法によるとする点がMPI
提案と異 なるに過ぎないことになるからである7。もっとも,人格権的権利については,財産 的権利と別に異なる準拠法によるものとする。
つまり,著作者人格権やパブリッシティ権な どの人格権的権利の存立,有効性,範囲およ び侵害に対する救済に関する準拠法は,損害 発生地法であるとする(§ 301º)。この点 は,このような特別の規定を置かない
MPI
提案と異なる点である。しかし,2005 年の 4月草案によると,この規定は修正され,著 作隣接権について単独著作と共同著作に分け て規定され(§ 301¹),また不正競争行為 から生じる契約外債務についても別に規定す る(§ 301º)。つまり,単独著作について の著作隣接権の存立,侵害,有効性,範囲お よび侵害に対する救済については,侵害とさ れる行為が生じた当時の著作者の常居所地法 により,著作者が死亡したときは死亡当時の 著作者の常居所地法による(§ 301¸_)。複数の著作者による共同著作についての著作 隣接権の場合には,著作者間の契約で定めた 法により,有効な合意を欠くときには,侵害 とされる行為が生じた当時の訴えている各著 者の常居所地法により,侵害が著者の死後に 生じたときは,死亡当時の著者の居所地法に よるとする(§ 301¹`)。また,不正競争 から生じる契約外債務の準拠法は,損害を生 じさせる事件が生じた国の如何を問わず,直 接的かつ実質的な損害が生じ,または,生じ そうな国の法とする(§ 301º)。
より特徴的なのは,例外条項を定め,属地 主義の原則を離れて,準拠法の決定を単一化 し,柔軟化している点である。属地性に関す る原則規定は,登録された権利の有効性に関 する請求に関わるものを除き,次のような 4 つの例外的場合に全部または一部を適用しな
いとする(§ 392¸)。つまり,このような 例外的場合に当たるのは,_他の国の法がよ り密接に関係することがその事例の全ての事 情から明らかであるか,`裁判所の決定がそ の法域の領土外の地域に潜在的に影響を及ぼ し,関連するその地域の法を全面的に基礎と して判断することが不当に耐えがたい負担に なると裁判所が判断したか,a争点となって いる主張と密接に関わる当事者間に先行する 関係があるか,または,b準拠実質法の内容 が確定されえないかの何れかである。このよ うな例外的事例に適用されるべき法の選択に おいて考慮されるべき要素になるのは,_紛 争と最も密接な関連を持つ国の法が½Ë訴えら れた侵害者の営業執行の客観的要素により正 確に測った重心により,もしくは,½Ì権利保 有者の活動および投資の程度によって証明さ れるか,または,`そのような規則の望まし
さが
TRIPs
や成功している国際条約により証明されたものとして一般的に受け入れられて いる程度であるとされる(§ 302¹)。これ らの規定によって適用されるべき規則を決定 できないか,そのような規則の内容を確定す ることができない場合には,法廷地法が適用 される(§ 302º)。2005 年 4 月の草案には,
このほかに法選択に関する合意についての規 定が挿入されている。このような例外規定に おいては,インターネット侵害を念頭に置い た単一化の手法による抵触法第二リステイト メントで見られた裁判所が準拠法を決定する 際に考慮すべき要素を掲げるにとどまるアプ ローチの部分と裁判所に個別的事例の特性に 応じた広範な判断の余地を認めるという意味 では類似する柔軟な準拠法決定方法という形 で規定されているように思われる。
このような手法は,潜在的に米国法の単一 的適用の機会を与えるものとしてヨーロッパ 大陸諸国の学者から批判のあるところである が,たとえ米国法の適用を導くとしても,法 廷地の公序に反することを理由として(§
324),または,法廷地法または第三国法の強
行規定であることを理由として(§ 325),
排除することが認められているのであるから,
受け容れ難いものとみる必要がないとする見 解もある8。
3.MPI提案の抵触法規則とその特徴
MPI
提案の基礎となる作業は,ミュンヘン のマックス・プランク外国・国際特許,著作 権および競争法研究所で 2001 年に設置され た作業グループに端を発する。この作業グ ループは,当初ハーグ国際私法会議特別委員 会草案の知的財産権に関する部分を補綴する 提案を行うことを目指したので,国際知的財 産紛争に関する国際裁判管轄権を中心とした 草案を作成した。しかし,一方で,ハーグ国 際私法会議におけるその後の動向の中で条約 範囲が縮小され,知的財産紛争を含む広い範 囲の条約の締結を近い将来期待することが現 実的でなくなってきた。他方で,管轄規則は,密接にしばしば不可分に,準拠法選択規則と 関連するので,
MPI
作業グループも,作業の 基礎を強めるために準拠法に関する規則の検 討に乗り出した9。2004 年3月のハンブルク のマックス・プランク外国・国際民事法・国際 私法研究所におけるシンポジウム10を契機と して合同作業グループが形成された。さらに,2005 年にマックス・プランク協会の重要な 戦略的プロジェクトの一つとして認められ,
ヨーロッパの他の諸国の学者を加えた作業グ ループが形成されている11。以下では,主と して 2004 年 10 月8日にブルックリン法科大 学で開催されたシンポジウムにおけるクアー
(
Annette Kur
)教授の報告原稿に基づく論 文を素材として,MPI
提案の抵触法規則とそ の特徴を紹介・分析することにする。これに ついては,すでに 2004 年 11 月 27 日に早稲田 大学で行われた第3回シンポジウムでクアー 教授により報告され,さらに渡辺惺之教授に よりブルックリン法科大学における報告段階 での原稿を紹介,検討されているので,本報 告 も そ れ ら を 参 考 に さ せ て い た だく12。
MPI
提案の抵触法規則の特徴は,まず,一 般規定として,知的財産権の存立,有効性お よび範囲を決定する準拠法をその領域につき 保護が求められる国の法(保護国法)による ことを定める点にある(§ 1¸)。これは,ウルマー草案により定立され,一般的に認め られるようになってきた保護国法の原則を知 的財産権の種類を問わず認められる原則とし たものである。この点で,登録された権利と その他の登録されない権利を峻別するアプ ローチのためにこのような原則を放棄してい る
ALI
提案と異なる13。MPI
提案は,知的財 産の種類によって区別することなく,保護国 法を知的財産権に関する抵触法規則の基本原 則としていることになる。保護国法の概念は,ベルヌ条約5条2項2 文に根拠を求めたこともあって,混乱が見ら れた。そのためこの概念を明らかにするため の規定を置く。つまり,その領域について保 護が求められる国は,_知的財産権の存立も しくは有効性に関する請求がその領域に効果 を生じさせる国またはそれぞれの国,`その 請求によると,侵害が生じ,かつ,その領域 においてもしくはその領域について求められ た救済が効力を生じさせる国またはそれぞれ の国,であるとする(§ 1¹)。国境を越え た抵触における前項`の適用については,申 し立てられた侵害は,その国内市場に実質的 影響を生じた国にのみ生じたものとする(§
1º)。前項ºの規定にかかわらず,(著作者 人格権を含む)申し立てられた人格権の侵害 は,その権利が侵害の効果を受けた国(もし くはそれぞれの国)において生じたものとす る(§ 1»)。保護国法をこのように概念付 けることによって,
ALI
提案のように登録国 法に置き換えられたことにより失われた明確 な利点を確保することができるとされる14。 とりわけ,知的財産訴訟で救済方法として重 要な役割を果たす差止命令についてこのよう な保護国法の概念により原告がより一層明確に現実に保護を求める国を明らかにすること が求められるべきことになる。また,裁判所 からみても,判決や陪審の評決の拘束力が生 じ,効果が生じる国をより一層明確に特定す ることが実質的に優れた点であるとされてい る15。さらに,著作隣接権を含む人格権に関 する第4項については,他の全ての類型の知 的財産権と同様に市場への影響理論によって 補足されるべきという議論が生じ得る。しか し,この議論に従って,市場への実質的影響 とするか,たんに市場への影響とするか,商 業的影響とするかを検討に値しないものとし てしりぞけられる。どのように明確に規定し ようとも,このような規則は個々の事例の諸 事情を考慮して柔軟な方法で解釈されるべき ものとなるのが通常であることも心に留める べきであるからである,とされる16。
しかし,このような手法は,保護国法とい う知的財産権に共通の準拠法原則を認めなが ら,保護国法の概念を損害賠償請求権と差止 請求権,知的財産権に関する財産権と人格権 について異なるものとする可能性を持つこと になる。それは,同時にウルマー草案で国際 私法における単位法律関係を知的財産権につ いてその効果として発生する個々の権利やそ の性質に着目するのではなく,著作権,工業 所有権というように基礎となる権利に着目し て単位法律関係を決定し,保護国という同一 の連結点によって準拠法を決定する手法の利 点を失わせることも否定できない。つまり,
知的財産法を比較法的にみれば,各国法にお ける歴史的相違とも関連して,損害賠償請求 権の要件については比較的に緩やかでその効 果も権利者に有利に規定するが,差止請求権 については厳しい制限をつける国やその逆の 国がある。財産権と人格権の関連もそれに類 似することがある。一国の国内法においては それらが全体として調和が取れるように規定 している。ところが,これらの権利ごとに保 護国法の概念が異なることにすると,結果的 には,これらの権利ごとに単位法律関係を細
分化すると同一の効果が生じ,国際私法上の 適応問題が生じる危険性が増加させる。現在 の
MPI
提案がこの点につきどの程度慎重に 検討されたものかはこの論文からは明らかで ない。もっとも,この点は,クアー教授の報 告がアメリカで行われ,争点ごとに準拠法を 決定するアメリカ抵触法の方法を採る人達を 意識して理解しやすいように述べたからかも しれない。請求で特定された複数の国で生じた侵害に ついて特別の規定を置く。まず,訴訟手続に おいて救済が請求されている侵害が第 1 条に よると複数の国で生じている場合には,その 請求において特定されたそれぞれの国の法が その領域につき保護が求められている国の法 として適用されるものとする(§ 2¸)。こ れは,複数の国境を越えた侵害がある事例に おいても,保護国法の原則を適用して,それ ぞれの保護国法が適用されることを宣言した ものである。つぎに,知的財産侵害紛争の当 事者は,その侵害につき強行される救済に関 する準拠法を選択する権限を有することを認 める規定がある(§ 2¹,もっとも,この規 定はカッコ内に入れられている)。たとえ,
当事者によるそのような準拠法選択が実際に しばしばなされそうにはないとしても,当事 者自治は保護国法からの逸脱を根拠付ける有 用な議論であり,考慮に値するとされている 17。渡辺教授が紹介された段階の第2条にお いては,さらに,保護国法の内容が確定でき ない場合における推定規定がカッコに入れら れた形で存在したが(§º〜¼)18,2005 年 に雑誌に掲載された段階では削除されている。
MPI
の作業グループの支配的見解によれば,裁判所や当事者がその事件につき適用される べき外国の法の内容を確定できない場合に例 外を規定すべき理由がないものとされている からである19。また,当事者間に先行する契 約関係などがあったり,共通の国で住所を有 したりするような事例においても,保護国法 の原則の例外を認めるべきではないとされ
る20。これらの点は,
ALI
提案と大きく異な ることになる。ユビキタス侵害に関する 3 条 がこれに続くが,これは次の報告課題である ので本稿では省略する。いずれにせよ,
MPI
提案における抵触法規 定は,いまだ作業が開始されたばかりであり,公表されているのは,これまで述べたような 原則規定に限られる。今後
ALI
提案に見られ るようなより詳細な規定が明らかにされると ともに,内容的検討が継続され,修正が加え られてゆくであろうと思われる。4.日本の国際私法の観点からの検討 これまでみてきたように
ALI
提案とMPI
提 案は,出発点において異なる特徴を有するに もかかわらず,かなり類似する点が出てきて いることも事実である。ALI
提案は,登録か ら生じる権利とその他の権利に分けて,前者 については登録国法,後者については,市場 への実質的影響を与えたか,与えるであろう 国の法によりながら,これらの原則規定を制 限するものとしてインターネット侵害などを 念頭に置いた広範な例外規定を置き,同一の 知的財産権につき複数の国で侵害があった場 合に,準拠法を一つの国にまとめることがで きるようにしている。それに対して,
MPI
提案は,登録を要する 権利であるかどうかなど知的財産権の種類を 問わず,知的財産権の準拠法に関する一般原 則として保護国法を位置づけ,ALI
提案のよ うな広範な例外規定を認めるべきではないと する。ウルマー草案における保護国法の概念 をより明確化するとともに,それを工業所有 権と著作権に限らず,広く全ての知的財産権 の準拠法原則とし,その例外を認めるのは,慎重な立場に立って,今のところカッコ内に 入ってはいるが認めるとしても,渉外的な知 的財産侵害紛争に関し当事者間の事後的合意 による場合(§ 2¹)に限っている。
しかし,双方の研究グループの交流の結果 とも言えるかもしれないが,同時に類似する
部分も生じてきている。たとえば,2005 年 4 月 の
A L I
提 案 に よ る と , 精 神 的 権 利(
moral rights
)と不正競争から生じる契約外 債務を除くその他の登録から生じない知的財 産権につき市場への実質的影響を基準とする 従来の考え方は,B案とされ,保護国法によ るのがA案とされている(§ 301¸`)。ま た,いずれの提案も,精神的権利については,知的財産権の財産権と区別して,特別の規定 を置き,市場への影響を基準としないで,損 害ないし効果が生じた国の法によることを規 定する(
ALI
提案§ 301º,MPI
提案§ 1», もっとも,2005 年4月のALI
提案は精神的権 利に限りより具体的な基準を規定し,MPI
提 案は(精神的権利を含む)人格権とより広い 形で規定している)21。ところで,このような国際私法統一におい て重要な役割を果たすのは,比較法であるが,
その場合に使用すべき方法は,単なる確認的 比較ではなく,よりよい規則を発見するため の創造的比較である。そのような方法論的立 場に立ち,東アジアにおける知的財産権に関 する抵触法原則を探求すればどのようになる であろうか。わたくしたちが目指している最 終的な到達点は,実はこの点を検討し,東ア ジアの視点からこの問題についての抵触法原 則を提案することにある。しかし,本稿では 差し当たり日本法の立場からのみ検討するに とどめたい。
米国抵触法は,争点ごとに関連する法域の 利益を考量しながら準拠法を決定するが,
ヨーロッパ大陸法系の国際私法は,
Savigny
が明確化した,単位法律関係ごとに最も密接 な関係を有する法域を探求し,その国の法に よることを原則とする。しかし,知的財産権 の準拠法については,ALI
提案によっても登 録から生じる権利については登録国法により,登録から生じないその他の権利についても精 神的権利と不正競争行為から生じる権利を除 き,市場への影響基準ではなく,その領域に ついて保護が要求される国を基準とする案を
採ると,その限りにおいては敢えて登録から 生じる権利とその他の権利を峻別する前提を とる必要がなく,その範囲における知的財産 権に関する基本原則として保護国法によるの とほとんど同一の結果を認めることになるか らである。もっとも克服すべきいくつかの前 提が必要になるであろう。
まず,保護国法の概念づけの問題ともかか わるが,保護国法と登録国法は最近の学説等 の理解によれば,ほとんど異ならないと理解 するのが通例である。ウルマー草案は,この 概念の根拠の一つをベルヌ条約5条2項2文 に求め,その国において保護が要求される国 の法と定義したために法廷地法の意義に解す る見解も生じ,混乱がみられたことは否定す ることができない。しかし,最近の有力な学 説によれば,その領域について保護が要求さ れる国の法と理解されている。このような理 解に基づけば,登録国法と保護国法はほとん ど同じ意義を持つものとみることができる。
もっとも,先に紹介した
MPI
提案によると,保護国法の意義は,原告の請求との関連で捉 えられ,損害賠償請求と差止請求で意義が異 なることになり得るであろう。このような見 解は,日本のいわゆる
FM
信号復調装置事件 における最高裁第一小法廷の判決(2002 年 9月 26 日判決,民集 56 巻7号 1551 頁)22の ように,差止および廃棄請求と損害賠償請求 を別の単位法律関係とされ,それぞれについ て独立の連結点を媒介にして準拠法を決定す る立場を前提とすれば,可能になるであろう。しかし,
MPI
提案は,知的財産権についてそ の種類の如何を問わず認められるべき一般原 則として保護国法の原則を位置づけるとした ら,原告の請求内容によって保護国法が異な るという見解を採ることはできないはずであ る。最近のMPI
提案には,この点で争点と の関連で準拠法を決定するALI
提案に引きず られた面がみられ,かえってALI
提案と異な る結果になる規定を置いたことになるのでは あるまいか。つぎに,不正競争行為から生じる請求権も工業所有権に関するパリ条約によ れば工業所有権に入れられるが,これは実質 法的には本来不法行為の特別規定であって国 際私法的にみれば知的財産権に入れるべき権 利と異なる性質を有するとみることもできる。
このようにみるとすれば,不正競争行為から 生じる権利を除いた知的財産権とその侵害に 関する一般原則として保護国法の原則を認め ることができることになる。
もっとも,
ALI
提案の報告者註においては,伝統的な国際私法の方法論とりわけ
Savigny
が明らかにした当該法律関係と最も密接な関 係を有する国の法を一つ探し出し,その国の 法を適用することを原則とする方法に対して は,インターネットによる知的財産侵害の例 を挙げて激しく批判されている23。たとえば,知的財産権によって保護された対象につき許 諾を得ないままで使用する決定がA法域でな され,複製行為ないし送信行為がB,C,D,
E法域で生じ,それらの法域において,通信 を中継するコンピュータや伝送のサービスが 存在し,その通信がFからZの法域で受信さ れるとする。この場合に,なぜ裁判所が通信 の原因となる連鎖のうちの一つの行為のみを 他の行為に優先させなければならないのか?
コンピュータネットワークはこの問題点を最 もよく提起する。侵害する資料を含むウエブ サイドを保護レベルが極めて低いか,保護が 欠けているいわゆる著作権天国に移動する行 為が生じ得る。そのような場合に,裁判所は,
Savigny
的な方法の過程で生じる望ましくない結果を公序等の規定を適用して回避するこ とができよう。しかし,このような例外的な 公序規定の広く予見できないような適用は,
結論的に非常な不安定をもたらすことになる,
というのである。この批判は,一般的な原則 規定を定めるかどうかに関するものではなく,
例外規定としての特別連結規定をどのように 定めるかに関連する。しかし,
ALI
提案にみ られるような余りにも広く,柔軟すぎる例外 規定は,日本の国際私法の観点からは支持されないであろう。
以上の考察を通じて,日本法の立場から要 綱と通則法案との関連で立法論的に知的財産 権侵害に限って結論的に組み入れてみるとす れば,次のようになるであろう24。つまり,
まず,知的財産侵害について,一種の特殊な 不法行為とみて,第6の4の個別的不法行為 に「º知的財産権侵害」を創設し,次のよう な規定を挿入すべきことになるであろう25。
「[不正競争行為から生じる権利を除く]知的 財産権の侵害については,その領域について 保護が求められる国の法による。この条項に も他の個別的不法行為に関する場合と同様に 第6の2の例外条項や第6の3の当事者自治 の規定を適用するものとする。」通則法案に よれば,19 条と 20 条の間にこのような規定 を新たに挿入することになるであろう。その 場合には,第二条は不要なものとして削除す べきである。この点については,
ALI
提案の ような広範かつ最終的に法廷地法の適用を認 める柔軟な例外規定を認めないが,侵害当時 当事者の常居所が同一であること,当事者間 に契約関係などの法律関係に基づく義務に違 反して侵害が行われたことなどの事情がある 場合には,保護国法よりも明らかにより密接 な関係を有する法域があるものとしてその法 域の法により得る点で,MPI
提案よりは広い 例外規定を認めることになる(通則法案 20 条参照)。さらに,精神的権利の人格的権利 の侵害を個別的不法行為の「¹名誉または信 用毀損に関する準拠法」に入れて考えるか,それとも「º知的財産権侵害」に入れて考え るかという問題が生じる。わたくしは,著作 者人格権を含め知的財産に関する人格権的権 利も知的財産保護全体の中で位置づけられる べき性質の問題と考えるので,知的財産権侵 害の中に含めて考えるべきと思う。この点で は,クアー教授の報告の段階における
MPI
提案に反対である。インターネット侵害を念 頭に置いた特別規定を置くべきかどうかにつ いても考察すべき重要な課題であるが,これは次に取り上げられるべき問題であるので,
ここでは触れないことにする。
注
1 Rochelle Dreyfess,The Principles on Transnational Intellectual Property Dis- put:Why Invite Conflict?,30Brook.J.Int L.L., pp.819, 826(2005).
2 この草案については,木棚照一『国際工業 所有権法の研究』(日本評論社,1989年)133 頁以下参照。
3 この点については,崔公雄「2002年アメリ カ法律協会のIPプロジェクト草案の特徴と 問題点」『季刊 企業と法創造』1巻3号
(早稲田大学 21世紀COE<企業法制と法創 造>総合研究所,2004年)254頁以下参照。
4 Dreyfess,op.cit.,p.820.
5 第 二 次 草 案 に つ い て は ,The American Law Institute,Tntellectual Property:Princi- ples Governing Jurisdiction, Choice of Law, and Judgments in Transnational Disputs, Preliminary Draft No.2(Jannury 20, 2004) と して公表されている。なお,2005年4月に配 布された草案については,2005年9月 10日 の学習院大学で開催された国際私法フォーラ ムで九州大学の河野俊行教授の報告資料とし て配布されたものを使わせていただいた。記 して謝意を表したい。
6 ALI Preliminary Draft No.2, p.106.
7 もっとも,ALI提案は,争点ごとに適切の 準拠法を決定することを前提としているから,
保護国法とすれば,これが柔軟化され,争点 ごとに保護国を決定する可能性が生じる。そ の点で,登録国法とする意義があるというこ ともできる。
8 Dessmonte, A European Point of View on the ALI Principles-Intellectual Property:
Principles Governing Jurisdiction, Choice of Law, and Judgments in Transnational Dis- putes, 30Brook.J.Int L.L. (2005) 849, 563f.
9 Annette Kur, Applicable Law: An Alterna- tive Proposal for International Regulation― The Max-Planck Project on International Jurisdiction and Choice of Law, 30Brook. J.
I.nt L.L. pp.951, 955ff.
10 こ の シ ン ポ ジ ウ ム に つ い て は ,J?rgen Basedow et al. ed., Intellectual Property in the Conflict of Law (2005) 参照。
11 この点については,2005年 12月5日付の Kur教授からのメールによる。イギリス,フ
ランス,オランダ,スウェーデンからのほか,
アメリカからも外部メンバーを招いて研究が 継続されているとのことである。
12 クアー報告については季刊 企業と法創造 第4号(早稲田大学 21世紀COE<企業表生 徒法創造>総合研究所,2005)339頁および 渡辺報告についてはシンポジウム資料『知的 財産に関する国際私法の国際的調整』11〜
22頁参照。
13 Kur,op.cit., p.962. 14 Kur,op.cit., p.963. 15 ibid.
16 Kur, op.cit., p.970f.
17 Kur, op.cit., p.975.
18 渡辺惺之・前掲資料19頁参照。
19 Kur, op.cit., p.974. 20 ibid.
21 Kur, op.cit., p.971.
22 この判例についての研究は多く発表されて いるが,私も判例批評・民商法雑誌 129巻1 号(2003年)106頁以下のほか,いくつかの 判例批評を発表している。
23 ALI Preliminary Draft No.2(2004)p.115 24 この「要綱」については,NBL817号 51頁
以下参照。ここでは,関連部分のみ抜粋して 紹介しておく。「第6 法定債権の成立およ び効力に関する準拠法1不法行為の原則的連 結政策 不法行為によって生ずる債権の成立 及び効力は,侵害の結果が発生した地の法律 によるが,その地における結果の発生が通常 予見することができないものであったときは,
加害行為がされた地の法律によるものとする。
(注)省略。2例外条項 ¸不法行為 不法 行為によって生ずる債権の成立及び効力につ いては,不法行為の当時における当事者の常 居所地が同一であること,当事者間の法律関 係に基づく義務に違反して不法行為が行われ たことその他の事情に照らし,1により適用 すべき法律が属する法域よりも明らかにより 密接な関係を有する他の法域がある場合には,
その法域の法律によるものとする。¹事務管 理または不当利得 省略。3当事者自治 ¸ 不法行為 当事者は,不法行為が発生した後 に,それによって生ずる債権の成立及び効力 について,準拠法を変更することができるが,
第三者の権利を害することとなるときは,そ の変更を第三者に対抗することができないも のとする。(注1)本規律は,1の原則的連結 政策及び2¸の例外条項に優先して適用され るものとする。(注2)準拠法の変更を遡及的 なものとするか将来的なものとするかは,当
事者がその変更の崔に選択することができる ものとする。¹事務管理または不法行為 省 略。4個別的不法行為 ¸生産物責任に関す る準拠法 省略。¹名誉または信用の毀損に 関する準拠法 他人の名誉または信用を毀損 する不法行為によって生ずる債権の成立及び 効力は,被害者の常居所地法(被害者が法人 その他の社団または財団である場合にあって は,その事業所の所在地の法律(被害者が複 数の事業所を有するときは,主たる事業所の 所在地の法律))によるものとする。(注)本 規律と2¸及び3¸の規律との関係は,1の 規律と2¸及び3¸の規律との関係と同様と するものとする。」
25 知的財産権侵害に関する規定をこのように することによって,知的財産の効果か,それ とも不法行為化に関する議論の如何による結 論の相違を極小化することができる。