1.は じ め に
平成 年に国立大学法人に移行した時点で,教職員には 労働安全衛生法が適応されることになり,各国立大学法人 はその対応に追われ現在に至っている。大学は企業と違い,
学生を教育する教育・研究機関でもある。従って,危険業 務に携わる者は労働安全衛生法の適用される教職員ばかり でなく,適用外の学生や院生も多い。学生・院生への安全 衛生教育は,大学として緊急に対応しなければならない課 題である。平成 年度の規定改定で,愛媛大学の安全衛生 規定に学生も含むようになり,規程上の整備は進んだが,
実質は今後の課題として残されている。
従来から,各学部あるいは学科や研究室は必要に迫られ 独自に安全教育を実施してきた。しかし,これらの安全衛 生教育は,体系化されておらず,また組織的活動でもなく,
必要最低の知識の伝達のみであった。さらに実施について も単発的であり教育効果についても,疑問が出てきた。一 方,「労働安全衛生」についての基礎知識は社会に出る学 生が広く身につけているべき事項であるが,従来の教育カ リキュラムでは全く取り上げられておらず,社会人として の素養として教育する必要がある。また,留学生の増加に
伴い,安全衛生に関する教育は,多言語で行う必要が出て きた。
これらの問題に対して,工学部では平成 年度より労働 安全衛生法および安全衛生に係る 単位の集中講義を大学 院で開講している。農学部では平成 年度より 回生に安 全衛生に係る 単位の講義を実施し,平成 年度より大学 院生に安全衛生に係る 単位の講義を実施した。また農学 部では平成 年度愛大
GP
で留学生への英文の安全衛生マ ニュアルを作成している。しかしながら,適切な教材が無 く,組織的な教育体制が組めず,多くの学部で十分な教育 が実施できずにいるのが現状である。この状況は他大学で も同様である。従って,適切なカリキュラムと安全衛生教 育教材及び実施体制の整備が求められている。本稿では,筆者らのグループが愛媛大学共通教育科目「社会力入門」
の講義の一部として大学初年次の学生向けに安全衛生の入 門として試行した安全衛生教育の内容及び学生の反応につ いて述べる。将来的には,大学院博士前期課程まで系統的 な安全衛生教育プログラムを策定実施する予定であり,他 大学に先駆けたものである。
愛媛大学における「社会力入門」への 安全衛生教育導入の取り組み
伊藤 和貴
1),田中 寿郎
2),浜井 盟子
3),宮崎 隆文
2),Vergin Ruth
4),曲田 清維
5)1)愛媛大学 農学部 2)愛媛大学 理工学研究科 3)愛媛大学 医学系研究科
4)愛媛大学 国際教育支援センター 5)愛媛大学 教育学部
A challenge of safety and health education to Freshmen in Ehime University
Kazutaka I TOH
), Toshiro T ANAKA
), Meiko H AMAI
)Takafumi M IYAZAKI
), Vergin, R UTH
), Kiyosei M AGATA
)1)Faculty of Agriculture, Ehime University
2)Graduate School of Science and Engineering, Ehime University 3)Graduate School of Medicine, Ehime University
4)Center for International Education, Ehime University 5)Faculty of Education, Ehime University
大学教育実践ジャーナル 第 号
2.講義内容の検討
安全衛生教育の入門として取り上げたテーマは「自分の 身を守る」である。「日常生活の危険予知」および「労働 安全衛生」の つの項目に注目し,「リスクアセスメント」
の考え方を教育に導入した(大関 )。また,教育内容 のレベルについては,文系の学生や非化学系の学生が素養 として知っていてほしいレベルとした。講義の流れは以下 のように組み立てた。
.「なぜ,安全を考えるのか?」と問いかける。
.「新聞報道等に見る大学の事故例」を知る。
.「安全に過ごすためにはどうすればよいか」を問う。
.安全を確保する手法・災害発生の仕組みを学ぶ。
.危険予知能力を身につけるために「危険予知訓練」
の演習
.労働安全衛生に関する法令を知る。
.日常生活(自宅及び下宿,通学,アルバイト,部活)
で「自分の身を守る」ためにリスクの概念を学びま とめる。
3.講義の試行結果と考察
筆者らは,教育・学生支援機構 野本ひさ教授のご協力 を得て平成 年度前期および平成 年度前期に集中講義で 実施された「 社会力 入門」の コマ( 分の講義)で,
「自分の身を守ろう」と題した講義を試行した。図 にテ キストの一部を示した(中央労働災害防止協会編 ),
(労働調査会出版局編 )。平成 年度は 名の受講者
(法文学部 回生 名, 回生 名, 回生 名, 回生 名;教育学部 回生 名;理学部 回生 名, 回生 名;医学部看護科 回生 名;工学部 回生 名, 回生
名),平 成 年 度 は 名 の 受 講 者(法 文 学 部 回 生 名, 回 生 名;教 育 学 部 回 生 名;理 学 部 回 生 名, 回生 名;医学部医学科 回生 名;工学部 回生
名, 回生 名;農学部 回生 名)で実施した。講義 は筆者ら 名で上記講義の流れ 〜 , 〜 , 〜 を それぞれ分担して行った。
講義の最後に大学(生活)の危険と有害なものを「大学 内」・「自宅(下宿)」・「アルバイト先」・「通学時」・「そ の他」の分類で学生各自が具体例を挙げ,その危険を回避 するためのアイデアを記入させた。それにより,学習した 内容の定着と講義の振り返りをさせた。図 にその用紙の 一部を示した。
学生たちが講義後に記入した振り返りシートの内容の一 例を次に示す。また,学生たちが記入した振り返りシート の内容から,学生たちがどのような場所で危険や有害だと 感じているのか図 にまとめた。
図 − 「自分の身を守ろう」講義テキストの一部
図 − 「自分の身を守ろう」講義テキストの一部
図 − 「自分の身を守ろう」講義テキストの一部
図 − 「自分の身を守ろう」講義テキストの一部 伊藤 和貴,田中 寿郎,浜井 盟子,宮崎 隆文,Vergin Ruth,曲田 清維
大学教育実践ジャーナル 第 号
大学内 20%
その他 2%
自宅 (下宿) アルバイト先 28%
18%
通学時 32%
それによると,学生は通学時と自宅(下宿),大学内と アルバイト先に同程度の危険を感じている事がわかる。
, 年の間,多くの学生は研究室には所属せず,大学で は講義の受講とサークル活動およびアルバイトが生活の場 となる状況になっているものと推察される。従って,初年 次の安全衛生教育は大学内に関する安全指導をするより も,通学や自宅(下宿)での日常生活を中心に危険予知訓 練を演習で行うことが,彼らの危険予知能力を上げるため
に効果的であることが明らかとなった。なお,今回実際に 授業を実施したのは コマ× 回であり,学生に与える効 果については限定的であるが,農学部の 回生や 回生に 毎年行っている安全衛生に関する講義で実施する「ヒヤ リ・ハット」のアンケートからも同様の傾向がある。今後,
通学や自宅(下宿)での日常生活の演習用教材(危険予知 トレーニングのモデルシート)を作成して,今後の講義に 活用する予定である。ただし,専門講義や研究活動が始ま る 年次以降では,この様相は異なることが考えられる。
その準備のため,次のステップとして「安全衛生入門」と いう講義を別に準備している。ここでは,大学内における さまざまな危険や安全な取り扱い方法についての全般的知 識を講義し,専門学部における安全衛生教育へつなげる役 割を担わせている。
さらに,近年学部留学生が大幅に増加している。出身国 の違いで安全の考え方も多種多様である。このような安全 文化の違いについて配慮しながら,ここで作成した教材の 外国語版を作成し,安全衛生教育を実施していくことが望 まれている。今後,今回の教材を基に,留学生用の教材開 発が望まれる。
4.まとめと今後の課題
今回,平成 年度実施の全学必須科目の コマに安全衛 生の入門講義として「自分の身を守る」と題して, 分の 講義を計画し, 年間にわたって試行した結果についてま とめて報告した。
この講義の実施は( )理系文系を含めた全学生に対し て,安全衛生教育を実施したこと。( )この講義の実施は 教員ばかりでなく,安全衛生担当の事務職員の協力のもと 実施できたこと,の 点で全国的にも先進的な科目として 実施できた。
( )については,初年次の学生が現実に直面している危 険の場面に即した安全衛生教育を行うことができた。特 に,大学における安全衛生教育では,実験系の学生のため と思われがちであるが,初年次の学生は,日常生活に直接 関連した安全衛生教育が必要であることを明確にし,それ 通学時
自転車通学時に焦っていて狭い路地で車や自転車とぶつかりそう になるヒヤリ・ハットをなくすために,時間に余裕を持って早めに 家を出る。
通学時
イヤホンで音楽を聴きながら徒歩や自転車に乗っている時に後ろ から来る車に気付かず危険であるので,徒歩や自転車に乗るときは 音楽を聴かない。
自宅(下宿)
下宿で部屋の中にいろいろなモノが出しっ放しになっていて夜に 真っ暗になると何処に何があるか分からず,つまずいて転びそうに なるので,出したら直ぐに片付ける習慣をつける。
自宅(下宿)
高い棚に物を積んでいて地震等があると危険なので,整理整頓を してストッパーのような物を置いて固定する。
大学内
授業の始まり・終わりの時は教室や廊下等が生徒の数が多く,転 んでしまいそうな時があるので,人がある程度動いた後に自分は動 くようにする。
大学内
メディアセンターとミューズの間の通りは朝など自転車の交通量 が多く,共講の方に入ろうとするとぶつかりそうになって危ないの で,互いの交通をある程度整理するため,進行方向の矢印をつけた 自転車道を示すマークを道路にペイントすれば良いのではないか。
アルバイト
引越のセンターで働いていた時に重い荷物を持った時の腰や腕へ の負担が凄かったので,先に鍛えておくか軽く感じるような持ち方 を考える。
アルバイト
大根とかをおろす時に金具で自分の指まですりおろしてしまうこ とがあるので,できる限り余裕をもってすりおろすように気をつけ る。
図 学生が危険・有害と感じた場所 図 振り返り用紙の一部
愛媛大学における「社会力入門」への安全衛生教育導入の取り組み
大学教育実践ジャーナル 第 号
に対応した安全衛生教育プログラムおよびテキストを開発 した。「大学内には何故,大学生に日常生活に関する安全 衛生教育が必要であるか疑問視する意見」もあるが,危険 予知能力や危険に対する感覚は毎日の行動から習慣的に身 につける能力であり,研究活動を始めてからや就職後の現 場でいきなり発揮することはできない能力である。安全衛 生の基本的な活動である
S
の 番目のS
は習慣化であ り,筆者らは大学での安全衛生教育の入門は,先ず日常生 活の中で危険予知能力を習慣化することが最も理解し易い と考えた。( )については,初年次向け安全衛生教育プログラム内 容を検討する際に,工学部,農学部,医学部,国際教育支 援センター,教育学部で安全衛生教育に関わる教員が一堂 に会して検討し,全学の安全衛生を統括している事務部署 も参加する愛媛大学を挙げてのプロジェクトに取り組ん だ。各学部学科が個々に実施してきた,いわば「点」の安 全衛生教育が,「面」となり,それを「愛媛大学全体の組 織力で体系化し浸透させることができた。まさに既存の専 門教育以外の教育活動のさきがけとなるプログラムであ る。
今後の課題は,次の 点に集約される。①入門レベルに 続く系統的な安全衛生カリキュラム体系を構築すること。
②いつでも,どこでも,だれでも,何回でも学習できるよ うな,e−ラーニングを用いた学習環境を構築し,繰り返 し必要に応じて学習できるとともに,担当教員の負担を軽 減する措置を構築する。③安全文化の異なる留学生に対応 した安全衛生教育プログラムの策定と適切な留学生向けの テキストの制作を行う。
大学教育に安全衛生教育を導入する必要性については多 くの大学で認識されており,当然多くの大学では必要に迫 られて単発的に実施されている。しかしながら,重要であ りながら,学部教育から大学院教育に至るまで,それぞれ のレベルに応じた安全衛生教育について,系統的な教育カ リキュラムを策定し実施している国内の大学は筆者らが知 る限り見当たらない。さらに理系学部のみならず文系学部 の学生まで対象として,全学的な安全衛生教育を目指して いる大学は我が国には無く,本プロジェクトは,我が国で 初めての意欲的な試みであり,実現すれば,安全衛生教育 に関する「愛媛モデル」として全国に広めることができる と考える。
謝 辞
本プロジェクトにご協力いただきました学生および教員 の皆様に深く感謝申し上げます。また,平成 年度愛媛大 学教育改革促進事業(愛大
GP)『「学士力」向上のための
安全衛生教育(代表:伊藤和貴)』の助成を受けて実施さ れたものである。引用文献
)大関親( )『新入社員・学生のための 入門 職 場の安全衛生』,中央労働災害防止協会
)中央労働災害防止協会編( )『危険予知訓練イラ スト・シート集』,中央労働災害防止協会
)労働調査会出版局編( )『危険予知訓練マニュア ル,労働調査会
伊藤 和貴,田中 寿郎,浜井 盟子,宮崎 隆文,Vergin Ruth,曲田 清維
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