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白百合女子大学 博士論文審査報告書 氏名

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Academic year: 2021

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白百合女子大学 博士論文審査報告書

氏 名 土谷 亜矢 学 位 の 種 類 博士(心理学)

学 位 記 番 号 甲第55

学位授与年月日 平成2847

学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当者

学 位 論 文 名 主 題 表情と状況が矛盾する条件下における感情推測 副 題 健常児とASD児の比較検討

論 文 審 査 委 員 委員長 教授 伊東 玉美 主 査 教授 五十嵐 一枝 副 査

副 査 副 査

教授 鈴木 忠 教授 田島 信元 准教授 波多江 洋介

論文内容の要旨

本研究では、2 回の予備調査を経て独自に作成した感情推測課題を用いた実験場面を設定し、

視線追跡装置による課題実施中の注視時間を主な指標として、表情と状況が矛盾する条件下にお ける感情推測プロセスに関して健常児と自閉症スペクトラム障害児(以下、ASD 児)の比較検討 を行った。感情推測課題は、他者の心的状態を推測する感情推測場面の静止画と静止画下方に 6 つの感情語の選択肢を記載した 14 枚の絵カードから構成され、7 枚は主人公の表情と状況が矛盾 しない条件の絵カード、残り 7 枚は主人公の表情と状況が矛盾する条件の絵カードを用いた。実 験対象は、13 歳以下の健常児 19 名(男 8 名、女 11 名、5 歳 3 か月~11 歳 5 か月、平均年齢 6 歳 5 か月)と、 ASD 児 13 名(男 9 名、女 4 名、6 歳 0 か月~13 歳 7 か月、平均年齢 9 歳 4 か月)で あった。

(1)言語報告、(2)静止画の①矛盾なしあり条件における主人公の顔と主人公の顔以外の状況 の注視時間の割合-全絵カードの平均-、②矛盾なしあり条件における主人公の顔と主人公の顔以 外の状況の注視時間の割合-各絵カード-、(3)感情語の①矛盾なしあり条件における同一感情語 への注視、②矛盾なしあり条件における感情語の選択肢間の注視時間の割合-各絵カード-、(4)

矛盾なしあり条件の各絵カードにおいて健常児が最も多く言語報告した感情語を注視した時間の 割合、について分析した。

その結果、主人公の表情と状況が矛盾する条件下での感情推測については、(1)言語報告では健 常児と ASD 児間で大きな相違が認められず、先行研究から予測される通り、知的に遅れがなく言 語理解が良好な ASD 児では言語報告は健常児と有意差がなかった。 また、(2)静止画の①矛盾な しあり条件における主人公の顔と主人公の顔以外の状況の注視時間の割合-全絵カードの平均-結 果から、主人公の顔や主人公の顔以外の状況を ASD 児も健常児と同様に見ていた。この結果は、

人の顔の注視時間の割合 (Freeth et al.、 2010) や主人公の顔の注視時間 (李他、 2013)につ いて健常児と ASD 児間で相違が認められなかったという点で先行研究と同様の結果であった。さ らに、(2)静止画の②矛盾なしあり条件における主人公の顔と主人公の顔以外の状況の注視時間の 割合-各絵カード-結果から、絵カードによっては健常児と ASD 児で条件の違いによって見ている 領域が異なることが明らかになった。健常児と ASD 児で有意差がみられなかった絵カードに共通 する特徴は、日常生活場面で体験しやすい出来事が描かれた絵カードであり、健常児も ASD 児も 絵カードの場面情報から主人公の感情を推測することが容易であったことが想定された。一方、

健常児と ASD 児で有意差がみられた絵カードに共通する特徴は、主人公が非常に恐い体験や驚く 体験をしている場面が描かれていることであり、体験の有無に個人差があり、他の絵カードと比 べて絵カードの場面情報から主人公の感情を推測することが非常に難しかったため、健常児と

(2)

ASD 児間で条件の違いによって見ている領域が異なることが明らかになった。(3)感情語につい ては、健常児と ASD 児で最も特徴的な相違が認められた。①矛盾なしあり条件における同一感情 語への注視結果より、健常児は主人公の表情と状況が矛盾あり条件では主人公の表情と状況が矛 盾なし条件と異なる感情語を注目する傾向にあった。しかし、ASD 児は主人公の表情と状況が矛 盾あり条件においても、主人公の表情と状況が矛盾なし条件と同一の感情語を注視する傾向が認 められた。ASD 児に認められた同一の感情語への注視傾向の内容について、②矛盾なしあり条件 における感情語の選択肢間の注視時間の割合-各絵カード-の結果より、ASD 児は主人公の感情が

「嫌な気持ち」というネガティブな感情語で、主人公にとっては不快な状況である時に特徴がみ られた。すなわち、ネガティブな感情語を伴う不快な状況絵カードでは、主人公の表情と状況が 矛盾あり条件において絵カードの主人公の表情という視覚的情報が変わっても、その視覚的情報 を手がかりにして視覚的情報とは異なる感情語を注視しにくいことが示唆された。この結果を実 行機能の観点から考察すると、いったん取り込んだ情報を新たに呈示された情報を使ってリセッ トしにくいという認知的柔軟性の問題が考えられた。また、最初の反応を抑制できないという点 では反応抑制の問題が考えられた。社会脳の観点から論ずると、ASD では扁桃体の機能不全に起 因する感情認知の障害が想定されており、「嫌な気持ち」というネガティブな感情語により、感情 推測が正常に機能しなくなった可能性が考えられ、矛盾なし条件で最も長く見ていた「嫌な気持 ち」の感情語を矛盾あり条件でも最も長く見ていたことが想定された。最後に、(4)健常児が最 も多く言語報告した感情語の注視時間の割合の結果から、健常児は主人公の表情と状況が矛盾あ り条件になると、健常児が最も多く言語報告した感情語を見ている時間の割合が高かったことか ら、主人公の表情と状況の矛盾を察知していた可能性が示唆された。一方、ASD 児は主人公の表 情と状況が矛盾なし条件および矛盾あり条件のいずれにおいても条件間による注視時間の相違は 認められなかった。この結果は、ASD 児は主人公の表情と状況の矛盾に気づかなかったため、健 常児が最も多く言語報告した感情語を見ている時間の割合に条件間で有意差が認められなかった のではないかと考えられた。この結果は、ASD 児にとって主人公の表情の違いが感情語の選択肢 を注視する際の要因になりにくいことを示唆する結果と考えられた。一方、先に挙げた(2)の静止 画の注視時間の割合では、主人公の顔を見ている時間の割合は健常児と ASD 児で有意差がなく、

ASD 児も健常児と同じ程度に顔を見ているという結果が得られた。Freeth et al. (2010) は ASD 児はすぐに人の顔を注視するという注意の向け方の優先順位が健常児と異なることを明らかにし、

また、Baron-Cohen、 S.、 Leslie、 A.M.、 & Frith、 U. (1993)は ASD 児は表情の細かな情報 を正しく取り込んでいない可能性があることを指摘している。これらの先行研究の結果から、ASD 児は健常児と同様に表情は見ていると考えられるが、ASD 児には顔の表情への注意や取り込みの 問題があり、そのため、表情の表わす感情特徴の理解が健常児と異なったのではないかと考えら れた。

論文審査の結果の要旨

1943 年に Kanner.L により世界で初めて報告された自閉症は、時を経た現在、自閉症スペクト ラム障害(以下 ASD)の名称で日本人の多くが知る発達障害となった。この間、医学と心理学を はじめとして教育や福祉など多岐の関連領域にわたって国内外で多くの研究が行われてきた。約 10 年位以前から、通常の学校に入学してくることが予想される知的遅れのない ASD 児への社会的 関心が高まり、最近は、特に知的遅れのない成人の ASD が社会的に多方面から注目されている。

本研究は、知的遅れのない ASD 児が示す認知発達の問題の中核とみなされてきた他者の感情理解 に焦点を当て、表情と状況が矛盾する条件下における感情推測プロセスについて、健常児と ASD 児の比較検討を行って特徴を明らかにすることにより、発達臨床心理学的観点から ASD 児の問題 解明の指標を探り支援につなぐことを目的として行われた実験研究である。

本研究では、①日常的に遭遇しやすい場面を取り上げ、ある表情の主人公と状況からなる日常 場面の静止画(表情と状況に矛盾なしありの 2 条件)を独自に作成したこと、②従来の研究で行わ れたような主人公の表情と状況から主人公の感情を推測させ言語報告を求めることと、視線追跡

(3)

装置によって静止画等の注視領域を測定することとに加えて、パソコン画面上の静止画の下方に 6 つの感情語選択肢(楽しい、悲しい、怒り、嫌な気持ち、驚き、恐い)を記載して感情語の注 視時間の割合を測定したこと、③言語報告と各静止画の特性を各絵カード個別に検討したこと、

が独自性としてあげられる。

先行研究と類似の要因と本研究に独自の要因に関して、全絵カードと各絵カード個別の分析を 行った結果、主人公の表情と状況が矛盾する条件下での感情推測については、ASD 児は言語報告 では健常群と違いが見られず、全静止画の主人公の顔や主人公の顔以外の状況を注視する平均時 間に関しても健常児と有意差がなかった。しかし、絵カード個別の分析では、絵カードによって は健常児と ASD 児で条件の違いによって見ている静止画の領域や感情語が異なることが明らかに なった。すなわち、静止画の内容や感情語の種類によっては、注視時間や注視の仕方が ASD 児は 健常児と異なることを見出した。この結果は先行研究には見られない新たな発見である。言語報 告と各静止画の特性を絵カード個別に検討したことと、6 つの感情語選択肢の注視時間の割合を 測定したことから得られた独自の結果であると評価される。しかし、実験で用いた感情推測課題 は絵カード内容の難易度が異なること、感情語の選択肢が統制されていないため各絵カードの主 人公の感情語に偏りがあることなどの問題点があり、今後は、課題の難易度および感情語の選択 肢の統制など実験課題の信頼性と妥当性を高める必要が示唆された。また、静止画に描かれた状 況の経験の有無や快不快の印象は、特に ASD 児では言語報告や注視時間に影響している可能性が あり、絵カードの状況についての言語報告を求めることも検討されなければならない。

以上の結果に関して、本研究では、実行機能の観点からいったん取り込んだ情報を新たに呈示 された情報を使ってリセットしにくいという認知的柔軟性の問題、最初の反応を抑制できないと いう反応抑制の問題、さらに脳機能の観点から扁桃体の機能不全に起因する感情認知の障害と関 連させて考察している。ASD は脳障害であり、脳機能と関連したワーキングメモリや実行機能あ るいは情動障害に関しての研究が近年急速に進み、発達神経科学系の関連領域での融合研究が行 われている。この時期にあって、本研究の考察は新規的で意欲的な試みである点において評価で きる。そして本研究の考察を支持するような最近の実験研究が見られることも事実であるが、本 研究は実験条件や対象の精密度等において限界があり、考察は人文科学としての推論の域を出な い。他の関連領域との連携研究において実証して論を進めることが今後の課題である。

本研究は、審査の決定までに 2 年間を要した。その理由は、実験研究としての全体構成、対象 や課題の選定や分析方法の妥当性、および考察の客観性が厳しく議論されたことにある。基本的 には、実験群と統制群の全体データの統計比較を行っているが、各絵カードの持つ特性の影響が 考えられたため、絵カードの特性に着目した探索的分析の観点を加えており、この点が、仮説か ら結果を導き仮説の正しさを証明する実験心理学の観点からは違和感を指摘されたと考えられる。

臨床活動の中から事実を取り上げ、先行研究や仮説に照合してなお新たな情報を理論に展開して いく作業は、重要な臨床的研究方法であり、ASD 研究においても数多くの探索的研究が理論に結 び付いてきた。本研究は、審査の過程においてこれまでにあげたような実験研究としての問題点 を指摘されたが、方法、結果の解釈、論旨の展開、今後の臨床活動への貢献において、客観的か つ臨床的意義のある探索的実験研究として評価されるとみなされた。

以上により、審査委員会は本論文が博士(心理学)の授与に値するものと認めた。

参照

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