21
世紀複素解析入門
コーシー
∼
岡潔相原義弘・野口潤次郎
2021 年9 月26日
21
世紀 複素解析入門コーシー ∼ 岡潔
21
C.Introduction to Complex Analysis
— from A.L. Cauchy to K. Oka —
まえがき
複素解析あるいは関(函)数論については既にかなりの数の書籍が出版されてい る.その中で本書の特徴を標語的に一言でいえば“コーシーから岡潔まで”であろ う.大学初年次に学習する微積分学においては,一変数の理論の後に多変数の関 数の偏微分や重積分を扱う.21世紀に入り現在の数学の進展状況から、複素関数 論においても微積分学の場合と同様に一変数の理論の後に多変数の基礎理論を学 習しておく必要がある.
複素関数論あるいは複素解析の基礎部分は,理工学分野の基礎として広く学ば れてきた.多くの場合,複素数,コーシーの積分定理,留数定理の後,リーマン の写像定理等を経て,名前で言えばワイェルシュトラース,ミッターク・レッフ ラー,ピカールなどで終わるのがこれまでの内容であったと思う.少し進んだ内 容としてリーマン面に触れる場合もあるかもしれない.これ等は,年代的に言え ば19世紀末までに得られていた内容である.複素解析は,20世紀に入り大きな 進展をした.特に多変数解析関数論,あるいは多変数複素解析学と呼ばれる分野 で岡潔の研究成果を中心に長足の進歩をした.その基礎部分は,岡による連接定 理によると言って過言ではない.
さて数学のなかで複素解析関数の理論が上述のような展開になった歴史的経緯 を一瞥しておくことは,これから書き進める我々にとっても,また読み進める読 者にとっても有意義なことであろう.一般複素解析関数の理論は,1880年の論文 (速報は1879年)でE.ピカールが証明した,本書では第5章で証明する,ピカー ルの定理に端を発するといわれる(小松[11]§37).一般関数論と対比する言葉と して特殊関数論がある.ピカールの定理は,対象は一般解析関数であるが,その 証明ではエルミートによるある楕円モジュラー関数と呼ばれる特殊関数を用いる ものであった.この定理に対して,E.ボレルは,1897年の論文で特殊関数によ らず,関数の解析性のみに基づく証明を与えた.これにより関数の解析性のみを 仮定してどれだけの理論展開が可能かを追求するのが,解析関数論の理論発展の
流れとなった.岡潔による3大問題の解決(1936∼’53)や20世紀複素解析学の最 大の発見と言われる連接定理(1948∼’51)も関数の解析性のみに基づくもので,こ の複素解析関数論の範疇に入る(例えば,一松[26],西野[18],野口[20],[22]等 参照).
変数の数が2以上になることにより,新たに認識されるのが“凸性”の問題であ る.実変数の微積分学で,一変数では定義域の凸性は意識されない.2変数以上 になって初めて凸性が意味をもち,これがさらに発展していわゆる凸解析になる.
複素関数においても一変数では解析性からくる凸性は自明で意識されない.しか し,2変数以上になるとこれが非自明な大きな問題になる.この事象の全体像を 明らかにしたのが岡理論といえる.本書では,その入り口部分までを記述するの が目的である.
純粋数学だけでなく,広く理工学の分野においても一変数・多変数の複素解析 学,高次元複素多様体上の解析学が用いられる.電磁気学における留数定理はい うに及ばず,等角写像と流体力学(今井功[1],流体力学・左藤の超関数論[4]),理 論物理学においては場の量子論[28]を初めとして(超)弦理論など多くの先端分野,
情報理論における補間問題(ミッターク・レッフラーの定理+ワイェルシュトラー スの定理)・暗号理論(Butzer–Ferreira–Higgins–Saitoh–Schmeisser–Stens [27],辻
井重男他[15])等を見ると,理工学の基礎と位置づけられる複素解析学の内容とし
て,コーシー(一変数)から岡(多変数)までの基礎部分を早い時期に学習しておく ことが,それぞれの専門に入ってからの学習・研究のために有用であろう.
一例として,信号論の歴史的サーベイをしている論文Butzer–Ferreira–Higgins–
Saitoh–Schmeisser–Stens [27] を見るとその序文にサンプリング関数として次の 式が書かれている.
(1) F(z) = sinπz π
∑
n∈Z
an
(−1)n z−n =∑
n∈Z
an
sinπ(z−n) π(z−n) .
数an (n∈Z) (情報)は,上式右辺が収束するように与えられた数列である.する と,F(n) =anとなる.つまり,点n∈Zで与えられた数anを値としてとる正 則関数が構成されている.sinπzの無限積表示を用いると(1)は次のように表さ れる.
(2) F(z) =
z ∏
n∈Z\{0}
( 1− z
n )
ez/n
· (∑
n∈Z
an(−1)n z−n
) .
この式右辺の初めの括弧内は,ワイェルシュトラース積と呼ばれ(本書§2.6.1),与
まえがき vii えられた点(今の場合は,n∈Z)で与えられた位数(今の場合は,1)の零点をも つ正則関数を表し,二番目の括弧内は与えられた点(n∈Z)で与えられた位数の 極(an(−1)n/(z−n))をもつ有理型関数を与えるミッターク・レッフラーの定理 の解を表している(本書定理8.4.21).与えられた点で与えられた値をとる関数を 求めることは補間問題と呼ばれる.補間問題は,古い歴史をもつ現在でも興味深 い数学の問題であるが,これが情報理論・サンプリング理論の基礎理論を与えて いることが,垣間見える.一変数関数論での補間問題は,一般に(2)と同じ形で,
ワイエルストラースの定理とミッターク・レッフラーの定理によって一般に解決 される.
複素解析学の範疇では,これ等の問題は一変数関数論にとどまるものではなく,
多変数関数論においても重要な問題を提起する.19世紀から20世紀へ変わる頃,
ミッターク・レッフラーの定理はクザンI問題として定式化され,ワイエルスト ラースの定理は,クザンII問題として定式化された.
しかし,これ等多変数のクザンI・II問題,補間問題が最終的に解決されたのは 新しく,20世紀中葉(1933〜1953)に岡潔により導入された新概念である連接層
(不定域イデアル)の理論として結実した.多変数関数論では,補間問題が成立す
るためには,領域は任意ではあり得なく,上述した複素解析的な凸性(正則凸性) をもつことが必要かつ十分であることが解明された.その展開の中で岡原理の発 見もなされ,数学理論として,美しい見事な理論が生み出された.それから半世 紀以上が経ち21世紀に入ってこの分野の基礎的な入門書として,前世紀数学の表 現形式を変えるまでに影響した岡理論の基礎部分は,取り込まれるべきであると 考える.本書では,この辺りまでの成果を“弱連接定理” ([23], [22]) にもとづき 数学の基礎理論として紹介する.岡理論には,その先に擬凸領域の理論があるが,
入門書としては内容が高度になるので割愛した(例えば,[18],[20],[22]など). 以下,本書の構成の概略を述べよう.第1章は,理論の出発点である実数の性 質(公理)から始めて,一般次元ユークリッド空間を述べる.一般次元ユークリッ ド空間を述べる.その後に,複素数・複素平面を与え,リーマン球と一次変換を 述べる.
第2章では正則関数を扱う.定義から始まり,コーシーの定理を初めとする基 本的な性質を調べる.複素平面上でのワイェルシュトラース積を述べ,終わりに 調和関数との関連を調べる.
第3章では有理型関数を論ずる.留数定理とその応用を述べる.複素平面上で の有理型関数の部分分数展開を与え,ワイェルシュトラースのペー関数(楕円関
数)を論じる.最後に三角関数の無限積表示を与える.
第4章は,解析接続を述べ,いくつかの(分岐)リーマン領域について解説する.
最後にガンマ関数とリーマンのゼータ関数の初等的性質を調べる.
第5章は,正則写像について論じ,2大定理を証明する.モンテルの正規族の 議論の後,単連結領域を標準化する第1のリーマンの写像定理を証明する.第2 に,ピカールの定理を負曲率計量法で証明する.
第6章からは,多変数正則・解析関数を扱う.多変数の正則関数の定義から始 め,変数の数が2以上になる事によって生ずる“凸性”の現れであるハルトークス 現象について解説する.実関数の微積分においても,変数の数が2以上になると,
関数の定義域の図形的考察が複雑になる.複素変数の場合は,その違いの現れ方 がより顕著で困難さの増加が著しい.
第7章では,解析層を収束巾級数の集合として定義し,連接性の概念の説明の 後に,野口[23]で得られた弱連接定理を証明する.H.カルタンによる行列分解を 示し,ついで岡シジジーを示した後に岡の上空移行の原理を証明する.ここの展 開は,野口[23],[22]第2章によるところが大きい.
第8章では,カルタン・トゥーレンによる正則領域と正則凸領域の同値性定理 に始まり,多変数関数論の基礎入門部分を紹介する.前章で示した岡の上空移行 の原理を適用して,岡・ヴェイユの近似定理,クザンの問題,岡原理を証明する.
それぞれにについて,一変数の場合のルンゲの近似定理,ミッターク・レッフラー の定理およびワイェルシュトラースの定理を導く.最後に複素部分多様体に対す る多変数一般補間定理を証明する.
読者諸兄においては,数学の研究を目指すもの,或いは理工学の種々の分野を 目指すもの,いずれにしても将来新しい問題にぶつかり,それをわかろう,解決 しようという局面に至るであろう.そもそも問題は,それまでの一通りの理論(概 念も含めて)では解決できないから問題となる.そのとき,それまでの理論の源 がどのような姿か,その成立の由縁(証明)が何か,困難をどのように乗り越えて きたかを身につけておくことは,次のステップへの力になる.
一変数関数論から多変数関数論までの基礎を一つとして捉えて紹介する本が,数 は少ないがないわけではない(H.カルタン[6],山口博史[31],F. Haslinger [25]) が,正則領域上でのクザン問題や補間問題までを取り入れたものは,これまで内 外を問わずなかった.これは,一つには多変数関数論の展開で必要とされる諸結 果の証明の難しさがあったと思う.この部分について最近,証明の簡短化が種々 なされ(第二著者,論文・多変数教科書等 [20], [23], [22])入門部分は一変数関数
まえがき ix 論入門と同じレベルで紹介できるようになり,実現したのが本書である.
その様なわけで,本書は21世紀に入り20世紀中頃までに達成された複素解析 学の基礎理論を数学専門課程および理工学の基礎として取り入れるとどのような ものが相応しいかを考えて書いたものである.
2021年春 著者等記す
ことわり
(i) 標準的な集合,写像の記法は既知のものとする.“∀x”は“任意のx”,“∃x”
は“あるxが存在して”,あるいは“存在するx”を意味する.集合の元,写 像の像,逆像などの用語も既知とする.
(ii) 自然数(正整数)の集合N,整数の集合Z,有理数の集合Q,実数の集合 R,複素数の集合C,虚数単位i等は慣習に従って用いている.Z+ (または R+)で非負整数(または非負実数)の集合を表す.
(iii) 自然数あるいは実数Mに対し“x≫M”とは,Mより大きなあるM′∈R があって,x > M′を満たすx,という意味である.
(iv) 定理や式の番号は区別せず統一的に現れる順に従って付けられている.た だし,式は(1.1.1)のように括弧で括られている.1番目の数字は章を表し,
2番目の数字は節を表す.
(v) 単調増加,単調減少という場合,等しい場合も含める.例えば,関数列 {φν(x)}∞ν=1が単調増加とは,定義域内の任意のxに対しφν(x)≦φν+1(x), ν= 1,2, . . .が成立することである.
(vi) 有限集合Sに対し,その元の個数を|S|で表す.
(vii) 写像f :X →Y が,1対1のとき単射と呼び,上への写像であるとき全射
と呼ぶ.単射かつ全射であることを全単射という.部分集合E⊂Xへのf の制限をf|Eと記す.
(viii) Rnの開集合U上の,k(∈Z+)階連続偏微分可能関数(複素数値)の全体を Ck(U)と書く.C0(U)とは,U上の連続関数の全体である.Ck級とは,k 階連続偏微分可能(k= 0ならば,単に連続)であることを意味する.
(ix) 集合Sの二元x, y ∈ S に対し関係“x∼ y”が次の条件を満たすとき,関 係“x∼y”(あるいは“∼”)は同値関係と呼ばれる:(i)x∼x(反射律): (ii) 任意の二元x, y ∈Sに対しx∼yならばy ∼x (対称律); (iii)任意の三元 x, y, z∈Sに対しx∼yかつy∼zならばx∼z (推移律).
(x) “A:=B”とは,記号AをBで定めることを意味する.
xi
ギリシア文字と読み1)
大文字 小文字 対応するローマ字 読み
A α a alpha(アルファ)
B β b beta(ベータ)
Γ γ g gamma(ガンマ)
∆ δ d delta(デルタ)
E ϵ, ε e epsilon(イプシロン)
Z ζ z zeta(ゼータ)
H η e eta(エータ)
Θ θ,ϑ t theta(シータ)
I ι i iota(イオタ)
K κ k kappa(カッパ)
Λ λ l lambda(ラムダ)
M µ m mu(ミュー)
N ν n nu(ニュー)
Ξ ξ x xi(グザイ)
O o o omicron(オミクロン)
Π π,ϖ p pi(パイ)
P ρ r rho(ロー)
Σ σ,ς s sigma(シグマ)
T τ t tau(タウ)
Υ υ u upsilon(ウプシロン)
Φ ϕ, φ p phi(ファイ)
X χ c chi(カイ)
Ψ ψ p psi(プサイ)
Ω ω o omega(オメガ)
1)この表は,数式もしっかり読むことが大事と考えて入れた.数式も文章の一部として読む(発声 する)習慣をつけるのは,数学の理解の道程に大切なことと考える.一度は,全部をしっかり音読し ておこう.
xiii
目 次
第1章 ユークリッド空間と複素数 1
1.1 実数 . . . . 1
1.1.1 実数の公理 . . . . 1
1.1.2 数列の極限 . . . . 4
1.1.3 級数 . . . . 11
1.1.4 無限乗積. . . . 14
1.2 n次元ユークリッド空間 . . . . 16
1.3 複素数と複素平面 . . . . 23
1.4 複素数列・複素級数 . . . . 26
1.5 関数 . . . . 28
1.5.1 複素関数. . . . 28
1.5.2 関数列 . . . . 31
1.5.3 関数項級数 . . . . 33
1.5.4 偏導関数. . . . 34
1.6 曲線とホモトピー . . . . 36
1.6.1 曲線 . . . . 36
1.6.2 ホモトピー . . . . 40
1.7 リーマン球面 . . . . 41
1.8 一次変換. . . . 44
1.8.1 群の概念. . . . 44
1.8.2 一次変換とリーマン球面 . . . . 45
1.8.3 鏡像とアポロニウスの円 . . . . 47
1.8.4 一次変換の円々対応 . . . . 49
1.8.5 自己一次変換群 . . . . 53
1.8.6 一次変換の分類 . . . . 54
問 題 . . . . 56
第2章 正則関数 59
2.1 正則関数. . . . 59
2.2 巾級数 . . . . 63
2.2.1 巾級数 . . . . 63
2.2.2 指数関数. . . . 67
2.2.3 三角関数. . . . 68
2.3 コーシーの積分定理 . . . . 71
2.3.1 線積分 . . . . 71
2.3.2 コーシーの積分定理 . . . . 73
2.3.3 コーシーの積分公式 . . . . 78
2.4 正則関数の基本的性質 . . . . 84
2.4.1 逆関数 . . . . 85
2.4.2 対数関数. . . . 89
2.4.3 領域保存の法則 . . . . 90
2.4.4 正則関数の等角性. . . . 92
2.4.5 モレラの定理 . . . . 93
2.4.6 最大値の原理 . . . . 94
2.4.7 リューヴィルの定理と代数学の基本定理 . . . . 96
2.4.8 正則関数列の収束. . . . 97
2.5 無限乗積. . . . 98
2.5.1 絶対収束. . . . 98
2.5.2 関数項無限乗積 . . . . 101
2.6 無限積表示 . . . . 104
2.6.1 ワイェルシュトラース積 . . . . 104
2.6.2 三角関数の無限積表示 . . . . 107
2.7 調和関数. . . . 108
2.7.1 正則関数と調和関数 . . . . 108
2.7.2 ポアソン積分 . . . . 110
問 題 . . . . 115
第3章 有理型関数 118 3.1 有理型関数とローラン展開 . . . . 118
3.2 留数定理. . . . 124
3.3 偏角の原理 . . . . 127
目次 xv
3.4 種々の計算: 留数定理の応用 . . . . 131
3.4.1 定積分計算への応用 . . . . 132
3.4.2 級数の総和への応用 . . . . 140
3.5 有理型関数の部分分数展開 . . . . 147
3.5.1 有理関数の部分分数展開 . . . . 147
3.5.2 ミッターク・レッフラーの定理 . . . . 148
3.5.3 三角関数の部分分数展開 . . . . 150
3.5.4 続 三角関数の無限積表示 . . . . 152
3.6 楕円関数. . . . 153
問 題 . . . . 163
第4章 解析接続 165 4.1 解析接続とリーマン領域 . . . . 165
4.1.1 解析接続. . . . 165
4.1.2 曲線に沿う解析接続 . . . . 169
4.1.3 解析接続と不分岐りーマン領域 . . . . 173
4.1.4 対数関数(再論) . . . . 176
4.2 分岐リーマン領域 . . . . 178
4.3 関数等式による解析接続 . . . . 184
4.3.1 ガンマ関数 . . . . 184
4.3.2 リーマンのゼータ関数 . . . . 189
問 題 . . . . 195
第5章 正則写像 197 5.1 正則写像. . . . 197
5.2 シュヴァルツの補題 . . . . 200
5.3 正規族とモンテルの定理 . . . . 202
5.4 リーマンの写像定理 . . . . 204
5.5 シュヴァルツ・クリストッフェルの公式 . . . . 208
5.5.1 シュヴァルツ・クリストッフェルの公式 . . . . 208
5.5.2 楕円積分. . . . 213
5.6 エルミート計量 . . . . 217
5.6.1 微分 . . . . 217
5.6.2 エルミート計量 . . . . 220
5.6.3 負曲率エルミート計量 . . . . 226
5.6.4 ピカールの小定理. . . . 228
5.7 ピカールの大定理 . . . . 232
問 題 . . . . 238
第6章 多変数正則関数 242 6.1 多変数正則関数 . . . . 242
6.1.1 Cnの位相と多重円板. . . . 242
6.1.2 多変数正則関数の定義 . . . . 244
6.1.3 多変数正則関数列・正則関数項級数 . . . . 247
6.1.4 多変数巾級数 . . . . 248
6.1.5 多変数正則関数の基本的性質 . . . . 250
6.1.6 解析接続とハルトークス現象 . . . . 254
6.1.7 凸柱状領域でのルンゲの近似定理 . . . . 258
6.1.8 クザン積分 . . . . 260
6.2 陰関数定理・逆関数定理 . . . . 262
6.3 解析的部分集合 . . . . 266
問 題 . . . . 271
第7章 解析層 273 7.1 解析層の定義 . . . . 273
7.1.1 代数からの準備 . . . . 273
7.1.2 解析層 . . . . 275
7.2 局所有限性と弱連接定理 . . . . 278
7.2.1 局所有限性と連接層 . . . . 278
7.2.2 弱連接定理 . . . . 281
7.3 有限生成系の融合 . . . . 286
7.3.1 行列・行列値関数. . . . 287
7.3.2 H. カルタンの行列分解. . . . 290
7.3.3 有限生成系の融合. . . . 295
7.4 岡の上空移行の原理 . . . . 297
7.4.1 岡シジジー . . . . 297
7.4.2 岡の上空移行の原理 . . . . 301
問 題 . . . . 304
目次 xvii
第8章 正則領域 307
8.1 正則領域と正則凸領域 . . . . 307
8.2 カルタン・トゥーレンの定理. . . . 310
8.3 岡・ヴェイユとルンゲの近似定理 . . . . 314
8.3.1 解析的多面体と近似定理 . . . . 314
8.3.2 ルンゲの近似定理(一変数). . . . 318
8.4 クザンの問題 . . . . 320
8.4.1 クザンI問題 . . . . 322
8.4.2 ミッターク・レッフラーの定理(一変数) . . . . 327
8.4.3 クザンII問題と岡原理 . . . . 327
8.4.4 ワイェルシュトラースの定理(一変数) . . . . 332
8.5 補間問題. . . . 336
問 題 . . . . 339
問題のヒントと略解 341
あとがき 345
参考図書・文献 349
索引 351
記 号 359
第
1
章 ユークリッド空間と複素数解析学の諸定理の証明とは、その命題文が実数の幾つかの公理(性質) に帰着する道を示すことである.証明がわかるとは実数公理への帰着 の道を理解することである.本章ではその実数の公理(性質)から始 める.その後、n次元ユークリッド空間Rnを復習して,点列の収束,
開集合,閉集合等の概念を述べる.関数列,関数項級数の基本を述べ,
曲線のホモトピーを解説する.n= 2の特別な場合としてR2を考え,
これを複素平面(ガウス平面)として複素数を導入する.さらに無限 遠点を加えてリーマン球面を定義し,一次変換を扱う.
1.1 実数
1.1.1 実数の公理
数1,2,3, . . .を自然数と呼び,その全体をN と書く1).Nの中では,四則演算
(+,−,×,÷)のうち,加法+と乗法×が可能であり,さらに大小が定義されて いる.自然数mが自然数nより小さい(または,大きい)ことをm < n(また は,m > n)と書く.m≤n(または,m≥n)とは,mがnより小さい(また は,大きい)か等しいことを意味する.
Nに零及び負の数,0,−1,−2, . . . ,を加えた集合全体をZと書き,元a∈Zを 整数と呼ぶ.
集合の包含関係N⊂Zが成り立ち,Zでは大小関係があり,加減+,−と乗法
×が可能となる.非負整数の全体をZ+={a∈Z:a≥0}と書く.
Zに,分数pq (p, q∈Z, q̸= 0)を加えた全体をQと書き,その元を有理数と呼 ぶ.Qで初めて四則演算が可能となる(このことをQは体をなすという).Qで
1)零“0”は,自然数に含めない.歴史的に「0の発見」(AD 7世紀,インド)は,自然数の文字 としての初出(BC 40世紀初頭,シュメール)からするとだいぶ後年のことである.
は大小a < bも定義され,正pq >0,負pq <0が定義されている.
しかしながら,√ 2,√
3などが有理数ではないことはギリシャの昔から知られて いて,解析学で主役となる極限操作(以後順次述べられる)を考えるためには数 の体系を更に拡張する必要が生ずる.直感的には両側へ無限にのびる直線lを考 え,その上に一点0と長さの単位を与える点1(0と相異なる点)を決める.その とき,l上の任意の点aに対し0からの距離を正負を込みで考えたものを実数と 呼び,その全体をRと書く.このように考えたlを実直線とも呼ぶ.Rは体を成
l:
図 1.1: 単位線分・実直線
し,大小“>, <”や“≥,≤”の関係をもつ.本書では,実数の構成的定義は他書に 譲り2),その満たすべき基本的な公理を認める所から出発することとする.
実数の部分集合E⊂Rに対して実数αが
x≤α (または,x≥α), ∀x∈E
を満たすとき,αをEの上界(または,下界)という.上界(または,下界)は存 在するとは限らない.上界が存在するとき,Eは上に有界(または,下に有界)と いう.Eが上にも下にも有界であるとき,単に有界という.Eの上界(または,下 界)が存在してそれがEの元であるときそれをEの最大元(maxEと書く) (また は,最小元(minEと書く))と呼ぶ.
命題1.1.1 Eの最大元(または,最小元)は存在すれば,一意的である.特に,E が有限集合ならば最大元,最小元が存在する.
証明 a, a′∈Eを共にEの最大元であるとする.定義により,a≤a′かつa′ ≤a が成立する.従って,a=a′.最小元についても同様である.後半は,読者に任す.
□
実数a∈Rに対してその絶対値を
|a|= max{a,−a}(≥0)
2)例えば斎藤正彦,数学の基礎,東京大学出版会,第2章を参照.
1.1. 実数 3 と定める.次の三角不等式が簡単に確かめられる:
|a+b| ≤ |a|+|b|, a, b∈R.
Eの上界(または,下界)の成す集合に最小元(または,最大元)があるとき,そ れを
supE (または,infE) で表し,Eの上限(または,下限)と呼ぶ.
これ等は,存在すれば命題1.1.1により,一意的である.我々は次の公理を仮定 する.
公理1.1.2 (実数の連続性,ワイェルシュトラース) 上に有界な(または,下に有 界な)非空集合E⊂Rには,必ず上限supE (または,下限infE)が存在する.
E=∅に対しては,便宜上
supE=−∞, infE=∞
とおく.非空集合E ⊂Rが上に非有界ならば,supE =∞,下に非有界ならば infE = −∞と書くことにする.以上の定義によりinfE,supEは常に存在し,
E̸=∅ならば
−∞ ≤infE≤supE≤ ∞ が成立する.
ワイェルシュトラースの公理から次の性質が導かれる.
定理1.1.3 (アルキメデス原理) 任意の正の実数a, bに対して b < na
を満たす自然数n∈Nが存在する.
証明 E={na:n∈N}とおく.結論を否定するとEはbを上界とするので,上 に有界な集合となる.ワイェルシュトラースの公理1.1.2から上限γが存在する.
上限の定義から
γ−a < na, ∃n∈N.
よってγ <(n+ 1)a∈E.これは上限の定義に反する. □
定理1.1.4 (有理数の稠密性) 任意のx < yを満たす実数x, yに対しx < r < y を満たす有理数rが存在する.
証明 前定理により自然数m, n∈Nで 1
y−x < n, nx < m
を満たすものがある.このようなmの中で最小のものをとる.このとき m−1
n ≤x < m n. r=m/nとおけば
x < r= m−1
n +1
n ≤x+ 1 n < y.
□
定義1.1.5 (区間) 二つの実数a < bに対し,Rの部分集合[a, b] = {x ∈ R : a≤ x≤ b}とおき,これを閉区間と呼ぶ.a, bを[a, b]の端点と呼ぶ.[a, b]か ら両端点を除いた,(a, b) = {x ∈R : a < x < b}を開区間と呼ぶ.(−∞, b] = {x ∈ R : x ≤ b},(−∞, b) = {x ∈ R : x < b},[a,∞) = {x ∈ R : x ≥ b}, (a,∞) ={x∈R:x > b} 等も考え,これ等を無限(閉,開)区間と呼ぶ.これに 比して,[a, b],(a, b)等を有界(閉,開)区間と呼ぶことがある.[a, b) ={x∈R: a≤x < b},(a, b] ={x∈R:a < x≤b}等を半開区間と呼ぶ.
1.1.2 数列の極限
自然数n= 1,2, . . .に対し,実数a1, a2, . . .が対応しているとき,これを{an}∞n=1, {an}n∈Nで表し,実数列と呼ぶ.また,これを{an}と略記することがある.し ばらく,実数列しか扱わないので単に数列と呼ぶことにする.
定義1.1.6 (数列の収束) 数列{an}n∈Nがα∈Rに収束するとは,任意に与えら れた正の数ε >0に対して自然数N ∈Nが存在して
(1.1.7) |an−α|< ε, ∀n≥N が成立することである.このとき
an→α (n→ ∞),
1.1. 実数 5
nlim→∞an =α, あるいは,limn→∞an =α, liman=α 等と表すことにする.αを数列{an}の極限と呼ぶ.
数列が収束しないとき,その数列は発散するという.
特に,0に収束する数列を零列と呼ぶ.
命題1.1.8 (i) 数列{an}が収束し極限αをもつことと,{an−α}が零列であ ることは,同値である.
(ii) {an}を零列とし,c∈Rを定数とすると,{can}も零列である.
証明 (i)定義より容易に確かめられる.
(ii) c = 0ならば自明であるので,c ̸= 0とする.任意のε > 0に対し,ある
N∈Nがあって
|an|< ε
|c|, ∀n≥N.
したがって,
|can|< ε, ∀n≥N.
これは,{can}が零列であることを示している. □ 命題1.1.9 (i) {an},{bn}を収束数列とする.任意のn∈Nに対してan≤bn
(または,an ≥bn)が成立するならば,liman ≤limbn (または,liman ≥ limbn).特にbn =b (定数)ならば,liman ≤b (または,an =a(定数)な らば,limbn ≥a).
(ii) (挟み撃ち)三つの数列{an},{bn},{cn}が
an≤cn ≤bn, ∀n∈N
を満たしているとする.もし{an},{bn}が収束し,α:= liman= limbn な らば,{cn}も収束し,limcn =α.
(iii) {1
n
}∞
n=1は零列である.
(iv) 正の実数α <1に対し{αn}∞n=1は零列である.
証明 (i)an ≤bn (∀n∈N)とする.もし仮にα= liman >limbn=βであった とする.ある共通のN∈Nがあって,
|an−α|<α−β
2 , |bn−β|< α−β
2 , n≥N.