九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
土地家屋調査士のための法律学(6) : 筆界特定・
境界紛争ADR
七戸, 克彦
九州大学大学院法学研究院 : 教授
http://hdl.handle.net/2324/12474
出版情報:土地家屋調査士. 606, pp.17-24, 2007-07. 日本土地家屋調査士会連合会 バージョン:
権利関係:
奎≡毒 土地家屋調査士のための法律学(6)
九州大学大学院法学研究院教授 七戸克彦
1 「悪法も法」
そもそも本連載は、土地家屋調 査士の先生方向けに法律学の一般 講義を行うとの趣旨に基づくもの であって、法解釈学のほか、法制 史であるとか法社会学であるとか 法政策学・立法学といった法律学 の諸分野の手法を、調査士業務に 馴染みのある不動産登記法や土地 家屋調査士法を素材に説明する、
というものであった。
本連載は、今回第6回「筆記特 定・境界紛争ADR」の後、第7回
「公共嘱託登記土地家屋調査士協 会」(とくに今般制定の一般法人 法・公益法人認定法との関連で)、
第8回「土地家屋調査士の倫理」
(とくに今般策定の「土地家屋調査 士倫理規範」との関係で)をもって 終了するが、今回の法律学の一般 講義では、「悪法も法」か、という 法哲学上の命題を取り上げたい。
なお、今回「筆界特定・境界紛 争ADR」のテーマの冒頭で、「悪 法も法」などと切り出すと、筆者 が「筆界特定制度や境界紛争ADR は悪法」などといった蛮勇演説を 振るい始めるのではないかと身構
えられる向きもあるかもしれない が、全然違う。
一方、「悪法も法」か、という問
題を、学者の机上の空論のような 抽象命題と捉える向きもあるかも しれないが、しかし、実際の裁判 でも、【資料1】掲記の27例にお いて、当事者の主張あるいは裁判 所の判断中に、この言葉が登場し ている。その多くは、刑事事件に おいて、「悪法は法ではない」とい う自然法論的な主張を当事者(被 告人の弁護人)が行うケースであ るが、しかし、中には、当事者が
「悪法も法である」旨を主張した事 案もあり、また、裁判所が自ら「悪 法も法である」あるいは「悪法は法 ではない」旨を積極的に説示した 例も存在する(たとえば【5】判決 は「弁護人は公職選挙法は悪法で あるというけれども法であって悪 法であるが故に効力を有しないも のとは解することができない」と 判示するのに対して、【9】判決は
「悪法も亦法であるとの主張〔検察 側の?〕は畢覚法の安定性に対す る空疎な満足に過ぎない」との厳 しい説示を行っている。もっとも、
同判決の立場は、上告審・最(1小)
判昭和30年7月7日刑集9巻9
号1816頁によって否定された)。
そして、これらの判例中には、
今回テーマ「筆界特定・境界紛争 ADR」制度創設の契機となった境 界確定訴訟関連の事案も存在して
いる(【26】判決)。
(1)事案の概要
【26】判決の事案は、次のよう なものであった。
①昭和49年4月25日、Xは、
その所有する本件土地につき、公
簿上の地積185m2につき、錯誤
を理由として、これを8,719m2 に更正することを内容とする地積 更正登記申請書を、土地家屋調査士Aを申請代理人として、高知
地方法務局に提出した(以下「第1次申請」という。)。
②だが、この申請内容は、従前 の公簿上の地積の実に47倍強と いう前例にない増歩であったた め、登記官らが調査した結果、本 件土地の隣接地甲・乙・丙地のう ち、乙地が譲渡担保の対象となっ ていたことから、本来ならば同 土地を分筆したうえで移転登記す べきところを、本件土地所有者X と甲・乙・丙地の所有者らが意思 を通じ、乙地を大幅に取り込む意 図で、本件土地を増歩するという 形の地積更正登記申請を行ったも のであることが判明した。そこで、
登記官は、申請にかかる本件土地 と関係土地との境界が確認できな
いとして、昭和49年6月26日
旧不登法49条10号(新法25条
11号「表示に関する登記の申請に係る不動産の表示が第29条の規 定による登記官の調査の結果と合 致しないとき。」)により上記第1 次申請を却下した。
③これに対して、Xは、本件土
地の隣接地甲・乙・封地の所有者 を相手方として、本件土地と隣接 各土地との間の境界の確定を求め る訴えを高知簡易裁判所に提起し、昭和49年12月18日同裁判
所から自己の主張に沿う境界確定の判決を得、昭和50年1月の
同判決の確定後である同月14日前記土地家屋調査士Aを再び申
請代理人として、本件土地の地積 185m2につき錯誤があるとして、これを8,719m2に更正すること
を内容とする本件申請に及んだ。
④しかし、本件申請は、隣接各 土地所有者の承諾書に代えて、上 記確定判決の正本の写しが添付さ れている点が第1次申請と異なる のみで、他はまったく同一であっ
たため、登記官Yは、本件申請
についてもまた、申請にかかる筆i 界が本件土地の六界と認定できな いことを理由に却下した。⑤これに対して、Xが、登記官
Yを相手に、却下処分の取消しを 求める訴訟を提起したのが本件事 案であり、Xは、「本件土地と隣 地との境界は、前記境界確定請求 事件の確定判決により確定してお り、かつ、そもそも非訟事件としての境界確定事件の判決は、裁判 所が行政庁に代って公権力により 境界線を設定する行為であって、
対世的効力を有するから、登記官 といえどもこれに覇束される。よ
って、Yのなした前記却下処分
は、前記確定判決に従わない違法 なものである」と主張したのに対 して、Yは、「Xは隣地所有者ら と合意のもとに境界を変更せんと して、そのため裁判所を利用して 形のうえで境界確定訴訟の形態をとって判決を得たものということ ができ、このような場合には境界 確定訴訟の制度を濫用したもので あって、右判決認定の境界線は第 三者に対してその形成力を生じな
【資料1】 「悪法も法」の法命題が登場する裁判例
悪法も
@である 悪法は
@ではない 当事者の
蜥」
裁判所の
サ断
【1】 大判昭和7年12月20日民集11巻2236頁 ○ ○
【2】
最(大)判昭和23年12月1日刑集2巻13号1661頁 ○ ○【3】
最(大)判昭和23年12月8日刑集2巻13号1711頁 ○ ○【4】
最(大)判昭和23年12月22日刑集2巻14号1845頁 ○ ○【5】
札幌高野昭和26年6月26日高等裁判所刑事判決特報18号34頁 ○ ○【6】
最(1小)決昭和27年4月24日裁判集刑事63号499頁 ○ ○【7】
東京地判昭和27年12月26日裁判所時報127号2頁 ○ ○【8】
最(大)判昭和28年6月3日刑集7巻6号1201頁 ○ ○【9】
大阪地平昭和28年9月30日判時18号27頁 ○ ○【10】 最(大)判昭和30年10月26日刑集9巻11号2313頁 ○ ○
【11】 最(1小)判昭和31年5月10日刑集10巻5号649頁 ○ ○
【12】 最(大)判昭和32年3月13日寄集11巻3号997頁 (○) ○
【13】 最(2小)判昭和33年3月28日刑集12巻4号719頁 ○ ○
【14】 最(1小)判昭和33年6月19日刑集12巻10号2243頁 ○ ○
【15】 最(2小)決昭和33年7月9日刑集12巻11号2424頁 ○ ○
【16】 最(1小)判昭和34年2月12日裁判集刑事129号125頁 ○ ○
【17】 最(1小)判昭和36年9月14日刑集15巻8号1348頁 ○ ○
【18】 大分地判昭和37年1月20日高刑集17巻4号343頁 (○) ○
【19】 最(1小)決昭和37年11月15日刑集16巻11号1544頁 ○ ○
【20】 最(大)判昭和37年11月28日刑集16巻11号1577頁 ○ ○
【21】 最(大)判昭和39年11月18日民集18巻9号1868頁 ○ (○)
【22】 最(2小)判昭和43年7月5日刑集22巻7号588頁 (○) ○
【23】 東京地判昭和45年7月11日前タ261号278頁 (○) ○
【24】 東京地判昭和47年12月19日労働民集23巻5・6号637頁 (○) ○
【25】 札幌高判昭和48年10月30日高刑集26巻4号461頁 ○ ○
【26】 高知地判昭和51年12月6日訟務月報22巻12号2763頁 ○ ○
【27】 最(1小)判昭和63年1月21日判時1284号137頁・判タ675号119頁 (○) ○
18 土地家屋調査士 2007.7月号 No.606
い」と主張した。
(2)悪法も法である
さて、この事件において、「悪 法も法」の法命題は、上記被告(登 記官Y)の反論に対する原告Xの 再反論(【資料2】)中に現れる。本 件訴訟はXの本人訴訟のようで あるが、このような主張は、本件 境界確定訴訟が馴れ合い訴訟であ ることを原告自らが認めているよ うに受け取られるから、あまり感 心しない。しかしながら、純粋な 法理論的関心からすれば、原告X がこのような主張をしてくれたお かげで、「悪法も法」かの問題に関 する裁判所の判断が引き出される こととなった。
判旨は、次のようにいう。「当 事者のなれあい訴訟の結果得られ た判決といえどもそれが確定した 以上、詐害判決の再審による取消 制度を認めていない現行法のもと では右判決の効力を争う余地はな く、したがって被告の右主張もま た理由がない」。「仮りに本件境界 確定判決の内容が被告の主張のよ
うに不当なものであるとしても、
上訴、再審等法律上認められた不 服申立により右判決の取消がなさ れていない本件においては右判決 を有効なものとして取り扱うほか
はないのであるから、右判決内容 の不当を理由に直ちにその効力を 否定する被告の主張は理由がな
い」。すなわち、本件事案に関して、
裁判所は、結論的に「悪法も法で ある」との判断を下したのである。
さらに続けて、判旨は、次のよ
うに述べて、原告Xの請求を認
容した。「被告はその主張〔略〕に おいて、登記官は必ずしも境界確 定の判決で定められた境界線に拘 束されず、独自の実地調査権に基 づき本来の境界を調査し得ること を前提として、本件境界確定の判 決による境界が右調査の結果判明 した本来の境界と異なるから、原 告の本件地積更正登記申請を却下 した被告の処分は違法でないと主 張するので、この点につき検討す るに、一般に境界確定の判決が確 定すると、右判決で定められた境 界線について対世的効力(形成力)
を生じ、第三者において右境界線 を争うことができなく、したがっ て登記官庁といえども判決の定め た境界線に拘束され、これに基づ き登記簿の記載を更正する必要が あると解するのが相当であるか ら、これと見解を異にする被告の 前記主張は採用できない」。「そう だとすると、原告が本件境界確定
【資料2】高知地判昭和51年12月6日三三月報22巻12号2763頁〔文中強調は引用者〕
の判決に基づいてなした本件地積 更正登記の申請を却下した被告の 処分は、右確定判決にしたがわな い違法な処分であるというべく、
したがって被告のした右却下処分 の取消を求める原告の本訴請求は 理由がある」。
ここには、登記官(行政部)の審 査と、裁判所(司法部)の判断の優 劣関係に関するせめぎ合いが存す る。そもそも、裁判所が、先行す る境界確定訴訟が馴れ合い訴訟で あることを喝破して、境界を正し く確定してくれていたならば、本 件のような訴訟が提起されること もなかった。従来から、境界確定 訴訟の欠陥として、裁判官や訴訟 代理人弁護士には、表示登記専門 官や土地家屋調査士が有している と同程度の専門的知識が不足して いること、また、その結果司法部 が下した不当判断に対して、前壷 も述べる「詐害判決の再審による 取消制度」のような是正制度が存 在しないことが指摘されていた が、にもかかわらず、境界確定訴 訟は、登記官の処分に対して圧倒 的優越性を有し、登記官の処分を 通じて不当判決を是正する途は認 められていない。
四 被告の主張に対する原告の主張 (「1」「2」略)……。
3被告は、本件境界確定判決は原告およびその相手方ら双方のなれ合いで得られたものであること、およびその 結果右判決の示した境界は客観的に誤りであることを主張するが、境界確定訴訟においては、裁判所は当事者の 申立に拘束されることなく、独自の立場から、土地占有の状態、公定面積との関係、公図その他の図面、境界標、
林相、地形、証人等を慎重に審理し、必要に応じ検証し鑑定させる等、衡平の原理にしたがって境界を決定する ものであるから、理論上は当事者のなれあい訴訟というものはあり得ない。また判決の内容が誤っているからこ れにしたがえないという主張は「悪法もまた法なり」とする法治国家のもとではとるに足りない主張である。
被告の主張のように、本件境界確定判決にしたがえば不都合が生じるということが仮りに事実であったにして も、それは現行の法体系からはやむを得ないところである。
2 虚血特定制度制定の歩み そもそも境界確定訴訟は、現行
法上明確な根拠規定が存在せず、
判例および実務慣行によって事実 上認められてきたものにすぎな い。その結果、この制度をめぐっ ては、①登記行政との連携が図ら れていない(その結果、上記【26】
判決のような不都合が生ずる)、
②判決確定までに相当の時間的
(平均2年程度といわれる)・経済 的コストを要する(これは、上述し たように、専門的な知識を必要と することと関連する)、③裁判制度 なかんずく「訴訟」の制度によって いるため、上記のような馴れ合い 訴訟の弊害のほか、隣人関係に悪 影響を及ぼし、また、既判力が当 事者間にしか及ばないため、地域 全体の実質的な紛争解決につなが らない、といった問題点があり、
そのことが、不動産取引の活性化 を妨げる原因になっていると考え られている。
(1)平成11年度法務省「報告書」
こうした境界確定訴訟の抱える
問題に対して、平成10年6月自
由民主党司法制度特別調査会「最 終報告書」は、「裁判外境界紛争解 決制度」の創設について検討を進 めるべきであるとの提言を行っ た。すなわち、司法制度改革の一 環として、問題の多い境界確定訴 訟なる判例法ないし慣習法上の 裁判手続を廃止し、これを裁判外 紛争解決手続(ADR:Alternative Dispute Resolution)に完全に置き 換えようとしたのである。これを受けて、法務省民事局は、
(財)民事法務協会に「裁判外境界 紛争解決制度に関する調査研究」
を委託し、同協会は、平成10年 度中間報告書において、現行の訴 訟の境界確定訴訟の問題点の洗い 出しを行った後、平成11年度最 終報告書において、現行の裁判手 続(境界確定訴訟)に代わる新制度 として、①当事者の申請(例外的 に職権)に基づいて、②「境界確定 委員会(仮称)」なる合議体の委員 会が審理を行い、その答申に基づ き、③行政庁(法務局長・地方法 務局長)が境界確定処分を行う形
態を提示した。これは、ADRの 中でも、民間型ADRではなくし
て、行政型ADRである。一方、この境界確定処分の性質は、過去 に定められた境界を「確認(再発 見)」するものではなく、新たに境 界を「(再)形成」するものとされ
(形成力の承認)、また、不服申立 訴訟・再審等によって取り消され るまでは、何人もその効力を争う ことができないものとされた(公 定力の承認)。
(2)平成15年都市再生本部「平 成地籍整備」
ところで、本連載前回(第5回)
「地図整備」において、14条地図 の最大の給源である地籍図と関連 して触れたように、第5次国土調 査事業十箇年計画策定に際して設 置された旧国土庁の諮問機関「国 土調査に関する懇談会」は、平成
11年8月18日、①立会・筆頭確
認手続の効率化と、②一筆地調査 の民間への外部委託の2点を内容 とする報告書を提出していた。し かし、同報告書の提示する制度は、同じ行政型ADRであっても、具
体的な行政庁は地籍調査の事業主 体であって、前記法務省平成11 年度「報告書」の提示する登記所側20 土地家屋調査士 2007.7月号 No.606
(法務局長等)ではない。
このような形で乖離していた、
法務省の検討にかかる境界確定訴 訟の改革問題と、旧国土庁(現国 土交通省)の検討にかかる地籍調 査の推進問題とを、有機的に結合
したのが、平成15年6月26日
都市再生本部「民活と各省連携に よる地籍整備の推進」(平成地籍 整備)であった。
もっとも、この「平成地籍整備」
の目的もまた、上記法務省や地籍 調査側の企図していた目的と若干 ずれている。というのも、法務省 の検討にかかる境界確定訴訟問題 や、国交省の検討にかかる地籍整 備問題が、全国一律の問題である のに対して、「平成地籍整備」を発 出した都市再生本部は、その名の 通り「都市の再生に関する施策を 迅速かつ重点的に推進するため」
内閣に設置された組織であり (都 市再生特別措置法3条)、したが って、同本部発出の「平成地籍整 備」も、再開発が問題となる都市 部のみを対象とするものであっ て、その他の地域を対象としてい ない。そもそも、「平成地籍整備」
は、大規模都市再開発の典型例で ある六本木ヒルズが、昭和61年 の着手から平成15年の完成まで 実に17年の年月を要し、そのう ちの4年が境界確認に費やされ たことなどから、都市再生本部長 である当時の小泉純一郎総理が、
国土交通大臣と法務大臣に対して 直々に指示したものであった。
一方、この「平成地籍整備」の具 体的内容に関しては、都市再生本 部のホームページに掲載されてお
り、また、筆者も別稿で触れたこ とがあるから(「新不動産登記法に
関する平成17年改正」市民と法 34号(2005年)28頁)、以下要 点のみを述べるならば、都市部の
うち、①地図混乱地域に関しては、
法務省自らが地図作製作業の推進 を図り、②その他の地域において 国調側が行う地籍整備事業に際し ても、境界確認等につき法務局が 協力すべきものとされ、さらに、
③今後、法務省において、法務局 が境界の確定等に関与して迅速に 正式な地図とするための法整備を 行うものとされている。
このうち、①地図混乱地域(平 成14年度調査によれば、全国で 約750地区、820km2。ただし、
この数字は、都市部以外の地域も 含む)に関する法務局の地図作製 作業は、平成16年度には、過去 最多の21法務局における23地域 につき予算額3億8,300万円をか けて合計約8km2が実施され、さ らに、平成17年改正の際の国会 審議での法務省民事局長答弁によ
れば、10年間で約100km2の整
備が予定されている。しかし、そ の結果として、法務局作製地図の枚数は、平成15年4月の4,000
枚から(本誌前号【資料4】参照)
5,000枚に増えた程度であり、ま た、今後、たとえ上記予定が(都 市部以外にも拡張されつつ)順調 に進捗したとしても、全国の地図 混乱地域の解消には、80年以上 の年月がかかることになる。
一方、②地籍調査に対する法務 局の協力に関しては、平成16年 6月30日民二第1870号法務局長・
地方法務局長あて法務省民事局長 通達「国土調査法に基づく地籍調 査への協力について」ならびに同 日民二第1871号法務局民事行政
部長・地方法務局長あて法務省民 事局第二課長依命通知「国土調査 法に基づく地籍調査への協力につ いて」が発出されているが、その 成果に関しては、管見の及ぶ限り では、具体的なデータを発見でき
ない。
他方、③法務局が境界の確定等 に関与して迅速に正式な地図とす るための法整備こそが、平成17 年改正により創設された、筆界特 定の制度であったが、しかし、当 初予定されていた制度の内容は、
立法過程において、大幅に後退し
てゆく。
(3)平成16年法務省「要綱案」
上記「平成地籍整備」の指令③を
受けて、平成15年12月から平 成16年5月までの間、法務省民
事局の委託研究「境界確定制度に 関する研究」が行われ、その成果は、平成16年6月置「新たな土
地境界確定制度の創設に関する要 綱案」として、法務省民事局民事 第二課作成の「補足説明」とともに 公表された。その内容に関しても、詳細は前 掲出稿を参照いただきたいが、上 記「補足説明」によれば、本研究の 背景には、次の2点が控えている。
その1は、前幅(1)平成11年度
「報告書」と同様の趣旨、すなわち、
司法制度改革の一環として、現行 の境界確定訴訟に代えて新たに裁 判外境界紛争解決制度を設ける必 要がある、というものである。そ の2は、前室(2)「平成地籍整備」
の結果、「現在、このような地図 の整備事業も念頭に置いた境界の 確定制度の整備を図ることが、喫 緊の課題となっている」ことであ
る。
その結果、平成16年「要綱案」
は、(1)平成11年度「報告書」以 来の司法制度改革の趣旨に立脚し て、問題を都市部に限定せず、境 界確定訴訟を廃止して、行政型
ADRに完全移行する旨を提言す
る一方、(2)平成15年「平成地籍 整備」の趣旨に鑑み、平成11年 度「報告書」が、申請による審査開 始を原則とし、職権による開始を 例外としていた点を改め、両者を 並列的な地位に立てている。その他、平成11年度「報告書」
と平成16年「要綱案」の相違個所 としては、「境界確定」処分を支局・
出張所を含めた個々の登記所に配 置された「境界確定登記官」が「境 界確定委員会」の意見を踏まえて 行うものとされた点、「境界確定 委員会」に所有権界をめぐる紛争 に関する調停権限を認めた点等を 挙げうる。
(4)平成17年改正法
上記「要綱案」および「補足説明」
は、平成16年6月4日から7月 5日まで意見紹介に付され、79
件のパブリックコメントが寄せら れたが、法務省ホームページ掲載 の集計結果を見る限りでは、賛否 両論はあるものの、反対意見多数 とは評価できない。にもかかわらず、平成17年2月8日閣議決定 を経て、翌9日第162回国会に
提出された法律案(内閣提出第34 号)の内容は、「要綱案」から大幅 に後退したものとなっていた。立法担当者の解説によれば、要 綱案の「境界確定」制度と、平成 17年改正法の「筆界特定」制度の 相違点は、【資料3】掲記の7点で ある(登記研究編集室(編)『平成 17年不動産登記法等の改正と筆
界特定の実務』(テイハン、2006 年>6頁以下参照〉。
そのうち、(1)(2)の変更理由に つき、立法担当者は、「平成11年 報告書後における行政改革の進展 に伴い、行政のスリム化が求めら れている情勢にあることを踏まえ た上、外部専門家の活用という要 綱案のコンセプトを生かしつつ、
手続に柔軟性および機動性を持た せることを考慮した結果である」
と説明しているが、しかし、その 実態は、登記官の権限強化と、外 部専門家の権限縮小である。もっ とも、こうして権限を強化した登 記官の側に関しても、その能力に 不安が残るため、これに対応した のが、(3)の変更といえる。
一方、(4)職権による手続開始 を認めなかった理由につき、立法 担当者は、①現行法制限、職権で 筆墨を定める制度を設けている例 はないこと、②職権で喜界を特定 することは、それ自体は所有権の 範囲を法的に確定するものではな くても、私人間の法律関係に国が 介入する結果となり、不必要な紛 争を生じさせることもあること、
の2点を挙げている。しかしなが ら、そもそも「平成地籍整備」が、
法務局が境界の確定等に関与して
迅速に正式な地図とするための法 整備を要求した趣旨は、隣地所有 者間の紛争の顕在化に怯えて遅々 として進まない地籍調査に対する 救世主としての役割を、法務局 側に求めたものであって、その役 割分担を約束したはずの法務局側 の制度が腰砕けになってしまって は、上記「平成地籍整備」の要求に 応えたことにならない。
他方、(5)筆界特定手続に行政 処分性を認めなかった理由は、立 法担当者によれば、「行政処分型 の制度設計のもとでは、境界確 定処分に対する抗告訴訟が提起さ れ、最高裁まで争って取消判決が 確定した場合、当該判決後、行政 庁が再度境界確定処分を行うこと になり、理論上、この再度の行政 処分に対しても抗告訴訟を提起 することが可能になる。したがっ て、現行制度の下で境界確定訴訟 を提起し、裁判が確定すれば、そ れで境界が確定されることと比べ ると、全体としてみた場合に、筆 界を早期に安定させる制度になる
とは必ずしもいえない」点に求め られている。しかしながら、この ような抗告訴訟の無限循環の問題 は、当初より容易に思い至るはず の事柄であり、それを見落として
いたというのでは、いかにもお粗 末である。立法担当者は、「将来 の検討課題としては、筆写特定の 効力の在り方として、行政処分=
公定力=取消訴訟というパターン ではなく、例えば、公害紛争処 理法(昭和45年法律第108号)第 42条の20等のように筆界特定後 一定期間内に境界確定訴訟を提起
しなかったときは、一定の法的効 果(例えば、不起訴の合意)を与え ることも考えられる」とも述べて いるが、そうであるならば、なぜ 改正法の立法段階より、このよう な制度構築に思い至らなかったの か、疑問を禁じ得ない。
さらに、(6)境界確定訴訟の存 続は、筆界特定に行政処分性を認 め、現行の境界確定訴訟を廃止す るという要綱案の構想が、上記
(5)により、成り立たなくなった ためであるが、しかし、平成11 年度「報告書」以来の当初の問題意 識は、境界確定訴訟の抱える欠陥 に存したのであるから、この訴訟 を存続させるというのであれば、
その欠陥を解消させるような形 で、手続や効力内容につき抜本的 な整備・充実を図るのが筋であっ
た。
なお、改正法132条1項6号・
【資料3】 平成16年要綱案の「境界確定」制度と平成17年忌正法の「筆界特定」制度の相違点
(1) 委員会組織がなくなり、筆界調査委員を任命し、事件ごとに指定する制度となったこと。
(2) 筆界特定登記官が期日を主宰することになったこと。
(3) 筆界特定の事務は、個々の登記所ではなく、法務二又は地方法務局の事務とされたこと。
(4) 職権で筆界特定を行う規定が置かれなかったこと。
(5) 筆界特定には行政処分としての効力がないこと。
(6) 境界確定訴訟が存続すること。
(7) 所有権紛争についての調停に関する規定がないこと。
22 土地家屋調査士 2007.7月号 No.606
147条・148条は、従来「境界確 定訴訟」と呼称されてきたこの訴 訟に対して、「筆界確定訴訟」あ
るいは「民事訴訟の手続により筆 界の確定を求める訴えに係る訴 訟」なる新たな名称を付与し(な お、改正不動産登記規則207条3 項6号も「民事訴訟の手続により 筆界の確定を求める訴えに係る訴
訟(以下「筆界確定訴訟」という。)」
と規定する)、これらの規定によ り、同訴訟に条文根拠が付与され ることとはなったが、しかし、そ の手続に関して、上記諸山は、単 に「民事訴訟の手続により」と規定 するのみで、その具体的内容に関 しては、従来通り判例・実務に委 ねている。また、この六界確定訴 訟と筆記特定手続の連携に関して
も、境界確定訴訟を審理している 裁判所が、登記官に対して、筆界 特定手続記録の送付を嘱託するこ
とができる旨が規定されているに とどまり(147条)、北界特定手続 を境界確定訴訟の必要的前置制度 とするなどの強力な連携関係は構 築されていない。その一方におい て、上記(5)筆録特定制度の効力 の微弱化に対応して、境界確定訴 訟の判決が確定した場合には、新 たな筆界特定の申請は却下され
(132条1項6号)、また、臨界特 定の後に境界確定訴訟の判決が確 定した場合には、当該判決と抵触 する範囲において、その効力を失 うものとされた(148条)。前記「悪 法も法」の項において触れた、境 界確定訴訟の登記官の行政処分に 対する絶対的優越性が、維持され たのである。
ちなみに、ここにいう「筆界」確 定訴訟の用語について付言すれ
ば、第1に、改正法123条1号
は、「筆界」を「表題登記がある1 筆の土地(以下品に「1筆の土地」
という。)とこれに隣接する他の土 地(表題登記がない土地を含む。
以下同じ。)との間において、当該 1筆の土地が登記された時にその
境を構成するものとされた2以
上の点及びこれらを結ぶ直線をい う。」と定義しており、その結果、隣接する土地が双方とも未登記で あった場合には、筆界特定の手続 はできないとされている。しか
し、上記123条1号の定義は、「筆 紙確定訴訟」の根拠条文である前
示132条1項6号・147条・148
条にも及ぶことから、「油鼠確定 訴訟」もまた、双方未登記の土地 に関しては不可能ということにな ってしまう(なお、地籍調査作業 規程準則3条1号は、「一筆地調 査に基いて行う毎筆の土地の境界
(以下「筆界」という。)」と規定して
おり、上記不論法123条1項の
ような「表題登記がある」との限定 を付していない)。
第2に、「筆界」の用語は、平成 17年改正法によって新たに用い られるようになったものであり、
平成19年4月1日現在の日本の
全法令(官報掲載法令)7,269の うち、「筆界」なる語を用いる法令 は、不動産登記関係12法令、地籍調査関係2法令の、合計14法
令にすぎないのに対して、従来通 りの「境界」の語を用いる法令は 321法令を数え、そして、それら における「境界」の意味するところ は、「筆界」なる新たな概念の登場 によって、さらなる混乱を来すこ ととなった。たとえば、不動産登 記規則77条1項8号「境界標(筆界点にある永続性のある石杭又は 金属標その他これに類する標識を いう。以下同じ。)」は、上記不登 霞123条1項の意味における「筆 界」点を前提とするのであろう。
しかし、地籍調査作業規程準則 22条の定める「境界標」の設置は、
双方未登記の土地についても行わ れる。一方、民法223条・224条・
229条の定める「境界線上に設け た境界標」(229条参照)にいう「境 界」は、それが所有権の話中に規 定されていることからすれば、所 有権界と解すべきもののように も見える(なお、209条・235条・
233条〜238条における「境界」の 用語は、所有権界を指すものと解
される)。
このように、法令上の用例にお いても、「境界」が、行政由ないし 公法上の境界であるところの筆界 の中でも、未登記の土地の間にも 存在する広義の筆界を指すもの か、少なくとも一方土地に関して 表題登記があることを必要とする 不登法上の両界(狭義の筆界〉を指 すものか、あるいは私法上の境界 のうち、所有権界を指すものか、
占有界を指すものかは、必ずしも 明瞭ではない。まして、一般市民 が、これら広義ないし狭義の筆界・
所有権界・占有界の相違を理解す ることは、非常に困難であろう。
そして、この点との関係では、
【資料3】(7)所有権界に関する紛 争の調停権限を認めていた要綱案 の立場が排斥された点が問題とな る。立法担当者は、排斥の理由に つき次のようにいう。「当事者間 で処分可能な私法上の権利に関す る紛争の解決は、新たに手続を設 けるよりも、それを専門とする司
法機関や民間ADRに委ねること が相当である。また、民間ADR
として、土地家屋調査士会が弁護 士会と共同して筆界をめぐる権利 に関する紛争について境界紛争解 決センターを運営している動きも あることから、あえて法務局にお いて同じ事務を行う必要性は乏し いと考えられることも考慮された」。
しかしながら、上述のごとく、
一般市民は、公法上の境界である 筆界と、私法上の境界である所有 権界・占有界とを必ずしも意識し ないまま、漠然と「境界紛争」を捉 えており、それぞれの紛争処理に つき、役割分担を細分化すること は、国民の利便性を損なう。しか も、改正法螺において多岐に分裂 した紛争処理手続間の役割分担の 仕方は、きわめて分かりにくい。
たとえば、調査士法3条1項7
号は、「土地の筆画(不動産登記法
第123条第1号に規定する筆界 をいう。第25条第2項において
同じ。)が現地において明らかでな いことを原因とする民事に関する 紛争に係る民間紛争解決手続……
の代理」と規定していることから、
調査士は、「法123条第1号に規 定する六界」以外の筆致一すな わち双方未登記の場合の公法上の 境界一が現地において明らかで ないことを原因とする民事に関す る紛争に係る民間紛争解決手続代 理関係業務(相談業務も含む。調 査士法3条1項8号)については、
これを行うことができないが、そ のような事案が境界紛争解決セン ターに持ち込まれた場合、調査士 は、どのように対応すればよいの
か。
3 「2歩前進、1.9歩後退」
以上が、平成17年改正法の制 定時に前記別稿にて行った筆者の 評価であったが、これに対して、
改正法の施行(平成18年1月20
日)より約1年半が経過した現在一本稿を書いている平成19年 6月段階一における制度の運用
状況につき、とくに調査士業務と 関連する事項を中心に述べるなら ば、以下のようになる。(1)新法14条地図作成作業 すでに触れたように、平成17 年改正における筆界特定制度の導 入は、平成11年度「報告書」が提 起するも結局潰えた境界確定訴訟 の廃止のほか、平成15年「平成 地籍整備」の求める都市部におけ る地籍ないし地図整備における回 路の解消を目的としていた。
では、幽界特定制度の創設の結 果、地籍・地図整備が大いに進捗 したかといえば、この点に関する検 討のために必要十分な具体的デー タを、筆者は、目下のところ収集で きていない。
(2)筆界特定
もっとも、筆界特定制度の利用 それ自体に関しては、当初の予想 を超えて順調である旨を灰聞して いる(ただし、この点に関しても、
具体的な数字の公表を望む)。
だが、その一方において、「早 い!安い!うまい!」の謳い文句 にもかかわらず、処理期間は、境 界確定訴訟より短縮されていない ともいわれ、また、測量費用が別 途必要であることを知った利用者 からの苦情もあると聞く。さらに、
上記予想外の需要に対し、予算措 置やマンパワー(登記官および筆
24 土地家屋調査士 20077月号 No.606
界調査委員の)が追いついていな い旨の指摘もなされている。
(3)境界紛争ADR
一方、認定土地家屋調査士が弁 護士と協同で行う民間型ADRに
関しても、平成14年10月の愛
知会を皮切りに、大阪会(平成15 年3月)、東京会(平成15年6月)、福岡会(平成16年3月)、宮城会
(平成17年3月)と開設が進み、
本年6月現在、25の単位会にお いて稼働が始まり、今後も着実な 開設が予定されている。
ただ、会員数の少ない単位会に おいては、予算と人員不足の問題 を抱えている(たとえば東京会の 境界紛争解決センターが、会員 数1,670名、予算3億2,000万円 であるのに対して、宮城会の紛争 解決支援センターは、会員数314 名、予算5,000万円である。本誌 579号(2005年4月号)9頁参照)。
また、一部センターにおいては、
当初順調に増加していた利用者数 が、その後減少に転じており、そ の原因が、筆界特定制度に流れて いると推測されるなど、紛争処理 手続間の効率的な分担問題も、未 解決のままである。
かつて筆者は、平成11年度「報 告書」・平成16年「要綱案」との 対比において、平成17年改正法
を「2歩前進、2歩後退」と評した ことがあったが、ある調査士の先 生は、この言に大いに立腹され、
「2歩前進、1.9歩後退」だと反論 された。さすがは調査士の先生、
歩測が細かい。先生に敬意を払っ て、平成17年改正法の評価に関 しては、十分なデータが整うまで 留保しておくこととしよう。