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木下利玄による受講ノート 夏目漱石 『文学評論

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木下利玄による受講ノート 夏目漱石 『文学評論

』講義の翻刻と解題(1) ─ダニエル・デフォー論 の刊本未収録箇所と「草枕」

著者 服部 徹也

著者別名 HATTORI Tetsuya

雑誌名 文学論藻

巻 95

ページ 15(104)‑50(69)

発行年 2021‑03

URL http://id.nii.ac.jp/1060/00012820/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

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木下利玄による受講ノート 夏目漱石

『文学評論』講義の翻刻と解題(1)

─ダニエル・デフォー論の刊本未収録箇所と「草枕」

服 部 徹 也

はじめに

 本稿は県立神奈川近代文学館所蔵の木下利玄筆記による、夏目漱石(本 名金之助)の東京帝国大学講義の受講ノート「十八世紀ノ文学」(以下

「木下ノート」と呼ぶ)の一部を翻刻し、解題と注釈を付して紹介するも のである。貴重な資料の閲覧・掲載をお許し頂いた同館および利玄ご遺 族に御礼申し上げる。

 以下、第 1 節に解題を付し、第 2 節に翻刻の凡例を、第 3 節に翻刻を 掲載し注釈を加える。なお、凡例に述べるとおり木下ノートは大学ノー ト 2 冊からなり、今回翻刻するのは 2 冊目の前半部にあたる。 2 冊目の 後半部、および順番は前後するが 1 冊目についても、今後紹介予定であ る。

1. 解題

 夏目金之助は英国留学から帰国後、1903年 4 月より東京帝国大学文科 大学英文学科講師に着任し、週に三時間ずつ、文学購読講義と概論講義 を行なった。

 文学購読講義は、開講当初にジョージ・エリオットの『サイラス・マー ナー』を扱ったほかは、シェイクスピア作品の購読にあてられた。本稿 の趣旨には深くかかわらないため詳細は略す。

  概 論 講 義 は1903年 4 月-1905年 6 月 に「 文 学 論 」 講 義(General Conception of Literatureとも称した)を行い、1905年 9 月-1907年 3 月に は講義題目を改めて「18世紀文学」講義を行なった。「文学論」講義は二 部からなる。第一部は1903年 4 - 5 月の「形式論」講義であり、没後に皆

四〇 一

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川正禧編『英文学形式論』(岩波書店、1924)として刊行された。第二部 は1903年 9 月-1905年 6 月の「内容論」講義であり、漱石による増補加筆 を経て『文学論』(大倉書店、1907)として刊行された。「18世紀文学」

講義についても漱石が加筆を加える形で『文学評論』(春陽堂、1909)と して刊行された。

 「18世紀英文学」講義は1905年 9 月から1907年 3 月21日まで、2 年弱に わたって行なわれた。なぜ 2 年間ちょうどにならないかというと、当時 の東京帝国大学の学年は 9 月に始まり 7 月に終わるはずのところ、漱石 が 3 月に大学を辞めたからだ(前任者小泉八雲の解雇も 3 月だったため、

漱石の「形式論」講義は 4 月から始まっている)。この講義は、出版され た『文学評論』によれば、序論として文芸に対し科学的態度をもって批 評的鑑賞を行なうべきことを述べ、芸術や文学が生まれてくる社会状況 に目配りして英国18世紀を概説し、ジョゼフ・アディソン、リチャード・

スティール、ジョナサン・スウィフト、アレキサンダー・ポープ、ダニ エル・デフォーらについて、評伝や作品解説を織り交ぜて論じていくも のだったと考えられる。

 受講生には野上豊一郎や中勘助、白樺派の志賀直哉、木下利玄、正親 町公和らがいた。現存が確認されている受講ノートは木下ノートのみで ある。

 漱石は「18世紀文学」講義に際し、講義原稿の作成に苦心していた。

1905年 9 月16日の中川芳太郎宛書簡では「泥棒が講義の草稿を持つて行 つたら僕は辞職する訳だが」と冗談をいい、同年12月 6 日野間真綱宛書 簡でも「草稿をかくのでいそがしい」という。1906年 8 月頃の書簡でも 度々講義草稿が書き終わらない苦しみを吐露している。

 『文学評論』出版の際にはこの講義草稿が参照されたらしい。原稿作成 を中心的に担った森田草平は、30年以上経ってから次のように回想して いる。

今度の仕事は『文学論』と違い、先生の草稿そのものがりっぱな文章 になっていたから、私達のやる仕事としては、ただ横のものを縦に書 き直すだけであった。というのは、先生は講義の草稿を作るのに、い 四〇

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つも蠅頭の文字で横書きにされる。仕事に脂が乗って、熱心になられ ればなられるほど、文字が小さくなってくる。少し大袈裟に言えば、し まいには虫眼鏡でも用いなければ見えないほど小さくなるのである。

それを縦にして普通の文字に書き直すだけ(略)原語が遠慮なく使っ てあるのを、書き直しながら日本語に翻訳していくのと、もう一つ、と ころどころに引用してあるポープならポープ、スウィフトならスウィ フトの本文(テキスト)を翻訳しておくことである。その他はいっさ い手をつけてくれるなという先生の命令であった。これはしかしなが ら中川君の『文学論』に懲りられたからには相違ないが、校正まで自 分でしようと言われたのは、まったくすまない気がした。(略)のちに 先生の手を入れられた原稿を見せてもらったが、やはり中川君の原稿 同様真っ赤になっていたことを覚えている(1)

 出版に用いられた原稿は、全体の訳 2 割の分量にあたる、野村伝四旧 蔵の原稿用紙109枚が現存する(県立神奈川近代文学館蔵)。そのうち 1 枚のみが松屋製原稿用紙に黒インクで書いたうえに赤インクで加除訂正 が加えられたもので、森田の黒字に漱石が朱筆を入れたものと思われる。

残りの108枚は漱石山房原稿用紙に赤インクのみで書かれたもので、序文 に「全部の訂正を終つた上に約半分は書き直したが夫でも意に満たぬ所 は沢山ある」とあるとおり、書き直した差し替え原稿なのだろう。よっ て、現存する原稿から講義草稿の内容を窺うことは不可能に近い。なお さら、木下ノートが貴重な資料だということになる。

 「内容論」講義は「吾輩は猫である」で創作を始める時期にあたり、こ れに続く「18世紀文学」講義は「草枕」(『新小説』1906・ 9 )、「野分」

(『中央公論』1906・10)などの本格的な作品を執筆し、やがて教職を辞 して専業作家に転じるまでの時期にあたる。さらにいえば、「18世紀文 学」講義の合間を縫って、『文学論』を仕上げる作業が行われた。留学期 の構想から「内容論」講義、『文学論』へと至る理論的試行錯誤が「草 枕」や「野分」など同時期の創作とどのように影響を与え合っていたの

(1)森田草平『夏目漱石(二)』(講談社学術文庫、1979)、pp.314-315。同書の 執筆時期は序文によれば1942年10月から翌年 6 月の間。

四〇 一

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かについては既に論じたとおりである(2)。しかし、その時期に行われて いた「18世紀文学」講義との関係については、十分に論じることができ ていなかった。木下ノートにより「18世紀文学」講義の実態に迫ること ができれば、『文学論』の生成と初期創作に、進行中の「18世紀文学」講 義を加え、より総合的に初期漱石の営為を捉えることが可能になるはず である。また、木下ノートと比較することで『文学評論』の生成、そし て中期漱石の創作との関係を解明することも期したい。

 なお、本稿で木下ノートを翻刻するにあたり第 2 冊の前半から開始す るのは、ここに『文学評論』には収録されなかったものの、漱石が講義 で直接自作「草枕」に言及する興味深い記述が含まれるため、いち早く 公開されるべきだと考えるからである。第 1 冊は1906年 9 月27日にポー プ論の途中からはじまり、ポープ論が終わる12月 6 日までの講義を収め る。第 2 冊はデフォー論が始まる1907年 1 月(日付は未特定)から在職 中最終回の講義となる 3 月21日までの間である。なお、日付の特定には 木下利玄の日記(県立神奈川近代文学館蔵)を参照した。

2. 凡例

 今回の資料翻刻の目的は、受講ノートを忠実に版面に再現することで はなく、漱石の講義内容を知ることにある。よって、可読性を高めるこ とを重視し、以下の方針で表記を大幅に改めた。

 木下ノートには、講義本文や引用文中に英単語の綴りの誤り、書き落 としなどの誤記が散見される。むろん、漱石が授業中に誤りを述べた可 能性も排除できないとはいえ、その頻発具合からみてほぼ全てが国文学 科生であった利玄の資質によるものと示唆される。よって、明らかな誤 りは断りなく訂正した。文脈をはっきりさせるための補記、注記は〔〕

で括った。

 可読性を高めるため、利玄自身による誤記訂正跡については、抹消箇 所は省略し、訂正結果のみ記した。書き落としを示す空白箇所や、空白

(2)服部徹也『はじまりの漱石――『文学論』と初期創作の生成』(新曜社、2019)。

なお、『草枕』を論じた箇所などで、すでに木下ノートを一部引用してある。

四〇 四

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の上にルビのような形で音声のみカタカナ表記している箇所については、

文脈上何を補うべきか明らかな場合は断り無く補訂し、判断に迷う箇所 のみそのままとした。ノート全体は漢字カタカナ交じり文で筆記されて いるが、カタカナをひらがなに、旧字を新字に改め、適宜句読点・濁点・

送り仮名等を補い、「てにをは」や漢字表記も可読性を高めるため断りな く修正した(例:六ヵシキ→難しき)。略記は適宜改めた(例:Shakes-

→Shakespeare)。

 英文学作品の引用文については、刊本『文学評論』にも引用されてい るものは、紙幅の都合上省略し、書誌情報と『定本漱石全集』15巻(岩 波書店、2018)の対応ページを示した。刊本に引用されていないものは 掲載した。その際、利玄の筆記を翻刻するのではなく、原典の表記にな らった。

 原資料は左綴じの大学ノートに横書き、ノンブルなし。しばしば、見 開きのうち右側のページのみに筆記が行われている。参照の便のため、

ページ数の代わりに神奈川近代文学館の漱石デジタル文学館(館内特別 閲覧用)の写真のコマ番号を用い、見開きの左右どちらのページにあた るかを添えて、「37左」「37右」と記載する。〔〕は筆者による注記。

3.『十八世紀ノ文学』第 2 冊(前半)

82 1906-1907

夏目講師 十八世紀の文学

Ⅱ Kinoshita 84右

 Daniel Defoe (1661-1731). PopeのDunciadを前に述ぶるに当りpersonal satireを 生 ず や う、 世 はintellectualyに 狭 くmorallyに 低 い 世 な り。

Aestheticalに考へleast poetical。世又下らない些末の事に齷あくせく齪せる世な り。それだけ又一方には天下太平の世ならざる可からず。又さるものに

四〇

(7)

拘泥してる程呑気なせゝこましい、換言すれば文壇に人にさる事をゆる す程party spiritが強からざる可からずと云へり。さて今此の条項の中よ り小事に屈託する事をひきぬかば、如何なるものなりやと考ふるに、

intellectualyに狭き故、大なる理想の含まれし作は出せない訳なり。又 moralyにlowなる故、heroismを含む作は出来ず(heroic verseを含む作 品)。又aestheticalにはpoeticalでない故、その方面にてaestheticな作品 は出ず。而もenergyが充満せり。activityが強い。そを用ふるにintelectual, poetical, moral等の方面がそれぞれ低き故、何等かのformによりて literaryにかき著さんとする時は如何なる形にて表はるゝや。まづ大体に てこれより語るDefoeの如きもの出さうに思はる。一言すれば十八世紀 はPopeを生めり。Dunciadよく之を代表す。その特色はかくかくなり、そ の中より

85左

或ものをとり或ものをたせばDefoeが出来る。そこにPopeとDefoeの似た 所を見出す。これDefoeとPopeの関係、抽象的に云へば十八世紀と個人 との関係なり。さればDefoeは十八世紀の特色を以て生れし人なり。十八 世紀の景況を或る人はかく云へりと云ふ事をのべ、それを敷衍して余の 説をのべ、日本の現況をのべ(3)、次にDefoeをとかんとす。Prof. Masson のBritish Novelists and their styles.の81頁以下にかゝる事あり。

〔引用略 Masson, D. British novelists and their styles. Cambridge:

Macmillan, 1859. 全集pp.421-422〕

86左

 Masson猶曰く、かゝる傾向のある時代の要求に応じて自ら夫れ相応の 文学が表れてくる。それはpoetryよりproseの方が発達したのではない か。兎に角、前にあげたのは大体は前学年にあげた18世紀概観(4)に照し 合はすとよし。その〔Massonの前掲書〕中で彼が、18世紀はsublimity のない世と云ひしは面白し。余はそれをも少しextendして考へん。又此 の間も云ひし如く文学のelementを四にしPopeの著作にもそれを応用せ

(3)刊本『文学評論』第六編から「日本の現況」についての記述は姿を消し、末 尾に「写生文家」への言及が残る程度である。

(4)『文学評論』第二編にあたる1905年度の講義内容のこと。

九九

(8)

しが、今又用ひたし。その四とは即ちsensuous, supernatural, intellectual, (Emotional)moral(5).そのtypicalのものを順にあぐれば、Nature, (God) Deities, Proverbs etc, Love 忠 孝 etc.又 そ の 四 か ら う け るIdealな emotion は、aesthetic (beautiful), sublime, philosophy (true), (good) (heroic) .comic(6).文学の範囲はlifeそのものゝ範囲なり。文学とlifeとは 86右

co-extensionのものなり。されば文学の要素はlifeの要素なりと云ふべし。

従て文学のidealはlifeのidealなり。文学にidealを要求すると、その時代 のlifeがidealを要求する故なり。されば逆に云へば、lifeにidealのない社 会は文学にもidealなし。あり得可からず。此のidealは事実に存在するの 義ならず、只ideal即ちaspirationとして人生に存在すればよい。次にこの idealの内容は時世に従ひ変化するは無論なれば、必ずしも固定の必要な し。次にこのidealが四のelementに固着して融通せざるものと思ふ可か らず。例へばaestheticは少しその意をmodifyすれば他のものにつける事 を得。兎に角、只之だけの事は事実なり。此のidealが何かの形に観念に 表はれて居ないと、その社会にはidealは社会の反映たる文学にも表れな い。十八世紀の此のidealsがない、欠乏してる(lifeがあるから文学があ り、elementがある)。従て一言すれば十八世紀はidealsがない世と略云 へる。Massonはsublimityのない世紀だと云へどもそれは賛成なり。余 は猶敷衍してaestheticもphilosophyもheroismもない、最後のMassonの 所謂sublimityもないと云ふ方が局部的ならずと思ふ。何れの国何れの世 を問はず、多少の理想なきはあらず。従て理想の欠乏せる文学はなかる べくなき訳なり。理想のないと云ふは好尚がないと云ふと殆ど差なし。好 尚なきものに文学上の述作は出来る訳なし。故に18世紀に理想なしと云 ふ可からず。PopeのEssay on CriticismにもSwiftのGulliver's Travelsに

(5)こうした分類にもとづく以下の一連の記述は、刊本に収録されていない。な お、この四分類は「文学論」講義ではSensuous F、Supernatural F、Intellectual F、Moral F、『文学論』では「感覚F」「超自然F」「知識F」「人事F」に 対応する。

(6)この分類は「文芸の哲学的基礎」(1907年 4 月20日東京美術学校で行った講 演に加筆して、『東京朝日新聞』に1907年 5 月 4 日から 6 月 4 日まで連載)

では真善美壮の四大別に整理され、『文学評論』に反映された。『定本 漱石 全集』14巻(岩波書店、2018)p.197, 237, 353を参照。

九九

(9)

も哲学あり。されどもPopeのphilosophyは文学的に表現せられた肉や血を 有するphilosophyならず。Gulliver's Travelsのは一種の比喩を示せし philosophyで、人間生活の中に織り込まれて活動せるphilosophyならず。

されば或意味より云へば乏しくなくもない。その他aesthetic, sublime, heroicも考れば例はあるべきも、同じ処に帰着する。故に、要ようする之に18世紀 はこんな時代と云ふを得べし。beautifulをよく解しない、深く解せぬ広く 解せぬ時代、philosophyを有せぬ時代なり。sublimeもheroicも少い時代な り。換言すればidealsにrichでない世の中なり。Defoeの作物を評する前 に、是非とも此のidealの欠乏せし時代の産物たるを記憶せざる可から ず。(次つ い で手にmoralのidealにcomicも加へ得べし)。是等のidealsは今の日本 の社会(7)にて何れ程深きや、考ふるの価値ある可し。又此の四つ五つの 中で社会にいづれが最勢力多きやと云ふに、元来社会に最も勢力多き idealが一番文学に表れ易し。(今の日本の文学者は西洋のidealにかぶれ、

日本のidealを云はうとせぬ)。然らば日本の現時には何が最も表れ居るか と云ふに、余の考へではphilosophyが最も表れ居る。philosophyとは如何 なるものかと云ふに、即ちtruthなり。精しく云へば、人事の交渉より 87右

起る際に、一ヒ ョ イ ヒ ョ イ

寸一寸と人間のinsideが外へ出るのをかいて、之を公衆の 前に投げ出さなければ文学に非ずと心得てる如し。又此の点を一生懸命 に表さんと力むる如し。これでよいかと云ふに、勿論悪くはない。然し analysisを見るに、philosophyを示すものゝみが文学ならぬ事は明らかな り。故にphilosophyを表すものゝみを文学と思ふは偏見なり。併しなが ら文芸家及び文芸鑑賞家は概ね此の弊に陥り、而も自ら自覚せざる如し。

之には深き仔細なかる可らず。全体日本のnationを見るに、日本人は philosophicalな 国 民 な ら ず。 古 よ り 然 ら ず、 今 で も 事 実 上 然 ら ず。

intellectualな人は少し。beautifulは如何と云ふに、日本人はbeautifulを 好み此の点にては西洋人よりも優れり(8)。beautifulにtasteをもてり。

(7)刊本では日本社会への考察を促すこのくだりは削除されている。

(8)この発言の 2 ヶ月ほど前に、漱石は「余が『草枕』」(『文章世界』1906・11)で

「美しい感じ」を覚えさせる「俳句的小説」について、「未だ西洋にもないやう である。日本には無論ない。夫が日本に出来るとすれば、先づ、小説界に於け る新しい運動が、日本から起つたといへるのである」と述べたばかりである。

九九

(10)

sublime, heroic, comicな点を好むかと云ふに、是等の点は西洋人に決し て譲らず。此の四idealのうち、西洋人にひけをとるはphilosophyのみな り。在来の文学で是こそ人生の深きtruthを表せるものと思ふものは、極 めて少いと思ふ。目下の形勢を見るに、吾等が得意の理想をすてゝ顧み ず、不得手の方を表はさうと力むる如し。之は今迄不得手なるに気がつ いて、之ではいけぬ之を発揮せんとするならば結構だが、それにしても natural

88左

evolutionとは云へない、不自然な番狂はせをしやうと云ふfactorが交つ たものなり。その意味は或一部の文学者が今日欧州作家の作をよむに、此 の点にて著しく彼等の視覚を刺戟した故、はつと思ひし結果、文学は何 でもphilosophyを表はせねばならぬ、これだにあらば他は不要と云ふや うになりしに非ずやと思ふ(9)。果して然らず。こは愚なり。truthは必要 なり。併し同時にbeautiful, sublime, heroicも猶すゝめばcomicも必要な り。抑そもそも人生社会のある人間の交渉の際より起る機微のtruthを自覚する は、未来の指南車として必要あり。未来吾人の行動をmodifyする必要あ り。beautifulをenjoyするは人生の苦悶を慰むる点にて必要なり。又 sublimeはpowerfulなものに自己を接近し、一種のinspirationを与ふる点 にて必要なり。comicはbeautifulと共になぐさめ、世知がらい世中をすみ よくする点にて必要なり。故に此のidealsは、消極的or積極的、何れの傾 向にしても人生に必要なり。是等の中に甲乙の差等を附するは容易なら ず。もし等差をつけ得べくんば、practicalな等差をつけんとすれば、

practicalなcircumstanceによりnecessityを以て定むべし。absolutelyに 云へばformal logicの如く、立つるも容易なれども、壊すも容易なり。そ こで我邦現在の事状は、他のものを犠牲に供するだけtruthを発揮する必

(9)たとえば田山花袋「露骨なる描写」(『太陽』1904・2 )には「十九世紀革 新以後の泰西の文学は果して何うであらうか。その鍍文学が滅茶々々に破壊 せられて了つて、何事も露骨でなければならん、何事も真相でなければなら ん、何事も自然でなければならんと言ふ叫声が大陸の文学の到る処に行き渡 つて、その思潮は疾風の枯葉を捲くがごとき勢で、盛にロマンチイシズムを 蹂躙して了つたではないか。(略)イブセンを見よ、トルストイを見よ、ゾ ラを見よ、ドストイエフスキーを見よ、其の作の中にいかに驚くべき血と汗 とが籠められてあるか」とある。

九九

(11)

要ある時代なりや。其処が難問なり。他の理想をsacrificeしてもよいと 云ふは

88右

他が重んぜられないのなれば、さる方面より考ふるに、もしbeautifulを 好まぬとならば、慰藉を得なくなる。吾々は幸福な人間にて一寸した綺 麗なものを見て喜ぶ。lifeのintensityが強い下町にて三坪ほどの庭を綺麗 にし、或いは只植木鉢を置いて慰藉とする如し。comicがなければ人間 は生命が縮まる。昔の漢学者の如きを見ば思ひ半ばに過ぎん(10)。heroism がなければ人間は働かなくなる。なるべく逃げまはつて金鵄勲章にあり つかうと云ふ人のみになる。sublimeがなければ己以上のものに接近する 事なくなる。是等をすべてすてゝ人生と云ふ複雑な織物の中より一筋の truthのみをとるならば、目下の日本人は不具なり。現代の欧州人がそれ に満足するならば、現代の欧州人は不具なり。philosophyは文学の衣も だ。きてもcoldなものなり。一寸なる程と云ふさとりにはなる。併しそ の悟たるや人間はかゝるものぞ、かゝる人がかゝる気分の時にかゝる思 ひもよらぬ方面に出かけるものだと云ふ方面、一口に云へば吾人が人間 を見る眼が肥えたと云ふなり。観察の区域が広く人間を知る事が強くな る。さればそれをよんだ時も新しいactivityが宿つたやうな気にはなら ぬ。なる程と云ふ事、観察の肥えたと云ふ事はimmediately, directlyに体 に宿らぬ。此の点にてphilosophyは胆汁質に鈍い(11)。他のidealは強い。

beautifulなのは陶然として気分が変る。comicなものはphysicalな影響が 起り笑はしめる。

89左

immediatelyに変化させる。heroicなのは奮起せしむるやうにする。

philosophyの他は皆、時を同じうして感化を受け、その感化が直接なり。

恰も食して腹がへり暑きに水を浴び、だるい時に横になる等、生理的の

(10)思い半ばに過ぎるとは、 なるほどと悟ること。『易経』「繋辞下伝」から。

(11)胆汁質(choleric)は、血液・胆汁・黒胆汁・粘液という四種の体液の混 合で人間の性格類型をとらえる四体液説に関係する四気質のうちの一つ。黄 胆汁質、胆液質ともいう。短気で興奮しやすく、衝動的で移り気だとされて いた。ここでは反対に、哲理(philosophy)は「胆汁質に鈍い」、すなわち 感情を喚起しにくいため、文学の最重要課題にはならないと述べる文脈で用 いられている。

九九

(12)

結果と殆ど同一の結果来る。只文学中にあるphilosophyはどうと来ない。

向後世に処する参考となる迄なり。そこで日本人がもし之に甘んずるな らば、日本人の在来の特色は大分なくなる訳なり。又西洋人が之に甘ず るならば、西洋人は向後五十年後に如何になるかは考物なり。されば西 洋の文学がこんなだから日本もこんなでよいと思ふは誤れり。作物の批 評にauthorとなりて評し、作中のcharacterとして評し、philosophyを説 明し、科学的に批評し、批評家の態度一定せず。余が如何なる態度を取 るや、余自身にも不明なり。批評学と云ふもの、文学を見るに必要なり。

大なる問題なり。己が行く道は板橋街道か田圃の中か、進む事は進むが わ か ら ぬ 如 き 感 あ り。Defoe( 今 はpersonalityよ り 作 物 に 入 る ) の personalityを説く為にそのlifeをとかんとす。Defoeは生れ卑しく親は LondonのCripplegateのbutcherにて教育は少きが、生れながらにして筆 を好みしに違ひなし。その家業なるにも拘らず、20になるやならずに書 をかきぬ(1683)。尤も、そは政治的の書にて、今日よむ人はなし。二十代 にて傑作を出す人あり。六十七十になりて傑作を出すあり。年の関係は 何故かゝるabnormalなphenomenonがあるかは明ならず。余は年功をへ し人ならでは

89右

好きものを出さずと思ふ。彼好きのみならず、達筆にてその作三百余あ り。その中には忘れられて誰もよまぬものあり。第一の著書同様よまれ ず。只300余も作るは達筆家ならでは能はず。好きならでは出来ず。彼は literary tasteのありし人なり。Defoeはlitetaryの人なると同時にfighter なりき。彼は文字通りfighterなりき。25の時、Duke of Monmouthの戦 ありし時、兵となり、その戦終るやJames IIの時、宗教上の戦闘に加は り、revolutionの時にはvolunteerの一人となり、王の行列にattendせり。

日本の文学者とは異り、志士とも異る(12)。かく軍人か宗教家か政治家か

(12)刊本に日本の文学者、志士への言及はない(全集p.425)。なお講義の 3 ヶ 月ほど前にあたる1906年10月26日付の鈴木三重吉宛漱石書簡には「草枕の様 な主人公ではいけない。あれもいゝが矢張り今の世界に生存して自分のよい 所を通そうとするにはどうしてもイブセン流に出なくてはいけない。(略)

僕は一面に於て俳諧的文学に出入すると同時に一面に於て死ぬか生きるか、

命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見た い」との文言があった。

九一

(13)

不明なり。同時に又hosierが稼業にて1692年になり借金に攻められ逃亡 し一方に借金で困ると同時に、Tilbury Fortにて瓦を焼きて職業とした りき。彼はKing Williamの時代をprojective ageと云へる如く、彼は又 projecterなりき。彼は種々なる事に関して種々なる意見を持ちたり。彼 は貨幣につきて論文を草し、countyについて一つずつ銀行を起すべしと 論ぜし事ありき。又pension officeを起す計画、彼は終に1696にEssay upon Projectsを 出 し そ の 中 に 種 々 な 事 書 く 中 に、 時 の 帝William IIに suggestionを出し、Louis 14世にマネーのsocietyを作れと云ひき。Society for encouragement for

90左

refining English Language and barbalism of money. 即ち英国にも仏に ならひacademyを作れと云へり。終に彼は役人となれり。accounter to the commissioner for money the duties on glass.となれり。彼は一方に 意見あり、一方に文学を好む。故に筆を取りても常に実用的の事のみを 書きたり。その中、名の聞こゆるは、The true born Englishman (1700)。

之はsatirical poemなり。何故書きしやと云ふに、John Tutchinと云ふ人 がThe Foreignersと云ふ題にて時のKing Williamとホーランド〔オラン ダ〕人を悪口し、結局彼は英人ならずと罵倒せしなり。Defoeの詩は此 の答弁なり。然る処、面白きは之が縁となり、時のKingのWilliamに愛 せられ恩賞にあづかり、後に海外に派出せられたり。其の以後彼は種々 なものを書きしが、部数は多けれどもその内容は似て、大抵政治的のも のなり。〇An Argument, showing that a standingarmy, with consent of Parliament, isnot inconsistent with free government.〇Remonstrance.つ まりさるものを見ると彼が如何なる傾向あるwriterにてありしかわかる。

彼は時事問題に関せるうち1702年にWilliam崩じprotectorを失ひしが屏 息せず。Queen Anneの時代にも活動せり。その中にて彼の草せし論文 の中に

90右

有名なる(短し)は、The Shortest Way with the Dissenters〔「非国教徒 撲滅捷径」〕.是はhigh partyの一人として〔優勢政党であり非国教徒弾圧 側であるトーリー党の立場を装って匿名で〕Dissenterを片づけよと書き 九一

(14)

しものなりしが、余りirony巧みなりし為、一時皆欺かれて莫迦を見、high churchより歓迎せられしが、後に顕れて罪を得。Popeに罵らるゝに至れ り。前述を一言すれば、此んな間、彼は種々の事をしたのが皆自分の為 に入獄下ごしらへをして居た様なものである。第一にモンマウスの戦、第 二King James〔ジェームズ 2 世〕に反対し又revolutionを弁護した。次 にKing William〔ウィリアム 3 世〕をほめ、次にはpeopleの権利を非常 に主張して居るし(13)、当時の権力家に抵抗したと云ふのは彼のフラン ダーの戦などを攻撃したから、又トリーの方の領首(シーモア(14))を嘲 弄せしのみならず、宗教上に於ては総てのhigh churchを滅茶に悪く言つ た。斯くの如くにして方々へ突きかゝつたから遂に彼は人の怒にふれて 追出されなければならなくなつた。1702年(15)に政府は彼を捕へんとした れどもわからず。50ポンドの賞をかけてさがせり。同時の人相書にはa middle-sized spare man, about forfy years old, of a brown complexion, and dark brown hair, though he wears a wig, having a hook nose, a sharp chin, 灰色の目、口のはた、大きくホクロの如きものありと云ふ特 色なり。遂に捕へられたり。罪は誹譏罪なりき。pillory〔さらし台〕に せられし上に罰金をかけられ、其の上にimprisonを受けぬ。

91左

此の際、彼は破産した(三万五千円(16)を失ふ)。牢屋は妙な具合なりし かば、中で色々の事が出来たから決して衰へず。第一Newgateのprison

(13)“The Great Law of Subordination Consider'd”(1724)や“Everybody's Business is Nobody's Business”(1725)などの女性や使用人の賃金問題など を論じたパンフレットを指すか。

(14)デフォーはリトアニア出身の使用人Anglipoloskiという筆名でポーランド 議会について論じるという設定の“The Dyet of Poland, A SATYR”(1705) で英国議会の法案や議員を揶揄した。Sir Edward Seymour(1633-1708)はOld Seymskyという名で登場する。

(15)木下ノートでは1703年とあるが、刊本初版より1702年と訂正(『定本 漱石 全 集 』p.428)。 漱 石 旧 蔵 書The Works of Daniel Defoe.Edinburgh: W. P.

Nimmo, 1889所載のGeorge Chalmers“The Life of Defoe”はThe London Gazette. No.3879(11 January 1702)p.2を引用しており、1702年が正しい。人 相書きを含め、漱石によるデフォー略歴の紹介は同書による。

(16)刊本では「三千五百磅」。講義ではわかりやすいように 1 ポンド10円で換 算したと思われる。この簡易的なレート計算法は漱石が英国留学時に用いて いた。

九一

(15)

の中で種々の計画をして詩を作つて慷慨して居る。其の中に、

〔The first intent of laws(…)Keep honest ones in awe. Defoe, Hymn to the pillory(1703). 全集p.428〕

の如き少しもfeelingがないが十八世紀頃には是でも詩なりしならん。兎 に角、牢中でやつた一番記憶していゝ事はSpectator, Tatler, Guardian等 の雑誌の先駆者をせし事であるが、“The Review”と云ふ雑誌を発行し た。此の雑誌には種々の事を記せり。内地or外国の報道も政治欄もある。

然し当時の有様として如何に有名でも興味なければ読まざる故、Defoe はScandal clubてふものを作り、政治宗教文学或は婚姻賭博何でもclub のものが互に議論して書いたものだ。斯く彼は牢中に居る時にHarleyと 云ふ人(衆議院長)が突然手紙を送つて何でも助けて力になつてやると 云つて来た。HarleyはDefoeの奇才ある事を認め、何か自分の為になる と思つたので、HarleyがQueenに会つた時Defoeをよくとりなした 91右

結果、Anneは使ひをやつてDefoeの妻子に金をやり、Defoeを牢から出 した。斯くてDefoeは1704年に出獄したが、当時は乱暴な世の中であつ たから、出てもparty spiritが多いので其の槍玉にあげられた。夫れは Defoeが用で旅行した時、他党のものが捕へて兵隊にせんとした。Defoe は決してきかなかつたので、次にVagabondとして牢に入れやうとした 位であつた。其の時にDefoeが怒つて作つた詩があるが、理窟がかいて あるならん。暫くして彼はQueen Anneに謁見する事となり、Queenの 内命でScotlandに行つて活動したが、矢張politicalの方で活動してたが此 時分に“Review”を発した時にGay〔John Gay, 1685-1732〕が評して

“The poor Review is quite exhausted, and grown so very contemptible, that though he has provoked all his brothers of the quill, none will enter into a controversy with him.”

 1713年に又誹譏罪で捕へられた時に、Queen Anneが死んで了つて助 ける者がなくなつたけれども、彼はひるまず同じ事をして居たが1719年 に 彼 は 有 名 なRobinson Crusoeを 出 し た。Life and Adventures of Robinson Crusoe(此の時60才近い). Literary workは之が初である。是 迄は雑誌記者と云ふ様なものであつた。之から後に書いたものは皆年を 九四

(16)

とつて居たから世の中を知つて居る(此の事は後に云ふ)。此の書は非常 に好評を博した。初めは何の本屋も買はなかつたが、

92左

遂にTaylorと云ふ人が買つて一万円程〔1000ポンド〕儲けたさうな。此 の書が出て評判になるや否や、彼は直ちに敵から攻撃せられた。攻撃と 云ふはCrusoeになぞらへた名でDefoeのprivate lifeを書いたものであつ た。“Strange adventures of Mr. D_ D_ of London, Hosier, who has lived about fifty years by himself in the kingdoms of North and Sounth Britain.”と云ふ表題で、中にはRobinsonもDefoeも出て来て種々掛合を やるのである。此の他に未だDefoeに捧ぐる書とでも云ふやうなものが あつた。“An Epistle to D--- D'F---e, The Reputed Author of Robinson Crusoe.”には、Robinson Crusoeを読んで大に面白かつたが、此の中で frequent impossibility以上に欠点がのぼらなかつたらば何とも云はぬ

〔欠点が多いからこの書簡を出している〕と云ふ様な事などが書いてあつ たと云ふ。第二巻の出た時も同じ様な手紙を寄せられた。要するに今日 では只にRobinson Crusoeのみが残つて居るから出版すると直にやすや すと評判になつたものではないが、彼は何と云はれても売れゝば書かう と云ふ人間であつたから、 4 月に上巻を出して 8 月に下巻を出した。そ れから又1720年には

92右

“Serious Reflection during the Life of Robinson Crusoe, with his vision of the Angelic World.”と云ふのを出した。是より以後大に小説を書き 出した。The Life and Piracies of Captain Singleton(1720); Memoirs of a Cavalier(〃); The History of Duncan Campbell(〃); The Fortunes

& Misfortunes of Moll Flanders(1721); Life of Colonel Jack(〃); A Journal the Plague in

1665

(1722); The Fortunete Mistress, Lady Roxana(1724). 斯くて1731年に死んだのである。

93右

1 . Uneasy lies the head that wearsa crown. ―Henry IV

2 . Kings have frequently lamented 〔引用中略、全集p.435〕the great.

 上はShakespeareのHenry IVの句、下はDefoeのRobinsonの句。Defoe 九〇

(17)

の作物を批評せん為に、Robinson Crusoe読みなほせしに、かゝる句あ り。之をよみし時Shakespeareの上の句が忽ち頭に浮びたり。此両句を 並べ考へて大に異る事を先づ第一に感ぜり。如何に異るかと云ふに、感 じより云ふにShakespeareのはpoeticalな心地、Defoeのは大にprosaicな 感する。こゝ迄は西洋人でも誰にでも分るべし。然るに此感じが如何に して出るか? 否、寧ろ何処に存するか? 如何にしてかゝる差が出る やと云ふに、一寸分り悪し。Defoeの作物をよむにKeynoteを得る為に、

Shakespeareとcontrastする為に両句をあげたり。こは又Shakespeare、

Defoeをはなれて云へば、ProseとPoetryの差の或部分になる。内容に於 て上の句と下の句と異らず。そのelement

94左

は文学の何に当るかと云ふに、Kingsはかゝるものと云ふKingにreferし たるtruthを表したるもの故、truth、大きく云へばphilosophyを表せしに し て、 両 方 共 文 学 的elementに 云 へ ばintellectualに 属 す。 而 し て philosophyは総体、文学の中の 1 / 4 位の価値あるもの、而してその両方 のphilosophyはidentical contentを有す故に、種類のみならず内容も exactly similarなり。然らばpopularに云へば両方意味同じと云ふ事なり。

而して余が受ける感じを見れば、大なる差あり。而してその差は何によ るかと云ふに、contentが同じものなる故、その感じは種類の差に非ずし て、程度の差なりと云ふべし。而して余の前に云ひしpoetical, prosaicと 云ふは、此場合degreeの差なり。又contentが異りたる両方から程度の同 じ感をうける事あり得る。之は今の反対なり。同じcontentより程度の差 あるは何処より出るかと云ふに、そのideaをexpressするexpressionその ものに存せざる可らず。さてexpressionなるものが原因となりて異りた る感の程度が異る程の効力をexpressionがもつならば、expressionは忽 せにすべからず。換言すれば、expressionは一つのartなり。而して、そ のartにより、ideaが感をかへて吾人の頭に入る。

94右

従て、此のartはideaをとりのけて考へて決して没却せらるべきものなら ず。何故之を云ふかと云へばartは入らぬと云ふ人あり。その説によれば ShakespeareとDefoeは変らぬと云ふ。それはいけぬ。現在異る。而して、

九九

(18)

そのexpressionを吟味してその結着をつけるが今日のlectureなり。矢張 analyseする必要あり。先づShakespeareより始めん。此のShakespeare の方はKingが位に在る状態(心身)の表はし方が一年なら一年、十年な ら十年の長い間の状態を長い間をcoverする句であらはさず、その momentをとり而も長い間をrepresentする句で表せり。そは何故かと云 ふに、此のuneasyと云ふ語は漠然たる状態を表せるにも係らず、一方よ り云へば非常にきゝめのある語でdullな語でなし。例へばuneasyとは如 何なる時に用ふるかと云ふに、椅子の足がおれかゝれるに腰かけて落ち まいとする時、又ヅボンつりを忘れあるく時ヅボンがずる場合等の種類 すべて落ちつかない様子を表はす。而してその状態は或時間のextension をふくみ、その中に起る一つの状態にて、すぐ方がつくものならず。同 時にその長時間の経過をまつて始めて眼にうつり得る

95左

ばかりならず、そを見るには其の長時間の一部分を見てすぐわかる状態な り。故にuneasyと云へば長い間つゞく状態としてmomentにつゞめ画のや うに頭の中に描き得る状態なり。さう云へばある人はさる場合もuneasyな るべけれども、そは物象的な体のuneasyで心のuneasyとは異らずと云ふ べし。体の不安ならば断面的sectionとして画の如く表はし得べきも、今は 心のuneasyなり。体に関係なき精神上の気がゝりと云ふ如き印象は形作ら れざるに非ずやと云べし。それに余はかく答ふ。なる程、sectionであらは せぬ心のuneasyな状態もあるべけれども、此処ではさる必要なし。たとへ Kingの精神がuneasyにしても此処はさう考へる余裕はなしと云ふは、

uneasyと云ふ字の次を見るとliesと云ふ字あり。横たはると云へば有形的 の形ある字に適用せらるゝ字なり。さればuneasyと云へばどちらと迷ふ間 もなく、liesと接続すると同時にuneasyの意、明瞭になる。然らば又かく 云ふべし。lies自身が両方に用ひらるゝに非ずやと。従てuneasy liesのみ にては判然たる印象起らずと批難すべし。然る時は余は三字目を見せ、the headとあり。headは具体的なり。よしんばheadもabstract

95右

なものと取れるにして、始めからつながればheadをabstractな知か能力 に解する人なし。headを具体的にする以上、liesも有形的に解すべし。然

九九

(19)

らば独りuneasyのみが無形的の目にみえぬ状態なる能はず。矢張り目に 見ゆるものならざる可らず。而してその状態はいつ迄つゞくかは不明な るが、長い間つゞくにも係らず、或るpartを捕へても目に見える状態故、

その一部分は全体を代表するsectionとなる。換言すれば、十年廿年の状 態を一瞬間に煮つめたものを脳裏によび起す。その煮つめた処が Shakespeareのpoeticalな一原因なりと思ふ。之はtimeと云ふものにrefer しての話なり。長い間をつゞめた一つの詩的作用なり。又他にも一つ Shakespeareのには原因あり。前の時間的なるに対して之は空間的と云 ふべし。そはKingと云ふ字が元来abstract nounかconcrete nounかと云 へば勿論concreteに相違なし。換言すれば目に見る事の出来るpossibility あり。具体的なるには相違なきも、只各々がKingと云ふ字にてKingと云 ふ事を承知するも、之についての明瞭なideaをもてりとは限らず。よし ideaだけはありとしても、こゝにKingありと咄嗟の際に応じ得る人少し。

その証には今すぐKingをかけと云はれても画心ある人も出来にくし。故 にさる点より云へば

96左

勿論concreteなれども、漠然たるものなり。即ちまとまらぬ図案にて、ぼ んやり入れり。しばらくさうしてfollowすると、その漠然たる処へThe head that wears a crownと云ふ句をきくとKingが急に判然するeffectあ りとす。何故と云へば、余は時分にかう感ずる故、かく解釈す。今迄は Kingについて具体的とは判然すれども、局部の知識は曖昧なり。とりと めつかず、ぼうとしたりき。恰も例へば度の合はぬ眼鏡にて物を視る如 し(すべてさうだ。吾々が文をかくにも度の合はぬ眼鏡で見る故、判然 visualise出来ぬ)。物を知ると、その物と他の関係と内容を知らざる可か らず。Kingのconcreteなる事を知りてもその内容を知らざれば全く知れ りと云へず。今は次の句にてfocusが定つた。何故となれば、Kingと云ふ だけでは全体が蒙ふ所を想像せざる可からず。さうすれば勢いぼんやり す。然らば局部を想像せんとするに、局部は多く何処の局部を捕へなば 最もKingらしき感が起るか、普通の人には判然せず。其処でShakespeare が多くの局部のうち此処を想像したらいゝじやないかと教へたり。然ら ば何処を教へしやと云ふに、Kingの足ならず腹ならず此処をと云ひしは 九九

(20)

crownを戴くKingの頭なり。故に解剖すれば此の注意を受けし吾人は全 局に眼をちらつかせ要領を見るに苦しみ、Shakespeareが此処と教へし 故試しに此方を見しに、成程Kingが見えた、見えたれどもそはKingの全 体ならず局部が明瞭に見えたのである。故にShakespeareに

96右

指されて見しは局部にすぎざれども、その局部がKingを代表する essenceなり。故にessenceは局部なれどもそれだけを明らかにする以上 は全体を明らかに見たと同じ結果に帰着する。それで此の要点は全体を 明らかにするに於て著しき効力あるのみならず、要点以外の者に気を散 らす必要なし。他の部分は悉く切り捨て能ふ故、読者より云へば注意の economyな り。 此 要 点 の 指 摘 をspaceに 配 し て 考 ふ る に、 つ ま り Shakespeareは吾人の為にKingと云ふぼんやりした又大きなものを、小 さなものにしてくれた、六尺のKingが一尺の小spaceの中に縮めてくれ た。その縮つた頭が前のuneasy liesにreferしている。而して又その句の 意を又ぴたりときめる、即ち此方には大に効なり。故に単に大を小に縮 めしのみならず、headと云ふ字にちゞめたと云ふ事もえらい。して見る とShakespeareは此の句により一方には時間をせんじつめ、一方には空 間をせんじつめ、あざやかに長い時間と広い空間を見せてくれる。その 手品は道灌山から田端の先を見るとぼんやりしてるのを、双眼鏡をかけ ると厖大なものが小くはつきりする。即ちShakespeareは双眼鏡をくれ たのでなく、その度を合はしてくれた。その度を合はしたと云ふartが 吾々にpoeticalと云ふ感じ起る。田端の景色は元よりあり。只度が合はな いので今迄困つたのを、合してくれた。即ちexpressionがどの位必要な るかを知るべし。同じ材料をとりても結果が異るを見れば、expression を云ふartがなくてならぬものなる事を知るべし。

97左

然 ら ば そ のartは 何 処 か ら 出 る や と 云 ふ に、uneasy lies…… と 云 ふ expressionをDefoeに比するに、elementを以て説くに、abstractなもの をsensuous elementにて表せり。即ち同じ材料、Defoeの云ふべきやうな 所 をsensuous elementに か へ た 所 がartな り。 之 を 敷 衍 す れ ば、

associationと云ふ事になる。然るにDefoeの文章を見るに、全然異なれり。

九九

(21)

毫もせんじつめし所なし。sensuous elementで他のelementにかへし所 なし。長いものを長いなりに大きなものを大きななりにかけり。知恵が なし。これはideaがあればやさしい。即ち、遠景を肉眼で見てる、双眼 鏡や度を合はせる事を知らぬ、要するに知恵なし。知恵ありとしても、読 者に対する親切、心尽しがない。又文章に伸縮あるを解せず。Defoeは 読者に汽車電車は云ふに及ばず、人力車さへあてがはず、只自然に二本 の足で歩かせる。従てprosaicな感じがあるだらうと思ふ。二本足で歩い て る 事 がprosaic、 羽 が 生 へ て 飛 ぶ や う な の がpoeticalな る な り。

Shakespeareのはdramaなり。Defoeのは長いものなり。Defoeのにあん なShakespeareのやうにせんじつめた句で書かうとしても、書けるもの でなく、書き得たとしても刺激が強すぎてたまらぬ。ビールだからこそ 二本も三本も飲み得るが、ブランデーを飲めば死ぬべし(17)。故に此の句 を以て両者全体の調子を律せんとすべからず。長いものでこんなせんじ た句を用ひたるはMeredithなり。故に途中で参る。その調子をゆるめる 為にゆるんだ句と、又他の理由の為せんじた句をとり来りて比較するは、

すべからざるものをするなり。

97右

故にDefoeを悪く云ふではない。Defoeを悪く云ふは歩行する人をそしる 事になる。されどもDefoeは年中歩いてる人なり。之をDefoeの作をよむ 前に心得おくべし。

1 )Defoeの作は長い。そはpageが沢山あつて読むに時間がとれると云 ふ意味にとれるかも知れねども、今云ふ所の意味は読んであゝ長かつた と思ふなり。たとひ短くてもあゝ長かつたと感ずるなり。読み応へがあ つたと云ふ方の意ならず。然らば何故Defoeの作をよんで長い感じがす るかと云ふに近頃英国文壇のtendencyはShakespeare的の句を用ふ。

Stevenson, Meredith, Kipling等皆然り。19世紀はかく迄進み居らざりき。

すべての作物(Defoeのみならず)について見るに比較的長いものをかい

(17)「幻影の盾」(『ホトトギス』1905・4 )末尾に「水臭い麦酒を日毎に浴び るより、舌を焼く酒精を半滴味はう方が手間がかゝらぬ。百年を十で割り、

十年を百で割つて、贏す所の半時に百年の苦楽を乗じたら矢張り百年の生を 享けたと同じ事ぢや。(略)此猛烈な経験を嘗め得たものは古往今来ヰリア ム一人である」とある。

九九

(22)

て短く思はせる工夫をなすには如何になすべきやと云ふに、此の中には かゝる事がその一つの便法なるに相違なし(一つを考へた人がその一つ が全体をincludeしたやうに云ひて人を迷はす人あり。之は畢竟その問題 をexhaustivelyに考へぬ結果なり)。その中に筋の組み立てがなくて全体 がぐずぐずになつてる事あり。例へば人間には二本の足二本の手等、そ れを一つとりても不自由を感ず。して見れば人間が人間として生存するに は何うしても此だけの手足等が必要なり。小説もその通り、いくら長くつ ても此をcomposeする局部々々が全部にreferして必要で、読んで成程あ つて然るべきものと思ふ。長いには違ひなけれどもその中に何処をとりて も片輪になると云ふ小説、即ち一人前の小説としては長くても是非是だ けは書いてなければならぬと云ふ感じあれば、長くても比較的短く思はせ る。少なくとも尤もだと思ふ。然らばその一人前と思はせる小説は 98左

如何なる性質を帯ぶるやと云ふに、全く組立てにdependする。その組立 が煉瓦を積む如くきちりとせり。その中の一枚をとれば、とりしは一枚 なれどもその度に全体が瓦解す。是程緊密な組立あれば長くても成程と 思ふ。然らばその組立を説明すれば、formalな議論なり。其処で組立の 要素は種々ありて決して一様ならず。併し斯かるものはその中に相違な し。即ちその中で一つの筋がつらぬけるものはその中にあるに相違なし。

その筋がすべてのchapterをセメントで固めて動かぬやうにする事が出 来るべし。但し只一つのinterestが貫いて居るだけでは、その作物にunity を与へるのみにて、それ以上にstimulatingな処なし。刺戟的興味なし。斯 れ換言すればunityはあれども、そは死せるunityとなる。器械的unityな り。何故となればそのunityにfreedomがない。其処で此の窮屈な域を脱 しfreedomなairを与へる、即ち生気を与へる為には、此のunityのcause になるinterestが動かざる可からず。動くと云ふ意味はinterest自身が変 化すると云ふ意味なり。然らば如何に変化せばよきや。元々unityをkeep する為から出発せる議論なれば、変化がunityを破つてはいけぬ。破らぬ は勿論出来得る限りunityを昂むるが上々と云はざる可からず。此の条件 に応じて変化するにはinterestが只変化してはいけぬ。漫然と変化しては いけぬ。即ちchapterよりchapterにうつりdevelopせざる可からず。その

九一

(23)

developmentの中に三つの条件あり。その第一は自然、第二はgrowth成 長、第三はend

98右

目的なり。即ち自然に変化するなればinterestにfreedomなairがある。即 ちunityをkeepする為に束縛を受けた痕跡がなくなる。それから次は growthなる故interestがacceleration(加速度)する。即ちchapterを追う てinterestが昂る。も一つ換言すればunityの為にunityならず。growthの 為にunityとなる。次にend。前のgrowthにendがないと折角accelerateせ られたinterestがsolutionを得ずに了ふ。解決せられずに仕舞ふ。恰も金を 貯めるに金はだんだん貯まる、然るにそれを用ひず死んで仕舞ふ如く、物 足らぬ。其の如く小説の筋より云ひてendなきgrowthは落ち着かず。まと まりし心地せず。落語家の話には落ちあり。庭に蟹が出て取れと云ふ。俄 かに(庭蟹)はとれませんなどゝ云ふ。彼は瞑々裡に自然の要求を容れて る。即ち自然の要求は何とか高座をまとめて下れと云ふ。然るに彼等の話 はまとめ様がない。そこで駄洒落や嫌味で落ちつけてる。今の落語は conventionalにやれるなるが、始めに話が出来た時はかうなりしなるべし。

即ち落語家はあんな落ちを云はねばならぬ程、自然は要求してる。人生は 冗漫なものなる、併しまとめ得たものは何かで利益を得てる。そこで今の まとまりをつけたのはendに達したので、endを作ると云ふはactivityの源 なり。endを製造しない様なlifeは苦痛なり。従て人間はその惰性で、

practicalに実益のないもの迄もendをつけてまとめたがる。さうなると二 つの現象起る。始めendを作る、今度は自分の注意力をendに集中する。

99左

散漫にならず一図にその方面に向ふ。今一つはそのendに達し得た時、固 つてた注意がとけほごれ、安心してrestに状態に復する。

A end ―― Aのdevelop ―― end reached

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Will attention rest

 吾々が実利以外に走り、あらゆるものにendをつけたがる。世の中に は馬鹿な奴ありて勝手にendを作り、是非とも人をもそのendに達しさせ 九一

(24)

なければ承知しないと云ふ奴あり。そんなのはたまらぬ。生存競争より 生じたsequelであるが、それで一つendを作るとattentionがつく。長く attentionがつゞくと疲れる。疲れない迄もattentionをnormalの状態と心 得ず。従てattentionの姿勢に立つや、その姿勢に立往生する事を好まぬ。

即ち不安の状態にある。こはattentionが休む時、restの状態に入りて収 る。これが人間のlifeのあらゆる方面に向つてとる状態なり。大なる formula公式なり。故に小説もformより云へば此のprocessに逆らはぬや うに作りあげるが一番人情に適ひし組立なり。故に此の人情をくりかへ せる小説家は、現実社会を描写すると号しながら人工的に現実社会をあ げて勝手な社会を作れり。之は不自然なり。不自然ではあるが人情の要 求に合すると云ふ点にて自然なり。換言すれば事実的に不自然にて 99右

理想的自然なり。即ち人間のあらゆる事物に対する理想的の公式にあつ てる点より見て不自然なるにも拘らず、最も芸術的なものなり。artistic なものなり(吾人は芸術の為に不自然なる結構を敢てせぬと云ふ propositionに達する世の批評家が、Shakespeareは自然その侭を写した と云ふは、よく考へないと自然以外のものは何でもartにならぬと云ふ事 になる。批評家も考へて口をきくべし。読者も心してよむべし)。約言す れ ば 長 い も の を 短 く よ ま せ る 方 法 は、incident or characterは そ の interestを順次に書いてunityをkeepする。固より他に方法なしとは断言 せず。此処でDefoeの作物は長い。pageのみならず長い感がする。そは 今云つた方法を備へず、それに匹敵する他の方法も備へぬ故なり。前述 の事を頭に入れDefoeの作物に当つて見るに彼の作物が果して此の議論 にあふや否やを講ぜんとす。そは器械的の如き仕事なれども参考になる 故之をなすべし。Defoeの作物が如何に始り如何に終るやを比較するに、

何故しかするやと云ふに、尤もこれは誰の小説にでもかうすれば結果が 出るに非ず、人によるなり。別段理屈なし。他の人に応用出来ぬ事でも ある人に用ひてよく、其の人のpeculiarityが表はるゝ事あり得る。(尤も 古い小説には応用出来る)。彼の小説のアタマとシリをまとめると皆一様 のcategoryの中に入れるに気がつきたり。その範疇よりして以上述べし 議論に関係して彼の作物を表するに足る

九一

(25)

100左

糸口が出るから比較して見る。されどもこの器械的の事を済ますと器械 的以上の事が出さうなり。第一に頭尾の比較をやつて見る。先づは Robinson Crusoeより始める。

  〔Robinson Crusoe. 引用略、全集p.443〕

very beginning〔引用部は作品冒頭である〕.

second partの終りに(普通によむはfirst partだけなり)、

  〔Robinson Crusoe. 引用略、全集pp.443-444〕

 始めは生れし時より終りに72才の事書きあり。さすればRobinsonは 100右

生れし時にinterestが始り72才でinterestが終り居るなり。次はMoll Flandersを見るに、

  〔Moll Flanders. 引用略。全集p.444〕

 して見ると胎内の事より書き出し、終りは、

  〔Moll Flanders. 引用略。全集p.444〕

 次にCaptain Singletonを見るに、

  〔Captain Singleton. 引用略。全集pp.444-445〕

 結末は漂浪の結果、英吉利に帰り来れる事にて筆を止めたり。之を綜 合して考ふるに、一目瞭然するはDefoeの小説は主人公を写すに必ず生 い立ちからくる。その裏より云へば、生い立ちを述べないものは小説で ないと思へるが如し。尤も日本にも昔こんな事があつた(18)。而してその 結末が70とか60とかでLondonへ帰るが紋切形となれり。激しきは主人公 の 系 図 か ら さ へ 説 き 出 し あ り。 之 を 一 口 に 云 へ ば 主 人 公 のlifeの beginningよりendまで写すが主意らし。なる程、然かすれば始めあり、

又終りある点にてまとまれり。併しまとまり方が違ふ。

101左

人の生涯は生れて何か事がありて死ぬと云ふなるが、その何事かは生き ると云ふconditionの下に始まるけれども、死ぬると云ふ事がその事をま とめるconditionにはならぬ。どうもかうもならぬconditionとはなるべし。

人が生れると云ふfactがそれ自身事件かも知れぬ。事件としても、人が死

(18)刊本ではここで日本文学には触れていない。

九四

(26)

にし時は只消滅するのみにて、生れたと云ふ波調が消えるのでまとまるの ではない。余は前に論ずる時まとまれる筋を必要としたり。そはinterest がまとまると云ふ意にて云ひたり。更に解剖すれば離合してchangeすると 云ふprocessをundergoするincidentで、さう云ふものがexhaustしたと云 ふ意味に非ず。characterのaction、reactionがもつれあひて或るclimaxに 達すると云ふ意味なり。それで人間の生死は勿論一つのfactなり。それが 時として今の条件と伴ふ事はあれども、identicalなものに非ず。死は生の 内容となれる波調そのものゝendならず。よし波調のendとしても波調の 収まりならず。収まりとしても波調が自ずから収まりしに非ず。天が勝手 に収めしなり。故に芸術的に収まれるに非ず。自然の勢いまとまれるに非 るも、天が衝に当たれる人間を殺し、否応なしにまとめたので、まとまつ たとしても落着いたと云ふ意味を含まず、読者作者が物足りるとは思はれ ない。吾人の要求を満足させぬ処あり。その点より云ひて芸術的ならず。

故に生死を眼中において小説を書くは 1 月 1 日より日記をかき31日にな つたらやめやうと云ふので中の事件はどうならうとかまはぬ、

101右

即ちformをまとめて内容をかへりみず。従て本末を誤れり。吾々の心の 要求はformよりsubject matterのまとまりを求むる事多し。されば上の如 きはprimitiveな古い小説家のやる事にてDefoeは之をやれり。Defoeの作 は生死の他redeemする点がないから、彼の作物を長く感ずる一理由な り。beginningよりendに達する道筋を説くべし。その前に考ふべき事は、

前に、長いものを短く読み得る一の方法としてinterestが貫かざる可らざ る事を云へり。然らばinterestの如何なるものなるかは説明せざりき。今 日はinterestとは如何なるものかを説明せん。日本語の所謂興味なり。而 して之はsubjectiveなものなり。されば之を精しく考ふるには、之を割る 要あり。interestがsubjective故、分類もsubjectiveなり。されどもinterest のobjectから分類すればobjectiveなり。小説に表れたもので小説の分類 をやれば千差万別となる。されども之をくゝればかうなる(19)

(19) 全 集p.449、l.11. 全 集 の 註 に あ る と お り、 同 時 期 に 漱 石 はincident, character, sceneの関係、変化に関するメモを残している。ただし、これ以 降に展開する詳細な議論は刊本にない。

九〇

(27)

(a) 1 )小説中のcharacterより起るinterest     2 )小説のincidentより起るinterest     3 )小説にあるsceneより起るinterest

(b) ( 1 )characterのchangeより起るinterest    ( 2 )incidentのchangeより起るinterest    ( 3 )sceneのchangeより起るinterest

(c) ( 1 )characterのdevelopmentより起るinterest   ( 2 )incidentのdevelopmentより起るinterest 102左

  ( 3 )sceneのdevelopmentより起るinterest

 かゝる事を仮定する。小説はかゝる三つがなければ出来ぬ。而して此 の三つが各々、他のelementによらず独立して自由なcombinationが出来 るとすれば、

(a)α β γ  (b)α′β′γ′(c)α″β″γ″

αβγ   (αβγ)  αβ′γ  αβ″γ αβ′γ′  αβγ′  (αβ′γ′) αβ″γ′

αβ″γ″  αβγ″  αβ′γ″ (αβ″γ″)

α β γ、α′β′γ′,α″β″γ″を本位にしてcombinationが重複する ものをとりのければ27(20)出来る。之をしらべて見れば大抵どんな小説か と云ふ事が出来る。この小説はこのformulaと、例をあげる事が出来る。

小説がどの位varietyを有し得るかを示すなり。例はαβγをとれば character, incident, sceneにchangeもdevelopmentも な い 小 説 な り。

interestはcharacter, incident, sceneにあるなり。故にその極端を云へば 活人画、もしくは画と同じvalueの小説となる。かゝる小説がどの位value を有するかは別問題なり。故に之は単にdescriptionのみの小説なり。或 いは画の説明と見れば差し支へなし。されども普通吾人の小説と云ふも のには之程単簡なものなし。何となれば三つのinterestは備はれり。され どもその三elementにmovementがない。兎に角、それを書いた処で

(20)木下ノートでは「十」となっているが、意図がわからない。

九九

(28)

pictureのeffect以上の事を示されぬ。picture以上のものを書く時は駄目 なり。而も画の道具より劣る道具を用ふる故損なり。之に少しでも movementを

102右

与へれば如何。moveすればとてchangeとは限らず。水車の如きはmove すれどもchangeならず。motionなり。今は即ち極slight movementを introduceして而も之がchangeせずとする時、所謂小説は成り立つ。例へ ば余が野原と云ふsceneの中で泥棒と組み打ちをするincident、而して余 は泥棒と喧嘩してやめずとするcharacterとす。組み打ち最中よりかき初 め最中に止めればincidentもcharacterもchangeなし。故にchangeより起 るまとまりはつかず。されどもその場合だけの纏つた感じが出る。その 感じが已に一つのinterestにて一つの小説になる。所謂写生文は此の種類 なり。或いは一層激しいものかも知れず。characterのないものあればな り。 三 つ のelementを 備 へ て る も の は か う な り。 α β γ と 云 ふ combinationは一種の束縛を持たざる可からず。そは比較的短くなければ ならぬと云ふ条件なり。即ちmovementのみありてchangeなき故、長く かゝんとすればsame thingをrepeatするに止る。同じ事をくり返すはone cycleだけ見れば沢山なり。movementあれどもchangeなきcharacter、即 ち同じ事をrepeatする活動はしばらく見れば沢山にて、長く見れば interestなくなる。故にinterestをkeepするには是非共短くせざる可から ず。此の例はDefoeの小説に関係ある故記憶すべし。

 次にα′β′γ′と云ふcombinationをしらべてみるに、此のcombination では三つのelementがchangeすると云ふconditionなり。併しchangeに howと云ふ束縛はない。只changeするなり。例へば余が

103左

室の中で(scene)或る人を相手に(incident)哲学を断じ悟り顔をなせ り(character)。之だけではchangeなし。次回に至りて庭の中で(scene)

恐れて慄へ(character)、而して前の室が地震でつぶれてる(incident)

と其処にchangeせり。かくすれば三つ皆changeせり。而して皆別々に無 関係なるchangeせり。sceneより云ふも室が一種のnature lawで庭に developしたのではない。人間より云ふもphilosopherでありし為、慄へ

九九

参照

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