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2016 浅野, 他 : 児童相談所における被虐待児へのトラウマインフォームド ケア 749 を一層強めることになってしまうのである 平成 12 年の児童虐待防止法施行以来, 児童相談所は昼夜を問わず子どもの安全確認や保護に追われ, その後の子どもの支援にまで十分に対応できていなかったのが実情である

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Ⅰ.はじめに

 虐待やネグレクトを含む子ども時代の逆境体 験がトラウマ(心的外傷)となり,被害を受け た子どもに,成人期に至るまでの長期的な影響 を及ぼすことは広く知られている(Copeland et al., 2007;Felitti et al., 1998)。し か し,児 童福祉現場では,トラウマの知識に基づく実践 を支援に盛り込むということについて,これま で十分な検討さえされてこなかった。むしろ, トラウマに触れることは,「寝た子を起こす」 ようなものであり,せっかく 「落ち着いて生活 している(ように見える)」 子どもが不安定に なり,手に負えなくなるだけだと忌避されてき た。一人の子どもが不安定になると,他の子ど もにも伝播し,たちまち日常の支援が大混乱に 陥るであろうことが懸念されているのである。 したがって施設では,児童相談所の記録を通し て子どもの生育歴の概要は把握するものの,そ の過去の体験と現在の子どもの反応や行動を, 日常的に結びつけて考えることができず,目の 前の問題に対して注意・叱責を繰り返すのみに なる。しかし,そうして大人が頻繁にかかわっ ているにもかかわらず,子どもの行動に変化が 見られないと,「難しい子ども」,「やりにくい 子ども」 というレッテルが貼られ,より監督の 厳しい施設への措置変更が検討されることにな る。そして,職員の方は,指導が効果を生まな かったことに無力感を強め,自信をなくし,時 にはバーンアウトや不適切なかかわりに至るこ ともあるのである。  一方,当の子どもは,自分の身に起きている ことが過去のトラウマと関連があるということ など考えることすらないまま,周囲の大人から 繰り返し叱責され無力感や自責感を強めていく。 自分の感情や行動をコントロールできない状態 が続き,「自分が悪い子だから」 施設に入れられ, 「どうしようもなく悪い子だから」 これまで生 活していた施設を追い出されて,より厳しい施 設へと追いやられてしまうのだと,自己否定感

特集 子ども虐待とケア

浅野 恭子*,亀岡 智美**,田中 英三郎**

児童相談所における被虐待児へのトラウマインフォームド・ケア

児童青年精神医学とその近接領域 57( 5 );748─757(2016)  いまや施設は被虐待体験のある子どもが大半をしめるという状況になっているが,子どもが示す さまざまなトラウマ症状が理解できないため,支援者も子ども自身も無力感と孤立無援感を強める 事態となっている。本稿では,児童福祉システムにトラウマインフォームド・ケアを取り入れるた め,大阪府児童相談所が継続的に取り組んできた児童心理司研修の実践とその成果を検証するため のアンケート調査の結果を報告する。継続研修により,児童心理司の意識と行動に有意な変化が見 られたことから,子どもにとって安全で持続可能な支援システム構築のためには,段階的な児童心 理司育成と継続的研修が必要と考えられる。

Key words:child abuse, child guidance center, clinical psychologist, training system, trauma-

informed care *大阪府立子どもライフサポートセンター *〒590-0137 大阪府堺市南区城山台5-1-5 * (前所属:大阪府中央子ども家庭センター) *e-mail: AsanoYa@mbox.pref.osaka.lg.jp

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自己コントロール感とエンパワメントを再び獲 得する機会を創る支援体制である」 と定義され ている(Hopper et al., 2010)。つまり,サービ ス提供側である児童相談所職員と,サービス受 給側である被虐待児と非加害親の双方が,トラ ウマに関連する一般的な知識を持つとともに, 現在の子どもの情緒面や行動上の問題がトラウ マ反応に起因するものであるとの視点を共有す ることができるような支援システムを構築する ことである。それにより,子ども自身は自己理 解を深め,自分の身に生じているさまざまなト ラウマ反応への気づきが高まる。一方,職員側 も,子どもの攻撃的な言動や容易に回復しない 情緒行動上の問題に対する自責感や無力感から 解放され,心身の安全感を回復することができ る。そして,両者が協力することによって,子 どもは自己コントロール力を回復し,自らの感 情や行動を制御することができるようになるこ とでエンパワメントされるのである。 Ⅲ.トラウマインフォームド・ケアと 従来の支援の違い

 Huckshorn は,2011年11月14日の The Im-portance of Trauma Informed Care と題した プレゼンテーションの中で,トラウマインフォ ームド・ケアと従来の支援との違いについて説 明している(Huckshorn, 2011)。それによると, トラウマインフォームド・ケアでは,子どもの トラウマ体験が一般に考えられているよりも高 率であることが理解され,支援において被虐体 験を含む生育歴が十分に考慮されており,どの ような刺激がトラウマ反応の引き金になるのか が認識されているとされている。さらに,トラ ウマインフォームド・ケアでは,力の行使やコ ントロールは最小限に絞られ,絶えず実践や言 葉かけに注意がはらわれており,カウンセラ ー・スタッフ・養育者・支援者の協働がなされ る。また,トラウマに関する知識や感受性を高 めるために,職員のトレーニングが必要である ことも明言されている。一方,Huckshorn に よると,従来の支援では,トラウマの基礎知識 を一層強めることになってしまうのである。  平成12年の児童虐待防止法施行以来,児童相 談所は昼夜を問わず子どもの安全確認や保護に 追われ,その後の子どもの支援にまで十分に対 応できていなかったのが実情である。そうした なか,大阪府では,一時保護もしくは施設入所 (もしくは里親委託)をした子どもたちのトラ ウマの回復支援を図るため,平成25年 6 月に, 中央子ども家庭センター内に診療所 「こころケ ア(愛称)」 を開設した。こころケアでは,開 設準備段階から,トラウマに焦点化した専門的 な治療を行うべく児童心理司のトレーニングや そのシステム構築を図ってきた。その経過にお いて,児童相談所の虐待対応全般において,子 どものトラウマ体験とその影響についての理解 を前提としたケア,すなわち,「トラウマイン フォームド・ケア」 が必要不可欠であることを 認識するに至った。  本稿では,トラウマインフォームド・ケアの 概念および施設入所児童の被虐待体験を含む子 ども時代の逆境体験の実情を示す。その上で, 児童相談所,および,児童福祉システムに,ト ラウマインフォームド・ケアの概念を導入し, その実施に向けた人材育成と安全な実施体制の 構築に向けて取り組んできた, 4 年にわたる実 践とその成果について報告する。 Ⅱ.トラウマインフォームド・ケアとは  「トラウマインフォームド・ケア」 は,子ど もと支援者が,過去に子どもに起こった出来事 (被虐待というトラウマ体験)が,子どもの心 身の状態や行動にどのような影響を与えるかに ついての理解を共有し,子どもの安全感や自己 コントロール感を高め,支援者の自己効力感を 支える支援体制である(中村・瀧野,2015)。  Hopper らによると,トラウマインフォーム ド・ケアとは,「トラウマの影響を理解し,敏 感に察知することを基盤とした,強み(ストレ ングス)に基づく支援体制であり,サービス提 供側とサービス受給者双方の身体的,心理的, 情緒的安全性を強化し,またサービス受給者が,

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施設入所児童等調査結果(平成25年 2 月 1 日現 在)に よ る と,里 親 委 託 さ れ て い る 児 童 の 31.1%,児童養護施設入所児童の59.5%,情緒 障害児短期治療施設入所児童の71.2%,児童自 立支援施設入所児童の58.5%,乳児院入所児童 の35.5%が,被虐待経験ありと報告されている (厚生労働省,2015)。 2 .大阪府の概況  大阪府管轄エリアにある 6 児童相談所(子ど も家庭センター)の平成26年度の虐待対応件数 は,7,874件にのぼり,これは全国の対応件数 88,931件の約 9 %に相当する。その内訳として は,近年警察からの DV 通告件数が増加してい ることもあり,「心理的虐待」 が約40%と増え, 「ネグレクト」 と 「身体的虐待」 がそれぞれ 30%弱,「性的虐待」 が2.3%となっている。大 阪府子ども家庭センターによる虐待事案の年間 一時保護件数は1,100件にのぼり,その約 4 分 の 1 が施設入所措置もしくは里親委託されてい る。平成26年度中に新たに施設入所措置となっ た子ども(627人)の46%(291人)が虐待によ るものとなっている(大阪府子ども家庭センタ ー,2015)。  平成23年に大阪府子ども家庭センターは,大 阪市こども相談センター,和歌山県子ども・ 女性・障害者相談センターとともに,児童相 談所に付設した一時保護所に, 6 月の 1 カ月 に保護した 6 歳以上の子ども105名のうち,医 師が診察できた62名に対して,児童青年レベ ル・オ ブ・ケ ア 評 価 尺 度 CASII(Child and Adolescent Service Intensity Instrument) (American Academy of Child and Adolescent

Psychiatry, 2005)に基づき評価調査を実施し, 何らかのケアが必要な児童をレベル 1 から 6 ま での段階に分類した。その結果,レベル 1 ;福 祉司の助言指導,回復維持と健康管理が必要な 者が 2 %,レベル 2 ;心理司,医師のカウンセ リングが必要な者が14%,レベル 3 ;施設入所 児童への心理治療,外来診療および集中的外来 サービスが必要な者が34%,レベル 4 ;入院を に関連する研修や教育が行われておらず,家族 歴や生育歴が軽視され,「伝統的な厳格さ」 こ そが最善のアプローチだと考えられているとい う。また,職員の振る舞いは支配的で声の調子 も権威的であり,職員はうまくいかないことが あると子どもの問題のせいにするという。  トラウマインフォームド・ケアが適切に実施 された場合には,激怒,無気力,イライラ,自 傷といった子どもの問題行動をトラウマの視点 から理解することができ,客観的で中立的な立 場から他の職員が子どもに適切に対応できるよ うな支援がなされるため,外部の人にも開かれ た透明性の高い支援システムが維持される。ま た,子どもを個人として尊重し,子どもに生じ ているトラウマ反応を確認し,子どもが個人的 な体験を語れるように支援していく。このよう なケアを通して,子どもは,自らの視点で自分 の希望や目標を語れるようになり,能動的に回 復に向けて取り組むことができるようになる。 一方,従来の支援では,子どもの行動はわざと 意図的に引き起こされたものであるとみなされ, 注意を引こうとしているだけだとラベル付けさ れる傾向があるという。さらに,職員間の助け 合いも少なく,他の職員や子どもを弁護したり 擁護する気をなくさせられるような閉じたシス テムとなっていることが報告されている。この ような従来の支援では,子どもに対するかかわ りが一方的なものになりやすく,「どこが問題 か?」 ということに関心が注がれ,子どもが明 らかに困っているのに無視したり後回しにした りし,支援計画が子どもの意向を十分反映して いない場合も少なくないとされている。 Ⅳ.社会的養護のもとにいる 子どもの被虐待体験・逆境体験 1 .全国の概況  国は,「保護者のない児童,被虐待児など家 庭環境上養護を必要とする児童などに対し,公 的な責任として,社会的に養護を行う」 ことと し,その対象児童は,全国で約 4 万 6 千人と算 定されている(厚生労働省,2016)。児童養護

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PTSD reaction index(UPID)を使用して,被 虐待児の PTSD 症状の評価を実施することに した(高田ら,2016;Foa et al., 2010)。その ために,児童心理司の技術向上をめざして,次 項で述べるような研修や継続的な症例検討会を 実施することとした。 2 .児童相談所職員・施設職員および行政担当 職員への研修・啓発 1 )児童心理司への継続研修の実施  トラウマインフォームド・ケアの考えかたを 組織として共有していくために,まずは,被虐 待児の心身の状態をアセスメントする役割を担 っている児童心理司の研修を重ねていくことと した。  児童心理司(大阪府 6 子ども家庭センターに 約40名配置)を対象に,平成24年~27年にかけ て,継続的にトラウマの基礎知識(子どものト ラウマとその影響,トラウマの心理教育など) やトラウマ症状のアセスメントに関する研修を 実施した。研修実施に当たって,職務の関係で 児童心理司全員が同日に受講することが困難で あるため,毎年度,同じテーマの研修を複数回 別日に実施するなどの工夫をした。また,人事 異動のために前年度の研修を受講していない児 童心理司に配慮し,同じテーマの研修を 3 年連 続で実施し,研修受講機会を保証した。 2 )継続的な症例検討会議の実施  一時保護所や施設現場で観察される子どもの 行動をトラウマの視点からとらえなおし,どの ような対応が子どもの安心感を高めるために必 要かを 1 ケースずつ検討する作業を平成24年度 から月 1 回のペースで積み重ねっていった。開 始当初は,すでにある情報をトラウマの視点で とらえなおし検討することが中心であったが, 平成24年度後半には,UPID を実施したケース, 心理教育を実施したケースの報告がなされるよ うになり,児童心理司全体に UPID についての 研修を実施した平成25年度以降はトラウマ・ア セスメントの報告が増えた。平成26年度以降は, 伴わない集中的・統合的サービスが必要な者が 16%,レベル 5 - 6 ;医療機関での入院治療等 が必要な者が34%であることが判明した。すな わち,一時保護所入所児童の 8 割がレベル 1 ~ 6 の治療ケアが必要であり, 3 割強はレベル 5 - 6 のケアが必要とされた(山本ら,2011)。  こうした治療ニーズの高い子どもたちが,そ のまま施設へと入所している実態を踏まえて, 大阪府では,診療所 「こころケア」 を核とした トラウマインフォームド・ケアの導入に踏み切 ったのである(荒木ら,2014)。 Ⅴ.トラウマインフォームド・ケア 推進のための体制づくり  先述のような実態を踏まえ,大阪府児童相談 所では,虐待等のトラウマを体験した子どもた ちへの支援体制を構築するために,平成24年度 より,兵庫県こころのケアセンターの技術協力 を得ながら,TF-CBT(Trauma-Focused Cog-nitive Behavioral Therapy, トラウマ・フォー カスド認知行動療法)の基本理念を組織的に取 り入れ,児童福祉現場においてトラウマの視点 をもって子どもや保護者の支援にあたる 「トラ ウマインフォームド・ケア」 を推進する体制づ くりを図ることとした。 1 .適切なアセスメントの導入  児童福祉現場におけるトラウマインフォーム ド・ケア推進のためには,子どもがどのような トラウマを体験し,その結果日常生活でどのよ うな症状や困難があるのかということを適切に アセスメントすることが不可欠である。また, 事前にトラウマの心理教育を実施し,アセスメ ントの目的と起こりうる副作用を十分に説明し, アセスメント結果を子どもと共有することも, 子どもの主体性や自己効力感を支持するために 重要と考えられた。  そこで,大阪府子ども家庭センターでは, 国際的に最も汎用されている子どもの PTSD (posttraumatic stress disorder, 心的外傷後ス トレス障害)のアセスメント尺度である UCLA

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1 )アンケートの対象者と受講回数  平成28年 1 月時点で実際に児童相談業務にあ たっている 6 児童相談所の児童心理司42名を対 象にアンケート調査を実施した。アンケートは 無記名で実施し,回収率は100%であった。ア ンケートの内容は,対象者の属性および,平成 24年度以降の研修受講回数,研修受講による支 援態度の主観的変化(10項目),UPID の実施 件数,トラウマ心理教育の実施件数などを問う ものとなっている。  アンケートは,大阪府子ども家庭センター所 長会議,心理補佐会議の承認のもと,業務の一 環として実施した。  アンケートに回答した42名の基本属性は表 1 のとおりである。児童心理司の平均経験年数は 7.6年,男女比は約 1 : 2 ,研修受講数の最頻 値は 3 回(最少 0 回,最大10回)となっている。 2 )研修による支援態度の主観的変化  研修の効果として自身の支援内容にどのよう な変化があったと思うかについて,10の項目に ついてそれぞれ 4 段階で評価を求めた(付表 1 参照)。その結果は,表 2 のとおりである。「ト ラウマ反応に気づきやすくなった」,「トラウマ 症状の有無を確認するようになった」,「子ども へのトラウマの心理教育をするようになった」 という項目については,「とてもある」 と回答 児童心理司経験年数が 3 年に満たない職員も積 極的に症例報告をするようになっている。  この症例検討会議は,兵庫県こころのケアセ ンターの技術支援を受けて実施しているもので あるが, 6 児童相談所において児童心理司に SV(supervision)をする立場にある課長補佐 等が継続参加していることも,この研修啓発活 動を良い結果に導いた一因であると考えられる。 参加した課長補佐等が,トラウマの視点でケー スを見立てることや,UPID による評価の仕方, それらの結果をどのように子どもと共有してい くかについて,毎回具体的・実践的に学ぶこと により,児童心理司全体の資質向上に寄与した と考えられる。 3 )公開講座・出前研修等の実施  トラウマインフォームド・ケアの推進にあた っては,児童相談所だけでなく,施設や里親, 医療機関,教育機関,また予算や人事を担当す る福祉部の行政担当者にも,トラウマインフォ ームド・ケアの理念を理解してもらえるように 努めた。  平成25年度には,トラウマ臨床領域の専門家 を招いて,「トラウマ治療の最前線」 と題した 公開講座を企画実施した。この講座には,大阪 府福祉部の幹部職員にも参加を要請し,トラウ マインフォームド・ケアの重要性についての理 解を深めてもらう機会を提供した。  そのほかにも,先述の診療所 「こころケア」 の職員が中心となって,施設に出向いての研修 を開催したり,施設と児童相談所とのケース検 討の場を利用するなど,あらゆる機会を通じて, 子どものトラウマに関連する啓発活動を行って いる。 3 .アンケート調査による児童心理司研修の効  児童心理司への継続研修の効果を検証するた めに,平成28年 1 月にアンケート調査を実施し た。 表1 アンケート対象者(n=42)の基本属性 児童心理司の経験年数 (平均±標準偏差) 7.6±5.1 年 性別(女性 / 男性) 29/13 人 現在の所属課  地域相談課 32 人  虐待対応課  7 人  保護課  2 人  不明  1 人 研修受講数(全10回)  中央値  5 回  最頻値  3 回  最小値  0 回  最大値 10 回

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のとおりである。心理教育については, 1 回以 上実施した者が約 8 割あり,UPID を 1 回でも 実施した児童心理司は約 6 割であった。 ₄ )受講回数による主観的変化や支援内容の変  アンケート回答者を研修受講回数により 3 群 ( 0 - 3 回群, 4 - 6 回群, 7 -10回群)に分け, 支援態度の主観的変化や UPID や心理教育の 実施数について 3 群間の差異に関して分散分析 を用いて評価した(表 4 参照)。なお,主観的 研修効果は付表 1 に示した10の設問に対する回 した者が 4 割から 5 割を占め,「少しはある」 と回答した者を含むと, 7 割から 8 割の児童心 理司が,トラウマの視点をもって臨床を行うよ うになったと変化を感じていた。また,「UPID を実施するようになった」 と回答した者は, 「少しはある」 「とてもある」 を合わせて 5 割, 子どもへのトラウマの心理教育を実施するよう になったとの回答は,約 7 割 5 分であった。 3 )UPID とトラウマ心理教育の実施数  これまで UPID を何回実施したか,トラウマ 心理教育を何回実施したかを尋ねた結果は表 3 表2 研修による支援態度の主観的変化 人数(割合) 全くない (人) % あまりない (人) % 少しはある (人) % とてもある (人)(人)不明 % 1 . トラウマ反応への気 づき  3  7.1  2  4.8 18 42.9 18 42.9 1 2.4 2 .トラウマ症状の確認  3  7.1  3  7.1 14 33.3 21 50.0 1 2.4 3 . トラウマの心理教育 (子ども)  5 11.9  5 11.9 10 23.8 21 50.0 1 2.4 4 . トラウマの心理教育 (保護者や職員)  6 14.3  6 14.3 20 47.6  9 21.4 1 2.4 5 .UPID 13 31.0  6 14.3  8 19.0 13 31.0 2 4.8 6 .リラクセーション法  6 14.3  3  7.1 22 52.4 10 23.8 1 2.4 7 .感情調整スキル  5 11.9  8 19.0 20 47.6  8 19.0 1 2.4 8 .認知再構成 13 31.0 13 31.0 11 26.2  4 9.5 1 2.4 9 .TF-CBT 適応  3 7.1  5 11.9 18 42.9 15 35.7 1 2.4 10. トラウマ反応のトリ ガー  3 7.1  6 14.3 25 59.5  7 16.7 1 2.4 表3 UPID とトラウマ心理教育の実施数 実施数 0 1-5 6-10 11-20 21-30 31-40 41-50 不明 UPID(人数,%) 17,40.5 10,23.8 5,11.9 5,11.9 1, 2.4 1, 2.4 2, 4.8 1, 2.4 トラウマ心理教育(人数,%)  9,21.4 15,35.7 4, 9.5 4, 9.5 5,11.9 3, 7.1 1, 2.4 1, 2.4 表4 研修受講回数と支援態度の主観的変化および UPID/ 心理教育実施数 受講回数 0-3 4-6 7-10 p 値 主観的研修効果(n) 14 10 13  平均±標準偏差 12.6±7.5 18.8±6.4 23.9±4.6 <0.001 推定 UPID 実施数(n) 16 10 12  平均±標準偏差  0.9±2.2 8.6±14 14.5±14   0.014 推定心理教育実施数(n) 16 10 12  平均±標準偏差  2.6±4.1 14.2±16  15.9±13   0.013

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Ⅵ.トラウマインフォームド・ケアの 段階的構築と実施体制  トラウマインフォームド・ケアのシステム構 築に向けて,われわれは図 1 のような段階を想 定している(亀岡ら,2014)。最も重要な段階は, 「基盤づくり」 である。児童心理司が,子ども のトラウマ体験とトラウマ関連症状を認識し, 症状が子どもの生活にどのような影響を与えて いるかということについて理解を深めることが できるよう訓練していくことが,トラウマイン フォームド・ケアを実施する基盤となる。この ために,児童心理司が子どものトラウマ症状を 適切にアセスメントできるようになる必要があ るのは,前述したとおりである。  次の段階では,児童心理司がトラウマインフ ォームド・ケアの視点を支援計画に反映させ, 生活の中での支援が継続的に行えるよう施設職 員や養育者を支援していくことができるように なることが目標である。このような取り組みを 通して,子どもは,トラウマ症状への気づきを 高め,身近な大人(施設職員等)の支えを得な がら,自己コントロール感を回復していくこと ができるようになるだろう。こうしたトラウマ インフォームド・ケアが社会的養護の現場を含 めた児童福祉領域全体で実践されるようになる 答の合計得点とした。この得点が高いほど,研 修効果が高いと推定した。また,UPID と心理 教育に関しては,表 3 の実施数の各カテゴリー ( 0 , 1 - 5 , 6 -10,11-20,21-30,31-40, 41-50)の中央値を実施数と仮定して代入し計 算した。受講回数が多い群ほど,主観的研修効 果や UPID と心理教育の実施数が多くなる傾 向が読み取れる。Bonferroni の多重比較を行う と,受講回数が 7 -10回群は 0 - 3 回の群よりも, 支援態度の主観的変化(p<0.001),UPID の 実 施 数(p<0.008),心 理 教 育 の 実 施 数(p <0.011)のすべてが,有意に変化しているこ とが判明した。全ての統計処理は,SPSS Ver-sion 22で実施した。  すなわち,トラウマに関する研修回数が増え るほど,児童心理司自身がトラウマ・インフォ ームドケアを実施しているという主観的変化を 感じることができるようになり,実際にトラウ マ症状の評価やトラウマ心理教育を実施する回 数が増えたことが示された。児童相談所は,公 的機関として一定頻度での人事異動が想定され るため,持続可能なトラウマインフォームド・ システムを構築するには,児童心理司の基礎研 修にも,また経験年数や職階別の研修にも,ト ラウマの視点を取り入れた研修を組み入れてい くことを検討すべきであろう。 図1 トラウマインフォームド・ケアの段階的構築と児童心理司の育成(亀岡ら,2014)

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ウマ症状に苦しむ膨大な数の子どもたちへの支 援に,ほんの小さな一石を投じたに過ぎない。 また,トラウマインフォームド・ケアの視点を, 大阪府児童相談所全体に浸透させ,さらに府内 の社会的養護にかかわるさまざまな職種の人た ちに拡大していくためには,まだ多くの課題が 山積している。今後も,児童相談所のあらゆる 取り組みを通じて,トラウマインフォームド・ ケアの普及啓発に取り組んでいくとともに,今 回報告した 「大阪方式」 の取り組みが,全国の 児童相談所に拡大していくことを望むものであ る。 COI 開示  本研究は,JSPS 科研費25461796および16H 03747 の助成を受けたものです。本研究に関連し,開示す べき COI 関係にある企業などはありません。

American Academy of Child and Adolescent

Psy-ことは,将来安全に TF-CBT 等の専門治療を 実施するための重要な土台となるはずである。  図 2 は,トラウマインフォームド・ケアの実 施体制を示したものである。このように,子ど もを中心に,さまざまな職種や立場の人たちが, トラウマインフォームド・ケアの視点を共有し, トラウマへの気づきと安全感を高めながら支援 を継続していくことが重要であると考えられる。 Ⅶ.これまでの成果と今後の課題  以上,大阪府児童相談所における,トラウマ インフォームド・システム構築に向けた組織的 取り組みとその成果について報告した。これら の取り組みは,少なくとも児童相談所で支援に 当たる児童心理司の支援態度の主観的変化や実 際の行動に変化をもたらすことが明らかになっ た。そしてこれらの取り組みをもとに,大阪府 中央子ども家庭センターに設置された 「こころ ケア」 では,倫理審査委員会の承認を得た上で, TF-CBT の試行的実施が開始され,治療によ って PTSD 症状が改善した子どもも少数なが ら存在する。しかし現実には,虐待によるトラ 図2 児童相談所におけるトラウマインフォームド・ケアの実施体制

子ども

児童 心理司 医師 施設 担当職員 児童 福祉司 図2 児童相談所におけるトラウマインフォームド・ケアの実施体制

非加害親

SV

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4/10). 亀岡智美,飛鳥井望,高田紗英子他(2014):被災後 の子どもの心の診療ガイドラインの作成のための 基礎的研究.平成25年度厚生労働科学研究費補助 金地域医療基盤開発推進研究事業(研究代表者: 五十嵐隆)報告書,109-119. 厚生労働省(2016):社会的養護の課題と将来像の実 現に向けて 2016年 4 月.http://www.mhlw.go.jp/ file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidou kateikyoku/0000108940.pdf,(参照2016年 5 月19日). 厚生労働省(2015):児童養護施設入所児童等調査結 果(平成25年 2 月 1 日現在).http://www.mhlw. go.jp/file/04-Houdouhappyou-11905000-Koyoukin toujidoukateikyoku-Kateifukushika/0000071184.pdf, (参照2016年 5 月20日). 中村有吾,瀧野揚三(2015):トラウマインフォーム ドケアにおけるケアの概念と実際.学校危機とメ ンタルケア,7, 69-83. 大阪府子ども家庭センター(2015):大阪子ども家庭 白書平成27年版(平成26年度業務実績).

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(10)

  The majority of children living in child care homes today have experienced abuse, for which they exhibit various symptoms of trauma beyond the understanding of most care workers as well as the children them-selves, leaving them with a sense of deepen-ing powerlessness and isolation. The Osaka Prefecture Child Family Center has started incorporating trauma-informed care into the child welfare system. This paper reports on results from a survey on the efficacy of con-tinual training for clinical psychologists, which showed meaningful change in both their consciousness and clinical competence. The

results indicated the importance of continual multi-stage training to empower clinical psy-chologists in providing trauma-informed care to the victims of child abuse aiming for the construction of a sustainable system of sup-port capable of providing children with safety and protection.

Author’s Address Y. Asano

Osaka Prefectural Youth Support Center 5-1-5, Shiroyamadai, Minami-ku, Sakai 590-0137, Japan

TRAUMA-INFORMEDCAREFORABUSEDCHILDRENPROVIDED

THROUGHACHILDGUIDANCECENTER

Yasuko ASANO

Osaka Prefectural Youth Support Center (former) Osaka Prefecture Chuo Child Family Center

Satomi KAMEOKA, Eizaburo TANAKA Hyogo Institute for Traumatic Stress

付表1 支援態度の主観的評価に関する質問 以下の10の質問に対して,全くない(00),あまりない(11),少しある(22),とてもある(33)の44段階で 回答を求めた。 1 .[トラウマ反応への気づき]子どものトラウマ反応に,以前よりも気づきやすくなった。 2 .[トラウマ症状の確認]子どもとの面接で,以前よりもトラウマ症状の有無を確認するようになった。 3 .[トラウマの心理教育(子ども)]子どもに,以前よりもトラウマの心理教育をするようになった。 4 . [トラウマの心理教育(保護者や職員)]保護者や施設職員に,以前よりもトラウマの心理教育をするよう になった。 5 .[UPID]UPID をとるようになった。 6 .[リラクセーション法]リラクセーション法を,以前よりも子どもに教えるようになった。 7 .[感情調節スキル]感情表出や感情調整のスキルを,以前よりも子どもに教えるようになった。 8 .[認知再構成]認知の三角形を用いて認知を修正する方法を,以前よりも子どもに教えるようになった。 9 .[TF-CBT 適応]TF-CBT などのトラウマケアが必要だと思う子どもに,以前よりも気づくようになった。 10. [トラウマ反応のトリガー]子どものトラウマ反応の引き金となるトリガーに,以前よりも気づきやすく なった。

参照

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