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1.はじめに  微細藻類の分類研究は野外より採集した試料の光学 顕微鏡観察を中心に発展してきた.古典的には観察し た藻類は図解と記載文の形で記録され,生体試料を保 存することは重視されなかった.しかし 20 世紀の中 頃からは培養株を用いた実験研究の重要性が認められ るようになり,特に電子顕微鏡を用いた微細構造観察, 分子系統解析などの導入によって培養株を用いた研究 が不可欠になった.  一方,微細藻類の学名を扱っている国際植物命名規 約(International Code of Botanical Nomenclature,

ICBN)1,2の下では,学名のタイプが標本か図解と規定 されており(第 8.1 条),培養株を土台とした近代的 な藻類学の立場からは時代遅れにも見える.しかし 2000 年版のセントルイス規約(Greuter et al., 2000) からは藻類や菌類に対して特例的に,「代謝の不活性 な状態で保管される」株をタイプとすることが認めら れ(第 8.4 条),限定的ながら実験研究に用いられる 培養株と命名法上のタイプを関連づけることが可能に なった3  一部の藻類学者はこの条項に基づいて凍結保存株を 命名法上のタイプに取り入れており,図解に基づいた 分類学から培養株に基づいた分類学への移行が命名法 においても進められている.しかしその一方で命名規 約の不十分な理解や誤解により,不適切な用語の使用 やタイプ指定の不備も散見される.そこで本稿では ウィーン規約における学名のタイプ指定と培養株の取 り扱いについて整理し,新種記載4や既知種のタイプ 指定に培養株を活用する方法について解説する. 2.学名と種分類群のタイプ  国際植物命名規約においては,「分類学的群の学名 の適用は命名法上のタイプに基づいて決定される」と 規定されている(原則 II).すなわち「ある学名のタ

第 3 回  

微細藻類の培養研究と国際植物命名規約

(ウィーン規約)におけるタイプ指定

仲田崇志

慶應義塾大学先端生命科学研究所 〒997-0052 山形県鶴岡市覚岸寺字水上 246-2

Culture dependent research of microalgae and typification under the

International Code of Botanical Nomenclature (Vienna Code)

Takashi Nakada

Institute for Advanced Biosciences, Keio University 246-2 Mizukami, Kakuganji, Tsuruoka, Yamagata, 997-0052, Japan

連載「微生物の命名規約と関連情報」 E-mail: naktak@ttck.keio.ac.jp 1 現行の国際植物命名規約は 2006 年版ウィーン規約(McNeill et al., 2006;大橋,永益,2007)である.本稿でも命名規約 の引用はウィーン規約の日本語版による. 2 鞭毛藻類など運動性のある藻類は国際動物命名規約の下で,藍藻類(シアノバクテリア)については国際細菌命名規約 / 国際原核生物命名規約の下で取り扱うことも可能だが,現時点では微細藻類を国際植物命名規約で取り扱う研究者が主流 である. 3 1994 年版の東京規約の時点でも解釈上は可能であった(第 8 条実例 1; Greuter et al., 1994). 4 多くの場合,種内分類群を新たに記載する場合にも新種記載と同様の規定が適用されるため,本稿では新種記載について のみ解説する.

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イプと“同じ”生物をその学名で呼ぶ」ことになって いる.この場合,“同じ”かどうかは記載文や判別文(後 に再定義される場合もある)に基づいて判断されるこ とになる.  ウィーン規約では種分類群のタイプとして,ホロタ イプ,レクトタイプ,アイソタイプ,シンタイプ,ア イソシンタイプ,パラタイプ,ネオタイプ,エピタイ プを挙げている(第 9.1-9.7,9.10 条;表 1).命名法 上のタイプ,すなわち種同定や分類において最終的な 判断基準となるのはホロタイプ,レクトタイプまたは ネオタイプで,他のタイプはレクトタイプ指定の候補 (第 9.10 条)や,参考資料としての役割を果たす.特 にエピタイプはホロタイプ,レクトタイプ,またはネ オタイプが分類学的な試料として不十分なときに,よ り良質な標本や図解,凍結保存株などに対して指定さ れ,タイプの不備を補う役割を担う.  アイソタイプ,シンタイプ,アイソシンタイプ,パ ラタイプは常に標本であり,その他は標本または図解 であってもよい(第 8.1 条).なお第 8.4 条において「代 謝の不活性な状態(たとえば,凍結乾燥や凍結保存さ れた状態)で保管される」培養株(以下「不活性株」) もタイプとして認められているが,不活性化された試 料は全体で単一の標本と見なせるだろう.なお 1994 年版の東京規約では不活性株を解釈上標本と見なして 扱っていた(第 8 条実例 1;Greuter et al., 1994).  微細藻類の場合,これまでに多数の藻類が図解をタ イプとして記載されてきたが,ウィーン規約では新た に図解をタイプとすることは制限され(第 37.4 条), 可能な限り標本か不活性株をタイプにしなければなら なくなった.これは研究の再現が困難な図解から,検 証可能な証拠に基づいた分類学研究への移行を促す意 味が大きい.微細藻類において不活性株をタイプとす る場合,一般的には凍結乾燥株の作製が難しいため, 凍結保存株を用いることが多い.  生きた培養株はタイプとして指定できないが(第 8.4 条),新種の記載に用いた培養株,特にホロタイプ やシンタイプの作製に用いた培養株は将来の研究に非 常に有用である.ただしこのような培養株を「タイプ 株(type strain)」 と 呼 ぶ の は 誤 り で, 正 統 株 (authentic strain)5という用語を用いるべきである. 正統株は命名法上の地位を持たないが6,正統株の不 活性株をネオタイプやエピタイプとして指定すること は可能である.  凍結保存株をタイプとした場合でも,通常は一部を 解凍・復帰して研究に用いるだろう.このとき復帰さ れた培養株はタイプとしての地位を失う.ウィーン規 約では,復帰された培養株がタイプに由来するもので あって,それ自体はタイプではないということを明示 するため,“ex-type” (ex typo),“ex-holotype” (ex holotypo),“ex-isotype” (ex isotypo) などと参照する

5 これまで“authentic strain”に対して確立した訳語がなかったため,「正統株」との訳語を提案する.

6 国際細菌命名規約(ICNB)/ 国際原核生物命名規約(ICNP)においては新種記載の際に「基準株(type strain)」の指定 が求められ,藍藻類(シアノバクテリア)を ICNB/ICNP の下で記載する場合には基準株が指定される. 表 1 ウィーン規約で定義されたタイプ(日本語版より抜粋) ホロタイプ Holotype 「命名法上のタイプとして著者が使用または著者が指定した,1 つの標本または図解」(第 9.1 条) レクトタイプ Lectotype 「原発表のときにホロタイプが指定されなかった場合,ホロタイプが所在不明の場合,またはホロタイプが 2 つ以上の分類群に属していることがわかった場合に,(中略)原資料から命名法上のタイプとし て指定された 1 つの標本または図解」(第 9.2 条) アイソタイプ Isotype 「ホロタイプのすべての重複標本のそれぞれ」(第 9.3 条) シンタイプ Syntype 「ホロタイプがない場合に初発表文に引用されたすべての標本,またはタイプとして同時に指定された2 つ以上のすべての標本のそれぞれ」(第 9.4 条) アイソシンタイプ Isosyntype 「シンタイプの重複標本」(第 9.10 条) パラタイプ Paratype 「ホロタイプでもアイソタイプでもなく,2 つ以上の標本が同時にタイプとして指定された場合のシンタイプの 1 つでもない,初発表文に引用された標本」(第 9.5 条) ネオタイプ Neotype 「原資料が存在しないか,あるいは,所在不明である間,命名法上のタイプとして選び出された 1 つの標本または図解」(第 9.6 条) エピタイプ Epitype 「解釈のためのタイプとして選ばれた 1 つの標本または図解」(第 9.7 条)

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よう勧告している(勧告 8B.2).またこれらの ex-type 株は正統株の一種と見ることもできる.  なお試料や培養株と各タイプの関連については図 1 にまとめた. 3.新種のタイプ指定  ウィーン規約において,新種の正式発表にはタイプ 指定が義務づけられている(第 37.1 条).微細藻類の 場合にタイプに指定されるのは主に,1)凍結保存株, 2)光学 / 電子顕微鏡観察用の固定標本(以下「固定 標本」),3)図解,の 3 種類であろう.それぞれタイ プとして指定する場合には表 2 のような長所・短所が あると考えられる.新種の著者らはこれらの長所・短 所をよく理解した上で,適切なタイプを指定すること が求められる.微細藻類の新種を記載する場合には, 新種が培養できるかどうか,標本作製が可能かどうか, 代謝の不活性な状態での保管が可能かどうか,によっ て状況が変わってくる.そこでそれぞれの場合ごとに タイプ指定のあり方を解説する(表 3).なお,現生 微細藻類の新種記載には,凍結保存株や固定標本をタ イプ指定する場合であっても図解(illustration)また は図(figure)の発表または引用が義務づけられてい る(第 39.1 条). 1)未培養藻類の新種記載  天然試料か様々な藻類が混在する粗培養の観察に よって新種の微細藻類を発見した場合,安定した培養 株や凍結保存株なしに新種を記載する必要に迫られる ことがある.この場合,新種のタイプとしては固定標 本か図解を指定することになる.  まず新種の著者は識別形質まで保存された固定標本 の作製を検討する必要がある.分類学研究に耐える標 本が作製できる場合,新種のタイプは必ず標本でなけ ればならない.ウィーン規約第 37.5 条では微細藻類(と 微小菌類)の新種のタイプについて「標本の保存に関 して技術的な問題(technical difficulties)がある場合, 図 1 各種のタイプ指定と試料の関係 微細藻類のタイプ指定においては天然試料や培養株が用いられ,場合によっ ては凍結保存株から解凍した培養株も用いられる(右段).これらの試料か ら作製した図解や標本(固定標本や凍結保存株など)がタイプ指定の対象と なり,特に初発表文で使用・引用されたものが原資料と呼ばれる(中右段). タイプの種類によっては初発表文で指定されるもの(中左段上側)と既知種 に対して指定されるもの(中左段下側)に分けられる.命名法上のタイプは 特に太字下線付きで強調した.図に示していない試料やタイプ指定の方法も 規約上は想定されうるが,基本的に推奨はされない.

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あるいは学名の著者によって示されたその分類群の特 徴がわかるような標本を保存することができない場合 は,有効に発表された 1 つの図解でもよい」と規定し ている.  固定標本の作製が可能な場合としては,新種の藻類 が野外で大量発生した場合や,粗培養によって新種の 藻類が優占した試料を得ることに成功した場合,珪藻 の殻のように単離した試料から標本作製が可能な場 合,などが考えられる.当然ながら種同定が可能な程 度の良好な固定標本が作製できることも必要である. なお天然試料から固定標本を作る場合,目的の新種以 外の藻類や他の微生物も試料中に混じるが,少量であ れば混入物として無視して構わない(第 8.2 条).  逆に図解をタイプ指定することが許されるのは以下 のような場合と考えられる.  ・ 新種の藻類が一過的に発生し,再度試料を採集す ることができなかった場合.  ・ 固定作業によって新種藻類の識別形質が失われ, 有用な固定標本が作製できない場合.  ・ 有用な固定標本の作製に特殊な設備・技術などが 必要で,新種の著者の研究室では作製できない場 合.  ・ 試料中に様々な種類の藻類が混在し,固定標本を 作製しても新種の藻類のみを示すことができない 場合.  しかし「標本の保存に関して技術的な問題がある」 ことや「その分類群の特徴がわかるような標本を保存 することができない」ことはしばしば第三者には判断 できない.すると新種の著者は正当な理由の下で図解 をタイプ指定したにもかかわらず,他の研究者がこの タイプ指定とそれに伴う新種記載を無効と考えること が起こりうる.このような事態を防ぐためには,図解 をタイプとして新種を発表する場合に,標本作製にお ける具体的な技術的な問題や標本作製によって失われ る識別形質に言及し,図解をタイプとすることを論文 中で正当化すべきであろう. 2)培養株に基づく藻類の新種記載  幸いにして藻類の単藻培養株が確立できた場合,充 実した証拠に基づいて新種記載ができるだろう.さら に培養株を株保存機関に保存しておくことは,培養株 を土台とした近代的な藻類学の発展のために強く求め 表 2 凍結保存株,固定標本,図解をタイプとする長所と短所 凍結保存株  長所 ・Ex-type 株を用いることで種分類・種同定を実験的に検証できる ・固定標本や図解も ex-type 株から作製できる  短所 ・凍結保存条件の検討が必要で,しばしば時間がかかる ・凍結保存株が作製できる株が限られている(Mori et al., 2002) ・保管設備を持たない場合,株保存機関などに凍結保存を依頼する必要が生じる ・株保存機関において作製される場合,タイプの作製に著者の責任が及びにくい 固定標本  長所 ・多くの藻類において作製可能である ・技術がほぼ確立されていて,作製にあまり時間がかからない ・通常の実験室設備で作製できる  短所 ・光学顕微鏡用の固定標本と電子顕微鏡用の固定標本では,保存される形質が異なる ・形質によっては良好な保存が期待できない(特に生理学的な形質や分子情報の保存が不可能または難しい) 図解  長所 ・常に作製できる ・新種と近縁種の形態上の区別点が明示できる ・光学顕微鏡と電子顕微鏡による観察結果をまとめて示せる ・あらゆる形態形質を示すことができる  短所 ・形態以外の形質を保存できない ・図解に描かれた形質の正確性が検証できない 表 3 新種記載におけるタイプ指定の指針 1.(単藻)培養株が得られていない 1)識別形質が保存された固定標本が作製できる    → 固定標本をタイプ指定 2)識別形質が保存された固定標本が作製できない    → 図解または固定標本をタイプ指定 2.単藻培養株が得られている 1)凍結保存技術が確立されている    → 凍結保存株または固定標本をタイプ指定 2)凍結保存技術が確立されていない   (1) 識別形質が保存された固定標本が作製できる     → 固定標本をタイプ指定   (2) 識別形質が保存された固定標本が作製できな い     → 図解または固定標本をタイプ指定

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られる.同時に保存株をタイプに指定するか保存株か ら作製した固定標本をタイプ指定すれば,命名規約上 も培養株と学名が結びつけられる.  生きた培養株の場合,定期的な移植作業が必要にな るため,その過程での取り違えや他の藻類・微生物の 汚染の可能性が常に存在する.また経年培養によって 株の特性が変質する場合も知られている(たとえば長 年培養した株で有性生殖能が低下する場合がある; Coleman, 1975; Nozaki, 2008).そこで可能な場合には 凍結保存によって株を保存することが望まれる.また 凍結保存株はウィーン規約第 8.4 条の要件を満たした 「代謝の不活性な状態で保管される」培養株に該当す るため,直接タイプ指定することもできる.凍結保存 株をタイプとして運用する場合の方法論については Day et al. (2010) によって議論されている(囲み A).  不活性株は固定標本に準じて扱われるため,不活性 株をタイプ指定するためには固定標本をタイプ指定す るのと同様の要件を満たす必要がある.特に重要な要 件を以下に示す.  ・ 株保存機関などの研究機関に保存されること(第 8.1 条).  ・ 同時に作製された単一種の株であること(第 8.2 条).  ・ (少なくとも不活性株の一部が)永久に保存され ること(第 8.4 条).  ただし第 8.2 条については,単一種の株を意図して いれば他の微生物などの混入物があっても構わない (混入物は対象としないため).同様に二員培養(捕食 性の渦鞭毛藻類を餌生物と共培養している場合など) の凍結保存株もタイプとして認められるだろう(ただ し混乱の原因となるため,可能ならば避けるべきであ る).また第 8.4 条についても,株保存機関が恒久的 に保管することを前提にしていればよいが,一定期間 後に活性化(解凍など)することを前提としている株 はタイプ指定できない.  また不活性株はタイプとして認められる一方,誤っ て生きた培養株をタイプ指定した場合,新種の発表は 認められない可能性がある.そこで不活性株をタイプ として新種を発表する著者は,タイプを引用する際に 保存状態(不活性株であること)を付記し,タイプ指 定の正当性を明示するべきである.この点については 次回命名規約の改正に向けて,勧告の追加が提案され ている(Nakada, 2010).  凍結保存株が作製できる場合には図解をタイプとす ることはできないが,固定標本をタイプ指定すること はできる.凍結保存株の安定性に不安がある場合など には固定標本をホロタイプに指定し,凍結保存株をパ ラタイプ(第 9.5 条)として引用してもよいだろう. 逆に凍結保存株をホロタイプに指定した場合でも他の 標本をパラタイプとして引用することができる.  凍結保存ができない場合は,未培養藻類の場合と同 様に固定標本または図解をタイプとして指定すること になるが,この場合にも培養株は研究上重要な価値を 持つ.ウィーン規約において生きた培養株をタイプ指 定することはできないが,(固定標本であれ図解であ れ)タイプを作製するために用いた正統株は,可能で あればウィーン規約の勧告 8B に従って,「少なくとも 2 ヶ所の研究機関の培養株または遺伝子資源コレク ションに保管」されるべきである.なお,このような 正統株は,将来的に凍結保存が可能になったときに改 めてエピタイプやネオタイプとして指定できる. 4.培養株に基づく既知種のタイプ指定  凍結保存株をタイプとして種が記載された場合や正 統株が保存されている場合,培養株に基づいて種の分 類が再検討できる.しかしながら図解や質の低い固定 標本のみが残されている場合,種の分類を客観的に見 直すことは困難になる.そのような場合には新たに確 立した培養株を用いて分類学的な見直しを進めること になるが,図解や固定標本のみに基づく種同定はしば しば主観的なもので,異なる種の培養株が同じ種に同 定されることも少なくない.そこで図解や固定標本か らの種同定が曖昧な場合には,特定の培養株を用いて 種を再定義することが望まれる.  既知種を再定義しようとする著者は,新たな培養株 に基づいて凍結保存株か固定標本または図解を作製 し,ネオタイプまたはエピタイプとして指定すること ができる.いずれをタイプに指定するのかは新種の場 合と同様に判断することが必要だが,可能であれば凍 結保存株をタイプ指定する方が学名と培養株の関連を 明確にできるだろう.  培養株に由来する試料を用いてネオタイプを指定す るかエピタイプを指定するかは,原資料(学名の正式 発表時に引用または使用された標本,図解など;第 9 条付記 2)が現存するか,ネオタイプが既に指定され ているかに応じて決められる.原資料が現存している 場合はネオタイプを指定することはできず,エピタイ プを指定することになる.一方で原資料が現存してい ない場合,ネオタイプが既に指定されているならばエ ピタイプを,ネオタイプが指定されていないのであれ

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ばネオタイプを新たに指定することになる(表 4).  ネオタイプは原資料が現存しない場合に指定できる タイプであり(第 9.6 条),1)正式発表において図解 が発表も引用もされていないこと,2)著者が原記載 に用いた図解が現存していない(または行方不明であ る)こと,3)さらに著者が原記載に用いた一切の標 本が現存していない(または行方不明である)こと, の 3 点を確認する必要がある.この場合に限ってネオ タイプを指定することができる(第 9.11,9.14 条).  原資料が現存している場合や既にネオタイプが指定  新種の植物を正式記載するためには学名のタイプを指定する必要がある.タイプは原則として標本か図解だが,最近 になって,凍結保存された藻類の株なども認められるようになった.そこで Day et al. (2010)は実際の運用に向けて の方法論を議論している.  国際植物命名規約(現行はウィーン規約)において学名はタイプを基準にして適用される.すなわちタイプと同じ生 物が同じ学名で呼ばれることになっている.タイプは原則として標本か図解(2007 年からは標本の作製・保存に問題 がある場合のみ)とされている.ところが光学顕微鏡写真や標本を基に微細藻類の種を同定することは困難で,分類学 上あまり役に立たたない.実際の分類学研究ではむしろ新種の記載時に使われた培養株(正統株 authentic strain)が 重要視され,その保存と扱いが大きな意味を持っている.  規約上,生きた培養株は正統株であってもタイプにすることはできない.しかし菌類や藻類の場合,凍結乾燥や凍結 保存により「代謝的に不活性な状態」で保存されている株はタイプに指定できる(第 8.4 条).そこで正統株を凍結保存 してタイプ指定することは,実用的にも規約上も意義が強まっていて,Day et al. (2010)は凍結株のタイプ指定や維 持・管理をどのようにして行うべきか,推奨される方法を提案した(図 A1).  この方法では,まず正統株を大量培養して 元培養とする.そしてこれを 50-100 本の凍結 保存バイアルに分けて凍結保存し(−140℃), master bank とする.Master bank はホロタ イプなどに指定され,一部は配布や品質確認 に使われることになる.さらに一部は解凍し て通常の培養に戻し,必要に応じて再凍結し, distribution bank と し て 使 わ れ る. Distribution bank もエピタイプなどに指定さ れることがありえるが,基本的には品質確認 後に配布用に使われる.  Day et al. (2010)は株を絶やさないことと 品質の維持に注意を払っている.特にホロタ イプ(原記載時に指定されるタイプ)につい ては再度作製することもできず,数も限られ ることから,保存機関の管理担当者の裁量で 配布するべきとしている.一方でタイプ株を 解凍した培養株(ex-type 株;もはやタイプで はない)は継代培養により増やすことができ るため,制限なく配布されるべきと主張して いる.また(ホロタイプの残りが少ないなど の理由で)必要があれば ex-type を再凍結して エピタイプ(学名の解釈をより正確にするためのタイプ)とすることもできる.  品質管理については,生存率と遺伝的同一性を重視している.生存率としては 30% 以上が推奨され,もし生存率が これを下回る場合には凍結保存のみで維持せず,解凍した ex-type 株を培養下で維持するべきだとされた.しかしこの 場合は他の株の汚染や取り違えの恐れがつきまとうだろう.一方で遺伝的同一性に関しては必ずしも簡便に調べること ができないが,可能な場合には増幅断片長多型(AFLP)解析などにより,凍結保存前後の比較を行うべきだと主張し ている.  凍結保存株を微細藻類の学名のタイプに指定することは微細藻類の客観的な種分類に大きく貢献する.しかし現状で は凍結保存株の活用は万能ではなく,また必ずしも便利な方法ではない.残念ながら未だに多くの藻類について凍結保 存の手法が確立されておらず,Day et al. (2010)ではこのような場合,生きた培養株の維持と併せて抽出した DNA を 保存することを推奨している.しかし培養株が失われる恐れは少なくないだろう.また凍結保存には専門的な知識に加 えて−140℃以下の温度を維持し続ける設備も必要で,培養株保存施設と研究者の協力がより一層重要なものとなる.  (この囲み記事は筆者のウェブサイト「きまぐれ生物学」の「雑記─藻類学」に掲載した記事「微細藻類の証拠保全 (2010.05.11)」を一部改変,転載したものである) 囲み A 微細藻類の凍結保存タイプの運用方法 図 A1 凍結保存タイプの作製・管理の概要 凍結保存株をタイプとして指定する場合,元培養から同時に凍結保 存した master bank をタイプとして指定する.この内の一部は品 質確認に用いられ,残りは必要に応じて配布される(一部は恒久的 に保存する).タイプを解凍して得られた培養は“ex-type”と呼ば れ,これも必要に応じて配布される.Ex-type を凍結保存したもの を distribution bank として配布することで,master bank の過剰 な消耗を避けることもできる(Day et al., 2010 を基に作成).

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されている場合,新たな培養株を用いて指定できるの はエピタイプのみである.前述のようにエピタイプは 「解釈のためのタイプとして選ばれた 1 つの標本また は図解」である(第 9.7 条).従ってエピタイプを指 定するためには,既にホロタイプ,レクトタイプ,ネ オタイプのいずれかが指定されていなければならな い.エピタイプを指定する際にはエピタイプが補うタ イプを明示的に引用することが義務づけられており (第 9.7 条),種名を引用するだけではエピタイプ指定 は優先権を持たない.この点でエピタイプ指定は他の タイプ指定とは大きく異なる.  ホロタイプが既に存在する(標本の場合には失われ ていない)場合には,ホロタイプを引用して,これを 補うエピタイプを指定すればよい.しかしホロタイプ が存在しない場合には,原資料の中からレクトタイプ の指定を検討しなければならない.原資料が存在する 場合にはその中から規約に従ってレクトタイプを指定 し(第 9.10 条など),レクトタイプを引用した上でこ れを補うエピタイプを指定することになる.原資料が 現存せず,ネオタイプが既に指定されている場合には, このネオタイプを引用してこれを補うエピタイプを指 定することになる.  レクトタイプ,ネオタイプ,エピタイプの指定に際 しては,ウィーン規約で規定された手続きを守らなけ ればならない(表 5).詳細は命名規約を直接確認し ていただきたいが,特に見落とされがちな要件を二点 だけ示しておく.一点目はレクトタイプとネオタイプ の指定に関わる要件で,2001 年 1 月 1 日以後にこれ らのタイプを指定する場合には,「“lectotypus”また は“neotypus”という語,あるいはその略語,または, それらに相当する現代語を使用して示さ」なければな らなくなった(第 9.21 条).これを忘れるとレクトタ イプやネオタイプの指定が無効になる.もう一点は第 7.11 条の規定で,2001 年 1 月 1 日以後,レクトタイプ, ネオタイプ,エピタイプを指定する際には「タイプ指 定の表明に“designated here”(hic designatus)あ るいはそれと同等の語句が含まれて」いなければ優先 権が認められないことになった.すなわち“designated here”に相当する語句を欠いてこれらのタイプが指定 された場合,後に異なる試料を用いてこれらの語句を 伴ったタイプ指定が行われると,タイプ指定が取って 代わられてしまう. 5.まとめ  微細藻類の分類学に培養株を導入することは,個々 の研究者が図解を解釈して種同定を行う「主観的な」 分類学から,実際に培養株同士を実験的に比較検討す る「客観的な」分類学への移行と見ることができる. これに伴って命名法上のタイプを改めることは,学名 の適用をより客観的なものとするために有意義であ る.  新種の記載に際しては今後益々凍結保存株のタイプ 指定が望まれるが,凍結保存には特殊な設備を要し, 凍結保存が可能な株も限られている(Mori et al., 2002).近縁種で凍結保存技術が確立されていない場 合には新種記載の速度を鈍らせないために,固定標本 によるタイプ指定も検討すべきである(この場合,正 統株の保存が求められる).凍結保存株によるタイプ 指定を進めるためには,より一般的な凍結保存技術の 確立と,凍結保存設備の普及が求められる.  また既知種を再定義する際にも,培養株に基づくタ イプ指定は義務ではない.凍結保存株や培養株に由来 する固定標本をタイプ指定しなかったとしても,優れ た観察と客観的な証拠によって同定された培養株が報 告されていれば,他の研究者もその培養株の同定に追 随するはずである.逆に不十分な観察によって,原記 載と必ずしも一致しない培養株に基づいてエピタイプ やネオタイプが指定された場合には学名の適用に混乱 が生じることもある.新たにエピタイプやネオタイプ 表 4 既知種に対するタイプ指定の指針 1.ホロタイプが現存する   →ホロタイプを引用してエピタイプを指定する 2.ホロタイプが現存しない 1)レクトタイプが現存する    → レクトタイプを引用してエピタイプを指定する 2)レクトタイプが現存しない   (1) 原資料が現存する     → 原資料の中からレクトタイプを指定し,こ れを引用してエピタイプを指定する   (2) 原資料が現存しない     ①ネオタイプが現存する      → ネオタイプを引用してエピタイプを指定 する     ② ネオタイプが現存しない      →ネオタイプを指定する 表 5 タイプ指定の様式に関するウィーン規約の条項 ホロタイプ 第 37.6,37.7 条 レクトタイプ 第 7.10,7.11,9.10,9.20,9.21 条 ネオタイプ 第 7.10,7.11,9.20,9.21 条 エピタイプ 第 7.10,7.11,9.7,9.19 条

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を指定する著者は,そのタイプ指定が本当に必要なも のであるか,使用している培養株が疑いなく原記載に 一致するかどうかを最大限の慎重さを持って検討しな ければならない.ウィーン規約の前文には命名規約の 一つの目的として,「間違いやあいまいの原因となる ようなあるいは科学を混乱させるような学名の使用を 避けかつ拒否すること」を挙げている(前文 1).新 種を記載する著者やタイプを指定する著者は,単に命 名規約の条文を遵守するのみならず,前文 1 に示され ている命名規約の精神を尊重しなければならない.逆 に命名規約の条文に従った結果として曖昧さが生じた り,科学を混乱させる事態が生じる場合には,命名規 約の方を改定するよう提言するべきであろう.  なお本稿における議論は,2006 年版の国際植物命 名規約(ウィーン規約)に基づいている.国際植物命 名規約は 6 年に一度改正されており,次回の改正は 2011 年の国際植物学会議(メルボルン)にて採決さ れる予定である.既にメルボルン会議に向けて規約の 改正案が国際植物分類学連合の機関誌である Taxon 誌上に掲載されているが,2010 年 8 月号までに掲載 された提案を見る限り,微細藻類のタイプ指定につい ての抜本的な変更を促す提案はないように見受けられ る. 謝 辞  本稿をまとめるにあたり,野崎久義博士(東京大学) および永益英敏博士(京都大学)から有益なご助言を いただきました.ここに感謝の意を表します. 文 献

Coleman, A.W. 1975. Long-term maintenance of fer-tile algal clones: experience with Pandorina (Chlorophyceae). J. Phycol. 11: 282-286.

Day, J.G., Pröschold, T., Friedl, T., Lorenz, M. & Silva, P.C. 2010. Conservation of microalgal type material: approaches needed for 21st century sci-ence. Taxon 59: 3-6.

Greuter, W., Barrie, F.R., Burdet, H.M., Chaloner,

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Greuter, W., McNeill, J., Barrie, R., Burdet, H.-M., Demoulin, V., Filguerias, T.S., Nicolson, D.H., Silva, P.C., Skog, E., Trehane, P., Turland, N.J., Hawksworth, D.L. 2000. International Code of Botanical Nomenclature (Saint Louis Code) adopt-ed by the Sixteenth International Botanical Congress St. Louis, Missouri, July-August 1999, Koeltz Scientific Books, Königstein.

McNeill, J., Barrie, F.R., Burdet, H.M., Demoulin, V., Hawksworth, D.L., Marhold, K., Nicolson, D.H., Prado, J., Silva, P.C., Skog, J.E., Wiersema, J.H., Turland, N.J. 2006. International Code of Botanical Nomenclature (Vienna Code) adopted by the Seventeenth International Botanical Congress Vienna, Austria, July 2005, A.R.G. Gantner Verlag KG, Ruggell.

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2010 年 12 月 3 日

メーリングリストと不定期の会合を通じて動物・植物・原核生物の学名・命名規約に関

する疑問,意見を議論します。皆様の参加をお待ちしております。

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・初学者が命名規約の専門家に質問できる場を作ること

・専門家同士で命名規約の解釈や改訂案を議論する場を作ること

��

・メーリングリスト(

GAKUMEI)と不定期の会合の 2 本立

・メンバーはメーリングリストの参加者で,学生,アマチュア,研究者など無制限

・メーリングリスト(

GAKUMEI)

Google グループを利用(gakumei@googlegroups.com)

・当面はメンバー間でのみ内容を公開(過去ログ含む)

(グループページを見るには

Google アカウントが必要です)

・ニックネームの使用は可(ただし管理人には実名を公開)

・議題は自由。主な議題は

1.学名・命名規約に関する質問

2.ラテン語に関する質問

3.命名規約の解釈や改正案を巡る提言・議論

4.不定期会合の開催提案・計画

・不定期会合(今のところ具体的な計画はありません)

����

Google グループ(生物学名勉強会:https://groups.google.com/group/gakumei)から登録す

るか,マネージャ宛にメールでお申し込みください。詳細は下記サイトから。

生物学名勉強会(

Google サイト)

https://sites.google.com/site/gakumeikai/

��

・命名規約にまつわる公開

Q&A の作成

・命名規約改正への提言

マネージャ

仲田崇志(慶應義塾大学):

naktak@ttck.keio.ac.jp

大田修平(

University of Oslo):ohtashuhei@gmail.com

(9)

2010 年 12 月 3 日

メーリングリストと不定期の会合を通じて動物・植物・原核生物の学名・命名規約に関

する疑問,意見を議論します。皆様の参加をお待ちしております。

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・初学者が命名規約の専門家に質問できる場を作ること

・専門家同士で命名規約の解釈や改訂案を議論する場を作ること

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・メーリングリスト(

GAKUMEI)と不定期の会合の 2 本立

・メンバーはメーリングリストの参加者で,学生,アマチュア,研究者など無制限

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GAKUMEI)

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・当面はメンバー間でのみ内容を公開(過去ログ含む)

(グループページを見るには

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・ニックネームの使用は可(ただし管理人には実名を公開)

・議題は自由。主な議題は

1.学名・命名規約に関する質問

2.ラテン語に関する質問

3.命名規約の解釈や改正案を巡る提言・議論

4.不定期会合の開催提案・計画

・不定期会合(今のところ具体的な計画はありません)

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・命名規約にまつわる公開

Q&A の作成

・命名規約改正への提言

マネージャ

仲田崇志(慶應義塾大学):

naktak@ttck.keio.ac.jp

大田修平(

University of Oslo):ohtashuhei@gmail.com

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