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六間道路と交通まちづくりに関する研究

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Academic year: 2022

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(1)六間道路と交通まちづくりに関する研究 秋葉 1非会員. 大輝1・久保田. 尚2. 三井住商建材株式会社(〒104-8546 東京都中央区晴海1丁目8番8号 晴海トリトンスクエア オ フィスタワーW 12F) E-mail:[email protected]. 2正会員. 工博. 埼玉大学大学院理工学研究科(〒338-0825 埼玉県さいたま市桜区下大久保255) E-mail:[email protected]. 我が国の観光地の多くが,市街地に残る歴史的資産を基盤においている.このような観光地 では,歴史的資産を後世に残しつつ,現代の交通量に応えるという相反する目的を同時に達成 することが求められる.その典型的な例が六間道路(幅員が約10.9mの道路)の問題である.六 間という幅の性質上,六間道路での交通まちづくりには選択肢が多い.本研究ではケーススタ ディとして埼玉県川越市と桶川市を中心に取り上げ,全国の六間道路での交通まちづくりの動 向を調査した. 調査結果として,六間道路での交通まちづくりを「歴史的資産の保護」と「道路の拡幅」の 二つの視点からいくつかのパターンに分類した.六間道路問題の改善案の選択肢は,地域に よっても様々であることがわかった. Key Words : rokkenndoro, machizukuri, city planning road, historic property , workshop. 1.研究の背景と目的 我が国の観光地の多くが,市街地に残る歴史的資産を 基盤においている.このような観光地では,歴史的資産 を後世に残しつつ,現代の交通量に応えるという相反す る目的を同時に達成することが求められる. 典型的な例が六間道路の問題である.六間道路とは主 に,江戸時代の街道等の名残である幅員が六間(約 10.9m)の道路(江戸時代では街道レベルの主要な道1)、 明治時代以降では2等国道や道路構造令として定められ た補助幹線道路として位置づけされていた2))であり, 全国各地にみられる.また,現代においても当時のまま の幹線機能を引き継いでいる.江戸時代と現代の「幹線 道路」には自動車の存在という決定的な違いがあり,こ のことから各地で大きな摩擦を生じることがある.また 現代の道路構造の観点からは,11m幅員というのは“微 妙な幅”であり,歩道を設置しているところもあれば単 断面のままとなっているところもある.とりわけ,六間 道路の沿道に歴史的建造物等が保全されそれを資源とす る観光を促進しようとする場合,拡幅という選択肢を採 るのか,都市計画を見直して歴史的建造物の保全を目指 すのかという選択肢を迫られることになる.そこで本研 究では全国の六間道路の動向を調査することと,そのう. えでケーススタディである桶川市旧中山道の動向を示唆 することを目的とする.. 2.六間道路での交通まちづくりについて 全国の六間道路事例を調査するために,インターネッ トでの検索に加え道路管理自治体等へのヒアリングを 行った.その結果をまとめたものが表1である. 表1 道路の種 位置づけ 別 福島県 会津若松市 国道. D. ○. 街道・城下町. B. ○. 街道・城下町. E. △. 近代(街道・城下町 時代よりは新しい). 生活道路. D. ◎. 街道・城下町. 幹線道路. B. △. 街道・城下町. 県道. 幹線道路. B. △. 近代(街道・城下町 時代よりは新しい). 県道. 幹線道路. C. ◎. 街道・城下町. 新潟県 村上市. 県道. 新潟県 糸魚川市. 県道. 富山県 高岡市. 市道. 長野県 安曇野市. 国道. 愛知県 犬山市 埼玉県 川越市. 幹線道路. 都市計画 沿道の歴 道路が出来たと思 道路決定 史的資産 われる時代 ※1 の価値※2. 生活道路(かつ ては幹線道路) 生活道路(かつ ては幹線道路). 表1を見ると,現在の道路の位置づけや都市計画道路 埼玉県 桶川市 県道 幹線道路 B ○ 街道・城下町 決定の有無,沿線の歴史的価値等,各道路によって様々 であることがわかる.つまり六間道路での交通まちづく りには選択肢が多いと言える.図1において六間道路の 交通まちづくりの分類をまとめた. 図1中「②歴史的建造物を活かす・幅員の拡幅しない」.

(2) には、次章でケーススタディとして取り上げる川越市一 番街や会津若松市七日町通りが分類される.会津若松市 七日町通りで は「七日町通りまちなみ協議会」という 任意団体が主体となり熱意をもって取り組み,歩道など の 整 備 を せ ずと も 寂 れた通 り を 復 活 させ た 3 ) .. で施策が本格的に実施されれば全国の六間道路問題を抱 えている地域に,一つの大きな選択肢を与えることにな るのは間違いないであろう. 「一番街(札の辻交差点から仲町交差点の間)を終日北から南への一方通行と し、これに加えて春季及び秋季における一定の日曜・祝日の日中を歩行者天国 にする」 ただし、この提言を受けて市が交通規制の実施を判断する際には、議論の過 程で賛否両論あった事を尊重するよう求める。. 図2 委員会の提言の一部. 4.ケーススタディ ―桶川市旧中山道―. 図 1 六間道路の交通まちづくりの分類. また,「①~④歴史を活かすか活かさないか・幅員の 拡幅をするかしないか」の可能性があり,まだまちづく りの方針が決定していない事例という位置づけで,次々 章で取り上げる桶川市旧中山道が分類できる.他にもま ちづくりの方針が決定していない例に,村上市大町小町 通りがある.村上市大町小町通りでは,一度「歩道のみ の拡幅」で合意したものの未だに地域内で意見が分かれ ている.一度合意に至った過程には,「歴史的資源を活 かしたまちづくり」という目標都市像の原型に共通認識 得られたことがあげられる.しかしもっと早い段階で目 標都市像を共有することが重要であった4).. 桶川市旧中山道はかつての中山道の宿場町としての歴 史的面影を今でも残しているが,1日中自動車の通行量 が多く,都市計画道路にも決定されている幹線道路であ る.さらに商店街の基盤整備,特に歩道の整備が全く行 われていないため,歩行者の安心・安全面で支障をきた している.また他の多くの商店街同様,客を郊外の大型 店に取られている状況であり,通りは寂しい.しかし旧 中山道には国登録有形文化財をはじめ,歴史的資産が点 在している.「再び通りが人で賑わうためにどんなまち づくりができるか」.そこで財政的な面もあり都市計画 道路の計画見直しも視野に,地域住民や商店会などを巻 き込んでのワークショップが開催されるに至った.ワー クショップは平成22年12月から平成23年3月までに計6回 開催され,平成23年度以降も引き続き続き行われる予定 である(図3). 2010 年 12 月. 第1回. 2011 年 1月. 第2回. まち歩き・課題の発見. 2月. 第3回. アイディアリストづくり①. 中山道の歴史・現状・未来像を語る. アイディアリストの例. 2月. 第4回. 3.ケーススタディ ―川越市一番街― 3月. 六間道路問題の典型的例とも言える川越市一番街は,. 3月. 第5回. 第6回. アイディアリストづくり②. まとめ・コンセプトづくり. 「重要伝統的建造物群保存地区」と「幹線道路」の二面 性を持つ.かつては都市計画道路に指定されており,計. 2011 年度以降. 第7回. 合意形成・対策案の決定. ソフト. ハード. - -. - -. れを生み出す) - -. - -. つなぐ(客の流. 蕨市(旧蕨宿)見学. …. …. 商業を強くす. - -. - - - -. る. - - …. …. 住まいやすく. - -. - -. する. - -. - -. …. …. ※複数回. ↓. 画線通りに拡幅してしまうと歴史的建造物が破壊するこ. 対策の実施. とは明らかであったため,拡幅整備をどうするのかが重 要な課題であった.結局平成11年に都市計画の縮小が決 定され,地権者の理解が得られる範囲で路側帯を2mに拡. 第8回. 対策実施後の変化や課題の確認. 図 3 中山道再生に向けたワークショップのスケジュール. 幅することで落ち着いた.しかし都市計画見直し後も増 え続ける観光客の安全確保や歴史的建造物の保護といっ た問題を抱えており,対策案についてアンケート調査や 社会実験などを行い,川越市北部中心市街地交通円滑化 方策検討委員会(以下委員会)を中心に交通施策が検討 された5).委員会では交通施策実施反対派が意見を強く 主張し,その度に慎重な議論が繰り返されてきたが,最 終的に一つの提言がまとまった(図2).川越市一番街. ワークショップでは,歩道の整備や景観保全から町お こし等まで、ハード面ソフト面に拘わらず多くの意見が 出された.また視察を行った蕨市中山道にならい,まち づくり協議会を立ち上げるべきだという意見も多く出さ れた.そして基本理念として「住みよく,多くの人が訪 れる街にしたい」という共通認識が得られた. 第2回のワークショップの際,参加者にアンケート調.

(3) 査を行った.アンケート結果より,課題として「道路環 境の整備」と「歴史的資産を活かしたまちづくり」は共 に高い関心を得ており.特に「道路環境の整備」に高い 関心があることがわかった(図4).しかしその内容は 歩道に関することがほとんどで,拡幅を強く主張する方 は少ないため,これだけ見ると歴史的資産を活かしたま ちづくりを目指すことになってもあまり対立はないよう に思える.また,今後力を入れるべきことに関しては意 識にばらつきが見られるため(図5),「住みよく,多 くの人が訪れる街にしたい」という基本理念を土台に, 村上市の例により,共通認識としての「目標都市像」を 早期に掲げることが大切である.また,会津若松市の例 に代表されるように今後,より多くの人々が「係わって いきたい」側になることが,まちづくりを行っていくう えで大事なポイントになってくるであろう(図6). 歴史的建造物が今もなお残る中山道ですが、 今後もこういった歴史的資産を活かした まちづくりをしていくのがよいと思いますか (n=14). 現状の道路環境で、 不便に思ったり不満に感じることなどは ありますか(n=14). たまに ある 21%. 非常に そう思う 50%. そう思う 50%. 非常に ある 79%. 図 4 地域の道路環境への不満(左)と歴史的資産を活かした まちづくりへの関心(右). 5.本研究のまとめ 六間道路の「歴史的資産の保護」と「道路の拡幅」と いう二面性から生じる問題点への改善案の選択肢は,地 域によっても様々であることがわかった.典型的な六間 道路問題の事例である川越市一番街では,「歩行者の安 全・歴史的建造物の保護」を目的に幹線道路の一方通行 化に乗り出そうとしている.また桶川市も,目標都市像 の共有をしたうえで住民が熱意をもって主体的に取り組 むことで,桶川市旧中山道に合った良いまちづくりの選 択ができることであろう.. 付録 ※1,都市計画道決定の有無.A:決定されている,B: 決定されているが進んでいない,C:決定されていたけ れども見直された,D:(歴史的資産保全の意味合いも あり)決定されていない,E:決定されていない ※2 ,歴史的価値の評価.◎:非常に高い(重伝統的 建造物群保存地区の指定がされている),○:高い(◎ まではいかないが歴史的価値があると認められているも のが存在する),△:低いもしくは歴史的資産そのもの があまりない 参考文献 1) 2). 中山道の周辺地域は今後何に力を入れるべきだと思いますか 0. 2. 4. A: 交通対策 (n=14). 8. 8. 10. 3. 12. 14. 2. 3). 1 1位. B: 歴史的資産の保全 (n=14). 2. 6. 4. 2. 2位. 3. 3. 4. 4. 4位 5位. D: 地域住民の生活 ( n=14). 5. 4. 2. 2. 1. ※その他は「歩道の整備」. 1. 5). 図 5 旧中山道の周辺地域におけて今後注力すべき事項 あなた自身、ワークショップをはじめとした「中山道の再生」活動に 主体的に係わっていきたいと思いますか(n=14) どちらともいえな い. 積極的に係わっ ていきたい. 14%. 36%. まだわからない. 21%. 4). 3位. C: 観光 ( n=14). E: その他 ( n=1). 6. 係わっていきた い. 29%. 図 6 「中山道の再生」活動に対する地域の意識. 武部健一:道Ⅱ,法政大学出版局,2003. 道路交通問題研究会:道路交通政策市概観 論述編, 2002 年. 参加型まちづくり事例集(http://www.jcadr.or.jp/ sankagata_jirei/index.htm). 梅宮路子・佐野育美・岡崎篤行:住民意見と集団の 変容に着目した歴史的市街地における目標都市像の 合意形成過程 -新潟県村上市における都市計画道路 の見直しを事例として-,日本都市計画学会 都市 計画論文集 No,42-3 pp.337-342,2007 年 10 月. 室井佑介、小嶋文、札本太一、久保田尚:都市型観 光地における交通まちづくりの受容性に関する研究、 土木計画学研究発表会、2010 (????受付).

(4) STUDY ON MACHIZUKURI OF ROKKENDORO Hiroki AKIBA and Hisashi KUBOTA Machizukuri means community-based town planning. Rokkendoro means the road of about 10.9m in width. It is a historical road that remains from Edo period and it has the dual nature "Protection of the historic property " and "Widen the road" because it is a trunk road at the present age. Then, it aims to investigate the trend of Rokkendoro in the whole country in the present study, and to suggest the trend of Okegawa City old Nakasendo that is the case study on that. The problem is caused from the dual nature of Rokkendoro. It has been understood that choices of the improvement idea are various according to the region. It aims at the city that makes the best use of the historic property on Kawagoe City Ichibangai. Then, it is assumed the way including making of the trunk road one-way. The purpose is Protection of pedestrian's safety and historic property. Okegawa City old Nakasendo also has the historic property in the trunk road, through the Workshop, the directionality of city is decided contemplating the reexamination of the city planning road. At that time, the good city planning suitable for Okegawa City old Nakasendo can be selected if the resident has zeal after sharing the target city image..

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