特 集
まちに吹く新しい風
K A N O Y A C I T Y P U B L I C R E L A T I O N S
May
2016
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No
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鹿屋の地で育まれた
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大人の
森 森 田田 安安 志志 さんさん 株式会社鹿鳥食品株式会社鹿鳥食品 常務取締役製造部長常務取締役製造部長 商品が全国各地で販売されてい ます 。﹃ ロールかつ ﹄ は鶏肉の中 にチーズや梅、明太子など何で も巻くことが可能で、当社独自 の技術。取引業者の個別の注文 に応じて製造しています。 衛生面は特に徹底していて 、 生肉を扱う人と加熱済みの物を 扱う人の手袋を色分けして、生 肉を触った人が加熱済みの物を 触らないようにしています。ま た、全商品に対し細菌検査と官 能検査を行っています。官能検 査とは、前回作った物と、食感 や味が同じかどうか 、 一つひと つ五感を使って検査するもの 。 これは取引先の信頼を得る上で 大切なことです。 会社全体での年間売上高は 21億円で 、従業員は 1 8 0 人 。 年に 5 人程度を採用していま す。今後工場を広げる計画があ り、その際は社員の募集も行う 予定です。 平成 23年 4 月には 、 工場敷地 内に直 売 所 k ケ ン ト マ マ ン entmaman を オ ー プンし、地元の皆さんにも商品 をお買い求めいただけるように なりました。現在、直売所と鹿 屋市が連携し、鹿屋産の食材を 使った商品の開発 ・ 販売を進め ています。 当社のキャッチフレーズは ﹃ おむすびころりん 幸せころり ん ﹄。こ の 言 葉 に は 、 おにぎり を子どもに握る気持ちで商品を 製造する、という意味が込めら れています。今後もこの気持ち を大切にする企業でありたいと 思っています﹂ 業務用の惣 そうざい 菜食品を製造する 株式会社鹿鳥食品は、昭和 62年 9 月に札元 1 丁目で操業。平成 17年 1 月、内発型誘致企業第 1 号として、市と立地協定を締結 し、翌年 4 月に新設したのが田 崎工場です。今回は常務取締役 製造部長の森田安志さんに案内 いただきました。 ﹁ 田崎工場は加熱商品のニー ズの高まりに対応する形で新設 された工場です 。主力商品の ﹃ロールかつ﹄ は、国内でも有数 の製造量を誇っており、当社の株式会社株式会社
鹿鹿
か と り か と り鳥鳥
食品食品
田崎工場田崎工場
田崎町725-3 ☎0994-40-1506 04 特集まちに吹く新しい風
102,585人 48,937人 53,648人 44,622世帯 448.33㎢ 平成28年4月1日現在(前月比) ・人口/ ・男性/ ・女性/ ・世帯/ ・面積/ ロイヤル・ジュビリー 濃厚なフルーツ系の香りが特徴の典型的 なイングリッシュローズ。深めの聖杯型 でとても美しい大輪の花を咲かせるた め、お祝い事にぴったりのバラです。特別割引券
割引 券を お持 ちの 人は30 0円 (60歳以上 を除 く、高校生以下 は200 円) を割引 しま す。 鹿屋市ホームページ http://www.e-kanoya.net/ 鹿屋市公式 facebook https://www.facebook.com/ Kanoya.City 鹿屋市ラジオ広報番組 FMかのや(77.2MHz) (月∼金曜日、8:05∼と16:05∼)映
画
情
報
ドラえもん 新・のび太の日本誕生
◎上映時間
(104分) ①10時∼ ②13時∼ ③16時∼ ④19時∼◎鑑賞料
一般/ 1,800円 大学生/ 1,500円 高校生以下/ 1,000円 60歳以上/ 1,000円 ※上映期間・上映時間・鑑賞料金は変更する場合があります。 リナシティかのや ☎0994-35-1001 03 大人の社会見学株式会社 鹿鳥食品 田崎工場
目次
K A N O Y A C I T Y P U B L I C R E L A T I O N S ひと・まち・産業が躍動する「健康・交流都市 かのや」 c o n t e n t s5
No.249 May 2016 鹿屋市広報 統計情報 市の花 ばら 「決心したぞ!僕は家出する!! 」 家でも学校でも叱られてばかりの「のび 太」は、それならばと史上最大の家出へ と出発する。7万年前の日本を舞台に大 冒険が始まる。13
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※特別割引券は、1 枚に付きお一人限りです。 また他の割引券との併用はできません。 (−1,103) ( − 641) ( − 462) ( − 240) 10 街フォトスクラップ 24 Health Care まちの保健室 20 情報掲示板 市民のひろば 25 26 マチロク、 地域おこし協力隊かのや活動レポート 明日への扉松永 太郎
さん 27 18 市内の戦争遺跡を訪ねてみませんか 16 新たな「地域おこし協力隊員」が着任! 14 「平成28年熊本地震」被災地支援へ 19 歩行者の安全を守る ゾーン30玉泉寺公園のハナショウブ
吾平町上名の玉泉寺公園では、毎年5 月下旬ごろにハナショウブが見頃を迎え ます。よくアヤメやカキツバタと混同さ れますが、葉の形が違うことや、ハナショ ウブのみ花弁の脇に黄色い模様がある ことで見分けることができます。 今月のカバー ドラ えもん 新・のび 太の 誕生ほぼ同じ位置から撮影した現在の様子 長い 列 を 作 る 車 に、 お し ゃ れ を し て ア ー ケ ー ドを歩 く 人 々 ⋮ 。こ の 写 真は今 から 50年前 の 昭 和 41 年に、桜デパート︵現まちなか パーク︶前の歩道から旧市役所 ︵現イベント広場︶方面を撮影 したものです。 当時の本町や北田町、大手町 の商店街一帯︵中心市街地︶ は、市内をはじめ、大隅各地か ら大勢の人が集まり活気に満ち 溢 れていました。当時を知る人 たちが﹁良い服を着てデパート に行くことが一番の楽しみだっ た﹂、﹁人が多すぎて肩がぶつ かることも珍しくなかった﹂と 語る様子からも、商店街が華や かで、 まさにまちの中心と呼ぶ にふさわしい場所 であったこと を伺い知ることができます。 昭和 47年には北田交差点が県 内初のスクランブル式の交差点 になるなど、にぎわいを見せて いた 中心市街地 でしたが、近年 では郊外型の大型店舗の増加な どにより、人と車の流れが変わ り、次第に空き店舗が目立つよ うになっていきました。
もう一度にぎわうまちに
このような中、平成 23年、商 店街にもう一度にぎわいをと願 う若者たちが集まり、北田商店 街周辺で ﹁鹿屋バラ色商店街 フェスティバル﹂が開催されま した。このイベントは商店街の 空き店舗を活用して行われたフ リーマーケットで、大隅では珍 しい雑貨や食品などを販売する お店が全国から集結。若者や家 族連れを中心に 1 万人以上が訪 れ、大変にぎわいました。 このイベントをきっかけに 、 まちづくりに関する新たな取り 組みが加速することになりま す。平成 25年、同じく空き店舗 が目立っていた京町で一夜限り の屋台村﹁ぶらり京町横丁﹂を 初開催。また平成 27年には、大 隅の豊かな食材などを使った逸 品がそろう定期市﹁食と暮らし のマルクト @ おおすみ﹂が初開 催されるなど、今、少しずつま ちが変わろうとしています。 今号では、中心市街地を盛り 上げようと始まった、新たな取 り組みについて紹介します。まち
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心市街地の本町地区には 、 どこか懐かしい雰囲気の 看板や風情のあるお店が立ち並 ぶ、かつて京町と呼ばれていた エリアがあります。ここには昔 中央市場があり、 ﹁大隅の台所﹂ と呼ばれ、周辺の商店街と同じ く大変なにぎわいを見せていた そうです。 現在でも老舗の飲食店やス ナックなどが立ち並ぶエリアで すが、昔のような人通りはなく、 空き店舗が目立つように⋮。 そ ん な中、 平 成 25年に京 町 の に ぎ わ い を取り戻 す た め 始 ま っ た イ ベ ン ト が ﹁ ぶ ら り 京町横丁 ﹂ です 。こ れ は 京 町 を 一 夜 限 り の 屋 台村 に し て 、 風情 あ る 京町 の 魅 力を も っ と色ん な人 に 知 っ て もら おう と い う思 い か ら 始 ま っ た も の で す 。 毎年 、 大 勢 の 来場者 が 訪商
店街に再び活気を!と願 う若者たちが集まり、空 き店舗を活用して平成 23年に初 めて開催された﹁鹿屋バラ色商 店街フェスティバル﹂。このイ ベントの仕掛け人で実行委員長 を務めた川畠康文さんは当時の ことをこう振り返ります。 ﹁たぶん僕らが中心市街地の にぎわいを体験している最後の 世代だと思います。商店街の空 き店舗でこのイベントを開催し たのも、商店街のシャッターが 開き、人と笑顔が溢 れる光景を もう一度見てみたいという思い からでした﹂ そ の 後 、 こ の イ ベ ン ト は ﹁ B ARAIRO フ ェ ス テ ィ バ ル ﹂ と 名 前を変 え 、 年 1回ず つ 開 催 し て い ました が 、 平 成 27年 3月に行 わ れた 第 5回 目 で 幕を下ろ し ま す 。 毎年多くの来場者が訪れるな ど、一見成功しているように見 えたイベントを終わらせたの は、意外な理由からでした。 ﹁イベント自体は 1日に 1万 人以上が集まるなど、成功と呼 べるものであったと思います。 しかし、年 1回のイベントはあ くまで非日常。このイベントの 趣旨であった、まちの未来を考 えるきっかけをつくり、人と人 をつなげ、前向きな力を促進さ せるという役割は果たせたと思 い、次の仕掛け作りのため、終 了することにしました﹂ そ し て次 な る 仕 掛 けと し て 平 成 27年 9月に始 ま っ た の が ﹁ 食 と 暮ら し の マ ル ク ト @お お す み ﹂で し た 。 川 畠 さ ん はこのイ ベ ン ト を 通し て 鹿 屋を も っ と魅 力 的 な ま ち に し た い と語り ます 。 ﹁こ の﹃ 食 と 暮 ら し の マル ク ト @ お お す み ﹄ は 大 隅 の 豊か な食 珍しい商品を見つけに商店街に多くの人が 訪れた「BARAIRO フェスティバル」 材や原 料など を使 っ て 作 ら れ た 逸 品 が そ ろう月 1回 の 定期市 で す 。 大 隅 の 魅 力を生か し た マ ー ケ ッ ト を 行 う こ と で 、 ま ち の 新 陳 代 謝を促し 、 地 域 の 活 性 化 に つ な げた い と 考 え て い ま す 。 まち の 魅 力 は ﹃歴 史﹄ と ﹃ 思 い を 持 つ 人 たち ﹄で す 。 今後 は 、こ の まち が 元 々 持 っ て い る 力を引 き 出 し つ つ 、 フ ァ ン を つ くるた め の ビ ジ ョ ン 作 り が 重要だ と 思 い ま す。 この ビ ジ ョ ン を 通 し て 、 面 白 い 場 所 に 面 白 い お 店や人が 集 ま る ⋮ 。 多 く の人 た ち が こ の場 所 に 関 わりた く な るよ う な 、そ んな ま ち に な る と嬉し い で す ね ﹂ 川畠 康文 さん(39 歳) 「 食 と 暮 ら し の マ ル ク ト @おおすみ」実行委員長「食と暮らしのマルクト
@おおすみ」
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れ る など 、 京 町 の フ ァ ン を増やす 原動力 と な っ て い ま す 。 そ し て今 年 、 京 町に新 た な お 店 がオー プ ン しました 。 き っ か け は昨 年 1月に市 が 主 催 し て行 っ た リ ノ ベ ーシ ョ ン ス ク ー ル でし た 。 リ ノ ベ ー シ ョ ン ス クー ルと は 、 空 き家や空 き店 舗など の 遊 休 不 動 産 の活 用 ︵ リノ ベ ー シ ョ ン ︶ を 通 じ た 都市再生 の 手 法 を 学 び 、 実際 に ま ち に 出 て 体験す る 短 期 集中講座 の こ と で す 。 参加者 は 中 心市街地 に 実在す る 物 件 を 対 象 に、 グ ル ー プ ご と に3 日 間 で 活 用 方 法 のプラン を 出 し ま す 。 この 中 で 提 案 さ れ た プ ラ ン の 一 つ が ﹁ 夜の 町であ る 京 町 を 、 昼 も人 で に ぎ わ う 場 所 に ﹂ と い う も の で し た 。 具体的 に は 京町 の 空 き店 舗 に 飲 食 店など を出 店さ せ 、 レトロな雰囲気の中でにぎわう「ぶらり京町横丁」「
食
と
暮
らしのマルクト」
@おおすみ
まだ地元ではあまり知られていない逸品など が並ぶ「食と暮らしのマルクト@おおすみ」 今 ま で 少 な か っ た 昼 の 交流人 口 を増や そ う と い うも の で す 。 プ ラ ン は一年以上 か け て 着 々 と実 行さ れ 、 今 年 3月 、 プラン 1 号 店 とな る パ ン 屋 ﹁畑 パン ﹂ が 空 き店 舗 だ っ た 場 所 に オ ープ ン 。 さ ら に 4 月 末に は、 パ ン 屋 の 隣に プラン 2号店 と し て 食 堂 が プ レ オ ー プ ン す る な ど 、 今 、 京 町 に 新 たな 変 化 が起 こ り 始 め て い ま す 。 ま た 今年 は 京町以外 に も 、 ま ちの 活 性 化 の た め の プ ロジ ェ ク ト が 始 動し て い ます 。 次 ペ ー ジ で は 、 女性 が 企 画 ・ 運営 し 、 商店街 の 活性化 に つ な げ て い く こ と を 目的とした市民協働ショップ ﹁ K IT AD A S ARUGGA ﹂につい て紹介します。 昼間の京町通り 京町「畑パン」オーナー 酒井 光昌 さん(41 歳) 市内の高校を卒業後、東京の 運送会社で働いていました。会 社を辞めて帰郷後は、実家の農 業を手伝いつつ、イベント広場 で行われている土曜朝市で、自 分で育てた小麦で作ったパンや 野菜を売っていました。 あ る 日 の 土 曜 朝 市 で 販 売 を 行 っ て い た と ころ、 見 知 ら ぬ 人 た ちか ら ﹁ 京 町 で パ ン 屋 さんをし て みま せんか ﹂ と 声 をかけ られ まし た。 最 初 は だ ま さ れ て い る の で は な い か と 疑 い ま し た が 、 よく よく 聞 い て み る と 、 ま ち の 活性化 の た めの 真 剣 な プ ロ ジ ェ ク ト で あ る と 聞き ﹁ こ れ は チ ャ ン ス だ ﹂ と 思 い 引 き 受 け る こ と に しました 。 私が小さい頃は商店街もにぎ やかで、人通りも多かったので すが、今は空き店舗が増えて寂 しい限りです。 このお店をきっかけに周りに もお店が増えて、京町が昼間も にぎわうようなまちになれば良 いですね。実際、すでに変化が 起きていて、このお店ができる 前はあまりいなかった親子連れ などの姿を見かけることが多く なりました。今後どのようにま ちが変化していくのかとても楽 しみにしています。 ︿畑 パ ン ﹀ 営業時間/ 8時 ∼ 18時、 定休日/ 原則毎週水曜日及び毎 月第 4 日曜日ښ
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おしゃれな店内には鹿屋産小麦と天然 酵母を使ったパンの良い匂いが漂うまちに
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日時/毎月第4日曜日 10:00 ∼16:00 場所/リナシティかのや周辺 ※ 天候などにより日程や場所が変更又は中 止されることがあります。最新情報はマ ルクトホームページをご覧ください。 http://ohsumiyamori.com/markt/ ԉҨѰҞе͈ΰϱ ҷԒԳԘԳј ͈ΰϱ ֩ጬ Ἠڶિ᰾ᤏ ćĎĔ čăċ Ďē 京町 ጞҽԣ גጓаԳўԳҥK
ITADA
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ARUGGA
今年1月、北田大手町商店街の「シューズセンターにっしん」跡地に、市民協働ショップ 「KITADA SARUGGA」がオープンしました。 「さるっが」とは鹿児島弁で「歩こう」を意味する言葉で、「商店街を元気にして、商店街にも う一度にぎわいを取り戻したい」という願いが込められています。 店内ではおしゃれな雑貨や新鮮な野菜、こだわりのパンなどを販売しているほか、そば粉を使っ たクレープ「ガレット」を味わうことができます。カフェスペース
スタッフ 井上さん オレンジリキュールが特徴の 「大人のシュークリーム」260 円F
フ ォ レ ス トOREST L
ラ ン プAMP
そば粉や無農薬野菜を使ったクレープ「ガ レット」を提供するカフェで、材料は全て地 元産にこだわっています。 また新鮮なフルーツを使用したフレッシュ ジュースや身体に優しいグリーンスムージー もおすすめです。新鮮野菜・こだわりパン
高隈産の無農薬野菜、材料や安心安全にこ だわったパンなどのコーナー。人気のもの は午前中で売り切れることも! ガレット 650 円∼ フルーツやクリームなどが乗った ガレットデザートも女性に人気 ዊ᧻㘩ၴ ࡂࡠࡢࠢ ߆ߩ߿ ၔጊ ၔጊ㚢ゞ႐ Ń ࠽ࠪ࠹ࠖ ߆ߩ߿ ࠦࠦ㧋 店内で販売している「大人のシュークリー ム」やお茶、FOREST LAMPで販売してい るガレットなどを食べることができます。KITADA SARUGGA
鹿屋市北田町 8-9 0994-45-6168 11:00 ∼ 18:00 ラストオーダー 17:30 火曜日 城山公園駐車場ほか 所 営 ℡ 休 駐 最新情報をフェイスブックで更新しています。 「KITADA SARUGGA」で検索するかスマートフォンで 右の QR コードを読み込んでください。タニアさんセレクト
ドイツ製の食器や花瓶など、ここでしか買えない商品 を料理研究家「門倉多仁亜」さんがセレクト! 1970 年代に作られたドイツ製食器 ቄ▵ᗵࠍᄢಾߦߔࠆ࠲࠾ࠕߐࠎ߇ᚻ߇ߌߚ ࠺ࠖࠬࡊ߽ࠗ߅ᭉߒߺߊߛߐۭᣨߩ⚛ ᧚ࠍߞߚᚻࠅࠫࡖࡓ߽ੱ᳇ߢߔ㧋 スタッフ 福滿さんハンドメイド雑貨
市内外のハンドメイド作家が製作した、手作りな らではの温もりが感じられる商品が並ぶコーナー 鮮やかな色彩のポーランド製食器サルッガセレクト
熊本県の阿蘇にあるポーランド製食器店から取り寄せた一点もの の食器や素材や製法にこだわったチョコレートなど、全国から選 び抜いた逸品が並びます。 石けんで作られた花 「ソープフラワー」 スタッフ 山之内さん 㣮ఽፉߢߪߥ߆ߥ߆ᚻߦࠄ ߥຠ߫߆ࠅߥߩߢࡊ ࡦ࠻ߥߤߦ༑߫ࠇߡ߹ߔۭ 女性が学びたくなる講座を たくさん開催しています! ぜひご参加ください。 5/22(日)アクセサリー作り 5/26(木)メイクレッスン 5/28(土)ハーブオイル作り 5/29(日)せっけん作り ※ 前日までに申込が必要です。最新の情報はフェ イスブックをご覧ください。 門倉 多仁亜 さん 1966 年、日本人の父とドイツ人の 母の間に神戸市で生まれる。料理 とお菓子作りをイギリスで学び、現 在東京と鹿屋を拠点にドイツ式ラ イフスタイルを紹介するなど、テ レビや雑誌などで活躍中。 ワークショップに参加した 今村 美星子さん(右)、 宮田 美里さん(左) ˌЭƔǒǢǯǻǵȪȸ˺ǓƴᐻԛƕƋǓLJƠƨƕŴ ʻLJưƜƏƍƏᜒࡈƕƔƬƨƱ࣬ƏƷưӋьư ƖƯᑣƔƬƨưƢŵ ᩊƠƍ˺ಅNjƋǓLJƠ ƨƕŴಏƠƘƯƋƬƱ ƍƏ᧓ưƠƨŵLJƨਪ ƠƯLjƨƍưƢƶŵ ቄ▵ᗵࠍᄢಾߦ ࠺ࠖࠬࡊ߽ࠗ ᧚ࠍߞߚᚻ ήᢱߢή✢.#0ࠍ↪ߢ߈ࠆߩߢޔࡄ࠰ࠦࡦ ߿࠲ࡉ࠶࠻ࠍᜬߜㄟࠎߢޔᬺࠍߒߥ߇ ࠄ߅⨥ࠍᭉߒߎߣ߽ߢ߈߹ߔࠃޕワークショップを開催しています
ワークショップを開催しています
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4月 18日、 大隅 4 市 5 町 で 構成する ﹁大隅半島 4 市 5 町 復興支援チーム﹂ が発足し、 21日に市役所で共同会見及び 支援物資出発式が行われまし た。 4 市 5 町 の首長による共 同会見で、 今後の物資支援、 職員派遣の内容等に つ い て報 道陣に説明。 会見後は早速現 地情報収集員として 4 人が出 発しました。 今後、 4 市 5 町が協力し て 復興支援に当たります。熊本地震被災地へ職員派遣を開始
4月 12日、 市役所で ﹁災害 時の応急対策の協力に関する 協定﹂ の調印式が行われまし た。 これは市と県土地家屋調 査士会、 県公共嘱託登記土地 家屋調査士協会の 3 者 が、 災 害時に相互に協力して対応に 当たることを定めたもの。 災 害発生で建物の倒壊や土地境 界標が失われるなどした場合 に、 登記や境界に関する相談 所の開設、 境界の情報の収集 や復元などを行います。災害時の応急対策協定を締結
4月 14日∼ 16日、 関 西 地 区 に 140 店 舗 を 展 開 す る ス ー パー ﹁ 平 和堂 ﹂ で 、﹁ かのや豚 ばら丼 ﹂ の販売が行われまし た。 これは昨年開催された ﹁全 国丼グランプリ ﹂ で金賞を受 賞した ﹁ かのや豚ばら丼 ﹂ を 、 全 国 に 向 け て P R す る た め に行われたもので 、 県 外で販 売されるのは初めてのこと 。 販売は順調で 、 用 意した 3 , 000 食 は 、 ほ ぼ 完 売 と な り ました。﹁かのや豚ばら丼﹂を関西で販売
4月5 日 、 イ ベ ン ト 広 場 で ﹁ 鹿 屋体育大学新入生歓迎会 ﹂ が開催されました。 これは 、 地 域づくり交流事 業実行委員会が毎年行 っ て い るもので 、今 年で 20回目の恒 例行事。 当日は 、 かのやカンパチや 鹿児島黒牛 、 黒豚など地元の 食材を使 っ た 料理が振る舞わ れ、 参 加 し た 新 入 生 1 9 7 人 は、 鹿 屋 の 味 を 堪 能 し 、 今 後 の飛躍を誓いました。鹿屋体育大学での飛躍を誓う
4月 6日 、 鹿 屋 商 工 会 議 所 で ﹁ 中 小 企 業 合 同 入 社 式 ﹂ が 行われ 、 市 内 20事業所に新た に入社した 64人が出席しまし た。 新入社員を代表して 、 株 式 会社ミズホ商会の牛 うしわたりあきら 渡晃さん が、 社 会 の 一 員 と し て の 第 一 歩を踏み出す喜びを表明し 、 ﹁ い かなる困難にも打ち勝ち 、 持てる力を十分に発揮して 、 地 域 社 会 に 貢 献 し て い き た い﹂ と抱負を述べ ました。新社会人としての決意新たに
4月 21日、 鳴 之 尾 牧 場 で 春 の入牧が行われました。 これは 、 おおむね 6 か 月∼ 12か月の乳用子牛を酪農家か ら預かり放牧するもので 、 今 年は 46頭が入牧 。 雨 が降り 、 厚 い 霧 が 立 ち 込 め る 中 で し たが 、 子 牛たちは元気い っ ぱ いに草地を駆け回 っ て いまし た。 放 牧 期 間 は 1 年 ∼ 1 年 半 ほどで 、 そ の間受精を行い 、 分娩の2 か月∼3 か月前に酪 農家のもとに帰ります。元気な子牛が鳴之尾牧場に入牧
住み慣れた地域での生活をサポート
4 月 1 日 、﹁ 鹿屋市地域包括支 援センター ﹂ の開所式が行われ ました 。このセンターは 、 高 齢 者等が住み慣れた地域で 、 安 心 してその人らしい生活を送れる ように支援する総合相談機関。 複雑か つ増大する住民 ニ ー ズ に対応するため 、 市内に4 か所 あ っ た地域包括支援センターを 統合し 、 吾平町鉄道資料館跡地 に開所しました 。運営は鹿屋市 医師会が担い 、 関係機関が 一 丸 とな っ て 業務を行います。恒久平和を祈念し不戦の誓い
3月 30日 、 大隅肝属地区消 防組合で ﹁ は しご付き消防自 動車 ﹂ の 更新に伴うお披露目 式がありました。 この新しい ﹁ は しご付き消 防自動車 ﹂ は 、 こ れまで使用 していた車両に比べ 、 はしご の 高 さ が 5 メ ー ト ル 以 上 延 長。 ま た 、 は し ご の 先 端 が 屈 折する装置など最新鋭の装備 が備わ っ て おり 、 困難だ っ た 高層建築物における救助など での活躍が期待されます。はしご付き消防車を新しく配備
4 月 4 日 、 鹿屋警察署武道 館 で ﹁春 の 交 通安全 ・ 地域安全 運動出発式 ﹂ が 行 わ れ 、 警察 や交通安全協会 、 防犯協会等 約1 5 0 人が参 加 し ま し た。 あいにくの雨により屋内に 変更して開催された出発式で は、 安 全 安 心 な ま ち づ く り に 向けて 、 関係機関の重点取り 組みが発表されたほか 、 敬 心 保育園の園児 11人が 、 地 域 の 安全安心を祈願して空手演武 を披露しました。安全安心なまちづくりに向けて
4 月 2 日 、小塚公園慰霊塔前 広場で、 ﹁旧鹿屋航空基地特別攻 撃隊戦没者追悼式 ﹂ が行われま した。 式典では 、来賓による式辞の 後 、参列者による献花に続いて 遺書と平和へのメッセージを朗 読 。旧海軍鹿屋航空基地から出 撃した隊員 9 0 8 人の御 み た ま 霊を慰 めるために全国から集まった参 列者は 、特攻隊員への思いをは せながら 、不戦と恒久平和の誓 いを新たにしていました。産 業
地 域
式 典
4月 28日 、 か の や ば ら 園 で、 バラ育種家の河 か わ い た か し 合伸志氏 が所属する ﹁横浜イングリ ッ シ ュ ガーデン﹂ との ﹁友好協 定締結式﹂ が行われました。 この協定は、 かのやばら園の 全国 へ の 発信力と栽培技術の 向上を図るため結んだもの。 また、 この日は ﹁かのやば ら 祭 り 2 0 1 6 春 ﹂ オ ー プ ニ ン グセレモ ニーも行いまし た。 かのやばら祭りは 6 月 5 日まで開催しています。
横浜のバラ園と友好協定を結ぶ
4 月 8 日 、自転車競技でリ オデジャネイロオリンピック 出場を決めた塚越さくら選手 を祝う ﹁ 懸 垂式 ﹂ と ﹁ 電光掲示 板の点灯式 ﹂ が 市役所で行わ れ ま し た 。 塚 越 選 手 は 3 月 に 鹿 屋 体 育 大 学 大 学 院 を 卒 業し 、現在は鹿屋市に拠点を 置く自転車チーム ﹁ C シ エ ル IE L B ブ ル ー L E U 鹿屋﹂ に所属。塚越選 手は ﹁鹿屋の皆さんのおかげで 勝ち取れたオリンピックです 。 応援をよろしくお願いします ﹂ と話しました。自転車競技でオリンピック出場決定!
4 月 2日 、 リ ナ シ テ ィ かの や 周辺 で ﹁ 特攻隊員 を 偲 ぶ 市 民 の 集 い ﹂ ・ ﹁ 灯 ろ う 流 し ﹂ が 行 わ れ まし た 。 当日 は、 特 攻 隊 員 の 遺 書 の 朗 読が 行 わ れた 後 、 特攻隊員 と して 鹿 屋 か ら 出 撃 し 帰 還 し た 、 広島県在住 の 柳井和 よしおみ 臣さ ん ︵ 94 歳︶ が 当 時 の 思 い 出 を 披露。 その 後 、 肝 属 川 で 灯 ろ う 流 し が行われ 、 参 加 者 は特 攻 隊 の 部 隊名 が 書 か れ た 灯 ろ う の 光 を 眺め なが ら 、 特 攻 隊 員 を 偲 び 、 恒 久 平 和 を祈 っ て い ま した。灯ろう流しで特攻隊員を偲
しのぶ
3月 25日か ら 4 月 3 日 に か け て 、 串 良 平 和 公 園 で ﹁ 2016く し ら 桜 ま つ り ﹂ が 開 催 さ れ ま し た 。 4月 3 日 に は 、﹁ 第 31回く しら 桜 ま つ り ジ ョ ギ ン グ大 会 ﹂ を 開 催 。 4 コ ー ス に 9 4 5 人 が エ ン ト リ ー し 、 桜並木 の 下 で 健 脚 を 競 い ま し た 。 また 、 期 間中 は 夜 桜 の ラ イ ト ア ッ プ や歩行者 天 国 も 行 わ れ 、 市内外か ら多 く の 家族連れ な ど で にぎ わ い まし た 。2
016くしら桜まつり
4月 10日 、﹁ 山王どん ﹂ の愛称で親しまれてい る輝北町市成の日 ひ え だ 枝神社で ﹁ 輝北畜産まつり ﹂ が 開催されました。 当日は 、カラオケ歌謡ショーや舞台演芸が披 露されたほか 、毎年恒例となっている牛 ・ 馬 の 神様を祭る日枝神社ならではの ﹁ 血 統書付き黒 毛和牛の子牛﹂ が当たる抽選会も行われ、 当選者 が発表されると 、会場から大きな歓声があがっ ていました。山
さんのう王どんで
﹁輝北畜産まつり﹂
4月 29日、輝北うわば公園で ﹁輝北 ・ グリーン ハイキング﹂ が開催されました。 このハイキングは 、この時期ならではの新緑 と輝北うわば公園の絶景を満喫してもらおうと 毎年行われているもの。 市内外から参加した 1 4 0 人は 、澄みきった 青空の下 、濃さを増した木々の緑や通り抜ける 風を楽しみながら 、さわやかな汗を流していま した。ハイキングで春の空気を楽しむ
4月 11日、 市役所で ﹁大隅 広域観光コ ー デ ィ ネーター﹂ に就任した石田 一 彦さんに委 嘱状が交付されました。 任 期 は 4月 1日から 1 年 間 。 石 田 さ ん は こ れ ま で 、 東 京 ・ お 台 場 の ﹁ ア ク ア シ ティ﹂ や 福 岡 ・ 門司 港レトロ 地区にある ﹁海峡プラザ﹂ 等 の 企 画・開 発 業 務 と ま ち づ く りに従事した経験があり、 今 後大隅半島全体の広域観光の 推進が期待されます。広域観光の推進に期待
来 訪
スポーツ
イベント観 光
4月 11日、 市 役 所 で ﹁在 宅 高齢者用踏み台贈呈式 ﹂ が行 われ 、 鹿 屋建具木工組合から 市に踏み台 45台が寄贈されま した。 これは平成 13年度から同組 合が足腰の弱い高齢者に 、 玄 関や台所などで活用してもら おうと行っ ているもの 。高齢 者代表として贈呈式に出席し た冨永美 み え 枝さん ︵ 84歳︶ は ﹁ 大 変ありがたい 。大事に使いた い﹂ と話していました。高齢者のために踏み台を寄贈
4月 11日 、 大隅肝属 地区消 防組合 で 、﹁ 輝北高規格救急自 動 車 配 備 式 ﹂が行われ ま した。 これ は 、 株 式 会 社 森 建 設 ︵ 輝 北町 上 百 引 ︶ が 、 会 社 設 立 60 周 年 を 機 に 、 こ れ ま で 協 力 い た だ い た 地 元 の 皆 さ ん に 恩 返 し を し た い と 同 組 合 に 2 ,300 万 円 を 寄 付 し 、救 急 車や自動心臓 マ ッ サ ー ジ 器 な ど の 救急装備品 を 整 備 し た も の。 救 急 車 は 式 典 後 、 早 速 、 輝 北 分 署 に 配 備 さ れ ま した。地域の皆さんに恩返し
4月 11日 、鹿屋中央高校レ スリング部の選手 、監督らが 市役所を訪れました。 これは、 3 月に行われた ﹁第 59回全国高校選抜レスリング 大会 ﹂ で 、鹿児島県勢として 38年ぶり 、同校としては悲願 の初優勝を果たしたことから 行われたもの。 この日は 、優勝トロフィー や金メダルを胸に 、練習での 苦労や初優勝の喜びなどを報 告しました。全国優勝の栄冠に輝く
4月 13日、 市 役 所 で ﹁大 隅 4 市 5 町 保健医療推進協議会 総会﹂ が開催されました。 同協議会は平成 26年 7月の 設立以降 、 産 科医師確保に取 り組んでおり 、 総 会では 4 月 から大隅地域に 、 大久保将 ゆきひろ 礼 医師 ︵ 王 産婦人科 ・ 常 勤 ︶ と 、 3 月 に鹿児島大学医学部教授 を 退 官 し た 堂 地 勉 つとむ 医 師 ︵ 県 民 健 康 プ ラ ザ 鹿 屋 医 療 セ ン ター ・ 非 常勤︶ の 2 人が着任す ることが報告されました。産科医師不足に朗報
寄 贈
大久保将礼医師医 療
市道路建設課 栗脇 幸仁 主査(40 歳)
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災害への
備
え
豪雨 、土砂崩れ 、地震など 、 さまざまな災害がありますが 、 それは他人事ではなく、いつ自 分たちの身の上に起こるか分か りません。 大船渡市の知人たちが震災後 に実践しているのは、避難場所 や避難経路の確認と、自宅や車 に 1 人当たり 2∼ 3日分の水と 食料等を備蓄することです。 私も、万が一に備え、水と食 料、ラジオ等の防災用品を大船 渡でそろえました。この備えは 鹿屋に帰ってきた今でも実践し 続けています。 4月 14日に発生した熊本 ・ 大 分両県を中心とする地震災害の 惨劇を見て、災害への備えへの 大切さを改めて痛感していま す。 市では、4月 14 日から続いた「平成 28 年熊本地震」の被災者を支援するため、 義援金の受付を行っています。 ◎義援金箱設置場所 ○市役所本庁1階ロビー ○各総合支所1階入口付近 ○分庁舎(上下水道部)1階入口付近 ○かのやばら園入園口及び西口 ◎受付時間=平日の 8:30 ∼ 17:00 ※ 領収書が必要な場合は、市安全安心課 に現金を直接持参してください。被災地派遣への
志
平成 13年に土木技師として入 庁し、 12年間培ってきた経験を 生かして東日本大震災の復興に 少しでも貢献したいと考えたの が、 派遣に応募した動機でした。 大船渡市役所には、私のよう な派遣職員が全国から 70∼ 80人 いて 、様々な分野の業務に当 たっていました。漁港等の
復
旧を担う
大船渡市役所では水産課に所 属し、津波や地震による地盤沈 下で被災した漁港施設や防潮堤 の復旧に従事。市が管理する 16 漁港のうち 3漁港と、 7か所あ る津波防潮堤のうち 1 か所の整 備を担当しました。長
期間の復旧工事
災害復旧は津波による倒壊へ の対応だけでなく、地震によっ て起きた広域の地盤沈下に対す る嵩 かさ 上げも必要です。一見、被 災していないように見える港 湾 ・ 漁港施設も満潮時になると 水没し、施設の機能を果たせな い状況にありました。 ただ漁港施設は、使用する漁 業者と係船場所を調整しながら 工事を進めなければなりませ ん。これは施設を新設するより も長い工期が必要でした。 また、派遣 1 年目の秋から担 当した防潮堤も、三陸復興国立 公園内や名勝 ・ 天然記念物であ る海岸に隣接していたため、風 致保護等の協議に多くの時間を 要し、設計から協議、工事着手 までを手掛けるとなると、どう しても 3 年間の派遣期間が必要 となったのです。 結局、担当した 3 漁港のうち 1 漁港のみの復旧に終わりまし たが、残りの 2 漁港は今年 6 月 末に復旧し、防潮堤も 7 月末に は完成予定です。復興の
兆
し
派遣 1 年目は、がれき撤去後 の広い土地と、数珠つなぎの工 事用車両が印象的でした。 2 年目になると、高台集落移 転の造成工事で搬出された土砂 の山と、防潮堤工事に使う大型 重機が密集して作業を行ってい る姿が見られるようになりまし た。 そして 3 年目には、高台移転 先の造成等もほぼ終わり、住宅 を再建された被災者が少しずつ 仮設住宅を離れ、新しい生活を 営んでいました。 私の住んでいた仮設住宅も鹿 屋に帰任する直前には、私たち 家族を含めわずか 2世帯とな り、寂しくもありましたが復興 の兆しを感じました。 今年 3 月 13日には、大船渡駅 周辺で ﹁ 第 1 期まちびらき ﹂ が 行われ 、復興後の ﹁ まちの顔 ﹂ となる区域の門出を祝いまし た。今後、同区域内にホテルや ショッピングセンター等が営業 を開始し、復興に向けた動きが 加速するものと思われます。 4月 14日から熊本 ・ 大分両県を中心に続いた大地震 ﹁平成 28年熊本地震﹂ は、両県に 甚大な被害をもたらしました。相次ぐ余震、物資の不足、健康被害などの不安の中に ある被災者を支援しようと、震災発生以降、全国各地から被災地への支援活動が行わ れ、その活動は本格化してきています。鹿屋市も 様々な分野での支援活動を開始しま した。 市安全安心課 ︵3階︶ ☎0994 -31 -1124ᩗ
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への派遣を終えて∼
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震災と言えば 、思い起こされるのは 5 年前に起きた ﹁ 東日本大震災 ﹂。 鹿屋市は 、東北の復興支援として 、平成 25年 4 月から岩手県の大船渡市 役所に職員を派遣 。今年 4 月 、大船渡市役所での 3 年間の任期を終え 、 鹿屋市役所に帰任した栗 くりわきゆきひと 脇幸仁主査に 、大船渡市で行った支援活動や災 害への備えなどについて聞きました。 大船渡市 大船渡市熊本地震への
義援金の受付を
行っています
瓦が崩れ落ちた民家(宇城市中心部) ビニールシートで覆う屋根が目立つ宇城市の住宅街 次々に届けられる支援物資 (宇城市役所) 支援物資の配給を待つ被災者 (宇城市保健福祉センター) ※ 平 成 28年4月からは林康 隆主 任技師 ︵ 37歳︶を大船渡市へ 派遣しています。 地震発生後間もない 4 月 16日 から、熊本県内で配水管の破損 による断水や水源の汚濁等が発 生しているとして、鹿屋市は上 下水道部所有の 2 トン給水車 1 台と職員を熊本市内へ派遣し 、 給水活動に当たりました。 4月 18日には、大隅半島 4 市 5 町 ︵ 鹿屋市 ・ 垂 水市 ・ 志布志 市 ・ 曽於市 ・ 大崎町 ・ 東串良町 ・ 肝付町 ・ 錦江町 ・ 南大隅町︶ で構 成する ﹁ 大隅半島 4 市 5 町復興 支援チーム﹂ ︵会長 ・ 中西茂鹿屋 市長 ︶ が結成され 、共同して被 災地への物資支援 ・ 職員派遣 ・ 一時避難者の受け入れ等を行う ことが決められ、早速 4 月 21日 から熊本県宇 う き 城市役所へ向け支 援物資の発送を行いました。 4 ます。 5 月下旬には下水道課職員の 熊本市への派遣も予定していま す。被災者の避難生活が長期化 すれば、市は今後も継続して支 援活動に当たります。 月 23日からは 4 市が宇城市役所 へ 、 5 町が同県御 み ふ ね ま ち 船町役場へ 罹 り さ い 災証明発行業務の支援等を行 う職員の派遣も開始しました。 また市は被災住宅調査の支 援のため 、 4 月 22日から同県 甲 こ う さ ま ち 佐町へ、 5 月 3 日から熊本市 へ建築技師を派遣しました。 4月 27日からは、熊本県内の 被災自治体の業務負担を軽減す るため、市は熊本県の自治体が 行う ﹁ ふ るさと納税 ﹂ 事務の代 行も行っています。 このほか、多くの市民の皆さ んからの義援金や物資の提供な どの支援はもちろん 、市内の 様々な団体による物資支援や現 地での炊き出しなどのボラン ティア活動も広く展開されていૼ↙Ⅴע؏ⅹↂↆңщᨛՃⅥⅻბ˓≆
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ちに、自ら積極的にイベントに 関わるようになりました。 私の主な仕事は、昨年 10月に 鹿屋市に誕生した地域密着型 プロサイクリングチームであ る ﹁ C シ エ ル IEL B ブ ル ー LE U 鹿屋﹂ の 育成支援や、サイクルスポーツ の企画 ・ 運 営 。すべてが初めて の取り組みなので、不安なこと もありますが、大好きな大隅の 地で働けることは本当に嬉しく 思っています。 着任して間もなく 、﹁ CIE L BLE U 鹿屋 ﹂ 所属の塚越鹿
屋 市 の ス ポ ー ツ コ ミ ッ シ ョ ン マ ネ ー ジ ャ ー と し て 4 月 か ら 勤務す る こ と に な り ま した が 、 実 は スポ ー ツ をや っ て い たの は 、 部 活 動 でバ レー ボ ー ル を し て い た 中学校時代 ま で 。 通っていた南大隅高校は自転 車競技が有名ですが、書道部に 所属していました。それでも家 庭や高校など周囲が自転車に親 しむ環境にあったため、次第に 自転車競技に魅力を感じるよう になり、少しずつ県内の自転車 イベントの手伝いをしていくう さくら選手がリオデジャネイロ オリンピックの出場を決めまし た。オリンピック選手と関われ るなんて本当にありがたいこ と。チームをもっとアピールし て 、個人サポーターを増やし 、 選手を盛り上げることができた らと思っています。 また、ユニークな自転車イベ ントを企画して、多くの方々に 自転車のまち ・ 鹿屋へ足を運ん でもらい、鹿屋の魅力を伝えて いけるよう貢献していけたらと 思っています。 リポーターなどもやっていまし た。 私の主な仕事は、鹿屋の農林 水産業や地元食品などを中心 に、鹿屋の魅力を探し、情報発 信すること。 そのために、農家や漁師の皆 さんのお宅へ訪問したり、そこ で実際に農作業などを体験させ てもらったりする予定です。そ の際は、皆さん、快く迎えてく ださいね! また、昨年鹿屋で誕生し、多Ҟ
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着任した日の4月19日、鹿屋市役所で就任記者会見が開かれ ました。半田さんは、「かのやカンパチロウ」と「ばららちゃん」と ともに会場に登場。多数の報道陣を前に、コント仕立てのユニー クな記者会見で会場をわかせました。 半田さんは会見で、「カンパチの刺身はメチャおいしいので全 国で食べてもらいたい」、「かのやばら園を全国にPRしたい」な ど、鹿屋の食についての 感想やこれからの意気込 みを述べました。 最後に、あかり・カン パチロウ・ばららのロー マ字の頭文字を掲げた3 人。今後、「AKB」とし ての活動にも期待!? た、趣味でボクシングやドラム もやっているので、体力にも自 信があります。 鹿屋はのどかで、空気がおい しく 、風が気持ちいいですね 。 おいしい食べ物もたくさんあり ます。 これから ﹃ 鹿 屋 ﹄ をもっと勉 強していくことはもちろん、こ れまでの経験を早く生かして 、 鹿屋から全国に元気と笑顔を届 けようと思っています。 真面目に一生懸命に頑張りた いと思いますので、皆さん、ど うぞよろしくお願いします!自転車で鹿屋を
元気
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生
まれも育ちも大阪市で 、 これまで大阪を離れて住 んだことがなかったので、縁も ゆかりも無い鹿屋への移住は大 変悩みましたが、自分が全力で 取り組めるのは今しかないとい う思いもありましたし、それに も増して鹿屋の皆さんの熱い思 いに胸を打たれ決断しました。 松竹芸能株式会社という芸能 プロダクションに所属してい て、 これまでもテレビや舞台で、 漫才やコントをはじめ、司会や ▲練習前に自転車をチェック ▲「かのや豚ばら丼」をPR 平成7年旧大根占町生まれ。南大隅高校卒 業後、福岡市の短大を経て、平成 27 年福 岡市の菓子店に就職。4月1日から「地域 おこし協力隊員」として市民スポーツ課に 配属。スポーツコミッションマネージャー。 昭和 59 年大阪市生まれ。21 歳の時にタレ ントデビューして以来、舞台やテレビ等で 活動。4月 19 日から「地域おこし協力隊員」 として市農林水産課に配属。かのやオフィ シャルリポーター。ங
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トークで鹿屋を
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くの人に親しまれている ﹃ カ ン パチダンス ﹄ を市内外の皆さん にもっと知ってもらい、また実 際に皆さんにダンスを指導する 業務も担っています。見るだけ でも楽しいダンスですが、踊る とより楽しいですね。そんな私 もまだ覚えたてなので、 早く ﹃か のやカンパチロウ ﹄ 君から太鼓 判を押されるように上達したい と思っています。 漫才は体力勝負の仕事。これ まで、いろんな格好で舞台に上 がってきたので、お見苦しくな い程度には何でもやります。ま 「地域おこし協力隊」は、総務省が行っている事業で、過疎化や人口減少などの進行が著しい市町村が、都 市部に住む人材を積極的に誘致し、新たな発想・能力を地域づくりに発揮してもらい、将来的に定住・定着 を図っていく取り組みで、鹿屋市では平成 26 年度から実施しています。 今年4月には新たに2人の隊員が誕生。4月1日に「スポーツコミッションマネージャー」として木下栞 菜さん(21 歳)、19 日には「かのやオフィシャルリポーター」として半田あかりさん(31 歳)が着任しました。 期間はおおむね1年以上、最長3年間。今回の2人の着任で市内の「地域おこし協力隊員」は5人となり、 鹿屋に元気と活力を与える役割が期待されます。 市地域活力推進課(3階)☎ 0994-31-1147▲ゾーン 30 内の道路 説明の看板や安全柵の設置、駐車場 の整備などを行いました。 市内には今も多くの戦争遺跡が残されています。このたび市では戦後 70 年記念事業の一環として、市指定文化財の戦争遺跡2件 (地下壕第一電信室、川東掩体壕)の周辺整備として駐車場や遊歩道、看板などを整備しました。今まで以上に見学がしやすくな りましたので、平和学習の場としてぜひご活用ください。 市ふるさとPR課(2階) ☎ 0994-31-1121