わが国国内航空旅客輸送市場への LCC 参入に関する一考察
Essay on the Entrance of Low Cost Carriers to the Domestic Air Transport Market
竹林幹雄 by Mikio TAKEBAYASHI 1. はじめに
いわゆるローコストキャリア(以後LCC)とは 既存キャリアと比較して低い運営コストを武器 とした低運賃エアラインを指すことが多い.LCC が登場したのは既に 70 年代初頭であり,米国国 内市場の規制撤廃前後にも活動していた1)が,脚 光を浴びたのは90年代でのSouthwest Airlinesの躍 進とそのクローンの登場である.
こういった経緯は既に諸説に詳しいのでここ では割愛するが,LCCは既にアジアにも東南アジ アを中心に登場している.
一方,わが国においては,Air DO や Skymark Airlines,Skynet Asiaなどが市場に参入しているが,
欧米や東南アジア短距離輸送市場での LCC ブー ムとは趣を異にしている観がある.
本稿ではわが国でのLCCの参入状況に加えて,
本格的な参入の可能性について簡単なモデル分 析を通じて検討することとする.
2. 市場概観:LCC と日本市場 一般的にLCCの戦略は
① 輸送密度の高い市場に参入する.
② 単一機材(B737やA320など)による購入・
リース費ならびにメンテナンス費などの低廉 化.
③ 人件費の削減と高い労働効率.
④ 2点間輸送を基本とした低運賃(モノシリッ クサービス)と高頻度運航.
⑤ 定時運航確保のための混雑空港の回避.
など,ハブ・スポーク型サービスを基本とした従 来のエアラインとは異なる戦略を採ってきたと 指摘されてきた.
*キーワード:LCC,国内輸送市場,ネットワーク
**正員 神戸大学工学部建設学科(〒657-8501 神戸市灘 区六甲台町1-1, email: [email protected])
2.1 参入市場
まず,輸送密度の高い市場に参入する例として は,Southwest Airlinesのサンフランシスコ-ロサン
ゼルスや Ryan Air のロンドン-パリ路線などのい
わゆる500マイル以下の短距離輸送市場が主力で ある.この傾向は現在でも変化はないものの,こ れは機材規模の経済性が500マイルを超える中・
長距離市場では享受できないからであると理解 されてきた.しかし,最近では Jet Blue Airways のニューヨーク-サンフランシスコ路線など 3000 マイルを超える長距離市場にも参入が実現し,現 在までも運航が続いている.わが国でも羽田-新千 歳,羽田-福岡など超繁忙路線への参入が実現し,
羽田-大阪(関西)や羽田-那覇(2005年5月以降)
への就航も進んでいる.また,徳島や鹿児島など 比較的航空需要の高い路線への就航も実現して いる.しかし,いずれの場合も羽田を中心とした 路線構成であり,参入市場は極めて限定的である.
表-1は97年以降市場参入したLCCに分類され るエアラインと既存大手エアライン(JALグルー プ)との平均営業距離の対比である.
表-1 平均営業距離の比較(2003)
企業名 SKY/M A/DO SKY/A JAL
Km 829a) 817 902 743b)
注 a) 羽田-関西を含まず.
b) JALグループ全体としての値
表-1 によると,ネットワークキャリアである JALの方がLCCよりも平均営業距離が100kmほ ど短いことがわかる.これは日本の LCC は前述 の羽田発着の繁忙路線のみに参入していること とは対照的に,JAL は羽田-伊丹,伊丹-福岡など の短距離超繁忙路線に多数就航していることに 加え,ローカル路線にも就航していることが原因 であると考えられる.また,LCCの特性が発揮し
やすいといわれている 500mile以下の市場への参 入が多いという点では欧米の傾向と一致するも のがある.
2.2 機材構成
機材構成については,Southwest AirlinesやRyan Airといった代表的LCCでは,主力機材は座席数
が120-160のナローボディ機材のみで構成されて
いる.また,アジア系の新興 LCC の中には最新 型のナローボディではなく,多くの機材を中古市 場から調達している例もある.一方,わが国で運 航を行っているLCCでは,Skynet AsiaではB737 が主力機材であるものの,他のエアラインでは座 席数が200以上のB767が現在のところ主力機材 であり,限界費用を低下させるためには,高いロ ードファクターが要求されるものと考えられる.
ただし,Air DOでは現機材であるB767を退役さ せ,B737シリーズを導入するとしており,今後機 材構成が変化する可能性がある.
2.3 費用
LCC の最大の特徴である費用について整理を 試みる.ここでは各路線での限界費用の比較を行 う.
限界費用の計測方法については,Brander and Zhangが提案した方法が一般的であり,本稿でも 採用した.MCkiをエアラインiの市場kでの限界費 用,ACiをエアラインiの平均費用,Dkを市場kの市 場距離,FDiをエアラインiの平均営業距離,θを費 用の拡大係数として,
i i k
k i
D
MC AC Dk
FD
−θ
⎛ ⎞
= ⎜ ⎟
⎝ ⎠
で計算される.ただし,θはBrander and Zhangが 米国エアラインで計測した0.5を採用している.
結果として,図-1を得た.ここでは各営業路線で 既存ネットワークキャリア(JAL)の限界費用を 1とした場合の比率を表している.
羽田発着LCC限界費用比率(2003)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
千歳 徳島 福岡 熊本 宮崎 鹿児島
比率
図-1 羽田発着路線での限界費用の比較
エアラインごとに営業路線が異なることに注 意が必要であるが,全体的にネットワークキャリ アよりも概して限界費用は低いことがわかる.し かし,ネットワークキャリアと比較して最大でも 20%程度の有利さであり,欧米で報告されている 30%以上のコストダウンとはかなりかけ離れてい るといえる.
またサンプル数が限られているものの特徴的 なこととして,営業距離が短いほど LCC の限界 費用の低下の程度が大きいことがわかる.図中,
徳島,福岡,鹿児島はSkymark Airlinesの営業路 線であるが,2003年度の決算報告から判断する限 り,営業路線長が長い路線ほど限界費用が既存ネ ットワークキャリアの費用に漸近する傾向にあ るといえる.
2.4 現状のまとめ
わが国のLCCが欧米の代表的LCCとは異なる 状況にある背景には,参入してからの年数が短い こともその遠因であろうが,首都圏での恒常的な スロット不足が大きな原因の一つとしてあると 考えられる.わが国の場合,需要が首都圏に一極 集中するという傾向が強い反面,主要国内空港が 羽田のみという特殊性が存在し,LCCが標準的に 採用しているフリンジ空港利用という手段を選 択することができない.また,羽田空港では恒常 的にスロットが不足している.しかし,2009年に 羽田の D 滑走路が供用されることでスロット数 が現行と比較して 50%程度増加すると報告され ており,首都圏を中心とした市場への LCC の本
格的な参入は羽田 D 滑走路供用以降となると考 えられる.また,2.3での議論にしたがえば,LCC の費用面での有利さはわが国においても短距離 路線にあると考えられるため,500km-700km圏が 主たる市場になると考えられる.
一方,地方路線での LCC については次のよう に考えられる.大阪(伊丹)-福岡,大阪(伊丹)
-那覇などは繁忙路線として位置づけられている が,現段階ではLCCの参入はSkymark Airlinesの 羽田-関西路線を除いては行われていない.しかし,
神戸空港開港時にSkymark Airlinesが同空港を拠 点として西日本方面への路線開設を行うとされ ており,今後近畿圏-九州圏でのLCC参入が進行 する可能性がある.しかし,具体的な路線ならび にその需要などは明らかになっておらず,どのよ うな市場へのインパクトがあるのかは改めて検 討する必要があろう.ただし,実用性から考えて,
できる限り簡便な方法で計測することが望まれ る.
そこで,次章では航空需要を予測する簡便なモ デルを提案する.
3. モデル
ここでは,従来交通経済学で提案されてきた寡 占市場モデルを基本に,エアラインの路線設計問 題を含んだ簡便なモデルを提案する.
3.1 エアライン
エアラインの目的は既往研究の多くが仮定す ることに従い,実販売席数の操作により,自己の 利潤を最大化すると考える.この場合,競争はマ クロ的な需要量のみでの競争となる.すなわち,
旅客の長期的需要構造はエアラインの設定する 価格のみの関数であると考えることになる.
まず,OD 市場を2種類仮定する.まず,エア ラインは複数の都市(あるいは都府県)からなる ゾーンを価格決定メカニズムの基本とすると考 え,このような市場を「ゾーン間OD市場」とす る.他方,ゾーンに含まれる都市間での交通量を
「都市間OD市場」と呼ぶこととする.
前述のように,ゾーン間OD市場ごとにエアラ インは自己の販売席数を決定するものとする.た だし,エアラインの限界費用関数は輸送量xに対 して右下がりとなり,運賃関数も輸送量xに対し て右下がりとなることを仮定する.エアライン i の直面する利潤最大化問題は以下のように定式 化できる.
【寡占モデル:エアライン(OD市場)】
( ) ( )
: ( ) max
j i
rs rs rs rs rs
i i i i i i
rs j rs
Object X P X c X X
∈Ω
Π =∑ − ∑ ∑ →
, (1)
Subject to
0, , , ,
i rs i
rsi
for rs i i i
X
−
−
∂Π = ∈ Ω − ∈ Ω − ≠
∂ ,
(2)
rs
0,
rsiX
i≥ rs ∈ Ω (3)
最適性条件は
0, , ,
i rs i
irs
for rs i
X
∂Π = ∈ Ω ∈ Ω
∂ (4)
であり,簡単な操作から
( ) ( )
( )
j j
i i
rs rs
rs rs
i i i
i i
rs rs
i i
rs rsi
j i j
rs rsi rs rsi rsi
rs
i j j i j j
rs rs
j i j
X P
X P
X X
c X
X c X
X
δ δ δ δ
∈Ω ∈Ω
∂Π = ∂ +
∂ ∂
∂ ∑
− ∑ ∂ − ∑ ∑
(5)
となることが確かめられる.
次に,エアラインは得られたOD旅客を効率よ く輸送するためのネットワークを構成しなけれ ばならいと考える.ただし,既に輸送費用はゾー ン間OD市場で計算されているので,ここでは改 めて計算することは行わない.換言すると,エア ラインの限界費用関数は,ネットワークの構造に 依存しないという強い仮定をおいていることに なる.
このように考えた場合,効率的な輸送の定義は いくつか考えられるが,ここでは「残席数が最小」
になるような路線構成を行うものとする.路線l に投入する機材のキャパシティをvl,その頻度を vlとすると,路線の旅客数xlとの乖離の総和が目的 関数になる.ただし,旅客数xlは下位の旅客の最
適経路選択問題の解として与えられる.すなわち,
【路線設計モデル】
( )
2min
li
i i
l l l
l
v c f
∈Ω
Θ = ∑ − →
, (6)Subject to
, , ,
i rs rsk i
l k l i
rs k
x =
∑ ∑
x δ for i ∈ Ω l ∈ Ωli, (7) ( krs) minz = Γ x → , (8)
3.2 旅客
旅客の行動に関してはLam and Zhou (2002)にな らい,容量制約つき確率的利用者均衡配分が仮定 できるものとする.
( )
: 1 l
l l
i i rs rs
l l l l k k
rs k
l l
Object z u x u x x x
∈Ω ∈Ω θ
=
∑
+∑
+∑ ∑
n −1li
i
Ωi
,
(9)
Subject to
, , ,
i rs rsk i
l k l i
rs k
x =
∑ ∑
x δ for i ∈ Ω l ∈ Ω , (7)rs rs, rs
k i
k
x = X rs ∈ Ω
∑
(10)rs i , l
k l l
rs k
x ≤ f v l ∈
∑ ∑ , (11)
0, ,
rs rs rsk
x
k≥ rs ∈ Ω k ∈ Ω . (12)
ここで,旅客の不効用uはRkrsを路線に付随する コストの定数項,Kを空港の運営時間長,φ(X)を 路線の混雑関数,DLCCをLCC利用の際のダミー変 数とすると,
0 1 2 3 ( ) 4
rs rs rs rsk LCC
k k k l l l
l l
u R P K x D
β β ⎛β f β ϕ ⎞δ β
= + +∑⎜ + ⎟ +
⎝ ⎠
(13)
で 表 さ れ る と す る . こ の と き ,φ(X)は 以 下 の
Lagrangean最小化問題の乗数として定義される.
rs rs rs rs
k l l l
rs k l rs k
L= +z
∑
λ ⎛⎜⎜⎜⎝X −∑
x ⎞⎟⎟⎟⎟⎠+∑
µ⎛⎜⎜⎜⎝v f −∑∑
xk ⎟⎟⎞⎟⎟⎠(14)
なお,上記の式中,rsと表しているものはここ では都市間ODペアであり,これは簡単のため推 計されたシェアを過去のODパターンで按分した
もので定められるとする.
4. 数値計算
対象とする市場は関西−北部九州(福岡,佐賀)
である.なお,計算結果については講演時に報告 する.
5. おわりに
本稿で述べた方法はわが国における LCC を取 り巻く環境を概観するとともに,エアラインの供 給量競争とそれによる路線設計問題を同時に検 討するための簡便なモデルを提案した.
提案したモデルに関してはまだプロトタイプ の段階であり,特にゾーン間シェアから都市間 OD を求める際,過去のODパターンと変化がな いことを前提にしている点が理論の点からは無 理がある.このため,シェアを与件とし,これに 整合する都市間OD交通量を求める需要変動型モ デルに拡張することが必要である.これに関して は現在検討中であり,秋大会の際に報告すること としたい.
謝辞
本論文作成にあたり,パラメータ推計およびデ ータ分析を神戸大学大学院 大曽根甲斐,津田俊 介両氏に尽力いただいた.
参考文献
1) Morrison, S. and Winston,C. : Evolution of the Airline Industry, Brookings Institute, 1993.
2) Brander, J. and Zhang A.: Dynamic oligopoly behavior in the airline industry, International Journal of Industrial Organization, 11, 407-435, 1993.
3) Lam W, Zhou, J. and Sheng, Z.H.: A capacity restraint transit assignment with elastic line frequency, Transportation Research, B36, 919-938, 2002.