新刊自己紹介
迫田久美子・石川慎一郎・李在鎬編著
日本語学習者コーパスI-JAS入門
─研究・教育にどう使うか─
くろしお出版、2020年発行、268p.
ISBN:978-4-87424-825-6 C3081
李 在鎬
1.本書の特徴
本書は、世界最大の日本語学習者コーパス「I-JAS(多言語母語の日本語学習者横断コー パス)」(http://lsaj.ninjal.ac.jp/)の構築理念および収集したデータの概要、研究利用の方法 を説明するために編まれたものである。本書で取り上げているI-JASとは、12言語の1,000 名の学習者データを収録した学習者コーパスで、以下に示す10の特徴を持っている。
1.多言語の大規模な学習者コーパスである。
2.学習環境が異なる学習者のデータを保有する。
3.7種類の多様なタスクのデータがある。
4.発話と作文のデータがある。
5.文字化のテキストデータだけでなく、音声データも公開している。
6.形態論情報が付与されている。
7.全員に同じ日本語能力テストによるレベル判定を行い、その結果を公開している。
8.学習者に関する詳細な背景情報がある。
9.同じタスクを行った日本語母語話者のデータがある。
10.データはすべてオンラインによって無償で一般公開している。
上記の特徴を詳述するため、4部構成でI-JASの設計から利用法、分析例を示している
1.第1部 I-JAS の設計と構築(第1章〜第5章): I-JAS プロジェクト誕生の経緯、
I-JAS の調査概要、コーパスデザインについて記述している。
2.第2部 I-JAS の量的概観(第6章〜第8章):I-JASの調査結果、調査協力者の習
熟度分布、コーパスサイズについて記述している。
3.第3部 I-JASの使用法(第9章〜第11章):コーパス検索システム「中納言」
(https://chunagon.ninjal.ac.jp/)を使ったI-JASの検索方法について紹介している。
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4.第4部 I-JASの分析(第12章〜第16章):文章解析システムを利用したI-JASの分 析事例、関連分野から見たI-JASへの期待について述べている。
本書は、プロジェクト代表の迫田久美子氏、I-JASの設計作成時からのメンバーである 石川慎一郎氏と李在鎬が中心になって執筆と編集を行った。第1部は、I-JASの専従研究 員の佐々木藍子氏、須賀和香子氏、細井陽子氏、システム開発者の八木豊氏が中心になっ て執筆した。第2部は、李在鎬が中心になって執筆した。第3部は、佐々木藍子氏と石川 慎一郎氏が中心になって執筆した。第4部は、3名の編者が中心になって執筆した。
本書は、I-JASを利用するすべての人に対して必ず知ってほしいことをまとめたもので
ある。従って、ほとんどの章は、I-JASのすべてを知っている人が、開発者視点で説明的 に書いている。しかし、11章と16章は違う。11章は、I-JASを使う上で、必須となる計量 研究の方法を解説しているし、16章は、関連領域の知見に基づくI-JASの今後の展望を述 べている。この2つの章はいわば外側の視点からI-JASを捉えたものであり、本書の狙い を理解する上で、重要な章である。
まず、第11章の計量研究の方法とI-JASの関係を確認する。I-JASは、既述の通り、世 界の日本語学習者1,000名のデータの話し言葉と書き言葉のデータを収録している。な お、比較用として日本語母語話者50名のデータも収録している。コーパスサイズとしては 8,076,969語のデータということになっている。これだけ大規模なデータであるため、目 視ですべてのデータを見ていくということはほぼ不可能であり、いわゆる検索システムを 使って、電子的な方法でコーパスにアクセスすることになっている。検索結果として集め られるデータは、扱う現象にもよるが、数千単位の件数になることも珍しくない。この数 千単位のデータを適切に分析するためには、量的方法についての理解が不可欠である。こ うした理由から、本書の第11章では、計量研究の方法について説明している。
次に、第16章の総括と展望では、4つの視点「1)日本語教育・第二言語習得研究、
2)縦断研究、3)計量言語学・計算言語学、4)世界の学習者コーパス研究」から
I-JASの利用可能性について述べている。中でも、日本語教育・第二言語習得研究の観点
からI-JASを捉えた場合、コーパスによって学習者の学び方を知ることができるというメ
リットがある。そして、このメリットは、日本語教育の実践にも良い影響を与えると考 える。というのは、教育にとって、重要なことの1つは「学習者を知る」ことであるが、
I-JASは学習者の言語使用の実態を知る上では最適な資料だからである。
本書の執筆者たちは、I-JASの公開とその詳細を示した本書によって、日本語教育学の 研究手法が変わっていくことを願っている。これまでの日本語教育学では、限られたデー タと「教師の勘」に基づいて学習者の言語使用を固定的に捉えてきた。しかし、「勘」に 頼った分析は、分析の妥当性・信頼性に欠ける。そこで、これからの日本語教育学におい ては、科学の方法に則った記述・分析が重要になると予想されるし、こうした方向におい
てI-JASが果たす役割は非常に大きい。I-JASを利用した研究が増えていくことで「日本
語を学ぶ」という現象の真の姿を明らかになっていくことを願っている。
(り じぇほ 早稲田大学大学院日本語教育研究科)
早稲田日本語教育学 第29号